翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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 日が落ちかけ、辺りが真っ赤に染まり始めた頃合い。

 

 

 

 

 今しがたアトラクションの一つである『ミラーハウス』から出た俺は、大時計の方へ視線を向けた。

 

 時刻は十七時四十分。

 

 

「あと二十分か」

 

 

 

 この遊園地は十八時閉園の為、もうじき退園の時間だ。

 残り時間を考えると精々遊べてあと一アトラクションと言ったところだろう。

 

 と言っても、ジェットコースターやバイキングなどフードが脱げる恐れのあるもの以外はほとんどが既に遊び済み。

 

 もう切り上げて帰るのも良いかもしれないな。

 

 

 

 なんて考えていると、同じく時計を見ていた矢野が声を上げた。

 

 

 

「やっぱ締めと言ったらあれだよな」

 

 

 そんな矢野が指差す方向にあったのは、大きな観覧車だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が時間なため、切り上げる客が多いのだろう。並ぶことなくすんなりと観覧車に乗り込むことが出来た。

 

「では行ってらっしゃい」

 

 係員が扉に鍵を閉め、程なくして観覧車はゆっくりと上昇を始めていく。

 

 観覧車が一周回るのにかかる時間はおおよそ五分。

 

 内部には椅子が備え付けられているが、別段疲労がなかった俺はそのくらいの時間なら、と立ったままガラス張りの向こうの景色を眺めていた。

 

 

 時間が経つに連れ、うっすらと見えてくる町の全貌。

 

 夕日の赤い光に照らされた町の光景は、とても綺麗で、どこか懐かしい感じがした。

 

 

 

 

 ――昔、こういう光景を誰かと見た気がする。

 

 誰と見たんだっけ……思い出せない。

 

 

 

 

「ヴェーチェル」

「なに、お父さん?」

 

 

 頂点の高さを少し過ぎた辺りで、椅子に腰を掛け、景色を見ていた矢野が訊ねてきた。

 

 

「今日は楽しかったか?」

「うん、とても」

 

 俺の口から自然と漏れたのは、本心からの言葉だった。

 

 

 矢野を楽しませることを目的としていた筈なのに、いつの間にか目的を忘れて楽しんでいた。

 

 

「そりゃよかった」

 

 

 安堵の息を吐き、そう溢す矢野に、気付けば俺は口を開いていた。

 

 

「……お父さんは?」

「ん?」

「お父さんは……楽しかった?」

 

 

 俺と一緒にアトラクションを回っていた矢野は楽しそうにはしていたと思う。

 だが、それはあくまで俺の主観。

 

 

 俺《ヴェーチェル》の機嫌を損ねない行動を心がけている矢野は、「楽しくなかった」と思っていても「楽しかった」と答えるだろう。

 

 だけど、それでも本人の口から感想が聞きたかった。

 

 

 

 こんな弱気な態度、ヴェーチェルらしくない。

 

 

 

 分かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 現に、矢野はそんな俺の態度に驚いた表情を見せた。

 が、それも一瞬のこと。すぐに照れ臭そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

「あぁ、楽しかったよ。こんなにはしゃいだのは学生以来初めてだ」

「――ッ!」

 

 

 それは限りなく満点に近い、間違いなく欲しかった言葉――――

 

 

 

 

 ――だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

 

 

 自分の中に浮かび上がったのは……喜びとは違う、それどころか喜怒哀楽とも結び付かない感情で。

 

 

 

 それが何なのかを理解した瞬間、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何だ……今のは……

 

 

 いや、気のせいに決まってる……

 

 

 そうじゃなきゃあり得ないだろ……

 

 

 

 矢野の笑顔を見て、『壊したい』だなんて……思うはずがない……

 

 

 

 

 

 


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