翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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 校門を背に目を閉じていた俺は、徐々に近づいてくる足音にゆっくりと目を開けた。

 

 偶然通りかかった女子生徒に圭介を呼んできてほしいと頼んでから、まだそこまで時間が経っていないことから察するに急いできたのだろう。別に急かしてはなかったんだが……伝達ミスがあったのかもしれない。

 

「……ごめん……待たせたな」

「ううん、私こそいきなりごめんなさい」

 

 はぁはぁ、と息を切らしながら喋る圭介に俺は小さく頭を下げ、言葉を繋げた。

 

「それで……私が誰かは聞いてますか?」

「あ、あぁ。森島由宇の妹とは……でも、悪いけど森島由宇のことは覚えてないんだ」

「そう……ですか」

 

 やっぱり。

 圭介も俺のことを覚えていない。

 当然か。実の親でさえ覚えていなかったのに、血の繋がりもない言ってしまえば他人の圭介が覚えているはずがないよな。

 

「……ありがとうございました。それと呼び出してしまってすみません。もう去りますね」

 

 結果は悪い方に転がってしまったわけだが、まぁ、これで真相は出た。

 これ以上圭介と話していても、元の身体に戻れるヒントは見つからないだろうし、虚しく哀しくなるだけだ。

 帰ろう……と踵を返そうとして――

 

「あ、待ってくれ!」

 

 ガシッと腕を掴まれた。

 

「何……ですか?」

「ご、ごめん……その……少し話したいことがあるんだけど。いいかな」

 

 正直顔を見るのも辛い。だが、ここで帰ったら、俺はもう二度と圭介に会おうとは考えないだろう。勿論ヴェーチェルの身体のうちはだが、最悪最後の会話になるかも知れない。そう考えたら、頷く以外出来なかった。

 

「それで、何を話したいのですか?」 

 

 まさかナンパ……する度胸はチキンな圭介にはないだろうし…………うん、分からん。

 

 まぁ、何にせよ大した内容ではないだろう。

 最後に軽く雑談をする程度。そう捉えていた。

 

 

 だが、

 

「俺は……何かを忘れている。大切な何かを……そんな違和感をずっと感じてた。だが、今の君の反応で分かったよ。その何かが、森島由宇。俺の友人なんだよな」

 

 だからこそ、確信めいた瞳でこちらを真っ直ぐ見つめてくる圭介の言葉には驚きが隠せなかった。

 

「圭……介……お前記憶が……?」

「いや、残念だけどさっきも言った通り、森島由宇のことは覚えていないよ。顔も知らない。名前と友人であったことだけが知ってる情報さ。唯一の友人を忘れるなんて駄目なやつだね俺も」

 

 圭介は泣き出しそうな表情で虚しく笑いを溢した。

 

「そんなことない。仕方ないんだよ――」

 

 圭介が悪いんじゃない。そもそも誰一人覚えていなかったんだ。その中でも違和感を感じてくれて、こうして森島由宇を見つけ出してくれた圭介にはむしろ感謝したいほどだ。

 

 そう言葉を紡ごうとしたところで、それを妨げるように予鈴のチャイムが鳴った。

 

「ごめん、もう時間がない。本当ならもう少し話したいんだけど……十六時くらいには学校が終わるから、その時にまた会えないかな」

「いいよ。じゃあ、またここで待ってるね」

 

 会話する前まではもう会うつもりはなかったが、思い出す可能性が浮上し始めた今断る理由はない。肯定の意を即答して伝えると、圭介は良かったと笑みを溢した。

 

「分かった。あ、そうそう……最後に一つだけお願いしてもいいかな」

「うん……」

「こんなこと俺が言える立場でもないんだけどさ。君だけは、君だけは森島由宇のことを忘れないでいてくれ。アイツは寂しがりな奴だった……何となくそんな気がするんだ。じゃあまたあとで!」

 

 バタバタと慌ただしく駆け戻っていく圭介の後ろ姿を眺めながら、俺は呟いた。

 

「寂しがりなのはお互い様だろーが、馬鹿やろー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん……で………どうして……」

 

 夜になっても圭介が現れることはなかった。


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