翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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 ――何故、どうして。

 ほんの数時間ほど前に約束したばかりなのに。何故来ない。

 約束を忘れた? そうだったらまだいい。

 だけど……もしかして……もしかしたら…………アイツも俺と同じように、存在が……。

 

 嫌な予感が次々浮かんでくる。頼む、外れてくれ。アイツは……アイツだけは…………俺の唯一の希望を壊さないでくれ。

 

 そんな思いを一心に、通い慣れた道を駆ける。

 向かう先はただ一つ。圭介の住居へと。

 ひたすらに全力疾走を続ける。

 

 疲労どころか息切れすらしない身体をいいことに、ただ一度も休めることなく足を動かし続けた。

 

 圭介の住居は集合住宅の一室で、学校から然程離れていないところにある。数字にして二キロ弱といったところだろう。

 故に辿り着くまで数分とかからなかった。

 

 目的地に辿り着いた俺は、すぐインターホンを押した。無機質な音が鳴り、間を開けずドアの向こうから声が投げ掛けられる。

 

「どちら様です?」

 

 声の主は圭介の母だった。

 

「私は圭介…さんの友人の……森島です。圭介さんはいますか?」

「圭介の? 少し待っててください。今呼んできますから、圭介ー」

 

 圭介の母の反応からして、俺同様に圭介の存在が消えている。という最悪な展開ではなかったことにひとまず安堵して――溜め息が漏れた。

 

「あれ……? なんで溜め息が………」

「――はい。誰でしょうか――?」

 

 何故溜め息が漏れたのか。疑問と違和感を抱くが、すかさず圭介がやって来たことで、巡らせ始めていた思考を止めた。

 

「あの、私です。昼頃に会った森島由宇の妹です。十六時頃に――」

「は、昼頃……? それに森島由宇? 悪いけどなんの話か分からない」

「え?」

 

 俺の言葉を遮った、圭介はそもそも、と声を弱冠荒げて続けた。

 

「俺に友達はいないし、必要性を感じない。ましてや君になんて会ったこともない。で、君はなんでそんな嘘までついてわざわざ俺の家に来たのかな。悪戯か? それとも何かの罰ゲームとか?」

 

 ……そういうことか。

 

 怒気を含んだ声に当てられながら、これまでの事情と圭介の発言とを照らし合わせ納得する。

 

 要は圭介もまた忘れてしまったのだろう。

 

 想定外……ではない。約束の時間に来なかった時点でその可能性は考えていた。

 

 ……けど。だけど。

 

 ――希望を魅せてからのこれはあんまりじゃないか……。

 

「はは……」

 

 乾いた笑い声が口から零れ、視界が歪んでいき、全身酷い脱力感に襲われる。

 それでも何とか地面を踏みしめると、俺は圭介に大きく頭を下げた。

 

「ごめん…………帰るね……」

「あ……ああ。こっちもごめん。言い過ぎた……嫌なことがあってさ……って言い訳でしかないよな。本当ごめん。もう悪戯はしないようにな、気をつけて帰れよ……」

「うん、ありがとう圭介。……さよなら」

 

 圭介に背を向けながら俺は、彼と校門で最後に交わした会話を思い出す。

 

「そうだな……あぁ。俺だけは忘れないよ……約束……だもんな」

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