翡翠のヒロインになった俺   作:とはるみな

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「ーー♪」

 

 

 

 ふふふーん。

 

 少女は鼻歌を奏でながら、指をくるくると回していた。

 

 くるくるくるくる。

 

「ーー♪」

 

 指の軌道に沿って生み出された小さな風が、周りの風に吸収されていく。

 

 くるくるくるくる。

 くるくるくるくる。

 

 

 風は次々に誕生し、大きな風に飲み込まれる。

 

 そして小さな風を吸収した風は、更に大きな風となって少女の周りを渦巻き続ける。

 

 

「ーーうん、そろそろかなー?」

 

 

 少女は一人笑う。

 

 

 ーーあと少しで。あと少しで全てを破壊できる。

 

 

 ーーそうすれば私の望みはきっと果たされる。

 

 

「ーーって、あれ? 私の望みってなんだっけ……? うーん…まぁいっか。壊してみれば分かるよね」

 

 

 そう言って少女は再度指を回し始めた。

 

 くるくるくるくるくるくる。

 くるくるくるくる。

 くるくる。

 くる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街はけたたましいサイレンの音で包まれていた。耳を澄ませば人々の阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 交通は完全に麻痺し、道という道は車と人の波で埋め尽くされていた。

 

 通常の風害では家の中など室内にいることが推奨される。

 むしろ外に出て逃げることは悪手と言っても過言ではない。

 

 

 それでも人々は我先にと家を飛び出し、政府から知らされた避難場所へと向かう。

 

 それには理由があった。

 

 かつて無い規模の暴風により気象庁から発令された非常事態宣言。

 それは通常の風害とは違い、家にいては危険だという言葉だった。

 

 事実。風の流れの中心である球体からかなり離れている街中ですら、既に強風が吹き付けている。

 見渡せば窓ガラスが割れているところもチラホラあった。

 

 風の球体は依然海上から動いていない。

 にも関わらず、この有様なのだ。

 

 球体は時間と共に大きくなっていく。その勢いは止まらず、それどころか加速しているまであった。

 故に、時間の経過と共に風が更に強くなっていくのは目に見えていた。

 

 また、球体がこのまま移動しないとも限らない。

 もし球体が街へと進行してきたら。

 

 街は壊滅的な被害を受けるだろうことは容易に予測できた。

 

 故に人々は逃げる。

 

 生き残るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢野司は焦っていた。

 

「すみません、通してください! すみません!」

 

 叫びながら人の流れに逆らい、人混みを掻き分け前に進む。

 

 しかし、人の数が数なだけ思ったより前に進めず。結果として3歩進んで2歩下がると言った現状であった。

 

 

 ーー急がないと。間に合わなくなる!

 

 

 矢野はニュースを見て現在の風速がどれくらいなのかを理解していた。

 そして、ヴェーチェルが出せる最大風速を知っていた。

 

 だからこそ、本気で焦っていた。

 

 ヴェーチェルが最大風速に達するまで時間がほとんど残されていないことに。

 

 ふと考える。最大風速まで達したヴェーチェルは何をするつもりなのか、と。

 まさか達して終わり、というわけでもあるまい。

 そもそも何故彼女はここまでの暴風を作り上げているのか?

 

 彼女は姿形、能力こそはヴェーチェルだが、『ヴェーチェル』とは異なる存在だ。

 『ヴェーチェル』同様。世界を破壊しようとしているわけではあるまい。

 

 そこまで考えて、いや、と否定する。

 

 姿形、能力は全く同じなのに本質である性格だけが違う。

 そんなこと本当にあり得るのか?

 

 もしかして。姿形、能力と違って『ヴェーチェル』になるのが遅かった、だけじゃないのか?

 

 何にせよ。早く彼女の元に行かなくては。

 

 彼女の元に辿り着いたとして、彼女が止まる確証は無い。

 だが、それでも矢野は前に進み続ける。

 

「すみません! 通してください! すみません!」

「矢野…司…?」

 

 そんな彼の背後で誰かが呟く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原圭介は親に連れられ避難所に向かう途中、強風に煽られながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。

 

 圭介が思い出すのは数時間前に家を訪ねてきた少女の姿。

 

 今思えばあの子は【神の使いの災禍姫】の登場人物であるヴェーチェルによく似ていた。

 

 フードを被っていたため、分かりにくかったが。フードの隙間から覗かせる緑色の髪、黄金のような金の瞳。淡麗な顔立ちも。そして声までも。ヴェーチェルにそっくりだった。

 

 そんなヴェーチェルに似た少女と、突然発生した異常気象である暴風。

 関連付けするなという方が難しかった。

 

 だからこそ、圭介は考えるのだ。

 

 あの子がヴェーチェルだったとして、何故自分を訪ねて来たのかと。

 

 ーーもりしま…ゆう、だったか。

 

 それは彼女が圭介を訪ねてまで出した名前。

 

 残念ながら、圭介にはそれが誰の名前か分からなかった。

 だが、「分からない」。そう答えた時の彼女の反応を見るに、それが彼女にとってとても大切な名前だということは理解していた。

 

 彼女がヴェーチェルかもしれないと疑いを持ってから、インターネットを使って一応調べてみたものの、何の成果もなかった。

 てっきり、生みの親であるシナリオライターかと思っていたが、矢野司と全く違う名前の男だった。

 

 ーーなんで彼女は俺を訪ねたんだろう。

 

 ーーもりしまゆう……か。

 

 考えても分からない。

 

 はぁ、と大きく溜息。圭介は考え事を中断して。

 

 そして、そこで出会った。

 

 人の流れに逆らう男に。

 

 その男の顔には見覚えがあった。

 というのも先程調べたばかりの人物で、誰か認識した瞬間、圭介の口はその名前を呟いていた。

 

「矢野…司…?」

 

 ーーこの人はヴェーチェルの元へ向かおうとしているのか。

 

 人の流れに逆らって暴風に向かっていく姿を見ればそれくらい容易に分かった。

 

 同時に一つ疑問が浮かぶ。

 彼は知っているのだろうか、恐らく今回の騒動の原因となった人物『もりしまゆう』のことを。

 

 圭介には矢野司とヴェーチェルがどんな関係で何をして来たのか、分からない。知っているのは矢野司がヴェーチェルの生みの親であるということだけ。

 

 もしかしたら、矢野司は『もりしまゆう』のことを知っていて行動しているかもしれない。となれば無駄足になる可能性もある。

 

 だが、気づけば圭介の体は動いていた。

 

「圭介!?」

「どこいくんだ!?」

 

 驚いた親の静止を振り払い、人混みを掻き分けて進む。

 同年代と比べ、華奢な身体付きの圭介にとって苦難の道だった。

 

 それでも渾身の力を振り絞り、矢野の元へと辿り着いた圭介は、出せる限りの声で彼の名前を呼んだ。

 

「矢野さん!」

「悪いが、今は忙しいんだ」

 

 突如名前を呼ばれた矢野はビクりと肩を震わせたが、反応はそれだけだった。

 時間がないと言わんばかりに振り返りもせず、前へ前へと足を進めーー

 

「矢野さん! 僕はヴェーチェルと会いました! 彼女と話しました!」

「何?」

 

 ーー続く圭介の言葉に矢野の動きが止めた。

 矢野はゆっくりと振り向き、初めて視線を圭介に移した。

 

 

 ーーあぁ。やっと見てくれた。

 

 静かに安堵の息を吐いた圭介は、はっきりとした口調で告げる。

 

「『もりしまゆう』、それが彼女が求めているだろう人の名前です」

「…ありがとう!」

 

 矢野は、腑に落ちた表情で礼を述べると、再度流れに逆らい始めた。

 

 圭介は人の流れに飲み込まれながらも、そんな矢野の後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。

 

 

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