よくよく考えればそれは自然なことであった。
俺の存在が無かったことになっている以上、使えない可能性は十分にあったのだ。
だが、
「いやマジどうしろって言うんだ……」
家出生活一日目。
ベランダを張っていた追っ手を撒き、ようやく辿り着いた銀行で、
口座が無かったことになっている現実を目の当たりにした俺はそう呟かざるを得なかった。
――どうしてこんなことになってしまったのだろう。
廃れた公園のブランコに座りながら俺は何度目かも分からない溜め息を吐いた。
口座が使えない今、俺の所持金は財布の中に入っている4000円そこら。
切り詰めれば一週間は持つだろう。しかし、それだけだ。
収入0。身分証明書がなく、働くことも困難な現在、そのあまりにも心許ない金額に、泣きそうになる。
――これから俺はどうなるのだろう。餓死してしまうのだろうか。
どうしようもない不安が、次々と溢れ出してくる。
餓死してしまうくらいなら、いっそのこと人前に飛び出してみたほうがいい気がしてきた。
重度のファンなら養ってくれるかもしれない。
無論、善人もいれば悪人もいるので襲われる危険性もあるが。
極めてリスキーな賭けだが、それでも養って貰える可能性が少なからず存在している以上、やってみる価値はあると思った。適当に挙げてみた案だったが思いの外良さそうだったので採用することにする。
「問題は、誰に頼むか見極める必要がある……ってことか……」
大勢の前に姿を見せるのは愚策。
やるなら対象を一人に絞った方がいい。
要は、俺の見極め次第で良い方に転がるか悪い方に転がるかが決まる。
どうせなら確実に養ってもらえそうな人の前に姿を見せるのがベスト。
しかし、はたして俺に見極めが出来るだろうか……。チートのボディーを持っているとはいえ、俺の中身は普通の男子高校生。あからさまな態度を取ってくれるならともかく、考えていることが態度や表情に出ないタイプの人間だとしたら……見極めれる自信はない。
やっぱり、やめておくべきか……なんて思い始めた時だった。不意にある人が脳裏を過った。
……そうだ! あの人なら、確実に養ってくれる……!
弾かれたようにポケットから携帯を取り出し、検索。
その人が働いている場所まで、ここから大分離れているが、電車に乗れば何とか着く距離だった。
今の時間は午後2時少し過ぎたくらい。
平日のこの時間帯なら人も少ないことだろう、と推測して駅に向かった俺は、なけなしの金で切符を買い、少し待機。
数分後にやってきた電車に乗り込んだ。
――俺が向かったのは、災禍姫のゲーム会社。
その原作を描いたシナリオライターの男――
「……やっとか…………」
夕刻。
路地の裏から会社の入り口を見張っていた俺は、出てきた矢野の後ろを、一定距離を開けながら追いかける。
そして――、矢野が人通りのない道に歩みを始めた瞬間、肩に手を置き声をかけた。
「ねぇ、ちょっといい?」
矢野は一瞬、訝しげな目を向けてきたが、俺がフードを取ると、面を食らったような表情を浮かべた。
「……ヴェーチェル? ……なわけないか。……そういえばそっくりなコスプレイヤーがいたとかニュースになってたな。確かに似てるなぁ……」
「コスプレイヤーじゃない。本物だよ」
記事を見ていたのだろう、そんな言葉をツラツラと並べる矢野の言葉を遮る。
「いやそんなわけ……」
「ほら」
「……え?」
苦笑を浮かべ否定しようとしていた矢野だが、俺が風を操って見せると目を丸くしてポカンと口を開けた。
――あと一押しか……
確実をより確かなものにするべく、俺はヴェーチェルの口調を真似て、風を纏いながらこう言った――
「ようやく会えたね、お父さん」