お昼休みに、放課後の帰りを共にしていたまどか達とは別に、ほむらはマミの情報を集めるべく一人街を歩いていた。
今回のマミは謎が多いのは確かである。しかし、だからと言ってそれが悪いことだけではない。魔法少女の真実を伝えられ、それを乗り越えること自体珍しいことなのだが、元々その情報を知っているのは尚更希な現象である。仮にその真実を乗り越えられたとしても、巴マミの精神は不安定になっていることが多く、いつも以上に自分と同じ魔法少女という立場の友人を求める傾向が強い。しかし、そんな様子もなく、無理矢理にでも契約を止めたいと否定の意を表していた。謎は多いかもしれないが、契約を防ぎたいと思っているほむらにとってはチャンスだと考えていた。
まどかとの会話に突如現れた巴マミには驚いてしまったが、十分に利益になる情報が得られたことは非常に好ましい。しかし、マミが言っていた通り契約を止めたいとは思っていても、契約をせざるをえない状況に巻き込まれてしまえば、まどかは何のためらいもなく契約を結ぶだろう。それが、自分のためではなく、自分以外のためになるものであれば尚更だ。
インキュベーターであれば、そういった状況を作り、まどかに契約を促すことを考え行動するに決まっている。契約を防ぐこと自体は、これからも警戒を怠らないに越したことはないが、それでも、まどかたちの契約に大きな要因になっていたマミが防ぎたいと言ってくれるのは、ほむらとしても願ったり叶ったりなことではあるし、他のことに時間を回せることにも繋がる。
まどかの契約を防ぐのはほむらにとっての最終目的ではあるが、一つの壁にも過ぎない。他にも手をつけなければいけないことは多くある。まどかだけに張り付いて契約を阻止していれば、確かに最終目的は達成できるかもしれないが、他のことに手を回せなくなり、結局過去へ戻らなければいけないことになる。その契約を阻止してもらえる人物が増えるということであれば、他のことにも同時並行に動けれるのだから、今動かなければ時間がもったいないだろう。
様々な過去で、お互いの性格上敵対関係になることが多いさやかとも、今回の世界線では普段よりも良好な関係が保たれているような気がする。路地裏でインキュベーターを襲っている姿を見られてしまえば、高確率で警戒心を突きつけられ名前を呼ばれることすら無いのだが、何故かそんなことも無く、寧ろこちらに歩み寄って来る姿がそこにはあった。となれば、そのまま放課後の誘いにも乗ることは、これからの関係を考えても悪くない提案かもしれないが、それでもまずは情報を集めることが先決だろう。情報もないまま相手の懐に潜り込むのはあまりにも無謀すぎる。もちろん、マミがほむらにとっての敵と決まったわけではないのだが、何があるのか分からなければ、自分から近寄るのは得策ではないだろう。
魔法少女といえど命は一つしかない。体が強化されているとは言え、所詮人間の体に過ぎず、壊れるときはひどく脆いものだ。そして、ほむらが扱う魔法自体も制限が掛かっており、そこまで使い勝手のいいものでもない。同じ土俵に立ってしまえば、どの魔法少女よりも弱いことを自覚している。それを分かっているほむらだからこそ、慎重に動くことはほむらにとってのドクトリンなのかもしれない。
「妙ね…魔女の反応は少ない割に、動いてる魔法少女を見かけないわ」
見滝原はほかの街と比較的に魔女が多い傾向にある。そのため、ほむらにとってもグリーフシードを集めれる絶好の狩場ではあるのだが、今回は何時もの場所で出現する魔女の数が少ないように感じられる。いや、明らかに魔女の数は少なかった。
過去に戦ってきた魔女の数を平均してみても、明らかに少ない量と分かるのだが、その割には魔法少女の姿が一人も見えない。
魔法少女という存在は決して少ないわけではない。街に住んでいる人の単位を考えてみれば、その中から魔法少女が一人や二人生み出されてしまっても仕方がないと言える。魔法少女の真実を知っていなければ、インキュベーターがぶら下げるなんでも願いを叶えるという大きな餌に加え、非日常である魔法少女という存在は、何気なく生きている少女にとっては魅力的に見えるものだ。そのはずなのに、魔女や使い魔の近くには魔法少女の影の一つも見当たらない。見当たらないのに、人知れず使い魔が倒されていたり、魔女の反応が消えていたりと、不可解なことが多すぎる。姿を隠せれる魔法少女でもいるのだろうかと考えるも、過去にそんな魔法少女に出会ったことはない。ただ、一つ言えることがある。
「(誰かに見られているような感覚があるわね…それも、知っている人物…?)」
こちらを誰かに見られているような、わかるかわからないか、本当に微弱に感じる視線であった。
ほむらは魔法少女としての経験履歴は長くベテランの域に達してはいるが、それに比例してマミのように魔法の扱いに長けている訳ではなかった。
ほむらの扱う魔法は限定的かつそれに特出している能力である。時を遡ると言う魔法に加えて、時を止めてしまうと言うもので、対魔法少女であれば最強と言っても良いほどだろう。しかし、ほむらの魔法はそれだけに過ぎなかった。
元々魔法少女になる素質はあったものの、特別多くの才能を持っていたわけではない。つまりは、少ない才能を願いで得られる固有魔法に全てつぎ込み、それ以外のものは手放している状態でなければ叶わない願いだった。他の能力はほぼ無いと言っても良いほどだろう。
つまりは、魔法の扱いを知っていても、それを生かせるほどの空き容量はほむらには存在していない。ほむらの扱う武器もマミのように魔法で作られたものではなく、現代兵器に少量の魔力を込めたものしか持ち合わせていない。そうなると、魔法少女の基本である魔力感知も、基礎的な能力値しか持ち合わせておらず、知っている人に見られていると感じていても、それ以上の情報を手に入れるほどの力を持ってはいなかった。だからこそ、ほむらは自身に対しての自己評価を、最弱の魔法少女として認識していた。
「魔法少女に会わなければマミの情報も集められない。仕方ないわ…早めになるけれど、あの子に会いに行きましょう」
佐倉杏子。ほむらが言うあの子の名前であり、巴マミと共にチームを組んでいた。言わば、師弟関係を組んでいた魔法少女だった。
現在はどうかわからないが、過去に体験した記憶に間違いがないのであれば、魔法少女に対する考え方で仲違いをして、2人は別れたはず。マミのそばに杏子がいる気配はなかったので、今回もそう言った理由で2人は別々に行動をしてるのだろう。
本来であれば、杏子に会うタイミングはもう少し後だったのだが、マミの問題を先延ばしにすることは出来ない。他のスケジュールを早めに回すしか無いと思い、見滝原から風見野に足を運んでいたのだが、見滝原から遠のいた瞬間、突如こちらを見られていたような感覚が無くなる。
「…どう言うことかしら?」
見滝原を出れば感じていた視線がなくなる。つまりは、自分の周りには知らないだけで魔法少女が存在しており、見滝原で活動しているから風見野に移動したほむらを追うのをやめた。と言う風に考えられた。そうであるならば、ほむらの周りにいた使い魔や魔女が人知れず倒されていたことが頷ける。警戒をするにはマミだけではなく、自分の知り得ない魔法少女なのかも知れないと考えるも、それは大きな間違いであることは直ぐに分かることだった。
風見野に移動したほむらは、杏子がいつも活動しているお店などに足を運んでいた。過去に利用していたスーパーの中。杏子はお菓子が好物なので、お菓子売り場や、寝泊まりに利用しているホテルを見て回るも、杏子の姿は見えなかった。そして、特に高確率で姿をあらわすゲームセンターに足を運ぶも、影も形もない見当たらない。それならば、あまり好ましくは無いが、杏子の実家に向かうしか無いだろう。
「変な疑いをかけれたくはないのだけど、背に腹は変えられないわね」
一方的にこちらから杏子のことを知っている状態なので、住んでいた家などに向かえば怪訝に思われる可能性がある。杏子には共同戦線を張ってもらいたいと思っているので、あまり信頼を疑われるようなリスクを負う行動は控えておきたい。しかし、見滝原に住んでいる手前、いつマミとの衝突があるかわからない不安定な状況はいち早く取り除いておきたい。まどかたちと話していた時にも思ったが、今回のマミは冷静ではあるが好戦的だ。杏子の信頼を落とすリスクと、謎が多いマミとの戦闘で命を落とすリスクを天秤にかければ、どちらを取るのかは明白だろう。
暫く風見野の都心から離れたところを歩いていくと、周りには緑が多く生えている場所が見えてきた。魔法少女になる前のほむらは心臓病を患っており、空気が綺麗な見滝原に引っ越してきたのだが、緑が多いこの土地の空気も負けてはいないだろう。
少し歩いていくと、大きな人工物の山が見えてくる。いたるところが焼け焦げていてはいるが、燃えてからしばらく経っているのか、不快になるような匂いは発していなかった。
「……」
その人工物の山が、燃えて残ってしまったその教会が、佐倉杏子の家であった。
到底人が住めるような場所ではない。雨をしのぐのには十分かもしれないが、燃えた時の損傷は酷く、所々に大きな穴が空いている。それでも、杏子が修復しようと試みたのか手を加えたような跡が見られる。
ほむらは杏子との付き合いは長いが、この教会に足を運ぶことは少なかった。杏子とは仲間やチームを組むというよりも、利害の一致で一時的に行動を共にしただけの存在だった。そのため、ここに呼ばれることも殆どなく、何度も見る景色ではないので、妙に懐かしい気持ちになる。
「気配がしないわ…ここにもいないのね…」
教会に手を添えると、外の空気に晒された石づくりの壁面は冷たく、ひんやりとしていた。杏子の気配は感じず、この教会にもいない事が伺える。ここまで探しては来たのだが、今までの場所にいないとすると、自分が知らない場所に杏子はいるのだろうとしか考えられない。
「仕方ないわ、今日は諦めるしか…っ」
杏子に会うことを諦め、来た道を戻ろうとした瞬間、背後から強烈な殺気が降りかかる。そして、その背後というのは数メートル先の位置という問題ではない。そのままの意味で背後に居る。自分の後ろに、その数センチ先に殺気を放っている人物はいた。
魔法少女に変身する隙すら与えられない。背中にはたっぷりと魔力の込められた硬い物が当たっている。そして、その硬いものは鋭く尖っており、少しでも力を前に込められれば、人間の体を上下に別れさせるほどの切れ味は誇っているだろう。
「(一体いつの間に…分からなかった。ここまで近づかれたのに、何も感じなかった…)」
気配を全く感じなかった。ここまで歩いてきたが、誰かに着けられていた感覚もなかったはずだ。
見滝原で感じた不可解な出来事があってから、なるべく周りへの警戒は怠ってはいなかったし、むしろいつも以上に警戒を強めていたつもりだった。そのはずなのに、ここまで近づかれるのを許してしまうのは、ほむらよりもその人物の実力が優っている何よりの証拠だろうが、それでも解せないことがある。
背中にいる人物の顔が見えないとは言え、誰がいるのかは明白である。ほむらが探していた佐倉杏子本人に間違いはない。これだけ近づいている状態で大きな魔力を発していれば、その魔力の反応から自分が見知ったものだと判断できる。だが、杏子の実力が高いことは知っているが、ここまで気配を絶つような真似はできなかったはず。背中から発せられる殺気に当てられ冷や汗をかきながらも、ほむらは身動きの取れない状態で考えていた。
「お前、知らない魔法少女だな…妙な真似をしたら突き刺す」
「…私は暁美ほむら。あなたに用があって探してたの」
「へえ?これだけ殺気込めてんのに、平然としてるのは骨があるね‥何の用だい?」
「巴マミの情報が欲しいの」
「……」
「(……まずいわね)」
巴マミの名前を出したその瞬間、明らかに杏子の言葉が詰まったように感じた。背中に感じていた硬いものに力がこもっているのか、先程よりもその刃物が食い込んできているように思えた。
殺気が深いものに変わる。相手を威圧するようなものではなく、聞き方を間違えればそのまま切り殺されてしまう。冗談ではなく、本気でそう思っている。
「どうして巴マミの情報を求めてる…言え」
「私は見滝原に住んでいるのだけど、私が知っている巴マミとは少し…いや、大分違うから不思議に思っているの」
「…は?」
杏子の間の空いた声とともに、手に持っていたであろうその得物を落としたのか、とすんと柔らかい地面が受け止めるような音がする。何故落としたのかは分からない。ただ、先程放っていた深い殺気は、元々無かったかのように感じられなくなっていた。
「…どうしたのっ!?」
「おい!大丈夫なのかよお前!体に何もされてないだろうな!?」
何があったのか不思議に思い、ほむらは杏子の方へ振り向こうとするも、ほむら自身が振り返ろうとする前に肩を強く捕まれ、無理やり杏子の正面に向きを替えられた。急なことに思わず声が変に出てしまい、それと同時に体に痛みが走ってしまうが、ほむらにとってはそんなことがどうでもいいと思うほどに珍しいものを見てしまう。
後ろを振り返りそこで見た杏子の表情は、訳の分からない他人であるほむらのことを、本当に心配する表情でこちらを伺っていた。自分のために生きることを決めていた彼女が、武器を捨ててまでほむらのことを心配していたのだ。