12話 巴マミ
糖分を頭に入れたいと思っているように、口に入るだけのお菓子を頬張ると、紅茶を手に取り胃の中に無理やり流し込んでいた。その姿を見ていたほむらは、折角いれた紅茶なのだから味わってほしいと思うも、杏子としてはそんなことよりも大切なことがあったのだろう。お腹の中がある程度いっぱいになったのか、満足感で一息をついていた。腕を頭の後ろに組み、顔は天に向けて、何かを、いや、マミのことを思い出しているのか、目を瞑りながら体を軽く前後に揺らしていた。
ほむらは杏子が喋りだすのを、紅茶をゆっくり飲みながら待っている。情報を渡してほしいといった手前、すぐに渡せられるものではないことも理解している。記憶は紙に書かれているようなものではない。マミと杏子の関係は、A4用紙一枚で足りるほど薄い内容ではないだろう。ただ、膨大な内容の中から、重要な情報だけを選別するのには少し時間がかかる。そのため、杏子は何を話そうとしているのか、頭の中で軽く整理していた。
紅茶を飲み始めてから少し経ち、杏子は自分の体勢を元の位置にゆっくりと戻す。今から伝える情報を、考えたことをまとめ終わったのか、ゆっくりと息を吐き、そして、同じようにゆっくりと息を吸っていた。杏子の手には温めいれなおした紅茶のカップがおさめられていた。教会の中は冷えているわけではないのだが、カップを両手で持ち、体を温めるように飲んでいるその姿は、いつもよりも愛らしく感じた。そして、飲み終わったときに口から吐かれる息とともに、彼女は喋りだす。
「少し長い話になると思う。それで、ほむらがどこまで知っていてどこまで知らないのか分からないから、もしかしたらほむらにとっては必要のないことまで聞いてもらうかもしれないけど、それでもかまわないかい?」
「もちろん構わないわ。むしろ、これからのことを考えれば、少しでもより多くの情報が必要なの。遠慮はせずに喋ってくれて構わないわ」
「ん、それなら遠慮なく……あたしがまだ魔法少女になりたてだったとき、魔女にやられそうになっているところをマミが助けてくれたところから、あたしたちの出会いが始まったんだ____」
その時の杏子は、キュゥべえと契約を交わしてから少ししか経っておらず、経験も浅く、魔女を上手く倒すことが出来ない頃であった。杏子の家は風見野にあるため、普段であれば、その風見野を中心に魔女や使い魔を倒していたのだが、その中のとある戦いで、杏子の戦いにおける経験不足により、一匹の魔女を取り逃がしてしまう。日を改め、取り逃がしてしまった魔女を追ってはいたのだが、活動範囲内である風見野の外に、つまりは見滝原に魔女は移動してしまっていた。縄張り争いなどの問題で、風見野の外には出たくはないとは思っていたのだが、自分の不始末を他の魔法少女にやらせてしまうのは、杏子としても不本意であったため、その時はいち早く魔女を狩り、元の場所へ戻ろうと行動していた。
「あっちこっち行きやがって、もう逃がさねえからな!」
見滝原に移動してしまった魔女を追い詰め、今度こそと胸に思いながら槍を力強く構えていた。目の前に対峙する魔女は小柄ながらもその体以上に大きな斧を構えており、頭は外側に伸びる大きな角のような突起物が生えていた。その姿からはミノタウロスを彷彿とさせ、赤い衣装を纏っていた杏子へと闘牛の如く力強く突進する。
遠目から見えるほどに腕の筋肉が大きく膨れ上がる。大斧を両手で硬く握りこみ大きく振りかぶると、杏子にめがけてその重さとともに斧を落としていく。硬いものがぶつかり合う嫌な音がその結界に響き渡る。魔法で作られた杏子の槍でそれを防ぐも、あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまうが、後ろに下がりつつ衝撃をやわらげてはいたので、手の痺れが残るだけで怪我をすることには至らなかった。
「相も変わらずなんて馬鹿力なやつ!だけど今回は…いつぞやの二の舞にはならないよ!」
杏子は体に魔力を巡らせ、願いによって生まれた固有魔法を発動させる。杏子の扱う魔法は幻覚・幻惑魔法であり、自身を強化するものではなく搦め手ではあるが、魔女に対しては非常に強力な魔法であった。そして、魔法を発動させた杏子からは、赤い煙のようなものが現れ、徐々に形を作っていく。そこには、魔女に槍を構えた杏子が2人に増えていた。
2人に分かれた幻影は、レンガ状の地面を走り抜け魔女へと向かう。杏子は持ち前の運動神経を魔法少女としての身体強化で活かし、地上を蹴り上げ魔女の頭上へと飛び上がる。大きな動きに注目をした魔女は、大斧を横に構え、飛んでくる杏子に向かい一の字を描きながら両断する。力強く薙ぎ払われたその大斧は空を切り裂く大きな音とともに、赤い煙のようなものが立ち込める。
「残念そっちは…ニセモノさ!」
そう、今まさに上半身と下半身が分かれてしまった杏子は偽物であった。そして、本物の杏子が魔女目掛けてその手に持っている長い槍を勢いよく大きく振りかぶり、魔女の頭から股下までをその勢いを殺すことなく振り落とした。大斧を振り回し終えた魔女は大きな隙が生まれてしまい、杏子の大振りな攻撃にも対応しきれずその体を裂かれてしまう。そして、切り裂かれた魔女は消え去り、持ち主を失った大斧が大きな音を立てながら地面とぶつかり合い、虚しく転がっていた。
「よし!やっとリベンジを果たせたねキュゥべえ」
取り逃した魔女にリベンジを果たせた杏子は、自身の魔法も綺麗に決められたことから、安堵と高揚に包まれていた。自慢げにキュゥべえへと話す姿からもその様子が伺えるだろう。余裕を表しているように、手に持ってる長い槍を軽く振り回し、空を切っていた。
杏子は目的である魔女を倒したので、長居をする必要はないと思い、頭の後ろに腕を組みながら結界の外へ出ようとする。そう、結界の外へ出ようとしていた。魔女という結界の主がいなくなったはずなのに、結界がそこには存在しているのだった。
「杏子!まだだ!」
力を抜いていた状態で突然の出来事により杏子の反応はどうしようもないほどに遅れてしまう。杏子は抵抗する暇も間もなく、体には先ほどの魔女の顔がついた煙のようなものが巻きついてしまい、体の自由が奪われてしまう。
「こ…の…離せっ!」
体についた煙を解こうと抵抗するも、体の自由を奪われた状態ではその効果は余りにも少なく、虚しいものだった。それでも諦めず暴れるように動いていると、地面に落ちていたはずの大斧が独りでに空へと浮かび上がる。大斧が杏子の正面へと浮かび上がる頃には、先ほど倒したはずの魔女らしき者が斧から出現する。ドス黒く、闇のように深いその色は、形を作り斧を握り始める。そして、拘束された杏子に標的を定め、大きく斧を振りかぶる。
「(__駄目だ。このままじゃ、あたし__)」
先ほどのように槍で受け止めることもできず、本体が捕まってしまっている状態では幻惑魔法を使用したとしても効果はない。拘束され自由を失っている杏子は、為す術がないと悟ってしまう。このままやられたくはない。死にたくはないと思っていても、体の自由がなければ意味がなかった。
魔女の斧が近づいて来るのか、空を裂く音が近づいてくる。これまでかと思い強く目を瞑る。そうして目の前に迫る死の恐怖から逃げようとする瞬間、その時異変が起きた。斧の音とは別に、他の物がこちらに勢いよく迫る音が鳴り響く。捻るような音が一つや二つではない、無数に迫ってきていた。そしてその無数のものは、力強く振られた大斧の動きをいとも簡単に止めてしまい、いきなりの出来事に魔女の動きも斧と共に止まってしまう。
「なるほどね幻惑の魔法、面白い力だわ……だけど」
「!?」
「魔女の方も同じ能力だったのはちょっとツイてなかったわね」
「魔法少女……?」
無数のものの正体は、結界の立体物に立っている黄色い魔法少女__のちのマミであり、マミが伸ばしていたリボンだった。マミは立体物を蹴り上げ杏子の正面へと飛んでいく。魔女に向けて放ったリボンと同じものを両脇に生成し、その大量のリボンは束になり形を作り始める。瞬く間に巨大な銃が作られ、その銃口は杏子の間を挟むように照準が定められていた。そして、その魔法少女の合図により、銃の側面に取り付けられていた火打石であろうものがぶつかり合い、火花を散らす。その瞬間、大量の火薬が爆発した巨大な音とともに、強力な爆風と衝撃が生み出された。
「ティロ・フィナーレ!」
杏子の脇を通るように打ち出された衝撃は、杏子の体を傷つけることもなく、魔女による拘束魔法を無理やり剥がしていった。しかし、全ての衝撃を拘束魔法のみに当てることは叶わず、近くにいた杏子にもその衝撃が体に響いてしまう。確かに傷はついてはないが、身動きの取れない状態から急に空中に投げ出されてしまったことと、マミの放った衝撃が相まってしまい、咄嗟に着地の体勢を取れず地面へと落ちてしまう。ただ、マミはそれを見越していたのか、拘束魔法を剥がしたことを確認した瞬間には、杏子の周りには自身が作り上げたリボンを張り巡らせていた。無防備な状態で地面にぶつかろうとする杏子の体を、マミのリボンは優しく受け止め、杏子を無事に地面へと下ろしたのであった。
「間に合ってよかったわ、大丈夫?」
杏子の無事を確認したマミは、怪我ひとつないその姿に安堵したのかその表情は柔らかく、胸に手をなでおろしていた。杏子は魔女に殺されそうになっていたところを助けて貰ったのは理解できてはいたが、余りにも目まぐるしく変わる状況に少しの間呆気にとられてしまう。
マミは、地面に座り込んでいる杏子に向けて、微笑みながら手を差し伸べる。杏子は自分を助けてくれた魔法少女に戸惑いながらも、伸ばされたその手をしっかりと握り、その場を立ち上がった。
「あ、その…助かったよ。あんたは…?」
「挨拶は後よ。今は魔女を倒さなくちゃ」
助けた魔法少女と喋りながらも、マミの瞳には倒すべき相手である魔女をしっかりと捉えていた。大斧の動きを止めた際に巻きつけたリボンは現在も残っており、斧の周りには使い魔と斧を振り回していた魔女らしきものが、斧に絡まっているリボンを取ろうと無理矢理に引っ張っていた。もちろん、そんなことではマミのリボンを引きちぎることは叶わず、ただ悪戯に時間が過ぎるだけではあるのだが、マミからしてみれば、魔女を倒すための作戦を伝えるには十分な時間稼ぎにはなっている。
「あの魔女、本体はおそらく斧の方ね。だから身体の方を倒しても復活してしまうみたい。私は魔女の身体と使い魔を一掃するわ。その隙にあなたは本体を破壊してくれる?」
「……わかった!」
杏子の元気の良い了承とともに、マミの巻きつけていたリボンが使い魔たちによって切り刻まれる。戦いの火蓋が切られたように、魔法少女と魔女は同時に動き出す。
マミは先ほど伝えたとおりに魔女らしきものと使い魔を一掃するべく、マミは頭に被っていた羽帽子を空高く放り投げる。高く放り投げた帽子が手に戻ってくる頃には、使い魔たちを一掃する為の大量のマスケット銃がいたるところに刺さっていた。マミの扱う銃は単発式であるため、連続で使用するには一度に大量のマスケット銃を精製しておくしかない。しかし、そのマスケット銃に込められている一発には、使い魔たちを一撃で葬り去るほどの威力は兼ね備えてある。ダンスのように、ステップを利かせながら地面に刺さっている銃を手に取り、リズミカルに使い魔を撃ち抜いていく。手に取る暇も惜しいのか、その長い脚を使い銃を蹴り上げ空中へ滞空させる。マミが銃を撃ち終わる頃には、空中に蹴り上げた銃が手元に落ちてくる。単発銃を使っているはずなのに、素早く、正確で、撃ち漏らしがなく、その言葉通りに使い魔たちを一掃していった。いつの間にか、空中に存在するものは大斧を持つ魔女らしきものであり、マミは一際大きい銃を、つまりは大砲を精製すると、大きな音を立て魔女らしきものにめがけて発射する。杏子の時のように爆風と衝撃だけではない。質量が込められた圧倒的な一撃が、魔女のその体を容赦なく貫き、爆ぜさせた。
「今よ!」
約束通り一掃し終えたその空中には、この結界の本体である魔女であろう大斧のみが存在している。そして、マミの合図とともに、地面を力強く翔け抜ける杏子が斧目掛けて突進する。その道を塞ぐ者は何者も居ない。たとえ居たとしても、背後に居るマミがそのものを正確に撃ち抜くだろう。杏子は、出会ったばかりのその魔法少女に、自分の背中を預けてしまう安心感に包まれていた。だからこそ、杏子はただひたすらに、その斧目掛けて力の限り槍を構えることができる。防御なんてものは考えない。何故ならば、今の自分には仲間がいるから。
「はぁぁあああああッ!!」
力の限り、杏子の全力が込められたその槍は、何者にも阻まれることなく斧へと突き刺さる。強力な魔力同士がぶつかり、あたりには衝撃波のようなものが広がるが、そんなものはお構いなしに力を込め続ける。そして、杏子が刺した場所を中心にひび割れが広がっていく。次第に嫌な音が響き渡り、その瞬間、硬いものが無理やり割れた音とともに、その斧は杏子の槍によって貫き砕かれた。
「や…‥やった!」
そこには苦戦した魔女を倒した達成感により、満面の笑みをこぼしていた少女が空に舞っていた。その瞳には、自分と生と死が関わる戦いを共にしたもう一人の少女が映っている。その少女は、同じく空に舞っているもう一人の少女のことを見つめており、その笑顔に釣られたのか、同じように笑顔を光らせていた。
「お見事!」
全てを倒し終え、役目を失ったその空間は、元の街に塗りつぶされて行くようにその姿を消していった。今度こそその結界は崩れさっていく。見滝原の魔法少女であるマミと出会ってしまった、杏子のこれからと同じように。