杏子の目的である魔女を倒し終わり、魔女の結界が崩れ去るのを確認した二人は、先ほど出来ていなかった挨拶をお互いに交わしていた。魔女に集中するしかなく、名前も分からず共闘をしていたことに杏子は不思議に感じながらも、命が危ないところを助けてくれたことには、感謝の意を伝えられずにはいられなかった。
マミは自分以外の魔法少女が、魔女に殺されそうになっているところを見つけたときは驚いたものだが、それ以上に、自分以外の魔法少女が見滝原に現れていることが引っかかっていた。自分以外の魔法少女は見滝原では活動はしていないと思っていたのだが、魔女の結界を見つけたとき、その時には既に他の魔法少女が戦いを始めている魔力のゆらぎのようなものを感じていた。挨拶を交わし終えたので、先程まで疑問であった、見滝原で活動していない魔法少女が何故この土地に来ているのかを聞いていた。
「ところで、佐倉さんはどうして見滝原に?」
「あー……さっきの魔女を追いかけてたんだ。あの魔女は、あたしが魔法少女になって初めて戦った相手でさ、一度ヘマして逃げられちゃったんだ。自分の縄張りから踏み出すのは行儀が悪いと思ったんだけど、どうしても落とし前つけたかったからさ……」
「そう……(なるほどね、魔法少女になり立てだから、ここの話も聞いていないのね…)」
ベテランとは言わなくても、魔法少女をある程度続けていれば、何かしらのコミュニティや情報網を通して見滝原の噂や話などは耳にするはずだ。もしその話を少しでも聞いたのであれば、怖いもの見たさで近づく愚か者か、触らぬ神に祟りなしと言ったように近寄らないよう心がけるはず。しかし、今目の前にいるものは、魔法少女として生まれたばかりの、卵から孵化し始めの幼い小鳥に過ぎない。魔法少女の情報などに疎いわけであり、この場所についても当然知らないはずだった。
杏子は何者にも教えを受けているわけでもなく、何色にも染まっていない真っ白なキャンバスと言えるだろう。そして、マミはとある考えを考えついた。いや、実行に移せる機会が訪れたというべきなのか、もともと考えていたことではあったのだが、その機会が訪れずに燻っていたと言うべきだろう。
目の前にいる少女の瞳には、魔法少女となり希望に満ち溢れているような輝きを秘めている。その瞳をマミは幾つも見てきた。その瞳の輝きに宿るものは、自分のために願いを叶えたものではなく、人のための己を捧げた正義の輝きであることを。そして、彼女の固有魔法も魔法少女の強さとしても申し分ない。だからこそ、行動に移す価値がそこにはある。
「結局あんたには迷惑かけちゃったよね」
申し訳がなさそうに、彼女は体を縮こませながら目をそらしていた。魔法少女としての役割をこなしたとは言え、やはり、他の縄張りを荒らしてしまったことを気にしている様子だった。だからこそ、不安になっている杏子に対し、マミはゆっくりと、優しく、その笑顔で受け止める。
「いいのよ、大事なのは一人でも多くの人の命を守ることなんだもの。魔法少女同士で縄張り争いなんて本当ならすべきではないんだわ」
マミの言葉により、彼女の不安げな表情は瞬く間に笑顔に変わる。マミの言い分は、魔法少女を長く経験したものであれば否定的になりがちなものもいるのだが、杏子の心には引っかかりもなく浸透しているように見えた。
目的を達成した杏子はその場を離れようとするも、マミは先ほど倒した魔女のグリーフシードを片手に杏子を引き止める。グリーフシードは魔法少女にとって大切な貴重品だということが分かっているからこそ、マミは杏子にとある提案をする。
「あなたも魔力を消耗したでしょう?ソウルジェムの濁りを浄化しておかないと」
マミの言い分は魔法少女にとってもっともではあるが、先ほどの魔女はマミの助けがなければ倒せなかった状況だった。そもそも、助けてもらわなければ杏子は魔女の餌食となり、マミが一人で倒すことになっていただろう。それが分かっているからこそ、マミの提案に戸惑いを隠せなかった。自分には受け取る資格が無い。そう思っていたのだが、そんな杏子の思いは気にせずに、グリーフシードを分けることを押し通す。
二人で倒した成果。確かに、あのまま助けていなければ、マミが一人で戦う結果になったのかもしれない。しかし、助ける選択をしたのはマミであって、魔女を倒す時も、二人で攻撃を仕掛ける提案を持ちかけたのはマミであった。だからこそ、二人で倒したという部分を強調し、それならば、グリーフシードも二人で分け合うことが道理であるかのように語りかける。
グリーフシードが二人のソウルジェムに宿っている濁りを吸い取っていく。徐々に元の輝きを取り戻していくも、杏子のソウルジェムの濁りはマミのよりも多いようで、取り終わるのに少しだけ時間がかかっていた。それもその筈だろう。先ほどの戦いで、杏子は命を落とす一歩手前まで脚を踏み込んでいたのだ。ソウルジェムの濁りは魔法を使うだけではなく、持ち主の精神にも影響を及ぼされる。その濁りは強く、比較的濁りの少ないマミのソウルジェムと共に使用しただけで、新品のグリーフシードが使い物にならなくなってしまうほどであった。
濁りを吸い終え、元の輝きを取り戻した杏子のソウルジェムは燃えるような真紅の輝きを放っていた。杏子の瞳の色と同じような輝きを持っているそのソウルジェムを、杏子自身が持っている魔法少女としての心を、才能の表れであることを知っているが故に、艶かしく目を細め見つめてしまう。そして決心をする。彼女をここで終わらすわけには行かない。伸びるものを持っており、これからの活動において大きな貢献をもたらすであろうと。
使い終えたグリーフシードを、杏子の傍にいたキュゥべえに向けて曲線を描きながら投げつける。キュゥべえが回収したことを確認し、マミは杏子に向けてこれから時間が空いているかとお誘いの声をかける。杏子はその質問に何があるのかと疑問を浮かべながらも、時間はあると伝える。そして、そのお誘いに答えた後、お菓子好きの杏子にとっては天国とも呼べる体験を受けるのであった。
「ちょー美味しい!」
杏子の前に並べられてあるのは、マミが趣味で作り上げられた特製のピーチパイだった。パイに塗られた卵黄がこんがりと綺麗な焼き色をつけており、部屋の明かりでキラキラと輝いている。見た目からも美味しそうに見えるそのパイは、期待を裏切らない甘美な味に仕上がっていた。
「特製のピーチパイよ。焼きあがるまでお待たせしちゃってごめんね。まだまだあるから遠慮せずに食べて頂戴。一人じゃ食べきれないから」
「助けてもらった上にケーキまでご馳走になっちゃって、なんだか図々しいよねあたしって」
「招待したのはこっちなんだし気にしないで。私もあなたのような魔法少女の子と一緒にお茶ができてとっても嬉しいもの」
「ならいいんだけど……でも、あたしの方こそ、今日はマミさんと出会えて良かったな。あたし、魔法少女としてはまだ半人前だからさ、お茶をしながら色んな話聞かせてもらって勉強になったよ」
「……」
「何も考えずにだた闇雲に戦っていたあたしに比べてマミさんは、これまでの魔女との戦いを自己分析してノートにまとめたり、魔法の使い方を研究したり…その上で戦いに必要な心構えもしっかり持ってて、実戦においても強くて頼りになる。こんな凄い魔法少女が隣町にいたなんて、あたし驚いたんだ」
ピーチパイが焼きあがるまで時間がかかってしまう事を理由に、魔女に対しての立ち回り方や、魔法の研究によって得た成果などの、今まで調べ上げてきた事の一部を杏子に見せてあげていた。自分に興味を持ってもらうことを想定してのことだったが、その効果はあったようで、杏子の中にあるマミに対しての評価は右肩上がりのようだった。
マミは紅茶を片手に杏子の思いを受け止めていた。自分がやってきたことは平和に過ごしている見滝原の人たちに役立っている。それはもちろん分かっているし、杏子の反応もマミは想定の範囲内だった。だからこそ、その先にある言葉を求めていた。自分から言い出すのではない。相手が言い出さなければ意味がない。そのために、マミはその場を作り上げ、引き出していく。
杏子の口がゆっくりと開く。言い出しにくそうに、もごもごと言葉が出ない子供のように。マミの求めていたその言葉が、恥ずかしいのか頬をほんのりと赤く染め上げながら、杏子の口から徐々に引き出された。
「だから…その、マミさん。お願いっていうか…図々しいついでって言うのもなんだけど…」
「……」
「あたしを、マミさんの弟子にしてもらえないかな?」
「……!」
「マミさんはどこをとっても私の理想なんだ。だから、迷惑じゃなかったらって…」
杏子はマミに弟子にして欲しいと頼み込む。不安そうな表情をしながらも、先ほどとは違い前に進もうとする希望の表情に満ち溢れていた。
魔法少女としての強い覚悟と、思うだけではなく行動にも移している。移すだけの力がマミには存在している。口先だけではない。そのマミの姿に、魔法少女のひよっこである杏子は強い感銘を受けたのだ。自分もこの人のようになりたい。だからこそ、杏子はマミに対して弟子を申し出ていた。
「ふふ……ええ、良いわ。凄く良い……私に出来ることなら、魔法少女の先輩として、あなたを最高の魔法少女に作り上げてみせるわ……」
「ありがとうマミさん!」
それからは、マミは杏子を魔法少女の弟子として向かい入れ、自分が教えれる範囲での事を徹底的に叩き込んでいた。しかし、マミが持っているその知識の範囲は広く、深く、ある程度の素質を持つ杏子だとしても、数日で全てを覚えるのには難を極める。マミの思う魔法少女としてのあり方や魔法の使い方。魔女に対しての戦い方。ノートで見たものはほんの一端に過ぎない。しかし、マミの教え方は杏子の性格に的確に合うように指導していった。
「佐倉さん、あなたの魔法はそんな物ではないわ。あなたがどんな思いでその魔法を力に変えるのか、その時に願った気持ちを思い出しなさい。そして、一人の自分を作り上げるように、それを放ちなさい」
「はい!」
魔女との戦いでは、基本的に杏子が一人で戦うようにしていた。危険がありそうであればマミが手を貸し、それ以外ではその戦いを見るだけに留めて、時にはその役割を交換するときもある。
杏子は頭で考えるよりも戦いの中で体に覚えさせるほうが飲み込みは早い。しかし、考える力を養わずに魔女との戦いを続けていれば、自分との相性の悪い魔女にぶつかり合えば足元をすくわれる危険性がある。それは、杏子との初めて出会った時、対峙していた魔女を思い返せば分かりやすいだろう。
「佐倉さんはそこで観ていなさい。私の戦いを観て学ぶべきところを考えるの。そして、どこが悪くどこが良いのかを判断する力を身につけなさい。観察は力に変わるわ。相手のことを知ればそれだけ戦いが有利になる。それは自分のことにも言えることよ」
「だけど、マミさんの戦い方と私の戦い方のスタイルは全然違うよ?」
「そうね。だから私はあなたの武器を模したもので、同じような魔法を使い魔女と戦うわ」
「どういう……って、ええ!?」
杏子は戦い方が全く異なると言いながら、魔力を体に巡らせ始めるマミを不思議そうに見つめていると、ありえないものを見るように驚愕する。そこには、杏子が使っている槍と似たものが作り上げられ、同様に杏子の魔法のようにマミの幻影が現れていた。幻惑魔法を得意とする杏子の魔法よりも、その魔法の技術は高く、まるで本物がそこにいるような感覚になるほどの完成度であった。
同じ願いで得た固有魔法に優劣があるのは当たり前のことではある。たとえ同じ固有魔法を持っていたとしても、少女が持っている才能の総量。キュゥべえの言葉を借りるならば、少女に巻き付いている因果の数が多いほど魔法少女としての強さに繋がる。例えて言うならば一国の王女であったり、国を背負う政治家の娘であったり、この世界に関わる力が大きいものほどその因果の量は比例するように多くなるらしい。
マミの願いは杏子と同じものではない。なのに、杏子の扱う魔法よりも完成度が高いのは、単純に言えば魔法に対しての知識の多さや、それを再現する技術力の高さの違いであろう。
マミの魔法に関しての研究は長い年月をかけられ、そして深いものである。杏子の扱う幻覚・幻惑魔法は非常に強力であるがゆえに、マミもその魔法に対しての研究は怠ってはいない。そして、その魔法を扱う魔女も存在する。強力なものではあるが、似たような魔法を扱う魔法少女も存在しているので、ノートを開けば再現するための材料はある程度揃っている。マミの高い感知能力を応用すれば、幻惑魔法を扱う魔法少女の魔力の流れを感知し、それを更に応用し、自分に合う使い方をすれば、ある程度の幻惑魔法を扱うことは可能だ。そして、戦いの中や遠目で感知するだけで得た情報だけに留まらず、現在では目の前にその魔法を扱う魔法少女が存在するのだから、完成度が飛躍的に上がるのも頷けるだろう。
「それじゃあ、マミさんに対して幻惑魔法じゃ勝てないのか?」
「そういう訳じゃないわ。私の扱う幻惑魔法は、質の高い模倣に過ぎないの。模倣は本物には決して勝てない。あなたの魔法よりも私の魔法が優れているのは、元々持っている技術力の差でしかないわ。あなたがその魔法を十分に理解して、上手く使えれるようになれば、私の幻惑魔法は直ぐに見破られちゃうわ」
「でも、マミさんは私の魔法と同じものを使えるなんて凄いよ!どうして今まで使わなかったの?」
「良い質問ね。私の幻惑魔法は、研究を重ねて得た技術で無理やり再現した魔法に過ぎない。魔法の構築の仕方をしっかりと理解しておかないと、使い物にならない出来損ないの魔法になってしまうの。それに、自分の持っている固有魔法よりも効率が悪くて、魔力を余計に使っちゃうから、濁りもたまりやすくなるデメリットもあるわ。練習や研究しだいでは少なくなるけれど。だけど、私の幻惑魔法の完成度が高い理由は他にもあるわよ?」
「も、もしかして、私がマミさんの……?」
「ええ、先生よ」
「え、えへへっ…マミさんの先生かぁ…」
杏子は、自分だけが何時もマミの教えを受けて、何かを返せるようなことが出来ずに悩んでいたことがあった。魔女を倒した後に得るグリーフシードも、自分が多く使ってしまい、何時もマミに対して申し訳ない気持ちになっていた。マミはそんな杏子を宥め、気にしていないと伝えるも、やはり割り切れることはできないとは分かっていた。
人の心は、極端に出来てはいない。それだけ杏子の心は魔法少女に染まってはいないと言う、表れであるのかもしれない。マミに対して形としてお返しが出来ていると言う実感に浸っているのか、杏子の瞳は相変わらず輝いていた。