「うぅ……全然魔女と使い魔を見つけられない……マミさんは魔力感知するとき何を意識しているの?」
「そうね……自分の魔力を粒子状に放つイメージをしなさい。細かい粒を広げて、自分以外の魔力に触れれば分かると思うわ。分身を作るときのイメージをしたら分かりやすいと思うけど」
「あー……分かるような、分からないような……」
「まずは実践あるのみよ。百聞は一見にしかず。佐倉さんは考えるよりも行動に移すほうが得意なのだから、試してみれば思いの外簡単にできると思うわよ」
杏子がマミの弟子になり一ヶ月以上が経っていた。特訓で見つけた課題である基礎的な能力を伸ばす訓練として、魔力感知を使い魔女や使い魔を見つける特訓をしてはいるのだが、マミの言う魔力の使い方は難易度が高いことにより、杏子は頭を抱えながらも試行錯誤を繰り返していた。
細かい粒子状に広げることはまだまだ出来ないが、マミの言う通りに分身を作るときのイメージのように、魔力を煙に模して広げみようと試みると、思ったよりも苦もなく成功していた。本当に出来たことに驚きながらも、その要領でマミのように魔力を粒子状に拡散させる。しかし、ある一定量の魔力の塊がなくなると、粒子状にもならず自分が操作できる限界を超えてしまい、空中で拡散し消えてしまう。とはいえ、煙のように魔力を拡散させるだけでも十分な進歩であるため、まずはこのやり方で魔女を探すことにした。
魔女や使い魔というものは、人間の弱い部分に付け狙い、唾を付け、自分の領地へ誘う者たちである。原因不明の事故や事件。不可解な自殺などは魔女が絡んでいることが多い。裏を返せば、そういった事件が起きやすい場所に、魔女や使い魔が住み着いている可能性が高い。
人通りの少ない路地裏や人気のない建物など。使い魔や魔女を探しているときに空から人が降ってくることも少なからずあった。もちろん、その人たちは助けたのだが、全ての人を助けられたわけではない。
目の前で嫌な音が響き、生暖かい液体が四方八方に飛び散る。惨たらしいものであり、二度と起こさせはしないと誓う切っ掛けでもあった。そして、もっと早くそう思えばその人も助けられたのではないかと、マミは強い後悔に襲われることでもあった。
上記の理由で人通りの少ない場所を重点的に探せば、目的の対象は闇雲に探すよりも比較的見つけやすくなる。しかし、目安に過ぎないので無駄も多く、そういった場所にもいないことも多々ある。だからこそ、自分の力で魔女を探せれるようになるというのは非常に効率の良い方法だった。覚えるまでには多少の時間がかかってしまうが、杏子にはマミという指導者がいる。ゼロから探し始めるのではなく、方法を知っている人物がいるのだから、一人で研究していたマミのときのように時間がかかる訳ではないだろう。
杏子は赤いソウルシェムを手に持ち、魔力を薄い煙に変化させて拡散し続けていた。マミはどこにいるかは知っているが、あえて答えないように心がけていた。そして、杏子のソウルジェムに反応が起きる。使い魔が見つかったようで、マミを呼びその方向へと走っていった。
マミは駆け足で走る杏子の後を追っていく。目的の使い魔を見つけたはずなのに、その瞳は笑っていなかった。マミの持っているソウルジェムには、杏子と共に向かうその方向には使い魔だけの反応だけに留まらず、もう一つの反応が現れていた。
感じたことのない謎の反応。使い魔でも魔女でもないその反応は一つしかない。杏子とマミ以外の魔法少女であろうその反応は、杏子のソウルジェムに反応した使い魔に真っ直ぐ向かってきていた。
「マミさん見つけた!こんの!」
「良い速さだけど……ついでに嫌なものも来たみたいね」
杏子は使い魔を見つけるやいなや、ソウルジェムを輝かせ真っ赤な衣装に身を包み変身する。変身の勢いを保ったまま繰り出したその攻撃は、使い魔が避ける動作をする暇もなく杏子の扱う槍に貫かれ息絶えた。使い魔を倒したことに杏子は安堵するも、対照的にマミは大きなため息をついていた。
「あんたたちね!悪い魔法少女っていうのは!!」
「うわ、な、なんだ急に」
「……」
細く暗いその路地裏で、杏子とマミの正面に仁王立ちをしている。緑色の衣装に身を包む同じぐらいの年であろうその魔法少女は、杏子たちに向けて指を指しながら、悪い魔法少女たちと大声で叫んでいた。杏子は何がなんだかわからない様子で緑色の魔法少女を見つめていたが、マミは自身の瞳をうつろにさせ、緑色の魔法少女の全ての動きを捉えていた。
知らない魔力の質であり、見滝原に住んでいるものではない。そもそも、見滝原で新しい魔法少女が生まれた反応もしていない。そうなると、十中八九杏子と同じく風見野から噂を聞いてやってきた魔法少女だろうと伺える。そして、魔法少女として生まれてから間もないということも。
緑の魔法少女には、分かりやすく安っぽい警戒心が出ており、その身のこなしも隙だらけであった。魔法の総量も一般的な魔法少女と同じくらいのものしかなく、マミが戦闘に出てば結果は目に見えるだろう。魔法少女の相手をするのは苦ではないが、杏子と共に活動している間に来るのはなるべく止めてほしいところだった。しかし、これは丁度いい機会だとも思った。
杏子は魔女との戦闘経験はあっても魔法少女と戦ったことは無い。今のうちにその処理の仕方を覚えさせておくのは良い状況なのかもしれない。杏子の側にはマミも付いているので、こちら側が倒される必要もないし、杏子が壊れてしまう可能性も回避できる。幸い、相手も比較的弱い魔法少女だと思うので、杏子が戦うには丁度いいだろう。
「佐倉さん、あなたが戦いなさい」
「え、ええ!?まだ話し合いとか……」
「この私があんたたちみたいな悪い魔法少女なんて倒しちゃうんだから!両方かかってきても構わないのよ!」
「お前も少しは話し聞けって!マミさん、あいつは変な勘違いしているようだし攻撃するほどかよ?」
「……佐倉さんは私とあったとき、どう対応したかしら?あの魔法少女のように悪意を持って私に接してきたかしら?魔法少女として活動していくなら、魔法少女との戦いは避けられない問題ということは分かるでしょう?だから、佐倉さんは私と特訓をしてきた……後は、言わなくても分かるわよね」
「え、だ、だってよ……魔法少女なんだよ?私達と同じなんだよ?」
「くどいわ。何度も言わせないで頂戴。それだけの覚悟を持たずに今まで何をしてきたのかしら。相手が話し合いに応じないのであれば、私達も話し合う必要は無いわ」
「そうだけど……」
マミの言うことも分かるが、それでも、本当に魔法少女と戦うことになるのが信じられず、頭を抱えていた。いずれこのような事態に遭遇するのではないかと考えていたが、いざその局面に対面してしまうと気持ちがぶれてしまう。
このまま倒さなければこちら側が一方的にやられてしまう。しかし、それを返してしまえば、相手にも相応の傷を与えてしまう。相手は魔法少女の前に一人の人間なのだ。魔女のような怪物ではない。
杏子は唸る。マミの考えと自分の思いで板挟みにされ、苦悩する。どちらとも大切だから。大好きなマミのことも信じたいから。だけど、正義の魔法少女として、人を傷つけたくはないから。
「あー!もう!長ったらしいわね!作戦会議なんて許すわけないじゃないの!今すぐ私に倒されなさい!」
「な、お前!?」
考え終わる暇もなく、緑色の魔法少女は両刃の剣を取り出し杏子に向かい駆け出していった。愚直と言っていいほど考えもなしに突進してくるその魔法少女を、杏子は槍で受け止め何度も話しかける。
「おい!何で私達を悪い魔法少女っていうんだよ!私達は何もしてないだろ!」
「私の命を助けてくれた魔法少女が言ったのよ!あんたたちは見滝原を独占する魔法少女だって!絶対に近寄るなって!だから私があんたたちなんか倒してあの人達にお礼をするんだから!」
「何なんだよコイツ……」
目的であったマミと杏子を見つけて興奮しているのか、杏子が話しかけていても緑の魔法少女は聞く耳を持たず、只管に突進を繰り返していた。
「この!この!いい加減に当たりなさいよ!」
「……っ!」
防御も考えず全力で攻撃を繰り出す魔法少女を、杏子は冷静に対処していた。杏子も数ヶ月前に魔法少女になったばかりのルーキーではあるが、マミとの特訓の成果は凄まじく、杏子の実力は飛躍的に伸びていた。マミの攻撃に比べれば止まっていると言っていいほどのに、目の前にいる魔法少女の攻撃は遅く感じてしまう。そしてその攻撃も短調であり、読みやすく対処もしやすい。今の杏子であれば鼻歌を歌っていても対処ができるだろう。
「このー!なんで当たんないのよ!さっさと倒れなさいよ!」
「お前いい加減にしろって……このままやっててもお前の体力がなくなるだけだよ」
「うっさいわね!こうなったら……」
杏子に対し攻撃が当たらないことに痺れを切らし、緑の魔法少女の視線が杏子から外れ、その先の方を見据えていた。
「黄色いあんたを倒してから赤いやつを倒してやるわ!」
「あっ!」
「……」
攻撃が当たらない杏子を一度放っておき、もう一人の魔法少女であるマミに標的を変更した。防御に集中していた杏子は、その動きを止められずに抜けられてしまう。敵である杏子とマミの間に挟まれるような行為を、自分からするのは如何なものなのかと考えるが、このままでは魔法少女に変身していないマミが危険に晒されてしまう。
緑の魔法少女が持っている剣が、マミへと届こうとするその瞬間、マミの目の前には赤い菱形が鉄格子のように、規律よく並べられた壁が現れ、その攻撃を防いでしまう。
「ちょっとなんなのよこれ!」
「マミさんには手を出させないよ」
「(良い結界魔法ね……)」
杏子の作り出した結界魔法は緑の魔法少女の行く手を阻み、マミの元へ行くことは叶わずにいた。目の前に現れた結界に対し、再度その手に持っている剣で何度も攻撃を加えるが、微かな亀裂が入るだけで壊すとなれば長い時間がかかってしまうだろう。
「キー!鬱陶しいわね!もういいわ!だったらあんたを倒してやるんだから!」
「こいつ……ここまできても実力差が分かってないのかよ」
杏子が咄嗟に魔法を込めて作り出した結界を壊せないとなると、杏子と緑の魔法少女の間には大きな実力差があると言ってもいい。マミが言ったように、杏子の結界魔法は筋がよく、マミが見てきた魔法少女の中では非常に上手く作っている部類に入る。それも、杏子はこの結界魔法を最近覚えて使い始めたばかりだと言うのに。
マミとの特訓で、その中に結界魔法を主題とした特訓があった。結界魔法は覚えれば使い勝手が良く、自分の身を守ることもできれば、遠距離から自分以外の者を守ることができる。つまり、使い魔に襲われている人たちを咄嗟に守ることが出来るというのは、近距離や中距離で戦う杏子にとっては、覚えておかなければならない魔法の一つであった。
結界魔法をある程度使いこなせるようになれば、それを応用し拘束魔法に繋げることができる。拘束魔法も使い勝手の良い魔法ではあるのだが、杏子にとっては結界魔法の方がしっくりくるようで、今の所は結界魔法を中心に魔法の練習をしていた。しかし、それが功を奏し、マミへ攻撃を咄嗟に防ぎきることは出来たのだが、それでも相手は諦めてはくれていない様子であった。
「仕方ねえ、襲ってきたのはお前なんだから、許してくれよ……っ!」
「な!?きゃああああ!!」
攻撃することを止める気配がない緑の魔法少女に、杏子は刃のついていない部分で重い一撃を与える。手加減はある程度しているとは言え、杏子のひと振りは魔女をも薙ぎ払う強烈な一撃を秘めている。それを防御もせずに受け止めてしまえば、今度こそ戦意を喪失し逃げ帰るだろう。そう思い、緑の魔法少女に攻撃を放ったのだが、そこでは杏子の予想外な出来事が起きる。
「い、痛いじゃないの……う、ぐぅ……それでも、まだ私は……やれるわよ!!」
「な……こいつは……」
「(この子の願い、癒しの系統の願いで得た回復魔法ね)」
緑の魔法少女の自己治癒能力は凄まじく、先程体に受けたはずの傷は瞬く間に回復していく。そう、彼女が防御も考えずに攻撃を仕掛けていたのはこの理由だった。体に受けた傷を咄嗟に治癒してしまうが故の捨て身の攻撃。しかし、治るとは言え傷を負えば痛みも共に受けるはずなのだが、彼女は自分の身を顧みずに、目の前の悪い魔法少女を倒すことだけを考え行動していた。考え方はどうあれ、彼女もまた杏子と同じく正義の魔法少女の部類に入る者だった。
「おいアンタ!あんたは他人のために願いを使ったんだろう!?だったら私たちの話も聞いてくれ!私たちは悪い魔法少女なんかじゃない!あんたは何か誤解をしている!」
「うっさいわね!あんたがどう思おうと他の人から見ればあんたは悪い魔法少女なのよ!」
「んな滅茶苦茶な……」
「あんたたちが倒されてくれれば私を助けてくれたあの人たちも喜んでくれるの!私の命を救ってくれたあの人たちを!だからあんたたちみたいな悪い奴は早く倒されちゃえばいいんだから!」
「……」
「それに、あんたの後ろにいる魔法少女が元凶だって言ってたわ!あいつがいるから見滝原が占領されている。グリーフシードの数が少なくなり、飽和状態を起こしている箇所もある。魔法少女にとっては、あの黄色い女は邪魔なの!」
「何なんだよ……」
「あんたもその仲間なら私の敵だわ!あんたたちさえ居なくなれば喜んでくれる!あんたたちがどう思おうと、私にとってはあんたは悪者でしかないんだから、さっさと私にやられなさい!」
何も言わない杏子に対して、緑の魔法少女は此処ぞとばかりにまくし立てる。杏子は、マミは周りの魔法少女にとって悪者である。占領をしているお前らが悪い。居なくなれば喜ぶものがいる。杏子たちを倒せば、あの人たちが喜ぶ。そう言って、彼女は杏子に言い続けた。
彼女が、どんな思いでここに足を踏み入れ、縄張りの主であるマミに対して勝負を仕掛けているのかはわからない。そんな彼女も、杏子と同じように正義の魔法少女を目指す一人だと分かったから。だが、それだからといって、杏子は許すことができなかった。
杏子の目つきが変わる。その真紅の瞳が緑の魔法少女を捉え、感情をむき出しにしながら叫ぶ。
「一体、何なんだよ……!お前が何を、知ってるんだよっ!!!」
「な!?キャッ!!」
「マミさんが悪い魔法少女だって思うなら言ってみろよ!!言わないくせして私の目の前でマミさんを汚すんじゃねえ!!」
「あっ!!ぐぅ!!」
「マミさんは悪い魔法少女じゃない!!この街を護っている魔法少女なんだよ!!だから……考えなしに、証拠もないくせに、勝手な悪意をぶつけて来るんじゃねえ!!」
「きゃあああああ!!!」
杏子の力強く振るった槍が彼女の両刃の剣を打ち砕く。マミに鍛えられ上げた杏子の一撃を、手加減もない、勢いに任せて振り回した攻撃を、経験が浅く実力がかけ離れた魔法少女が受け止めきれる訳がなかった。刃が付いていないとは言え、その一撃を何度もまともに食らってしまえば、緑色の魔法少女は床に倒れ伏せ、治癒する暇もなくうめき声を上げながら気絶するしかなかった。
この見滝原には、緑の魔法少女が言うように、マミ以外の魔法少女を見たことがなかった。見方によれば、独占しているようにも見えるかもしれない。しかし、それでも許せなかった。
マミの弟子だからこそ、マミの側で魔法少女としての活動を見続けてきた。だが、特別おかしな様子を見せたこともない。グリーフシードを落とさないからと言って、使い魔を倒さずに残すようなこともない。この街を護るというその意志で、魔法少女としての活動をしていると肌で感じていた。マミの正義の気持ちは本物だ。だからこそ、許せない。自分が慕っている大切な先輩が、師匠が、杏子の正義の象徴である巴マミが、悪い魔法少女と言われることが、我慢ならなかった。
魔法少女を攻撃するのに慣れていない杏子は、息を荒くし自身の気を保っている。煮え切らない様子ではあるが、勝負が決まり安堵する。しかし、その静かな時間はマミの声によって崩れ去る。
「止めを刺しなさい」
「!?」
無慈悲の一声。マミは一言だけそう呟いた。杏子はその指示に驚愕を隠せない。いや、もしかしたらそう言われるような気はしていた。
緑色の魔法少女と対峙してからのマミは、いつもの雰囲気とは何処と無く違っているように思えた。この街を護ろうとする意志は変わっていない。しかし、マミが緑の魔法少女に向けて放つ視線は、人間とは思っていない。そう、まるで魔女や使い魔を見るような視線を送っているようにも思えた。そんなはずはないと思い、すぐに考え直したのだが、やはり、今のマミから感じる雰囲気は容赦がないというのか。緑の魔法少女に対して、倒す。もしくは、命を取ることだけを考えている様に見えた。
「マミさん……本当に、本当に殺らないといけないのかよ……」
目の前に倒れ込んでいる魔法少女は確かに許せない。なんの根拠もなしに、自分たちを悪者扱いするのは、無視できないものだった。だからと言って、命を取りたいと思うほど、自分の心は狭くはない。
心臓の鼓動が激しく、耳を塞ぎたくなるほどうるさい。緊張や焦りで血流は燃えるように熱を持ち、今すぐこの服を脱ぎ出したいほどだった。そんな杏子とは対象的に、マミはどこまでも冷静で、言葉を並べていく。
「佐倉さん、魔法少女を取り逃してしまえば、いずれ多くの仲間を引き連れ襲いかかってくることもあるわ。それに、彼女が傷を癒し、隙を狙い攻撃を仕掛けることだってあるかもしれないわ……悪意を振りまく魔法少女は、魔法少女ではない」
「う、うぅ……」
「もし仮に、彼女は私達を倒して、お望み通りに見滝原を開放したとして、今みたいに使い魔も魔女も全て倒し、多くの人達を救うつもりはあるのかしら?それだけのことができる器を、覚悟を、彼女たちは持っていたのかしら?未知数の可能性にかけられた人たちはどうなるのかしら?私は、私はそんなの許せない……だから、佐倉さん。あなたが殺るの。殺らなければいけないの」
「私が……私が殺らないと……でも……」
頭にマミの声が響く。響くごとに、私が殺らなければいけないと、自分に思い込ませる。それでも、杏子は葛藤した。目の前に倒れている魔法少女は、マミの言ったとおりそこまでの覚悟を持っているのかは分からない。しかし、彼女もまた正義のために動いていた一人だということも事実だ。説得をすれば、仲間になる可能性だってあるのだから。
「でも、あいつだって……人のために願いを叶えた魔法少女なんだ。だから……」
「佐倉さん……あなたは悪いことをする訳じゃないの。あの子の正義よりも、あなたの正義が優ったに過ぎない……そして、佐倉さんはあの子の正義を壊して、前に進まないといけないの……何をすればいいのか、分かるわよね?」
「マミ、さん……マミさん、マミさん……う、ううううっ!」
マミは小さい子供に言い聞かせるように囁いていく。杏子の頭を撫でながら、甘ったるい香りが身を包む。そして、魔法少女を殺す恐怖よりも、優しく囁いてくれるマミの言うことを、期待を裏切ってしまったときのの後悔が大きくなっていく。
何度も何度もマミの名前を繰り返す。マミの名前を呼び、自分を信じ込ませていく。これは正しいことだ。自分は正しいことをやっている。何も悪いことはしていない。だから杏子は思った。マミが側にいるなら____
もう何も、怖くない。
「ああああぁぁああああああぁあああぁぁあああああああああああ!!!!!」
硬く、柔らかいナニカを貫く音がした。水っぽいそのナニカに、杏子の槍は貫かれた。悲鳴も上がらない。息も止まる。そこにはナニカが転がっている。
ナニカとは何だ?自分が刺したものは何だ?何故自分は大声を上げている?
「あ、ああ、ああああ……」
ゆっくりと視線を下げる。そしてそこには、魔法少女だったナニカが、人間だった肉塊が転がっていた。杏子はたった今、使い魔でもない、魔女でもない、魔法少女を、人間を殺した。
杏子は突き刺さったままの槍から手を離し、自分の手のひらをゆっくりと開いていく。そこには何も無い。あったはずのものが、思っていたものが、募ってきた想いが、崩れ去っていくような気がした。その代わりに、一生背負わなければいけないものを、その手に受け止めたような気がした。
どうしようもない感情に打ち震えている杏子を、近くで見ていたマミはゆっくりと抱きしめる。その甘美とも言える抱擁を一杯その体に受け、頭を撫でられながら囁かれる。
「よくやったわ……あなたはよくやったの。あなたは正義を貫いた。この街の人々を護ったの」
「だけど……だけど……こんなことに……」
「ううん、佐倉さんは良いことをしたの。それでも、佐倉さんが自分自身を責めるのなら、私があなたを許すわ。そして、その手にあるものを私にも背負わせて。それが、あなたの師匠になった、私の責任だもの。」
「う、うう……マミさん……マミさん……マミさん……」
壊れたラジオのように、何度も何度も名前を呼び続ける。自分が頼ってきた存在が、目の前に存在することを確かめるように、杏子はマミの背中に手を回し、体を押し付けて自分が一人ではないことを確認する。マミは、そんな杏子を落ち着かせるように背中をゆっくりと擦る。
裏路地には光が差し込まれていなかった。薄暗く、異様な雰囲気が広がっていた。人間のような形をした肉塊が槍に貫かれ、その隣には二人の少女が抱き合い慰めあっている。そして、赤い少女の瞳には、今までのような輝きは少なく、濁っているような色を帯びていた。