強く気高く孤高のマミさん   作:ss書くマン

16 / 51
16話 それぞれの正義

「急にお邪魔したのに、ご飯までいただいてしまって……ありがとうございます」

 

「マミお姉ちゃん! 遊んで遊んでー!」

 

「良いんですよ。下の子も喜びますから」

 

 杏子が魔法少女と対面してから数週間が経っていた。現在は、杏子が何度もマミの家に遊びに行ったり、特訓ということでマミの家に泊まり込んだり、そのお礼の意味を込めているのか、杏子の家にお邪魔をしている最中であった。

 

「モモ、マミさんに迷惑かけるなよ」

 

「えー! お姉ちゃんばっかりずるいよー!」

 

「この子ったら、家に帰ったらマミさんのことばかり話して。私たちも、そんなマミさんのことが気になっていたりしたんです」

 

「あら」

 

「いや、一々そんな事言わなくていいからさぁ」

 

 家で何を話しているかなどの、プライベートなことが暴露されたことに恥ずかしがっているのか、杏子は頬を赤く染めながらばつが悪そうに頭を掻いていた。 

 マミは、自分の話が何度も佐倉家の食卓に上がっていることに驚き、目を丸くしている。そして、杏子の話を聞き、家族からも気に入られているということは、そこまで悪い話が出ていないということに安堵していた。

 

 杏子が魔法少女になると同時に、杏子の命は普通の人間よりも短いと言ってもいい。そして、こうして一家団欒で話せる時間もそう長くはないだろう。しかし、杏子がいなくなれば、必ずこの家族は悲しみに暮れるはず。

 杏子の家族とは今日が初めての出会いではあるが、ここで感じる雰囲気は温かく、とても明るい人たちばかりだ。魔法少女になったのは杏子が選択したものではあるが、その影響は杏子だけに留まらず、必ずこの家族にも被害は出てしまう。ならば、自分の目的を果たすまでは、杏子がたとえ一人になったとしても、生き残れる力をつけておかなくてはならない。それは、マミの目的にも必要なことであり、杏子の家族にとっても必要なことだと思うから。

 

 自分の弟子とは言え、他人の家族のことを気にかけるなんてお節介と言われるかもしれない。それでもこの空間で感じるものは、行き先が一つ違えば、マミが心の底から護りたいと想う空間だったかもしれない。

 交通事故で家族を失い、自分だけが助かってしまった。家族を失ってしまう辛さは、自分が一番知っているから。だからこそ、自分の目的が果たされるまでは、杏子を家族の元に返さなければと考えてしまう。

 

「こんなに明るくて楽しい食事は久しぶりで……本当に感謝しています」

 

 その言葉は、心の底から想うマミの本音であった。マミにはもう、家に帰れば笑顔で迎えてくれた大好きな母や父はいない。いびきが少し煩くて、顎に生えた髭が痛くて、服のたたみ方が下手で不器用だったが、大きな手で頭を撫でて、何かあれば何時も相談に乗ってくれて、大きな笑顔で大好きと言ってくれた父はいない。宿題をしなさいと煩くて、苦手なものを食べなかったら怒って、大好きなアニメを途中で消したりするけど、料理もお菓子作りも上手で、テレビに出てくる人よりも綺麗で、優しく抱きしめてくれた母もいない。魔女を倒し、疲労で体を引きずりながら帰ったとしても、電気はついておらず、目の前に広がるのは温かみのない暗闇ばかりが広がる廊下だけだった。小学生と幼かったマミは、大好きだったはずの家を怖がってしまうほどに、心に傷を負ってしまう。

 

 事故で家族を失ってから一年後。心に負った傷は長い年月が立ち、時間が解決をしてくれたと思っていた。しかし、思い込んでいるだけでその時に負った傷は深く、命を懸ける魔女との戦い中で何度もその事が頭によぎることがあった。

 一人で戦い続ける恐怖は、何時もマミの心を追い込んでいった。それでも、自分を強く見せ続け、そうして体も心も殻に閉じ込め守っていた。

 心に傷を負えど、マミが思う魔法少女としての正義の心構えは変わらない。しかし、他の魔法少女から反感を買われてしまうこともあった。それでも、マミは自分を強く保ち続けた。見せているだけで、心にはいつ崩れるか分からない大きな傷は残り続け、細い橋を渡るように保っていたのだが、そんなある日事件が起きる。

 

 キュゥべえから魔法少女が魔女になる真実を教えられる。いや、教えてもらったという方が正しい。

 マミはいつも不思議に思っていた。自分が扱うソウルジェムとは一体なんなのか。魔法少女になった時から研究を重ねていた時の一つの疑問だった。ソウルジェムの形状がグリーフシードに似ていることもあり、ソウルジェムとグリーフシードにどのような関係があるのかが頭に引っかかっていた。

 魔法少女になってから、キュゥべえからは簡単な説明はある程度受けていた。その中に、ソウルジェムが濁りきれば魔法が使えなくなるということを言われたことがある。しかし、具体的な事までは聞いたことがなかった。何も知らないその時は、そういうものなのかと頭の中で片付けていたから。そして、何故ソウルジェムが濁るのか。何故濁れば魔法が使えなくなるのか。何故ソウルジェムとグリーフシードは似ているのか。それを考えついた時にはマミの頭の中にとある仮説が浮かんでいた。それと同時に、鼓動が早くなることが分かった。胸が痛くなるほど、徐々に強くなっていた。そして、キュゥべえから語られる。魔法少女のシステムを。

 

 自分が信じ行動していたことが、何もかも茶番だったことを理解したその時の絶望は計り知れなかった。

 魔法少女は何の力も持っていない人々を、未知の異形である魔女から守る。それが魔法少女の役目であり、自分が魔法少女になった上での正義だと信じていたのに、その魔女が魔法少女であり、魔法少女がその厄災の原因であり、未知の異形でも何でもなく、自分たちと同じ人間であった。魔法少女は、インキュベーターに踊らされ続けるだけの存在であったと。

 そんな真実を知ってしまったはずなのに、そんな真実を知ってしまえば、心に傷を負い殻に閉じこもっているマミは壊れてもおかしくないはずなのに、それでもマミは耐え抜いた。自分の願いの性質なのか、その命は魔女になることなく魔法少女としてこの世界に縛り付けた。そして、それがマミを大きく変える出来事に発展する。

 マミはいずれ、自分が魔女になる存在だと知ってしまい、この街を護っていたはずの魔法少女が大きな厄災になることが我慢できずにいた。願いの影響で生を縛り付けているとは言っても、少しでも力を入れてしまえばちぎれてしまうほどのか細い糸で縛り付けているだけに過ぎない。その糸がちぎれてしまえば、その勢いのまま魔女になってしまうのは避けられないだろう。しかし、絶望に身を溶かし、それこそ魔女になってしまえば、絶望の連鎖により無差別に降りかかる被害は計り知れない。だからこそ、魔法少女として生を全うすることを決意した。

 死の一歩手前に踏みとどまり、絶望の淵から這い上がったその覚悟は、自分を閉じ込めていた殻を壊し、この世界に縛り付けた自分の願いの通りに、人として、魔法少女として、魔女の元になる存在として生きていく。そして、それと同時に自身の命に誓う目標を突き立て始める。生の短い魔法少女では成し遂げられないだろう、無謀とも言える目標を。

 

 それからというもの、命に覚悟を決めてからは見滝原の人々を護るといった使命をより一層強く掲げ行動していくために、その日を境に家族の事故が頭によぎることはなくなっていた。迷いを抱けば死に繋がってしまう。その目的のために、マミはそれだけのために魔法少女として生きてきた。だからと言って、家族を残し自分だけが生きたことに対する後悔は消えない。乗り越えたとは言え、忘れているわけではない。それを背負い進んでいるに過ぎないのだから。だからこそ、杏子の父や母からは懐かしい温かみが感じられるのだろう。自分の母と父にその姿を重ねてしまうから。

 

「喜んでもらえて良かった。実は我が家もお客さんを招いても恥ずかしくない食卓になったのは、つい最近のことなんだよ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ、私は教会で牧師をしていてね。世の中の幸せのためにと説いてきた私の教えは、長年世間には受け入れてもらえず、家族に辛い思いをさせてしまっていたんだ。ところがある日を境に、私の話を聞いてくれる人が現れ始めたのさ」

 

「……」

 

 杏子の父は、未だに信じられないといった表情でその時の話を語っていた。今まで聞く耳を持ってくれていなかった人や、興味がないと話していた人たちなど、様々な人々が私の話を聞かせて欲しいと、大勢の人々が教会に立ち寄ってくれて来たと。杏子の母はそれについてを、自分を信じ幸せの種を蒔き続けていたのが花開いたと言っている。

 マミはその話を聞きながら、杏子を横目で見ていた。満足そうな笑顔でその話を聞いている。その表情で、杏子が魔法少女になる際に願った内容は察せられる。

 人の思いというものは簡単に変えられるものだが、父が話す内容では、そんなことが起きるような話ではなかった。

 人は信じられないものを信じるように変えていくには長い年月が掛かる。そして、厄介なことに自分の都合の良いように考える生き物でもある。なのに、父の話す内容では長い年月をかけても受け入れてもらえないような状態が続いていると言っていたのに、ある日突然大勢の人々が押し寄せてきたと語っている。徐々に増えて行くならまだしも、切っ掛けもなしに突然増えるなんてことは起きないはずだ。普通ならばそんな事はありえない。そう、普通ならば。

 

 この世の中には普通ではありえない存在がいる。インキュベーターという地球外生命体であり、魔法少女という何でも一つだけ願いを叶えることで、生まれてしまう人知を超えた存在。そう、普通では出来ないようなことが出来てしまう方法が、この世界には転がってしまっている。

 杏子の表情から読み取るまでもなく、十中八九願いを叶える際に、父の話を少しでも聞いて欲しいとキュゥべえに伝え契約を交わしたのだろう。

 

「そうだ、杏子は先にお風呂へ入りなさい」

 

「え? でも、マミさんを途中まで送ろうと思うから外に出るし、後でいいよ」

 

「良いからモモと一緒に入ってらっしゃい」

 

「ん、まあ、そう言うなら……それじゃあマミさん、後でね」

 

「ええ、佐倉さんが出るまでゆっくりしておくわ」

 

 杏子の妹であるモモと走りながらお風呂へ向かっていった。育ち盛りで、一日中遊んでおきたいと思うほどに勢いが余っているように、床を鳴らし走っていた。そんな妹を抑えながら、笑顔で手を繋いでいるのは印象的だった。

 家では確りとお姉さんをしているようだが、マミの家では甘えてばかりの印象がある。自分が一番上の年だからこそ、妹の手前家では甘えられる存在がいなかったから、マミと一緒にいるときには甘えるのだろうか。

 そんな様子を眺め、少しだけ笑いながら杏子の父に視線を戻す。あれだけ露骨に杏子を追い出したのだから、何か話があるのだろうと思っていたら、案の定こちらの表情を見つめてながらも複雑そうにしていた。

 

「すみません、少し君と話をしたいことがあったんです」

 

「何のお話でしょうか」

 

「まず初めに、杏子の友人になってくれてありがとうございます。正直、杏子には我々の負担をかけてしまい、私たちに気を使うようになっていました。友人も家に呼ばず、いつも私たちの手伝いや、モモのお世話をしたりと、杏子は何も言わず手伝ってくれていました」

 

「……」

 

「ですが、今では私の家庭が豊かになり、マミさんと出会ってからというもの、昔よりも笑顔が増え、心の底から楽しそうにあなたのことを喋っていました。感謝をしてもしきれません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「最近のことです。ある日突然、杏子は教会に一人で立ち寄ることが多くなりました。掃除などで何度も立ち寄ることはもちろんあるのですが、目的はそうではなく、祈りを捧げている姿が多くなりました。そして、私は祈りを捧げている杏子の表情を遠目からではありますが、見てしまったんです」

 

「……」

 

「杏子の表情は、今までに見たこともないほど焦りや不安や恐怖で塗りつぶされているような、表現がしにくいのですが、何かに対し許しを請うような祈りを捧げていました……それが忘れられなくて、杏子と仲良くしていただいているマミさんなら、何か知ってはいませんでしょうか?」

 

「何かの許しを請う、ですか……」

 

 最近のことであればマミにとっても十分に想像がつく出来事があった。それは、杏子が初めて魔法少女を手にかけたことだろう。

 

 杏子が手をかけた魔法少女は、あのままの状態で放置して行く訳にもいかなかった。

 手をかけてしまった魔法少女の処理の方法は幾つか候補がある。魔女の空間に置いておくか、全て焼き払うか、ある程度形を保っているものなら、公園や路地裏に置いていき、死体のまま家族の下に返すかなど、他にも方法はあるのだが、大きく分ければこのぐらいである。

 魔女の空間においておけば、空間の崩壊と同時に死体もなくなるので行方不明として片付けられる。魔法少女が死にゆく時は一番多いパターンだろう。魔女の空間を探す手間が惜しい時には、手荒い方法ではあるが、魔法などで焼き払い姿形を消せばいいだろう。とは言え、そういった方法があるだけでその手段はあまり好ましくない。死体になれば罪はないのだから、何らかの形としてでもいいので家族の下に返すことが、魔法少女の死に方としては一番良い最期だと思える。

 

 魔法少女になったものは、誰にも看取られることなくひっそりと死んでしまう存在だ。上記のように証拠もなく影も形も出てこないことが多く、行方不明と片付けられることが当たり前のように起こってしまう。それもその筈で、魔女に殺されてしまった魔法少女たちは、肉体の原型を留めることなく魔女やその空間に取り込まれてしまえば、普通の人間では知覚できないのだから少女たちを探すことは不可能だろう。とは言え、ここまで魔法少女の処理の仕方を語っては来たのだが、そういった行動をマミがするのかは別の問題になる。そのことについては今は話す必要もないだろう。

 

 魔法少女の処理の仕方を杏子に伝え、本来であらば最後までその過程を済まさせることが一番良いのだが、今の状態でこのまま処理をさせる訳にはいかない。杏子の精神は非常に危険な状態である。初めて人の形をした者を殺してしまったのだから無理もないだろう。続けて処理をさせてしまえば、追い込まれている精神に追い打ちをかけてしまい、それこそ精神を崩壊させてしまい魔女に変化させてしまう可能性がある。とは言え、一人で先に家に帰らすことも危険だ。今は常にマミが傍についておかなくてはならない。仕方がないが、杏子の傍についておきながら、このままマミが処理をすることしか方法はないだろう。

 

 杏子は長い時間泣き続けていたからなのか、目の周りが赤く腫れている。その瞳にもいつものような光はなく、下を俯き意識がはっきりとはしてなかった。ただ、その右手はマミの服をしっかりと掴み、一人を怖がっているようにも見えていた。

 杏子はとても賢く、野生の勘が良く働く。だからこそ、自分がどんな状態なのかが本能で理解できるのだろう。朦朧とした意識の中でも、一人の状態が危険だと判断できるからこそマミの服を離さないようにしていた。

 

 服を掴まれ少しばかり動き難いが、マミは死体の下に向かい突き刺さっている槍を抜いていく。死体となった魔法少女は仰向けに倒れているので、表情がよく見て取れる。

 体の傷をある程度塞ぎ、なるべく綺麗な状態で処理を施そうと思い、屈もうとしていると、隣から硬いものがガチガチとぶつかる音が鳴っていた。その音は、杏子の体が震えて歯と歯がぶつかっている音であった。

 杏子の視線は魔法少女の表情を直視していた。先程までの行動が鮮明に思い出されているのか、呼吸は荒くなり、マミの服を掴む力が強くなっていく。そんな杏子をマミは静かに抱きしめ、頭を撫でて落ち着かせていく。しかし、落ち着かせることはできても、杏子が魔法少女を殺した事実は消えはしない。そして、杏子がマミの下から離れ一人で活動し始めたとき、遅かれ早かれ魔法少女同士の問題にはいずれ対面してしまう。だからこそ、杏子にはこの事実を飲み込み乗り越えてもらわなければならない。それができなければ、彼女は魔法少女としての生を短いもので終わらせてしまうだろう。

 

 杏子を落ち着かせた後、マミは魔法少女の傷を治し始め、その路地裏から場所を移し終えた。その後、彼女の遺体は誰かに発見され、その事件を起こした人物も証拠も何もかも見つからず、怪事件として片付けられだろう。

 マミたちが家に帰宅したときは杏子を一人にするわけにも行かず、一時的にマミの家に泊まらせることにした。杏子の家族に一度連絡を入れるため、杏子から電話番号を聞き出し許可を貰ったりはしたのだが、精神を落ち着かせるのは思いのほか時間がかかってしまい、結果的には元通りにはいかずとも杏子の元々の精神的な強さのおかげか、魔女を一人で倒せるぐらいには回復をすることが出来ていた。長期間家に泊まることになってしまい家族には心配をかけさせてしまったが、前々から杏子がマミのことを話してくれていたおかげか、そこまで怪しまれずに済んでいたのが幸いだろう。

 

 事件はニュースに取り上げられており、マミがそれを見た時には無事に家族の下に返されたことを知り胸をなで下ろしていた。一緒に見ていた杏子はその事件を青い顔をしながら見つめていたことを覚えている。杏子の心に染み付いてしまった魔法少女の死が、その時の光景を思い出してしまい、神に許しを請いているのだろう。

 

「そうですね……私から言えるのは、佐倉さんの事を信頼してあげてください。あの子は、大きな壁にぶつかり乗り越えようと、成長をしている過程に入っています」

 

「どういうことですか? あのような表情をして許しを請うその姿が、成長している姿と言っているのでしょうか?」

 

「ええ、私はそう思います。だから、どんなことがあっても、あの子のことを信頼して欲しいと思っています。佐倉さんの知らない一面を見たとしても、それを受け止められるのはご両親だけです」

 

 慈愛の笑みを浮かべながら杏子のことを語るその姿は、先程まで食事を楽しんでいた少女の雰囲気は無くなっていた。

 杏子の父は娘からマミの話を何度も聞いている。お姉さんが出来たようだとか、料理が上手くお菓子も作れるだとか、同じくらいの年には見えないほどしっかりしているだとか、様々な話を聞いていた。その中で、時折悟ったような表情や、いつもとは違う雰囲気を感じるといった話が印象的だった。曖昧な表現ばかりではあったが、杏子がそう話す理由もうなずけた。今のマミからは杏子が語っていた雰囲気を感じられる。それはまるで、自分たちと同じ人間ではないような雰囲気を。

 

「一体あなたは……」

 

「私は佐倉さんの友人で、一つ年上の先生のようなものです……ふふ、なんて、少し話し疲れました。お茶を入れてもいいでしょうか?」

 

「え?あ、ああ、構いません」

 

 しかし、その雰囲気を感じたのは一瞬のことで、いつの間にか元通りに戻っているので少し呆気にとられてしまう。気のせいなのかと思いながらも、お茶を欲しいと言っているので椅子から立ち上がりマミの持っているコップを受け取っていた。

 

「杏子の大切なお客さんだ。私が入れましょう」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

 

 

 

 それから、杏子がお風呂から出てくるまでお茶を片手に世間話を楽しんでいた。先程までは大切な娘についての話だったので、少しばかり暗い雰囲気が混じってはいたが、それが終われば食事をしていた時のような雰囲気でその場を包んでいた。

 しばらくすると、杏子がお風呂から上がり、そのタイミングでマミも佐倉家から出ることにした。杏子が送ると言ってバス停まで歩きながら、マミは今日は楽しかったと話すついでに、気になっていたとあることを杏子に聞いていた。

 

「ごめんねマミさん、すっかり遅くなっちゃった。でもさ、ウチなんかでよければまた来てよね」

 

「ええ……佐倉さん、あなたが魔法少女になった願いって……」

 

「……うん。でもね、裕福になりたいとか願ったわけじゃないんだ。ただ、父さんの話をみんなが聞いてくれますようにってさ……誰一人父さんの話を理解するどころか。耳を傾けさえしなかったのがずっと悔しくて、あたしには耐えられなかったんだ」

 

 杏子は立ち止まり、悔しそうな表情で呟いている。大切な父親の話を、理解しようともしてくれない人々を見続け、そして、何も出来ない自分に対しての不甲斐なさに。

 

「そう……あなたはお父様のために……」

 

「他人の願いを叶えるのって、そんなにおかしい事?」

 

「そうね……その願い事が同時に、自分の願いを叶えてくれるものだったらもっと素敵だなって思うだけ。私たちの戦いは危険を伴うし、自分を犠牲にしなくちゃならないこともある。それが、自分の願い事の対価だと思えば我慢できるけれど____」

 

「あたしは!……みんなの幸せのために頑張っている父さんを小さい頃からずっと見てて、あたしもみんなみたいに幸せになってもらいたいと思ってた。その実現の一歩が、父さんの幸せにすることだったんじゃないかなって。みんなの幸せを守る。それがあたしの願いなんだって……」

 

「……」

 

「だけど、あたしは、幸せを願っていた魔法少女をこの手で殺した! あいつは、あたしたちを攻撃してきたとき、誰かの為に戦いたいって! あたしたちと同じ想いを持っていた! なのに、あたしは……あたしは、本当に正しいことをしてるの?これが本当に正義の魔法少女なの?マミさんはあたしの正義の象徴だ。マミさんがいれば大丈夫って、そう思ってるのに……どうして、こんなにも……」

 

「……私は私の正義を貫いて生きている。だけど、それがこの世の中に対して本当に正しいとは思ってはいないわ。だけど、私はその正義が正しいと信じて、魔女や使い魔に怯える多くの人達を救ってきた。そして、救うと同時に、私を快く思っていない魔法少女の命を奪ってきたわ……」

 

「……」

 

「私は結果的に多くの人々を救っている。だけど、私の信じる正義は、ほかの人にとって同じ正義だとは限らない。お互いはお互いの思いで動いている。だから、対立が生まれてしまう……全てが平等に、そんな風になることは決してないの。魔法少女になれる少女もいれば、それと同時になれない少女もいる。佐倉さんはお父様の願いを叶えることができた。でも、他の人も同じように叶えることは出来るのかしら?」

 

「それは……」

 

「それでいいの。だから、平等ではないのなら、佐倉さんは佐倉さんの正義を貫き通しなさい。そして、口だけではなく、何かを成し遂げたいのならば、それができるように、あなたが信じる正義で救える人を救えるように力をつけなさい。だからこそ、私が佐倉さんの師匠になっているのでしょう?」

 

「マミさん……」

 

「大丈夫。佐倉さんは強い子だもの……悩んでも悔やんでも、あなたのしたことは変えられない。許されたいのなら私が許すわ。そう言ったわよね?だから、私の正義を信じるのなら、私についてきなさい。私の手を取りなさい。私たちは多くの人を助けてきた魔法少女だってことも変えられない事実よ」

 

 下を俯いている杏子に、迷いがない語気で喋りかける。下を俯いている杏子はマミの話を聞きはっとした様子で顔を上げる。そして、マミと目が合うと、こちらをやっと見てくれたと思ったのか笑みをこぼしていた。

 見つめている杏子に対し、マミは手を差し伸べる。私の抱く正義を信じてくれるのなら、手を取るようにと。

 

「……そうだ、あたしはあたしの正義を、マミさんの正義に惹かれて、今のあたしは魔法少女として生きている……そして、それはあたし自身が決めたことなんだ……マミさん、ありがとう。あたしはもう大丈夫。あたしは、もう、迷わないよ」

 

「そう……良かったわ」

 

「これで、あたしとマミさんの戦う理由は同じだよね?改めて、これからもよろしく!」

 

「……そうね」

 

 そこには、いつものように快活な笑顔を浮かべる杏子がいた。魔法少女を殺したことを悔み、酷く後悔していた姿はもういない。彼女はその事実を受け止め、乗り越える覚悟を決めていた。マミの語る正義が、自分の正義でもあるように、それに惹かれたから弟子になっていると、それを決めたのは他でもない自分であると語っていた。

 同じ理由で戦っていることに喜びを顕にしている杏子に比べ、前以上に信頼を得られたことに対し、マミは微かな笑みを浮かべていた。その笑みにどんな思いを浮かべているのかは、杏子には知るよしもない。

 

 

 

                        


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。