強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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21話 見滝原の魔女

「でぇえい!! はぁあああっ!!!」

 

「……」

 

 数十人の魔法少女を杏子が対応しているように、それとは別の場所で魔法少女の集団のリーダーである聖騎士と、数人の魔法少女の相手をマミはしていた。

 聖騎士の太刀筋は一切の躊躇は残ってなく、確実に一太刀をマミに入れるように、殺意を込めて振り切っていた。

 しかし、マミは聖騎士の攻撃を先ほどと同じように冷静に対処しきっており、一方的に見える攻防戦も聖騎士の体力を着実に減らしていっていた。

 そんな聖騎士の援護をするように、他の魔法少女たちはマミへと射撃を加えていくが、元々後方で攻撃をしていくことが主体のマミには完全に見切られており、マミの近くに攻撃が届く前には空中で生成されたマスケット銃で撃ち落とされ続けていた。

 

「貴様は何故っ! そこまでの力を持っていてっ! 堕ちるとこまで堕ちていったのだっ!!」

 

「……」

 

「それだけの力があればっ! 魔法少女も救えるはずだろうっ!」

 

「……」

 

「魔法少女と魔女は違うっ!! 魔法少女も同じ人間だっ! 救うべき、守るべき対象だっ!!」

 

「……」

 

「答えろっ!! 巴マミっ!!!」

 

 攻撃を打ち続けながら喋りかけるも、マミはただ攻撃を受け続けるだけで一切反応を返すことはなかった。

 そんなマミに痺れを切らした聖騎士は、体に魔力を循環させ先ほど以上の力と速さを持ちながら、飛びかかるようにマミへと切りかかっていく。

 

「でやぁっ!!」

 

「……っ」

 

 避けることもなくマスケット銃を両手で持ちながら攻撃を受けたマミの足元には、その衝撃が地面に伝わりひび割れを起こしながら足を埋めていった。

 聖騎士の剣とマスケット銃がこすり続け、ぎりぎりと嫌な音が響いていた。

 

「今だっ!!」

 

 聖騎士が合図を出すと、攻撃を受け止め踏ん張り続けていたマミの足もとに、魔法で作られた縄や紐のようなものが絡みついていく。足元から徐々に体へと伝っていき、マミの自由を奪うように絡み続けていった。

 

「はぁぁあああああああ!!!」

 

 マミの体を縛る魔法を確認した聖騎士の表情は変わり、先程よりも多量の魔力が循環し続け、まるでエンジンが爆発を起こすように魔力が溢れ続けていった。

 聖騎士の剣は魔力と共鳴を起こすように強い輝きを帯び始め、空気が震えているのかキーンと、甲高い音が響いていた。

 

「巴マミっ! 貴様を今度こそ殺すっ! それが貴様に殺されていった、魔法少女たちの……私の親友への手向けだっ!!」

 

 循環していた魔力が最高潮に達し、溢れ出ていた魔力の全てが聖騎士の剣に集中した。

 膨大な魔力の嵐。

 結界を張っていなければ、魔力を開放をしなくてもビルを吹き飛ばす勢いがそこにはあった。

 周りで見ていた魔法少女はその光景を息を呑んで震えており、そして今、全ての魔力を剣に込めて作り上げた魔法が、聖騎士の言葉とともに放たれる。

 

「エクスカリバーァアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 叫びとも言えるその声により、聖騎士の剣からは放射線状に魔力の嵐が放たれた。

 魔法少女の奥義と呼ぶに相応しいその技は骨の髄まで響き渡る轟音と、突き刺さらんばかりに煌めく強烈な光が回りを満たしていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 膨大な魔力を消費した代償によりソウルジェムは濁り切る一歩手前までどす黒くなっており、その不快感から聖騎士はたま粒の汗をかいていた。

 魔法を放なった衝撃を全身を使い吸収するように構えていたこともあり、酸素を限界まで取り入れるように肩で息をして、剣を持ち上げられないほどに疲弊していた。

 使い魔にすら呆気なく倒されてしまう状態ではあったが、その結果は凄まじいものだった。

 

「あの方の全力初めて見た……これが、私達と同じ魔法少女なの……?」

 

 目の前に映し出されていた光景は焦土と化していた。

 空間がくり抜かれたように、不自然な光景だった。

 その光景を目の当たりにしてしまった魔法少女たちは、リーダーである聖騎士をまるで化け物のような目で見ていた。

 明らかに人知を超えた力。

 そのもの達の討伐対象である巴マミが言っていたように、魔法少女は魔女と同じ____いや、魔女以上に強大な力を持った化け物ではないのかと、そんなことを頭によぎらせていた。

 

「やった……のか……? は、ははは……やった、やったぞみんな……」

 

 魔法少女達の考えていることなど露知らず、聖騎士は目の前に居たはずのマミが塵一つ残っていないことに、喜びに打ち震え安堵の表情を浮かべていた。

 悲願であったマミの討伐が成功したことに気が抜けてしまい、聖騎士はその場に座り込んでしまう。それを見た魔法少女たちはハッとした顔つきになり聖騎士のもとに飛んでいった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あ、ああ、少し魔力を使いすぎてしまった。グリーフシードをくれないか?」

 

 聖騎士の真っ黒に染まったソウルジェムを確認した魔法少女の一人は、慌てたようにグリーフシードを聖騎士にくっつけ始めると、濁りがソウルジェムの方に吸収されるように移っていき、ソウルジェムはもとの輝きを取り戻していた。

 ソウルジェムが濁っていた不快感は飛んでいくのを感じていた聖騎士は、落ち着いたように息を深く吐いて、ゆっくりと立ち上がっていた。

 

「しかし、これで我々の目的は達成できたのだな」

 

「ええ、なんともあっさりと終わってしまいました。本当に倒したのか不安になるぐらいに……」

 

「私の全力を放ったのだぞ。この現状を見れば奴が消え失せたのは明白だ」

 

 マミの討伐があまりにもあっさりと終わってしまったことに不安感を覚えていた魔法少女に、安心させるようにと聖騎士は自信に満ちた表情で声をかけていた。

 聖騎士の一撃で焦土と化していた結界内を見渡していると、複数人の魔法少女がこちらに向かっていることに気がついていた。

 

「バカみたいに大きい魔力を感じたと思えば、一体何が起きてたんだ」

 

「む……? ほう、面白い魔法を使うのだな、見滝原の使い魔は」

 

 複数人に見えていたのは、杏子が倒していた魔法少女たちを抱えているロッソ・ファンタズマだった。

 あの数の魔法少女を倒してきたことに感心している様子を見せていた聖騎士は、杏子のことを聞き慣れない名前で呼び耳を疑っていた。

 

「見滝原の使い魔? そういえば、あんたの仲間もそんなことを言ってたが……」

 

「何? そんなことも知らずに奴の下僕になっていたのか?」

 

 呆れていると言っても良い表情を浮かべながらも、聖騎士は何も知らない杏子に向けて説明を続けた。

 

「温厚で友好的で、魔法少女としての実力も確かにあった巴マミは、ある日突然人が変わったように魔法少女たちを殺し始めた。巴マミのをことを知っていた私は冗談だと思ったよ、彼女がそんなことをするはずがないだろうと。しかし、蓋を開けて見ればどうだ。奴は本当に魔法少女を殺していた……見滝原に居た親友を私の目の前でな」

 

 その光景を思い出しているのか、聖騎士の手のひらは血がにじみ出るほどに強く握りしめていた。

 

「夢であってほしかった。嘘であってほしかった。受け入れがたい現実を目にしていた私は、その場で声を漏らすことしか出来なかった……そんな私の目の前で、あいつは……あいつは……っ!! 私の親友の体を開き弄んでいたのだっ!! まるで何かを確かめるように、親友のソウルジェムを片手になっ!!」

 

「……」

 

「私には奴が本当の魔女に見えたよ……魔女を倒す魔法少女のはずが、人の皮を被ったおぞましい魔女に……そして、正義の味方のように振る舞っていたやつを畏怖と皮肉を込めて、見滝原の魔女と、他の魔法少女の間では言われるようになっていた」

 

「それであたしはその見滝原の魔女の使い魔ってことかよ」

 

 巴マミのことを見滝原の魔女と言われていることを聞いた杏子は、何故自分が使い魔と呼ばれているのかを納得している様子を見せていた。

 

「あのとき私は逃げることしか出来なかった。だが、キュゥべえの協力の下、私と同じような同士をかき集め巴マミに立ち向かった!……が、結局返り討ちにされ、生き残ったのは私と数人だけだ。奴は強かった。元々誰よりも魔法少女を極めようとしていた奴は……しかし! 今日この日! 我々の悲願は達成した! 巴マミと言う魔女は魔法少女に倒された!」

 

 力強く腕を上げ、まるで演説のように自信強く大きく声を上げる聖騎士の姿は、まるで教科書に受け継がれ出てくる偉人のような厳格さを持っていた。

 多くの人を先導するカリスマ性。

 一度マミに破れ、多くの魔法少女を失いながらも更に多くの魔法少女を引き連れてしまえるその力は、マミにはない才能だった。

 そして、そのカリスマに当てられた魔法少女を、杏子は知っていた。

 

「なぁあんた、正義感の強い緑の魔法少女を知っているか? 使っている魔法は治癒の魔法で、武器はあんたと同じように剣だった」

 

「……彼女は魔女に倒されそうになった所を助けた少女だ。それからは私の後ろをついてくる可愛い子だったんだが、どこからか巴マミと私の因縁を聞きつけたみたいでな。詳しい話も聞かないで飛び出ていったっきりそのままだ。はっきり言って、もうこの世には居ないだろう……だが、その仇である巴マミを討伐した。このことが彼女への手向けに少しでもなれば良いと思っている」

 

「そうかい……」

 

「それで、君はどうする? この見滝原市は私達が取り戻した。君の主人である魔女も死んだ。私の話を聞いて、あの魔女のために弔い合戦をする価値はないだろう。君が良ければ、私とともに来るのも一つ手ではないだろうか?」

 

「へぇ? 急な勧誘だな。またなんで?」

 

 このまま聖騎士と戦うことも視野に入れていた杏子は、急な勧誘に疑問を浮かべていたが、聖騎士は杏子の魔法で作り出された分身に抱えられている魔法少女を指摘し話し始めていた。

 

「君が抱えている魔法少女は目立った外傷がない。あの魔女のように殺すことを選んでいない。つまり、君は使い魔ではあるが魔女になっていない。今からでも私達のように魔法少女に戻れる可能性が十分にある……さぁ、魔女がいなくなり、君を縛り付ける者は存在しないのだ。私の手を取り、魔法少女としての道を歩もうではないか」

 

「……」

 

 親友を殺した人物を魔女と呼び、忌み嫌われている人物の仲間を勧誘するなど、本来では頭が逝かれているものがやるような行為かもしれないが、聖騎士はしっかりとした表情で杏子に向けて手を差し伸べていた。

 その様子から、杏子が感じていたカリスマ性や、人を率先する力をより強く感じた。

 本気で自分を仲間にしようと手を伸ばしているのだろうと。

 そうやって誰彼構わず手を差し伸べて、受け入れ助けていたのだろうと思うと、杏子はふと頭によぎった。

 正義を貫き悪を憎む。味方である魔法少女と守るべき人間を助け、悪である魔女を倒す。聖騎士はまるで、杏子の思っていた正義の味方のようだった。

 手を伸ばしていた聖騎士に向けて、杏子も同じように手を伸ばし始める。その様子を見た聖騎士は笑顔で杏子を受け入れようとした瞬間、杏子は、その手を握ることなくパシンと音をたてて払い除けた。

 

「……どうしてだ? 何故、私の手を取らない」

 

「やっぱりあんたはカリスマ性はあるみたいだけど、魔法少女を見る目はないみたいだね」

 

「一体何のことを言っている。それがどうして私の手を払いのける理由になるというんだ」

 

 聖騎士は本気で困惑している様子だった。

 自分の手を払いのける理由はない。

 しかし、杏子にとっては払いのける理由が確かにあった。

 それは杏子の中で必ず離せないものであり、一生をかけて償う悔いであり、変えられないなものだからだ。

 

「あんたのようにあたしは正義の味方にはなれない。あたしは自分勝手で、我儘で、自己満足の塊だからだ」

 

「何を言って____」

 

「あたしはあたしのために生きる。あたしのために魔法少女を助ける。魔女を倒す。人間を助ける。家族を助ける……そして、あたしのために、魔法少女を殺す____あの緑の魔法少女のように」

 

「……なんだと?」

 

「結局マミの言うとおりだ。マミとあたしは同じだ。根本的には自分のために行動してるに過ぎないんだ____だけど、あたしはあたしだ。あたしは魔女でも使い魔でも、魔法少女でも人間でもない! あたしは佐倉杏子だ!! ただの佐倉杏子! あたしはあたし自身の正義でここに立っている!! あんたのでもない、マミのでもない、あたしはあたしの、ぼろぼろの正義があるんだよ!!」

 

 杏子の分身が抱えていた魔法少女をそのまま地面に置き始めると、その分身体は聖騎士の目の前に居た杏子の下に集まり始め、武器を構えていく。

 聖騎士はその様子に落胆の表情を浮かべつつも、側にいる魔法少女に合図を送りながら陣形を整えていった。

 

「そうか……結局貴様も、そちら側だったというわけか……ならば話は早い。貴様も魔女のもとに送ってやろう」

 

「……」

 

「さらばだ、見滝原の使い魔」

 

 静かに構えている杏子に急激なスピードで構えてた剣を振り下ろそうとしていた聖騎士が目の前に現れた。

 他の魔法少女とは一線を凌駕するその速さを間近で感じた杏子は、焦りもせず冷静に受け止める姿勢を取っていた。

 杏子の持っている槍と聖騎士の持っている剣が触れ合おうとした瞬間、突如真上から大きな魔力が杏子と聖騎士の間に現れ、聞こえるはずのない聞き慣れた声が結界内に響き渡った。

 

「よく言ったわよ佐倉さん」

 

「き……貴様っ……!!」

 

「やっぱり生きてやがったのか、マミ」

 

 聖騎士の剣は杏子の槍に届くことなく、突如現れたマミのマスケット銃により受け止められていた。

 殺したはずのマミが現れ、聖騎士の表情は酷く歪んでいたのを気にせず、マミは喋り続けていた。

 

「私がこんな所で殺られるはずないでしょう? 佐倉さんの言う通り、この子は人を先導するのが上手いだけで、魔法少女を見る目はないわね」

 

「貴様っ!! あのとき確実に殺しただろうっ!! 何故生きている!!」

 

「殺されてないから生きている。単純な話でしょう」

 

「ふざけるな!! 確かに消し炭にしていたはずだ!!」

 

 マミが冷静に答えていくも、納得がいっていない聖騎士は声を荒げていた。

 その様子にため息を吐いていたマミは、詳しく話し始めていく。

 

「はぁ……そもそも私は遠距離主体の魔法を使うのに、どうして頑なに近距離で挑んでいた理由は何だか分かる? 貴女の全力の攻撃を受けるためだったからよ。そして受け止める余裕が私にはあった。更に言えば魔力をちゃんと感知していれば分かるはずなんだけど、やっぱり貴女は基礎が全くできてないわね……佐倉さんは分かったかしら?」

 

「死んでないってのは知ってたけどあんたの魔力の消し方が上手すぎて、正直どこにいるかは分からなかったな」

 

「もう少しお勉強が必要みたいね」

 

 聖騎士の剣を受け止めながら師弟の会話をして見せるマミに、聖騎士はわなわなと体を震えさせ声を漏らし始めた。

 

「な……何故、何故そんなことをする必要がある……っ!! どうして、そんな面倒くさいことをっ!!」

 

 全力で放った奥義が全く効いていなかったことが受け入れられずにいる様子の聖騎士は、どうしてそこまで遠回しにする必要があるのかと問いつめる。すると、マミはその答えも用意していたというように聖騎士の求める答えを両断した。

 

「あなたがやってきたことは無駄だったと伝えるためよ」

 

「は、はぁ? な、何故……な、んで」

 

「目の前で多くの魔法少女が殺されて、多くの魔法少女を従えて、貴女自身がどれだけ強くなっても、その元凶であるたった一人の人間すら殺せない事実を伝えたかったの。手足を縛られて、身動きも取れない元凶を、至近距離からこれ以上にない絶好のタイミングで、ソウルジェムが濁り切る瞬間まで魔力を絞りきって魔法を使っても、五体満足で生き残ってしまうその事実を、貴女に突きつけたかったの」

 

「そ、そんな……そ……んな………」

 

「これで満足したかしら?」

 

 マミの告げた真実は、聖騎士にとって酷く痛ましい真実だった。

 その通りに、聖騎士にとってあの時の状況は絶好のタイミングだった。

 だからこそ、それを受けたマミは消炭になったと確信していた。

 消炭にならなければおかしいとさえ思っていた。

 マミに対抗出来るほどの実力と魔力を持っているのは聖騎士しかいない。だからこそ、聖騎士の放った魔法で傷一つついていない状況は、魔法少女たちにとって絶望的と言えるものだった。

 事実に耐えかねた聖騎士は、ついには膝から崩れ落ち、その場にふさぎ込んでしまう。憎き敵であるマミにこのような醜態を晒してしまえば、そのまま簡単に殺されてしまうはずだが、そんなことも考えるのを止めた聖騎士は、ただただその場に愕然とするだけだった。

 魔法少女たちの心の拠り所だった聖騎士が完全に崩れてしまったことで、周りに居た魔法少女は目の前にいる化け物にガチガチと歯を鳴らしながら震えることしか出来ずに居た。

 

「……マミ、これが最後のレッスンだっていうのかよ。魔法少女たちが壊れていく所を、あたしに見せつけるのが」

 

 杏子は目の前で起きている現状を冷静に見続けていた。

 一昔前の自分であれば、目をそらすだけではなくこの場からすぐに走り出し逃げたであろう。だが、杏子はこの現状を見続ける義務があった。それがマミの弟子になってしまった責任だと言うように。

 

「え? 違うわよ。私が最後に教えるのはこんなものじゃなくて、私が教えてない事はソウルジェムの濁りについて。ソウルジェムが濁りきった先の末路は何なのか、佐倉さんに教えてなかったでしょう?」

 

「濁りを溜めすぎないようにするのは耳にタコが出来るぐらいに聞かされ続けて、最終的には濁りづらい体にされたな……それが今の光景に関係あるってことかよ」

 

「魔法少女の濁りは魔法を使うだけじゃなくて精神的に負担を与えるものでも濁りは溜まる……あの子の心はもうズタズタでしょうね、ソウルジェムはどうなってるのかしら?」

 

「本当に……本当に最後まで、そんなことを教え続けるんだね、あんたは。目の前にいる聖騎士を使って、濁りきった先を実践しようってことだろっ! 私が殺した緑の魔法少女を処理したようにっ!!」

 

 杏子には分かってはいたが、やはり狂気の沙汰であった。

 目の前にいる魔法少女は、もう二度と立ち上がれないほどに心が壊され、ねじ伏せられた。

 しかし、そんなことがマミの目的ではない。

 壊すことはあくまで過程に過ぎない。

 下地造りに過ぎない。

 壊してからが本番というように、聖騎士が語っていた魔法少女の体を実験に使うがごとく、聖騎士の体を使って杏子の目の前でソウルジェムが濁りきった瞬間を見せようというのだ。

 

「あら、やっぱり分かったのね……ふふっ、それじゃあ今度はその先を見せてあげるから、しっかり目に焼き付けて頂戴ね」

 

 杏子の答えにマミは笑い、聖騎士のもとに歩き始めた。

 聖騎士の目の前にマミが現れ、影が聖騎士に覆いかぶさる。真っ暗な闇が飲み込んでいくようであったが、それでも聖騎士は何も反応を示さなかった。

 そんな様子を気にもとめず、マミは聖騎士の細い首を両手で包み込み魔力を送り始めると黒い繊維のようなものがプスプスと突き刺し始め、聖騎士は突如叫び始めながら暴れだした。

 

「ア"ぁ"ア"ア"あ"あ"ア"ぁ"あ"あ"あ"あ____っ!!!」

 

「魔法少女や魔女を操る魔法少女がいたの。その子の魔法に態と操られた振りをして勉強したのだけど、その魔法の応用ね。強制的に精神に負荷をかけて強い反発を起こさせている。強い痛みや恐怖、大切なものが死んでいく映像。なんでも良いわ。とにかくこの子が嫌がるものを見せ続け感じさせる。それだけで後は濁りが溜まっていく」

 

「dし__lh___あcんpわw_____!!!」

 

「……っ」

 

 強烈な拒絶反応を起こしているのか、口や目からは血の泡のようなものが吹き出ており、上手く叫ぶこともままならず、もはや何を言っているのかわからないほどにろれつが回っていなかった。

 喉は擦り切れ、空気が漏れるような音しか聞こえないこともあった。

 そんな状態にしているマミが淡々と説明し続ける光景が、異常なはずなのに当たり前のようなことをしているように見えてしまい、マミの感覚が移っていることに苛立ち、自然と杏子の歯がぎりぎりと鳴らしていた。

 周りに居た魔法少女たちは恐怖により腰を抜かして震えていた。

 次は自分もあのようになるのだろうと、瞳に光がなく涙を流していた。

 そして杏子はその光景を見て、更に苛立ちを重ねていた。

 今まで溜まっていたものかは知らないが、今はただ、このぶつけようもない感情により握りこぶしを作って、その光景を目にし続けていた。

 一生忘れないように。

 二度と目の間で許さないように。

 杏子が殺した____緑の魔法少女の処理をしたマミが、このようなことをやっていたと、脳裏に、網膜に、鼓膜に、焼き付けるように。

 

「__________!!」

 

「さぁ、佐倉さん……これが魔法少女の真実よ」

 

 人間の声を発してはいなかった。

 限界に達した聖騎士は、体を大きく跳ね上げさせ、鎧についていたソウルジェムが空中に舞い上がる。輝きはなく、濁りで真っ黒に変色していたソウルジェムが、まるで生き物が生まれようと卵の殻を割っていくがごとく、内側からひび割れを作りナニカが飛び出した。

 

「ぐぁっ!?」

 

 黒い稲妻があたりを包み、強い衝撃波が流れ込んでくる。思いもしない急な衝撃にも、杏子は両手で目の前に魔法で作った障壁を張り耐えてはいたが、他の魔法少女たちは衝撃波とともに吹き飛ばされていた。

 マミは抜け殻のように力なく倒れていた聖騎士を投げ捨て、杏子と同じ様に障壁を作り至近距離でそのナニかを____生まれ変わっていくソウルジェムを見つめ続けていた。

 杏子に伝えたしっかりと目に焼き付けるようにという言葉を、まるで自分にも言い聞かせていたように、マミはその瞬間を見続けていた。

 魔法少女が作った結界が塗り替わっていく。

 綺麗に塗られていた絵の具の上に、歪でどす黒い色がぶちまけられるように、蝕むように変わっていった。

 しかしその歪でどす黒い色をした結界は、魔法少女にとって見慣れた結界だった。

 

「魔女の結界……魔法少女は魔女になる。これが魔法少女の真実だったのか」

 

「行き着く先はどれも同じ。魔女も魔法少女も、結局は同じ化け物よ」

 

 何度も聞いた同じセリフだったにも関わらず、杏子が聞いたその声色は、妙に悲しげに聞こえていた。

 

「(マミ……これがあんたを変えた、決定的な何かだったんだな)」

 

「あの子達は私のことを見滝原の魔女って呼んでいたみたいだけど、あながち間違ってはいないわね。遠い未来、私も魔女になる可能性は秘めている……だけど、私は魔女になってはいけない理由があるの」

 

 聖騎士の体を持っているマミの目の前には、聖騎士と同じ様に鎧を着込んだ巨大な魔女が、自身の形を作っていくように徐々に肉をつけはじめていった。

 いずれ魔女は姿を完全に現し、このままいれば命の危険が強く及ぶだろう。だが、マミと杏子に喋り続けていた。

 

「魔法少女にも強弱があるように、魔女にも強弱がある……あんたが魔女になれば、その強さは計り知れない、だろ」

 

「私が魔女になれば、私を倒せる魔法少女は数少ない。たとえ倒したとしても、それまでに多くの命が犠牲になってしまう。だから、私はなんとしてでも生き続けなければいけない」

 

 目の前にいる魔女の魔力は今までどの魔女よりも強力に感じていた。

 肌に突き刺さってくる程にほとばしる殺意は、普通の魔法少女であれば逃げ出したいと思うほどであった。

 衝撃波で飛んでいった魔法少女たちをこのままおいていてはこの魔女の使い魔に殺されてしまうだろう。普段の調子であれば使い魔ごときに倒される心配はなかったのだが、マミの狂気に当てられた今の状態では無理な問題だった。

 逃げる力もあるかわからない。杏子は目の前の魔女とマミの相手をしながら、魔法少女たちを逃がすことだけを考えていた。

 

「佐倉さんは魔法少女が魔女になる真実を知っていても、この結界にいる魔法少女たちを助ける気でいるの?」

 

「(っち……やっぱりバレてたか)」

 

 表情に出ていたのだろう。マミは杏子が考えていることをお見通しだと言わんばかりに質問を投げかけてきた。

 確かに魔法少女が魔女になることを知ってしまえば、杏子にとっても無視できない問題ではある。いま結界にいる魔法少女たちは、魔女になる可能性が強いからだった。

 精神はまだ壊れきっては居ないが、大きなヒビが入っている状態だ。

 杏子とマミが仲間だと頭の中にある時点で、杏子が今の状態の魔法少女たちに接触を図れば取り乱しそのまま魔女になる可能性が高い。

 あの赤い魔法少女____見滝原の使い魔に捕まれば、次にあんなことをされるのは私だ。そう強く刷り込まれているだろう。

 それでも杏子は諦められなかった。

 

「最後に聞かせろ。あんたの目的はなんだ。あんたが私を育てた意味はなんだ。あんたは一体、何を見て話してるんだ」

 

「……私の目的は、この世界の魔女を倒すこと。そのために、全ての魔法少女も1人残さず殺すこと。だけど、今の私じゃそれはできない……だから、そのために佐倉さんを育てた。中途半端な魔法少女ではない、佐倉さんのような魔法少女ならば、魔女にならずに私の代わりに一体でも多くの魔女を倒してくれる。そう思ってね」

 

「だったら計算違いだったな。私は魔女も倒すが魔法少女も倒す。だが、同時に魔法少女も救い、魔女を救う手段も考える。魔女が人間だったならその可能性もあるはずだ」

 

 杏子がそう告げた瞬間、マミは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をして、大きく笑い出した。

 

「っぷ、あはははははっ!」

 

「何がおかしいんだよ」

 

「っくく……いえ、ごめんなさい。おかしいってわけではないのっ……ただ、そうね、少し嬉しいのかもしれない。私は全てを救うことを諦めて、一方だけを取ることにした。だけど、私の背中を追い続けた佐倉さんは、全てを救う道を取ろうとしている……」

 

「(くそっ……やめろよ、今更そんな顔____誰かに手を伸ばしてほしいような顔しやがって)」

 

 ほんの一瞬だけ、杏子から見たマミの表情はそう見えた。ただ、本当にその表情は一瞬のことだった。

 まばたきをすれば、いつものような表情がそこにあるだけだった。

 目の錯覚ではないかと思うほどの一瞬の出来事。もしかしたら、杏子がそう思いたいだけの幻想だったのかもしれないほどの一瞬だったが、杏子には何故か嘘であってほしくはなかった。

 

「だったら助けてみなさい。一人でも多く、私から護ってみなさい。それがあなたの選んだ正義ならば、私と戦う覚悟を持っておくことね」

 

「あんたもその中に含まれてるって言ったら、どうする?」

 

「ふふっ、それは光栄なことね。だけど、私の体には多くの血が付きすぎた。私は誰かに許しを請うだなんて真似はしない。私は私の思うように人間を護り続け、佐倉さんの差し出した手を撃つ覚悟を持っている。それが巴マミよ」

 

「そうかい……だったら、私はあんたから魔法少女を一人でも多く護り、風見野に帰らせてもらうよ」

 

「そう、それじゃあまた会える日を楽しみにしているわね」

 

「___________!!!」

 

「ロッソ・ファンタズマ!!」

 

 目の前にる魔女の肉体は、マミと杏子が喋り終わった頃には出来上がっていた。

 大量の使い魔が現れ始め、結界内にいる魔法少女たちを殺そうとバラバラに散っていく。しかし、それを防ごうと杏子はロッソ・ファンタズマを使い、マミをその場に残し魔法少女たちのもとに向かっていった。

 それを眺めていたマミは、姿が見えなくなった杏子を見届けると膨大な魔力を体に流し始め、使い慣れた魔法の言葉を口にする。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 耳をつんざくような爆発音とともに膨大な魔力が込められた弾丸が魔女を貫き、聖騎士の魔女はたった一発の弾丸で崩れ去っていってしまった。

 魔女が居なくなったことにより結界は崩れはじめ、結界が張られる前のビル群が姿を現し始める。

 

「くそっ、もう倒しやがったのかよ!!」

 

「ひっ、ま、魔女の使い魔!!」

 

「そんなことよりも早く逃げるぞっ! 聖騎士のようになりたくないんだったら一刻でも早く見滝原から出るんだよ!!」

 

 その場に座り込んでいるものや動けないでいるもの、杏子と戦い気絶したていた魔法少女たちはロッソ・ファンタズマの分身により抱えられその場を脱出していった。

 しかし、杏子の思った通り、杏子の姿を見た瞬間に取り乱した魔法少女たちは、一人、また一人と魔女に変えていった。

 その魔女はマミの手によって殺されてしまうが、それでも杏子は魔法少女たちをかき集め、見滝原から脱出しようと取り乱す魔法少女たちに無理やり幻覚を見せながら、その場を離れようと残っている魔力を使い走り出していった。

 

「佐倉さんも強くなったわね。本体が何処にいるか分からないくらいには、魔法を使いこなせるようになってるのも」

 

「残念だけど、あんたを騙す為に均等に魔力配分してるだけだよ。そしてあたしは偽物さ」

 

「佐倉さんは捕まえられなくても、その魔法少女はここでお終いみたいね」

 

「っち……お前は逃げろ! ここで死ぬんじゃないよ!」

 

「無、無理よ……あいつからは逃げられない……」

 

「情けないこと言ってるんじゃ____っ!!」

 

「お喋りに夢中で目の前の敵を無視するなんて、褒められたことじゃないわね」

 

「っひ!!」

 

 なん分割にされた魔力であり、本体の指揮下から外れてしまっている分身の杏子では、マミの攻撃に反応できずにかき消されてしまっていた。

 消えていく杏子を目の前で見ていた魔法少女は短く悲鳴を上げてしまう。

 

「さよなら」

 

「嫌……助け____」

 

 助けを乞うことも許さずマミの弾丸に頭を撃ち抜かれ、魔法少女はその場に倒れて行く。ソウルジェムを取ることを忘れないようにして、マミは次の杏子のもとに走っていった。

 

「(一人でも多く助けるんだっ! 少しでも距離を稼ぐんだっ! 今の私の魔力じゃスピードも出せない! すぐに追いつかれちまうっ!)」

 

 杏子はただ走り続けた。

 少しでも多くの魔法少女を助けるために。自己満足だとしても、目の前で殺されていく魔法少女を見捨ててはおけなかった。

 一人、また一人と、マミによって魔法少女の魔力が消え去っていく。だとしても杏子は振り返らず、ただ走り続け、見滝原に向かっていたのだった。

 

 

 

 

 

「____とまぁ、長くなったけどこんなところかな。結局魔法少女たちは殆ど死んだよ。あたし含め4人。その3人もしばらくしたら魔女になったから、結局助かったのはあたしだけ……」

 

「……」

 

「あたしがほむらの体を心配したのは、見滝原で生き残ってるんだったら、ほむらの体を利用されてなにかされてないかって訳だ……はぁ……」

 

 長い昔話をし続けた杏子は、少しだけ息が上がっていた。

 ただ、喋り続けただけで疲れたのではなく、その時のことを思い出してしまったから出た疲れもあるのだろうと、ほむらは杏子の表情から読み取れていた。

 

「巴マミに、そんな過去があったなんて……」

 

「あいつの街を護るってのは本物だよ。ただ、魔法少女に対しては一切の容赦もないのも本物だ。魔法少女の数はその場所にもよるけど、一箇所に5人から10人以上はいるもんだ。だけど、見滝原には一人も居ない。マミだけで全ての人間を護りきってる。魔女も使い魔も全て倒してな……そう考えると、あいつがどれだけすごい魔法少女だったかよく分かるよ」

 

「……」

 

 杏子の話していた内容を聞き、ほむらが感じていた違和感の正体が分かり少しだけ凝りが取れたような感覚を覚えた。

 マミが魔法少女を勧誘しない理由は、魔法少女が魔女になることを知っていたからであり、マミが語る目的がそれを阻害するものだった。

 そして、マミの根本的な部分である、街の人々を護る気持ちは変わっていないものの、その行動が行き過ぎてしまっていた。

 人間の考えとしてはたがが外れてしまっている。それが救いある行動だと思っているならば尚の事たちの悪い話だった。

 

「(魔法少女の真実を乗り越えていると思ったら、まさかこんな事になるなんて……あの人は、思い切った行動をするときはとことん貫き通すものね)」

 

「それで? ほむらはこれを聞いてどうするつもりなんだ? はっきり言って、あんたが見滝原から離れてる時点であたしとの接触はバレてるかもしれない。それとも、マミに殺されてないってことはそれだけの魔法があるってことでいいんだよな?」

 

「……私の魔法を話す前に、私が叶えたい目的があるの」

 

 杏子の話を聞いたほむらは、目の前にいる杏子が今までのどの時間軸よりも実力や精神力、魔法少女としての完成度があるのを感じ、その信頼を崩さないようにと自分自身の目的を話し出した。

 一つは、一ヶ月後に現れるワルプルギスの夜を討伐することである。

 結界を持たないほどに強力な力を持っているワルプルギスの夜。倒すためにはほむらだけの力では足りず、他の魔法少女の協力は必要不可欠だった。

 今までのループでは魔法少女になった美樹さやか、佐倉杏子、巴マミの三人が仲間になった事があったが、主戦力として最低でも杏子。可能であれば大きな火力を持っている巴マミの力が必須だった。

 もう一つは鹿目まどかを魔法少女にさせないこと。ほむらにとっては、ワルプルギスの夜よりも大きな目的であった。

 

「一ヶ月後にワルプルギスが現れるのと、それにより巴マミの協力か。それに、そのまどかって子を魔法少女にさせないこと……って、ちょっと待てよ。なんでそんな未来のことを知ってるんだ? それに、魔法少女の素質を感じれるなんて……」

 

「それについては私の魔法が関係あるの……私の魔法は過去に戻ること。そして、時を止めること。条件付きではあるけども、それが理由」

 

「あー……つまり、その鹿目まどかを魔法少女にしないために何度も何度も過去に戻ってたってことか?」

 

「察しが良くて助かるわ」

 

「なるほどなぁ……時を止めたり過去に戻る魔法も存在するのかよ。ていうことは、あんたって結構年上だったりするのか?」

 

「精神的な部分ではそうかも知れないけど、肉体は中学生のままよ」

 

「確かに、成長してるようにも見えないな……」

 

「……一体何処を見ているのかしら?」

 

 突如、ほむらの顔を見て喋っていた杏子の視線が下に行く。ほむらはその視線を防ぐように、胸の前で両手をクロスし防いでいた。

 

「とりあえず、見滝原にいる限りはまどかって子は安全だと思うよ。マミがいる場所で魔法少女が新しく契約される可能性は少ないだろうし、それでも心配だっていうなら、ちゃんと護ってあげな。そのためのほむらなんだろ?」

 

「言われなくてもそのつもりよ」

 

「ワルプルギスの協力については……そうだね、少し考えさせてほしい」

 

「っ……そう、なるわよね」

 

 ほむらが杏子の協力を得ようとするとき、契約金としてほむらが集めていたグリーフシードと衣食住を提供し、ワルプルギスを倒したあとはそのグリーフシードを報酬として渡すことだった。

 本来の杏子は自分のために生きており、グリーフシードのためなら使い魔を野放しにし、人間を犠牲にして魔女に育てて倒すといった事をする少女だった。

 しかし、目の前の杏子はそこまでグリーフシードを求めている少女ではない。つまり、報酬としてのグリーフシードはあまり役に立っていなかった。

 衣食住を引き合いに出すにしても、ほむらの拠点が見滝原にいる限りそれも使い物はならない。

 ほむらが杏子の協力のために集めていた全てが、今の杏子には必要のないものになっていたのだった。

 

「(杏子の協力に難航するなんてことは今まで無かった。まさかここで躓いてしまうなんて……)」

 

 思わず指の爪をかみたくなってしまう状況に、ほむらの表情は少し歪んでしまう。その表情を見ていた杏子は、少しため息を吐きながらほむらの頭に向けて手を伸ばした。

 

「……はぁ、そんな顔するなって。あたしも少し考えさせてもらう時間がほしいってだけだよ。何も断ってはいないさ」

 

「……何も思ってないわ」

 

「はいはい、分かったから安心しなって」

 

「いい加減手をどけてくれないかしら?」

 

 思わず頭を撫でていた杏子は、ほむらの怒りの声に手をはなしていた。

 

「そういえば、あなたを探していたのだけど何処に行ってたの?」

 

「病院だよ。何度もループしてるあんたならもしかしたら知ってるかもしれないけど、モモっていう私の妹に会いに行ってたのさ……そうだ、他の時間軸はどうなんだ?」

 

「どうって……妹さんのこと?」

 

「ああ、元気にしてたのかなって」

 

「……」

 

「そっか……他のあたしは、そうしたのか……」

 

 杏子の質問には言葉で答えてはいなかったが、その沈黙で杏子は察することができていた。

 

「もしかしたら、あたしは幸せかもしれないね。他の杏子にはできなかった事を、あたしには出来たんだから……」

 

「……」

 

 頭の後ろに腕を組んで、杏子は椅子の前足を浮かせ器用にバランスを取りながらこいでいた。

 瞳を閉じており、何かを考えているのか一定の速度で椅子を揺らしている。そして考え終わったのか、がたんと音を立てながら前足を地面につけると、ほむらに答えていた。

 

「もう少しほむらの話を色々聞いてみたいけど、よし、分かった。ワルプルギスの夜、一緒に戦わせてもらうよ」

 

「え、本当!? ど、どうして……」

 

 ほむらは杏子の答えに思わず前のめりになってしまう。どのような心境の変化かわからないが、ほむらが今聴きたい答えだったので反応が過敏になるものの、それだけの価値がほむらにはあった。

 

「あたしは不安だったんだよ。モモを救ったあたしは本当に正しかったのかって。だけど、あんたの聞いたあたしの話で、それが救われたように思えた。他の杏子が出来なかったことを、あたしは出来ている。だったら、それを突き進んでモモをあたしなりに幸せにしていけばいいってな」

 

「こんな事は言いたくはないのだけど……嘘かもしれないのよ?」

 

「ん、まぁそれはないと思う。ほむらの強さはそういった事があって形作られているものだと思うから、その話が嘘ならあたしの目と耳は腐ってたってことだ」

 

 はっきりと迷いがない表情で杏子は語っていた。

 出会って一時間程度しか経っていないはずなのに、杏子はほむらを信頼していた。

 信頼に値する魔法少女だと、判断していた。

 

「……ありがとう」

 

「っておいおい、まだワルプルギスも倒していないしまどかも助けてないんだぞ。それにマミだってどうにも出来ていないんだ。ちゃんと話し合って決めとかないと、マミに殺されるのが落ちだからな」

 

「ええ、それでもお礼を言いたかったの。ありがとう、杏子」

 

 恥ずかしそうに頬をかいていた杏子は、先程と同じ様にほむらの頭に手を伸ばしていた。

 

「まぁ、はっきり言って今回のあたしとマミは相当強いほうだと思う。というか、マミに関しては一人でワルプルギスを倒せるんじゃないかってぐらいには強い。だけど、それに比例してあんたの命も危ないんだ。なんとしても生きて、またあたしの所に来なよ」

 

「ええ、もちろんよ……だけど、頭を撫でるのはやめてほしいのだけど」

 

「おっと……詳しい話は今から話していくか? 丁度良い紅茶もお菓子もあるんだ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 

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