22話 強く気高く孤高
「向こうにあるケーキは絶品なの。もし良かったら行ってみないかしら?」
「行ってみたいです!」
「マミさんの言うお店ってハズレ無いもんなぁ」
見滝原の街中で、まどかは甘えるようにマミの片腕を取り、さやかは少しだけ離れた隣で歩いていた。
どこにでもあるような少女たちの放課後の寄り道。まどかとさやかはマミと出会って以来、マミとともに放課後に出かけるのが楽しみであった。
「……」
そんな中、さやかは静かにマミの横顔を見つめていた。
まどかと話す姿は、年は一つしか変わらないが自分たちよりも大人びて見える優しいお姉さんであり、その笑顔も今まで会ってきたどんな人たちよりも優しく見えていた。
しかし、キュゥべえが魔法少女の契約を持ちかけてきたときに出していた、体を押しつぶすようなプレッシャーはさやかにとっても、まどかにとっても衝撃的なもので、頭にその時のことがこびりついていた。
忘れているわけではなかった。
ただ、あんな事があってもマミに尊敬を抱いているのは、それだけのことをする理由があったからだった。
魔法少女は人間を食らう魔女になる。魔法少女は人間だった魔女を手にかける。しかし、そうしなければやがて自分もその末路を辿ってしまう。一つの願いを叶えてしまった瞬間、常に側には死の匂いが漂うことになるのだ。
そのことを考えると、あのときマミが、護るべき対象であった人間である自分たちに対して、あそこまでのプレッシャーを掛けるのは当然だと考えていた。
そして、他人のためにあそこまで怒り優しくしてくれるマミは、たった一人で見滝原の人間の全てを魔女や使い魔から護っている。
マミに出会う前に見ていたあのどす黒い空間を一人で歩き、その親玉である化け物を体一つで倒している。
実際に戦っているところを見ているわけではないので、いまいち想像がついてはいないさやかであったが、マミがしていることがこの街にいる人間にとってどれだけ大切なことなのかは、なんとなくだが分かっているつもりだった。
実際に救われている一人だったので、それだけは想像がついていた。
「どうしたの美樹さん?」
「え? あ、いや、なんでも無いですよマミさん。早くケーキ食べに行きましょう!」
「わっ、ちょっと危ないわよ。ケーキは逃げないからゆっくり行きましょう」
さやかはマミに対して強い憧れを抱いてしまっていた。
それは、マミがなってしまっている魔法少女に、興味を抱いてしまっているのと同じ意味であった。
マミが魔法少女を増やしたくはない思いとは裏腹に、マミの強い輝きに当てられたさやかはその隣に立ちたいとさえ思ってしまっていたのだ。
「それじゃ、私は少しだけ街を歩いて帰るわね」
まどか達とお店を歩き回り空の色が赤く染まっていたのを見ると、切のいいところでお開きにすることをまどかたちに伝えていた。
「もしかして、魔法少女の活動ですか?」
「ええ、ある程度倒しているからあんまり時間はかからないけど、少しだけ行ってみないといけないところがあってね」
マミは心配はないと伝えているのだが、まどかの表情は少し暗いままだった。
不安そうにしているまどかを抱き寄せ、マミは安心させるように頭を撫でてあげると、まどかはマミの体温を確かめるように体に手を回していた。
「私はこれが日常の一部なの。だから、あなた達が何も心配することはないのよ」
「マミさん……」
わがままを言って聞かない子供をなだめるように、マミはまどかの頭をなで続けてあげるが、まどかはマミから一向に離れようとせず抱きしめ続けた。
「もう、そんなに引っ付いたら駄目よ。このまま一つになっちゃうかも」
「それでもいいもん……」
安心させるように抱き寄せたのはマミだったが、思った以上に離れてくれないまどかに困惑していた。
「鹿目さんはお姉さんなんでしょう? そんなんじゃ、弟さんに泣かれるんだから」
「んーんー」
「(美樹さん助けて)」
「(ありゃー……)」
それでもマミの胸に埋もれて離れない様子のまどかに手を焼いていたマミは、さやかに救難信号の視線を送っていた。
さやかは困ったように頭をかいていたが、何かを思いついたような表情をしてマミに声をかけていた。
「ねぇまどか、あたしマミさんに話したいことがあったんだ。今日は二人にしてくれないかな?」
「えっ!? さやかちゃん、それって」
「(……どうしたのかしら?)」
さやかの声に反応したまどかは、マミの胸から離れてさやかがいる方に向きを変えていた。
マミはさやかから何かを話したいなんてことは聞いていない。しかし、まどかの過剰なまでの反応は、さやかがマミからまどかを離すためにとっさについた嘘ではないことを示していた。
本当に何かを話したがっていて、まどかはその内容をなんとなくだが知っている。マミはその場の雰囲気からそう感じていた。
「さやかちゃんが話そうとしてること、多分分かる。だけど、本当にそのことを話すの?」
「うん、怒られるだろうけど、それでも一度聞いてみたいんだ」
「……マミさん、さやかちゃんのこと、よろしくお願いします」
「え? え、ええ、分かったわ」
先程までマミから離れようとしなかったまどかは、さやかと会話をした後に、まるで磁石の反発をするようにその場から急いで立ち去っていった。
マミは何が何だか分からなかったが、さやかが言っていた怒られるだろうけどと言う言葉に、なんとなくではあるが察しが付いていた。
さやかに怒るようなことは一つを除いて一切ない。
つまり、さやかが話そうとしているのは、その一つについてだと。
「マミさん、あたしをマミさんの魔法少女活動に付いて行かせてもらえませんか」
「駄目よ」
即答だった。
さやかの言葉が言い終わった瞬間にマミは駄目だと一刀両断した。
それでも諦めない様子だったさやかは、マミに食いついて話し続けた。
「それでもマミさんに付いて行きたいんです! マミさんの邪魔になるのは分かってます! だけど、あたしは一度この目で確かめないといけないんです!!」
「美樹さん、貴女は……」
「お願いですマミさん! 一緒に連れて行ってください!」
マミから見たさやかの目は本気だった。
何かを確かめたいという言葉も、さやかの本心だった。
だからこそ、マミはさやかを連れて行きたくはなかった。
確かめたその先に、さやかにとって満足するものがあったならば、それは魔法少女として契約を結ぶということだと。
覚悟を持っている瞳だった。
「本気、なの?」
マミのその言葉に、さやかはただ小さくうなずいた。
言葉はなくとも、その姿はマミの言った通り本気のものだった。
「(こんな状態の美樹さんを放っておいたほうが、危ないかもしれない……)」
マミは考えていた。
魔法少女の話をしたときにさやかたちに放ったプレッシャーは本物だった。
それでも魔法少女の話を切り出し、あまつさえ魔法少女の活動に付いていきたい。何かを確かめたいと言っているその瞳に覚悟を持っているものは、魔法少女になる際の願いもほぼ決まっているだろうと思っていた。
一日足らずで考えた願いではない。さやかは、キュゥべえに出会う前にはもう、どうしても叶えたい願いを持っていた少女だったのだ。
そういった少女は遅かれ早かれ願いを叶えて魔法少女の契約をしてしまう。ならば、魔法少女の過酷さを教え、魔法少女になることを諦めてもらおうとマミは考えた。
「……分かったわ。美樹さんには、私の活動を見て行ってもらいましょう。そして、貴女が選ぶその先は、到底付いて行けるものでは無いということも、しっかりと教え込みます」
「ありがとうマミさん」
「そこのビルの裏で変身するから付いてきなさい」
「はい!」
ビルの裏で魔法少女に変身をしたマミは、さやかをお姫様抱っこしながらビルの上まで飛んでいった。
さやかはいきなりのことで情けない声を出しまうが、マミは気にせずにビルの上を駆けていく。
普通の人間では出せないスピードを感じて驚きながらマミに抱きつくが、そんなさやかを安心させるようにマミもまた強く抱きかかえた。
「魔女と使い魔の位置は分かっているから、もう少し飛ばしていくわよ」
「こ、これ以上スピード上がるんですか!?」
「舌噛まないように、ねっ!」
「あぁあああああああああ!!」
マミの言った通り魔女と使い魔の位置は把握しているからこそ、その走りには一切の迷いはなかった。
先程以上に速く走るマミに抱きかかえられたさやかは、変わりゆく景色に目を回していた。
しかし、それだけだった。
これだけ速い速度で走れば、体に掛かる衝撃や圧力は人間には我慢ならないものなのだが、さやかの体には一切の負担はかけられていなかった。
「こ、これも魔法なんですか!? あたしの体なんともないんですけど!」
「あなたは鹿目さんによろしく言われてるから、絶対怪我一つなく帰ってもらうわよ」
「や、やっぱりマミさん素敵です!」
「そう、軽口叩く余裕があるならもう少し速くさせてもらうわね」
「あ、いや、これ以上スピードはぁああああああああああ!!」
人一人抱えてるにもかかわらず、マミは先程以上にスピードが上がり、さやかの悲鳴をまたあげさせていた。
それからは、街なかに漂っている使い魔を見つけて、マスケット銃を走りながらに撃ち続け、最後に魔女の空間に入っていった。
つまりは、魔女につくまではさやかは抱え込まれた状態で走り続けたわけであり、正直さやかには速すぎて使い魔を倒している瞬間など全く見れてはいなかった。
「はぁ……はぁ……」
「これが最後よ、頑張りなさい」
「はい……ただ……ちょっとだけ……休憩、いただきたいです……」
「仕方ないわね。それじゃあこれでも飲みながら歩きましょう」
そう言ってさやかに手渡したのは、どこにでもあるようなスポーツドリンクだった。
マミといえば紅茶のイメージが強かったさやかは、何だか変な飲み物を渡されたように思えてペットボトルを見つめてしまう。
「紅茶が良かったの?」
「え!? あ、いえ……口に出てました?」
「表情に出てるわよ。今はスポーツドリンクのほうが良いと思って出したのだけれど、お口に合うかしら?」
「いえ! ありがとうございます!」
さやかは走ったりしてはなかったので、特に体に疲労が溜まっているわけではなかったのだが、叫び続けた喉にはマミに渡されたスポーツドリンクが染み渡り、思わず喉を鳴らし飲み続けていた。
「んぐ……んぐ……ぷっは! いやぁ~、染みますなぁ……」
「おじさん臭いわよ」
「んへへ」
魔法で作ったお手製のスポーツドリンクは相当効いたのか、さやかはだらしなく笑顔を浮かべていた。
そんな様子を見ていたマミは、そろそろ落ち着いただろうと思いさやかの手を握り始める。
「え、ど、どうしましたマミさん?」
とっさにマミの顔が近くに来たことに、さやかは頬を軽くではあるが赤く染めてしまう。
真剣な表情だった。
おっとりとしたタレ目なはずだが、キリッとした印象が見えていた。
そして、まつげが長かった。
唇はリップを塗っているのかは知らないが、少し濡れていて柔らかそうだった。
マミの真剣な表情とは裏腹に、さやかはそんなことしか考えていなかった。
「此処から先はとっても危険。ただの人間が一歩でも踏み込めば明日は拝めない領域なの。だから、絶対に私の側から離れないこと。そして、どんな事があっても慌てないこと」
「は、はい……」
ごくりと息を呑む。怖がらせるような言い方ではあったが、マミが言っていたことは本当のことだった。
人間の能力を超越した魔法少女でさえ死が付きまとう空間であり、ただの人間が入れば抵抗する事もできずに死んでいくのが魔女の空間だ。
だからこそ、マミはさやかに対して念を押すように語っていた。
さやかの中にある使い魔の脅威は低く感じてしまっている。それは、マミが移動する片手間に倒してしまっていたのが理由だった。
あの使い魔一体一体に、人間を簡単に殺す力は存在している。しかし、さやかはそれを肌身でしっかりと感じることが出来ていない。だからこそ、マミはさやかに対して強く言い聞かせていた。
此処から先の戦いで、さやかにその危険性を伝える演出をするために。それを見たさやかが取り乱し暴れないように。
「私は美樹さんを必ず護る。だから、安心して護られなさい」
「は、はい!」
「良い子ね。それじゃ、行きましょう」
マミはさやかの手を引きながら、結界内を歩いていく。魔法少女に反応した使い魔達は、マミに対して牙を向いてくるが、攻撃が届く前には空中で生成され静止していたマスケット銃がカウンターのように発砲していった。
音に反応してまた使い魔が現れるが、そのたびにマスケット銃が火を吹き使い魔に対して弾丸が打ち込まれていく。
その繰り返しだった。
「す、凄い……」
「向かってくる相手に撃っているだけよ。難しいことはないわ」
生成し構えて撃つ。
生成し構えて撃つ。
その繰り返しではあったが、その精度は恐ろしく正確であり、早かった。
撃ち漏らしはなく、使い魔の眉間に一発の弾丸が容赦なく打ち込まれる。魔法少女の事情を一切知らないさやかでも、正確無比の攻撃だと感じていた。
そして何よりも驚いたのは、さやかの後ろから襲ってくる使い魔を目視せず撃ち抜き続けていたことだった。
後ろにも目があるのではないかと思うほどに、後ろにいた敵も、前にいる敵と同じように、眉間に弾丸を撃ち込み続けていた。
「……っ」
さやかは歩き進んでいた道をふと振り返ってしまう。そこには全ての使い魔が眉間に穴を開け、その場に倒れ込んでいた。
遠目から見てみると倒れた使い魔で綺麗に道が出来ていることが、さやかには気味が悪くて仕方がなかった。
「さ、ここからが魔女がいる空間よ。流石に私の近くにいたら危ないから、美樹さんの周りに結界を張らせてもらうわね」
「わ、わかりました」
不自然に大きな扉をマミは押していくと、嫌な空気というものが似合うぐらいに、五感を刺激する不快な空気が流れ込んできた。
そして、先程までのような道はなく、大きく開けた空間が目の前に広がる。
「うあっ……」
どす黒い何かがいる。
視界にも入れたくない不快な何か。
さやかには形容し難い、何かとしか言えないモノが、広々とした空間の真ん中に鎮座していた。
「あれが魔女。戦ってくるから、決して結界の外に出ないように。と言っても出られないようにはなってるけど……そして、何があっても取り乱さずに、ちゃんと目の前に起きていることを必ず見ること。良いわね?」
「は、はい……!」
マミは、何度も繰り返しさやかに伝える。
必ず魔女と戦っている自分を見ているようにと、強調して伝えてその場から飛んでいった。
「ふぅ……さ、あなたには少しだけ手伝ってもらうわよ」
「__________っ!!!」
魔法少女が目の前に来たことにより、魔女は叫びながら暴れだし、マミに対して攻撃を加えようと茨のような触手を使い叩きつけようとしていた。
しかし、マミはその場を動こうともせず、その茨に叩きつけられていった。
「マミさん!!」
思わずさやかは叫びだすが、マミが叩きつけられた地面には潰されたときに出るはずの肉片も、赤い血しぶきも出てはいなかった。
「大丈夫」
「________っ!!?」
人間の何倍もの大きさを持つ魔女の触手を叩きつけられても、マミはマスケット銃を構えて力強く受け止めていた。
「そのまま触手を私の目の前に置いといても良いのかしら?」
受け止められたのが魔女にとって予想外だったのか、触手をそのままに固まってしまっているのを良いように、マミは触手と同じ幅にマスケット銃を並べて生成し終えていた。
「ティーロ!」
「_________!!!?」
マミの掛け声とともに触手の下から上空に向けて綺麗な一列の弾丸が撃ち込まれ貫通していった。
一列に穴を開けられた触手は、触手自体の重さを支える繊維を壊され、ブチブチと嫌な音を鳴らしながらちぎれ始めていった。
「えげつ……」
触手がちぎれる音と、その痛みによる魔女の叫び声はさやかの鼓膜に容赦なく突き刺さり、表情を酷く歪ませてしまう。
ちぎれた境目からは血のようなものがとめどなく流れており、その液体は境目にいたマミにも容赦なく降り注いでいた。
しかし、マミの表情はさやかのように不快で歪んだようにならず、魔女を見据えていただけだった。
「泣くには早いんじゃないかしら、魔女さん」
「________!!」
ちぎれた触手を引っ込み始め、体からは細い触手がマミを縛ろうと伸び始めるが、それも叶わずにいた。
「トッカ!」
鋭く伸ばした黄色いリボンが茨を切り裂き始める。細い茨はバラバラに切り刻まれ、攻撃が届かない歯がゆさに魔女は怒りの声をあげていた。
「あら?」
「_______!!!」
突如、マミは足元からくる圧迫感に気が付き目を向ける。すると、マミの片足には細い茨が何重にも巻き付いていることに気がついた。
正面から迫りくる攻撃に気を取られていたマミは、足元から伸ばされた触手に気付かずにいたのだった。
「きゃっ!」
細い茨に力が入り始めた瞬間、マミは抵抗もできずにそのまま浮かび上がらされていた。
「あ、危ない!」
「________!!!」
マミを掴んだ茨はそのまま力強く大きく振り回し、その遠心力を利用するように壁へと叩きつけ始めようとしていた。
それを見ていたさやかは大きく声を上げる。このままでは力なく壁に叩きつけられ赤い色の染みが出来てしまうと頭によぎらせていた。
「マミさん!」
マミを掴んだ触手はそのまま壁に叩きつけられ、衝撃により割れた瓦礫と土煙があたりを舞っていた。
土煙が消えてしまえば、さやかが予想通りになってしまうのではないかと思い、咄嗟に目の前を手のひらで覆ってしまう。
しかし、土煙が薄れ赤い血の色が付いてるはずのその場所には、様々な色が混ざり不快な配色をしている結界の中には似合わない、ファンシーなパステルイエローのリボンがマミを背後に敷き詰められていた。
「これぐらい問題ないわ」
「よ、良かったぁ……」
「_________!!」
マミが傷一つ付いていないことを知った魔女は、マミを縛り付け何も出来ない状態にしておきながら使い魔を襲わせようとしていた。
向かってくる使い魔の数を確認したマミは、衝撃を吸収する役割を果たしていた黄色いリボンを使い慣れているマスケット銃に変化させ、使い魔が届く前には全てを撃ち落としていた。
「す、凄い……あんな状態でも全部倒しちゃってる!」
「そろそろ苦しいから離してもらおうかしら」
トッカと合図を出し、マミの首元に結ばれていたリボンは独りでに解かれ体に巻き付いていた茨を切り刻んでいく。身軽になったマミは体の調子を確かめるように腕や足などを回しながら、魔女の動きを観察していた。
「_______!!!」
何度も仕掛けた攻撃が全て防がれたことで、先程よりも怒りが込められているような叫び声をあげていた。
それを見たマミは予定通りだと言うように、口元を少しだけ緩ませた。
「(さあ、もっと怒りなさい)」
「マミさん! 凄いよ!」
マミが何を思っているかなどと知らない様子で、さやかはマミと魔女の攻防を眺め喜びを顕にしていた。
魔法少女の成れの果てとはいえ、その魔法少女よりも力を持っているだろう人知を超えた化け物にも、マミは真っ向から受けて立ち叩き潰していた。
何度も殺られそうになったと思いきや、マミは余裕の笑みで対処をしている姿に、さやかは尊敬の念を感じずにはいられなかった。
「_______!!______!!!」
「(来たっ!!)」
怒りに任せて魔女はマミに対し突進をしてきていた。
口のように見える空洞。そこに入ってしまえば生きては帰られないと感じてしまう暗闇を開けながら、マミを捕食しようと動き出した。
魔女が突進をしてくると同時に、マミも魔女に向けて瓦礫から飛び出し向かえうって行った。
「頑張ってマミさん!」
魔女とマミが交差する。そして、交差したと同時に液体が飛び散っていった。
マミが魔女に傷を負わせたのだろうと思い、さやかは魔女から通りすがるマミの背中を眺めていたが、飛び散る液体に違和感を感じた。
その液体の色はさやかが生きていた中で、見慣れていた色をしていたからだった。
「マミ……さん?」
さやかから見てマミが殺られそうになっていたシーンでも、結局は何も怪我一つ負ってなく逆にカウンターを入れていることが多かった。
しかし、今回はあまりにも不自然な光景だった。
自然すぎていて不自然に見えてしまったというのが正しい。不自然な空間には不釣り合いに自然な色合いをした液体だった。
流れていた液体はどす黒いものではなく、赤い色をしていたのだ。
鮮血だった。
さやかが怪我をしたときに出てくる血の色と同じ色をしているものであり、それを見たのと同時に、マミの片腕が無くなっていた。
「マ、マミさぁああああああああああああん!!」
「(少し痛いわね……やりすぎたかしら?)」
「マミさん! マミさん!!」
さやかは取り乱しマミのもとに向かおうと何度も結界を叩くが、壊れる気配は一向になく、ただ拳を痛めるだけだった。
それを見たマミは、さやかに向けて怒号を飛ばした。
「取り乱さないっ!! あなたは私と何を約束したの!?」
「っ!!」
「わたしはあなたを絶対に護ると伝えたはずよ。片腕が何? まだ一本残ってるわ。腕がなくても足がある。足がなくても体がある。体がなくても、頭がある……あなたが入ろうとしている世界は、そういう世界なの。しっかりと目に焼き付けておきなさい!!」
「は、はい!!」
片腕が潰れようと、マミの作ったリボンが腕の形を作り無くなった部分を補おうとしていた。
そして、マミはまた魔女に向かい攻撃を加えんと飛びかかっていく。
「だぁああああっ!!」
華麗な戦いとは程遠い戦いだった。
泥臭く、傷口からにじみ出ている鮮血が、マミの動きとともにあたりに飛び散る痛々しい戦いだった。
だが、さやかにはそれが何よりも美しく見えていた。
「マミさん……」
マミが幼い頃____小学生の時に不幸な事故に巻き込まれ親は死んでしまい、マミ自身も重傷を負い生きるためには願いを叶える道しかなく、それは同時に魔法少女になることを強制されなければいけない状態だった。
誰にも頼らず、さやかの目の前にいる異形と常に一人で戦い続けて、見滝原を護り続ける姿を想像したさやかは、孤高とも思える姿が見えた。
今、目の前でマミが戦う姿は決して華麗ではない。泥臭いとも言えるものかもしれない。しかし強く気高かった。
強く気高く孤高であったのだ。
それが目の前にいる鮮血を散らし戦う少女____巴マミであると。
さやかはそんなマミの姿に痛めていた手を強く握りながら、とめどなく溢れる涙を止めずにいられなかった。
「ティロ・フィナーレ!」
マミの攻撃を受け続け、動けなくなった魔女を見たのを頃合いに、マミは膨大な魔力を込めた砲台を撃ち放った。
閃光と衝撃波にあたりは包まれ、安全である結界の中にいるさやかですら身構え目をつむってしまったが、開いたときにはそこにあるのは巨大なクレーターと消し炭となった魔女の跡だった。
魔女が倒されたことにより結界が崩れているのか光の粒子が辺りを舞っている。マミは大きく深呼吸をして、さやかに対してリボンで作り上げた腕を力強く突き上げていた。
上げているリボンの腕やマミの服は、魔女の液体とマミ自身の血や砂埃で薄汚れている。それでも、光の粒子の中に佇んでいるマミの姿は、さやかには美術館で飾られているどんな絵画よりも幻想的に見えていた。
徐々に結界は消え去り、もとの見滝原市の一部に戻って行く。そして、その場には魔女から産み落とされたグリーフシードのみが残されていた。
「マ、マミさん、腕……」
「私よりも、まずは美樹さんの手を見せて」
マミは心配して駆け寄ってきたさやかの腕をそっとつかみ、緊張で固まっている手のひらをマッサージをするようにもみながら、徐々に開いていった。
「ほら、力いっぱい叩いちゃったから少しだけ内出血しちゃってる……美樹さんは可愛いんだから、もう少し気をつけないと駄目よ」
暖かな光がさやかの腕を包み込むと、赤くなっていた部分がじわじわと肌色に戻っていき、最後には怪我をする前の腕に元通りになっていた。
しかし、さやかにとって自分の腕のことなどどうでもよく、腕を掴んでいるマミの腕____リボンで作られた腕のことしか頭になかった。
「わ、私のことよりマミさんの腕を!」
「大丈夫よ」
慌てるさやかを落ち着かせようと、マミはほほえみながら答えていた。
「私は幸い、強い治癒魔法を使えるようになってるから、自分の腕一本ぐらい治すのは平気。相当の魔力を使っちゃうけど、グリーフシードがあるからそれも大丈夫」
「マミさん、あたし、あたし……」
「嫌なもの見せちゃったわね。だけど、ちゃんと分かってほしかったの。腕が無くなっても治ってしまうような化け物に、貴女はなろうとしてるから。無くなる状況に追い込まれる化け物と、戦おうとしてるから……」
「あたし……っ! あたしは……っ!」
「(良かった……お姉さんの腕がもぎ取られる瞬間を目の当たりにしたものね。それに、泥臭い戦いを見せたもの。魔法少女に憧れるなんてことは、これで途絶えれたはずよ。少し痛かったけど、安心したわ……)」
ぶるぶると震えるさやかを目にしたマミは、思い通りにことが運んだことに、魔女の戦いを間近で見て、恐怖で震え上がってくれていると思い安堵していた。
戦い方も、マミが格好いいと思える優雅なものとは言えず、憧れなんて感情を抱いてしまうような見せ方ではなかっただろう。むしろ、魔女と戦えば多くの血が流れてしまうことを強く意識できたと考えていた。
わざとらしくちぎれた腕を振り、あたりに血を撒き散らしているシーンなど恐怖映像だ。
よく出来たスプラッタ映画のワンシーンのようだったと我ながらに感心しながら、マミはさやかに声をかけようとしていた。
「さ、魔法少女になるなんて考えは捨てて、今日は帰り_____」
「感っ動しました!!! すっごく格好良かったです!! マミさんが小さい頃からあたしたちを護ってくれてたと思うと、あたし、涙が出てきて……うぅ……マミさん、凄いです……凄すぎます……格好良すぎますよっ……!!! なんて伝えれば良いのかあたしにはもう分かりません……っ! マミさんっ!! これじゃあ惚れちゃいますよっ!!」
「……え?」
マミの目論見は全て失敗していた。