強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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26話 お菓子の魔女 上

 

「はぁ……よう、お待たせ」

 

「あれ? 上条君、会えなかったの?」

 

 見滝原市のとある病院の中。まどかが言った少年の名前____上条恭介の病室から戻って来たさやかは、落ち込んだ様子を見せながら待合室にいるまどかに声をかけていた。

 

「何か今日は都合悪いみたいでさ。わざわざ来てやったのに、失礼しちゃうわよね」

 

 恭介はさやかの幼馴染であり、バイオリンの天才として知られる少年であった。

 しかしある日大きな事故に巻き込まれ左足と左腕に怪我を負い、特にバイオリンの生命線である腕に怪我を負ってしまったことで、長い間入院生活を強要されることになっていた。

 さやかはそんな恭介を励まそうと思い、たまにバイオリンに関係ある音楽のCDを持ち込んでは、恭介と隣り合わせに座りイヤホンを片耳ずつ付けて聞いていることがあった。 

 さやかにとってその時間は、かけがえのない幼馴染みである恭介との時間であった。

 今日はまどかと共に帰っていたので長時間はいられないだろうと思い、CDを持ち運ばずお見舞いに来たのだが、どうやら恭介の都合のほうが悪くとんぼ返りになってしまっていた。

 

 さやかは落ち込んでいた様子を見せていた束の間、すぐに軽口を叩きながら病院から伸びているコンクリートの道を歩いて帰り始め、ローファーの靴底がぶつかりカツカツと少し心地良い音が響いていたのだが、まどかは何かに気がついたように足を止めた。

 

「ん? どうかしたの?」

 

「あそこ……何か……」

 

 さやかは足を止めたまどかに声をかけると、まどかはゆっくりと腕を上げ始め、その何かに向けて指を指した。 

 真っ白な白い病院には悪目立ちしてしまうほどに真っ黒な物体。不自然に壁に刺さりついているそれは、さやかにもまどかにも見慣れないものであった。

 しかし、その正体を二人は知っている。見慣れてはいなかったが、知識としては頭に叩きつけられていたからだ。

 

「グ、グリーフシード! 嘘、なんでこんな所に」

 

「とりあえずマミさんを呼ばないと……あ、まどか、マミさんの携帯、聞いてる?」

 

「え? あ、聞いてないよ……どうしようさやかちゃん!」

 

「まずったなぁ……」

 

 マミを呼ぼうにもテレパシーを使える範囲にはいないようで、携帯番号も知らないとなるとそれ以上二人に出来ることは限られていた。

 どうしたら良いのか悩んでいると、まどかにとってはあまり出会いたくはない生き物の声が聞こえてきた。

 

「二人のどちらかが契約をして、魔女を倒す手もあると思うよ」

 

「キュ、キュゥべえ……」

 

「おわっと……まどか? って、キュゥべえ。こんなときにも勧誘だなんてご苦労なこったね」

 

 いつの間にか側にいたキュゥべえに、まどかは驚きながらさやかの後ろに隠れ始めた。

 さやかはそんなまどかを不思議そうに見ながら、キュゥべえにマミへ連絡が取れるかどうかを聞いていたが、キュゥべえにもテレパシーを送れる範囲にはいないと返していた。

 

「仕方ない……あたしがこいつを見張っとくから、まどかはマミさんを呼んできてくれない?」

 

「……」

 

「無茶だよ。中の魔女が出てくるまでにはまだ時間があるけど、結界が閉じたら、君は外に出られなくなる。マミの助けが間に合うかどうか……」

 

 さやかにも無茶は承知だったが、それ以上に信頼していた。

 危険が及ぶ前には必ず現れ見滝原を護る魔法少女を。

 

「マミさんなら必ず助けに来てくれる。だから、あたしがこいつの側にいて居場所を教える役目になる。それに、放っておけないよ。恭介がいる病院で」

 

「……分かったよ。マミさんを呼んでくるね」

 

 まどかから見てもさやかの意思は硬かった。

 一度言い出したら言うことをあまり聞いてくれないさやかの性格も理解していた親友でもあったので、まどかはここで言い争いしているなら一秒でも早く呼んできたほうが良いと判断した。

 それに、まどかも信頼していたからだ。

 たとえマミを見つけられなくても、必ずさやかのもとに駆けつけて護ってくれるだろうと。

 

「私、すぐにマミさんを連れてくるから!」

 

「ん……よし」

 

 走り出すまどかの背中を眺め姿を見えなくなった頃には、さやかは病院に刺さっているグリーフシードに近づいて行った。

 壁には黒いひび割れを起こして、その中心には黒い卵が刺さっている。もやもやと黒い瘴気を放っていたのだが、徐々にさやかの周りには光が包みこんで行った。

 光が止むと、グリーフシードの目の前にいたさやかは、まるで元からいなかったのように消え去っていた。

 

 

 

「怖いかい? さやか」

 

「そりゃあ、まあ」

 

 さやかはキュゥべえを抱きしめながら、魔女の卵に続く道を歩き進んでいた。

 魔法少女なんて存在を何も知らなかったさやかが裏路地で巻き込まれたときと同様に、この世のものとは思えない装飾品やいびつな物体の数々。魔女がまだ生まれていない事を意味しているように、使い魔らしき生き物は息を潜めており、姿が見えたのは指で数えれるぐらいしかいなかった。

 しかし、あの一体一体には人間を一人殺してしまうのに、十分な力を持っているとマミから教えられている。息を潜めていようとも、たった一体の姿を見ただけでもさやかの背筋を凍らせてしてしまうのには十分だった。

 

「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげることも出来るんだけど……」

 

 願いを叶えて魔法少女になれば、人間を超越した力を持つ化け物に生まれ変われば、さやかが抱いている恐怖心からは解き放たれるだろう。だが、それでもさやかはなんてことのないようにキュゥべえに答えた。

 

「確かに怖いけど、私が魔法少女にならなくても大丈夫」

 

 まるで自分のことのように、自身に満ちた表情で、絶対的な根拠があるように答えたのだ。

 

「マミさんが必ず助けてくるから、あたしは何も心配ないよ」

 

 

 

 

 

 

 

「ここね」

 

「マミさん、中の様子どうですか?」

 

「ん……大丈夫、さやかさんは無事そうね。テレパシーで元気な声を聞かせてくれたわ」

 

 テレパシーを全開にしながら、せわしなく走り回っていたまどかを見つけたマミは訳を聞き、驚きながらも魔法少女に変身してまどかをお姫様抱っこのように抱えながら、急いで病院に突き刺さっているグリーフシードの元へと飛んでいった。

 マミにとって見滝原市内にある魔力に関する出来事は、市内を満たしている魔力から何処で何が起こっているのか把握していたのだが、まさかさやかが魔女の結界に入っているとは思ってはいなかった。

 素質を感じることが出来ればそれも把握できたのかもしれないと悔やみながらも、さやかを怪我一つなく救う事を先決に考えたマミはまどかを地面におろした後、側にいるように手を繋ぎながら魔女の結界の中に入っていった。

 

「本当ならまどかさんは外にいたほうが良いのだけど……」

 

「すみません、私もさやかちゃんが心配なんです。それに、マミさんだったら護ってくれるって思っちゃって……わがままでしたよね」

 

 まどかは自分がどれだけ無茶なことを言っているのか分かっているので、申し訳無さそうな表情をしながら繋いでいた手に力が入っていた。

 マミが必ず護ってくれる。それに甘えて、さやかが心配だからといって何も出来ない自分が態々結界内に入ろうと言うのだ。

 それがマミに負担になると知っていても、まどかはついて行っている事に自己嫌悪していた。

 だが、マミはそんなまどかに微笑みを見せながら、まどかの手を握っている腕にゆっくりと力を込め始め、体に引き寄せるようにまどかを胸にすっぽりと収めた。

 そして、頭を優しく撫でながら、子供を叱るように、しかしあやすように、優しい声で語り始めた。

 

「そうね、あなたはとってもわがままよ。わがままで愛しい大切な後輩。だから、そのわがままを聞いてあげるのも、私の務めですもの。まどかさんが私に頼るのは、何も悪いことではないのよ。だから、そんな表情しちゃだめ。愛らしい顔が台無しよ」

 

「マ、マミさん……うぇひひ、ありがとうマミさん」

 

 顔を上げるまどかの表情は、先程までの悲しげな表情は何処にもなく、恥ずかしがっているのかほんのりと頬を染めながらマミの隣に移動して、さやかの所にいる場所まで歩き始めようとしていた。

 しかし、マミはその場から動かなかった。

 

「マミさん? どうし……あ、あぁ……!」

 

 まどかは不思議に思いマミの表情を伺うと、動きを止めたマミの目線はまどか達が歩いてきた道をずっと見つめているだけだったのだが、まどかは先程までの赤くなっていた頬がサッと青くなるように感じた。

 

 マミの瞳が今までにないほどに冷たかった。

 まどかから見たマミの瞳はいつも輝いていたのに、今はその瞳がどす黒いような雰囲気を感じてしまった。

 あのとき、マミの部屋でキュゥべえから魔法少女の勧誘を受けたときに感じたプレッシャー。その時はあまりの出来事に、意識を潰されないようにしていただけでマミの表情を見ることなど出来なかった___見たくはないと判断したのだが、今この瞳を見て、それをして正解だと思っていた。

 

 これは駄目だ。

 この瞳をただの人間が直視するにはあまりにも無抵抗すぎる。小さく震えながら息を飲み、まどかは蛇に睨まれたようにその場から動けなかった。

 直接目線が合っているわけではない。目の端から見ているだけでもここまで体が硬直してるのに、直接見てしまえば自分がどうにかなってしまうのではないかと思っていた。

 しかし、マミがその目線をまどかたちに向けることは無いだろう。だが、それでは一体誰に向けられればその瞳になっているのだろう。そう思ったまどかには、一人の少女が頭に浮かんだ。

 魔女と同様に魔法少女を倒す対象だと思っているマミなら、同じく見滝原市で魔法少女として活動しているあの少女になら、その瞳を向けるはずだ。

 

「今回の魔女は私が狩る。あなた達は手を引いて」

 

「ほ、ほむらちゃん!」

 

 美しく輝く長い黒髪をなびかせながら光を背中に、暁美ほむらはそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「(巴さん……あなた、なんて表情をしてるのよ)」

 

 ほむらが魔法少女としてマミと出会うのはこれで二回目だ。

 最初に出会ったときはここまでの雰囲気を出してはいないと、ほむらはあのとき裏路地で出会ったマミのことを思い出していた。

 初めて対面する魔法少女に対しての困惑と、それによる警戒を強めながらも、まるで品定めをするように伺う表情。しかし今見ているマミの表情と瞳は、ほむらが今までの過去でどのマミもしていなかった雰囲気を出しているように思えたのだが、その考えはすぐに消え去った。

 

「(そう、私は知っているわ。貴女のその表情を)」

 

 とある時間軸で、魔法少女の真実を知ってしまったときに暴走をした、マミの表情と涙に濡れた瞳を思い出していた。

 困惑や悲しみ。憎しみや絶望。様々な感情が入り混じりながらも、杏子を殺しほむらを拘束して銃を構えていたあの表情。今、目の前に見ているマミは、それを乗り越え様々な感情を煮詰めに煮詰めきった、不純物の無い純粋な意思。マミの瞳からは、その姿形を映し出しているように見えていた。

 

 ほむらは無表情のままを貫きながらも息を呑む。マミから放たれる体にまとわりつくような重い雰囲気が、ほむらの意識を削らんとばかりに締め付けていた。

 何十歩も先にいるはずなのに、油断をしてしまえば目の前に現れ、銃弾を直接撃ち込まれるのではないかと言う圧力。確かに普通の魔法少女であれば、このまま背中を無防備に晒し逃げ帰ってしまうだろうと思っていた。

 しかし、ほむらは足を前に踏み出した。 

 何故ならば、ほむらには逃げることの出来ない、目をそらすことの出来ない護りたい人間が居るからだった。

 マミと杏子と同じように、絶望を乗り越えてきた魔法少女のほむらには、今更ここで立ち止まるような選択肢は存在しなかった。

 

「へえ……やっぱり暁美さんは、こちら側の魔法少女なのね」

 

「今更こんなことで立ち止まりはしない。だから、あなたはおとなしく引いて、ここは私に任せて」

 

 マミはやっぱりそうかと納得した様子を見せながら、ほむらの忠告を無視をしながら背中を向け、さやかがいる魔女の空間へ歩き出した。

 まどかは衝突が起こらなかったことに心底安心した様子で長い息を吐きながら、力が抜けてしまいその場にへたり込んでしまう。

 そんな様子を見たほむらは、無表情のまま貫いていた表情を少しばかり崩し、声に力が入りながらまどかの元へ駆け出した。

 

「まどか!」

 

「ご、ごめんねほむらちゃん。足に力が入らなくて……」

 

「……暁美さん。今の私はまどかさんとさやかさんを助けることが最優先。だから、貴女が二人を護ってあげてくれないかしら」

 

「……」

 

 一人歩き始めていたマミは、まどかを心配して駆け寄っていたほむらを見てそう提案した。

 先程までの雰囲気を出して警戒心をこれ以上のないほどに見せつけておきながら、協力を申し出てきたことに内心怪訝に思いながらも、ほむらは静かにうなずいていた。

 部外者であるまどかの目の前で、魔法少女同士の戦いを見せるわけにはいかないと言う配慮だったのかもしれない。もしかしたら、何かを試していただけなのかもしれない。そう思いながらも、まどかを一番近くで護ることが出来るのなら、ほむらにとっては些細な問題だと完結し、マミの後を歩いていった。

 

 静かな空気が流れている。ほむらの手を繋いでいるまどかは、少しだけ困惑しながらも付いてきている。それもそうだろう。まどかはマミが魔法少女を殺してしまっていることをキュゥべえから伝えられており、その標的である魔法少女が隣で歩いてしまっているのだから。

 

「ほ、ほむらちゃんは、どうして来たの?」

 

「……あなた達を護りたいから。それでは駄目かしら」

 

「え、いや……駄目だなんて、そんなことはないよ……」

 

 まどかに答えるほむらの真剣な表情は、あなた達とは言いながらも、その視線の先にはまどかだけを映し出していた。

 まどかはさやかも含まれていると思いながらも、ほむらの思いを無意識に察してしまったのか、少しだけ恥ずかしがりながら視線を逸らした。

 マミはそんなほむらの様子を伺いながら、いつの間にか魔女の空間へと近づいて行ってたのか、先程までのある程度の余白が空いた道からドームのように開けた空間が現れた。

 

「お、マミさーん! ……って、ほむらぁ!?」

 

「……」

 

 魔女の空間にいたさやかがマミの姿を確認して手を振っていたのだが、その後ろにいるとは思っていなかったまさかの友人に声を荒げて驚いていた。

 ほむらはわざとらしく驚いてみせるさやかにため息を吐きながら、そうだと言わんばかりに小さくうなずいていた。

 

「お待たせさやかさん。それにしても無茶をするのね。少しばかりお仕置きが必要よ」

 

「マ、マミさんが助けてくれると思って……それに、魔法少女にならなくても、少しでも役に立ちたいって思ったんです!」

 

「さやかさん」

 

「っ! ……って、あれ?」

 

 マミから叱られることを覚悟していたさやかは、マミから伸ばされた手に反応してまぶたを思いっきり瞑ってしまう。マミが怒ってしまった時の怖さは今でも体に刻みつけられているので、多少の痛みを覚悟してそれに堪えるように体に力を入れて構えていたのだが、その痛みはいつまでも来ることもなく、さやかの体には温かく柔らかい感触が身を包んでいた。

 

「心配させないで……あなた達に怪我があったら、私が魔法少女である意味が無くなってしまう……だから、むやみに自分から巻き込まれていくことはしないで……」

 

「あ……ごめんなさい、マミさん……あたしの幼馴染が病院にいるんです。大切な幼馴染なんです。だから、その幼馴染が命の危険にあうかもしれないことき気がついたら、あたし、いても立ってもいられなくて……」

 

 マミに抱かれるさやかは悲しげな声色に反応して、危険な場所に入ってしまったことの許しを請うように、思いの丈を静かに吐露していた。

 

「それなら、さやかさんの大切な長馴染みごと私に護らせて。それでも不安なら、今度は携帯番号交換しましょう? いつでも連絡が取れるようにね」

 

「は、はい!」

 

「マミさん……」

 

 しっぽが付いていたならばブンブンと振っているであろうというように、さやかはマミの提案に喜びを顕にしていた。

 まどかはそんな二人を見つめながら、まるで何かのドラマでも見ているように両手を胸に前で握り、恍惚とした表情をしていた。

 

「……」

 

 気持ちが悪い。

 

 元々の性格をしたマミを知っているほむらは、異様な空間である魔女の結界内でさも当たり前のように繰り広げているマミを見て、そう感じざるをえなかった。

 

 ほむらの知っているマミには確かに包容力はあった。

 中学生とは思えない体つきと、優しい声。しかし、どこかいつも哀愁漂う姿をのぞかせながらも、それでもそんな自分を隠しながら、頼もしい先輩だと見せるようにハリボテを作り上げ接していた。

 自分はこうでなければならない。ああでなければならない……そうして自分偽り続けて、本当の気持ちを隠し続けて、誰から何かを言われているわけでもないのに、周りが思う巴マミであり続けるように繕っていた。

 自分がそうしたいという気持ちも確かにあっただろう。しかし、それでも彼女の立ち振舞には、いつもどこか歪な印象があるとほむらには感じ取れていた。

 それは誰にだって存在する。ほむら自身でさえ、誰かに言われてもいないのに、私はこうでありたい。こうでなければならないと自分を追い詰めることは何度もあり、そのたびに自分を変えてきた。マミからそれを察してしまえるのは、ほむらが膨大な数の時間軸を繰り返して来て、巴マミと言う少女の心を無理やり覗いてしまい、命の危機や絶望した際の表情や感情。見られたくもないであろうその多面性を把握しているからこそだ。

 

 だが、目の前にいるマミは一体何だとほむらは思っていた。

 あまりにも自分に忠実すぎる。自分の意思が強すぎている。何度も見てきたはずのマミの、知っているがどれにも属していない新しい巴マミだと感じていた。

 目が痛くなるほど輝いているだろう。しかし魔法少女であるほむらにとっては、どす黒く見えてしまう。

 だからほむらには気持ちが悪かった。

 どちらにも振り切っているそのニ極の面は、杏子から話されていた以上に直接目の前にしてみると、その異様さは伝わっていた。

 

「マミ、グリーフシードが動き始めた。孵化が始まるよ」

 

「まどかさん、暁美さん、こっちに」

 

「……行きましょうまどか」

 

「う、うん!」

 

 キュゥべえの声に反応したマミは、少し離れていたまどかとほむらを手招きするように呼び寄せた。

 空間の中心には黒い卵が鎮座しており、そこには極端に長く伸びた脚を持った椅子と机が置かれていた。

 ほむらたちはお菓子の形をした物陰に隠れ始め、魔女が孵化する様子を静かに見守っていた。

 

「巴マミ、これから貴女はどうする……っ!」

 

 手招きをされて物陰に隠れたほむらは、マミにこれからどうするのかを聞こうと魔女の卵を見つめながら話していたのだが、そこであることに気づいた。

 マミの気配が消えていた。

 油断していたわけでもなかったはずなのに一瞬の出来事でだったので、思わず体が硬直してしまう。そして、マミの居場所を探そうと周りを見渡そうとしたその瞬間だった。

 

 ほむらの耳元に、マミの顔が近づいていた。

 

「貴女が、まどかさんたちを必ず護ってあげて……どんな事があっても……お願いね……」

 

「……」

 

 気配を消して、ひっそりと後ろからマミが近づいてきていた。

 耳元でわざとらしくボソボソと小さく喋り、その息が耳にかかりゾワゾワとした感覚が襲ってくる。しかしほむらは、驚きの声がまるで出なかった。

 

 まるで心臓を直接鷲掴みにされ、強制的に鼓動を止められたかのような感覚だった。

 隣で喋っているマミは、ほむらの首元から肩にかけて、マミの手のひらが撫でるようにスルスルと滑らされ、肩で止まるとゆっくり擦りながらマミはその場を立ち上がった。

 ほむらは表情を変えることさえ許されないほどの緊張を感じていた。

 そして、それに解放された瞬間、体には冷や汗が勢いよく流れ始め、自分が生きていることを証明しているように、鷲掴みにされて止まっていたと思われていた心臓が血を激しく巡らせる。バクバクと周りにも聞こえているのではないかと思うほどに音を鳴らし始めていた。

 

「それじゃあ行ってくるわね。まどかさんたちには結界を張っておくけど、眩しいから少しだけ目をつむったほうが良いわよ」

 

 そう伝えると、まどかとさやかは静かに目をつむり、ほむらは思わぬ衝撃に静かに息を深く吸い込み、しかし大きく吐きながら、体を落ち着かせることに専念していた。

 崩れた表情が見えない程度に頭を下げ、まどかたちがまぶたを閉じている間に表情を戻そうとしていると、突如直接見てしまえば目が焼けてしまうのではないかと思うほどの光があたりを包んだ。

 基礎能力が低いほむらでも、魔力が辺りを包み込んでいく感覚を肌身で感じ始めていたので、マミの言う通りまどかたちの周りには結界が作られているのだろうと思っていた。

 そして目を開けてみれば、まどかとさやかを包んでいた結界は明らかに強固であろうと言えるほどの結界が作り込まれていた。

 

「マミ、魔女が出てくるよ」

 

「……」

 

「マミ?」

 

「……うん、大丈夫そうね。こっちもすべての準備が整ったわ。後は任せましょう」

 

 一瞬ラグがあったように、キュゥべえの問いかけに答えていなかったが、納得した表情を見せながらマミは魔女の方に振り向いた。

 

「頑張ってマミさん!」

 

「私、さやかちゃんと見守ってます」

 

「ふふっ、ありがとう……そして、ごめんなさい、あなた達を巻き込んでしまって」

 

「え、いや、そんな! あたしが元々悪かったんです!」

 

 今更魔女の空間に入れてしまったことに申し訳無さを伝えているのか、マミは少し悲しげな表情で謝っていた。

 しかし、そんなマミをかばうように、さやかは両手を前に振りながら否定していたのだが____。

 

「それもあるけど……いえ、やっぱり、謝ったほうが良いと思って。結局私の都合であなた達を巻き込んでしまうことになるのだから……それじゃあ暁美さん、お願いするわね」

 

「……ええ、二人は必ず私が護るから」

 

 それでも譲ろうとしないマミはさやかの言い分を聞かずに、覚悟を決めたように力を入れて、二人を護ってもらうようほむらに声をかけた。

 ほむらは必ず護ると返すと、マミは魔女から少し離れた場所にへ、重力を感じさせない助走なしのジャンプでその場を去っていった。

 

「使い魔がマミさんに集まってる……す、すごい数」

 

「マミさんなら大丈夫。一度魔女退治に付いていったあたしが言うんだから問題ないって」

 

 魔女の孵化が始まり、魔女の空間にはそれを歓迎するように身を潜めていた使い魔たちが一斉に現れ始めた。

 魔女や使い魔と同じように魔力を持っている魔法少女を発見すると、まるで体内に入り込んだウイルスを殺そうとするように、使い魔達は列を作りマミへと集まっていく。そして、一体、また一体と、使い魔は勢いよくマミへと特攻を仕掛けていった。

 ある程度の質量を持っている使い魔の突進を無抵抗のまま体に受けてしまえば、その勢いのまま吹き飛ばされ命を落とすことは容易かった。

 しかし、マミへと攻撃を仕掛けた使い魔はぶつかることもなく、その生命を落とし行く。マミのマスケット銃による弾丸で。

 

 マミはただ歩いているだけだった。

 さやかを連れて行ったときと同じことをしているに過ぎない。

 空中にマスケット銃を生成して構えて撃つ。

 生成して構えて撃つ。

 恐ろしく早く行われるその動作は、どれだけ使い魔の数が多かろうと途切れることはなかった。

 マミはゆっくりと魔女のもとに歩くだけだ。

 しかし使い魔達は、マミの作り出した弾丸に態と吸い込まれるようにその身に受けて、命を落とし続けていた。

 

「(圧倒的と言えるわ。使い魔が襲ってくる方向を予測して弾丸を撃っている。やっぱり、これなら杞憂に終わりそうね)」

 

 次々にマミに向かっていった使い魔は、マミの歩く道筋に沿って死体を積み上げ続けた。

 ほむらはその様子を見て、やはりこの時間軸のマミがたかが魔女に殺られるような存在ではないと再認識していた。

 何も問題はないだろうと思いながらも、とりあえずまどかたちにはそれでも念を押すように大丈夫だと伝えていた。

 

「二人とも分かっているようだけど、たとえマミが殺られたとしても私が二人を護るから、安心して頂戴」

 

「マ、マミさんも助けて欲しいよほむらちゃん」

 

「正直マミさんがやられるようなイメージなんて一切湧かないんだけど……」

 

 殺られても大丈夫だと言った手前、ほむらもさやかの言うことに同意していた。

 今のマミには死亡する原因である油断もなければ、相性が悪かろうともそれを覆すほどの強さを持っていると、この目で見て確信していた。

 敗北をする要素は無い。ほむらもそう思っていた。

 

「魔女が孵化するよ!」

 

「え……あ、あれが魔女なの!?」

 

 キュゥべえが魔女の卵を指して、孵化をしていると言い始めた途端、そこからはさやかが思ってもいないような魔女が飛び出していた。

 一言で言うのであれば人形だった。

 視界に入れたくないほどにグロい体つきをしてなければ、化け物のような体格をしているわけでもない。そこまで嫌な雰囲気も出して居るようにも感じない。装飾やカラーリングは独特のものではあったが、おもちゃ屋に置いてあっても不思議ではないような、可愛らしい人形の姿だった。

 

 人形のような姿をした魔女は、その身に合わない長い椅子に座り始める。その下に魔法少女がいたとしても、それでも全くと言っていいほど攻撃的な雰囲気を出してはいなかった。

 

「孵化したてのところで悪いけど、地面に落ちてもらうわよ」

 

 マミはマスケット銃をバットのように見立てて振り回し、魔女が座っていた椅子の脚を砕いていた。

 砕かれた椅子に座っていた魔女は、マミの言うとおりに重力に従い地面に落ちていく。しかし、魔女が地面に落ちる寸前で更に銃を振り回し、その身に強烈な打撃を加えていく。人形と同じくらいに体の小さな魔女は衝撃のままに壁へとぶつかり、大きな亀裂を作っていた。

 マミはその魔女に向けて追撃を加えるように、空中に生成していたマスケット銃の雷管を鳴らし弾丸を発射させる。魔女の体には何発もの弾丸が打ち込まれ、反撃も許されない怒涛の攻撃になすすべもなく地面に転がることしか出来ずにいた。

 

「やったー!」

 

 さやかは喜びの声を出していた。

 まどかは魔法少女の戦いを初めて見ていたが、多くの人を殺してしまう魔女を相手に圧倒的な姿を見せているマミの姿に目を輝かせていた。

 ほむらもマミが圧倒的な姿を見せようとも、油断で表情が緩んでおらず魔女の姿を見据えているマミの姿を見て安心していた。

 やはりこのマミがやられることはないだろう。杏子の言う通りの実力を持っている。魔女の空間の入口近くであてられた雰囲気を思い出しながら、見せつけられた実力により全てが杞憂で終わり、久しぶりにまどかとさやかとの関係を崩さずマミを生還させることが出来る。そして、次に繋げることが出来る。心の底からそう思っていた。

 だからこそ驚きを隠せなかった。

 その瞬間を目にした時は、体を硬直させてしまった。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 魔力を感知するのが苦手なほむらでも、膨大な魔力が込められたマミの代名詞である必殺技が放たれるのを眺めていた。

 いつもなら確実に仕留められると啖呵を切った大技を放ち、仕留めたと油断したところに反動で動けないマミが可愛らしい人形のような魔女から、カラフルな模様があしらわれた大蛇の形をした魔女が脱皮するように現れ、マミを頭から丸呑みしてしまう。それが、ほむらの知っているいつもの流れだった。

 しかし、今のマミには油断はない。たとえ予想外な攻撃をされようとも、冷静に対処することが出来ると思っていた。

 

 しかし、未来を知っていたがゆえに、ほむらも慢心していた。

 だから油断をしていた。

 だから間に合わなかった。

 

 思っていた通りに、マミの放った一撃を受けた魔女の口からは大蛇のような魔女が現れる。不意をつくような驚異的な速さで大口を開けながらマミに接近していた。

 そして、その大蛇はほむらの知っている未来のとおりに、マミの頭を一口で丸呑みにしてしまった。

 マミの頭蓋骨を。脳を。肉を。魔女は捕食してしまっていた。

 

「……は?」

 

 ほむらは一体誰の出した声だろうと思っていた。

 まどかだろうか。さやかだろうか。そして気づいた。

 自分の声だ。

 目の前に映し出される情報を処理しきれず、自分が出した声にすら気付かないでいた。

 

 まるで夢を見ているかのように朦朧としている意識の中、ほむらの目線の先にある大蛇の口からは、マミの体が力なく垂れ下がっている。そして、ブチブチと肉が千切れ、ゴリゴリと骨が砕かれる嫌な音を最後に、その体は何の抵抗もなく地面に打ち付けられた。

 千切れた断面からは赤すぎるほどに赤い鮮血が勢い良く飛び散る。魔女はその様子を嬉しそうに眺めてにこやかに歯を剥き出し、そこにはマミの肉片のようなものがこびりついていた。

 

 ほむらには何が起きているのかが分からなかった。

 理解しようにも理解が追いつかなかった。

 自分の目の錯覚なのか。それとも自分たちを驚かせようとしているのか。今の見ている状況が不思議でならず、変な声を上げることしか出来ていなかったのだ。

 

「い……嫌ぁぁあああああああ!!!」

 

「う、うそ……」

 

「っ!!」

 

 ほむらはまどかの叫び声にハッとして目が覚め始める。そして、何かが割れるような音とともに、まどかたちに包まれていた結界は粉々に砕かれながら空気に溶けていく。それは、結界を張っていた主がいなくなってしまったことを意味していた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

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