「いやぁー、マミさんには本当に助かりましたよ。ありがとうございます」
「全く……電話に出れなかったらどうするつもりだったのよ」
「あはは、マミさんなら出てくれると思ってたので」
マミが暮らしているマンションの一室で、さやかは大きめのストールを肩にかけながら話していた。
何故さやかがマミの部屋にいるのか。少しばかり時間は遡り、さやかが路地裏で意識を失っていた所から今の出来事が始まる。
薄暗い路地裏。
人が好んで寄り付かないだろうその路地裏の地面で、さやかは起き上がろうともせずにうつ伏せになり倒れ込んでいた。
『(か、体が動かない……)』
それは単純なことであった。
さやかは今まで生きていて出したことのないほどの感情の波に飲まれながら、限界を超えようとも肉体を酷使して走り続けていた代償として、さやかの体はその言葉通りに動かなくなっていた。
街中を走り回っていた時の脳内には、快楽物質や脳内麻薬と言われるエンドルフィンなどが大量に分泌していた。
それが原因によりさやかの体が限界を迎えようとも気づくことが出来ず、無理やり動かし続けることが出来てしまっていた。
しかし、最後の一滴を搾り取るように答えを出してしまった瞬間、さやかは同時に気絶してしまい、意識を取り戻した頃には暗い路地裏で汚れが付くことも構わずに地面へと倒れ伏していた。
幸いにも上半身は動かせてはいたのだが、起き上がるほどの力は残っていないようで、走り続けていたときに酷使した下半身は特に力を込めても動く様子はなかった。
もぞもぞと芋虫のように這いずるだけで、体を支えるほどの力が入る様子は微塵も無いことが伺えてしまい、さやかは困ったようにため息を付いていた。
このまま路地裏の地面に倒れている姿を誰かが見つけてくれるまでは、倒れた状態のまま肉体と体力を回復させるしか方法はないと考えていた。
しかし、何処かも分からないこんな路地裏に人が通ることなど想像が出来ず、たとえ人が通ったとしても、こんな薄暗くカビ臭い路地裏を好んで通ろうとしている人間など碌な人間ではなさそうだと、さやかは血が回っていない頭を使いながら自虐的に笑っていた。
『あはは……碌な人間じゃない、か……』
同じくそんな路地裏に通っていただけではなく、薄暗くカビ臭い地面に五体投地している私は碌な人間ではないかもしれない。そんな事を思いながら何かが切れたように面白くなってしまい変に笑いが漏れていた。
今は笑っていられるかもしれないが、実際にそんな人間に拾われてしまったら声を上げる力も、暴れる力も残っていないさやかはそのまま連れ去されてしまう。そんな人達に自分の純血などを奪わるような状況にはなりたくはないなと、他人事のように考えていると一人の少女が頭に浮かんだ。
『そうだ、マミさんならなんとかしてくれるかも……』
何でも願いを叶えてしまうキュゥべえと同じ様に、ある程度の願いなら何でも叶えてくれてしまいそうな、厳しくも優しいお姉さんであるマミの顔が浮かんでいた。
さやかは元々マミに電話をして、魔法少女の願いのことや恭介の事を一度話そうとしていたので、マミにお願いをしたら助けてくれるかもしれないと、全く根拠のない理由から電話をして救出を求めようとしていた。
しかし、さやかには自分が倒れている場所が分かってはいない。病院から走り続けていたが、何処かに向かい走っていた訳ではなかった。
ただ感情の赴くままに走り続けていただけなので、何処を通ってここに辿り着いたのかも知らないことである。つまり、マミに電話をしたとしても迎えに来てほしい場所を指定することなど不可能であった。
取り敢えずマミに電話をして考えれば良いか。ぼーっとしている頭でいるせいなのか何処までも他人事で、他人任せな思いばかりが浮かんでいた。
さやかはもぞもぞと腕を体に添わせながら、ポケットに入っている携帯電話を取り出して、お菓子の魔女と戦った帰りに教えて貰っていた電話番号に掛けていく。そして、マミの携帯電話に向けて数回のコールが鳴り終わると、携帯電話の先から聞き慣れている声が聞こえてきた。
『あ、もしもしマミさん?』
『どうしたのさやかさん。こんな時間に電話なんて……』
こんな時間に電話。それを聞いてさやかはまだ夕方のはずなのに何を言っているんだろうと思いながら、うつ伏せに倒れ込んでいたさやかは体を回して空を見上げようとしていた。
すると、赤色に染まっていた夕焼けは消え失せ、星が小さく瞬いている夜空が頭上を染め上げていた。
それを初めて確認したさやかは、気絶をしてからだいぶ時間が経っていたんだなと思い携帯に映っていた時刻を見ると、夜の十時を回り後数十分で十一時に変わろうとしていた。
『あー……その、悪いんですけど、助けてくれませんか?』
『え? どうしたのよ一体、反応はないけどもしかして魔女が近くに……』
遅い時間からの突然の申し出に、電話相手であるマミは何事かと思いながらも冷静に話を進めようとした。
しかし、さやかの内容には驚きを隠せなかった。
『動けないんです。気絶して目覚めてみたら何処かの路地裏に倒れているみたいで、助けを呼ぼうにもマミさんぐらいにしか頼めなくて……助けてくれませんか?』
さやかの耳に当てていた携帯からはマミの返答は返ってこなかったが、ガタガタと物が動く音が聞こえていた。
物音が止むと何処かに遠のく足音が聞こえ始め、衣類が脱げるように布と肌が擦れ合うサラサラとした音。その次には遠のいていた足音が近づくのが聞こえると、携帯を急いで取ったかのようにさやかのスピーカーからは、直接ガタガタとぶつかり合うような音がしていた。
そして扉を急いで開閉した音が聞こえるのを最後に、先程のさやかからの返答をするようにマミの声が帰ってきていた。
『何処にいるのさやかさん詳しく教えて』
『それが私にも分からないんです。病院から走っていったのは覚えてるんですけど……』
『病院から走っていったのね。だったら病院を中心にテレパシーを送り続けて飛び回ってみるわ。もし私のテレパシーを感じたら必ず応答し続けて。その範囲にあなたが倒れている可能性が高いから』
『なるほど、テレパシーの範囲を利用して探すんですね。すぐにそんな事考えつくなんて、やっぱりマミさんに頼んで正解でしたよ』
『……少しだけ待っててね』
その言葉を最後にマミの通話は切られてしまった。
やっぱり怒っていたなぁ……と、さやかはマミの声からそう感じながら、携帯を握る手を緩めてしまい、重力のままに落ちていく携帯は地面へとぶつかり転がっていった。
限界を迎えていた体にムチを打ちながら動かしていたせいか、何かをやり遂げたような達成感に包まれている。このまま目を瞑り眠りたいと思う意識を抑えながらも、マミからのテレパシーを待ちながらビルの隙間から見える夜空を眺めていた。
すると、マミに電話をかけてから数秒でテレパシーが送られて来るのを感じ、さやかはそれに答え続けていると、黄色く発光している人影が姿を現していた。
マミが来てくれたと思いながら手を振ろうと腕に力を入れるが、上手く腕に力が入らず、ふらふらと空中に泳ぐように伸びていくだけであった。
その腕が伸び切る前にはマミの手がそれを掴んでしまい、倒れているさやかに声をかけていた。
『何があったのかはゆっくり聞くとして、さやかさんは無茶をし過ぎよ』
『すみませんマミさん、こんな時間に呼んでしまって』
『こんなに服も汚して、酷い有様……家に帰る前に、まずは私の家に泊まりなさい』
さやかを掴んでいた腕に力が入り、持ち上げる動作の勢いでお姫様抱っこのように抱え始め、自分の部屋まで飛んでいこうとしていた。
『そんな、流石にそこまで迷惑は____』
『……』
『あ……はい、すみません、寄らせていただきます』
『よろしい』
それを聞いたさやかは、迎えに来てくれただけでも十分だと思いお断りを入れようとしたのだが、マミの無言の圧力に耐えられず了承してしまっていた。
路地裏で倒れていたさやかの服は汚れに汚れ、汗や泥や汚れで酷い有様をしていた。
それを見ていたマミは急いでシャワールームに押し込み、服と体の汚れを落とそうとさやかが着ていた衣類を無理やり剥ぎ取り始める。すると、さやかは同性だとは言えども小さく悲鳴を上げてしまうが、抵抗する力などは持ってい無かったのでなされるがままの状態であった。
『ひゃー……マミさんおっきい……』
『そんなに良いものじゃないわよ。重くて邪魔で、嫌でも目線は集まるもの』
力が上手く入らないさやかのために、マミも同様に服を脱ぎ始めシャワールームへ入ろうとしていたのだが、それを眺めていたさやかは、まるで効果音が付いているかのように服から溢れ出していく乳房にため息を漏らしていた。
マミはそんなさやかをシャワールームに置いてあった椅子に座らせて、温かいお湯が出るシャワーを頭からかけ始め、汚れを落とし、さやかはマミの部屋で寛いでいる状況になっていたのだった。
「ふぃー……」
シャワーから出て間もなかったので、乾ききっていない髪の毛は少しばかりしっとりとしている。お風呂で温まった頬は上気している様子を見せながら、まだ冷めきっていないココアを片手に、マミから借りたパジャマに身を包んでいた。
マミはそんなさやかを呆れた様子で見ながら、お腹が減っているだろうと思い二人分の料理を作るべくキッチンに足を運んでいた。
キッチンで料理を作っているマミの背中をさやかは見つめながら、ココアを少し口の中に含ませて、ミルクの風味とココアの甘さを感じ一息をついていた。
「さやかさん。お父さんかお母さんには連絡を入れたかしら?」
「あ、入れてません」
「そう……だったら早めに連絡を入れてあげて。心配しているだろうから、今は学校の先輩の家に泊まらせてもらってるって。急なことだったから連絡し忘れた事も伝えて頂戴」
キッチンから料理をしながら、マミはさやかの家族に連絡を入れるようにと促していた。
確かにこんな時間まで何も連絡を入れてないのは不味いとさやかは思い、絶対に怒られるだろうと考えながらも、家に備え付けてある固定電話に連絡を入れ始める。すると、さやかの想像通りに固定電話から返ってきた声には、怒りの意がふんだんに盛られている親の声が飛んできており、さやかはその声に萎縮しながらも答え続けていた。
「ほ、本当にごめんって! 今は先輩の家に泊まらせてもらってて心配するようなことは何もないから! 次はちゃんと連絡するからさ……うん、ごめんなさい……うん、うん……って、マミさん?」
「少しだけ代わってもらえないかしら」
さやかが家にいる親と話していると、いつの間にかキッチンから戻ってきたマミが隣に座って手を差し出していた。
代わってほしいと伝えてきたその手を見たさやかは、電話に出ている親に一言先輩に代わるという事を伝えて、静かにマミへと携帯を手渡した。
「お電話代わりました、さやかさんの先輩の巴マミです。この度はご家族様にご心配をおかけしてしまい申し訳ございません……はい……ええ、大丈夫です。さやかさんとはお話し中に突然家に泊まる約束をしてしまい……はい……」
「(そうだ、私……ごめん、マミさん……本当に、ごめんなさい……)」
さやかはマミが親と話して何度も謝っている姿を見て、自分がどれだけマミに迷惑をかけてしまったのかを実感してしまった。
そして、これから自分は更にマミを追い詰めるようなことを言ってしまう。これだけ嘘を吐いて助けてくれようとするマミを、これから更に酷いことをしてしまうんだと、さやかは理解してしまった。
「ふぅ……心配してくれるから、あんなに怒ってたのよ? もう、あんまり心配掛けちゃ駄目なんだからね」
「うん……ごめん、マミさん」
「さやかさんは十分怒られたんだから、後は美味しいご飯を食べて、さやかさんの体を回復させましょう。後から魔法を使いながらゆっくりとマッサージするから……あんまりいきなり回復させちゃうと、人間の体には毒になることもあるし____」
「ごめんなさい……」
何度も謝るさやかに、マミは仕方ないと思いながら頭を撫でてキッチンに戻ろうとした。
そして、さやかは口に出した。
さやかが謝っているのはマミに迷惑をかけてしまったこともある。親と子の話に巻き込ませてしまったこともある。だが、さやかが謝っているのはそういうことではなかった。
「あたし、魔法少女になるよ」
空気が変わった。
マミの部屋には温かく優しい空気が溢れかえっていた。
キッチンから漂う匂い。ココアの甘い香り。空調の効いた丁度いい室温と湿度。肌触りの良いストール。柔らかいパジャマ。マミの優しい声と行動。全てはさやかのために用意されていたものだった。
そんな温かな空気が百八十度変わってしまうように、冷めたものになってしまったこの凍えてしまうような冷たい雰囲気も、さやかのために用意されている。魔法少女になると口に出してしまった、さやかのために。
「今……なんて言ったのかしら、さやかさん……」
「あたしは魔法少女になる……そう言ったんです」
マミの表情は背中を向いているのでさやかからは見えていない。だが、どんな表情になっているのかも想像はついていない。こんな雰囲気に一瞬で変えてしまう人の表情など、さやかには想像できるはずもなかった。
見てしまったら最後、さやかはその雰囲気に飲まれ押しつぶされてしまうかもしれないと思ったが、それでもさやかはマミの後頭部を見続けていた。
マミが振り返ってしまえばその表情を直視してしまう。それでもさやかは構わなかった。
魔法少女の勧誘をしてきたときに放っていたプレッシャーと同じ空気が満たしていた空間でも、さやかは覚悟を決めてその言葉を口に出していたのだから。
「そう……そうなの……訳を、話してもらえないかしら……?」
「……あたしの幼馴染が、腕と足に酷い怪我を負って病院にしばらく入院していました。彼はバイオリンの天才です。だから怪我をした腕を治そうとしていましたが、今日、あたしはその腕が治らないという申告を受けていることを知ったんです。そんな彼にあたしは良かれと思って、バイオリンのCDを渡し続けていました。それが彼を追い詰めているなんて知らずに……それで、彼は何度も腕を叩きつけて、骨が折れて血が吹き出しても、痛みを感じないとあたしに見せてきました。そして言いました。奇跡や魔法が無い限りは治りはしないって」
「……」
「あたしはそれを聞いて言いました。何の対価もない奇跡や魔法はない。大切な幼馴染を犠牲にしても、その腕を治したいか、と……そして、彼はそれでも治したい。僕にはそれしかない。私に縋るように言いました。あたしは、それを聞いて肯定しました……あたしの奇跡で恭介の腕を治す。あたしにはその覚悟が付いてしまった……だからあたしは、魔法少女になります」
「そう……そうなのね……さやかさん____」
「っ……え?」
マミの体が動き始め、さやかの視線は動いていく後頭部を見続けていた。
このままではマミの表情を見てしまうだろう。それでも構わないというように、さやかはマミから視線を外そうとはしなかった。
しかしそこで見たマミの表情は、さやかが思ってもみなかった表情をしていた。
「それでも私は、さやかさんを魔法少女になってほしくない……だから、お願い。あなたは
「マミ、さん……」
噛みしめるように口を閉じ、瞼を細く歪ませ涙を流しているマミの姿がそこにはあった。
「私はあなたの彼を助けることは出来ない……私の魔法じゃ、怪我をして何日も経ってしまった、傷が塞がってしまった腕を元通りに治すことは出来ない……医学が進歩しても、神経をもとに戻せる日が来るのはいつになるかは分からない……それでも私は、あなたに魔法少女になってほしくはない。残された人のことを、大切に思ってほしいの」
涙ながらに語るマミを見ても、さやかの思いは変わらなかった。
「ごめん、マミさん……あたしは、恭介を助けたいんだ。あたしの命を使ってでも、助けてあげたいんだ……」
「さやかさん……」
マミは悔しくて仕方がなかった。
何かあったら頼ってくるように。願いがあるなら魔法少女になろうとする前に相談してほしいと言ったのに、何も出来ない自分が悔しくて仕方がなかった。
絶望である魔法少女に、希望を求めようとしている少女一人を助けることは出来ない。叱ってくれる親もいて、大切な親友もいる。ボーイフレンドになるかもしれない幼馴染みだっている。そんな少女が人間を捨ててまで絶望に身を委ねようとしていた。
魔女や使い魔から大勢の人を助けることが出来ても、魔法少女になろうとするたった1人の少女を助けることが出来ない。
さやかの頭を胸元に抱き寄せ、マミは涙を流し続けていた。
その原因を作ってしまったさやかは、自分がそんな事をしても逆効果になってしまうかもしれないとは思いながらも、自分たちのために泣いてくれている先輩を慰めるように抱きしめ返していた。
マミはさやかに説得を続ける。そして、一つの思いを打ち明けていた。
「魔法少女は、自分だけじゃなくて周りの人たちも巻き込んでしまう災厄……あなたの大切な家族や親友。鹿目さんだけじゃない、恭介くんにも関係のあること……もし、あなたがその願いで恭介君の気を引こうって、ほんの少しでも思っているのなら、それは出来ないと思った方が良いわ。そして、恭介君の恋人に、ただの人のように恋愛をしようと思っているのなら、尚更魔法少女にはなって欲しくはない。その先は、あなたにとって地獄だから……」
「……」
「私は魔女を1人残らず倒さなければならない。それは、魔女になる可能性がある魔法少女も例外ではないこと。この言葉の意味が分かるかしら?」
「マミさんは、魔法少女も倒そうとしている……」
「しているのではないの。実際に、私はこの手で魔法少女を殺してきた。魔女になれば、必ず多くの人を巻き込むから。さやかさんが魔法少女になるって言うことは、私に殺される覚悟があるかと聞いているの……」
私に殺される覚悟はあるのか。そう問いかけるマミの瞳は涙に濡れて、瞼は赤く腫れ上がっていた。
しかしさやかはそれでも、願いを叶えたいと続けていた。
「私は……マミさんに無理やり魔女退治について行って分かったんだ。魔法少女は、自分が思っている以上に辛くて大変で……それで、魔法少女のマミさんは、いつも私たちを守ってくれてた、天使みたいな人なんだって。だから私、魔女になって死ぬぐらいなら、マミさんの手で殺してもらいたい……わがままかな?」
「(暁美さん……私でも、ダメなのね……さやかさんは、もう、後戻りはできない……)」
お菓子の使い魔を倒した後の帰りに、未来のことを知っているほむらに対してマミは一つの質問を投げかけていた。
美樹さやかが魔法少女になる確率はどれだけあるのか。その質問にほむらは、さやかが魔法少女にならなかった確率は極めて低い。そう答えていた。
百に近い九九パーセントと言われるまでに、さやかが魔法少女にならなかったときは見たことがないと聞いていたのだが、マミはそれでも諦めずに説得を試みていた。
だが、さやかの覚悟は完全に決まっている。マミはこれから何度も止めようとしても、もはや意味がないと悟ってしまった。
「(だったら……私が出来ることは一つだけしかない___)」
無理やり止めようとも、遅かれ早かれキュゥべえがさやかのもとに現れ、人知れず契約をするだろう。大切な人間を犠牲にしてでも、腕を治したいと願う幼馴染。さやかはその通りに、自分の一生を犠牲にしてまでも腕を治そうとしていた。
魔法少女としての厳しさを知らないわけではない。マミの腕がなくなった瞬間も、偽物ではあるが首がもがれ血を吹き出している瞬間も、さやかはその目で見ていた。
魔法少女を殺しているということを伝えても、さやかはそれでも構わないと言ってしまっている。マミからはもう、これ以上言えることは出来ないでいた。
これは苦肉の策だ。
元々魔法少女だった杏子とは訳が違う。人間の少女を止めることが出来なかった愚かな自分への罰だ。
そう考えたマミの表情は変わり、先程までの涙に濡れた瞳は存在していない。そして、抱きしめていたさやかの体から離していく。まるで、さやかを護るべき対象ではなくなったと言うように。
「だったら、さやかさんが魔女になるまで……いえ、あなたの周りの世界を護れるまで、私はあなたを鍛え上げる……1人でも生き残れるように、魔法少女にしてあげるわ」
「私は幸せ者です。マミさん」
ほむらの言う通りに事が運んでしまい、マミはさやかを止めることは叶わずにいた。
だからこその苦肉の策____杏子と同じ様に魔法少女として育て上げ、中途半端な魔法少女として一生を終わらせるのではなく、自分のように1人でも多くの人々を救えれる魔法少女を育成すると決めた。
魔女になる可能性を少しでも減らすために、さやかを鍛え上げることが自分に出来る唯一のことであると思っていたのだった。