強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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30話 新しい魔法少女

 マミの家で過ごしてから翌日。さやかは一度、家に帰宅することもせず、そのまま学校に登校しようとしていた。

 幸い学校で使う鞄や、汚れた制服は洗濯し終わっていたので、特に問題なく一日を過ごせるだろうと、マミと朝食を食べながら話していた。

 

 その会話の中で、一日足らずではあるが時間を空けた後の心境の変化を期待して、マミは魔法少女の契約をしないでほしいというお願いを再度していたのだが、さやかの決心は一日だけでは何も変わっておらず、徒労に終わっていた。

 

「忘れ物はないかしら?」

 

「はい、昨日はありがとうございました」

 

 玄関近くにある鏡を見ながら、マミは身だしなみを整えながらさやかに声をかけている。靴を履き終わりマミを待っていたさやかは、その声に反応して頭を下げていた。

 大切な後輩からお礼を言われている。マミにとっては喜ばしいことではあったが、内容が内容なだけにその表情はあまり好ましくなかった。

 

「良いのよ、結局私は、さやかさんに何も出来なかったから……」

 

 確かに助けてあげることは出来ていたが、根本的な問題を解決してあげることは出来なかった。

 そのことが未だに後を引いてしまっている様子を見たさやかは、身振り手振りを大きくしながらマミを庇おうとしていた。

 

「そんな事ありません! マミさんが居てくれて、あたしすっごく助かりました! それにマミさんがいなくても、あたしは多分恭介のために願いを叶えてた。それも、今とは比べ物にならないくらい中途半端な気持ちで……だから、あたしのせいだけど、マミさんが落ち込む必要なんて無いんです!」

 

「それでも……いえ、これ以上言っても押し問答が続くだけ、ね。とりあえず、もう一日だけ考えてみて。まどかさんたちに相談するのも____」

 

「まどかに話せば絶対に止められます。それに、まどかなら代わりに願いを叶えるって、言いかねないです。だからまどかには言いません」

 

「……」

 

 自分では止められなかった。だから、さやかにとって大切な親友であるまどかに相談することを促せば、もしかしたら何かが変わるのではないかと思っていたマミだったが、それも失敗に終わっていた。

 まどかの親友だからこそ、その相談をしてしまえば何を言われてしまうのか想像を出来てしまう。マミが思うほど、さやかの決断を鈍らせるのは簡単ではなかった。

 

「(やっぱり……もう、駄目みたいね)」

 

 ほむらから魔法少女になる確率が多いと聞いていたとしても、今度は絶対に止めなければならないと息巻いていたはずなのに、結局自分が関わってしまったことで、さやかの決意を固めてしまっただけに過ぎないと思っていた。

 

 さやかが魔法少女になると言ったときに、条件反射のように放ってしまったプレッシャー。あれを受けていたはずにもかかわらず、さやかの声は震えてはいなかった。

 もう、本当に何を言っても駄目なのだろう。さやかは確実に魔法少女になる。この運命から逃れられないことを受け入れるように、マミはさやかが待っている玄関に歩き出した。

 

「マミさん、行きましょう」

 

「ええ……受け入れなければ、先には進めないわね」

 

 さやかは玄関の扉を開け始めると、カーテンを締め切り電気を消していた部屋の中に、外からの朝日が差し込んでくる。思わず眩しそうに目を瞑ってしまいながら、朝露の混じったほんのりと湿り気のある爽やかな空気を肌身に感じていた。

 

 清々しいほどの朝。そんな空気を感じていたさやかは、嬉しそうにマミの手を握り、玄関で陽の光が通っていない暗い部屋から引っ張り出そうとしていた。

 そんなさやかの様子を見ながら、マミは一度部屋を出ることを拒み再度問いかけた。

 

「……此処から先は地獄よ。それでもさやかさんは、その足を踏み入れてしまうの?」

 

「もう、マミさんは心配性だなぁ……あたしは、あたしが恭介の腕を治せることが、それがとっても嬉しいんです。あたしにしか出来無い。そう思うから。それに、マミさんだって側にいてくれます! だって、マミさんがいてくれれば、あたしが魔女になったとしても色んな人を巻き込まずに済みますからね!」

 

「馬鹿ね……魔女にならなくたって、私はあなたを殺してあげるわ」

 

「えへへ、それもそうでしたね……さ、マミさん」

 

「……ええ、行きましょう」

 

 たとえ魔女にならなくても殺すと伝えたはずなのに、さやかはマミの手を握りながら、大きく白い歯を見せて笑っていた。

 

 さやかから差し伸ばされている手を握り返し、マミは暗い部屋から一歩踏み出してしまった。

 今日から魔法少女の契約をしてしまう目の前の少女は、いずれ時が来れば倒す対象に変わってしまう。元々魔法少女として見ていなかった。護るべき対象である人間だったはずの少女は、これから魔法少女(ばけもの)に変わる。それを噛みしめるように、マミは一歩を踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。さやかはマミを連れて恭介がいる病院の屋上へと足を踏み入れていた。

 病院のベッドに使われているであろう白いシーツが、放課後の時間帯に出ていた夕焼けに照らされて赤く染まっている。そんな中で、穏やかな表情をしているさやかに向けて、マミは合図のように声をかけていた。

 

「ここで契約をするのね?」

 

「ここが良いんです。恭介がいる、病院の屋上で契約をしたいんです____キュゥべえ、出てきて」

 

 干してあるシーツが風に揺られてバサバサと騒音が出ている。それでも大声を出すこと無く静かに口を開くと、魔法少女の契約を望む少女の前に現れる、白い獣の名前を呼んでいた。

 

「やあ、さやか。何の用かな?」

 

 どこからともなく音を立てずに現れたキュゥべえが、屋上に植えられていた花壇の中心に置いてある、腰を掛けれる程度の高さのオブジェに座っていた。

 尻尾を大きくゆらゆらと揺らしながら、無表情という言葉が張り付いているその顔で、自分を呼んだ本人であるさやかを見つめている。夕焼けに反射して、赤く不気味に光っている瞳が、その表情を際立たせているように見えていた。

 

「あたしを魔法少女にして。契約の内容は、私の幼馴染の上条恭介の腕と足を……悪い所を全て治してあげて」

 

「ふーん……マミ、君が目の前にいるということは、どうやら契約を阻止出来ないと判断したみたいだね」

 

「……」

 

 さやかは、そんなキュゥべえを臆することもなく、魔法少女の契約をするように伝えていた。

 伝えられている本人のキュゥべえは、新しい魔法少女の契約を阻止しないマミを見て、現状を整理するように。または問いかけるように口に出していた。

 マミはその声に応じようともせず、たださやかの契約を迎える瞬間を、静かに傍観しているだけであった。

 するとさやかは、キュゥべえの視線の先にいたマミの間に入って、止めるような素振りを見せた。

 

「今はマミさんに何かを言うのは関係ないんじゃないかな。それよりも、私の願いの内容は資質に見合うものなの?」

 

「うん、問題ないよ。君の願いは間違いなく遂げられる」

 

「そう……それじゃあ、お願い」

 

 そう言いながら、さやかは静かに目を瞑り始める姿を見たキュゥべえは、長い両耳をさやかの心臓の位置に向けて伸ばしていく。さやかの胸元に小さく触れると、触れた場所を中心に光が満ちていった。

 それに呼応するようにさやかは苦しそうな表情を浮かべるが、徐々に光が止んでいくと、キュゥべえの耳の中には青色の宝石が包まれていた。

 

「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した」

 

「これが……あたしの、ソウルジェム……」

 

 キュゥべえに手渡されるように、さやかはその下に手のひらを添えて受け取っていた。

 拍子抜けするほどに、特に何も起こらずに魔法少女になってしまったので、実感が湧いてこないさやかは、青色のソウルジェムを摘み持って眺めていた。

 

 表面は透き通るように青く輝いているはずなのに、中を覗いてみると途中で濃い青色になっているのか、向かい側の景色が見えていない。テレビで紹介されていた、庶民では手が付きようがない高値がついているどんな宝石よりも、この世のものとは思えないほどに幻想的な輝きをしているソウルジェムに、さやかは感心するようにため息を漏らしていた。

 

「さやかさん……」

 

「願いを叶えました。これであたしも、マミさんと同じ魔法少女ですね」

 

 さやかは嬉しそうに答えていたが、それを聞いたマミは首を横に振っていた。

 

「いいえ、これからよ。これからあなたの、魔法少女としての道が始まってしまうの」

 

「その代わり、恭介の体が治りました。だから、後悔なんてしてませんよ。マミさん」

 

 それでもさやかの表情は変わらなかった。

 これから始まるだろう地獄を見ても、後悔なんてしない。そう言うように。

 

 魔法少女になってしまったら、もう何を言っても仕方がない。止められなかった自分も悪い。そう言い聞かすように、マミは口に出したい気持ちをため息とともに逃して、さやかに後ろを見せながら落下防止用の鉄格子に近づいていった。

 

「どうしたんですか?」

 

「魔女の反応よ。さやかさん、付いて来なさい」

 

 そう言いながら、マミはソウルジェムを取り出し魔力を体に流すと、黄色く発光し始めた途端に、先程まで着ていたはずの制服が無くなったように消え去り、その代わりに魔法少女の衣装をその身に纏っていた。

 そんなマミを見ていたさやかは、慌てながらも見様見真似でソウルジェムに意識を集中すると、今まで感じたことのなかった力の流れを知覚する。そして、ソウルジェムから流れてきた力が体を纏うと、マミと同じように制服が消えてなくなり、魔法少女の衣装がその身を着飾っていた。

 

「うっわ、可愛い……」

 

 全体的にさやかのイメージカラーの青色を基調とした配色。男勝りな印象が見え隠れするさやかに合わせているのか、物語に出てくる王子様ように大きめの真っ白なマントが付いていた。

 しかし女の子らしく胸元と肩は大胆に開けて、その露出を抑えるように両腕には紺色のアームカバーと、分厚目の白い手袋を付けていたのだが、アームカバーは女の子らしい細い先を際立たせるようなに、薄く伸びが良い生地をしていた。

 動きを見せるように斜めにカットされたミニスカート。絶対領域が出来るベルト付きの、少し厚めの生地で出来た白いニーハイと小さなブーツ。履きなれていないブーツのはずなのに、まるでいつも履いているかのように馴染んでいることに驚きながら、カツカツと音を鳴らし走り回っていた。

 

「わっ、凄い凄い! 体が軽い!」

 

 魔法少女という名の通りに、さやか好みの可愛らしくも格好良さがある衣装に身を包みながら、人間だったときには出せていなかった身軽さに興奮を隠せず、さやかは体操選手のごとく何回転ものジャンプをしていた。

 

「どう? 魔法少女の力は。何でも出来る気がするでしょう」

 

「はい! まるで世界の中心が私のように感じちゃいますよ! ……って、言い過ぎですよね」

 

「ふふっ、私も初めは驚いてばっかりだったから、さやかさんの気持ちは全然分かるの。本当に何でも出来そうって、思ったわ」

 

「だけど、何でもは出来ない。それが、魔法少女なんですよね」

 

「ええ、私達が思っている以上に、魔法少女は非力よ。これだけの力があっても……さあ、行きましょう。魔女の所に」

 

「わっ! ま、まって……っ」

 

 マミはそう言い残し、病院の屋上から違うビルへと移っていった。

 しかし、魔法少女になったばかりのさやかには、数十階もの高さのある病院の上から、飛び出していくことに躊躇してしまう。何でも出来そうと言った手前、人間だった時の感覚が捨てきれないさやかは、鉄格子から覗き込んだ地面が、あまりにも遠いことに冷や汗を感じていた。

 

 この上から飛び降りて、もしマミのいるビルの上に飛び乗れなかったら肉塊と化すだろう。ぐちゃぐちゃに潰れてしまう自分の様子を思い浮かべてしまい、さやかは足に力を入れることが出来ないでいた。

 

『怖いの? さやかさん』

 

『は、はい。少し……いえ、結構怖いです』

 

 すると、ビルの上にいたマミからテレパシーが飛んでくる。怖いかどうか聞かれて、さやかは取り繕うこと無くそのまま答えていた。

 マミは、魔法少女になったばかりで仕方がないと思い、さやかに向けてリボンを巻き付かせていた。

 

『これで万が一落ちても、地面に落ちる前に私が助けてあげるから、思いっきり全力で飛んでみなさい』

 

『あ、あはは。不格好ですけど、正直ありがたいです……よし、行きます!』

 

 万が一の事を考えた命綱を貰い意を決したさやかは、マミの言う通り今出せる全力で飛ぼうと、病院の屋上で使える分の助走を付ける位置で、クラウチングスタートの姿勢で構えていた。

 

 命綱を付けているとはいえ、本来であれば自殺志願者の光景だ。

 病院の屋上から飛び降りるなど、ある意味おあつらえ向きかもしれないが、今のさやかには縁のない話である。だが、さやかは今までにないほど心臓を高鳴らしていた。

 

 恐怖はある。しかし、さやかの中には飛び出したいと言う興奮も入り混じっていた。

 腰を高く上げ、足に力を入れ始め、今か今かと走り出す意欲を抑えながら、静かに自分の口で合図を出し始める。そして、その瞬間が来た。

 

「よーい……どんっ!!!」

 

 さやかは走り出す。履いている靴は走りにくいはずのブーツだと言うのに、地面に引っ付くように。しかし反発するように、さやかの体にある力が足と地面に伝えられていく。その瞬発は疾風の如く、さながら風を切ると言う表現が正しいほどに、人間では確実に出せない速度を見せていた。

 青い線を描くように流れていくさやかは、鉄格子に打つかる直前で、叩きつけるように地面へと足に力を加える。そして、さやかは空中を飛んだ。

 

「ほ、ほわああぁぁ……っ!?」

 

 さやかの足裏には、まるで強力なトランポリンが小さく仕込んでいるかのように、大きな跳躍をしてみせた。

 力が上向きに伝わりすぎて距離は出ていなかったが、高く高く舞い上がっていたさやかは、見滝原の街並みを一望できるのではないかと思える光景に、顔を崩しながら笑っていた。

 

「ほわっと!!」

 

 高く飛んだ分だけ、着地の際に体にかかる衝撃は凄まじいものかと思い身構えていたが、さやかは勢いで出した声の割には軽やかな着地を見せていた。

 

「うーん……本当に不思議だ……」

 

 通常ならさやかほどの質量を持った物が落ちてくれば、その地点にあるビルの屋上はひび割れを起こして、足の筋肉が破裂した音が響くはずだろう。しかし、地面や足にも傷一つ付いていない事に、さやかは不思議そうな様子を隠さずに、着地した地面を撫でるように触っていた。

 

「さ、早く行きましょう。私の後に続きなさい」

 

「は、はい!」

 

 不思議そうに見ているさやかに急ぐように声をかけたマミは、ビルからビルへと移るように飛んでいった。

 さやかもその後を追うように飛んでいくのだが、人以上の力の出し方にまだ慣れていないのか、若干振り回されながらもマミの後を追っていく。だが、それは数秒のことであった。

 

「さやかさん、このままじゃ置いていっちゃうわよ」

 

「わ、わわっ……ちょっと……待って……くださいっ! ……よっと! ほいっと! ほっほー!」

 

「(凄いわ、もう慣れてる。習うよりも慣れろ……ふふっ、佐倉さんと同じね)」

 

 元々運動神経の良かったさやかは、実際にその力を使い動いているからか、徐々にその力に振り回されることもなく走り始めている。マミから遠く離れていた後ろで、バタバタとしていた先程の様子は無くなり、足や体に力の流れを意識し始めて移動することを覚えていた。

 

「へっへー! 追いつきましたよマミさん!」

 

 そして、いつの間にかマミの隣に並べるほどの速度を、安定して出せるようになっており、大きく笑顔を見せながら飛び回っていた。

 

「(魔法少女になったばかりにしては速度が出ている。これなら何とか間に合いそうかもしれないわね)」

 

 マミから見て、さやかの魔法少女としての才能は多くはない。寧ろ、平均よりも少ないかもしれないと見ていた。

 だが、足の速さに関してみれば他の魔法少女よりも高く見えており、飲み込みも遅くはない。突貫工事になってしまうかもしれないが、技術などは体に叩き込めば覚えるだろうと考えて、さやかに一つの提案を出した。

 

「さやかさん、これから戦う魔女を一人で倒してもらうわ」

 

「え、えぇ!? マジっすか!?」

 

 新人が一人でいきなり魔女と戦うのはあまり好ましくないのだが、さやかなら出来るだろうと思ったマミは頷き答えていた。

 

「危なくなったら私も助ける。それに、さやかさんなら出来ると思うの。どうかしら?」

 

「よ、よーっし、まっかせてくださいよ! マミさんの期待に応えますから!」

 

「良い返事ね。それじゃあ、少しスピード上げていくわよ」

 

 マミはそう言い残し、先程よりも速いスピードでビルを飛んでいったが、さやかも負けじと足に魔力を込め始め、置いていかれないようにしていた。

 そして、さやかはマミと話していて、とある事を思い出した。

 

「(そうだ……あたし、マミさんの隣で走ってたんだ……)」

 

 魔法少女ではなかった時のさやかは、いつもマミにおんぶに抱っこの状態で、何も出来ない自分が不甲斐ないと思っていた。

 魔女退治に連れて行って貰ったときも、お菓子の魔女と戦い首をもがれた瞬間を見たときも、さやかは叫ぶことしか出来ずに、助けることは出来なかった。

 その時の自分に。何も出来なかった自分に対して、怒りを抱いたこともあった。

 しかし、今はマミの隣で。マミが立っている目線を共有出来ている。そしてマミの助けになれる事が出来る。

 魔法少女にならないほうがマミにとっては良かっただろうが、それでもさやかはマミを助けることが嬉しくて、ほんのりと頬を染めていた。

 

 遠くから憧れの目線を送るだけで、いつも護って貰っているだけで何も出来なかったマミを、今度は護ることが出来る。魔女に傷ついているマミを見ていても、叫ぶことしか出来なかった自分はもういない。今度は、マミを護ることが出来る力を持っているんだ。

 そう思ったさやかは、先程の浮かれ気分を切り替え、速度の上がるマミの後ろをしっかりとついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか夕方から夜に変わり、赤い陽の光が当たらなくなった見滝原は、街灯の温かみのない光で満たしていた。

 蛍光灯や電球の光が並んでいるお店から目が痛くなるほどに光っている。夕焼けを過ぎてまだ少ししか経っていない街には、人の数はまだ多く残っており、足音が絶え間なく鳴り響いていた。

 

 そこで一人歩いていたまどかは、放課後に寄り道していたお店から帰る途中であり、すっかり暗くなった夜道を帰っている途中であった。

 すると、帰り道の途中、目線の先に見慣れている人影が写っていることに気づいて、思わず立ち止まってしまう。

 

「あ! 仁美ちゃん……?」

 

 遠目から見てもふらふらとしている足取りだった。

 まどかが知っている仁美の佇まいは、まさにお嬢様と言っていいほどに模範的。もしくは優雅な雰囲気を少しばかり漂わせているのだが、まどかが見ていた仁美はどれにも該当しない雰囲気であった。

 

 そして、まどかが知っている仁美のスケジュールでは、今はまだ稽古の最中だったはずだと思い出し、まどかは何かあったのかもしれないと考え声をかけようとしていた。

 

「仁美ちゃーん。今日はお稽古事……あ」

 

 ふらふらとしている仁美に向かって小走りで近づいたまどかは、とある事に気がついていた。

 仁美の首元に、見覚えのないタトゥーのような模様が張り付いている。そんな物を仁美が入れるはずが無ければ、学校で出会ったときも付けてはいなかった事を思い出していた。

 

 怪訝に思いながらも、まどかは仁美に声をかける。

 

「仁美ちゃん。ねぇ、仁美ちゃんってば」

 

「あら、鹿目さん。御機嫌よう」

 

 そう言いながらまどかの方に振り向いた仁美の目は、いつものように確りとした意識を持っているものではなく、うつろに輝いていた。

 普段から知っている仁美ではない。目の前にいる仁美の様子から確信を持ったまどかは、何度も声をかけ始める。

 

「ねぇ、どうしちゃったの? どこ行こうとしてたの?」

 

「どこって、それは……ここよりもずっと良い場所、ですわ……ああ、そうだ。鹿目さんもぜひご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」

 

「(どうしよう……これってまさか……)」

 

 何を言っているのか分からず一人で自己完結した仁美は、まどかの腕を掴みずっと良い場所という所に、まどかの有無問わず強引に連れて行こうとする。まるで何かに操られているように動いている様子を見たまどかは、一体何が起きているのかを把握してしまっていた。

 仁美の首に付いているタトゥー。それは、魔女の口づけと言われるものであった。

 心に隙間を作っている人間に刻み込み、魔女自身の生贄とする証。まるで、この人間は自分の食べ物だと主張して名前を書いているように、魔女の刻印を押し付けていた。

 

「(そうだ、マミさんに電話しないと!)」

 

 仁美に連れ去られながらも、鞄の中に入れていた携帯を探すようにゴソゴソと手を入れていると、徐々に人気のない道に入っていく。しかし、まどかの周りにはいつの間にか、仁美と同じタトゥーが付いている人間が集まるように歩いていた。

 恐怖で震える手と、仁美に片腕を無理やり引っ張られている事もあって、携帯を上手く見つけられないでいると、いつの間にかどこかの工場の中に入っていることに気づいた。

 

 工場の中心にはどこにでもある青色のバケツと、その周りには多くに人間が立っていた。

 中に入っていた人間も仁美と同じように、どこかうつろで生気がない。まどかは注意深く首元を見てみると、同じような刻印が押し付けられていた。

 ここにいる人間全てが魔女の生贄として集まっている人たちだと思うと、まどかはゾッとしてしまい冷や汗が背中を伝った。

 

 まどかはなるべく刺激を与えないように、震える手を抑えながら静かに携帯を探していたのだが、その途中で一人の男性がバケツに向かい歩き始める。

 

「そうだよ……俺は、駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった……今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな……」

 

 入り口の大きなシャッターがいきなり閉じる。そして、この工場の主人であろうと思われる、作業着のつなぎを着ていた男性がぶつぶつと呟きながらも、バケツに向けて二種類の液体を混ぜようとしていた。

 それを見ていたまどかは、男性が入れようとしている液体のボトルを見て、家で掃除をしていたときに言われた母のことを思い出していた。

 

『いいかいまどか? この手の物には、扱いを間違えるととんでもないことになる物もある。あたしら家族全員あの世行きだ。絶対に間違えんなよ?』

 

 男性が混ぜようとしているのは家庭用洗剤だった。

 混ぜるな危険と書かれているその2つの洗剤を、バケツに向けて混ぜようとしていた。

 2つの洗剤を混ぜ合わせてしまえば、シャッターを締め切り空気の逃げ場が少ない工場に、人体に有害なガス____塩素ガスが充満して、ここにいる人間は最悪の場合死んでしまう。つまり、魔女はここにいる人間に集団自殺を行わせようとしていたのだった。

 

「ダメ……それはダメっ!! ……あぅ!」

 

 仁美の言っている良い場所というのはあの世のことを指している。それが分かり、まどかはバケツに向かい走り出そうとしたのだが、途中で仁美に止められてしまい、息を吐くように声を漏らした。

 

「邪魔をしてはいけません。あれは神聖な儀式ですのよ」

 

「だってあれ危ないんだよ!? ここにいる人達みんな死んじゃうよ!」

 

 強引に止めてくる仁美を説得しようとするのまどかだったが、仁美はなんてことのないように、この行為が素晴らしいものだというように語っていた。

 

「それがどんなに素敵なことか分かりませんか? 生きている体なんて邪魔なだけですわ。鹿目さん、貴女もすぐに分かりますから」

 

「っ! 放して! 放してよぉ!」

 

 まどかは仁美を振り切りバケツを外に投げ捨てようとするが、バケツの周りにいた人間がまどかを囲み身動きを取れないようにしていた。

 

「や、やだっ……こんな……嫌だっ、助けてっ……誰かあぁぁぁ!!!」

 

 このままではバケツに洗剤が投入されて、自分を含めた全員が死んでしまう。そう思い強引に振り払おうと暴れていたのだが、まどかよりも一回り大きい体格をしている人間の圧に為す術もなく、叫ぶだけしか出来ずにいた。

 

 このままでは洗剤が混ざり合ってしまう。身動きが取れずにどうしようも無いでいたその時、ガシャンと工場の窓ガラスが割れる音と共に、黄色いリボンがバケツに巻き付いた。

 

「おまたせまどかさん!」

 

「マ、マミさん!」

 

 颯爽と登場したマミの黄色いリボンが、窓ガラスを突き破る音だった。

 バケツに巻き付いていたリボンが、そのまま外に向けて伸びて放り投げるのを見ていたまどかは、取り敢えず目の前の危険が去った事にほっと息をついていた。

 しかし、神聖な器を投げ捨てられたと思っている、口づけを受けていた人間は、目に見えて怒りを顕にしマミへと襲いかかろうとしていた。

 

「少し落ち着いてもらうわね」

 

 とっさに襲いかかってきた人たちに向けて、バケツにリボンを巻き付けたように動きを封じ込めようと体を縛り付けていた。

 それでも無理やり動かし攻撃を加えようとしてくるのを見ていたマミは、縛られた状態で力を入れた際に、関節が外れる等の怪我をされてしまうのを恐れ、催眠効果のある魔法をかけて強制的に意識を沈めていた。

 

「マ、マミさん! 助かりまし____え?」

 

 口づけを受けた人間に対しての被害は無い。二種類の洗剤も混ぜ合うことも無くなった。

 そう思い、まどかはマミのもとに向かい走り出すと、工場の奥にあった扉から、少女の人影が姿を現すのを見てしまい、小さく声を上げた。

 何故ならその人影には、まどかには見覚えがあった。

 

 魔法少女という存在を知っていなければ、この場に不釣り合いすぎるほどの大きなマントを背中に付けているが、髪型や歩き方。身長などがまどかにとって見覚えがありすぎていた。

 何で。まどかはそう思っていた。

 

 影がかかっている工場の奥から、ブーツを鳴らし歩いて近づいてくる。そして、月の光が当たる境目に差し掛かろうとすると、まどかの思い浮かべていた人物に一致する声が、静かになっていた工場内に反響する。

 

「魔女、倒してきましたよ! 初めてにしちゃあ、上手くやったほうじゃないですか? ね、マミさん!」

 

「ええ、よくやったわね」

 

「さ、さやかちゃん……何で、どうして……」

 

 魔法少女の衣装を身に纏っているさやが、まどかの前に現れた瞬間だった。

 

 まどかは困惑を隠せず、さやかの元に駆け寄っていく。体を触り。衣装を触り。小さい頃に怪我をした痕の位置を確認する。そして、何処をどう見ても、目の前にいるさやかは偽物ではなく、本物のさやかであることがまどかを確信させていた。

 

「どうして……どうして魔法少女に……っ」

 

「あー……ごめん、まどか。あたしは、恭介の体を治したかったんだ。あたしの行き着く先が、魔女になったとしても」

 

 まどかは魔法少女の契約を果たしてしまったさやかを見て、全く気持ちの整理がついていないはずなのに、溢れ出てくる涙を流しながら弱々しくさやかの胸を叩いていた。

 それでもさやかは、どうしても願いを叶えたかったと言い、取り繕うこと無くまどかに向けて口を開いていた。

 

 それでもまどかは涙ながらにさやかに向けて声を張り上げた。

 魔法少女の先が魔女になってしまう事も十分に重要だが、それ以上に、見滝原にいる魔法少女には脅威になる人物が側にいる事を、まどかは心配していた。

 

「だって! だってマミさんは! ……マミさんは、魔法少女を……」

 

「まどかさん、あなた……その事を知ってたのね」

 

 マミの口からは聞かされていなかった秘密。キュゥべえに初めて勧誘をされた後。その時は鮮明に話すことはせず、濁すように伝えていただけだったのだが、まどかはマミが魔法少女を殺していることを知っているという風に喋っていた。

 

「うん、大丈夫だよまどか。あたしはしばらく殺されないから。それに、マミさんが師匠になってくれたほうが、長生き出来ると思うんだ。あたし一人だったら、すぐに死んじゃってると思うからさ」

 

「そんな事……そんな事言わないでよ! どうしてなのさやかちゃん!? もっとっ……もっと……大切にしてよ……自分のことを……」

 

「まどか……」

 

 さやかの胸に抱きつき離れないまどかを慰めるように、さやかはまどかを覆いかぶさるように抱きしめてあげていた。

 その温もりがまどかにとって辛いのか、泣き止むことはせず、さやかの胸で泣き続けていた。

 

 すると、何処からともなく、工場の室内にカツカツと、誰かの歩いてくる足音が聞こえてくる。さやかはまどかを抱きしめながら、ゆっくりとその方向に顔を向けると、月夜に反射する長い黒髪の少女が、苦虫を噛み潰したような表情でそこに立っていた。

 

「少し遅かったんじゃないかしら? 暁美ほむらさん」

 

「巴マミ……これは、どういう事かしら?」

 

 ほむらに対して後ろを見せていたマミは、誰だか分かっていたかのようにその姿を確認することもなく話しかけ、振り向いていた。

 

 怒りなのか、それとも悲しみなのか。明らかに声を震わせているほむらは、目線をマミに合わせて声をかける。

 

「説明して頂戴。何故美樹さんを魔法少女にさせたの……あなたなら手足を折ってでも、止めるべきなんじゃないかしら?」

 

 あれだけ魔法少女にならない方が良いと説いていたマミが、さやかを魔法少女になることを見過ごしたことに、ほむらは責め立てるように話していた。

 しかし、渦中の本人であるさやかは待ったをかけるように、ほむらの間に入ろうと声を出した。

 

「ほむら! ……ごめん、本当に。魔法少女の真実を知っても、あたしは願いを叶えたかった。これから人として生きれなくなっても、普通の人とは違う運命を歩むことになっても、叶えたかったんだ。マミさんは止めてくれたけど、それに答えなかったあたしが悪いの。だからマミさんを、責めないであげて欲しいんだ」

 

「それでも私は、あなたになって欲しくなかった! ここまで上手く行っていた。今のあなたとは、友好的でいられた! なのに、何で……っ! あなたはいつもいつも……あなたにとっての真実は、魔女に何かじゃ……っ!」

 

 ほむらの頭が下がり、表情が一瞬だけ見えなくなった。

 絞り出すような声。さやかのことを本当に心配しているから出ていた声であった。

 そして、下がっていたほむらの頭が上がり表情を顕にすると、その視線は鋭くマミを貫き、言い放った。

 

「巴マミ! 美樹さんに何かしてみなさい。私は、あなたを許さないわ……」

 

「ほむらちゃん……」

 

「まどか。貴女だけは……こんな愚かな選択を取らないで頂戴。魔法少女に希望なんて無いのだから」

 

 まどかにそう言い残したほむらは、釘を刺すようにマミを睨みつけてその場から離れていった。

 さやかからしてみれば、まさかあそこまで心配してくれていたほむらに、申し訳無さそうな表情をしていた。

 

 魔法少女にならないほうが幸せだろう。しかし、いまのさやかには魔法少女になることでしか得られないものがあってしまった。

 自分の気持ちと、あそこまで怒ってくれる友人にの気持ちに板挟みになってしまい、さやかは胸に抱いているまどかの背中を撫でながら気持ちを落ち着けていると、マミがさやかの頭を撫でて慰めようとしていた。

 

「さやかさんはもう引き返せない選択を取ってしまった。後悔しても仕方がないの。だから、これからのことを考えて、ほむらさんと仲直りしましょう」

 

「そう、ですよね……いつもまどかを見てばっかりだったから、あんまり気にしないかと思ったんだけど、そっか……ごめんね、ほむら」

 

「さやかちゃん……」

 

「うん、まどかもごめん……だけど、これからもいっぱい心配かけると思う。あたしの命はもう、重くないから……」

 

「う、ううぅ……さやかちゃん……お願い……お願いだから、死なないで……一緒に生きてよ……」

 

 一生を天秤に掛けてすり減ってしまった命。実際に一人で魔女と戦ったことを思い出し、魔法少女の命がどれだけ軽いのかが身に染みて理解してしまった。

 さやかは涙を止めないまどかを慰めるように、抱きしめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

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