さやかが願いを叶え、恭介の様子を見に行っていたその日。ほむらは急ぎ足で風見野市にいる杏子の教会へと向かっていた。
バスに揺られて数十分。ほむらは見滝原出身の魔法少女とは言え、過去を繰り返してきた都合上、風見野も見滝原と同じ様に見慣れた街並みだった。
「なんて言えば良いのかしら」
ほむらは明らかに不安そうな表情と声色を隠さず、焼き焦げた教会の道に続く石畳を歩きながら一人呟いていた。
ほむらにとって杏子は、今まで出会ってきた魔法少女の中では一番共闘のしやすい人物であった。
精神は常に安定していて、行動目的も分かりやすい。利害の一致になる状況を整えてしまえば、根が真面目な性格も相まって、報酬分の協力は惜しみなかった。
ある程度の頼みは聞いて、それでも突発的な行動もするときはあるが、引き際をちゃんと理解している。ドライな関係も作りやすければ、話が合えば手を差し伸べてくれる。余計な踏み込みをせずに距離感を保ってくれることが、ほむらにはやりやすいと感じていた。
そして、今回の杏子は特に頼れる魔法少女だ。
実際に会って話した時の立ち振舞や雰囲気は、過去一番の杏子だった。
どういった道のりでここまで研ぎ澄まされることになったのか、杏子の話を聞いて、それを納得させる内容であった。
だからこそ、今回の杏子は信用を落としてはいけない。ドライな関係も良いが、今の杏子はなるべく協力関係を貫き通したい。せめてワルプルギスを討伐するまでは、あまり波を立たせたくはないと思っていた。
そう思っていたからこそ、今の状況で無事を確認するに加えて、情報を共有し合う定例会には足を運びたくはなかった。
必ず波が立つ。見滝原市で新しく魔法少女が生まれたなどと言えば、確実に杏子は何かをするだろうと思いながら歩き続けていると、いつの間にか遠目でも焼け焦げた建物が見え始めてくる。
「あまり、気乗りしないわね」
「何でだ?」
「それは貴女に……っ!」
ほむらは誰もいない道で独り言を呟いていたと思っていたら、いつの間にか背後に忍び寄って来ている杏子のことに気付かず、思わず驚き肩を跳ね上げた。
そんなほむらを気にしていないように、杏子は袋いっぱいのりんごを片手で持ちながら、死なずに会えたことを喜んでいるように、片手を上げていた。
「よう、死んでなさそうで良かったよ」
「あ、あまり驚かせないで貰えるかしら。心臓に悪いのだけど」
「そんな事で死ぬようなあたしたちじゃないだろ。それよりも……あたしに会いたくなさそうだったけど、一体何があったんだい?」
先程までほむらの安否を確認出来たことを喜ぶように、柔らかい雰囲気を出していた。だが、まるで電源が入ったかのように、ほむらに向けられる目つきは鋭く、雰囲気もあまり良くはなかった。
ほむらは冷や汗を流す。率直に不味いと思いながらも、取り敢えず教会に置いてある椅子と机まで行こうと提案し、杏子と共に歩いていた。
「話は後からゆっくり聞くとして、だ。さっきも言ったけど、無事に生きているようで安心したよ。あんたに死なれたらあたしも困るからな」
「私はまどかを護るまでは死なない。それよりも、今日は何処に行ってたのかしら? 随分と買い込んでいるようだけど」
「ん? あぁ、一応仕事をしてるからね。そのお金で買った帰りさ」
リンゴが上から積み重なって分からなかったが、ほむらはよく見てみると、他にも食材や日用品などが顔を覗かせており、これら全ては仕事をして買ったものだと話していた。
ほむらが知っている杏子は、魔法を使いATMを荒らして、そこから手に入れたお金を使い生きていた覚えがあったのだが、まさか中学生の杏子が仕事をしているとは思わず、ほむらは意外そうに杏子を見ていた。
「あん? 中学生って言ってもあたしは魔法少女だよ。力は大人よりも数百倍あるからね。それをちょっと見せたら、是非力を貸して欲しいって言う奴は沢山いるのさ」
「そうね……もしかして、ヤクザを相手にしているのかしら」
魔法少女の力を使って仕事をしている。そして、その力を見込んで貸してほしいと言ってくるような大人と言えば、ほむらは武器調達のお得意さんだった反社会勢力の暴力団などを思い出し、その事を口に出していた。
それを聞いた杏子は思わず吹き出しながらも、ほむらが使っている武器を見ていたので、納得したような様子を見せながら否定していた。
「ち、違う違う。簡単に言えば土木関係さ。中学生だから色々制約はあるけどね。まぁ、それも考えなかったこともないけど、ヤクザに手を出したらあたしはともかく、家族のモモが危ないって思ってね」
「そういう事……」
普段なら一家心中を果たし死んでいるはずの妹が、この時間軸では生きていることを忘れていた。
それでも自分のことだけを考えて悪用をせずに、他の人たちのように生きようとしていることが、普段の杏子を知っているほむらにとっては、あまりにも違和感がありすぎて仕方がなかった。
変なものを見るような表情をしていると、それを見た杏子は、そんな表情で見られるのは不快だと言うように目を細めていた。
「全く、ちゃんと働いてるっての。違うあたしは一体何してたのさ……」
「ATM強盗にホテルに不法侵入。後は何だったかしら」
「はぁ? そ、そんな事してたのかよ。信じられねー……」
「(私はあなたが働いて生きてることが信じられないのだけど)」
本人からしてみれば失礼な言われうようだったのだが、ほむらからすると眼の前の杏子が特殊な例であり、ATM強盗などをしている杏子の方が一番見知っていた。
当の本人はそんなことしないと言っているが、生きてきた環境が違うだけでこれだけの変わりようを見せるのは、珍しい瞬間に立ち寄っているのかもしれない。そう思っていると、教会に置いてある机まで辿り着き、ほむらは何時ものように盾の中から、ガスコンロとポットを取り出していた。
「いつ見ても便利だなそれ」
「と言っても、これが無いとまともに戦えないもの」
杏子は机の近くに置いてあった椅子に座り、ほむらの盾から出てくる物を不思議そうに眺めていた。
「そうかも知れないけどさ……それよりも、早く紅茶を淹れてくれよ。マミはあんなだったが、あいつが淹れた紅茶は美味いんだ。あれに飲み慣れたら、いつの間にかすっかり舌が肥えちまってさ。ほむらが淹れたのだったらまだ飲めるんだよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。だけど、まだ温め始めたばかりだから、少し待って頂戴」
カスコンロの上に水が入ったポットを置いて火を付け始めると、その熱がそよ風に乗り、ほんの少し暖かい空気が流れていた。
杏子は水が早く温まって欲しいと思うように、ガスコンロの火を眺めていたのだが、ほむらの言う通り温まるには少し時間がかかるだろう。それまで先程の中断した話を再開しようと、杏子はほむらに向けて机を人差し指で叩き、音を鳴らして注意を向けていた。
「それじゃあ、温まるまで少しだけ話すか。そのために来てるんだからな」
「えぇ……それよりも、一つ言っておきたいことがあるの」
「何だい?」
「お願いだから、落ち着いて聞いて頂戴ね____」
ポットに付いているホイッスルが音を鳴らし始めるまでの数分間、ほむらは見滝原で起きていた出来事を話していた。
マミが死亡する確率が多いお菓子の魔女と戦ったこと。
その時、本物のマミと見間違えるほどに、精巧に作られた偽物を作る魔法を使っていたこと。
それによりほむらにとっても杏子にとっても痛い出来事になる、時を止める魔法や、その条件。未来からやってきたことを知られてしまった事。これに関しては、ワルプルギスの交渉が上手くいくかもしれないと思い、好意的に受け止めていた。
しかし、これからが一番伝えたいことだったというように、ほむらは言いにくそうに固く閉じた口を、ゆっくりと開くような動作で、最近の出来事のことを話し始める。この時間軸のマミのことをよく知っている杏子には、にわかには信じられないかもしれないが、見滝原で新しく魔法少女が誕生してしまった事を。
「は? ……今、なんて言った?」
「見滝原に新しい魔法少女が誕生したの。私の友達で巴マミの後輩に当たる、美樹さやかという女の子が」
「……」
「杏子?」
「ごめん、少し考えさせてくれ」
そう言いながら杏子は椅子からゆっくりと立ち上がり、ほむらに見せるように態とらしく深呼吸をしていた。
ほむらはその姿を見て少しだけ安心していた。態とらしく深呼吸しているのは、自分をそれだけ落ち着かせようと、意識的に行動をしている証拠だと感じていた。
しかし、その時のほむらは安心して物事を軽く捉えすぎてしまった。
杏子のことを過信しすぎてしまったと言ってしまっても良い。魔法少女が増えたことも問題だが、杏子を刺激してしまったのはその後が問題だったと、後になってほむらは後悔してしまう。
「ほむら……その、美樹さやかって子の事、詳しく聞いても良いか?」
「勿論良いわよ。私に答えられることがあるなら答えるけど」
「あぁ……願いの、内容を教えてくれ」
「幼馴染の____その子にとって、大切な人の怪我を治すことよ」
杏子は何かを踏み込むように、願いの内容をほむらから聞き出した。そして、質問を受けたほむらは、さやかが叶えていた願いの内容を、隠すこともなくそのまま答えていた。
ほむらからしてみれば隠していても仕方がない。ただ、さやかが願いを叶えた時の気持ちを代弁するように、幼馴染の体を治すということではなく、大切な人だと伝えた。
「癒やしの願い、か……そっか、そっか……あぁ……そっかぁ……」
大切な人の願いを叶えたことが悪かった訳ではない。杏子にとってその時重要だったのは、その人物が願いを叶えた内容だ。
そして、その願いを叶えた状況が、魔法少女を殺し続けているマミがいる見滝原で、マミの監修の下、癒やしの願いを叶えてしまっているその状況が、杏子の触れてはいけないものを刺激した。
その時杏子の頭の中には、自らの手で殺した人物の面影が浮かんでいた。
奇しくも同じ内容を叶えた、癒やしの願いで生まれた緑の魔法少女の姿がはっきりと、その美樹さやかの少女に重なり合う。
その瞬間、杏子の魔力が爆ぜるように、嵐が生まれるように吹き溢れた。
「……っ!!」
さやかの願いを聞いた杏子から膨大な魔力溢れ出し、赤く染め上げられた魔力が、あたりを包む感覚がほむらを襲う。同時に身を押しつぶすような圧と、身もけもよだつ寒気。強烈な殺気が肌を無理やり突き刺していた。
決してほむらに向けられている訳ではない。ぶつけようもない感情を、周囲に撒き散らすようにしているだけだった。
だが、直接向けられていないにも関わらず、ほむらはその場から動けない状態に陥っていた。
止めなければならない。そう思っていても体が言うことを聞いてくれなかった。
まるで体にピンを刺されている昆虫のように、その場に貼り付けにされているように動けずにいた。
「(これが、杏子の本当の力……っ)」
これがこの時間軸にいる杏子の本気なのだと、ほむらは動けないでいる状態だとしても冷静に観察していた。
同じ魔法少女だとは思えないほどに膨大な魔力の嵐。今までに感じたことがない怒りと殺意が含まれた濃度の魔力は、感知が苦手なほむらでさえ、感知をしようと試みることなく目の前に色濃く存在して形作っていた。
明らかにマミよりも上だ。
吹き荒れる魔力を見ていたほむらは、今まで見てきたマミよりも圧倒的な力を持っていると感じていた。
「巴マミ……あの野郎っ……どんだけフザケてやがんだ……っ!!!」
ぎりぎりと歯を鳴らしていた杏子の口が開く。今にでも飛び出し行こうとするかのように、目は血走り表情は酷く歪んでいた。
いきなりの事で圧倒されていたほむらだったが、長い時間の狭間を渡り続けて来た強靭な意識で体を覚醒させ、魔力の嵐の中に直接入り込み、杏子の腕を掴んで声をかけ始めた。
「落ち着きなさい佐倉杏子! 私が初めに言った言葉を覚えているかしら!?」
「くそっ……!!」
ほむらが無理やり止めに入ったことが功を奏したのか、杏子の流れ出る魔力が静まり返る。一時的な感情の波に飲まれながらも、その場で踏み留まり乱暴ながら椅子に座り始めた。
若干肌をピリつかせている雰囲気は残っていたが、腕を組みながら目を伏せながらも、おとなしく座るようにしている杏子を見て、ほむらは一先ずホッと一息をついていた。
あのまま止めに入らなければ、もしかしたら見滝原市に乗り込むのではないかと思っていたのだが、そこまでの横行を考えるほど取り乱してはいないようだった。
杏子の魔力の余波は凄まじく、先程まで鳥のさえずりが聞こえていた教会の周辺は、その鳥たちが飛び去ってしまったのかしんと静まり返り、塵や埃などが綺麗サッパリ吹き飛ばされていた。
至近距離で受けていた机さえも吹き飛んでしまい、ガスコンロと温めようとしていたポットも地面に転がっている。幸い、ティーセットはまだ出していなかったので、食器の破片があたりに飛び散るような事はなかったが、落ちているポットは凹み、ガスコンロの調子もおかしくなっていた。
「(まぁ……仕方ないわね)」
ガスコンロやポットの予備は盾に入っているにしても、壊れてしまった事に少しため息を吐きながら、倒れている机をもとに戻している。すると、それを見ていた杏子から声が聞こえてきた。
「ごめん、折角持ってきてくれたのに、あたしのせいで壊しちゃってさ……」
「良いのよ、杏子を落ち着かせれたのなら安い代償ね」
故意ではないが、折角紅茶を淹れようとしてくれたほむらのポットなどを壊してしまったことに、杏子は頭をかきながら謝っていた。
ほむらは気を取り直すように、予備で持っているポットとガスコンロを盾の中から取り出して、机の上で先程と同じ様に温め直そうとしていた。
「なぁ、ほむら」
「どうしたの?」
「もう大丈夫だからさ、美樹さやかのこと、教えてくれよ」
「……」
杏子は大丈夫と言っているもの、先程の現状を見ていたほむらの目線は、酷く怪しい人物を見るように警戒心を含んでいた。
自分自身でも凄く悪いことをしたと思っているのか、杏子はその目線がいたたまれないように目を逸らしてしまうと、ほむらは大きくため息を吐きながら答えた。
「駄目ね」
「あ、いや、大丈夫だって」
「目を逸らしたもの」
「し、仕方ねぇだろぉ! あたしはマミの弟子をしばらく続けてて、はっきり言ってマミのこと一番詳しいあたしがそんな事を聞いて落ち着いてられるか! マミが魔法少女に生まれ変わろうとする人間を、しかも選りにも選ってさ、身内を止めなかったなんて信じられねぇだろ!?」
「だから念を入れて落ち付いて聞きなさいって言ったのだけど」
「うぐっ……」
杏子は痛い所を突かれたように、返せる言葉が無くなったのか机に顔を突っ伏して黙り込んでいた。
その間にポットの水が温まったのかホイッスルが鳴り響く。その音を聞いたほむらは、盾の中からティーセットやお茶菓子を取り出し、手際よく紅茶を淹れる準備をしていた。
すると、机に突っ伏していた杏子は頭を少しずらし、紅茶を淹れているほむらの姿を眺めて、徐々に口を開いて喋り始めた。
「やっぱり、いつ見ても不思議だよ……あんたが淹れている姿が、マミと重なるんだ。あんたが過去を繰り返してきた、それを裏付けるようにさ」
「……」
「そう言えば、他の時間軸のマミの話とかも聞いてなかったよな。さっきの事は謝るから、さやかの話とマミの話、聞かせてくれないか?」
顔を上げて、ほむらの目を真っ直ぐに見つめいている。先程のように目を逸らす気配がなかった。
確かに先程の杏子が言ったように、マミが願いを叶える少女を止めに入らなかったのは、衝撃的な話だっただろう。この時間軸のマミのことを、話でしか詳しく知らないほむらでさえ、その受け入れがたい事実に驚愕した。
マミの側で魔法少女として生きてきた杏子なら、あんな風に取り乱しかねない。寧ろ、あれだけ取り乱した後に、こうして落ち着いて話ができる状態まで、数分のうちに精神をフラットに戻している分、強靭な精神力を持っているだろうとほむらは考えを改め、口を開いた。
「杏子が聞いたら笑っちゃうぐらい他の時間軸の巴マミは、今よりもごく普通の人間だったわ____」
それから話を聞かせている間の杏子の顔は、様々な表情に変化をさせていた。
信じられないように、しかし今のマミにも面影があると納得をしていたり、ほむらの淹れてくれた紅茶を貰いながら、静かに最後まで聞いていた。
さやかの話をしているときは、マミの話を聞いていた時のようにコロコロと表情を変えることはなかった。
それは、マミとは違ってさやかのことを詳しく知らないからだろう。ただ、さやかの話を聞いていた時の表情は、いつもより暗い影がかかっているように見えていた。
ほむらはその雰囲気を察したのは、気の所為ではないだろうと思っていた。
杏子の話から聞いていた、最初に自分自身の手で殺した緑の魔法少女。彼女はさやかと同じく、癒やしの魔法で願いを叶えた魔法少女だった。
この時間軸のさやかはマミの雰囲気にあてられたのか、他の時間軸よりも落ち着いている印象があり、血の気の多い行動も少なかった。
ほむらとの出会いはいつも通りではあったが、キュゥべえを殺していたことや、魔法少女というものがどんなものなのか。ほむらが行動していたのには訳があったことを、さやかが理解してくれていた事が多いのもあるだろう。
だが、他の時間軸のさやかは違う。今のように友好的な関係は築けておらず、話を聞かない事が多い。それは、緑の魔法少女が杏子と出会った時のように、話を聞く耳を持ってくれない性格と一緒であった。
だからこそ、今の時間軸のさやかのことはともかく、ほむらが今まで出会ってきたさやかの事を話すと、暗い雰囲気を纏わせてしまったのだろう。
「聞けば聞くほど実感湧かないね。あのマミが魔法少女体験コースとか言って、素質のある奴を連れ回したり、浮かれていると思ったら魔女にあっさりやられてたり……かと思えば、魔法少女の真実を知ったら、魔女化せずに魔法少女を殺した、か」
「あの人は極端な性格なのよ。振り切ったら振り切れる。今の巴マミのようにね」
「でも、正義の魔法少女という気持ちは変わってないか……ったく、面倒くさい性格してやがんな」
「そうね、何度も手を焼いていたわ。と言っても、あの人のおかげで私も強くなれた。逆に言えばそれだけの実力を持っている。だから、あの人と手を結ぶのは、ワルプルギスの討伐には必要な人材なの。扱いを間違えれば、私も危ないけど」
話を聞けば聞くほど、杏子が知っているマミとは似て非なるものだと思い、顎に手をやり首を傾げている。
とは言え、それが本当のマミの姿とほむらは言っているのだが、真実を知るタイミングが違うだけで、こうも人が変わるようになってしまう。それが不思議でたまらずにいる様子であったが、過去を語っているほむらも同じ意見だった。
「さやかは何と言うか、普通だな。ただ、ほむらが知っているさやかよりも、随分と落ち着いてるっていうか……達観してる、か?」
「魔法少女の真実を知って、過酷さを知って、巴マミに殺される事を理解していても、彼女は魔法少女になることを選んだ。そして、今もなお巴マミに憧れを抱いている……そうね、少し……いえ、マミの異常さに当てられているわ」
「あぁ……正直、あたしはマミに憧れていた側だから、さやかの気持ちも分かる。あいつはどんな事があっても、真正面から受け止めようとしてくれるんだ。安心感っていうか、本当に信頼出来るんだよ。まるで洗脳みたいに。それが無自覚でやってたりするからたちが悪い」
「まどかと美樹さんは、巴マミから護られる対象だった。だから、あの人の慈愛とでも言うのかしら、それを一身に浴びているみたい。それがあって、巴マミを崇拝しているようにも感じられたわ」
お菓子の魔女と戦う前に見た、マミに抱かれる二人の顔を思い返していた。
その後も、マミが死んだと思われた瞬間。二人の取り乱しようは、過去を見ないほどに精神をやられていた。
特にさやかは、恭介に使うはずの願いをマミに対して使おうとしていた。その中にはほむらも含まれていた事を思い出し、少しだけ嬉しく思っていたが、ほむらが体験してきた事の中では異常事態だ。
あの二人の精神には、マミの存在を強く刷り込まされている。そう思う出来事が、ほむらの記憶にはいくつもあった。
すると、悩ませるように首を傾げていた杏子が、ゆっくりと紅茶を飲み干していった。
そして、意を決したように喋り始める。
「あたしはさ、今でも思い出すことがあるんだ」
「……あなたが殺したって言う、魔法少女のことかしら?」
「あぁ。あのとき殺した奴は、何度も思い出す。と言っても、何度も話に応じようもせず、あたしを無理やり襲いに来る奴は今でも殺してるさ。正直、マミの想定通り、あれ以来躊躇が無くなった感じはある。だけど、あいつだけは。あの時に殺した魔法少女だけは、多分違うんだ」
「……」
「何処まで言ってもエゴなのは分かってる。結局、あたしは魔法少女を殺している事には変わりはない。ただ、あいつは人を助けようと願いを叶えた魔法少女だった。だから、殺すことは無かったんだ……マミが言う通り自己満足さ。自分が正義と思うことをやってるに過ぎない。だから、これからすることも自己満足」
「何をする気なの?」
杏子は立ち上がり、柔軟体操をするように体を伸ばし始めた。
ほむらはそれに嫌な予感を覚え、杏子に聞く。そして、その嫌な予感は的中した。
「見滝原に行く」
「……本気?」
「さやかはマミに影響されすぎている。手遅れかもしれないけど、魔法少女のマミに侵食されてる訳じゃない。だから、今度こそあたしが、あたしの手で助けたい。血まみれの手でも、あたしはさやかを護りたいんだ」
「あなたは美樹さんに、過去に殺した魔法少女を重ねてるに過ぎないのよ」
「だから言っただろ、自己満足だって。だけど、ここで行かなかったらあたしは絶対に後悔する」
「今から衝突するのは遠慮したいわ。ワルプルギスの夜には、巴マミと貴女の力が必要不可欠なの。どちらも欠けてはいけない、だから____」
「大丈夫、死ぬつもりはないよ。あたしは生きなくちゃならないんだ。あたしが唯一救った、大切な家族____モモのためにも……ただ、あたしが暴れそうになった時は、ほむらが止めてくれ」
杏子はほむらに振り向き、大きく歯を見せながら笑っていた。
「随分と信用されているのね」
魔法少女としての経験はほむらのほうが圧倒的に多い。しかし、魔法少女の質を見れば、杏子の方が頭一つ抜きん出ている。それは先程の魔力を感じているというのもあれば、杏子に会いに行ったとき、いつの間にか背後を取られ、一歩間違えれば命を絶たれていた状況に陥っていたこともあるからだ。
そんな杏子から、自分を止めてくれと言われるほど信用を得られていたことに、ほむらは過大評価されすぎているのではと思っていたが、杏子の様子を見るに、本当にそう言っているようだった。
「信頼出来る魔法少女と、出来ない魔法少女ぐらい見分けられるさ。ほむらは特に信頼出来る方だよ。口だけじゃなくて、力もある。解決しようと行動する。そして、自分の信念を、強い意思を持っている。あたしの好きな性格さ」
「あまり口説かれても困るのだけど……」
真正面から好きと言われてしまい、ほむらも流石に恥ずかしいと思ったのか、少し目を背けてしまう。
「照れるなって、あたしが言いたくて言ったことだよ。それに、ほむらには色々迷惑かけそうだからね。それぐらい言わせて欲しいんだ」
「止めると言っても、私が止められる方法は限られているわよ」
「あたしの手足を奪えばいい」
「……」
「もし危なくなったら、時を止めてあたしの手足を撃ち抜く。それだけだよ」
簡単に言う。そう思いながら、ほむらは大きく息を吐いた。
「あたしも伊達にマミの弟子やってなかったからね、自分の体を治す程度の魔法は覚えてるんだよ。だから、思いっきりやってくれて構わない」
「まぁ、そうね。それが一番手っ取り早い方法でしょうね」
「あたしとマミは正真正銘化け物さ。腕の一つ二つ取れたって問題ない。遠慮はしなくていいよ____それじゃ、行こうか」
そう言いながら、杏子はほむらが通ってきた石畳。見滝原へのバス停まで歩こうとしていた。
ほむらも机の上にあったティーセットなどを片付け終わると、杏子の後ろへと付いて行き、杏子と共にマミのいる見滝原へと向かったのであった。