強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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34話 覚醒

 

 真っ赤に染められたカーテンのように、後ろに纏めた杏子の髪の毛が、ゆらゆらと風に揺られてなびいている。髪の色と同様に、赤色を基調とした衣装へ身を包み、魔力さえも赤く発光しているその姿は、真っ暗な夜空を背景にしている事で、より一層際立って幻想的に見えていた。

 赤い色をした魔力により、杏子の体から溢れ出ている姿は、炎に焼かれているかの様に見えていた。

 しかし、焼かれている様な杏子の姿には、何故か見る者に力強い印象を与えてしまう、凄まじい雰囲気を放っていた。

 

 それに対して杏子の目の先にいるマミは、燃えたぎるような印象とは対象的で、何処までも静寂さを物語っているかの様に、その佇まいは恐ろしく静かであった。

 まるで劇に設置されているスポットライトに見立てているのか、黄金に輝く月夜の光を浴びている姿を現していた。

 闇夜に輝く光を独り占めしているかの様に、この瞬間だけはマミのために存在していると言ってもいいほどに、丁寧に整えられている艷やかに巻かれた、黄色のツインテールを輝かしていた。

 

 陰と陽。まるで恐ろしい激情が込められているかの様に、瞳を真っ赤に発光させている杏子。そして、何処までも全てを受け入れようとしてしまう、柔らかな雰囲気を纏わせ、月と同じような黄色い色彩を発光しているマミ。

 両者とも動くような事はせず、目の前に対面している人物を静かに見つめ続けていた。

 

 すると、その拮抗した雰囲気にメスをいれるように、マミの後ろから誰かが飛んでくる足音が聞こえて来た。

 

「ま、待ってくださいよマミさん! 速すぎますって! ……って、あれ、ほむらじゃん! それとー……隣にいるのは、もしかして……」

 

「魔法少女がいっぱい……」

 

「(ま、まどか? どうしてここに?)」

 

 マミの後を付いて来ていたさやかが、まどかを抱えながら後を追い追い付いて来ていた足音だった。

 魔法少女の戦いに同行を許されるはずがない、ただの人間のまどかの姿を確認したほむらは、内心酷く驚いてはいたが、いつもの癖で表情には出ていなかった。

 そんなほむらの心情など気にしないように、さやかはほむらの姿を見つけて、いかにも驚いている反応をしていたのだが、その隣にいる赤よりも赤い、真紅の魔法少女の姿を見て、驚いていた反応は徐々に静かになっていった。

 

 来る前に言われていた、あのマミが紹介したいと言う魔法少女の愛弟子。さやかの姉弟子に当たる人物。それが、目の前で身を焦がすように真っ赤に輝く魔力を発しているその少女が、マミの言っていた人物なのだと、言われるまでもなくその場の雰囲気で理解していた。

 

「綺麗……」

 

 ふと、さやかは無意識に呟いてしまった。

 

 マミと初めて出会った時は、自分自身が魔法少女では無くとも、他の人間とは違うと言った印象を受けてしまった。

 ただの平凡な日常を送っている人間とは、全く異なる洗練された雰囲気。しかし、そんな彼女は人間の環境に交じり、同じ生活を共にしている。自然ではあるが不自然な感覚に、彼女はまるで、聖書に出てくる人間の姿形をしているが、天使や神様のような神々しさを感じてしまった。

 美しいと言う言葉ですら足りない。さやかの表現力では表現しきれない人物。それがマミだった。

 

 だが、目の前の少女は違う。彼女はマミと違って、この世に存在している人間だ。勿論マミが人間ではないと言っている訳ではない。神々しさや、自分たちとは違う人間と思うような雰囲気を感じられなかった。

 だが、それでも彼女には、マミと同じような気配。さやかが持っている人生観を、強制的に変えられてしまう。そんな雰囲気を感じてしまっていた。

 

 綺麗だ。

 この世の物とは思えないほど綺麗な宝石があったとしても、そんなものなど目では無い程に、夜空を背景に真紅に輝く少女は、さやかに強烈な印象を受けさせていた。

 マミのように、ゆっくりと体の芯まで浸透して来るものではなく、その姿を目にしただけで、脳に訴えかけてくるような感覚。それは、一目惚れをしてしまう感情のように、さやかの網膜には、身を燃やすように赤く染め上げている杏子の姿が、しっかりと焼き付いた瞬間だった。

 

「あいつが……」

 

「ええ、美樹さやか。私の友達で、最近魔法少女になった子よ」

 

 杏子を見つめながら呆けているさやかを見返し、隣にいるほむらに視線を送りながら、あの快活そうな少女が例の人物なのかを問いて、その答えを貰っていた。

 ほむらの説明通りの少女。しかし杏子には、見れば見るほどに、何処と無くあの緑の魔法少女に似ていると思ってしまっていた。

 

「マミ、これはどう言う事だ。何で魔法少女を側に置いていんだ」

 

 さやかを顎で指し、マミに問う。何故、魔法少女を殺していたお前が、まるで自分が見滝原に居た時のように、魔法少女を側に置いているのかを。

 

「やっぱりその事だったのね。折角久しぶりに会ったのだし、もう少しお喋りをしても良いのに……」

 

「答えろ」

 

 残念そうに呟いているマミを無視して、自分の質問にだけ答えろと言うように威圧していた。

 そして、仕方がないというように、マミはその質問の通りに口を開いた。

 

「そうね……さやかさんは、私の落ち度で魔法少女にしてしまった子なの。私にもっと技術があれば、こんな事になることはなかった。だから、私が一人でも生き残れるように育てている……勝手な罪滅ぼしのようなものだけど、そんな所かしら」

 

「落ち度? 罪滅ぼし? ……ふざけるんじゃねぇよ。あんたの気まぐれで、あんたの意思で、魔法少女を生かして、殺して、弄くり回して……その次は、ただの人間だった奴を魔法少女にさせて、それで最後には殺すんだろ? あんたの正義のためにさぁ……」

 

 マミの語る内容を聞いた杏子は、表情は至って冷静な表情を保ってはいたが、身に纏う魔力が杏子の感情を肩代わりするように、鋭いものになっていった。

 

「私はどうにも出来なかった。遅かれ早かれ、さやかさんは魔法少女になっていたわ。いくら説明しても、彼女の意思はそれだけ強かったの。だから、私が面倒を見ると決めた」

 

「面倒を見る、か……そいつを殺す面倒も、自分が見るから別に良いって言ってるんだったら……あんたは、命を何だと思ってやがる」

 

 杏子の魔力が、まるでマミの首に手をかけるように、徐々に周りを大きく包んでいく。淡々とした声色ではあっても、瞳の奥底には殺意が宿っていた。

 

 目の先にいた杏子を見つめて呆けていたさやかは、その魔力を感じ取ってしまい意識を取り戻し始める。いつの間にか進んでいた話の内容は、呆けていた間でも耳には入っていたので、自分にも関係する話であるがゆえに、慌てて口を挟んでいた。

 

「あ、あの! マミさんをあんまり悪く言わないで欲しいんだ! 多分、って言うか、あんたの言いたい事も分かった。昔マミさんの弟子だったから、私の事を心配してくれてるって。だけど、私は全てを教えて貰った上で、私の意思で魔法少女になったんだ。だから、大丈夫だよ!」

 

 自分の事を心配してくれているであろう杏子に、あたしは大丈夫だと声をかけた。その表情も心配がないと言うように、自信に満ちていた。

 それでも杏子は、自身に満ち溢れたさやかの表情を見て顔を歪ませてしまう。

 その姿に確信をした。

 さやかは魔法少女にはなってはいけなかった少女だと。

 

「違う……違うんださやか、あんたは大丈夫じゃ無くなる。あんたは何れ、マミに殺される。マミの正義に潰されるんだよ……知り合いだから、後輩だから、友達だから。一緒に戦ってきた仲間だから、生かして貰えるなんて考えは一切ないんだ。それを……本当に分かってて、魔法少女になったかって言ってんだ」

 

「マミさんは魔女を全て倒そうとしていて、魔法少女が魔女になる事を知っている。だから、魔法少女も殺しちゃう……うん、私はそれを分かってて魔法少女になったんだよ。それに、私は殺されるならマミさんが良い。そう思ったんだ」

 

 真っ直ぐな瞳だった。

 嘘偽り無い、透き通るように青い瞳。大空を取り巻く、広く爽やかな青空のような少女。

 

 そんな少女を目にしてしまった杏子は、彼女にそんな事を言わせてしまうまで、マミの愛に侵食されてしまっている事に、強い吐き気を覚えた。

 まるでマミに殺される事が正しいと言う風に語る少女が、透き通る様な心を持った少女が、自分たちの様に汚れた魔法少女になってはならない。こんな事があってはならないと、杏子は直視出来ず顔を伏せてしまう。

 

「さ、さやか……あんたは……っ!」

 

 そして、さやかに何を言っても、自分の芯を曲げない姿を見てしまった杏子の表情が、青白くなった。

 

「杏子……? 杏子! 落ち着きなさい!」

 

 それを隣で見てしまったほむらが、慌てながら声をかける。だが、杏子の目はうつろになり、外界の音を遮断していた。

 

 さやかの何処までも信頼する人を信じている物言い。誰が何を言われようとも、さやかの意思は変わらない。

 だからだろうか。頭を抱えている杏子はその姿に、緑の魔法少女をはっきりと重ねてしまった。

 

 だからこそ、杏子は今更あの時の事を、あの時の声を思い出してしまう。

 

『あんたたちね!悪い魔法少女っていうのは!!』

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒くなり、頭にこびりついた光景が何度も蘇る。

 

『この私があんたたちみたいな悪い魔法少女なんて倒しちゃうんだから! 両方かかってきても構わないのよ!』

 

「くそっ……くそっ……」

 

 自信に満ちた表情を見せてくる少女の光景が、声が、杏子の頭の中に鮮明に映し出す。

 

『あんたたちが倒されてくれれば私を助けてくれたあの人たちも喜んでくれるの! 私の命を救ってくれたあの人たちを! だからあんたたちみたいな悪い奴は早く倒されちゃえばいいんだから!』

 

「止めろ……」

 

 信頼している人のために、彼女は立ち向かおうとする。

 

『い、痛いじゃないの……う、ぐぅ……それでも、まだ私は……やれるわよ!!』

 

「止めてくれ……っ!」

 

 何を言っても、何度傷ついても、そのたびに立ち上がり、絶望なんてものを知らないと言ったように、人のために願いを叶えた正義の魔法少女の声が、何度も何度も繰り返してしまう。

 

『私が……私が殺らないと……でも……』

 

「止めてくれよ……っ」

 

 そして、正義の魔法少女が倒れ伏せている側に、自分の姿が映っていた。

 息を荒くして、顔は今よりも青ざめてしまい、持っている武器をカタカタと震わせながら、マミと倒れている魔法少女を交互に見ていた。

 

 自分が殺らなければいけない。

 自分が殺らなければいけない。

 何度も何度も体に言い聞かせた。

 マミのために、自分のために、正義のために。

 

 その先には、一体何があったんだろうか。

 

 杏子は目を覆っても、脳裏が、網膜が、目を塞ぐなというように映し出している。魔法少女に突き刺さっている得物が、お前が殺ったんだと言うように突きつける。

 水っぽい音に肉を貫く不快感。杏子の手には、今でもその少女の血がこびりついているように見えていた。

 

 だが、杏子は本当の意味で、全てを飲み込めたような気がした。今まで後悔し続けていたあの緑の少女のことを、今更になって、体の中に浸透させる事が出来たような気がした。

 

「あぁ……そうだ……あたしが……」

 

 長い時間を経たからではない。

 時間が解決してくれるものでもない。

 だが、そんな杏子の前に、全てを捧げても護りたいと思えるものが。後悔し続けていた先の物が、やっと現れたような気がした。

 目の前にいる、奇しくも緑の魔法少女に似ている青い少女を観測した事で、杏子の中にある絶望だったものが、何かに変わるように感じた。

 

 その時、杏子の決定的な何かが、変わった瞬間であった。

 

「杏子っ!!」

 

「……ほむら?」

 

 杏子の肩を掴み、何度も揺らしてくるほむらの姿を見た杏子は、意識がはっきりとしていない状態ではあったが、名前を呟いていた。

 

「私が分かる? 意識をしっかりしなさい!」

 

 何度も心配の声をかけていたのか、ほむらの表情は杏子の瞳を真っ直ぐに見つめて、焦っていたのか冷や汗を流していた。

 それを見た杏子は、自分が今何処にいるのかを確認するように、周りを見渡してしまう。

 

「あぁ……あたしは、大丈夫だ。 ううん、あたしは大丈夫になったんだ。ほむら。心配掛けてごめんな」

 

「杏子……?」

 

 恐ろしく穏やかだった。

 微笑んでいる杏子の姿は、先程の取り乱し様を見ていたほむらには、まるで別人を見ているほどに穏やかで、静かだった。

 そして、ほむらには似たものを知っていた。そう、まるでマミの様な異様な雰囲気を、今の杏子から感じてしまっていた。

 

「なんて事なの、佐倉さん……あなた!」

 

 その瞬間、向かい側にいたマミから多量の魔力が溢れ出す。まるで警戒をするように、自分から離れろと言うように、さやかを庇いながらもマスケット銃を生成していた。

 

 その銃口の射線上には、先程とは全くの別人だと思えるほどの雰囲気を纏った杏子を捉えていた。

 

「今度こそ必ず、あたしが護ってやる……」

 

「杏子……っ!!」

 

 静かに呟いた杏子から、膨大な魔力が吹きあふれる。教会で見た時よりも、限界まで研ぎ澄まされた精密な魔力。

 辺り一帯を包み込むほどの莫大な魔力は、徐々に杏子へと集約していった。

 

 魔力が杏子に集まり終わったその瞬間、杏子の姿が消える。そして、爆発するような音がしたと思った瞬間、金属同士が強烈にぶつかり合う音が即座に響き渡った。

 

「えっ!?」

 

 金属が響いたその場所は、さやかの隣にいたマミからであった。その先には、マミと杏子の武器同士がぶつかり合っている姿が目に映っていた。

 あの一瞬の内に、杏子はマミの懐に飛び込んでいたのだった。

 

「マミ……あんたの事、やっと心から分かった気がするよ。あんたはこんな気持ちで、今までずっと戦って来たんだな……」

 

「っ!」

 

 杏子の力が強いのか、マミは顔を歪めて、武器を受け止め続けている。相反して杏子の表情は、何処か嬉しそうに、余裕があるように微笑んでいた。

 

 杏子はすかさず、武器を受け止めていたマミを蹴り飛ばしていく。リボンを使いながら空中で体勢を整えているマミに対して、追撃を入れるように、背後から自分の姿を模している分身が襲いかかっていた。

 

「杏子っ! 止めなさい!」

 

 過度な衝突は免れたかったほむらは、杏子に止めるよう声をかけるが、それだけでは無駄だというように何も反応を示してはなかった。

 まるで相手にされていない。今の杏子からはそんな印象を抱かずにはいられなかった。

 

「っく!」

 

「どうしたんだよマミ。動きがとろいんじゃないの?」

 

 マミの銃弾が杏子に向けられて撃ち続けられるが、無駄だと言う風に全て叩き落とされていた。リボンで拘束を試みるも全て斬られるか、触れている杏子の体は幻覚で作られた偽物であった。

 銃弾を、リボンを、立て続けに避けられるマミは、先程のように懐へいとも簡単に入られてしまい、白兵戦を仕掛けられ、何度も体に傷を付けられていく状況が続いていた。

 杏子の分身や幻覚が交じり合った攻防。攻撃の手数が何倍にも増えていくその攻撃を、マミは何とか致命傷を避けて防ぎ切っていたが、一方的に攻撃され続けられていた。

 

 確実にこのまま行けばどちらかが死ぬまで続けられるだろう。しかし二人の表情は、まるで戦いを楽しむかのように笑っていた。

 杏子は大切だった師匠であるマミの気持ちが分かり、護るべき相手が見つけられたと思うように。マミは杏子の成長が、自分と同じ魔法少女が現れてしまった事が、嬉しいように微笑んでいた。

 

 しかし、それを見たほむらは顔を歪ませる。

 

「何を、笑っているのよ……っ」

 

 硬く握られた拳を作り、奥歯を噛み締めているのかぎしぎしと音を鳴らしていた。

 

 ワルプルギスを倒すためには、必ず二人の協力が必要になる。だからこそ、それまで二人を生還させなくてはいけないのに、殺し合いを楽しんでいるかのように笑っている二人に対して、静かな怒りをこみ上げていた。

 

 さやかは魔法少女になったばかりであり、現在目の前で起きている戦いに介入できるほどの実力などは持ち合わせていない。この現状を止めることが出来るのはほむらだけだ。

 だからこそ苛立ちを重ねる。そしてこの戦場にいるのは魔法少女だけではない。さやかに連れられて来ていた、ただの人間であるまどかがこの場所にいてしまっている。

 ほむらが命をかけて護る対象であるまどかの側で、魔法少女と言うにはあまりにも逸脱している力を持った二人が、戦いを始めてしまっている二人には、殺意に似た怒りを抱かざるを得なかった。

 

 そして、突如まどかの焦った声が聞こえ、ほむらの耳を貫き振り向いた。

 

「お願い、キュゥべえ! やめさせて! こんなのって無いよ!」

 

「僕にはどうしようもない」

 

 いつの間にか、ただの人間である少女を魔法少女(ばけもの)へと生まれ変えさせるキュゥべえが、まどかの隣に小さく座っているのを、ほむらは目にしてしまった。

 

「この戦いに割り込むには、同じ魔法少女じゃなきゃダメだ。それも、彼女たちよりも圧倒的な力持った魔法少女が……まどか、君ならその資格がある。本当にそれを望むならね」

 

「マミさん達よりも、圧倒的な力を持った魔法少女……そうだ、私が契約すれば……私なら、二人の戦いを止められる……だから、私____」

 

 その光景を目にした瞬間、ほむらは目を見開く。

 ほむらにとっての殺害対象である白い獣の魔の手が、まどかに向けて伸ばされようとしていたからだ。

 

 そして、まどかを危険に晒す戦場を作り続けている二人や、そのまどかに直接的に害を被ろうとしている白い獣を見た結果、静かに怒りを震わせていたほむらの中にある何かがキレた。

 

 目の前にいる魔法少女達が、自分よりも圧倒的な力を持っていようが、その二人を生還させる事など関係が無い。

 まどかを護る。

 それが、誰にも譲られない。誰にも邪魔をさせない正義。それだけが全てだと言うように、ほむらの瞳はうつろになり、魔法少女になろうとしたまどかに声をかけ、ほむらは動いた。

 

「それには及ばないわ」

 

 ほむらの言葉を切っ掛けに、腕についていた円盤状の盾がカシャリと音を立てて回った。

 その瞬間。瞬きすらも許されない時の狭間。まどかの隣にいたキュゥべえは、体が抉られたように大きな穴を何個も開け、それと同時に、攻撃がぶつかり合おうとした杏子とマミの体には、ほむらが放ったであろう鉛玉が、複数撃ち込まれた穴を開けていた。

 

「ぐぁ!?」

 

「うっ!」

 両者の体が銃弾を受けた反動で大きくくの字に曲がり、それを見たほむらは先程と同じ様に盾を回す。すると、マミと共に体を曲げていた杏子がその場から消えていた。

 いつの間にかマミよりも遠くに離れた場所に、何箇所にも穴を開けている杏子を地面に置いて、ほむらは黒い髪の毛をかきあげていた。

 

「いい加減にしなさい二人共。茶番は終わりよ」

 

「あぁ……そうみたいだな」

 

「あら、もう少し楽しみたかったのだけど」

 

「……っえ!?」

 

 ほむらが告げると、銃弾を撃たれ倒れていたはずの二人の姿が、空気に溶けて消える姿を見て、さやかは驚くように大きく声を上げた。

 そして、消えた二人は先程負っていたはずの怪我が、綺麗に無くなっていた姿を、何もない空間から色を付けて行く様に現れていった。

 

「巴マミが付けられた切り傷や、私の銃痕から血流が無かった。貴女体達は最初から、偽物同士で戦っていた」

 

「ふふっ、正解。暁美さんがいる前では姿を現したくないもの」

 

 マミは舌を出しながら、いたずらがバレたような笑みを浮かべて、ほむらを見上げていた。

 

「はぁ……結局こうなったか。悪いなほむら、負担をかけさせて」

 

「良いのよ……って、言いたい所だけど、まどかの前で二度とこんな事をしないでもらえるかしら? 次は私も容赦はしない。いくら貴女でも、私には譲れないものがある」

 

 ほむらを見ながら謝っている杏子だったが、肝心のほむらは杏子を見返すことは無かった。

 私は怒っている。そう言ったポーズを見せ付けているかのように、淡々とした声ではあったが、所々に怒気が含まれていた。

 

「あぁ……悪かったよ、もうしないさ」

 

 嫌に聞き分けの良い杏子を放っておいて、ほむらは魔法少女になろうとしたまどかを見つめていた。

 忠告を何度も繰り返しているのに、そのたびに何度も同じことを繰り返そうとした事に、呆れたような表情をして声をかけていた。

 

「まどか、貴女が魔法少女になる必要はない。それを何度言えば気が済むのかしら? 私が貴女を護る。だから、心配はしないで」

 

 貴女を護る。ほむらは何度もはっきりと伝えていた。

 しかし、まどかには不思議で仕方がなかった。

 何故そこまで助けようとしてくれるのか。出会ったこともないはずなのに、何故自分に命をかけようとするのかを。

 

「ほむらちゃん……ねぇ、どうして私を護ろうとするの!? どうして私に魔法少女になって欲しくないの!? 私はただの、何の取り柄も無い人だよ! それなのに、どうして私を……!」

 

 自虐的だと思われるかもしれなかったが、まどかには本当に思っていたからこそ、そう伝えることしか出来なかった。

 だが、何も出来ないと言うまどかを否定するように、昔からまどかの事を知っているかのような口調で、ほむらは答えた。

 

「何の取り柄も無いなんて、そんなの貴女が決めることではないわ。少なくとも、私は貴女に護られて、救われた……だから、今度は私が貴女を護り、救ってみせる」

 

 はっきりとした口調ではあったが、何処か悲しそうにまどかに語るほむら。その表情を見ていたまどかは、何も言えずにその場で立ち尽くすことしか出来なかった。

 

「ごめんなさい巴さん。こんなつもりではなかったのだけれど」

 

「あら、良いのよ暁美さん。久しぶりに佐倉さんと会えただけでも嬉しいのに、貴女のおかげで佐倉さんは、本当に素晴らしい魔法少女になったもの。佐倉さんの元師匠として嬉しいわ」

 

 ほむらとマミの視線が交差し合う。腹の探り合いをしている様に、表面上では当たり障りのない会話をしているように見えるが、お互いの本心は隠すように喋っていた。

 

「さやか!」

 

「は、はい!」

 

 突如、ほむらの隣で静かにしていた杏子が、さやかに注目を集めるように大きな声で名前を呼ぶ。いきなり名前を呼ばれた事にまたもや驚くが、呼んできた杏子の顔を見るように、さやかは顔を向けていた。

 

「私の名前は佐倉杏子。あんたはマミに魅入られすぎて、正常な判断が出来なくなっているだけなんだ……だから、あんたはあたしが、絶対に助けてやる! ……それまで、必ず死ぬんじゃねぇぞ」

 

「佐倉、杏子……」

 

 さやかに向けてそれだけを言い残した最後に、杏子とほむらはその場から消え去った。

 見滝原の中に居るのなら、マミには何処に居るのかは把握出来て追いかけることは可能だった。しかし、流石に杏子の相手をした事で体力を削られたのか、大きく息を吐いて、杏子の名前を呟いていたさやかの傍に近寄っていた。

 

「彼女が佐倉杏子。私が最初に育てた愛弟子で、あなたの姉弟子。強さは折り紙付きよ。私が太鼓判を押すほどに」

 

「うん……凄かった。あんなに凄い魔法少女が、マミさんの弟子だったんだ……」

 

 マミとほむら以外の魔法少女に出会ったことが無いさやかは、魔法少女の強さの基準が曖昧で、理解してはいなかった。

 それでも、杏子の魔力はまだまだ感知が慣れていないさやかにも、凄まじく感じられていた。

 そして、さやかは思った。マミからしばらくの間、魔法少女としての修行を見て貰ったとしても、あそこまでの領域に果たして辿り着けるかと言われたら、さやかには首を横に振ることしか出来なかった。

 

 魔法少女は一年間生き残れただけでベテランと言われるほど、魔法少女の寿命は短い。結果的に、長く生き残っている魔法少女はある程度の力があると言う事になる。

 

「(だけど、マミさんと杏子はそんな魔法少女とは比じゃないくらいに強い……魔女と戦って、マミさんの側にいて、杏子を感じて。自分がどれくらいの位置にいるのか何となく分かったから、あの2人の異常さが分かる)」

 

 もし仮に、さやかがたった1人で1年間を戦い抜けたとしても、マミや杏子の様な魔法少女に成れるかと言われたら、それも否と答えれた。

 目の前に居た二人は、魔法少女としての素質もあれば、魔法に対する考え方や理解力もある。何より、魔法少女一人ではたどり着けない境地だと、何となく理解したからだった。

 

「あ……マミさんその顔」

 

「え?」

 

 すると、さやかはマミの頬に指を指していた。マミはその指の先の頬に手を当てると、ぬるっとした水っぽい感触と、ぴりぴりとした痛みが襲って来た。

 そして、マミは指先に付いていた液体を確認しようと、手の平を頬から離し、目の前にかざすと、そこには赤色に染めている液体____血液が付着していた。

 

「あら、いつの間に……ふふっ、偽物と戦っていたはずなのに、傷を与えられたなんて。佐倉さん、あなたは本当に強くなったわね……」

 

 マミは何処か懐かしむ様に、傷口から流れていた血を眺めていると、さやかはマミに声をかけた。

 

「ねえマミさん。マミさんが言える範囲でいいから、杏子のこと教えて欲しいんだ。それと、杏子と少し話したいって思うんだけど、会ってもいいかな?」

 

「ええ、別に良いわよ。だけど、あまり無茶はしちゃダメだからね」

 

「うん……ありがとう、マミさん」

 

 

 

 

 

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