「うぅ……回復してるはずなのに、銃で撃たれた感覚が残ってる……」
まさか銃を所持する事を禁止している日本で、何発もの銃弾を体に受け続け風穴を開けられる体験など、普通に生きていたら一生体験をする機会など無いだろう。
お風呂上がりで若干湿り気を帯びた髪の毛のまま、ベッドの上に身を放り出して、その時の記憶を思い返していた。
大の字で上向けになりながら、電気も付けていない天井を見上げている。自分の匂いが染み付いた布団の上にいる安心感や、いつもより刺激的すぎるほどの刺激を受けて疲れているせいか、気が緩み瞼が重く感じられていた。
「それにしても、魔法少女って本当に不思議。あんなに体に穴を開けても、傷を作っても、本当に何も無かったみたいに消えるんだもん」
腕をもぞもぞと体に添わせながら、薄い水色の可愛らしいパジャマを大胆にめくり始める。部屋の中には誰も居ない事を良いように、中学生にしては発育のいい体を惜しみもなく露出していた。
さやかはそのまま、露出した肌に手の平を滑らせるのだが、そこにはいくら触っても、女の子らしいきめ細やかな柔肌しか感じられなかった。
触っていた部分には、マミから受けた銃痕があるはずだったのだが、痛々しい傷などは見当たることはせず、傷付いた事による凹凸も感じられ無かった。
浴槽から出たばかりで体が火照っている。さやか自身でさえ、手肌から伝わる体温はいつもよりも熱く感じられていた。
生暖かく、しっとりとした肌。しかし、その肌は先程まで多くの穴を開け、更に今以上に生暖かく、赤い色に染め上げられた液体が流れ出ていた。
それでも今では何事も無かったかのように、さやかの体からは液体が流れ出ていない。あまりにも現実的ではない感覚が慣れずに、不思議でたまらない様子を見せていた。
「不思議……そうだ、不思議なんだよね。このソウルジェムって代物も」
指輪に変化させて肌見放さずに付けていたソウルジェム。それを元の卵状に戻し、指の先で摘み上げるように頭上へ持ち上げると、暗い部屋の中でも淡く輝いている中身を眺めていた。
光がさやかの瞳に映り込む。宝石に関して詳しい知識を持っていないさやかでも、目の前にある宝石はこの世の物質ではないと主張するように輝きを放っていた。
「魔法少女……いくら傷付いても、今日みたいに致命傷を負っても、全く傷のない姿に戻る……まるで、ゾンビみたいじゃん」
魔法少女はまるで、映画に出てくる不死身の兵隊だと言わんばかりに、命を落としかねない戦場に赴き、そこでいくら傷を受けようとも元の姿に戻り、また戦場へ向かい続ける。
もしかしたら知らぬ間に、新しい肉体へ交換されているのではないかと考えてしまうほど、さやかは自分自身の体へ不気味さを覚えてしまい、無意識にソウルジェムを強く握ってしまった。
すると、さやかの体には突如刺激が走った。
「うぅ……え? な、何?」
銃弾を受けた時に感じた、いきなり来る強く鋭い痛みではない。何かに包まれたような圧迫感。それも、身動きが取れないほどの物で徐々に挟まれたような、ゆっくりと感じる刺激だった。
「まさか……ね」
握りしめていたソウルジェムを眺める。魔法を使った事はしていない。誰かから攻撃を受けた感じでもなかった。
ソウルジェムを握りしめただけだった。だが、握りしめられたソウルジェムと同じ様に、自分の体も握りしめられたと感じてしまう感覚が身を襲った。
大方、マミとの特訓の疲れが今になって出てきたのだろう。違和感を全て消すことは出来なかったが、無理やり納得するように怪訝な顔つきのまま、さやかはソウルジェムを指輪の形状へと戻し始めた。
「はぁ。それよりも、もっと強くならないとなぁ。このままじゃ、マミさんみたいに皆を護れないよ……」
さやかの言う皆とは、マミのように街に住む全ての者と言う大きな意味が込められている訳ではない。
身近にいる友人たち。まどかや恭介。仁美と言った、さやかの人格には必要なのことを指していた。
そして、護るという言葉を口に出すと、自分自身に向けて絶対に護ると宣言した、杏子の顔を思い出してしまった。
「あたしが必ず護ってやるって……私は一体、杏子に何をしたんだろう……はぁ……会って、みたいな……」
重く感じられていた瞼が、ついには上げることを止めてしまい、瞳が閉じていく。
薄れゆく意識の中、さやかは杏子の事を考えならがら、眠りへと入っていった。
その翌日。久しぶりに恭介の様子を見に行こうと、さやかは放課後に病院へ足を運んでいた。
久しぶりとは言え、バイオリンを弾いている姿を見てから一週間も経っていないのだが、それでもほぼ毎日忙しなく足を運んでいた時期に比べたら、久しぶりという単語を使うのが正しかった。
魔法少女になってからの学校の放課後は、毎日マミとの特訓に時間を割いていたのだが、今日は特訓を出来ないことを伝える連絡を入れていた。
こうして心置きなく恭介に会いに行ける。そう思っていたのだが____
「あら? 上条さんなら昨日退院したわよ。足も調子が良くてリハビリの必要が無かったもの。急に治っちゃったから心配して、しばらく様子を見てたんだけど、何度検査しても全く問題なくてね」
「そ、そうなんですか? あちゃー。まいったなぁ……」
そう言えば、体全身治したのだから既に退院していてもおかしくはない。恭介の病室だった目の前で、棒立ちをしていたさやかを見つけた看護婦から、退院のことを聞いてしまい困ったというように頭をさすっていた。
退院したのなら、何か一言連絡を入れても良いのにと思ったのだが、今の今まで携帯電話を確認していない事に気が付いたさやかは、鞄の中に入っていた携帯を取り出し、メールの覧を確認していた。
予想通り新しい履歴が入っており、そこには恭介から無事に退院出来たという旨の連絡が添えられていた。
「あー、連絡ちゃんと入れてくれてたんだ。これはあたしがやらかしちゃってたね」
急いで恭介に連絡を返し始めたさやかだったのだが、病室の前で携帯を触っていたら邪魔になると思い、一度外に出て打ち始めていた。
朝起きたら学校に行き、放課後にはマミが付きっきりで特訓をし始める。その後はマミの家で反省会をしながらのスイーツタイムに入り、甘やかして貰った後は家に帰り熟睡。と言ったサイクルを続けていた。
携帯なんで物を触るタイミングを忘れてしまい、完全に確認し出来ていなかった事を考えながらも、恭介に返信を済ませていた。
「しっかしどうすっかねー。今日は恭介に会う予定だったから、マミさんとの特訓も蹴っちゃったし。やることが無くなったなぁ」
予定が無くなってしまったので今から特訓を見て欲しいと言うのは、流石に忍びないと思いやりたくはなかった。
他の予定を切ってまで特訓に付き合ってくれている。同級生と遊ぶ時間を使ってくれていたりしているのだから、今から暇になった自分の為に時間を割いて欲しいなんて、そんなあまりにも身勝手な事は言いたくない。
とは言え暇になってしまった事実は変えられず、さやかは何をしようかと考えていると、昨夜の事を思い出していた。
「そうだ……杏子だ。杏子に会いに行こう」
杏子の居る詳しい場所は知らないが、風見野で活動している事は知っていた。
連絡手段も何も無い。しかし、相手が魔力を持っている魔法少女なら、連絡手段が無くても無理やり会う方法はある。
魔力を持っている者を探すことが出来る魔力探知。杏子の魔力はあの時感じて、さやかの脳裏に刻みつけられている。
風見野を探索して、少しでも杏子の魔力残滓が残っていれば、そこから大体の場所を探すことが出来るだろう。
そう考えた時にはもう、鞄の中に入っている財布の中身を開き、風見野市へ通るバス代があるかを確認し始めていた。
そして、思い立ったが吉日というように、杏子が居る風見野市へのバスまで走っていったのだった。
「おー、バスに乗るのなんていつぶりだろう」
バスに乗り込んださやかはガタガタと揺られながら、窓から見える移りゆく景色を眺めていた。
見滝原の中で遊ぶことが多かったので、久しぶりにバスに乗った事により少しだけ楽しげにしていた。
しばらく走り続けると、体を包んでいた膜の様なものが剥がれいく感覚が訪れた。
それは魔力が無くなった感覚。魔法少女だけにしか分からない、不思議な感覚だった。
「あ、もしかして見滝原市を出たのかな」
見滝原にはマミの魔力が包まれている。それが感知出来なくなった事は、見滝原を出たという意味だった。
広大な土地を一つまるまる包んでいる魔力。どういう原理でそんな事が出来ているのか、ある程度は説明を受けて知っていたのだが、自分を中心に魔力を広げる事を満足に出来ないさやかにとっては、あまりにも気の遠くなるような話だった。
「あたしもいつか、そんな事が出来るようになれるのかな」
ほむらのような固有魔法を使っている訳ではない。単純に、見滝原市に魔力を広げているだけの、魔法というにはあまりにも力技な魔法。何の技術も無い原理で出来ているので、何れさやかも都市一つ包み込めるほどの魔力を、操れる事が出来る自分が来るのかと想像していた。
見滝原市を出てから数分。運転手の声がバスの中に響いた。
次のバス停に着く事をアナウンスしていたのだが、どうやら風見野市に着く内容だった。
さやかはバスの壁に付けられている降車ボタンを押して、バス停に停車したことを確認すると、そのままバスから降りていった。
「んー、結構時間かかるなぁ。それに、揺られて体が痛いよ全く」
バスに揺られて固まった体をほぐすように、さやかは伸びをしながら携帯に表示されている時間を確認していた。
そこまで時間はかかっていないのだが、魔法少女の脚力と移動のしやすさに慣れてしまったので、バスに乗っている時間すら億劫に感じてしまった。
人間は便利なものに慣れてしまえば怠惰になると言うが、まさにさやかはその心境に至っていた。
「さーってと、魔力を使って杏子を探しますか。まだまだ得意じゃないけど、これも特訓特訓ってね」
目的の杏子を探すためにバス停から歩き始めながら、自分自身の魔力を徐々に広げていた。
魔力を広げる事がまだまだ不慣れだという事を理解していたので、これも特訓だと言うように力を入れている。
「ん……?」
すると、何かの魔力に引っかかった感覚を感じ取った。
しかし、それは杏子の魔力や魔法少女の持っている魔力とは違ったものだった。
「あー、魔女の反応だ。どうしよう」
その魔力は魔女の反応だった。
普段であれば一目散に倒しに走るのだが、今の状況では一度立ち止まり、倒しても良いのかどうかを考えてしまっていた。
と言うのも、ここは見滝原ではなく風見野だ。魔法少女には縄張りという暗黙の了解やシステムがあり、そこを犯してしまえば確実に面倒事に巻き込まれてしまう。
つまり、魔女を見つけたとしても、何れ周りの人に被害が出てしまう状況だとしても、よそ者であるさやかが倒してしまうのは、魔法少女としてはあまり良くはない状況なのだが____
「見つけたら倒すしか無いよね」
人の命には替えられない。見つけてしまえば、そんなものは関係が無いと言うように、さやかは魔女の結界へと足を踏み入れていた。
使い魔が作り出した結界とは違い、魔女の結界は迷路のように広く複雑に作られている。魔女が使役している使い魔の数も多く、魔法少女であるさやかが侵入して来た事に反応したのか、多くの使い魔を差し向けてきた。
「遅い遅い。止まって見えるよ」
だが、そんな多くの使い魔が襲いかかってきても、なんてことのない様に避け続けている。避けるついでに使い魔を切っていたり、カウンター気味に複製したサーベルを、向かって来る使い魔の進行方向に置いて串刺しにしたり、魔法少女になりたてとは思えない華麗な立ち回りを見せていた。
どれだけ使い魔を送られて来ても、さやかを捉えられなければ意味がない。短いモーションで紙一重に避け続けられ、そのたびに切りつけられ、徐々に使い魔の数を着実に減らしていた。
多くの魔力を使うような魔法も使わずに、魔女の部屋まで歩き続けること数分。ついには使い魔とはまた違う、大きな魔力が感じられる場所へとたどり着いていた。
「見つけた……魔女さん、すぐに終わらせるからね」
目の前にいるおどろおどろしい怪物は、元を辿れば自分と同じ魔法少女だったのかもしれない魔女だ。
さやかはそう思うと、むやみに戦いを長引かせる様な事をせず、得意な短期決戦で決めようとしていた。
「ふぅ……よし、行くよ___」
クラウチングスタートの姿勢を取り始めると、その足元には青色の大きな魔法陣が描かれ始める。そんなさやかに向けて、魔女は大きく体を動かしながら攻撃を加えようとしたその瞬間、さやかはその魔法陣に押し出されるように地面を駆け抜けた。
魔女は駆け抜けるさやかに攻撃を加えようとしてくるが、急激に速度を上昇させた事で目と体が追いつかず、攻撃を当てる頃にはもう、その場所にはさやかは消えていた。
空中にいくつもの魔法陣が展開され、さやかは何度も跳ね返されるように飛び回り、その度に速度を上昇させていく。何度も繰り返し飛び回った末、残像を残すほどの速度に達し、青い閃光の如く、青色の線を空中に描き始めていた。
そのままの速度を保ったまま、完全にさやかを見失った魔女の背後から突進し始める。右手には多量の魔力が循環したサーベルを構えており、大きな掛け声とともにそのサーベルを振り下ろし始めた。
「スクワルタトーレ!」
空を切る音が一瞬のうちに聞こえ始めると、その場所には刃物の壁が存在していた。
そのまま魔女を背後から突き抜ける。そして、さやかの放った剣術を受けた魔女は、叫び声を上げる暇もなく、バラバラに切り裂かれていた。
「良し……マミさん、上手く行きましたよ」
着地したさやかは、魔女が死んだことを意味するように、魔女が作り出した結界が消えていく事を確認する。そして、戦いが終わった事が分かり、右手に持っていたサーベルを鞘へと収めていた。
結界が消えると、そこには魔女から産み落とされたグリーフシードが転がっていた。
いつもの現実世界に戻り、さやかは魔法少女の姿を解除して、いつもの制服姿へともとに戻る。そして、地面に落ちているグリーフシードを取ろうとしたその瞬間だった。
地面に目を向けたことにより気づいた。太陽を背にしていたので、背後から誰かの影が地面に伸びている。それに気付いたさやかは、グリーフシードを取りながら背後に振り返ると、そこには知らない少女がさやかに向けて、指を指していたのだった。
「何してんのよあんた!」
「えっ!?」
いきなり何をしているのかと聞かれて、さやかは硬直してしまう。路地裏で何かを拾おうとしていた姿が、もしかしたらこそこそと何かをしている、危ない人物に見えたのだろうかと思い、さやかは急いで目の前で手を振りながら否定しようとしていた。
「あ、いや! あたしは怪しい者じゃなくて! ……そう! 落とし物を拾おうとしてただけなんだよ!」
取り敢えず何かをごまかすように否定し始めると、目の前に居た少女は何を言っているのか分からないと言うように、首を傾げていた。
「いや、あんた魔法少女でしょ。ここじゃ見ない顔だけど、もしかして縄張りの事知らない訳? それとも、また新しく魔法少女が増えたの? あーもう……また面倒事増やすんだからあのキュゥべえは……」
「(あっ……マジかー)」
魔法少女という言葉を恥ずかしげもなく使う少女。そして、聞き馴染みのあるキュゥべえという単語。それを聞いたさやかは、目の前にいる少女からは確かに魔力を感じてしまう事に気付いてしまった。
目の前にいる少女は風見野市で活動している魔法少女。つまりは、さやかはその縄張りを犯す魔法少女として見られてしまう事になる。
確実に面倒くさいことになる。そうなる事を回避したいさやかは、態とらしくもとぼける態度を取ることにした。
「あ、あははは。いやー……ちょっと野暮用で通っただけだから、ごめんね?」
魔法少女が増えたと勘違いをしながら額に手を当て、ため息を吐いていた少女に、さやかは謝るように両手を合わせていた。
「ふーん……」
そんなさやかの姿を見た少女は、片手を前に出し始める。
「じゃあ、そのグリーフシード頂戴?」
その片手は、さやかの手に持っているグリーフシードを渡すようにと言う意味の手であった。
今のさやかにとって優先されるのは、とにかく何事もなくこの場から立ち去る事だ。縄張りを犯してしまったさやかにとって、縄張りを荒らしている最中に魔法少女に出会ってしまえば、確実に戦うことになってしまうと覚悟していた。
だが、目の前にいる少女は、さやかの手に持っているグリーフシードを渡してしまえば、それで済ます様な雰囲気を出していた。
そうと決まれば、さやかは手に持っていたグリーフシードを躊躇無しに渡そうとする。そうすれば、面倒事を起こさずにここから立ち去れると思っていたのだが、渡そうとした瞬間に、目の前の少女の雰囲気が変わってしまった。
「はぁ? 何、本当にくれるって訳?……意味分かんない。風見野で簡単にグリーフシードを渡すなんて、一体何を企んでるのよ」
「……えっ?」
さやかはまさかの返しに反応が遅れてしまう。グリーフシードを渡せと言われて渡そうとしただけなのに、何故か怪しみをたっぷりと含んだ視線を向けられるとは思わなかったからだ。
しかし、目の前にいる前にいる少女も、まさか本当にグリーフシードを渡されるとは思っていなかった。
渡されるにしても、もっと惜しむように渡されるのかと思いきや、タダで渡すことに惜しむ様子を全く見せず、何とも思わないようにそのまま流れで渡してくる事が不可解だったのだ。
グリーフシードは魔法少女にとっての生命線である。それは、魔法少女の真実を知っていなくとも変わりはない。
どれだけの数を確保しているかで、魔法少女はそれに比例して有利になる。その数だけ惜しみなく魔法を使えることが可能であり、あればあるだけ困らない代物だ。
その大切さを理解している魔法少女にとっては、そんな大切な物をいとも容易く渡そうとする行動を、怪しく見ない者は少なくない。
魔法少女の行き着く先を知っているさやかにとっても、グリーフシードがどれだけ大切な物なのかは理解している。しかし、さやかにとってこの場で優先されるのは、グリーフシードよりも面倒事を避けることだった。
それに加えてマミと行動を共にしていたことにより、いくら魔法を使って穢を溜めようとも、それを取り除くグリーフシードに困る事が無かった。
と言うのも、穢を溜めにくいマミはグリーフシードを消費することも少なくなり、貯蓄が他の魔法少女よりも多くなっていた。
それを惜しみなくさやかに渡してしまっていたので、さやかの感覚がおかしくなっていたというのもあったのだ。
お互いの感覚のすれ違いにより生まれてしまった衝突。さやかはいち早くこの場から立ち去りたいと願いっていたのだが、目の前にいる少女は明らかに警戒心を見せて、さやかに声をかけ始めていた。
「あんた、少しおかしいわよ。それにこの辺りじゃ見ない顔だし、ちょっと痛めつけておかないと駄目かもしれないわね。元々、縄張りに侵入して来たのはあんたなんだから、まぁ少しぐらいボコられて反省しときなさい」
「(な、何でー!?)」
穏便に済ませたかったさやかの気持ちとは裏腹に、だんだん様子がおかしくなり始めていた。
言うことを聞いていたはずなのに、確実に面倒な事態に巻き込まれていたさやかは、思わず頭を抱えそうになっていたのだが、それすらも許してくれない状況になった。
目の前の少女が、指輪状に変えていたソウルジェムを取り出し始める。つまり、このままでは魔法少女に変身されて、この前に見たマミと杏子の衝突のようになるだろう。しかし、少女がソウルジェムを取り出そうとした瞬間を、確認してからのさやかの動きはそれ以上に早かった。
穏便に済ませたい。しかし、戦いたくはない。
だが、このままでは魔法少女に変身されてしまう。
変身を許してしまえば、どちらかが決着を着けるまで戦う可能性が生まれてしまう。ならば、答えは単純だった。
魔法少女に変身させなければ良いのだ。
さやかはそう考え出した瞬間には、身体に魔力を流し始め、重心を前に動かし、倒れるように体を動かしていた。
マミの指導により、移動するだけならば魔力を流すのには時間がかからない。そして、魔法少女にならなくとも魔法は使える。だが、魔法少女に変身していない身体で魔力を流し強化すれば、その負荷に耐えられず身体がぼろぼろになってしまう。
しかし、さやかには強力な回復魔法と、完全に覚えきれてはいないとは言え痛覚遮断があった。
いくら傷つこうとも後から回復すればいい。痛みも完全に消せはしないが我慢出来る。そう思った時にはもう、脚部に調整する暇もないほどの魔力が流れ込んでおり、そして爆発させた。
「ふぇ!?」
狭い路地裏。一直線に伸びていたその道では、小細工が使えないさやかにとっては好都合だと言うように、ただひたすら一直線に身体を伸ばし駆け抜けた。
目の前の少女が魔力の爆発を感じた途端には、青い線が前から後ろに通り過ぎた事しか分からず、不意に起きた出来事に驚く声を上げるしか出来なかった。
砂埃が舞い目を瞑ってしまう。口の中に入り軽く咳き込んでしまうが、落ち着きを取り戻し目を開けた時にはもう、目の前に居たはずのさやかは消えていた。
そして、変身しようと手に持っていたソウルジェムも、さやかと同様に消えていたのだった。
「あ、あれ!?」
少女は無くなったソウルジェムを探す様に、辺りを見回していたのだが、背後から痛みを我慢するような唸り声が聞こえ、思わず振り向いてしまう。
「うっ、ぐぅうう……痛ったいぃいい……脚がボロボロだよ……痛覚遮断覚えてて良かったぁ。それが無かったら、絶対のたうち回ってるもんなぁ……」
振り向いた先には、足の筋肉が破裂したように繊維が裂けていたさやかが、無理やり立たせる様に壁を支えにしている姿があった。
回復をしながらも、その手には少女が持っていたはずのソウルジェムが握られており、少女は驚きながらもそれに指を指して大声を上げた。
「あー! わ、私のソウルジェム! 何人のもん取ってんのよ!」
「ごめん。あたし面倒事をあんまり起こしたくないんだ。少しの間向こうに行っててね?」
「は、はぁ!? 何するつもりなのよ!……って、ちょっと! もしかして投げる気!?」
向こうに行ってて欲しいと言いながら、回復し終えたさやかが次に取った行動は、まるで野球選手のピッチャーの様に、ソウルジェムをボールに見立てて構えている姿であった。
それを見た少女は今すぐ止めるように声をかけて来る。しかし、そんな声を全く気にしないように投げる体勢へ入っており、さやかはソウルジェムを軽く握りながら大きく振りかぶり始めていた。
「ピッチャー第一球……投げましたっ!!」
「嫌ぁああ!! 私のソウルジェムぅうう!!?」
さやかは掛け声と共に、持っていたソウルジェムを投げ飛ばしてしまい、それを見た少女は悲痛な声をあげてしまう。
「良し! それじゃああたしは逃げるね! それじゃ!」
「何言ってんのよあんた! ふざけるんじゃないわよ!」
投げ飛ばしたソウルジェムに満足そうな表情をしていたさやかは、これで変身出来ないだろうと安心して、別れの挨拶だと言う様に少女へ右手を上げていた。
しかし、人の物を投げ飛ばした張本人でありながら、その場から立ち去ろうとする姿を見て、少女は何度も文句を言い続けていた。
このまま対応していても更に面倒になるだけだと割り切って、さやかは少女の声を無視して立ち去ろうとしたのだが、耳が痛くなるほどに大声を出していた少女の声がぱったりと消えた。
「……ん?」
声が消えるだけではなく、何かが倒れる音も聞こえる。それは、さやかの背後に当たる場所から聞こえていた。
つまり、少女の声が消えて、何かが倒れる音が同じ場所で起きていたのだった。
さやかは不思議に思い背後を振り返る。すると、そこには先程まで嫌に元気だった少女が、受け身を取ることもなく顔面から地面に倒れていた姿を見せていたのだった。
「ちょ、ちょっと……何してんのよ?」
そのまま静かに倒れていた少女に声をかける。しかし、反応は全くと言っていいほど無かった。
動かないとなれば今のさやかにとっては好都合だ。追いかけられる心配も無くこの場から逃げられる。それが容易くなったはずなのだが、さやかは逃げることを止めて少女の下に駆け出し、心配するように身体を揺すった。
「ちょっと、何してんのよ……ねぇ! 聞こえてないの!?」
何度も身体を揺する。しかし、反応は無い。あまりにも急な出来事であり、もしかしたら魔法少女に攻撃を仕掛けられたのかと身体を見回すが、何処にも魔力の痕跡は見当たらなかった。
「どうなってんのよ……って、取り敢えず身体を起こした方が良さそうね……なっ!?
いい加減、地面に顔を付けている状況をどうにかしてあげようと、さやかは少女の身体を起こし始めていた。
そして、表情を確認したさやかは青ざめてしまう。その表情からは、思いも寄らない異質な印象を受けたからだ。
「何よ、何なのよこれ……! 一体この子に何が起きてんのよっ!」
表情が固まっている。まるで氷漬けにされていたように固まっていたのだ。
喋っている最中の時を写真で撮られた様に、固定された表情をそのまま貼り付けている。
しかし、瞳孔は完全に開き、口も開け、ソウルジェムが投げられた焦りを表現している表情が作られていた。
身体を抱きかかえ、結果的にその肌に触れていたさやかには、肌から伝わる雰囲気からありえないものを感じ取っていた。
鼓動を感じない。血が身体を巡っている命の鼓動。つまり、目の前の少女からは生気が全く無かったのだ。
生きとし生けるものが必ず放っている空気を、眼の前の少女からは感じなかった。
「そ、そんな……いや、まさか……」
そんなはずはないとさやかは思った。
先程まで喋っていた少女は確実に生きていたはずだったのに、だが現実に、今の少女には生きている雰囲気を感じることが出来なかった。
まさかと思いながらも、さやかは少女の胸に耳を近づける。
そんなはずはない。
しかし、確認をしなければならない。
そして、さやかは知ってしまった。
「嘘でしょ……? し、死んでる……!?」
心臓の音が。鼓動が聞こえないのだ。
先程まで煩いほどに騒いでいた少女が、いきなり鼓動を止めて死んでしまったと言う意味だった。
何かが起きた。先程の短い時間で、少女の鼓動を止めてしまう何かが起きてしまった。
しかし、さやかにはその何かが分からない。何故なら少女の身体に魔法を使われた痕跡が無いはずなのに、息の根を止めるなんて芸当を知らなかったからだ。
あの時したことと言えば、ソウルジェムを奪い投げ飛ばしたこと。そう、それだけだったのだが、さやかは昨日の夜のことを思い出してしまった。
ソウルジェムを握りしめた時に感じた感覚。まるでソウルジェムが握りしめられたと同時に、自分の身体も握られたような圧迫感。
まさかと思った。そんなはずはないと思った。しかし、そう考える事しか、今のさやかには出来なかった。
「そ、そんな……ぐぁっ!!」
恐る恐る自分のソウルジェムを取り出し、昨夜の時よりも力を入れて、思い切り握りしめた。
すると、ソウルジェムを握りしめたと同時に、強烈な圧迫感が身体に走ってしまった。
そしてさやかは確信する。魔法少女のソウルジェムはまるで魂のように、自分たちの体へ繋がっている。彼女はそのソウルジェムを無くしてしまったことにより、息を引き取ってしまったと。
「は、はは……まさか、私達のソウルジェムは……そういうことだったの……?」
思わぬ真実を目の当たりにしてしまい、さやかは死体を抱えながら地面へ力なくへたり込んでしまった。
目の前の少女は意識的ではないが、自分自身の手で殺してしまった。
そう思いさやかは、少女の頭を胸に抱きかかえ、身体を震わせる事しか出来なかった。
すると、誰かの気配を感じてしまう。
「おい! そんな所で何やってんだ!」
「っ!?」
突如、背後からこちらに声をかける誰かが現れた。
さやかはまずいと思った。胸の中には死体抱えている。魔法少女なんて物を知らない一般人には、確実に自分が目の前にいる少女を殺したと勘違いをされてしまう。
振り向く事は出来ない。顔を見られてしまえば逃げることが難しくなる。そう思い、そのまま少女を抱えて逃げ出そうとしたのだが____
「さやか……さやか、なのか?」
「え?____」
自分自身を呼ぶ声が聞こえる。ありえないと思いながらも、さやかは振り向いた。
何故なら、風見野で自分の事を知っている人物は、さやかが考えうる中では一人しか居ないからだった。
「杏子……?」
光を背に、燃えるように赤い髪の毛を後ろ一つに束ねていた、風見野の魔法少女である杏子が、そこに立っていた。
何度も会いたいと思っていた人物が、自らさやかの下に現れたのだった。