強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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37話 感覚の違い

「何でさやかが風見野に___ってそれよりも、そこで倒れてる奴は……おい、一体何があったんだ」

 

「杏子、あたし……あたし達って……っ!」

 

「……何があったのか知らないが、まずは落ち着くんだ。大丈夫。絶対にあたしが必ず助けてやる」

 

 さやかは杏子を見つけた瞬間に安心したのか、瞳からは涙をこぼし始めていた。

 

 杏子がさやかを見つけた時は、何故風見野に居るのか理解出来ず、疑問を感じながら少しだけ困惑していた。

 しかし、さやかの表情とその場の様子から、今は驚いている暇は無いと言うように瞬時に意識を切り替え、急いでさやかの側に駆け寄っていた。

 

「取り敢えず、あたしが居てやるから大丈夫だ。ゆっくりで良い。落ち着いて、何があったのか話してくれないか?」

 

「きょ、杏子、どうしよう……! あたし、あたしが人を殺して! この子を! それよりもソウルジェムが……!」

 

「大丈夫。ゆっくりで良いんだ」

 

 色々な事が起きてしまい、杏子に何が起きたのか喋ろうとしても、口が上手く回らず滅茶苦茶な言葉しか出てこなかった。

 だが、そんなさやかを落ち着かせるように、杏子は至って優しい口調で語りかけ、震える背中を擦っていた。

 

「あたしは言ったよな。絶対に護ってやるって……だから、さやかは大丈夫だ。安心しろ」

 

「杏子ぉ……!」

 

 杏子は微笑みながらさやかに語った。

 何があっても味方であり、必ず助けると。そんな杏子の胸に、さやかは抱きつくしか出来なかった。

 

 今は誰かの体温を分け与えて欲しい。

 死体の冷たさを。生気の無い人の姿を目の当たりにして、まるで自分の体温すらも吸われた感覚に陥っていたさやかには、自分に対して全てを受け入れようとしてくれる杏子へ、すがるように抱きついていた。

 杏子もまた、そんなさやかを護ろうとするように包容していると、さやかは温かく包み込まれるような雰囲気を感じ取り、ぽつぽつと喋り始めていた。

 

「ソウルジェムを投げたんだ……でも、あたし達はソウルジェムと繋がってるって、この子を見て分かって……私が殺しちゃったんだ……」

 

「ソウルジェムを……そうか、だからこいつが倒れているんだな。良く話してくれた。ありがとう」

 

 ソウルジェムを投げ飛ばすとその持ち主である少女が動かなくなり、そして死んでいる事を確認してしまい、魔法少女に課せられたもう一つの真実を知ってしまった。

 魔法少女の魂がこんな宝石だった事を知り、動けなくなっていた所に丁度良く自分が現れたのだと把握したのだった。

 

 杏子には、ソウルジェムが魔法少女の魂である事は既に知っている。と言っても、それは最近の出来事であった。

 杏子とほむらが会っていた時、マミを確実に倒す方法があるのかと言う質問をした事がある。その時に教えてもらったのが、マミのソウルジェムを砕くことだった。

 その時の杏子には、ソウルジェムは魔法少女へと変身する為のアイテムとしか認識しておらず、それだけでマミを殺すことが出来るのかと不思議に思っていた。

 しかしその後、そのアイテムこそが魔法少女にとっての急所である、生命の源。つまり、人間の魂の位置にあるものだと教えられ納得した。

 

 大抵の魔法少女であれば、ソウルジェムが魂だと知ってしまえば、さやかのように取り乱し、ソウルジェムを濁らせ、最悪魔女へと変貌してしまうのだが、杏子にはその心配は皆無であった。

 寧ろ、ソウルジェムさえ無事ならいつまでも生きていられる。砕かれてしまえば死んでしまうが、砕かれなければ良い。それさえ守れば常に健康な体を維持することが出来て、病気の心配もない。

 そんな体があれば、何があってもモモを助けることが出来ると分かり、喜んでいたぐらいであった。

 

 だが、目の前にいるさやかはそこまでの感覚を持っていない。魔法少女に間もない彼女では、一定の条件を守ってしまえば体が一生壊れないと言う、破格のメリットを飲み込め切ることは出来なかった。

 魂の在り処にこだわる、普通の人間と同じ立ち位置に踏みとどまっていたさやかには、ソウルジェムが自分自身の魂と理解してしまい、困惑や戸惑い。怯えなどの負の感情が入り混じっていた。

 

 幸い魔女化するまで取り乱してしまう程の酷い様子ではなかったのだが、倒れている少女を殺してしまったと勘違いを起こしていた。

 少女の手持ちに戻してしまえば特に問題はないのだが、そこで杏子は気付いた。

 

「(ソウルジェムについて、マミから教えて貰ってなかった? それとも、マミはその真実に気付いていない?……解せねぇな。あいつがそんな事を気づかない訳が____)」

 

 ソウルジェムを壊されただけで命を落としてしまい、しかしソウルジェムを守ってさえいれば永遠の命を手に入れられる。あまりにも重大すぎる情報を、あのマミが見逃して良いはずのものではない。杏子が思うマミの立場であれば、喉から手が出るほどの重要な情報だ。

 

 世界中の魔女や魔法少女を殲滅すると言う、膨大な年月が掛かる計画には、人間では必ず肉体の老いに負ける時が来てしまう。もし仮に、本当に地球上の魔女達を倒し切るのであれば、人間の寿命では確実に足りない。魔法少女とは言え、年月を重ねて歳を取ってしまうのなら、マミの計画は元から破綻しているのだ。

 それを解決する糸口がこんなにも身近に落ちている。しかも、願いで得る固有魔法なども必要ない、誰にだって簡単にできてしまう解決手段。

 マミにとってはソウルジェムが魂というデメリットを含めても、それでも破格のメリットが得られる。デメリットをデメリットとも思えない、最高のシステムが手に入れられるのだ。

 

 そして杏子は理解した。さやかの様にデメリットをデメリットだと思えるような情報を、魔女化してしまうと同じような情報を何故言わなかったのかを。

 

「(これは多分、二人の意識の違いから起きたすれ違いだ。さやかにとっては悪い意味かもしれないが、あたしとマミにとっては、ソウルジェムが魂であり、それを守れば一生生きていられるなんて、悪い意味とは思わないんだ……)」

 

 マミにとってはソウルジェムが魂だという問題は、さやかと同様に重要な問題ではあるだろう。しかし、それだけで破綻していた計画に成功の見込みが与えられ、常に最高の状態で永遠に生きていられるのならば、魂の在り処などどうでも良いと考えたのだろう。

 だからこそ、魔法少女になった際に何が問題があるのかを説明される時、その事について触れずに、さやかはそのまま魔法少女になってしまい、今の状況に陥ってしまったのだろうと、杏子は何となくではあるが理解していた。

 

「きょ、杏子……ソウルジェムが、あたし達の……」

 

 さやかは未だに困惑をして探り探りではあったが、その答えの真相を求めるように聞いていた。

 聞いているさやか自身、ソウルジェムが魂だという事を薄々理解している。しかし、それでも否定して欲しいと願うように聞いていたのだった。

 

「(こんな状態のさやかに真実を言って良いのか? いや、それよりも、一番手っ取り早い方法がある……さやか、あんたもあたしたちと同じ考えを持ってしまえば良い)」

 

 今の状態のさやかに真実を言ってしまえば、その後がどうなるか分からない。ならば、杏子はこう考えた。

 杏子やマミと同じ様に、ソウルジェムが魂何て事が、特に問題が無い真実だと理解させてしまえば。デメリットよりもメリットの方が大きいと納得させてしまえば、さやかの精神を安定させつつ、この場を乗り切ることが出来ると。

 

「(だけど、そのためにはさやかの心につけ込める人間の言葉が必要だ。残念だが、その役目が出来るのはあたしじゃない……くそっ、今のあたしは偽物だ。精神的に不安定になっているさやかにとって、私が知っている限り一番信頼できる人間の姿は____)」

 

 突如、杏子の体は赤い霧に包まれていく。まるで自分の姿を隠すように発せられた魔力を含む赤い霧。

 さやかはいきなりのことで目を瞑ってしまうのだが、開いた時には、ここには居ないはずの人物が姿を現していた。

 

「マ___マミ、さん……?」

 

「さやかさん」

 

 さやかは先程まで、杏子の胸に抱かれていたはずなのに、赤い霧が晴れた頃の目の前には、マミの姿がそこにはあった。 

 安心させるように微笑みを浮かべ、さやかの名前を呼んでいたのだ。

 

 今のさやかを落ち着かせるのは、杏子の知る限りではマミの姿しか思い付かず、幻覚の魔法を使いマミの姿を形作っていた。

 あの時の自分と同じ。マミを盲信しているさやかなら、マミが語りかける言葉を聞いてくれるだろうと思いながら、自分の姿を変化させていた。

 

 杏子自身の言葉でも聞いてくれる可能性はあった。だが、さやかの無事を祈る杏子には、少しでも成功確率の高い手段を選びたいと考えた、杏子の策だった。

 

「さやかさん、落ち着いて聞いてね。あなたが想像している通り、ソウルジェムは人間の魂を形作っているものなの」

 

「そ、それじゃあ、あたし達のソウルジェムを壊されたら……死んでしまうってことなんですか……?」

 

「ええ……でも、考えてみて? ソウルジェムが壊さなければ、あたし達は常に健康な体を維持できるの。だから、あなたが願いを叶えて、自分の命を捧げてまで体を治した男の子___恭介くんの体を、今度は身を挺して護ることが出来る。ほら、素敵なことでしょう?」

 

「私が恭介を……今度こそ、事故から護ることが出来る……?」

 

「そうよ! それに、病気にかかることもなければ、老いに負けることだって無いの! 私達はね、永遠に若々しい身体を手に入れた。女の子にとって、こんなに嬉しいことは無いんじゃないかしら?」

 

「そんな風に、考えたこともなかった……でも、あたし達の身体。まるでゾンビみたいなんですよ? こんなの、生きている内に入ってるんでしょうか……」

 

 さやかは膝に頭を乗せていた、ソウルジェムを無くしている少女に目を落とす。身体に外傷と言う外傷は無く、命だけが吸い取られてしまったように、綺麗な身体をしたまま命を引き取っていた。

 身体が傷付いたとしても、治癒の魔法が強ければ、その傷も無くなったように消えてしまう。ソウルジェムという道具さえ無事なら、何をされても元通りに戻る。

 これではまるで生きた屍だ。さやかはそう思わずにはいられなかった。

 

 だが、そんな心配など無用だというように、マミの姿に変えていた杏子は語りかけた。

 

「あら、私もさやかさんと同じ魔法少女だけど、さやかさんが魔法少女になる前からずっと魔法少女を続けていたのよ? そんな私を見て、生きていないって思ったかしら? 私が歩く姿を見て、まるで死体が這いずっている様に見えたかしら? 私の体に触れて、屍みたいに冷たいって感じたかしら?」

 

「そ、そんな事ないです! マミさんの歩く姿はいつも目で追っかけちゃって、死体が這いずっているだなんてそんな___まるでブロードウェイを歩く、モデルさんにだって引けを取らない姿でした! それに、マミさんの身体は柔らかくて温かくて優しくて、ずっとずっと抱きしめて欲しいって思います! 膝枕をされながら頭を撫でられたときだって、お腹に顔をうめながら香りを吸って抱きしめてると、天を登りそうな気分になっちゃいますよ!!」

 

「そ、そう。それは、良かったわ……」

 

 その気持ちが一応分かってしまう杏子は、内心複雑そうになりながらも、早口で喋っていたさやかを落ち着かせるように、続きを話し始めた。

 

「それじゃあ、さやかさんも私と同じ様に生きてるわよね? 私も、さやかさんの事を抱きしめるのが好きなの。ボーイッシュな印象はあるけど、身体はしっかり女の子してて、お肌だってすべすべ。柔らかくて良い香りがするもの」

 

「あぇ……え、えへへ。何だか恥ずかしいです」

 

「もう。さやかさんにいっぱい褒められちゃった私だって、恥ずかしかったんだから……だから、ソウルジェムが魂だなんて、そんなの些細なことなの

____」

 

「マミさん?」

 

 語り続けているマミの身体が、赤い霧をまといながら徐々にぼやけ始めた。

 

「貴女は確かに、この世に生を受けている人間なのよ。だから大丈夫よ」

 

 マミが喋るごとに、その皮が剥がれていくように赤色の霧が出ていく。

 

「さやかはさやからしく、生きて行けば良いの……だから____」

 

「杏、子……」

 

「さやかはあたしが護ってやるから、生きてくれ……」

 

 ついに赤い霧が消え、杏子の姿が現れる。涙を流しながらも、さやかの事を抱きしめていた。

 さやかはマミと喋っていたはずなのに、いきなり杏子の姿が姿が現れた事に驚くが、先程のマミの姿は杏子が見せてくれていたものだと、すぐに理解した。

 

「杏子……杏子は私を助けようとして、魔法を使ってマミさんの姿を見せてくれてたんだね。全然分からなかった。本当に、目の前にマミさんが居るって思っちゃった」

 

「へへっ。あたしは幻術を使って、感覚を麻痺させることが出来るんだ……いきなりあたしからマミに変わっても、自然に見えてただろ?」

 

「うん……」

 

「今のあたしじゃ、さやかを救うことが出来なかった……あたし達はお互いに何も知らない。今のさやかを救うには、マミの姿を真似ることしか出来なかったんだ……ごめん、こんな事しちゃってさ」

 

 罰が悪そうに、杏子は視線を下に移動した。

 だが、さやかはそんな事は気にしていないというように、首を振る。

 

「ううん、嬉しい。杏子だって、本当だったら自分の姿で声をかけたかったんだよね。でも、あたしのことを考えてくれて、マミさんの姿を見せてくれたんだもん。それに、マミの口調とかすっごく似てたけど、あたしに人間だとか、生きていけばいいとか言わないよ___杏子の気持ちと言葉、いっぱい聞けたから」

 

「さやか……!」

 

「もう、あたしは大丈夫。杏子のおかげであたしは護られたんだよ。ありがとう、杏子」

 

「あぁ……あたしもありがとう。さやかを護らせてくれて……」

 

 さやかの表情には、先程の負の感情が含まれていない笑顔を杏子に見せていた。

 マミの姿を借りてしまったとは言え、杏子はさやかを護り切ることが出来、嬉しそうにしていたのだが、さやかは膝に乗せていた少女のことが気がかりになっていた。

 

「ソウルジェムの真実は理解できたけど、この子はどうしたら良いんだろう……」

 

 ソウルジェムを無くしてしまい、このままでは死体だけが残ってしまう。その状況はどうにかしなければ不味いと思ったのだが、その心配もいらないと言うように、杏子は声をかけていた。

 

「それなら大丈夫だ。ソウルジェムはその持ち主を中心に、半径100メートルぐらいに入ってないと反応しなくなる。つまり、こいつのソウルジェムを手元に戻せば問題ないんだ」

 

 こいつのソウルジェムは何処にあるんだと聞いたのだが、その事を聞かれたさやかは青ざめていた。

 そう言えば、何処かに投げ飛ばしたと言っていたのを思い出す。

 

「縄張りに勝手に入ったせいで、この子と戦いそうになってたんだけど___あたしが変身させなかったら良いって思って、ソウルジェムを奪って投げたんだ」

 

「へぇ、やっぱりマミに仕込まれてるのか、変身する前に奪って無力化する手段を咄嗟に判断出来るなんて、最近契約した魔法少女にしちゃ強かすぎるんじゃない?」

 

「って、感心してる場合じゃないよ! 早く見つけてあげないと___」

 

 落ち着きを取り戻したさやかから詳しい状況を聞いていると、感心したような表情を浮かべてしまっていた。

 だが、そんな事を言っている暇は無いと言うように、さやかは慌てる様子を見せていたのだが、そんな心配も無いと杏子は話を続けていた。

 

「あたし達のソウルジェムは魂でもあるが、魔力の源でもある。つまり、魔力を発している物質なら、あたし達魔法少女ならそんな物を探すのは簡単だろ?」

 

「そうだ、魔力の探知!」

 

 杏子の説明にハッとしたさやかは、自身のソウルジェムを取り出す。魔力探知をしようと、魔力を広げて無くなったソウルジェムを探そうとしたのだが、今のさやかでは半径100メートル以上の規模に及ぶ魔力探知は、どうあがいても技術不足であり無理だった。

 

「……」

 

「いやいや、そりゃ無理だろ___まぁ、ここは任せときな」

 

 さやかの次に、杏子がソウルジェムを手の平に起き始め、さやかの投げた方角を一度見ると、集中するように瞳を閉じ始めた。

 すると、あたりの空気が張り詰めるような感覚が訪れ、その次には、杏子の体から壁が迫ってくるように魔力の圧が襲ってきた。

 

「(す、凄い。こんなにも綺麗に魔力を広げてる!」

 

 魔力探知は時間効率を上げてくれる、魔法少女にとって初歩の技術であり、だからこそさやかは、その技術を体得出来るようにマミから強く言われていた。

 さやかにはこの技術の難しさが良く分かっている。魔法とは違った、単純な魔力のみを操作する技術。

 それが理解出来ているさやかだからこそ、目の前で行われていた杏子の魔力探知の深さは、これ以上にないほど感じていた。

 

「ん……見つけた。この子はさやかが背負ってくれ。あたしが先頭に立って誘導するよ」

 

「う、うん。分かった」

 

 指示をそのまま聞き入れたさやかは背中に乗せて、歩き出す杏子の後を追って行くのだった。

 

 

 

 

「これで良いのかな」

 

「ああ。これだけで、後は勝手に起き上がるよ」

 

 ソウルジェムの位置をはっきりと分かっていた杏子達には、見つけることに苦労はしなかった。

 

 その後は、動かない少女を寝かせれる長椅子が置いてある近くの公園に入り、少女の胸に手を合わせて、その中に見つけ出したソウルジェムを握らせていた。

 本当にこれだけで良いのかと、さやかは少しだけ心配になっていたのだが、後は勝手に起き上がると杏子は断言していた。

 すると、確かにソウルジェムを握り始めてからの少女は、先程のような冷たい雰囲気から、温かい生気を帯びていくような空気を徐々に発していた。

 そして最後には、全く動かなくなっていた瞼が、電気が走っているかのようにピクピクと動き始め、目を覚ましていたのだった。

 

「うぅ……あ、あれ? ここ、何処?」

 

「よう、目が覚めたか?」

 

「え……あぇええ!? 杏子ちゃん!? どうして私の目の前に!? 私は確か見慣れない魔法少女と戦おうとして___」

 

 いきなり杏子が目の前に現れて少女は困惑していた。

 それもそのはずであり、少女からすれば、いきなり場面が転換したように見えていたのだった。

 

 そして、その混乱している少女に、さやかは手を軽く上げながら声をかけようとしていた。

 

「あ、あのー、大丈夫?」

 

「あ……あー!! あたしのソウルジェムを投げた子! て言うか何であっんたが私の目の前にいんのよ!? 逃げようとしてたでしょうが!」

 

「はいはい。落ち着けって」

 

 騒ぎ立てまくる少女の間に杏子が割って入り、何があったのかを説明し始めていた。

 

「こいつはあたしと同じ幻覚が使えて、逃げるような姿を見せた途端に後ろからあんたをガツンってやったんだよ。気絶したあんたを見て、逃げようとしたらあたしとばったり会ったって感じでさ」

 

『え? あたしそんな魔法使えないんだけど』

 

『話し合わせてくれたら大丈夫だ』

 

 使った覚えもなければ、そもそも使えない魔法をさやかが使ったことになり、さやかはテレパシーで杏子に呼びかける。取り敢えず、この場を乗り切るための嘘だと説明して、それを聞いたさやかはそのままの流れに身を任せようとしていた。

 

「ほっほー? それじゃあこの子は杏子ちゃんに捕まえられて、今からボコボコにしてやるって事ね。良いじゃない! 私が直々に手を加えさせてもらおうかしら!」

 

「あのなぁ、そんな事するわけ無いだろ。こいつは私の知り合いで、大方あたしに会いに来た途中だっただけなんだよ」

 

「知り合い?」

 

 自分の知り合いだと教えられ、さやかに向けて品定めするような視線を向けていた。

 

「杏子ちゃんにこんな知り合いの魔法少女がいたの? ふーん……でも、この辺りじゃやっぱり見ない顔だけど、そうね……何処から来たの?」

 

「あたし? あたしは___」

 

「あ、さやか!!」

 

 さやかを不思議そうに見つめていた少女が、風見野には確実にこんな魔法少女を見たことが無いと言う。だからこそ、何処から来たのかを聞くのは至極当たり前のことであった。

 何処から来たのかを聞かれたさやかも、それに関して答える事は、特に抵抗なんてものは覚えていない。なんてことのない、世間話の一環に過ぎないと思っていたからだ。

 

 だからこそ、杏子が声を上げるときにはもう、自分が住んでいる場所を隠す必要だとは思っていないさやかは、言いよどむことはしなかった。

 

「見滝原だよ」

 

「……は?」

 

 魔法少女のコミュニティは広いようで狭い。それは、そもそも魔法少女という存在が、一つの都市に住んでいる人間の数に対して、あまりにも少ないからだ。

 少ない魔法少女達だからこそ、情報の流れる速さというのは早く、一人がせき止めてしまえば流れることはない。つまり、情報のやり取りが盛んだとしても、その情報を扱う人間が少なすぎる事で、一度閉鎖的になってしまえば新鮮な情報は流れてこない。見滝原がその一例だ。

 

 見滝原からの情報は、見滝原に住む魔法少女であるマミのみしか存在しないので、流れ出てくることは滅多にない。

 つまり、目の前の少女が見滝原の魔法少女だということを、誰も知っている訳が無いのだ____杏子を除いて。だから大声を上げ、さやかを止めようとしていた。

 

 見滝原の魔法少女。それは、この辺りに住んでいる魔法少女にとっては、触れてはいけないモノでしか無い。何故なら、それだけの事を、見滝原の魔法少女であるマミがやってきたからだ。

 だが、そんな事をさやかが知っている訳がない。魔法少女として契約を果たしたばかりであり、それが禁句なんてことを理解しているまで、情報を得られてもいないのだから。

 

「み……見滝、原……?」

 

「え? うん、そうだけど……」

 

 少女は、さやかから聞いた都市の名前を聞き返していた。

 杏子は止められなかった事を悔やんでいるように、額に手を抑え首を振っている。そして、少女の顔色は誰が見ても分かるほどに青ざめ、椅子に座っていた状態から勢いよく立ち上がり、そのまま後方に飛んですぐさま魔法少女へと変身していた。

 

「な、なに? どうしちゃったの?」

 

 いきなり変身した少女を見て、さやかは何が何だか分からないように問いかけていたのだが、そんなさやかの様子など関係なく武器を構えていた。

 その表情は、青ざめていた状態から変わり、さやかを見つめ酷く怯えていた。

 

「な、何、何してんのよ杏子ちゃん! こいつ殺さないと! み、見滝原の魔女が! マミが!!」

 

 武器を構えていた手は震え、ガチガチと歯を鳴らしながら杏子に訴えていた。

 今すぐ目の前の彼女を殺さなければいけない、と。

 

「あたしがここに居る。落ち着け」

 

「い、嫌よ! 杏子ちゃんが一番分かってるはずよね!? あいつが今まで何をして来たか! 何であんたがこいつをかばってんのよ!!

  

「あっ……」

 

 あいつ___マミが何をやってきたか。それを聞いたさやかは、今更ながら気付いた。

 そうだ。見滝原に居る巴マミは、目の前の少女たちを殺して来た魔法少女だ。

 そこに住んでいると言い、魔法少女として活動している自分も、その仲間として見られているのだと。

 

「何でよ! 何でなのよ!! あ、あんたも結局……マミの使い魔だったってことなの!? 信じてたのに! 杏子ちゃんは違うって信じてたのに!! 嫌ぁあああああああ!!!」

 

 錯乱した少女は、魔法少女に変身していない杏子に向かって、武器を突き立てるように突進する。しかし、杏子はそのまま避けようともせず、その場で立ち続けていた。

 このまま何もしなければ、そのまま攻撃を受けてしまう。だが、それを分かっていて何もせず、動かなかった。

 

 そんな杏子を見て、さやかは声をかけようとしたのだが、その時の横顔を見て口を閉じてしまった。

 声をかけようとしていたさやかに、大丈夫だと言うように微笑んでいたからだ。

 

 そして、杏子の体に武器が深く突き刺さり、そのまま突進を受けて貫かれた。

 

「っ!」

 

「え!?」

 

 鮮血が吹き出す。決して小さくはない穴を開けられ、喉から逆流してきた血が口から溢れ出ていた。

 武器を貫いた少女でさえ、避けなかった杏子に困惑していた。

 杏子ほどの魔法少女であれば、冷静を失ってしまった攻撃など、あっさりと避けられてしまうはずだろうと。

 

「ど、どうして……どうして避けようとしないのよ!! 杏子ちゃんだったらあたしの攻撃なんて……っ!」

 

「悪かったな、心配させて。あたしが勝手なことしたばかりにさ」

 

 杏子は攻撃を受け止め、懐に入っていた少女を抱き寄せる。まるで、少女の痛みを。恐怖を受け入れるように抱擁していた。

 少女は抱擁を受けながらも、杏子の顔を見上げた。そこには、痛覚遮断をしていないのか、酷く苦しそうな表情を浮かべながらも、それでも安心させるように痛みを堪え、微笑んでいた。

 

「杏子、ちゃん……?」

 

「大丈夫だよ。少しだけ、眠っててくれ」

 

 あっけにとられていた少女の瞼を閉じさせるように、杏子は手の平で撫でる。すると、張り詰めていた糸がいきなり切れたように、少女の変身が切れ、倒れるように眠ってしまった。

 倒れようとしていたが杏子は抱きかかえるように受け止め、地面にぶつからないようにと支えていた。

 

「さやか……悪いな、こんなの見せちゃって」

 

 そう言いながら、さやかに向かい微笑む。しかし、その微笑みには悲しそうな雰囲気が入り混じっていた。

 少女が気絶し、杏子の身体を貫いていた武器も空気に溶けて消えていく。このままでは、杏子の血をせき止めていた物が無くなり、多量の鮮血が吹き出すことになるのだが、その心配をしたときにはもう、傷が全て塞がっていた。

 消えた瞬間に治ったのだ。

 そこには、武器が貫かれた痕跡があったように、大穴を開けた衣類があるだけであった。

 

「私が悪いんだ。本当にごめん。本当に、ごめん……マミさんは魔法少女を殺してた魔法少女。見滝原に居た子だって、全員マミさんが殺してたんだ……それなのに、あたしが見滝原で魔法少女として過ごしてたら、マミさんの仲間に見られちゃうよね」

 

 さやかにとってはもう、マミが魔法少女達を殺している事など当たり前過ぎて、感覚が他者とずれてしまっていた。

 契約を果たすときには、マミに殺される覚悟をしていた。しかし、他の魔法少女にとっては、そんな覚悟をしてしまうことはおかしい事なのだと見せつけるように、目の前に居た少女は怯えていた。

 

 人々の暮らしを護っている。しかし、だからと言って生きている人間を殺しているのには変わりはない。魔法少女とは言え、彼女たちもこの世に生きている人間だ。それは、杏子がさやかに向けて言った言葉だ。

 そんな少女たちを、見滝原の魔法少女であるマミは当たり前のように殺している。それがどんなに異常なことなのか、絶望に染めた表情を見て、さやかは初めて理解したのだ。

 

「あたしも元々は同類さ。見滝原を出て、風見野で活動しているときは、そりゃ酷いもんだったよ。マミの異常さは、見滝原に近い場所なら誰だって知ってるからね___詳しい話は後にして、ここから離れよう。こいつが魔法少女に変身した辺りから、周りに幻術をかけたとは言え、このまま居たら気づかれる」

 

 さやかは周りを見渡すと、人通りは少なかったとは言え通行人が辺りに居るのだが、誰も少女が武器で貫かれるという惨劇を知らないというように、そのまま通り過ぎる姿が見えていた。

 

 杏子はそのまま支えていた少女を背中に抱きかかえ、先程の自体で少女の精神がやられ、濁ってしまったソウルジェムを浄化している。そして、さやかを連れて、そのままとある場所まで歩き始めたのだった。

 

 

 

 

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