強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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38話 今度こそ二人で

 

 

 

 

 少女を抱えながらしばらく歩き進めると、石畳が続く道が現れてた。

 杏子はその奥を指し、焼け焦げた教会の中に真新しい椅子と机があるから、そこで待っていて欲しいと、後を付いてきたさやかに言っていた。

 それを聞いて、付いていかない杏子はどうするのかと聞いたのだが、背中に背負っている少女をどうにかしなければと言うように、担いでいる少女を顎で指していたのだった。

 

「あたしはこの子が起きたときが心配だから、ちゃんと落ち着かせるように一緒にいるよ。それに、あたしはこういう事には慣れてるからね。さやかだって体験済みだろ?」

 

 体験済みと聞かれ、マミの姿を見せられた時の事を思い出す。確かに思い返してみれば、あの時の杏子は妙に手慣れているような感じがしていた。

 慣れているというように、何度も誰かを落ち着かせる機会があったのだろうかと、さやかは納得していた。

 

「それじゃあ、この先の教会? で、待ってるよ」

 

「あぁ、すぐに行くから」

 

 すぐに行くと言い、杏子は少女と共に何処かへ行く姿をさやかは眺めていた。

 後ろ姿が小さくなる頃には、さやかも石畳の道を歩く進めていったのだった。

 

「これ、かな。確かに焼け焦げた後みたいなのがあるけど……」

 

 言われた通りの先には、確かに焼け焦げた教会がそこにはあった。

 扉らしき板も機能しておらず、別の大きな板が立てかけられただけであり、その隙間からさやかは中に入っていった。

 すると、杏子の言う通り、焼け焦げた教会にはあまりにも不釣り合いな、真新しい机と椅子が置いてあった。

 

「ここに座ってたら良いのかな」

 

 待っておくように言われ椅子に座ってみるものの、一人で居るにはこの焼け焦げた教会の居心地があまりにも悪かった。

 

 持ち主らしき杏子が側にいればまた違うだろうが、何も知らない廃墟の中で一人座って待っているのは寂しい。杏子がいつ戻ってくるかも分からず、椅子から立ち上がり、また座るといった動作を何度も繰り返した末、さやかはとある事を思いついた。

 

「多分、来るにしても時間掛かるだろうし……良し」

 

 おもむろに魔法少女の姿へと変身すると、その右手には不格好だが魔法で作られているであろう、箒らしきものが握られていたのだった。

 

 

 

 

「少しだけ時間かかったか……ん?」

 

 気絶していた少女を落ち着かす事数十分。あまり時間はかからなかったが、さやかを一人教会の中に待たせるには、少しだけ時間がかかってしまったかと思っていた。

 ぼろぼろになってしまった服も交換し終え、それからすぐに教会へ足を運んでいたのだが、遠目からでも分かるほど、教会の中には魔力が発せられている様子が見えていた

 

「何やってんだ?」

 

 何をしているのか分からなかったが、そのまま教会の中に入ろうとすると、外には机や椅子。中にあったものが外に出されており、立て掛けてあった扉も外されて、砂埃のようなものが吹き出していた。

 すると、外に居た杏子に気が付いたのか、中にいるさやかから声が聞こえて来た。

 

「お、杏子ー! 戻ってきたのー?」

 

「何をやってるって……まぁ、見たら分かるんだけどさ。掃除してんのか?」

 

「いやー、待ってて欲しいって言われたけど、身体動かさないと落ち着かなくてさ。取り敢えず見える範囲だけ掃除してたから、変なものは触ってないよ」

 

 そう言いながら、魔法少女の衣装に変身していながらも、頭には三角巾とエプロンを上から身につけ、不格好な箒を持っているさやかがいた。

 

「私の性質上水の魔法も使えたから、結構綺麗になったでしょ?」

 

「……ふふっ、そうだな。ありがとう、態々掃除してくれて」

 

 笑って見せた杏子を見て、さやかも笑い返すように笑顔をみせていた。

 

「勝手にやったことだから気にしなくて良いよ! それよりも、あの子は大丈夫だったの?」

 

「あぁ。ちゃんと説明したら分かってくれたさ。それに、私にも謝ってきたよ。攻撃してごめんって」

 

「そっか。それは良かった」

 

 それを聞いて、外に出してあった机を中に戻しながら、さやかは安心したようにうなずいていた。

 

 杏子が戻ってきたおかげで居心地の悪さが解消され、戻した椅子に大人しく座り始める。しかし、杏子は座ろうとせず、教会の中にあった椅子と机と同じ様に、真新しい棚へと近づいていった。

 

「どうしたの?」

 

「ん? ほむらから古いやつだけどティーセットを貰ってさ、あいつに教えて貰いながら紅茶の淹れ方を練習してたんだよ。お茶菓子も用意してるから、食べながら話そうと思ってさ」

 

「ふーん……やっぱり、ほむらと杏子って妙に仲良いよね。ほむらは初めて会ったって言ってたけど、本当にそうなの?」

 

「あたしとほむらは初めて会ったよ。間違いないさ___それに、あいつは強いからな。実力って意味じゃない。勿論それもあるが、精神的な強さの事さ。あいつの精神は、絶対に折れない信念がある。それにあたしは惹かれたんだろう」

 

「ほむらも杏子の事は信頼してる感じがあったし、そんなものなのかなぁ……あれ?」

 

 そう言いながら、棚から取り出したティーセットとお茶菓子を机に並べ、ポットの中に水を入れ始めていた。

 水を沸騰させ、お湯を作ろうとしていたのだろうが、そこでさやかはとある事に気づいた。

 

「ガスコンロ無いけど、どうするの?」

 

 机の上にお湯を作るためのガスコンロなどの、火を扱う道具が置かれていなかった。

 まさか焼け焦げて所々穴が空いているとは言え、室内で焚き火をするのではないかと見ていたのだが、杏子はおもむろに、ポットを両手ではさみ始めていた。

 

「魔力って結構便利なんだよ。要はエネルギーの塊だからさ、物に加えてやれば反応は起こす。水に魔力を流せば沸騰させることも出来るんだよ」

 

 さやかから聞かれた質問に答えながらも、杏子の手の平が発光し始め、ポットの口から徐々に蒸気が立ち始めていた。

 

「へー、そんな使い方もあるんだね」

 

「あたしは家が無いからさ。一つの場所に留まるようなことはしないから、そんな魔法少女の生み出したサバイバルの知恵ってやつ」

 

「い、家がない?」

 

「それも含めて話すよ」

 

 当たり前のように重要な事を話し、さやかは思わず聞き返す。だが、特に問題があるようなことではないと言うように、杏子は温め終わったお湯で紅茶を淹れ始めていた。

 さやかはその姿をなんとなく眺めていたのだが、妙な既視感を覚えていた。

 紅茶を淹れている姿に誰かを重ねることなど、思い当たってしまう人物は一人しかいない。

 

「杏子はほむらから紅茶を教えてもらってるんだよね?」

 

「ん? ああ、そうだが___」

 

「なんだか、マミさんが淹れてる姿が見えるんだけど」

 

「あ、いや……あたしもマミの弟子やってた頃は、何度も紅茶を貰ってたからな。それを思い出しながら淹れてたから、マミに似てたんだろ」

 

「あー、確かに。そう言えばそうだったね」

 

 ほむらが未来からやって来た事は、さやかたちに話していないのを杏子は知っている。一瞬まずいと思ったのだが、今のさやかと同じ様に、昔はマミと共にいた期間が長かったのだから、それを理由にして事なきを得た。

 

「ほら、出来たよ」

 

「おー、良い香り。本当に紅茶だ」

 

「あのなぁ」

 

 そんな事を話していると、杏子の淹れた紅茶がさやかの手元に置かれる。マミの紅茶を飲み慣れてしまっていたさやかでも、思っていたより紅茶をしていて、満足そうにしていた。

 杏子は苦笑いを浮かべながらも、さやかは出された紅茶を一口含んでいく。すると、思っていた以上に、その味には覚えを感じてしまった。

 

「これ……マミさんの紅茶みたい」

 

「まぁ、そうだろうね」

 

 杏子はさやかの言う気持ちも良く分かっているように、軽くうなずいていた。

 ほむらの紅茶を飲んだときのような感覚と同じだろう。

 しかし、さやかは杏子の時以上に心を震わせていた。

 

「だけど、なんだろう。マミさんより美味しい気がする」

 

「そっか、そりゃ良かったよ……マミの言った通りだったなぁ」

 

「え?」

 

 杏子は机に肘を突き、何かを思い返しているように瞳を閉じていた。

 さやかは不思議そうにどういうことなのかを聞くと、とある思い出を話し始めた。

 

「紅茶を淹れてたマミに聞いたんだよ。どうしてこんなに美味い紅茶が淹れれるのかって。そしたら、紅茶を入れる際に大事にしてることは、淹れる相手の事を想いながら作る。想いを込めた分だけ、最高の隠し味になるってな。だから、それがマミよりも美味く感じられたのは、あたしがさやかの事を、マミ以上に想えていたんじゃないかってね」

 

「杏子……うん、美味しい。すっごく美味しいよ」

 

 何度も美味しいと言う姿を見て、杏子は満足そうに笑った。

 そして、紅茶とお茶菓子を用意し終わったことで、本題に入るようにさやかを見つめ話し始めた。

 

「さやかはどうして風見野にいるんだ? って、多分あたしに会いに来たであってるんだろうけど」

 

「うん。あれから、ずっと杏子の事が気になってたんだ。会って、話したかった。だから風見野に来たんだよ」

 

「そうか……さやかにそう思われてたなんて、嬉しいな」

 

「……あっ」

 

 杏子を見つめ返し、真っ直ぐに会いたくて会いに来たと言った。

 それだけを言ったはずなのに、目の前の杏子は妙に柔らかい雰囲気になり、さやかを微笑んでいた。

 恋愛マンガやドラマのワンシーンにあるような表情。それは、男の子から告白を受けている女の子ような、そんな表情をされてしまい、さやかは先程言ったことを思い返すと、恥ずかしそうに目の前を手で振っていた。

 

「あ、いや! 決してそういう意味で言った訳じゃなくて! あ、でもそういうのにも興味がないって訳でもないんだけど! えーっと、べ、別に今回は私が単に杏子と話したいって本当にそれだけで___」

 

「ふふっ、慌てすぎだろ」

 

「……お?」

 

 口に手を当てて笑う姿を、さやかは少し見惚れてしまうように眺めてしまったが、すぐに意識を取り戻すと、照れるように後頭部に手を回しながら笑い始めた。

 

「あ、あはは! いやー、さやかちゃん誂われたって訳ですか! それを早く言ってくれないと困るよー!」

 

「何言ってんの。さやかが勝手に思っただけじゃん?」

 

「おぉ……」

 

 焼け焦げた教会。天井も壁も、所々崩壊して穴が空いていた。

 そこから入り込んでくる太陽の光は、柱になって杏子の周りに降り注いでいる。

 

 決して綺麗とは言えない教会の中。しかし、そんな場所で太陽の光を浴びながら、汚れている周りと対比するように綺麗な椅子に座り、首を傾げている杏子の姿は、あの夜に見た情熱的な印象とは全く違った、静かな美しさを物語っていた。

 綺麗だと。やはりそう思わずにはいられなかった。

 

「(これが萌えか!? 萌えなのかー!?)」

 

 大事な人と話している。杏子から率直な気持ちが伝わってきてしまうが、自我を取り戻すようにおどけた雰囲気で話を続けようとした。

 

「げふんげふん……そ、それよりも、杏子が何であたしを護ろうとしてるのか、それを教えてほしいんだ」

 

「マミから聞かされてないのか?」

 

 勿論さやかは聞いたのだが、直接会って話しなさいと言われてしまい、ろくな話は聞くことが出来なかったと伝えた。

 それを聞き、杏子自身も直接話したいと思っていたのだろう。紅茶を一口飲みながら感謝を伝えると、椅子にもたれかかり話し始めた。

 

「さやか。これはあんたにとっては何も関係の無い事なんだ。あたしが勝手な自己満足に巻き込んでしまっているだけで、さやかが何かをした訳じゃない。だから、聞いた所で仕方ないかもしれない。それでも聞いてくれるか?」

 

「うん。それでも聞かせてほしい。だからあたしは杏子に会いに来たんだ」

 

「そっか、分かったよ……あたしとマミの始まりはな、あたしが逃した魔女から始まったんだ____」

 そこからは、静かに杏子の話が語られた。

 始まり方は違えど、さやかと同じようにマミの掲げる正義に憧れ、それに盲信するように付いていった事。

 マミと共に魔法少女の特訓を始めてからは、自分が自分で無いと思えるほどに、強くなっている実感が泉のように湧いて、実力もどんどん付いていった事。

 共に戦い続ければ、この世を護れるんじゃないかと思うほどに、マミとの活動は充実してしていた。

 

 だが、とある日。杏子を変え始めるきっかけとなる、大きな事件が起きる。それは、見滝原市に一人の魔法少女が入って来た事だった。

「名前は知らない。だけど、私達と同じ正義の魔法少女だった。他人を想い、人を救う。そいつが使っていた魔法は、癒やしの願いで得た強力な回復魔法___さやか、あんたと同じだよ」

 

「私と同じ魔法少女?」

 

「ああ。本当に似てるんだ。勿論他人だから違う部分はあるよ。だけどな、あたしにはさやかの姿とあの子の姿が重なって見えた……あの日から、あたしはあの子の影を追ってたんだよ___」

 

 その魔法少女は、マミたちを倒すためにやって来たと言い放った。

 グリーフシードが生命線となる魔法少女にとっては、常に一定量の補充をする為の地域を、確保しておかなければならない。でなければ、何れ手持ちのグリーフシードが枯渇して、魔法が使えなくなるからだ。

 しかし、マミは見滝原市という広大な土地を独り占めしている、悪い魔法少女という認識を彼女は与えられていた。

 それが原因で、彼女はマミ達の前に現れたとさやかに説明した。

 

「マミさんは見滝原の人々を本気で護ってる、凄い魔法少女だよ。でも……」

 

「ああ。同僚からしたらそんなもの、マミの勝手に掲げた理想だ。そんな事関係がないんだよ。あたし含め、自分が生きるために必死なんだ。グリーフシードが無ければまともに戦えない魔法少女にとっては、マミの存在は邪魔でしか無いんだよ」

 

 さやかは先程の魔法少女に因縁を付けられたことを思い出した。

 たかがグリーフシード一個。しかし、魔法少女たちにとってはその一個の価値は酷く重い。

 見滝原市を独占され、ただでさえ活動範囲を狭められてしまった魔法少女にとっては尚更だ。

 だからこそ、あそこまでの縄張り意識を持っていたのだと、納得せざるを得なかった。

 

「あたしも同じ気持ちだったさ。マミさんは凄い。マミさんは皆を護ってる。マミさんが居るから、見滝原は平和なんだって。襲って来た魔法少女に、同じ正義の魔法少女だったあの子に何度も説得したよ。あんたもあたし達と同じ、人を護る魔法少女だ。だから戦うべきじゃないってな」

 

「どう、なったの?」

 

「駄目だった。説得なんて聞いてくれなくて、やっぱりそんな事関係無いって言われたよ。それでもあんた達は、他の魔法少女にとっては悪でしか無いってな。あたしがマミさんを信じていたように、あの子も信じていた魔法少女がいた。だから、そいつのことを信じていたあの子は、あんた達は悪いやつだって、何度も何度も言われ続けて……終いにはあたしはブチギレて、あの子を叩き潰して黙らせた」

 

「……」

 

「初めてだったよ。あんなにも感情を唸らせて、人の形をした相手をぶちのめしたのは。でも、これで終わったって思った……でも違った。これからだったんだよ。あたしがやるべきことだったのは」

 

 

「そ、それって……」

 

「マミに言われたんだ。殺せって。それが正しいことだって。彼女の正義よりも、あたしの正義が勝った。だから、彼女を殺すことは正しいことだって……そう言われて、私の身体は安い熱を帯び始めた。動いてもないのに息が上がり、苦しかった。目がぼやけるぐらいに頭が痛くなった。何度も何度も言い聞かせたよ。自分がやることは正しい。マミさんの言っている事は正義だ。だから、あたしがこれからすることも、正義なんだ。そして、マミさんを裏切りたくはないって……そう思い込んで___あたしはあの子を殺した」

 

「う、うぅ……」

 

 流れるように話す杏子とは対象的に、さやかはその時の様子が手にとるように想像できてしまい、息を詰まらせていた。

 まるでその時の杏子と同じ様に、さやかの心臓の鼓動が強くなり始め、息苦しく感じ、空気を求めて呼吸を激しくする。それでも杏子は話を続けていた。

 

「それからあたしは、魔法少女を殺すことに躊躇はしなくなった。あたしが魔法少女と対立した時、ちゃんと処理出来るようにすることが、マミが教えたかったことらしい。想定通りだったよ。でも、あたしも好きで殺してる訳では無いさ。ただ、何度もあたしに襲いかかって来る奴は、対応するしか無かった。でも、あの時殺した彼女は。彼女だけは、殺すべきじゃなかったって今でも思うよ。だから、あいつの顔を見ないように目を塞いでも、忘れることは出来なかった」

 

「……あたしに似てるって言ったのは、そういう事だったの? 忘れられなかったからって……」

 

「ほむらからな、さやかの事を聞いて、あいつに重なり合うような感じがしたよ。性格も魔法も、聞けば聞くほど似てるって。だから、あたしは今度こそあいつを____さやかを護りたい。そう、勝手に思ったんだ……短い時だったがさやかと話して、直接見て、感じて。あたしの何かが変わったような気がした。それからは、あの子の顔も真っ直ぐに見れるようになったよ。殺した事実を、体の一部として取り込めたような感じがした……まぁ、これがさやかの知りたかった、護りたい理由だよ」

 

「あたし、あたしは……」

 

「良いんだ、無理に答えを出そうとしなくても。あたしが勝手にやってる事だって言っただろ? 勝手に見滝原に行って、勝手に風見野に戻って、それで風見野の奴らには迷惑かけたよ。だから、あの子の恨みも痛みも、あたしは受け入れる。あの子がもうあたしを信じないって言うなら、受け入れるさ」

 

 杏子の身体を突き刺した魔法少女。あの時に聞いた叫びは、さやかの頭に残っていた。

 信じていたのに。そう言いながら武器を構えていた少女の瞳は、涙で濡れていた。

 それは、恐怖から出てきた涙ではない。杏子の事を信じていたから流していた涙だと、さやかは分かっていた。

 

 だからこそさやかは我慢出来なかった。

 あの時考えなしに自分の住んでいる場所を話したことが原因なのに、それで杏子が追い詰められてしまうことに。

 さやかは机を両手で叩きながら、その勢いで立ち上がって大声を張り上げた、

 

「違うっ! そんな事杏子が受け入れなくて良い! それはあたしが悪いんだ!! あたしがあの時言わなかったら! 杏子が信頼を得られたのは、風見野で皆を助けてたからでしょう!? じゃないと、信じてたのになんて言われないよ!!」

 

「……」

 

「いつもそうだ……っ! 恭介やマミさんの時だって、もっとあたしがしっかりしていればっ! 追い詰めることなんてなかった……っ! 今だってそう!……あたしって……あたしって、ほんとバカだ……っ!!」

 

「ふふっ……何でさやかが泣いてるんだよ」

 

「だってぇ……!」

 

 杏子を庇うように語っていたさやかの頬には、涙が伝っている。

 

「優しいなぁ、さやかは……良いんだよ。あたしは受け入れる。それがあるから、今のあたしがあるんだ。さやかと出会って、やっと分かったよ。それにな、全てが悪いことだけじゃないさ」

 

 教会の奥にある、祭壇だったものを見つめながら話し始めた。

 

「この教会はな、あたしの親父が使っていたものなんだ」

 

 杏子が魔法少女になった時に願った奇跡。それは、この焼け焦げた教会がまだ綺麗だった頃。新聞に書かれている不幸な記事を読むたびに涙を浮かべてしまう、優しすぎるほどに優しい父が使っていたものだと話した。

 

 父はそんな時代を救おうと、新しい時代を作るために新しい信仰を作ろうとした。

 だが、教義に無いことまで説教し始め、信者も途絶え、本部からも破門されてしまい、遂には誰も父の話を聞こうとはしなくなったと語った。

 

 間違ったことは言っていない。少しでも耳を傾けてくれたら、誰にでも分かる事を話していたはずだった。

 それでも誰も相手にしない事が悔しく、杏子はキュゥべえに願ったのだ___父の話を真面目に聞いてくれるようにと。

 

 その願い通り、教会には信者となる人達が押し寄せた。

 それを見た父は喜び、喜ぶ父を見た杏子も嬉しく感じていた。

 しかし、それだけでは魔女を倒すことは出来ないと理解していた杏子は、父の世界を実現する手伝いをするように、魔女を退治していった。

 まるで表と裏から人々を救うように。この時代を父の言う通り、変えていけたら良いと___だが、それも短い期間だった。

 

 杏子の願いが父に知られてしまったのだ。

 魔女や魔法少女。化け物と戦う対価として、何でも一つだけ願いを叶えてしまうと言う、馬鹿げたシステムを知られてしまった。

 そして父は思った。目の前に集まっている信者たちは、私の話を聞いて賛同をしてくれた者達ではない。全て、娘の願いで得られた偽物だ。

 娘の力で惑わされた、哀れな人々だ。

 そんな力を使い、嬉々としている娘の姿は魔女以外の何物でもないと。

 

「あたしは親父を助けたかった。だから願った……でも、実際は違うんだよ。あたし自身が許せなくて、あたしが満足したくて、親父を利用しただけなんだ。親父の本当の願いなんて一切考えていない、あたしの勝手な自己満足なんだ……後はもう、この教会を見たら分かるだろ?」

 

 焼け焦げた教会を見渡すように、さやかに手を広げていた。

 

「一家心中さ。両親は教会と共に焼かれた……でもな、妹だけはあたしが助けることが出来た……自分でも不思議に思った。何で妹を助けることが出来たんだろうって。それで思ったんだ。見滝原に来たあの子を殺してなかったら、あたしは妹を助けることは出来なかったって……知ってるか? 奇跡はいつも等価交換だ。だから、あの魔法少女の命の代わりに、あたしは妹の命を助けることが出来た。こじつけも甚だしいが、そう思うよ」

 

 ほむらから聞いた、違う世界の自分の話。数多もの世界線の中で、唯一妹を助けることが出来たと語るのが、今の自分だと言った。

 

 奇跡はタダではない。希望を祈れば、それと同じ分だけのの絶望が撒き散らされる。そうして差し引きを並行にして、世の中のバランスが成り立っていると語る杏子には、あの時少女の命を奪ったことが、妹を助けられた事に繋がったと考えていた。

 

「さ、次が最後だ」

 

 家を無くし、一時的にマミの家に住んでいた時、杏子の知る限りで多くの魔法少女に傷を残した事件が起きた。

 見滝原にやって来た魔法少女の集団。それは、魔法少女を殺し続けるマミを討伐するためだけに、多くの魔法少女で編成された集団であった。

 

 杏子は修行時代、ソウルジェムの濁りを必ず消し続けるようにと強く言われていたが、濁りきった成れの果てが魔女であることを知らなかった。

 だからこそマミは、最後の授業だと言わんばかりに、杏子へとその答えを見せつけ始めた___マミは集団にいたリーダーを絶望に堕とし、魔女へと変化させたのだ。

 

 その時にいた多くの魔法少女は死んだ。

 風見野に帰ろうと、怯えている魔法少女たちを護ろうと、杏子は力を振り絞りやっきになっていたが、ほとんどが魔女になるか、魔女になる前には死んでしまった事件。

 生き永らえた数人の話を聞いた魔法少女にとっては、見滝原市及び、巴マミは恐怖の対象でしか無かった。

 

「酷いもんだった、本当に。20人以上いた魔法少女がマミに殺されるか魔女になるかだ。それをあいつは、あたし達が魔法少女になる前には、何度か繰り返して来てるんだよ」

 

「だからあの子も、マミさんの事を知ってたんだ……」

 

「見滝原関連の名前はNGワードなんだ。あたし達はマミの一番近くで見てきたから、マミが魔法少女を殺すことは当たり前だと思ってる。でも、それは異常なことなんだよ。マミの思考に汚染されてるやつが、それを当たり前だと認識してる……あたしもさやかも、もうどうしようもなく、あいつの思考に染まってんのさ」

 

「うん……本当ならおかしいことなはずなのに、あたしはそれが当たり前だって思ってた」

 

「見滝原の名前を聞いて取り乱した、あの子の反応が当たり前なんだ。何れ魔女になるからって、人間である魔法少女を殺すなんて知って、実際に何十人。いや、もしかしたら何百人もの魔法少女を殺してたらな……」

 

 何百人もの人間を殺してきたという、あまりにも禁忌を犯し続け、人一人が行うには業が深すぎる事実。

 だが、それに盲信し続けていたのが、机を囲んでいる二人であることも、変えられない事実であった。

 

「だからお願いだ。さやかは目を覚ませ。不格好でも良い。縋るようでも良い。生きるんだよ。たとえ最後には魔女へ変化してしまうとしても、さやかは生き続けるんだ。だからそのために、あたしが必ず護ってやる」

 

「杏子……」

 

 椅子から身を乗り出して、さやかに訴えかけた。

 そして、そんな杏子に言葉を返すように、さやかは喋り始めていた。

 

「ありがとう杏子___でも、良いんだよ」

 

「なっ……何でだ。どうして、そこまでして……」

 

「あたしの願いもね、結局自分勝手な願いなんだよ。杏子が悩む必要なんて無いんだ……それに、この紅茶とかお菓子ってどうしたの?」

 

「ど、どうしたって、働いたお金で買ったが……」

 

「凄いよ杏子は。結果はどうあれ家族に対して一生を願って。マミさんと一緒に居て、絶望に染まるような体験を何度もしても。あたし達と同じぐらいの歳なのに、大切な妹さんを護って、一人で働いて生きている。風見野に戻っても、自分だけじゃなくて風見野の魔法少女の事を考えてる。こんな事、あたしだったら出来ないよ。本当に心から尊敬する」

 

「だったら何でだよ!? そこまで思ってくれるのなら尚更……!」

 

「杏子は言ったでしょ? 奇跡は等価交換だって。だったらあたしは奇跡を願った後、マミさんに殺されるかもしれないって事、ちゃんと受け入れるよ。大切な友達を、親友を、幼馴染を助けて、これ以上にない師匠も居る。杏子みたいに尊敬する友達も出来て、そんな杏子があたしを護ろうとしてくれる。こんなの幸せすぎて、それこそおかしくなりそうだよ。差し引きゼロって言うなら、あたしは魔女になる前に殺されちゃうぐらいじゃ、お釣りが返って来るぐらいにね」

 

 さやかは今まで起きたことを思えば、そんな事は問題がないというように笑っていた。

 自己満足と言いながらも、その考えは何処までも他人思いな少女の考えだ。

 だから杏子は我慢できない。もはや無意識な自暴自棄に近い、目の前の少女を変えることが出来ない自分が。結局魔法少女になったばかりの。父を壊してしまった頃と何ら変わりがないと。

 

「何でだよ……あんたは生きろよ!! もっと自分を大切にしろっ!! あんたが殺されるぐらいなら、あたしがさやかの身代わりに___」

 

「だーめ!」

 

 自分の命を捨ててまで護ると良い切ろうとする杏子の口に、さやかは人差し指を添えた。

 

「その先の事は、絶対に言っちゃダメ! 妹さんどうする気なの? あたしの為に、杏子が護った証のはずの妹さんを、一人ぼっちにさせるの? あたしの代わりはいくらでもいる。でも、妹さんにはもう、杏子しか居ないんだよ?」

 

 妹であるモモのことを言われ、杏子は唇に当てられた人差し指から離れるように、前のめりになっていた姿勢を戻し始めた。

 

「モモ……一人ぼっちは、寂しいもんな……分かってるよ。でも、それはさやかも同じだ。さやかの代わりはどこにも居ない。だから、あたしはさやかを諦めたくはないんだ」

 

 それでもさやかを護る意思は曲げられない。そんな姿の杏子を見て、さやかはマミと居て思っていたことを話し始める。

 

「あたしはさ、マミさんよりも強くなりたいんだよね。そりゃー無理な話かもしれないけど……マミさんよりも強くなって、もっともっと周りの人を助けたい。勿論、あたしには才能ないけどさ___だったら、杏子とあたしの二人なら、マミさんよりも強くなれそうな気がしない?」

 

「さやか、お前もしかして」

 

「師匠を超えていく姉妹弟子! 素晴らしい響きだと思うよ本当に……まぁ、要はさ、殺されちゃう可能性があるのはマミさんよりも弱いからでしょ? だったら二人で強くなっちゃえば良いんだよ。マミさんよりもね」

 

 そうなれば何の問題も無いというように、ウィンクをするように片目を閉じながら、杏子へ提案を出していた。

 単純な話かもしれないが、それが難しいというのはさやかも十分に分かっているはずなのに。それでも進む道はそれだけしか無い。ならば突き進むのみと、言い切っていた。

 

「ははっ……簡単に言うよ、全く」

 

 杏子自身、それがどれだけ難しいのかは理解している。しかし、目の前の少女となら、それが可能かもしれない。

 あまりにも淡い期待ではあったが、それでも賭けてみたい思ってしまった。

 

「さやか」

 

「ん?」

 

「あたしは強くなるよ。さやかを護れるぐらいに……いや、さやかと一緒に戦えるように」

 

「いやいや、杏子のほうが私の数百倍強いじゃん、あたしが杏子の背中に追いつけるように頑張るからさ。一緒に戦うんだったら、そのときはよろしくね?」

 

「ふふっ、調子狂うなぁ」

 

 すっかり冷め切ってしまったポットのお湯を、杏子は温め直し、熱い紅茶を淹れ直し始める。

 先程までの暗い雰囲気は無い。今では希望に満ち溢れていた少女二人が、何処にでも居る中学生の会話を再開していた。

 

 

 

 

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