39話 忍び寄る恋敵
風見野の杏子に会いに行ってからその翌日。さやかはいつも通り学校へと登校していた途中であった。
温かい紅茶やお菓子をいただき、ついつい長話をしてしまったが、その時の事を思い出しながら歩いていると、その先には大きく手を振りながらさやかを迎え入れるまどかの姿が見えて、駆け足で向かい始めていた。
「さやかちゃんおはよう!」
「おはよう美樹さん」
「おはようございますさやかさん」
「やーやー、おっはよー!」
まどか達からの挨拶に釣られるように、さやかも挨拶を返していた。
いつも通りとは言いながらも、さやかの声色は明らかにいつも以上にごきげんな様子で、それを見ていた仁美は不思議そうにさやかへ聞いていた。
「何だか嬉しそうですけど、何かあったんですの?」
「いやー、分かっちゃう? 実は新しく友達が出来てさ。それもとびきり可愛くて綺麗で、とんでもなく優しい子。あたしには勿体ないぐらいのね」
「あらぁ……そんなに大手を振ってお褒めになさるなんて、とても素敵な方なんですわね」
あまりにも直球すぎる褒め言葉が、考える素振りもなくすらすらと出てくるので、仁美は一体どんな子だろうかと思いながら、口に手を当てながら驚いていた。
そんな中、ほむらが喜んでいるさやかに向けてテレパシーを飛ばし始めた。
『それって、杏子の事を指しているのかしら?』
『あったりー! 流石ほむらは感が良いね』
『貴女にそこまで優しくしてくれる女の子なんて、それ以外思いつかないもの』
『あれ? ちょっと棘がありませんか?』
すぐに当ててみせたほむらを褒めていたはずなのに、まさかの返しにさやかはツッコミを入れていたのだが、その間の二人は見つめ合うようにして表情を変えていた。
それがまたもや仁美の目に止まってしまい、悪い癖が出始めるように、声を震わせていた。
「さ、さやかさん。まさか、新しいお友達という女の子だけではなく、暁美さんまでその手を広げてしまったのですか……!」
「あのねぇ、どんだけ節操無いのよあたしは」
「でもさやかちゃん、あたしの事をお嫁さんだって言いながら抱きついたり、ほむらちゃんにだってスキンシップ多かったり、マミさんの身体を良く触ってたり、杏子ちゃんにも妙な視線向けてたよね」
「節操がないわね美樹さやか」
「なぁ!? 思わぬ所から援護射撃!?」
まさか、まどかから悪い癖の拍車をかけるように、燃料を投下してくるとは全く思っておらず、大げさ気味に反応をしてしまった。
誰に対しても身体のスキンシップが多いと聞いたほむらは、さやかの事を軽蔑の意を孕んだ視線を向けながら、距離を取るようにフルネーム呼びに戻し、まどかを庇うように背中へ隠していた。
「ま、まさか全て女の子ですの!? さやかさん、一体何処でそんなテクニックを……っ!」
「あーもう、仁美は暴走し過ぎだって……ん?」
挙げられた名前が全て女の子の名前だと知ってしまった仁美は、声だけではなく身体を震わせるようにしていた。
そんな仁美を落ち着かせるようにさやかは宥め、茶番劇を終わらせるように歩いていたのだが、さやか達が通っている通学路とはまた違う道から、見知った少年が歩いている姿が見えてしまい思わず目を向けてしまった。
「あら……上条君、退院なさったんですの?」
「そうみたいだね。無事に歩いてるみたいだし、良かった良かった」
「そう、ですわね……」
安心したように笑っているさやかだったのだが、そんなさやかに少しだけ思い戸惑うような表情で仁美は見つめていた。
そして二人を静かに、何かしらの意味を込めている視線を向けた少女が一人いた。
「……」
「ほむらちゃんどうしたの?」
「いえ、少し気になったことがあっただけよ」
ほむらがさやかと仁美の両者を見つめていたのだ。
それはこれから起きるであろう出来事に、仁美がさやかにとって大きな壁となり立ちはだかってしまう。それを乗り越えれるのかを、ほむらは心配していたのだった。
「上条、もう怪我は良いのかよ?」
「ああ。腕も足も身体も、何処にも違和感が無いんだ。やっと外に歩けるようになったんだから、遅れを取り戻すためにも学校に通っていくよ」
生徒たちの話し声が響いていた教室。その中には、入院から復帰した恭介を心配した男子生徒が、話しかけている姿もあった。
長期入院を余儀なくされた事故。しかし、何も無かったかのようにに、元気そうな姿を見せながら復帰していた恭介。それを不思議そうに見ていた生徒は少なからず居たが、それ以上に怪我が治ったことに安心したのか、徐々に他の生徒も声をかけ始めていた。
そして、話しかけてはいないが、遠目からそれを眺めていたさやかとまどかも、二人で安心したように話していた。
「良かったね、上条くん」
「うん、本当に良かったよ」
マミとの特訓で会えない日々が続き、久しぶりにお見舞いに来たときも退院済みであり、出鼻をくじかれてしまったこともあった。
しかし、無事に恭介の顔を見れたさやかは、分かっていても怪我が全て完治している事に、安心した笑みを浮かべていた。
「さやかちゃんも行って来なよ。まだ声かけてないんでしょ?」
「え、あたし? いやいや、いつも会ってるしまた後でで良いよ」
そんなさやかに恭介へ声をかけなくて良いのかと伝えたのだが、その提案は却下されてしまった。
遠目から見るだけでも幸せだとまどかに言っていたのだが、そんなさやかを仁美は見つめ続けていた。
見つめている事をさやかには気づかれておらず、恭介を発見した登校中から、何かしらの意味を含んでいる視線を向け続けていたのであったが、その視線は一人の少女によって遮られてしまう。
「美樹さん、少し良いかしら」
「え、どうしたのよほむら? そっちから話しかけてくるなんて、結構珍しいね」
「良いからちょっと来なさい」
「ほむらちゃん、もうすぐでホームルーム始まっちゃうよ?」
「まだ時間はあるわ。その内に済ませるから」
「んー……取り敢えず行ってくるね。予鈴が鳴っても戻ってこなかったら、そん時はほむらを保健室に連れて行って遅れる事にしといてくんない?」
「う、うん、分かった」
まどかにそう伝えると、ほむらに連れられて教室の外に出て行ってしまった。
「ほむらちゃんを連れてくの、私の仕事なんだけどなぁ……」
何が何だか分からない様子のまどかは、保健室に連れて行くのは保健委員である自分の仕事のはずなのに、その説明はどうしようかと、取り敢えず考えることにしていたのだった。
何も言わず、素直に連れられほむらの後ろに付いて歩き進めて行くと、誰も居ない女子トイレの中に連れ込まれてしまっていた。
先程と同じように、一体何のようなのだろうかとさやかは首を傾げていたのだが、次にほむらが言い出した言葉に驚愕してしまう。あまりにも場違いであり、そもそもほむらの口からそんな事を聞かれるとは思いもしない発言だったからだ。
「美樹さん。貴女に好きな人はいるかしら」
「……え?」
「だから、貴女に好きな人はいるかしら」
聞き間違えだと思い、さやかは二度聞き返してしまった。
それもそのはずで、まさかほむらの口から好きな人がいるかなんて言葉を聞く事が来るとは思うはずも無かったからだ。
しかも、二人しか居ない女子トイレの中で、恋バナを始めようとするほむらの考えも理解出来ない。だが、そこでさやかは一つの結論を考えついた。
ここには誰も居ない。周りにも人の気配がしない。そんな場所で、恋バナを持ち込まれている。つまり、これは告白を受けている最中だ。
さやかは驚愕しながらも、ほむらの隠された意図を察したと言うように、答え始めていた。
「嬉しいよほむら……でもさ、あたしはそういうの興味あるけど、ほむらはなんか違うって言うか……いや、ほむらは綺麗だし可愛良いし格好良いけど、眺めているからこその美しさって言うのかな。てか、あんたまどかの事が好きでしょう? 一体どうしちゃったの? もしかして、まどかが無理そうだからってあたしに鞍替え?」
「……何発情してるのよ」
「は、はぁ?」
告白されているのかと思いきや、思いもよらない呆れられる反応をされて、あまつさえ発情などと確実に罵る意味合いを含んだ語気で言い放たれ、さやかは抗議した。
「いやいやいや、ほむらがあたしに告白してるからでしょうが!」
「ぶっ! な、何言ってるのよ急に。私は貴女に好きな人は居るのかと聞いているだけよ」
「……え、本当にそれだけなの? 遠回しに告白してるんじゃないの?」
あまりにもほむらには不釣り合いな反応。驚いた勢いでつばを飛ばしてしまうまで吹き出している姿を見て、さやかは首を傾げていた。
「そのままの意味で言ってるに決まってるでしょう。そんな勘違いを起こすなんて……美樹さやか、貴女は何処まで愚かなの」
「……」
前にもこんな勘違いをした覚えがある。と言うか昨日振りだった。
ほむらに愚かだとはっきり言われてしまったさやかは、前科があるがゆえに何も言えずにいた。
「そもそも、誰が美樹さやかに告白なんてするものですか。それなら巴マミにした方がまだ有意義よ」
「そんなのあたしが勝てる訳無いでしょうが。もうちょっとこう、拮抗した戦いが出来る相手は居ない訳?」
「そうじゃなくて……あぁもう、単刀直入に言うわ。あなた、上条恭介の事が好きでしょう」
「へ? どうしてほむらがそんな事知ってるの? 確かに好きだけど、ほむらは恭介に会った事なんて無いはずなのに……」
そんな事を知っているはずがないのに、まるで周知の事実だと言うように言い当ててしまわれ、さやかは不思議そうにしていたのだが、それはほむらも同じ思いであった。
「やけに素直に肯定するのね。もっと恥ずかしがると思ったのだけど」
「んー? まぁ、本当に好きだからね。嘘ついたって仕方がないないから」
過去に見てきたさやかなら、もっと恥ずかしそうにするか誤魔化すか。とにかく、目の前のさやかのようにはっきりと好きだとは言わなかっただろう。
ここまで変化を訪れさせたのは、恭介の為に願った時の覚悟の違いだ。
ほむらの見てきたさやかは、いつもその場の流れで契約を果たしていた。
しかし、目の前のさやかは今の今まで、様々な意味で覚悟を問われる。なぜならば、中途半端な気持ちで魔法少女になってしまえば、マミに間違いなく制裁を加えられるからだ。
恭介に願いを叶えた際の気持ちは、ほむらには分からない。だが、確実に強い意志を持って目の前のさやかは魔法少女として、人間として成長してその場に立っている。
ほむらはさやかの事を愚かだと罵ったが、短期間でここまで変貌を遂げて見せたさやかには、寧ろ強く好印象を抱いてしまう思いであった。
「貴女がそう言うなら私も言わせてもらうけど、上条恭介に恋愛対象として見ている女子生徒から、近々告白を受ける可能性が高いわよ」
「え? マジで? 誰が? ていうか何処情報なのよそれ」
「統計よ。情報源は確かなもの。でも、誰が告白するかは知らないわ」
ほむらの口から知らない情報がどんどん出てくる事に、疑問が尽きない様子で聞き返していたのだったが、特に知りたい情報だけが穴を空けたように知らないと返されてしまい、さやかはモヤを残していた。
勿論ほむらからすればその穴が空いた情報は嘘であり、だれが告白をするのかは知っている。しかし、それを言うにはあまりにも不自然過ぎていた。
さやかの恋愛対象が恭介であったり、誰かが告白をするのかを知っている事については、後から言い訳の余地がある。だが、その特定の誰かを言い当ててしまうのは、流石に避けておきたかった。
「それで、あたしにどうさせたいって訳? そんな事を言いたくて、あたしを態々引っ張って来ただけじゃないんでしょ」
まどか以外にはあまり声をかけないほむらが、自分から声をかけに来る程珍しい事態なのだから、それだけじゃ終わらないのだろうと言う態度を取っていた。
そして、ほむらはその通りだと言うように首を縦に振った。
「貴女が上条恭介に告白をしないまま時間が経てば、他の少女が横から奪い取って行く事になる。後悔する前に告白するのを強くおすすめするわ」
「うーん、確かにそれはまずい……しかし、あたしには少しだけ考えている事があるのだよ、ワトソン君」
さやかは態とらしく、非常に悩んでいる様な格好を見せながら、ほむらの鼻先を人差し指で数回軽く触れていた。
そんな絡まれ方をされたほむらは、話は別にして明らかに不快そうな表情をするのだが、全く気にしてないようにさやかは続きを話し始める。
「恭介の事は好き。でもね、あたしは恭介の事を幸せにすることは出来ない。あたしは恭介とずっと一緒に居たはずなのに、恭介の気持ちを理解してあげることが出来なかった。長い間隣にいてそんな事も分かってないって、そんなの生涯の伴侶を目指す女性としては致命的じゃない?」
「だからって、貴女が一生をかけて願いを叶えた対象でもあり、貴女がそこまで考えて想うほどの上条恭介に、告白もせず遠くから眺め続けることを選ぶというのかしら?」
「あちゃー、願いの内容も知ってるか……と言っても、それはあたしが勝手に願った事であって、恭介には関係が無いからなぁ……でもね、どこぞの馬の骨かも分からない女の子に取られるぐらいだったら、願い関係なく玉砕覚悟で突撃すると思うよ」
適当な女の子に取られるぐらいなら、それはそれで自分も告白しに行くだろうと語っていた。
それは、さやか自身が認める女の子であれば、大人しく引き下がるという意味にも聞こえてしまったほむらは、心のなかで大きなため息を吐いてしまった。
何故ならば、ほむらが語っている告白するであろうその女の子は、さやかが知っている身近な人間だからだ。
「(残念よ美樹さん。貴女のライバルは、相当手強い子だもの)」
何れさやかの前に向こうから現れる少女の名前を、はっきりと言い出せないもどかしさを感じていた。
しかし口を開くことは頑なにせず、最後の抵抗だと言うように念じながらさやかを見つめていた。
結局、切りが良い所まで話し終わる事が出来ず、時間切れだと言うようにホームルームの予鈴が鳴り始めてしまった。
「おっと、もうこんな時間じゃん。早く行かないと、早乙女先生に怒られちゃうよ?」
「そうね……」
少し言い足り無かっただろうか。そう想いながら、ほむらは顔を下げていたのだが、それを見たさやかが心配するなと言うように肩を軽く叩いていた。
「ほーむら、忠告ありがとうね。やっぱりほむらは優しいよ。こんな事態々言ってくれるなんて、もしあたしが振られたら慰めてくれたりして?」
「馬鹿言わないで頂戴。美樹さんにそんな事をするはずがないでしょう。未来永劫無いに等しいわ」
「いや、いくらさやかちゃんでも傷つかないって訳じゃないんだからね?」
「冗談よ」
「遅いわ!」
他の人にはそんな事は無いのだが、やたら棘の多いツッコミをされて、さやかは優しいと言ったことを後悔しそうになっていた。
しかし、それもすぐに訂正することになる。
教室へ戻ろうとしたさやかの腕を、ほむらが止めた。
「どうしたの?」
「……覚悟しておいて。貴女にとって、上条恭介とその周りに集まる人の存在は思っているよりも大きい。だから、その時だけは自分を優先して行動する事を、貴女自身が許して上げなさい」
「もうあたしは十分自分勝手してるよ。色々迷惑かけちゃってるもん」
「それでもよ……それに、貴女が傷ついたら誰が慰めると思ってるの? その役目はきっと、まどかが背負う事になる」
「まどかに心配かけるなってか。正直それはもう遅いけど___」
「だけど」
何処までも必ずまどかを優先するほむら。しかし、そのお願いを現在進行系で聞けているかどうか分からない。
そんな風に答えようとしたのだが、遮られるようにほむらは話し続けた。
「だけど、貴女が望むなら___あたしが貴女を慰めてあげることも、やぶさかではないから……」
そう言い終わると、腕を握るほむらの手が強くなる。少しだけ恥ずかしそうに下を俯く少女の後頭部が、さやかからは眺めることが出来た。
表情は見えない。だが、その想像はなんとなく出来る___そして、さやかは後悔しようとしたことを訂正した。
目の前の少女は、本当に心優しい少女だと。
「ほむら___」
「きゃ!」
腕を掴まれていた手を握り返し、さやかは引っ張るように力を加えた。
思っていたよりも可愛らしい悲鳴を上げながら、さやかの胸の中に収まろうとしているほむらを、腰に手を当てて捕まえる。
「ありがとう……ほむらは優しいよ。ほむらの言う通り覚悟するから、心配いらないよ」
抱き寄せるようにほむらの身体に手を回す。思っていたよりも小さくか細い肉体。静かな雰囲気から冷たい印象を感じたが、衣類越しからでも伝わるほむらの体温は温かく、庇護欲をそそられてしまった。
抱きしめて布団に潜りたい。いっそ、このまま保健室まで連れて行き、だきまくらのようにして眠りたいと思ってしまうほど、ほむらの抱き心地は良かった。
さやかは時間が許す限り、静かに抱きしめ続けていたのだが、胸の中に収まっていたほむらが徐々に震え始めるのを感じる。どうしたのだろうと顔を見ようとするのだが、その前には顔の横から何かが勢いよく近づいてくる音が聞こえてきた。
風を切る音が聞こえてくるほど勢いよく、何かが近づき___そしてぶつかった。
「ぶへっ!?」
いきなりバチンと電撃が走ったような音と共に、右頬へ強い刺激と痛みが襲ってきた。
平たいもので勢いよくぶつけられた感覚。そして、特訓により痛みに慣れ、銃弾を受けた痛みにすら耐え抜いたさやかでも、恐ろしく強い痛みだと思う程の衝撃だった。
そんな衝撃が来るとは思わず、体の力を抜けきっていたさやかが耐えられるはずもなく、そのまま廊下へ倒れ込む。右頬を手で抑え、何が起きたのか分からずほむらの表情を下から覗き込むように見ていると、そこには青筋をたてている姿があった。
「本当に節操が無いのね。上条恭介の次は私かしら? いきなり抱きしめてくるなんて、少し痛い目見たほうが良いと思うわよ」
「えっ……えぇー……」
朝に見せていた軽蔑の視線よりも、より一層醜いものを含んだ視線で、廊下に倒れているさやかを見下していた。
もしかしたら、感極まって抱きしめ返されるのでは無いかと思っていたのだが、そんな考えは万が一にも起きないと感じさせる表情。
まさか魔力の込められた平手打ちを。成人男性でも吹き飛ばすほどの、強力な衝撃を加えられるとは思わず、さやかは倒れたまま微動だにする事が出来なかった。
そのまま静寂した時が流れるかと想いきや、平手打ちをかましたほむらは、そのまま倒れているさやかを通り過ぎ、教室へ向かう廊下に歩き始めていた。
完全に意識を持っていかれたさやかは、床に倒れたまま動くことが出来ず、歩いていく後ろ姿を見つめ続けていたのだが、ほむらの脚がある程度歩いた所で止まり、さやかへ振り向いた。
「何してるのよ。早く行きましょう」
「え?」
「だから、教室に戻りましょうと言っているの」
「あ……あ、うん」
まさか一緒に教室へ戻ろうと声をかけられるとは思わず、さやかは少しだけ思考停止を起こしていたのだが、もう一度聞かれたことで現実であることを理解し始め、その場を急いで立ち上がらいほむらの隣に追い付いていた。
「……」
「……」
予鈴が鳴り、他の教室にいる生徒たちも静かになり始めたせいで、二人の間に流れる空気もより静かになっていた。
さやかは気まずいと思ってはいなかったが、いきなり距離を縮めすぎたかとバツが悪そうに頬をかいていた。
そんな空気にメスを入れるように、静かにほむらの口が開き始めた。
「美樹さん」
「ど、どうしたの?」
「何も疑わず、私の話を信じてくれてありがとう。だから、私も信じてる。貴女が乗り越えられることを」
「(あっ……そんな表情、するんだ……)」
今まで見てこなかったような優しい空気を纏った表情。いや、さやかは実際には見て来た事はある。だが、それを向けられるのはいつもまどかだけだった。
今この場には、さやかとほむらの二人しか居ない。つまり、その表情は確かにさやかへ向けられたものだった。
ほむらはまどかに対して特別な想いを抱いている。それは、さやかも知っている事だった。
何故そんな風に想いを寄せているのかは知らない。だが、マミと同じ雰囲気を。まどかだけを必ず護ると表現してもいい程に、極端な意思を感じ取っていたさやかには、理由はどうあれ自分の大切な親友を、ほむらも大切に思ってくれているのだから特に言うことは無いと思っていた。
そして、その表情をまどかだけに与えることも、特に何も思わないと思っていた。
だが、それを自分に自分に初めて向けられてしまい、その意識は変わった。
自分もほむらの特別な一部になれたような高揚感。始まりはあまり良くなかった、ほむらの特別な存在の枠に入ってしまった気を一度でも感じてしまうと、さやかはそれを手放したくないと思ってしまった。
ほむらは友達だ。
出会ってまだ一ヶ月も経っていない薄い関係。しかし、その期間以上に過ごしてきた時間は濃密である。
魔法少女という常に隣には死が絡みつく世界に共に浸かり、関係はより複雑になり、共に親友を護り、死線をくぐり抜ける中になってしまった今、友達以上の物を感じつつあっていた。
それが、ほむらの笑顔を向けられて知ってしまった。
親友になりたい。
まどかと同じように、ほむらとも一緒に同じ時間を過ごして行きたい。
そう想いさやかは、先程の事がありながらもほむらの手を握った。
「……どうしたの? また平手打ちされたいのかしら」
「あ、いや、それは勘弁___ただ、ほむらと一緒にいたいなって」
「……」
「ほむらは嫌?」
「そんなの……嫌な訳、無いじゃない……」
「ほっ____ほむぅううう!!」
一緒にいたい。さやかの率直な想いを感じて、褒められ慣れていない様子のほむらはほんのりと赤くなりながら視線を下に向けていた。
そんな可愛らしい姿がさやかに刺さってしまい、思わず奇声を上げながら、まどかに抱きついているように勢いよく抱きしめようとしたのだが。
「ぶつわよ」
「はい」
飛びかかる前には右手が上げられたことで、あの時の痛みを思い出したさやかは、反射的に大人しくしてしまったのだった。