「僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ。もちろんただとは言わないよ。何でも一つだけ願いを叶えてあげる。さあ、まどか。答えを聞かせて欲しい」
「……」
その白い生き物は唐突に現れ唐突に語り始める。なんの突拍子もなく、伝えたいことだけを伝え、その答えを求めてくる。傍から見たら自分のことだけしか考えていない言い方ではあるけれども、それに答えた時の報酬は人間一人には余りにも大きく、付け加えて言えば中学生という少女には身に余るものであった。
なんでも一つだけ願いを叶える。生き物は当たり前のように、口が付いているはずなのに開く動作を一切せずに口にした。
子供の頃、何でも良いから一つだけ願いを叶えるのならば何がいいか。そんな風に友達と冗談を言いながら口にすることはあった。
とある友人は、一生では使いきれないほどの大金を願う。
とある友人は、家族の幸せのために願う。
とある友人は、ゲームや漫画のように魔法が使えれるようになればと願う。
その時、まどかは何を願ったのだろうか。そう思い、キュゥべえから願いを一つだけ叶えると言われ、過去の出来事を思い返してみるけれども、何一つ思い出せはしなかった。きっと、忘れ去ってしまうほど、くだらない願いを口にしたのかもしれない。
過去の出来事を考えているのもいいが、正面に座っているキュゥべえは、まどかの思考とは別にこちらをジッと見つめている。机の上にちょこんと小さく座っている姿は愛らしくも感じるが、少々不気味にも感じられた。それは、何一つ動作をせずこちらを見つめているからなのだろうか。まどかは、何一つ喋らず返答を待っているキュゥべえが怖くなってしまい、視線を友人であるさやかの方へ流してしまう。
まどかと同じようにマミの冷たい空気を浴びたさやかは、先ほどの怯えはなく、マミの柔らかな胸の中で落ち着きを取り戻していた。緊張して疲労したのか、その体をマミにあずけ、温かな抱擁をその身いっぱいに受けながら瞳を閉じ、静かな吐息を漏らしていた。
さやかの頭を撫でるマミの姿は、やはり中学生とは思えない、自分たちと同じ年頃の少女とは思えない母性を持つ表情をしており、思わずここから立ち上がり、まどか自身もその抱擁を受けたいと思ってしまうほどの魅力が、そこにはあった。
安心しきった表情のさやかを見つめていると、まどかが意識を取り戻してから今に至るまでの出来事を思い出す。マミに怯え、マミに優しく慰められたまどかとさやか。気持ちが何度もぶれてしまい、もしかしたら二人共揃って情緒不安定なのかもしれないと、冗談を思いながら少しばかり笑ってしまう。
短い時間ではあるが、マミの優しさは本物であるということはまどかたちに伝わっている。さやかは感情的で、考えることは苦手ではあるが、相手の気持ちに対して敏感なときがある。まどかから見て、さやかがマミに向けた笑顔は本物と分かっているし、それでもマミの変わりようは異常ではあったが、それだけ魔法少女や不思議な現象に関しては思う所があるのかもしれない。
まどかの視線に気づいたマミは、まどかの方を向き微笑みを返してくれる。優しげな表情に思わず頬を染めながら視線を逸らしてしまい、キュゥべえの方に視線を戻してしまう。
願いを何でも一つだけ叶える。そう口にしたのは理解はしたし、頭の中でもそれがどんな意味なのかは理解はしているつもりだ。しかし、急にそんなことを言われても答えようがない。それが今出てくる答えだった。そして、それよりも他に気になることがある。
「ねえキュゥべえ。魔法少女って…何なの?」
魔法少女。それが願いを叶えるということよりも頭に引っかかっていたことだった。願いを叶えるについては内容は理解はできる。どんな方法を取ってまどかがその願いを叶えられるようにするかなどの過程は置いといて、その言葉自体は理解は出来るのだけど、魔法少女に関しては辞書を引っ張り出したとしても、自分が思うような答えは求められないだろう。
もし仮に、辞書の中に魔法少女という言葉が載っていたのであれば、不思議な力を使い不思議な事件を解決する。そんな不思議な文章なのだろうか。ここでは魔法少女というよりも、魔女について調べたほうが現実的な答えが返ってきそうな気がする。現実にはないものなのに現実的というのもおかしな話ではあるが。
とはいえ、そんな不思議な魔法少女ということについて辞書を引っ張り出してくるよりも、明確な答えを知っている不思議な生き物がいるわけなので、そちらに聞いてみるほうが早いという事は、まどかでも十分に理解できることではあった。
「僕たちと契約を結んだことにより生まれる存在。それが魔法少女だよ。魔法少女になればそのままの通り魔法が使えるようになるんだ。どんな魔法が使えるようになるかは、その時の願いによって左右される。話を聞いて欲しいと願った少女は幻覚作用のある魔法を。誰かを助けたいと願った少女は傷を癒す魔法を。逆に、助かりたいと願った少女は繋ぎ止める魔法を得ていたよ」
「そうなんだ…」
「……」
キュゥべえは魔法について話していると、途中でマミの方に視線を向けたような気がした。もしかしたら気のせいかもしれないが、とにかく、今のところは魔法少女に関しての情報は飲み込めていた。願いで魔法が左右される。自分自身が強くなりたいと願うのであれば、魔法もそれに同調して強くなる魔法にでもなるのだろうか。予想でしかないが、考え方としては間違っていないのだろう。
しかし、肝心な部分はまだ聞けてはいない。魔法少女という存在はこの世界にどのような影響を及ぼすのか。または、魔法少女は何のために存在しているのか。まどかが気になっている部分はそこだった。魔法少女が使う魔法についても気になるところであるが、まずは一番気になっている箇所を片付けていきたい。魔法少女とは何かと曖昧な質問をしたまどかが悪いのかもしれないが、それが本心であった。
「魔法については分かったけど、魔法少女になった人たちは何をしているの」
「魔法少女になった少女たちは、この世界に蔓延っている魔女という存在を倒しているんだ。魔女は人間にとって害をなす存在で、君たちがテレビで流れている原因不明の殺人事件や行方不明者は、魔女が関わっていることが多いんだ」
「そう…なんだ…」
「他にも、魔女が落とすグリーフシードは魔法少女が魔法を使う上で重要なアイテムなんだ。僕と契約すれば魔法少女に変身するために必要なソウルジェムが生まれるんだけど、ソウルジェムは魔法を使うたびに濁っていってしまう。グリーフシードはその濁りを吸い取ってくれるものなんだよ」
「ソウルジェム…グリーフシード…うーん」
怒涛のように知らない単語がキュゥべえの開かない口から発せられるが、頭を捻りながらも一応は話について行けていると心の中で頷いていた。
魔法少女が倒す魔女という存在。漫画やアニメに登場する魔法少女にも、必ずと言っていいほどその敵対関係になるものは存在している。魔法少女になって終わりという訳にはいかないと覚悟していたし、正直その存在がどんなものなのかもその身に実感していたので不思議には思わなかったのだが、魔法少女という存在の重要さは自分が思っている以上に重いものなのかもしれない。
殺人事件や行方不明。不可解な事件には魔女という不思議な力を持つ存在が関わっている。それは、不思議な力を持っていない人間では太刀打ちできない、解決できないようなものが存在しており、そしてその存在がそういった事件を引き起こしている。つまりは死人が出ている。こうして話している間にも、魔女という存在は人間を数時間前のまどかのように、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた絵の具のような世界に引きずり込み、その人間は一生を終えていくのだろうか。そう思うと、背筋が凍りつくような感覚が襲ってくる。もし、マミがまどかたちを助けていなかったら…そう思わずにはいられなかった。
とにかく、キュゥべえが言うには願いを叶えて魔法少女になり、魔女という人間に害をなす生物? と戦って欲しい。解釈するのであればそう考えていいのだろうが、気がかりなのはそれだけのことでマミがあそこまで豹変することであった。単純に考えれば正義の味方になる。悪い要素があまり見つからないようにも思える。実際に、まどかとさやかは魔法少女のマミに助けられた正義の味方だった。そんな風に疑問を頭に浮かばせながら唸っていると、先ほどまで口を開いていなかった少女の声が響き渡る。
「キュゥべえ。肝心なところが抜けているのではないのかしら? 私が話してもいいのよ?」
「やれやれ、君の考えていることを予測すれば、僕が話しても話さなくても鹿目まどかに言うんじゃないのかい?」
「マミさん?」
肝心なことが抜けているとマミは口にした。意味だけを捉えるのであれば、キュゥべえは今まで話してきた事だけではなく、喋っていないことがある。
今まで喋っていなかったマミが口を開いたので、思わずマミの方向に視線を移すと、相変わらずさやかを抱きしめ頭を撫で続けていた。変わっていたのはその瞳は鋭くキュゥべえを刺していたこと。怒っているようにも感じるその瞳には、微かに悲しみが含まれているようにも思えた。そして、キュゥべえが先程まどかたちに魔法少女の契約を持ちかけた際、周りの空気を凍りつかせるほどの雰囲気を放つ原因がその肝心な部分なのだろう。
「マミの言う肝心な話というのは魔法少女と魔女の関係性についての話なんだ、そうだよね?」
「ええ、正解よ」
「魔法少女と、魔女の関係性…?」
キュゥべえは話の本題が間違っていないか確認を取るようにマミの方に顔を動かす。それに返すようにマミは頷く動作をする。魔法少女と魔女の関係性。それが肝心な部分というものだった。
先ほどキュゥべえから説明されたことを思い出すのであれば、魔法少女は魔女を倒す存在。魔女は人間を襲う存在。つまり味方役と敵役。善と悪。人間か人外か。とはいえ、これは全て人間側の視点に過ぎないのだが、キュゥべえの説明通りならこのように理解しても問題はないはずだ。
まどかはそう思っていたのだが、キュゥべえから口に出されたその魔法少女と魔女の関係性についてを聞いた後、その考え方は全て間違っていると理解することになる。
「そうだね、魔法少女が魔法を使えばソウルジェムは汚れていく…そう説明したね?」
「う、うん」
魔法を使うごとにソウルジェムは濁っていく。そして、その濁りを抑えるのが魔女が落とすグリーフシードなのだと、そのように説明を受けた。すると、まどかはふと疑問に思う。説明を受けたときは急に知らない単語が並べられ、頭が混乱して自分の中で噛み砕き理解するしかなかったが、ソウルジェムの濁りが限界に達したとき、ソウルジェムは一体どうなるのだろうか。 順当に考えれば、魔法が使えなくなると考えたほうが正しいのだろうか。そんな風に咄嗟に浮かんだ疑問が頭の中に浮かぶが、その答えはキュゥべえに聞くよりも先に帰ってくることになる。
「ソウルジェムが濁りきれば魔法少女は魔女になるんだ」
「……え?」
キュゥべえから当たり前のように言い渡されたその答えは、まどかが思っている以上に悲惨で、非道で、どうしようもない答えであった。