強く気高く孤高のマミさん   作:ss書くマン

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最終章 ワルプルギスの夜
43話 剥がれ落ちる仮面


 

 

 殺風景で飾りっ気のない真っ白な部屋の中。

 その壁には、何かの資料と思われる映像が大量に映し出され、振り子時計のように大きな鎌状の物体が一定の間隔で揺れている、一般的な部屋とはかけ離れる独創的な空間であった。

 

 そんな空間を作り出している部屋の主___暁美ほむらは、部屋の中心に置いている円形の机に合わせるように、円状に並べてある椅子の一箇所に座っていた。

 しかし、座っているのはほむらだけではない。ほむらを含めた四人の魔法少女と、一人の少女が机を囲むように座っていたのだった。

 

 女三人寄れば姦しいと言う。

 だが、五人の少女が居るはずなのに、姦しいどころか恐ろしく静寂な空気が包んでいた。

 

 そんな空気を打破するように、一人の少女が口を開き始めていた。

 

「マミ。またあんたと一緒に戦うことになるなんて、正直夢にも思わなかったよ」

 

「そう? 私は佐倉さんと一緒に戦う日が来るのは、有り得る話だと思ったのだけど」

 

「喧嘩はしないで頂戴ね」

 

「(ベテラン魔法少女の雰囲気凄い)」

 

 杏子が口を開いた事を皮切りに、正面に座っていたマミが答えていた。

 見た目は中学生の少女同士が話しているだけなのだが、二人からにじみ出る、他の者を圧倒する雰囲気が空間を支配していた。

 そんな雰囲気に臆することもなく杏子の隣に座っていたほむらは、前回のように何かが起こる前に止めるようと間に割って入ろうとしていた。

 

 三人の少女は動くこともなく、椅子に座り会話していただけだ。

 だが、そこから感じ取れる異質な雰囲気に当てられ、マミの隣に座っていたさやかは、内心萎縮していた。

 

 何度見ても三人との間には、魔法少女としての格が違う。

 目の前に集まっている少女達には、それだけの実力差があることを示す物を感じていた。

 

「(私、本当にここに居て良いのかなぁ……)」

 

 ここに居る少女たちとは違う。魔法少女ではないまどかは、あまりにも場違いな空間に居るのではないかと思いながら、睨み合いが続いている三人の様子をさやかの隣で眺めていた。

 しかし、まどかにも深く関係がある事柄であるため、必ず来て欲しいと呼ばれ来たのだが、ほとんど何も知らないまどかには何が何だか分からない様子であった。

 

 このまま睨み合いが続けば、折角集まった意味がない。そう思っていたほむらは、意識を切り替えて欲しいように大きく手を叩く。

 これから共に、魔女と戦う魔法少女同士なのだからと、ほむらは現状の指揮を取り始めていた。

 

「美樹さん。巴マミ。まずは、共同戦線を組んでくれたことに感謝するわ」

 

「良いのよ。私もワルプルギスを倒して見滝原を護りたい。その気持ちに嘘はつけないもの」

 

「あたしはほむらに何度も助けられたからね。それのお礼を兼ねてっていうのもあるし、マミさんと同じ様に見滝原を護りたい。だから、全然頼ってよ」

 

「そう言ってくれて助かるわ」

 

「ふぅん……本当に信じて貰えたんだな」

 

 風見野もとい、杏子の下に息を上げてやって来たほむら。その様子に何があったのかを聞いてみたものの、その内容には半信半疑だった。

 見滝原を護る為とは言え、巴マミが他の魔法少女と協力する決断を取ったこと。

 それ自体は特に問題ないのだが、協力相手が未知の魔法少女であるほむらだとしたら、手を取り合うのは危険性がある。時を止めてしまう魔法を使うのであれば尚更だ。

 

 ワルプルギスを一人で倒す判断も視野にあったのだろうが、最優先事項である見滝原を護ることを一心にしていたマミには、ほむらの持っていた資料はそれだけの価値があったのだろう。

 未知の魔法少女とは言え、何を目的に行動しているのかは知られてしまっている。

 マミと同じ様な強い信念を持つ。

 それが共同戦線の決断を後押ししたのだろう。

 

 そう思えば、マミが協力関係を結ぶ要因は多くあったのかもしれない。

 そう考えたのだが、それでも実際の目で確認を取るまでは疑念を晴らすことは出来ずにいた

 

「まぁ、ほむらの事をある程度知ってるおかげで、話がスムーズに進むようだったら助かるよ。それに、見滝原の為なら疑ってた相手とも協力するなんて、あんたらしい判断って感じだな」

 

「あら、まだまだ佐倉さんからの信頼はあるみたいね」

 

「あんたは良くも悪くも目的の為に真っ直ぐなんだよ。近くで見てきたあたしからは、随分と分かりやすいぐらいだ___さやかを魔法少女にさせた事以外はな」

 

「杏子、その話は良いって。あたしは納得してるんだから」

 

「……」

 

 また話がそれ始めていることに、ほむらは小さくため息を付いた。

 とは言え、ほむら自身こうなってしまうのは仕方がないと思っている。お互いがお互いに思うことが色々あるのだ。

 

 元々、この時間軸ではいつも以上に因縁の多い二人であり、その二人が対面して座り、話し合える機会があるとは、杏子自身もありえない事だと先程も話していた。

 ほむらと言う、この時間軸上で特異点となっている魔法少女が現れなければ、この二人が次に会うときは殺し合いだったはずだ。

 そんな杏子とマミの事情を知っていると、中々話が進まないのもうなずけてしまっていた。

 

 それを踏まえても、今までではありえないほど奇跡的な状態でワルプルギスに挑めるのなら、そんな時間も安いものだと考えていた。

 目の前にいる黄色い魔法少女は五体満足で生き残り、安定した精神を持っており、強さも十分以上にある。

 それは、魔法少女になったばかりであるさやかも含めてだ。

 

 だからこそ、まどかに気をつけなければならない。これでまどかが契約をしてしまえば全てが水の泡になってしまう。

 ほむらはそう思うと、自然と手には力が入り始めていた。

 

「ねぇ、ほむらちゃん。本当に私がここに居て良いのかな?」

 

「まどかが居ないと始まらないぐらいには、私にとっては重要な人物よ。それについても勿論話していくから、今は我慢して頂戴」

 

「うん……」

 

 不安げな表情をしていたまどかが、静かに座っているほむらに尋ねていた。

 しかし、ここには必ずまどかが必要だとはっきり伝えると、不安げな表情のままではあったが、取り敢えず納得した様子を見せていた。

 

「ほら、話を戻しましょう」

 

 もう一度大きく手を叩くと、纏めていた資料を円状の机に置き始めていた。

 ほむらが一人一冊用意していた資料をマミ達は各自取り始め、その資料の中身をめくって見ると驚愕した表情に変わる。

 

「凄いな……話でしかワルプルギスの事は聞いてなかったけど、こんなにも詳しく書かれてるなんて。魔法少女の中に魔女の研究者がいたら、是が非でも欲しがるだろ」

 

 杏子は横目遣いでマミを捉えながら、資料を眺めつつも呟いていた。

 

「そうね。伝承でしか受け継がれていない魔女の情報を、これだけ事細かに書かれてる資料は欲しいと思っている人はいるでしょうね」

 

 視線に気づいていたマミは特に否定することもなく、杏子に同意する様子を見せていた。

 杏子の言う研究者とまでは行かなくとも、それと似たような真似をしていると、マミ自身も感じていたからだった。

 

「伝承ではなんて伝えられているんですか?」

 

 マミの言った伝承という言葉を聞き、さやかはその内容について興味を示していた。

 

 魔法少女になったばかりでワルプルギスの事を全く知らないさやかには、特定の魔女が伝承として受け継がれるほど魔法少女たちに倒されず、何度も現れ続けるほどの強さ。

 そんな相手と戦うことになるということも含めれば、気になってしまうのも仕方がなかった。

 

「他の魔女とは異なる圧倒的な力を持っていて、それにより結界を持たない魔女であり、魔法少女が三人居たら倒せるほどの強さ……ぐらいかしらね」

 

「えっ、三人の魔法少女が居たら倒せるんですか?」

 

 マミから求めていた答えを聞いたはずも、にわかには信じられないといった様子で資料に何度も目を通し始める。渡された資料には、ワルプルギスの戦闘後に関しての記録も書かれていた。

 その中には、進行を防ぎきれなかったワルプルギスが、見滝原を瓦礫と化し、一つの街が無くなるほどの痛々しい惨劇を物語っているものが多々あった。

 

 一つの街を更地に返すほどの魔女。

 それだけの強大で、膨大で、凶悪な力を持った魔女を、たった三人の魔法少女で事足りてしまうとは、さやかには到底思えなかった。

 だが、そんなさやかの疑惑にほむらは答えた。

 

「魔法少女の強さにもよるけど、三人居れば確かに倒せると思うわ。私がワルプルギスを倒した回数は、私が魔法少女になっていなかった時を含めて3回。それも、三人ではなく二人だった」

 

「確かに資料にはそう書いてあるな……ん? こいつは……マミ、これ見ろ。どう思う?」

 

「……」

 

 倒した回数を聞いた杏子は資料をめくり始め、それに関しての注釈を見つけていた。

 だが、何かに気付いた様子でマミを手招きしながら話し合い始める。

 

 さやかはそんな二人を見ながらも、同じ様に資料をめくり戦闘の記録に目を通していく。

 そこには、一度目はまどかとマミの二人が相打ちで倒し、二度目はほむらとまどかの二人が倒し、三度目はまどかの命を引き換えに放った攻撃で倒している事が書かれていた。

 

「ふーん……でもさ、これを見る限りでは楽勝じゃないの? 伝承では三人の魔法少女で倒せるって言われてるらしいけど、資料には二人以内で倒してる記録しかない。だけど、現状では魔法少女の中でもぶっちぎりに強いと思うベテランが三人いるんだから、これで倒せないなんてことは無いでしょ」

 

「良かった、危ないことにならなそうで……」

 

「まだ安心するには早いわよ」

 

 一つの街を焦土と化す。

 資料に書かれている内容はあまりにも逸脱している惨劇を物語っている。だが、その光景を目の前で見続けてきたほむらが命がけで集めてきた情報であり、内容に嘘はないだろう。

 

 だが、それは同時に三人以下で撃破している記録も嘘偽りはない情報ということだ。

 今からワルプルギスに挑む四人の魔法少女の内三人は、さやかの言う通り強者と呼べる魔法少女であった。

 それを聞いたまどかは安心したように息を吐いていたのだが、安心するのにはまだ早いと言うようにほむらが声をかける。

 

「結界を持たないということは、魔女が常に露出している状態が続く。つまり、この街の人々には災害___台風として被害が出てしまう」

 

「そんな事は勿論させない。私が居る限り、見滝原の被害は抑えて、犠牲者も出させない」

 

 資料に書かれている見滝原の惨劇。そんな事は絶対にさせないとマミは言うのだが、それだけではないとほむらは首を振っていた。

 

「街の被害もそうだけど、一番の理由はまどかを魔法少女にさせてはいけないこと。それが、この街___いえ、世界規模で被害を出してしまう大きな要因よ」

 

「まどかを魔法少女に契約させてはいけないって……どういう事?」

 

「さやか、ワルプルギスを倒した記録を見て何か思わないか?」

 

「ワルプルギスを倒した記録? えーっと……まどかが一人で倒してる時があるのが凄いって思うけど」

 

「私が、一人で……」

 

 伝承として受け継がれているほどの魔女を、隣に居る親友が一人で倒している。特別目につくようなことは、それぐらいしか無いと言っていたのだが、杏子はそれが重要なことだと頷いていた。

 

「まどかがワルプルギスを一人で倒す。つまり、魔法少女になった後のまどかは、それだけの力を持っていたって訳だ。そんな魔法少女が魔女になってしまえば……」

 

「あっ……街一つ壊滅させる魔女以上の魔女に、まどかは変化する……」

 

「そういう事だ」

 

 魔法少女が強ければ強いほど、魔女になった時の強さは跳ね上がる。マミに言われていた事を思い出したさやかは、思わず口を塞いでしまった。

 

 それだけでもさやかにとっては十分驚かされる内容だったのだが、そんなさやかに追い打ちを加えるように、ほむらの口からは衝撃的な事実が出された。

 

「私が何度も繰り返してきた時間の中で、世界が滅んでしまう時間軸があったの」

 

「せ、世界が滅ぶぅ!?」

 

「おいおい、穏やかじゃねぇな」

 

 世界が滅んでしまう。

 テレビ番組などで、この日に世界が滅んでしまうほどの事件が起きてしまうなどと、定期的に言われることがある。

 だが、ほむらの口から出される世界が滅ぶは訳が違う。

 

 ほむらは魔法という未知の力を使い、未来から現れた未来人である。それは、ここに居る少女たちが知っている事実だ。

 そんなほむらが世界が滅ぶというのなら、本当に世界が滅んでしまった事実があると言う事であった。

 

「私にも何故か分からない。だけど、まどかがワルプルギスを倒した後、世界を滅ぼす魔女になってしまうの」

 

「わ、私が世界を滅ぼす魔女に?」

 

「まどかがそんな魔女になれる訳……って、言いたい所なんだけどさぁ……マジなんだよね、それ?」

 

「ええ、事実よ」

 

「少し待ってもらえないかしら」

 

 さやかの質問に事実だとほむらは頷いてみせるが、それにはおかしな話があるというようにマミは口を挟んだ。

 

「まどかさんがワルプルギスを一撃で倒し、世界を滅ぼしかけないほどの強力な魔法少女なら、そうなっても可笑しくは無い。だけど、そんな事が出来るには、まどかさんの中には世界規模で影響を及ぼすほどの膨大な因果が必要になるわ。一国の英雄と謳われる程の存在ではない限り、そんな魔法少女にはなりえない……」

 

 ただの人間から魔法少女になった時に得れる強さは、その人間の中にある因果により決められる。

 巻き付いている因果の糸が多ければ多いほど、その量に比例して強くなる。

 これは、キュゥべえが説明していた事であり、その通りなら世界を滅ぼしたまどかには、それだけの膨大な因果が巻き付かなければならない。

 

 しかし、巻き付く因果の量は生まれながらにして背負っている運命で決まってしまう。

 社会に大きく影響を与える存在。その少女がどれだけ周りの運命を左右するのか。

 それこそ、一国を救った英雄程の者でなければ、世界を滅ぼす強さを持った魔法少女になるのは不可能だった。

 

「……あっ!」

 

 それを聞いたまどかは、とある夜にキュゥべえから言われたことを口に出そうと、小さく手を上げて静かに喋り始めていた。

 

「わ、わたし……キュゥべえにも言われました。私には何故か分からないけど、途方も無い資質があるって。世界を変えてしまう程の、膨大な因果を背負い込んでるって……」

 

「キュゥべえが?……おかしいわね。あの子達は嘘をつかない。それなら、今のまどかさんにもそれだけの因果が巻き付いていることになる……でも、どうすればそんなにも因果が集中したというの? まどかさんの身に、一体何が……」

 

 マミには一般人が持っている資質や因果を感じることは出来ない。

 感じることも出来なければ、何を成し遂げればどれだけの因果が巻き付くのかも分からない。

 法則などがが全く掴めていない事柄であるため、どうしてまどかにそれだけの因果が巻き付いてしまったのか。それを考えるにしても元となる情報が少なく、理解することも考えつくことも出来なかった。

 

 すると、まどかの資質に頭を悩ませているマミに、ここにはいなかったはずの声が聞こえ始めた。

 

「それに関して説明が必要みたいだね」

 

 五人の少女はその声に反応して一斉に振り返る。

 ここに居る少女たちが聞いたことのある声。その声は、今の事態に一番詳しいはずの当事者である白い獣___インキュベーターが物陰から現れていた。

 

「インキュベーター……ッ!」

 

「お久しぶりねキュゥべえ。最近見なかったけど、何処に行ってたのかしら?」

 

 目の敵にしている生物が敷地内に入っていた事を見たほむらは、何処からともなく取り出した拳銃を右手にキュゥべえを睨みつけていた。

 しかし、攻撃を加えようとしているほむらをマミが制しながら、今まで現れることが少なかった事を聞き始めていた。

 

「君のおかげで見滝原での契約は難航を極めて、魔法少女になっても魔女になる前に倒されるからエネルギー回収も出来ない。それに、まどかに契約を迫ろうとしても断られ続け、ほむらにスペアを壊されてしまうから、積極的には出てこないようにしていたんだ」

 

「あら、そうなの? どうやら私の活動はあなた達の邪魔になっているということみたいね。良かった」

 

 淀みなく答えていたキュゥべえの話を聞くと、マミはほんの少しだけ嬉しそうな表情をして見せていた。

 しかし、それを聞いた杏子は面白くなさそうに、態とらしく舌打ちを鳴らしながら喋り始めた。

 

「その代わり、風見野で新しい魔法少女は増えてるんだよ。おかげさまでグリーフシードの取り合いが起きて、魔法少女同士が戦うことが多くなったんだ。あたしのことも知らずに突っかかってくる子も多くて、勘弁して欲しいもんだよ」

 

「杏子に特攻は……うん、考えたくないなぁ」

 

 杏子の強さをよく知っているさやかは、新人の魔法少女が戦いを挑む姿を想像して顔色を悪くするのも束の間、それを聞いていたマミも態とらしく肩を上げながら答えていた。

 

「私だって同じよ。風見野や他の街で魔法少女が増えて戦いが起きているのなら、そことは別の場所にいる魔女を狩ろうとする。つまりは、見滝原にも足を踏み入れてくるの。新人の子は私の話なんて聞いたことがないでしょうから、今度は私と戦うことになるのよ」

 

「じ、地獄だ。やっぱりマミさんの弟子で良かった」

 

「さやか……」

 

 二人の話を聞き、マミの弟子で良かったと答えていたさやかに複雑な表情をしていた杏子。

 その表情と声色を聞いたさやかは大きくリアクションを取りながら、自分自身を弁護し始めていた。

 

「だってだってそう考えるのが妥当でしょそんなの!? こんな話聞かされちゃったら!」

 

 前門の虎、後門の狼と言うように、見滝原の周りにある街で契約をしてしまえば乱戦に放り込まれ、逃げようにも逃げた先には杏子かマミが立ちふさがる。

 そんな話を聞いてしまっては、いずれ殺されてしまうかもしれないが、それでもある程度の時間が保証されつつマミの手ほどきを受けられる自分はまだ良い方だと考えてしまった。

 

「話を続けても良いかい?」

 

 三人の会話がある程度終わったのを頃合いに、途中で終わっていた話を続けようと、キュゥべえの声が小さく響いた。

 眼の前の少女たちから否定の意が出ない事を確認したキュゥべえは、開かない口を使い先程の話を語り始めた。

 

「それじゃあ、君たちが気になっている鹿目まどかに何故そこまでの因果の量を背負い込んでいるのか。それは僕達にとっても一つの疑問でね、極平凡な人生だけを与えられてきたまどかに、どうしてあれほどの膨大な因果の糸が集中してしまっていたのか不可解だった」

 

「キュゥべえから初めてその話を聞いた時、私も何が何だか分からなかった。私にはマミさん以上の魔法少女になれるって聞いても、そんなの信じられなかったから……」

 

 キュゥべえからマミ以上の魔法少女になれると伝えられた夜。その時の話を思い出していたまどかは、不可解だと言いながらもキュゥべえの変わらない表情を代弁しているかのように眉をひそめていた。

 

「だけどね、今なら納得の行く仮説が立てられるんだ」

 

 ここからが本題だ。

 まるでそう言うようにキュゥべえの視線がほむらに移動し語り続けた。

 

「時間逆行者である暁美ほむら。君は、過去の可能性を切り替えることで、幾多の並行世界を横断し、君が望む結末を求めて、この一ヶ月間を繰り返してきたんだね? 」

 

「……その通りよ」

 

「君は、繰り返した過去の中で、まどかが魔法少女になっていった時、そのたびに強力な魔法少女になってはいなかったかい?」

 

「……っ!」

 

 過去を繰り返していくたびに、まどかの魔法少女としての強さが増していったのではないのか。はっきりとそう聞かれ、決定的な何かに気づいたほむらは顔を歪ませ始める。

 ほむらの反応は質問に答えていなくとも、キュゥべえが考えていた仮説が合っていたことを裏付けるものであり、キュゥべえは納得したような態度を見せていた。

 

「やっぱりね……原因は君に有ったんだ。正しくは、君の魔法の副作用というべきかな」

 

「……どういうこと?」

 

 ほむらの反応とは裏腹に、話の流れについてこれないさやかとまどかは話の続きを急かすようにキュゥべえへと声をかける。

 

「時間を巻き戻してきた理由は唯一つ___鹿目まどかの安否だ。同じ理由同じ目的で、何度も時間を遡るうちに、君はいくつもの平行世界を、螺旋状に束ねてしまったんだろう。鹿目まどかを存在を中心軸にしてね」

 

「嘘よ、そんなこと」

 

「君が繰り返してきた時間___その中で循環した因果の全てが、巡り巡って、鹿目まどかに繋がってしまったんだ。あらゆる出来事の元凶としてね」

 

「嘘……そんな、こと……」

 

 ほむらは顔を手で覆い隠してしまう。

 だが、そんなことをしてもう遅いと言わんばかりに、キュゥべえはほむらに言い渡した。

 

「お手柄だよ、ほむら___君がまどかを最強の魔法少女に育ててくれたんだ」

 

「私が……まどかを、追い詰めていたとでも言うの……? そんな____」

 

「ほむらっ!」

 

 大切な親友であるまどかを必ず護る。その為にほむらは長い時の狭間を繰り返し続けていた。

 だが、それは同時にまどかの首を締めてしまう行為に成り果てていた。

 護るべきまどかを危険な目に遭わせ続けることになってしまっていた事実に、ほむらは膝を曲げて崩れ落ちるように力を抜いてしまった。

 しかし、隣にいた杏子がそれを受け止め、ゆっくりと椅子に座らせていた。

 

「ほむらちゃん……」

 

 崩れ落ちたほむらの側に、まどかはゆっくりと歩み寄る。

 キュゥべえの仮説は合っているだろう。魔法少女という存在に詳しくないまどかでさえ、その場の状況とキュゥべえからの素質話やほむらの反応から察することは出来ていた。 

 だが、目の前のほむらはまどかを見ることもせず、顔を手で覆い隠したままで、まどかに言葉を漏らし始める。

 

「ごめん……ごめんなさい、まどか。私はあなたを護ろうとしていたはずなのに。今度こそあなたの運命を変えようとしていたのに、私は……取り返しのつかない事を……」

 

「……」

 

 今にも消えてしまいしそうなか細い声で話すほむら。まどかは顔を覆う手をゆっくりと掴み、優しく握りしめる。

 

「私ね、未来から来たんだよ。何度も何度もまどかに出会って、それと同じ回数だけ、あなたが死ぬ所を見てきたの……そのたびに答えを探して、何度も初めからやり直して……」

 

 仮面が剥がれ始めていく。

 身につけていないはずの仮面が、徐々に溶けていく。

 ほむらの本来の素顔が、まどかに現れ始めていた。

 

「ほむらちゃん」

 

 いつものような貼り付けた無表情はどこにもない。

 そこには、たった一人の小さな少女が顔を崩し涙を流していた。

 

「ごめんね。訳解んないよね。気持ち悪いよね……まどかにとっての私は、出会ってからまだ一ヶ月も経ってない転校生でしか無いものね……」

 

 まどかはほむらの手を離し、優しく抱きしめる。すると、ほむらも同じようにまどかを抱きし、胸の中に抑えていた感情が溢れ出していた。

 

「私にとってのあなたは……繰り返せば繰り返すほど、あなたと私が過ごした時間はずれていく。気持ちもずれて、言葉も通じなくなっていく___たぶん私は、もうとっくに迷子になっちゃってたんだと思う……あなたを救う。それが私の最初の気持ち。今となっては、たった一つだけ最後に残った道しるべ。分からなくても良い。何も伝わらなくても良いの。それでもどうか、お願いだから、あなたを私に守らせて……」

 

 絞り出すように全てを曝け出したほむらの体は、いつも見ていたほむらよりも小さく感じていた。

 同じ年齢のはずなのに、自分とは異なる世界で生きていた少女。そんなほむらを抱きしめていたまどかに伝わってくる感覚は、年相応の同じ少女でしかないと思わずにはいられなかった。

 

「大丈夫だよほむらちゃん」

 

「え……?」

 

 ほむらを抱きしめていた腕を離し、ほむらに顔を見せる。そこには、ほむらのことを恨む表情は一つもない。

 友人を信頼し、助けようとする者の表情だった。

 

「ほむらちゃんの気持ち、いっぱい伝わってたよ。分からないなんて、そんな事無いよ」

 

 分かるはずがない。そう思っていたほむらは、目の前にいるまどかからはしっかりとした意思で分かると伝えられ、言葉が出ずにいた。

 

「ずっとね、ほむらちゃんがどうして私を助けてくれるのか、考えてたんだ。こんな私に、なんでほむらちゃんみたいな凄い女の子が、私に救われたって言ったのか……でも、それがやっと分かったよ。違う私は、ほむらちゃんのことを救ってあげてたんだね」

 

「っ!」

 

「凄いなぁ、違う私は。今の私は、いつも人に護られてばっかり。そんな私が、いつも嫌だった。誰かの役に立ちたいって、そう思ってた……」

 

「違う! 皆同じ! まどかはまどか! だから___」

 

「うん、分かってるよ」

 

 優しすぎるまどかは、自分自身を周りの人間と比べてしまい、卑下してしまう。

 ほむらにはその姿が、魔法少女の契約をしてしまうまどかの姿と重なり合い、思わず声を荒げててしまう。

 しかし、それは一瞬のことだった。

 目の前にいるまどかは、過去のまどかとは違う意思を持っていた。

 

「私は魔法少女にならない。たった一つの奇跡を願うだけで、世界が滅んでしまうなんて、私には出来ない。だからほむらちゃん。これからも、私を護ってほしいな」

 

 それはほむらが欲していた言葉だ。

 上辺だけの言葉ではない、全てを理解した上での言葉。

 ほむらはその言葉に目を見開き、口を震わせた。

 

「ま、どか? 良いの? こんな私が、まどかを護っても……」

 

「もう、それを言うなら私の方こそだよ。それに、今はこんなにも頼もしい友達が居るんだから、今度は一人じゃないよ」

 

 そう、一人ではないのだ。

 ここにいるほむらを除いた四人の少女は、まどかと同様に全てを理解した上でその場に立っている。

 揺るぎない意志を持つ四人の少女が。

 絶望を知らない少女達が。

 ほむらに手を伸ばしていた。

 

「まどか……まどかぁ!!」

 

 ほむらが長い時間の時の狭間を歩み続けても手に入れられなかった光景の前には、まどかの胸にうずくまり、涙を流すことしか出来なかった。

 まどかは落ち着かせるようにほむらの頭を優しく撫でていると、杏子とマミはまどか達を庇うようにキュゥべえの前に立ち、小さく座る白い獣に問いかけ始めた。

 

「キュゥべえ、あなたはどうしてそんな重大な情報を聞かせたのかしら?」

 

「初めに言った通り、疑問を一つ解消しておきたかったからだよ。あわよくば、街を。世界を護ろうとしているマミの前でこの事を話せば、内部分裂を起こしてくれると思ったまでさ」

 

「へぇ、だったらあんたの目論見は失敗に終わったって訳だ」

 

「僕たちの目的はあくまでも疑問の解消に過ぎない。それに、君たちはワルプルギスを倒そうとしているみたいだけど、まどかが魔法少女にならない限りは難しいんじゃないかな」

 

「……」

 

「てめぇ……」

 

 キュゥべえはこれだけの魔法少女の目の前にして、現状では倒すことが難しいと言い放った。

 それを聞いたマミ達は問いかけることもせず、まるで何かを知っているかの様な表情でキュゥべえを睨みつけるだけであった。

 

「君達がワルプルギスと戦い、絶望の果に何を望むのか。僕はまどかの近くで見ていることにするよ。それじゃあまどか、何かあればいつでも呼んでくれ。君の契約をいつでも待っているからね」

 

 最後にそう言い捨てると、キュゥべえは闇の中に溶け込むように去っていった。

 

「マミ……やっぱりあたし達が思い浮かんでる仮説は合ってるんじゃねえのか」

 

「とりあえずそのことは置いときましょう。何を企んでいるのかは分からないけど、私達が出来ることは限られている。ワルプルギスを倒す以外はね」

 

 キュゥべえの気配が無くなったことで、先程までの緊張した空気は解かれ始める。

 杏子は先程言い捨てられたセリフについてをマミに聞こうとしていたのだが、今はその時ではないと言うように制していた。

 

 感情が入り乱れてしまった空間。このままでは本来の目的であった話を進めることが出来ないと思い、マミは手を叩き注目を集めた。

 

「さぁ、興が削がれちゃったけど、ワルプルギスに対しての戦略を考えましょう。資料がここまであるなら時間はかからない。私達には時間がないのだから、早めに出来ることはして行きましょう」

 

 時間がない。そのの言葉を聞いたほむらは、まどかの胸から離れ赤く晴らした瞼を見せながら立ち上がる。

 

「ワルプルギスを倒したことはある。しかも、今の戦力より大きく下回る状態でね……だから、確実に今のチームで十分なはずよ」

 

 過去の経験や集めていた資料から叩き出した答えに間違いはない。

 それでも、キュゥべえには一つの特徴が存在する。

 

「けれど、キュゥべえが嘘を吐くはずがない。それはあなたも良く知っているはずよ……まぁ、考えても仕方がないわ。戦略を練る前に、暁美さんは一度洗面所に行って顔を洗いなさい」

 

「……」

 

 鉄仮面を取り外し泣き腫らした赤い瞼。

 たとえ元の口調に戻そうとも、涙を大量に流し、ぐちゃぐちゃになってしまった顔を隠すことは出来ずにいる事を指摘され、ほむらはそそくさと洗面所へと向かっていった。

 

「まどか、やっと分かったね。ほむらがまどかを大切にしようとしていた理由が」

 

「うん、なんだかスッキリしたよ」

 

「スッキリするのは良いけど、絶対に魔法少女になっちゃ駄目だからね? 親友に世界をぶっ壊されるなんて、堪ったもんじゃないっつーの」

 

「正直実感が湧かないけど、それがほむらちゃんの見てきた現実だもんね」

 

 ほむらがまどかへ執着していた理由。それは、まどかにとっていつも疑問に抱いていたものだった。

 それが全て解決し、ひた隠しにしていたほむらの素顔も知り、何時もよりほむらとの距離が近づいたことに嬉しそうな表情を浮かべていた二人だったが、その二人の会話の外で、もう一つの会話が行われていた。

 

『どうするつもりだ、キュゥべえの言っていたことに関しては』

 

 魔法少女同士で行うことの出来るテレパシーを使い、杏子とマミの二人は、先程のキュゥべえが発言した事に関してを話し合っていた。

 

『資料を目に通して一つだけ引っかかっている事。それに関係がしているのなら、確かにまどかさんが魔法少女にならなくちゃいけない可能性が生まれる』

 

『解決方法は?』

 

『あるにはある……けど、あまりやりたくはない方法』

 

『まどかを魔法少女にしない方法だよな?』

 

『勿論よ。彼女を魔法少女に契約させず、なおかつワルプルギスを倒す方法。上手く行けば、それが可能よ」

 

『上手く行けば、か……』

 

 まどかが魔法少女にならなければワルプルギスを倒すことは出来ない。それの解決方法を持っていると言うが、上手く行けばの話であることに杏子はため息を吐いていた。

 

「待たせたわね。話の続きを始めましょう」

 

 杏子が頭を悩ませている間には、顔を洗ってきたほむらが戻ってきていた。

 赤く腫れているまぶたは戻ってはいなかったが、胸の内に潜めていたことを打ち明けれたことが幸いしてか、随分とスッキリした表情をしていた。

 

「それじゃあ予定通りに話を……と、その前にキッチンを借りてもいいかしら? 紅茶でも飲んで落ち着きながら話し合いましょう」

 

「キッチンならこっちよ。紅茶の葉はあなたが満足するものを仕入れてある。あなたが紅茶を入れるなら……味は、これ以上にないほどに期待しておくわ」

 

「そう、過去の私が勧めたのね……ふふっ、期待して頂戴。今の私は、あなたが期待している紅茶以上のものを淹れることが出来るから」

 

「それは楽しみね」

 

 

 

 


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