「どうしたんだいまどか。そんなに空を見上げてさ」
「ママ……ううん、なんでも無いよ」
大型台風が突如現れ、暗闇に包まれている見滝原。
その光景を作り出している存在___ワルプルギスの夜が現れる方向を、まどかは避難所の中でじっと眺めていた。
太陽の光を拝むことが敵わないほど、見滝原市の上空には隙間なく敷き詰められた濁った曇り空は、魔女という異能の力で作り出されている。
たとえ魔力を感じることが出来ない一般人であろうとも、ただの台風とは思えない奇妙な威圧感を放っていた。
外は風が強く吹き荒れ、避難所のガラス窓にぶつかりガタガタと大きな音を立ている。
時が経てば風だけでなく雨粒も交じり始め、強風に乗った雨粒は弾丸のようになり、稲光を走らせている雷雲は街中は至る所が燃え上がる原因へとなるだろう。
ガラス窓を貫き、街中にあるビルを削り、地面を抉り、住民を全て吹き飛ばし、この街を更地へ変える。
全てが無くなってしまうほどの異常気象が現れ、比喩表現無しに全てを巻き上げてこの街を通り過ぎる。
それがワルプルギスの夜と言われる存在であり、外の光景はそんな魔女を迎え入れ、地獄絵図へと作り上げてしまう前兆だった。
しかし、それを防ごうとする四人の少女をまどかは知っている。
「(必ずそんなことにはならない。みんなが___魔法少女たちが、ここにはいるから)」
まどかは信じていた。
その少女たちが全てを終わらし戻ってくることを。
「全く凄い風だね。街ごと吹き飛ばされるんじゃないかって思うぐらいだよ」
「うん。でも、大丈夫だよ」
荒れ続ける外の景色を見ていた詢子は、愛娘の頭を撫でながらそう呟いたのだが、それを聞いたまどかは何事もないように答えていた。
それを聞いた詢子は不思議そうな表情を作っていたが、すぐにいつもの表情に戻っていた。
「へぇ……まどかがそう言うのだったら大丈夫かもしれないね」
「どうして?」
「娘を信じるのも母親ってな。それに、何でかは分からないけどさ、まどかから嘘を感じないっていうか……まぁ、そんな雰囲気があったんだよ」
そう言いながら今いる避難所の様子を見渡していると、その中には知り合いの姿が見えた。
無事に避難している事を確認して安心したような表情を見せたのだが、特に見慣れている家族を見つけたとき、思わず眉をひそめてしまう様子を見てしまっていた。
「さやかちゃんはどうしたんだ? 親御さんはもう来てるみたいだけど……」
その家族とはさやかの両親であった。
その様子は妙に落ち着き無く台風による不安かと思ったのだが、それとは少し違う落ち着きの無さだと感じていた。
詢子がそう思ったのは、両親が避難所の入り口を何度も見返しているのに加えて、二人の子供であるさやかが側に居ないことに気付いたからだった。
「さやかちゃん?……多分、他の避難所にいるんじゃないかな」
「ふーん……」
さやかの親友であるまどかなら、居場所を知っているだろうと聞いていたのだが、それに答える姿は先程と違って、何処か自信が無いように見えていた。
詢子はその自信の無さから気付いてしまう。まどかはさやかの居場所を知っているのではないかと。
「(何故かは知らないが嘘を吐いてやがるな?)」
確たる証拠は無かったが、まどかが嘘を吐いていると断言しても構わない自信が詢子にはあった。
詢子にとってまどかとは、自身のお腹を痛めて生んだ大切な子供であり、何十年も同じ屋根の下で生活を共にしてきた経歴があり、普段から嘘を吐くような子では無い。
そんな、嘘を扱い慣れていない娘の些細な変化を見抜くことなど、詢子にとっては造作も無いことであった。
「(さやかちゃんが何処にいるのかを知っている。だとしても、どうしてそんな嘘を吐くんだ?)」
嘘を吐いていることは分かるが、何故その様な嘘を吐くのかは分からなかった。
慣れていない嘘を吐いてまで居場所を隠す必要が一体何処にあるのか。
見当もつかない詢子には、怪訝な視線を送ることしか出来ずにいたのであった。
見滝原は決して小さな街ではない。
避難を促して放送を続けている車が走っていたが、それでも全ての住人が避難を完了するまでには相応の時間を費やしてしまう広さがあった。
だが、避難活動を行う多くの住人や職員。避難放送の助力は実っており、殆どの住人が避難を完了しているのも確かではあった。
車が街を走る前には、都心部にある電光掲示板やニュースなどで情報を知らせている事もあり、事前に避難を終わらせている人も多く居た。
今回訪れる台風が深刻だと言うように、自治体は見滝原に住む住民に向けて多くの警報を鳴らし続けていた。
特に水辺近くの住民には念入りに知らせ、消防車や警察が事前に駆けつけている所もあった。
そして、予想されている台風の通り道。
一番被害が深刻になるであろうその場所には、人影なんてものは見当たらないようになっている___はずだった。
台風が訪れれば確実に命を落としてしまう危険地帯に、何かを待ち受けているように佇んでいる四人の少女が存在していたのである。
「来ているな」
「ええ、確実に見滝原に近づいてる」
濁った色をした上空。
一面の曇り空を見上げる二人の少女___杏子とマミは、未だ姿形を現していないワルプルギスの夜が、何処にいるか分かっているように見つめていた。
「あんたの結界にはどう映ってるんだ?」
「今までに感じたことのない魔力の塊が大きく近づいてきている。見滝原に入っているみたいだけど、姿を見せてない辺り出現する時間ではないってことでしょうね」
「だったらあたしが感じている感覚も間違いはないか。出現時間は資料通りみたいだな」
感じている魔力が間違っていないか照らし合わせるように、答えを聞いた杏子は小さくうなずく。
資料に書かれていた時刻通りに進行していると分かり、姿を解き放っていないワルプルギスの夜を静かに待ち構えていた。
「はーっ……はーっ……」
「美樹さん、大丈夫?」
落ち着いている様子を見せていた杏子たちとは違い、さやかの顔色は普段よりも悪く、体を震わせている。
魔力を感じる能力が上がっていたことにより、対峙する相手の力量を知ってしまった事による震えであった。
心配した様子で寄り添っていたほむらだったが、さやかはこれ以上心配させまいと両頬を叩き始める。
震える体にムチを打つよう、自分自身の体に活を入れようとしていたのだった。
「へへっ、武者震いってやつだよ……凄いねほむらは。毎回こんな相手と戦ってたなんて……」
「大丈夫よ。作戦通りに動けば戦える。それに、今の美樹さんは私が出会ってきた中で一番強いわ」
「いざとなったらあたしが護ってやる。安心して戦いな」
激励を送っているほむらや、危なくなれば助けると言う杏子。
二人の言葉を聞いたさやかは、甘えないようにと意識を切り替えていた。
「大丈夫。私が皆を護るから。そのためにあたしは強くなった。強くしてもらったんだ。だから、皆が傷ついたらさやかちゃんがいつでも回復してあげるからね!」
「その意気よさやかさん」
ワルプルギスの夜を相手にしている。その恐怖は想像以上のものだろう。
しかし、さやかはその恐れを打ち返してしまう気力を見せ、その姿に嬉しそうにマミは微笑む___だが、その表情は直ぐに消え去ってしまった。
上空から膨大な魔力が漏れ始めたことによって。
「さぁ、そろそろお出ましみたいね」
マミの声と変化を見せていく禍々しい魔力を切っ掛けに、少女たちは曇天へと視線を向ける。
見滝原を包んでいた薄暗い雲は、魔力の変化に呼応するように不自然な光を放ち始めていた。
「うあっ……!」
光は次第に強く輝きを増し、辺り一面へと放ち、その光に耐えきれずに少女たちは目を瞑ってしまった。
恐る恐る目を開けると、そこには先程まで無かったはずの大量の霧が立ち込めていた。
足元からも地面が見えなくなるほどの瘴気が流れ込み、更には大きな影の塊たちがこちらへゆっくりと進んできている姿が見え始めていた。
「凄い魔力……」
「あぁ。ここにいる使い魔一体一体が、相当な強さを持ってやがる」
まるでパレードのような光景だった。
目に優しくない色とりどりの配色が施された、動物の形を象ったような多くの使い魔たち。
ここにいる全ての使い魔が、今までに現れていた使い魔とは格が違う魔力を秘めていた。
そんな使い魔たちが今、主を迎え入れる場所を作っていくように、わざとらしい装飾をぶら下げ、規律正しく進行していたのだ。
ここにいる使い魔以上に、遥かに膨大で、底知れぬ魔力を秘めている魔女___ワルプルギスの夜が顕現しようと、薄暗い雲をキャンバスに強烈な発光をしている場所が亀裂を走らせた始めた。
衝撃で瓦礫は舞い、炎が燃え盛り、雷雲が轟く。
空間は裂かれ、見滝原の上空へと今、姿を現す。
「アハハハハハハハハハ!!」
体の芯から響き渡り劈くような笑い声と共に、巨大な歯車に刺さった青色の人形が逆さ吊りにぶら下がっている姿が、四人の魔法少女の前に出現したのであった。
「必ずここで倒す……行くわよ!!」
因縁の相手を目にしたほむらは、指輪の形状にしていたソウルジェムを元の形に戻し、目の前に掲げる。
他の少女たちも同じように構え、紫や黄色。赤色や水色の光を体に纏い、制服姿だった彼女たちは色鮮やかな衣装を身に付けた魔法少女へと姿を変えていった。
「作戦通り、杏子は前衛で私はその後方からサポートに回る。美樹さんは巴マミの周りにいる使い魔の排除と回復に専念して頂戴」
「了解!」
「マミ! 早く残っている奴らを避難させろ!!」
「もし倒せるのなら、私が戻る前に倒しても構わないからね」
サポートに回ることになったマミに言い残し、杏子とほむらはワルプルギスの夜の下へ飛んで行く。
その場で立ち止まっていたマミは、人命救助用の分身を作り上げるように魔法を使い始め、身体が二つに裂けながら分かれ始めていた。
「これだけ魔力があれば大丈夫ね」
精巧に作り出された分身は、本体の命令により見滝原の中心へと飛んでいく。
その場を離れていく分身を見ていたマミは、更に魔法を使おうと魔力を循環し始めていった。
魔法を使う準備が整うと、合図をするように指を鳴らしてみせる。
すると、マミの背後には黄色いリボンや細かい糸が壁を作るように展開されていた。
「さやかさん、今作り出したリボンの壁は触れた物体を迎撃するだけの単純な命令しか出していないわ。だから、たとえ貴女が触れても攻撃するから気を付けてね」
救助を優先しているマミは、殆どの意識を分身に向けてしまうことになっている。
至る所に気を配っている今の状態では、あまり複雑な魔法を使うことは出来ないと注意を促していた。
「あたしはマミさんに危害を加えようとしてきた使い魔たちを倒せば良いんですね」
「私もある程度自衛は出来るけど、街に取り残されている人々をある程度助け終わるまでは難しいと思うの。それまでは、街に被害を出しかねない大きな瓦礫や攻撃に集中しているはずだから、さやかさんに任せることが多くなると思うわ」
「分かりました。あたしがなんとかしますから、マミさんは救出頑張ってください!」
「ありがとうさやかさん。一人残らず助けてみせる。だから、それまで耐えて頂戴」
説明を聞き終わったさやかは、急ぎ足でほむらの後方へと飛んで行く。
さやかが離れて行く姿を眺め終わると息を整え瞳を閉じ、見滝原に向かっている分身へ意識を深くし始めた。
こうなってしまえば、ここから一歩も動くことは出来ない。
辺りを漂っている強力な使い魔がマミに襲って来たとしても、それに反応出来るかは怪しかった。
つまり、この生命は自分の力だけで護ることは出来ず、他の魔法少女に託していると言っても過言ではない状態へとなっていた。
「(まさか、最後の最後で私の命を他人に預ける時が来るなんてね……)」
そう思いながらも意識を深く落とし込み、視界が見滝原の都心部に映り変わっていた。
「今すぐ助けに行きます。待っててください」
分身に備わっている数少ない魔力を更に細かく分けるようにして、最低限の機能しかない分身を作り上げる。
その分身は四方へと散らばるように別れ、避難に遅れて取り残されてしまった人たちへと向かっていったのだった。
マミの分身が救出に向かい、街の中へ消えた後の事である。
ワルプルギスの夜の周りには、激しく大きな火花が何度も飛び散っていた。
だが、火花が飛び散っているだけでは無い。
まるで大きな鐘を無理矢理叩く様な鈍い音を鳴らし、時には火薬が爆発したことによる爆風を巻き起こし、時には何かを切り裂くような音が、ワルプルギスの夜を中心に響いていた。
「どうしたよワルプルギスの夜! お前のデカイ図体は飾りか!」
空中で浮遊し続けているワルプルギスの夜。
自身に仇なす杏子へ使役している使い魔や瓦礫。火炎を振り回していた。
しかし杏子は向かって来ている瓦礫や使い魔を足場に変えて、攻撃を避けつつも武器を打ち付け鈍い音を鳴らしていた。
「次……次……!」
ほむらは中距離から全体を見渡すようにして飛び回り、使い魔などに火器を放っている。
最前線で戦っている杏子が集中出来るように、邪魔な物を排除し、間に合わない場面があれば時を止める。
何度も繰り返して来た事によって培われた冷静な判断とほむらの能力は、この戦いにとって最高の補助となっていた。
「ほむらも杏子も凄いなぁ___って、こっちに来た! でやぁ!」
二人の戦いぶりを後方で眺めていたさやかは、後方に侵入してきた使い魔たちを斬り伏せていた。
ワルプルギスの夜から放たれた使い魔は強力ではあるが、杏子やほむらのおかげでその数は少ない。
囲まれてしまうほどの数が来ればひとたまりもなかったが、ある程度の余裕を持って対処出来るようになっていた。
つまり、さやかの負担は前にいる少女たちよりも少ない___だが、足の速さを生かせるさやかには、もう一つの役割を任されている。
「マミさんっ!!」
一匹の使い魔が、動きを見せないマミへと襲いかかる姿を見せていた。
それに気付いたさやかは足元に溜めていた魔力を爆発させる。
襲いかかる寸前の使い魔を切り捨て、無事にマミを助けることが出来ていた。
「(マミさんを助けられたのは良かったけど、これだけ使い魔が近づいても反応しないなんて……)」
襲われる寸前だとしても、動く気配を全く見せないマミの様子に息を呑んでいた。
仮にあのまま見過ごし間に合っていなかったら、崇拝しているとも言える先輩を見殺しにしてしまう事態が起きてしまっていた。
そんなことが起きてしまえば、戦場は壊滅に追い込まれる可能性が生まれるだろう。
使い魔と戦う回数が少ない分、体にかかる負担も少ないかも知れない。
しかし、魔法少女になったばかりとは言え、マミを守ると言う大きな役目を担っていると感じ、神経が削られる思いだった。
そんな動く気配を見せないマミは、街への被害を食い止めるために至る所へ魔力を送り続けている。
後方に広げられているリボンの壁は、飛ばされている瓦礫や破片が街に降り注ぐことを防ぐ役目がある。
リボンを通り抜けてしまえば瓦礫が街を襲う事を意味しており、最後の防波堤の役割をしていた。
リボンを展開し続けるだけならば、脳や身体に掛かる負担。魔力の消費もそこまでではない。
だが、今のマミには接近してくる使い魔に対処することが出来ないほど、余裕と言うものが存在していなかった。
マミが持っている意識の殆どは、街の中を移動している分身に送っている状況である。
一体の分身だけに意識しているならまだ良かったのだが、街一つ分を飛び回るには、更に複数体の分身を作り操らなければならなかった。
その状態でリボンを展開し、使い魔や瓦礫の迎撃。それに加えて使い魔が一般人を襲わないように、避難所には結界を作っていた。
多くの作業を強制されており、動くことも出来なければ喋ることも出来ない。
その場で集中し続けることしか出来ず、マミの疲労は溜まり、ソウルジェムを確実に濁らせていたのだが___
「マミさん、大丈夫です。あたしが貴女を護りますから、安心してください」
魔法を使い続け、黒く染め上がるソウルジェムを見たさやかは、配られていたグリーフシードを添えていく。
グリーフシードはみるみると濁りを吸い取り、マミの表情も少しだけ安心したように変わっていった。
その表情を見て、さやかも少しだけ息を吐く。
しかし、息を吐く時間すら与えないと言うように、さやかの背後から使い魔が襲ってきていたのだが、その時にはもう使い魔の足元に水色の魔法陣が作られていた。
「あたしが愛してる先輩に手ぇ出そうとしてるんじゃないわよ!」
事前に感知していた使い魔に振り向くこと無く、魔法陣から作られたサーベルを勢いよく発射し貫いていた。
「指一本触れさせないから。あたしが生きているうちはね」
ワルプルギスの夜が現れる前までに震えていた姿は何処にも無い。
両手にサーベルを構え、足元に魔方陣を作ると魔力を爆発させ、空中に漂っている使い魔をすれ違いざまに斬り伏せ続けていった。
中距離からさやかの動きを眺めていたほむらは、世界の命運を決める戦いに萎縮してしまい、普段通りの力を出せるか不安視していた所があった。
しかし今のさやかの動きに迷いは無く、自分が出来る範囲。任された仕事をこなし、訓練通りに動けている。
いや、今のさやかは訓練の時に見せていた以上の力を発揮している姿を見せ、ほむらは小さく握りこぶしを作ってみせていた。
「(行ける。これなら確実に倒せるっ!!)」
作戦は完璧だ。
ワルプルギスの夜と対峙してから数十分と経っていなかったかもしれない。
それでもほむらには、今までにないほどの手応えを感じてしまい、そう思わざるを得なかった。
「さぁて、そろそろギア上げても良さそうか」
実際にワルプルギスの夜と戦い、特訓にした時のように足並みが揃っている事を確認した杏子は、全ての意識を前衛の動きに転じようと体に魔力を循環し始めていた。
「それじゃあ、マミが来る前に終わらせてもらうよ___ロッソ・ファンタズマ!」
杏子の掛け声により、循環させていた魔力は魔法として変化を起こす。
身体から赤い霧が吹き出し、辺り一面に広がっていた。
その霧が晴れた頃には、至る所に杏子の幻影や分身が姿を現していた。
その数三十人以上の杏子が姿を見せており、全ての杏子がワルプルギスの夜に向けて武器を構えていた。
「キャハハハハハハハ!!!」
すると、ワルプルギスの夜が杏子の魔力に反応したように強く笑い始める。
杏子が放った強力な魔力を感じ取ったことで、新たな使い魔を生み出していった。
それは、現在放たれている動物の形をした使い魔ではない。黒く塗りつぶされた、魔法少女の姿を模した使い魔であった。
「はぁ……あんまり趣味が良い使い魔とは言えないな」
杏子が作り出した幻影の倍以上もの数が、杏子の目の前に立ちふさがっていた。
魔法少女型の使い魔は嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべ、ゆらゆらと身体を揺らしている。
「魔法少女の使い魔を作るだけあって、どいつもこいつも強い魔力を感じるし、数も多い」
様々な衣装に身を包む使い魔たちはどれも強力で、動物の使い魔以上の魔力を確実に秘めており、生み出された使い魔によっては魔女と同等以上の魔力を持っていた。
それほどの使い魔たちが大量に杏子へと襲いかかろうとしていた。
魔法少女がそれぞれの武器を持っているように、その使い魔たちも己の武器を構え、杏子の急所へと貫こうとしていたのだが___
「だがなぁ……あたしには数も力も全く足りないんだよッ!!」
武器が杏子へと届く前には、使い魔たちが杏子の赤い槍に貫かれている姿を見せていたのだった。
「ほら、次はこっちの番だ」
使い魔たちは塵と消え、先程までの威勢の良さは無くなったところを見計らい、幻影たちは勢いのままに進行を始めていた。
進行を止めようと使い魔たちは横槍を入れるのだが、どれも容易く槍で貫かれ、薙ぎ払われ、歩みを止めること無く全てを塵へ変えていった。
「あたし一人止められなかったのに、今度はあたしたちが相手をするんだ。流石に痛い目見るんじゃない……のッ!」
止められる様子がない杏子の波がワルプルギスの夜へ侵食するのも時間の問題であり、既に多くの杏子が赤い槍を力強く持ち上げ、至る所から武器を打ち付け始めていた。
先程とは違い杏子の手数は何十倍にも膨れ上がっている。
そんな攻撃を浴びせ続ける度に傷を付け始め、そのまま勢いが止まること無く見滝原の侵入を防ぎ切ってしまっていた。
「す、凄いわ! あのワルプルギスの夜をこんなにも簡単に……!」
ほむらから攻防戦は正に圧倒的と言える光景であった。
ワルプルギスの夜が放っている攻撃は、幻影や分身。魔法少女として研ぎ澄まされた力に振り回され、当てることは叶わずにいる。
それに対して杏子の攻撃は絶え間なく続き、ワルプルギスの夜相手に一方的な姿を見せていたのであった。
幾度となく辛酸を舐めさせられてきた相手が特別な因果を持っていない、自分と同じはずの魔法少女に押し返されていく。
このまま攻撃を与え続ければワルプルギスの夜を確実に倒せる___ほむらがそう思った瞬間だった。
「キャハハハハハハ!!!」
「ッ!?」
「杏子っ!!」
突如、ワルプルギスの夜から強烈な熱線が放たれた。
あまりの攻撃範囲の広さに、その射線上にいたロッソ・ファンタズマの幻影は煙に消え、ほむらは声を上げてしまう。
だが、そんな心配は無用と言うように杏子の口元はにやりと笑って見せていた。
「あーあ、何処に撃ってんだか。本体はここにいるって言うのになぁ」
熱光線の通り道とは全くの関係ないビルの上に、杏子の本体らしき人影がワルプルギスの夜を見下ろすように立っていた。
そう、元から杏子の本体などワルプルギスの夜の周りには存在していなかった。
魔女や使い魔は杏子の作り出した幻影と戦い続けており、その本体は全く別の場所でその様子を眺めていたのであった。
これこそマミから小細工なしに無敵と言わしめた、杏子が扱う固有魔法の真髄。
幻影や幻覚。相手の五感を鈍らせ、騙し、混乱してしまえば、本体が何処にいようが決して負けることがない。
正に極めてしまえば無敵と言っても過言ではない力の一端であった。
「それにしても、流石は受け継がれ続ける魔女だけあって硬いか。あたしの攻撃は魔女を一撃で倒せるぐらいには威力あるんだが……押し返せてはいても、深手になるような傷は受けてないってのは自信無くすかもな」
幻影による面攻撃。あらゆる方向から攻撃を加えた後、与えられた傷の具合を観察していた。
細かい傷は多く与えられてはいたのだが、分かりやすい程大きな傷を付けている場所は無い。
こちらへ攻撃を与えることは相手からしても難しい様子ではあったが、杏子からも決め手になる一撃を与えることは出来ておらず、頭をかいていた。
「まぁ、まだまだ始まったばっかりだ。進行は食い止めれて傷も付けられてる。グリーフシードのストックもあるし、あたしの魔力の消費も少ない。攻撃に徹底出来る今なら、勝てる見込みは十分にあるはずだ」
ポケットの中に入っているグリーフシードの数と、ほむらの盾に入っているだろう多くの貯蓄。
それを考えれば、確実に長時間は戦えることを意味している。
懸念点があるとすれば、今も尚魔力を垂れ流しているマミがどれだけグリーフシードを消費しているかだった。
戦場の中心にいるとはいえ、杏子のようにインターバルを挟むこともなく常に繊細な操作を要求され続けている。
分身を作れると言っても、杏子のように幻覚などの固有魔法ではない。
いくら魔力の総量が多いとはいえ、消費は激しいだろう。
「……ん?」
後方の様子を見ていた杏子は、魔法少女の姿をした使い魔がマミに襲いかかろうとしていた瞬間を目撃したのだが、マミに攻撃が届くことは無かった。
使い魔の攻撃が届く前には、青い色をした閃光がその場に駆けつけていた。
「スクワルタトーレ!」
魔法少女の使い魔は他の使い魔とは比べ物にもならないほど強力であり、物によっては魔女と同等の力を持っている。
しかし、さやかの放った斬撃はそんな使い魔を一瞬にして塵と化していた。
「へぇ、さやかも成長したなぁ」
確実に強くなっているさやかの姿を見て、思わず頬を上げしまう___だが、動く様子を見せないマミの姿を見て、上げた頬は戻ってしまった。
「(使い魔に反応出来てなかったってことは、もうしばらくは時間がかかりそうって意味か?)」
あれほど強力な使い魔が近くに迫ってきても、マミの動きは全くと言っていいほど変化が無かった。
さやかが護ってくれると言う信頼があったのかもしれない。
それでも最低限の自衛を意識して魔法を使う様子を見せ、それによる魔力の揺らぎがあってもおかしくはない。
杏子はそう思ったのだが、その揺らぎは全くと言っていいほど感じられることはなかった。
「ったく……まぁ、あいつがちんたらやってる間に、あたしがワルプルギスの夜を倒してしまっても良いが___」
魔法を使おうと構え始めたのだが、何かを思ったのか、杏子の動きは途中で止まってしまう。
「(このまま戦っていたら本当に倒せてしまうのが問題なんだよ。目の前にいるワルプルギスの夜と戦って分かったが、あたしやマミが
まどかが魔法少女にならない限りは難しいと語ったキュゥべえ。
嘘を言うことが出来ない生物が口に出したその言葉は、杏子たちの頭に大きく引っかかっている言葉だった。
「(ただ、ほむらから渡された資料に書いてあったこと。それから気付いた仮説が合っていたら……確かにまどかが魔法少女にならない限りは、ワルプルギスの夜を倒すのは難しい。もう、そう言う仕組みへと作り上げられているのかもしれない)」
その仮説を思い浮かんだ切っ掛けとなったのは、資料に書かれてあったワルプルギスの夜を最後に倒した人物の一覧。その内容を見たときだった。
あくまでマミと杏子が考えた仮説であり、推測の域を出ておらず、混乱を防ぐ一環で他の二人には言っていない。
二人だけが気づいており、その仮説通りならキュゥべえが言っていたことも理解出来てしまう内容であった。
「まぁ……考えていても、あたしのやるべきことは変えられないか」
まどかが魔法少女にならなければワルプルギスの夜を倒すことが出来ない。
しかしそれが分かっていたとしても、杏子がやるべきことは変わらない。
たとえワルプルギスの夜を倒せないことが分かっていたとしても、それで背中を見せる真似など出来るはずが無い。
背中を見せて逃げてしまえば、後は世界の滅びを眺めることが確定してしまうからだ。
「(やるべきことをやって、必要になったらバトンを渡す。それがあたしに出来ることだ)」
今やれることはワルプルギスの夜の進行を食い止め、可能であれば殲滅する。
それだけしか無いと言うように、一呼吸置きながら構えを戻していた。
先ほどと同じように魔力を練り上げ、杏子の体からは赤い霧が周りに吹き出していく。
杏子はロッソ・ファンタズマを追加で発動させて見せ、熱光線の被害を浴びていなかった幻影と合わせれば五十人以上の杏子がそこに存在する事になっていた。
「さぁて、あたしはまだまだ全力は出してない。今まで以上にくるくる回ってもらうよ」
大量の杏子がその場を飛び出してワルプルギスの夜へ向かっていく。
延べ五十人の杏子たちは、暴風の如く周りにいる使い魔を薙ぎ払い、ワルプルギスの夜へと攻撃を加えていった。
その光景は先程と同じく、圧倒的な戦力差を作り上げているのであった。