強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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50話 望みが叶うことのない世界より

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜は止まらない。

 魔法少女として一線を凌駕する力を手に入れた杏子でさえ抑えきれず、お互いの魔力が接触する度に見滝原の土地は傷跡を残し続けている。街の全てを護りながら戦う余裕など、杏子を含めた魔法少女たちには無かったのだ。

 依然として変わりなく存在する魔女を抑え込むことが街を護る唯一の手段だろう。しかし気を緩めれば肉体が吹き飛ばされ、衝撃で四肢を失い、再生する間もなく使い魔たちの追撃を受け続けなければならないことを意味していた。

 ほむらの魔法を駆使しても事を先延ばしているだけで、砂時計の消耗が次第に増していく。拮抗しているとも言えない状態を維持するしか彼女たちには方法が無かった。

 だが、少女たちが手に取る作もやがて力尽きるだろう。

 

「(傷の治療が間に合ってない。限界が近づいていやがるのか――)」

 

 何方かの息が絶えるまで鳴り響き続ける爆音は至るところに飛び交い、戦い続けていた杏子のソウルジェムが悲鳴を上げる。いくら不死身の兵隊に作り変えられたとは言え、心までもが機械仕掛けになっている訳ではない。無尽蔵に魔力が湧き続ける魔女相手では、魔法少女の力を持ってしても枯渇を迎えてしまうだろう。その兆候が杏子に見え始めていた。

 傷を負うごとに血液が流れ出る。人としての機能を果たしていないこの身体でも、血は杏子の髪色のように色鮮やかで、肌を伝う汗と血が混じり合い、風に揺らいでいた髪の毛がへばりつく。その様はまるで、全身から大量の血しぶきが吹き出ているようにも見えていた。

 見た目以上の負担が重くのしかかっているのは誰が見ても明白だろう。正真正銘の化け物を相手に一人で戦い続けるなんてことは無理難題に等しい問題だと、そんな事は戦い続けている杏子自身が理解していた。

 杏子は分かっていた。どれだけ限界を超えようとワルプルギスの夜に勝つことは出来ない。力を押し付けるだけで勝てる魔女ではない。それでも目の前に起こる事象を見て見ぬふりをして諦めるなんてことは、魂に存在しなかった。

 

「Ahahahahahahaha!!」

 

 疲労で追い詰められている魔法少女たちとは対照的に、魔女の笑い声は不変だ。移動を止めることもなく、耳障りな笑い声を暗い世界に響き渡らせていた。

 

「この魔力は――ほむら、グリーフシードはどれくらい残ってる?」

 

 絶望的な状況だと分かっていても諦めず最前線に立っていた杏子は、何かに反応したような様子を見せる。すると、背後で援護をしていたほむらにグリーフシードの総数を聞いていた。

 

「私の盾にある貯蔵が三個。マミは持っているのと合わせたとしても……多分、七個程度しかないわ」

 

 たった七個。ただの魔女相手であれば十分過ぎる数だが、目の前にいる魔女はただの魔女ではない。もはや雀の涙にも等しい数だが、杏子は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ははっ、あんな化け物相手にそれだけ残せられたのなら十分だろ?」

 

「残せられたら、って――まさかっ!」

 

 杏子がそう言い残した次の瞬間、ほむらはハッとした様子を見せ背後に振り向いた。そこにはあるはずのものが消えていた。街を瓦礫から護るように展開していた黄色いリボンが、何処にも見当たらなかったのだ。

 

「おーい! みんなー!! マミさんが目を覚ました―!!」

 

 喜びを隠さない様子のさやかが大手を振りながら向かってくる。それだけではない。さやかの後ろにはもう一人の影が着いてきていた。

 

「ごめんなさい、少し――いえ。とっても時間がかかっちゃったわね」

 

 共に魔女と戦うはずだったもう一人の魔法少女、巴マミが表舞台に姿を顕にしたのだ。

 

「あたし達の魔力はとにかく精神力は限界にギリギリで戦ってたんだ。いくら不死身と言っても限度があるんだよ全く……」

 

 本来なら二人であの魔女を抑え込む予定が崩れ、一人で戦わなければならなくなったことに不満げな様子と小言を隠すこともしない杏子ではあったが、その表情には安堵にも似た笑みが浮かんでいた。

 既に魔力が消耗し切る直前の体で多くの攻撃を受け続ける必要はない。そう思った瞬間、肩の荷が下りる事実は張り詰めていた力を抜いてしまう。糸で無理やり吊り上げられていた人形が落ちていくように、杏子はぺたりと地面に座り込んでいた。

 

「杏子……」

 

 そんな杏子の肩にほむらの手が添えられた。

 無理もないだろう。戦っていた三人の魔法少女の内、あの魔女に対して真正面から鍔迫り合いを仕掛ける事ができたのは杏子だけだった。

 だからこそ常に気を張り続けなければなかった。一瞬たりとも油断できない攻防は杏子だけのものではない。後ろにいる少女たちのためでもあったのだ。

 魔女の攻撃が杏子に対して意識を向けてもらわなければ護るものも護れない。興味を持ってもらうためには受けるだけではなく、あの巨体に対して攻撃を放つしか他ならなかった。

 しかし攻撃を放てば手痛い反撃をもらいかけない状態になってしまう。当たりどころが悪ければソウルジェムが容易く砕かれる攻撃を何度も、何度も、杏子は受け続けていた。

 

「ありがとう杏子。あなたのおかげで私たちは……」

 

 ほむらやさやかが戦力になり得ない今、頼れるのは杏子だけだった。しかしその杏子も戦線離脱しなければ、今度こそソウルジェムを砕かれてしまうだろう。恐ろしいほどに鋭利な緊張感が漂っていた彼女は見る影もなく、もう一度戦いに出てしまえばきっと――そう感じてしまうほど、ほむらから見ても力を感じられなかった。

 後は残った魔法少女たちで何とかするしかない。できることが少ないほむらとさやかに加え、何を考えているのか分からないマミと一緒に、あの魔女を倒すしかない。覚悟を決めるしかない。

 覚悟なんてものは昔から出来ていたが、今はただ、杏子に向けてありがとうと口に出していた。

 

「おいおい、まだ何も成し遂げちゃいないんだよ」

 

 座り込んでいた杏子は、顔を下に向け動きを止めていたほむらの様子を見ると、肩を抱き寄せた。

 確かにこの戦いはほむらが切っ掛けとなったかもしれない。特に杏子は風見野出身であり、本来ならば何ら関係のない話だろう。

 ここから逃げ出したとしても、誰かが杏子に向けて後ろ指を指す資格はありはしない。しかし彼女は戦い続けた。

 

「それでもお礼を言わせて頂戴。今の私は、あなたに感謝することしか出来ないもの」

 

 過去に出会ってきた杏子とは比べ物にならない程の正義感。妹が生きている。護るべき存在があると人はここまで変わるものなのかと思うほどに、彼女は強かった。

 魔法少女としてもあるが、一人の人間として彼女は強かった。

 ほむらが尊敬するほどに彼女は強かったのだ。

 

「戦いはまだまだ終わってないんだ。そうだろ?」

 

「ええ、もちろんよ佐倉さん」

 

 杏子たちの背後から、ゆっくりと歩いてくる。その気配は恐ろしく、まとわりつくような雰囲気をしていた。

 美しく輝く深紅色の宝石を彷彿とさせた杏子とは全く異なり、全てを飲み込んでしまうかのように深くどす黒い暗闇。油断すれば敵も味方も飲まれてしまう魔力。彼女が歩くごとにその圧が重くのしかかっていくようだった。

 全てを切り捨て、全てを護ると誓った魔法少女の片鱗。ほむらはその姿に背筋を凍らせる思いであったが、杏子の言う通り戦いはまだ終わりではないと前を向いた。

 見つめる先はワルプルギスの夜。彼女を倒さなければこの戦いに終止符は打たれることはないだろう。

 

「あたしとほむらはハッキリ言ってあの魔女に太刀打ちできません。杏子だって私たちを助けるために力を使い果たしました。ここからどう戦えば良いのか……」

 

 まだまだ戦いは終わっていない。その言葉が強調されるかのようにさやかの疑問はもっともだ。

 護るべき見滝原市の土地は傷を負い、戦い続けていた魔法少女たちも疲弊し、魔力を回復させるグリーフシードの数も残り少ない。

 圧倒的魔力を得た杏子でさえあの魔女に致命傷を与えることはできずに耐えることを強要させられていた。

 この状況を打開する方法を誰もが望んでいる。そしてその方法を握っているであろう巴マミにさやかは問た――これからどうするのか。

 あのワルプルギスの夜を倒す方法を、ここにいる少女たちは望んでいた。

 

「もちろん説明はします。でも、肝心の()()が揃っていないわ」

 

 しかしあの魔女を倒す算段を求められたマミはその場で腕を組み、動く様子を見せず誰かを待っていると語った。

 役者が揃っていないと言われ何の話をしているのかと少女たちが疑問を浮かばせていた矢先、ほむらはこちらに向かってくる魔力を感知した。

 目の前に存在している魔法少女と同じ魔力。細かく言うのであれば、街中で取り残されていた人々を助けるために作り上げられた偽物のマミの魔力であった。

 本体は目の前にいる方であるのはほむらたちも知っている。複数の偽物を動かすためには極度の集中状態に入らなければならず、そのために敵の攻撃を受けにくい後方へ周り、さやかの手も借り本体の護衛を務めていた。

 しかし住民の救出が終わったのなら魔法を解いても良いはずだろう。そのはずなのになぜ、わざわざ一体を残してこちらへ向かわせているのだろうか――その意味を考え終える前にはもう、ほむらの強化された視力が分身を捉えてしまっていた。

 

「どうして――」

 

 捉えたと同時にほむらは目を見開いてしまう。本当に自分自身が見ている光景が現実であるのかを理解するために。

 なぜ、魔法を解かずにこちらへ向かわせていたのか。その答えはマミが語るもう一人の役者を抱えていたからだ。

 混沌にまみれた戦場へ招待するために。

 

「ほむらちゃん! みんな!」

 

「どうしてまどかが、ここに来るのよ」

 

 ここに来ることがない。来てはならない。人ならざるもの以外が立ち寄ってはならない戦いに、文字通り命を賭けて護るべき存在を引き連れて来たことに、ほむらは言葉を失った。

 しかしそれは一瞬のことだった。

 

「――巴マミっ!!」

 

 隠すことが不可能な怒気は冷え切った感情は溶岩に突き落とされ、身を焦がすほどの熱が頭の中を埋め尽くしていた。

 感情の赴くままにマミへと手を伸ばす。まどかをここに連れてきたその事実だけで彼女の身体の制御は利かなくなり、マミの胸ぐらへとつかみかかっていた。

 

「あなたは一体何を考えているのよ!? ここにまどかを連れてきたその意味が分かるの!? まどかにこの現状を見せつけろっていうの!? そんな事をしたらまどかが……まどかが……っ!!」

 

 まどかが契約してしまう。その言葉が頭の中だけに留まらず、身体中に反響する。最後かもしれないチャンス。この世界は何度も繰り返してつかみ取った最後のチャンスだと思っていた。

 このループでやっと、まどかを救えるかもしれないと本気で信じていた。

 杏子と、さやかと、マミと。全員が揃ってワルプルギスの夜へ到達するまで困難を極める世界だったかもしれない。しかしこうして共に背を向き合い、護るべきものを護る戦いに望むことができた。

 まどかを救える。いや、まどかだけではない。まどか以外の全てを、彼女たちと共に戦えるのなら――そう、本気で思っていた。

 

「ほむらちゃん!」

 

 勢いに任せたまま、ほむらは胸ぐらだけではなくマミの喉元をつかみかかろうとしたのだが、鬼気迫る表情のほむらへ割って入るようにまどかが飛び出した。

 魔法少女でもないただの少女が怒り狂う魔法少女を止められる訳もなく、勢いのままに突き飛ばされてしまうのは簡単だろう。しかしほむらにそんな事が出来ないことなど分かりきっている。まどかに抱きしめられた瞬間、抱きしめて来る彼女を傷つけないよう体の動きを止め、沸き上がる怒りを無理やり抑え込むことしか出来なかった。

 

「ま、まどか!? どうして止めるのよ! あいつはまどかを――」

 

「違うよほむらちゃん。私は大丈夫だから。私はただ、もうほむらちゃんは苦しまなくていいって、そう伝えたかったの」

 

 大丈夫だと優しく語りかけてくる少女は、ほむらにとって余りにも見慣れてしまった表情であり、過去の出来事が嫌というほど脳裏にこびりついている。それは、数多もの時空の狭間で何度呼び止めようと願いを叶え続けたまどかの姿であった。

 見慣れてはならない見慣れた表情だ。そのはずなのに、何故かほむらには目の前のまどかは今まで見てきたまどかの姿に当てはまらない姿が映っていた。

 しかしほむらは知っている。目の前のまどかから感じられる真新しい雰囲気は、昨夜に異様な光景を映し出したまどかの姿と重なって見えていたからだ。

 

 ここで止めなければ全てが終わってしまう。

 ほむらの中にある本能が、頭を鈍器で叩きつけられるように警告を鳴らしていた。

 目の前にいる少女を止めろ。止めなければお前の望みは一生叶うことがない、と。

 

「い、嫌よ! お願いよまどか! お願いだから契約しないで! 魔法少女になんてならないでよっ!」

 

 醜い姿を晒しても良い。無様に見えても良い。それでも目の前にいる大切な少女が契約を叶えなければ、涙を流しすがるように悲願していた。

 少女の胸に小さく収まる魔法少女は、どれだけ人外な力を持ち合わせていても、どれだけ時の流れに逆らい続けていたとしても、大切な女の子の前に出てしまえば無力な少女に過ぎなかった。

 そんな彼女を優しく抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でながら語りかけた。

 

「うん、私は魔法少女にならない。願いを叶えることはしないよ」

 

 ――そんなはずはない。あなたは願いを叶えるはずよ。ならばなぜ、ただの人間であるまどかがここへ来てしまったの? どうして足を踏み入れる覚悟を持ってしまったの?

 魔法少女にはならない。願いを叶えないと語るまどかは今のほむらが切に願う言葉だろう。だが彼女はいつもそう言いながら、最後は願いを叶えて魔法少女に羽化してしまった。

 助けられなかったまどかを見捨てることしかできず、精神が擦り切れ、ここまでたどり着いてしまったほむらには信じられる訳がなかった――しかしこの場にはまどかが願いを叶えることを良しとしない少女がもう一人いると言うことをほむらは忘れていた。

 

「ほむらさん、まどかさんを魔法少女には絶対にさせません。世界中でたった一人、まどかさんだけは願いを叶えるべき人間ではないのだから」

 

 この場に連れてきた張本人であるはずの巴マミが、許す訳がなかった。

 

「ワルプルギスの夜は私が必ず倒してみせます。まどかさんが魔法少女に変化する結末を迎えないために。この世界を無に返すことはしません」

 

 いまだに深い暗闇を宿す少女は、ほむらの不安の拭い取るようにはっきりと言い渡した。

 まどかが魔法少女になる未来は無い。必ずここにいる魔法少女であの魔女を消し去ると。

 

 しかし、あの杏子ですら手を焼いた魔女をまどか以外が倒せるのか。ほむらには諦めたくない気持ちが残っていても、倒す方法など思いつかなかった。

 この時間軸にいる巴マミが強いことは理解していても、あの魔女を倒すだけの力を持っているのか想像など出来ない。

 全ての力を解放した杏子の戦いは、今のほむらではたどり着けない次元にいる戦いだと感じていた。

 確かにマミは強いだろう。この時間軸にいる間に、何度もそう思わされる機会はあった。

 それでもあの戦いを見せられていたほむらには、マミが杏子を超えている強さを持っているとは思わなかった。

 そう考えていると、マミの身に着けられているソウルジェムが淡い光を放ち始めた。

 

「な、なにこの感覚は……」

 

 マミの持つソウルジェムが光り輝くと同時に、魔法少女たちは肌に違和感を覚えていた。

 周りの空気が光に共鳴してぞわぞわとした感覚が肌を刺激している。例えるのなら、もともと素肌に張り付いていたものが取り除かれる感覚。体全身を包み、違和感を持たなくなるほどに馴染んでいた薄い被膜が徐々に消えていく――そんな違和感を。

 

「あぁ、そうか。住民の救助はこのためでもあったんだな」

 

 違和感の正体に気づく様子を見せた杏子に、疑問を浮かべていた少女たちに紐を解いていくようゆっくりと語りだした。

 

「昔ほどではないにしても、あたしたちは全力を出す必要がなかった。周りと実力差があるし、毎回あんな戦い方してたら一度の消耗が激しくなるってのも理由の一つだ」

 

 普段の戦いではワルプルギスの夜との戦いで見せた全力の姿を杏子たちは使うことはない。ソウルジェムが濁れば濁るほど生命の危機に晒されてしまうのならば、大量の魔力を抽出するという事はそれだけ死に近づいてしまうのが魔法少女と言う存在だ。

 全力の状態なら勝負は一瞬で決まるかも知れないが、たとえ一瞬でも大量の魔力を放出してしまうことには変えられない。全力を出す必要もないほど他の魔法少女に力の差を付けられているのであれば、魔力を温存することに越したことはないだろう。

 だが、それだけの理由でマミが全力を出さないでいたのかと言われたら、答えは違う。

 

「全力を出すってのはソウルジェムの消耗――つまり、自身が持っている魔力を限界値まで使う戦い方だ。だけどこいつは、あたしと違ってそんな戦い方ができる訳ないんだ。それもそのはずだろ。こいつは今の今まで、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()からな」

 

「それって――っ!」

 

 今しがた参戦した魔法少女は既に杏子と同じく全力を出している。杏子のように、劇的な変化は見られないものの常に魔力を放出し続けていると語りほむらはハッとした。

 確かにマミは強かった。

 先程までの杏子に見劣りするものの、同じ魔法少女とは思えないほどの力を手に入れていた。

 過去に見てきた巴マミとは比べられないと断言しても差し支えはないほどに。

 そんな彼女は、今の今まで見滝原市という()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事実を、杏子の言葉によって再確認したのだ。

 

「あいつが本当の意味で全力を出すには、見滝原市にいる住民が安全な場所にいないと駄目だったんだ」

 

 当たり前のように空気中に存在していた魔力の粒子が、杏子達の身体から剥がれるように消えていった。

 あまりにも長くこの状態で過ごしていたことで忘れていたのだ。

 巴マミと言う魔法少女は常に巨大なハンデを背負い魔法少女や魔女たちと戦い抜いたことを。

 

「あたしたちを――見滝原市を包んでいたはずの魔力が、マミに還っている」

 

 単体では何も力を発揮しないほど薄く引き伸ばされ、細かくされた魔力の粒子かもしれない。しかし街一つ分を包む魔力の大移動は、まさに圧巻と言わざるを得ない光景だった。

 その光景を目の当たりにしたほむらは思い出していた。杏子が見滝原市に足を踏み入れる直前に何を言ったのか。

 まるで魔力の壁が作られている。感知があまり得意ではなかったあの頃のほむらはピンとこなかったが、今では納得出来てしまう。大量の粒子がマミを中心に集まろうと収縮する光景は、確かに目の前から壁が迫ってくると言わざるを得なかった。

 

「おかえりなさい」

 

 累積する。たった一人の少女に。小さい器に光の渦が積み重なり、全てが収ってしまった。

 邂逅を果たしてしまった魔力を受け入れたその身からは光が満ちている。ゆっくりと手のひらを天へと向ければ溢れでる魔力が龍の如く立ち上り、曇り空を貫き、大穴を開けた。ワルプルギスの夜が作り出していた暗闇の世界に切れ込みを入れ、見滝原市に――いや、巴マミに一筋の光芒が降り注いだ。

 暗闇に閉ざしていたこの世界に降り注ぐ唯一の光。その全てを独り占めする姿はまさに、見滝原という舞台の上に巴マミのためだけに作られたライトだ。

 光に照らされる姿は神々しく見えるかもしれない。しかし、縛られ続けていた枷を外したマミの魔力は余りにも狂気に染まっていただろう。

 ここまで魔法少女としての質を高めるのに、一体何人もの魔法少女たちを犠牲にしてきたのだろうか。

 魔法少女の成れの果てであった魔女を殺し続けていたのだろうか。

 見滝原で暮らす人々を、たった一人で救い続けて来たのだろうか。

 その身体にはどれだけ多くの因果の糸を背負い込んでいるのだろうか。

 

 圧倒的な魔力とともに光を浴びる少女の瞳は依然として深い暗闇を宿している。しかし瞳の奥には一際輝く光を宿していた。

 暗闇が深ければ深いほど、その輝きを一層強くするように。

 

「佐倉さん。まどかさんをお願いね」

 

「ああ」

 

 そう言い残した時には姿を消していた。

 ただ、その場に残されていた魔力の筋を追っていけば何処にいるのかを目で追うことは出来ていた。

 ここから移動したと言うには遠い距離のある場所――ワルプルギスの夜が存在する標高まで移動していたのだ。

 

「的が大きくて助かるわ。ねぇ、ワルプルギスの夜さん?」

 

「Ahahahahahahahahaha!!!」

 

 金切り声で笑い続ける魔女や、その周りにいる使い魔達に向けて静かに手を挙げる。その瞬間、マミの背後からは数多の魔法陣が現れた。

 使い慣れた数多くの敵を蹂躙する範囲魔法。しかしその大きさは、手に収まる大きさのマスケット銃を召喚する魔法陣ではない。

 際限なく溢れでる魔力は全ての魔法を進化させる。展開している魔法陣の全て、巴マミの代名詞と言われる一撃必殺の大砲を――ティロ・フィナーレを発射させる砲口を覗かせていた。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 全ての砲口はもれなく目の前に存在する魔女へと狙い定めている。魔女の叫び声が響き続ける上空で全ての引き金を引かんとする命令が、少女の口からゆっくりと静かに下された。

 人が持てる重量を遥かに超えた大砲。少女の命令により引き伸ばされていたバネは一斉に解放され、勢いのままに火打ち石へ衝撃が加わった。

 寸分違わず重なり合った衝撃音とともに大量の火花が薄暗い上空に散らした、その瞬間だった。

 一面を埋め尽くす赤黒い爆炎。魔女の悲鳴など物ともしない轟音の嵐が全てを飲み込んだ。

 眼の前の魔女を消し去るためだけに込められた魔力の鉛玉が空を切るように発射され、衝撃波は砲身を粉々に砕き、しかし彼女の意思が込められた魔弾は全て、命令通りに目の前の魔女へと着弾した。

 狂気に満ちた魔弾はワルプルギスの夜を削り、魔女の一部が空中へ投げ出される。一つ。二つ。三つ。着弾するごとに深い傷を増やしていった。

 

「(確実に傷を与えられてはいるわね。けど――)」

 

 少女一人の身で、魔女と同じく街一つを焦土に変えてしまう威力があっただろう。あれ程の猛攻を受けてしまえば、ワルプルギスの夜だろうと跡形もなく吹き飛ばせるはずだ。

 マミにも手応えを確かに感じていた。

 並の魔女なら最初の一撃だけで勝負は決まっている。しかし目の前に存在している魔女は並の魔女から遙かに超越した化け物だ。

 ――この程度で終わるはずがない。そう思ったときには、爆炎をかき消すよう大量の魔力が噴き出していた。

 

「Ahahahahahahahahaha!!!!」

 

 悲鳴にも似た笑い声に呼応し、魔力が渦を描いている。傷だらけの体は何もなかったかのように――時が戻るかのように勢いよく治り始め、先程と同じ姿に戻ろうとしていた。

 周りに浮かんでいた使い魔達は着弾時の衝撃波で消滅しているが、本体を倒さなければ無尽蔵に現れるだろう。

 

「ま、仕方ないわね」

 

 思い通りにはならない。仕方がないが予想通りだと言うように、マミは小さく息を吐く。そして、先程と同じように手を上げた。

 

「――もう一度よ」

 

 驚くこともない。冷静さを欠くこともない。目の前に事象を淡々と受け止めたマミは、先程と同じように背後に魔法陣を展開させた。

 しかしその数は先程よりも多く、より強大に魔力を込めて。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 広範囲かつ高火力を一方的に押し付ける。それが自分自身の持ち味であるように、回復しきる間もなく魔女に更なる追撃を加え始めた。

 傷を癒やす暇を与えるつもりなど毛頭ない。魔女の全てを焼き切らんとばかりに轟音と爆炎が空中に広がり続けていた。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 砲身が粉々に砕け散れば新しく作り変え、爆炎は途絶えることなく砲撃を撃ち続けていた。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 ソウルジェムから際限なく溢れでる魔力を押し付けるように、目の前の魔女へと魔弾を放った。

 

「ティロ・フィナーレ」

 

 ワルプルギスの夜が粉々に砕け散るまで、マミの魔法は止めることなく砲撃を放った。

 だが、攻撃を受け続けるだけであったワルプルギスの夜が動きを見せる。爆煙に包まれている魔女から強い魔力の反応が現れ、その瞬間爆炎を裂くように熱光線がマミに向けて発射された。

 魔女から放たれた攻撃はマミの額へ吸い込まれるように進んでいくのだが――。

 

「邪魔よ」

 

 マミは手のひらを光線に向けて開きそのまま握り潰していた。

 ワルプルギスの夜が反撃してきたとしても、マミは幾度となく魔弾を撃ち続けるだろう。その度に瞳に宿る暗闇は増し、ひた隠しにしていた表情は次第に歪ませ、目つきは鋭く魔女へと刺していた。

 

「(――私がつかんだ希望の先には何も無かった)」

 

 いくらこの世界の巴マミが強くあろうとも、魔力は無限ではない。魔法を使い続ければ魔力は消費され、ソウルジェムの濁りは勢いよく染め上げられていた。

 

「(みんなが救われる世界なんてものは見つけられなかった)」

 

 今まで押さえ続けていたはずの感情が爆発する。冷徹であった心が熱を帯びる。護り続けていた見滝原市の一部を壊され、美しい街並みは見るも無残に変えられた。

 だが、感情が揺さぶられたのは街が破壊された事だけではない。

 

「(だからって……化け物(まほうしょうじょ)が救われないからって、罪もない人々を喰い物にして良いはずがないでしょう)」

 

 全てはこの世界に生きる人間のために、高ぶる感情は命をたき火に最後の輝きを灯していた。

 

「今度こそ私が、絶対に救ってみせる」

 

 全ての魔女を破壊し、蹂躙し、抹殺する感情が魔力に宿る。しかしその魔力は魔女のようにどす黒いものではなかった。

 その先にあるのはこの世界に生きる人々を救うため。何も知らない人達の安寧を願う想い。人々の救済を望む少女は頭に付けられたソウルジェムを引き千切り、残り全てのグリーフシードを押し当てた。

 ソウルジェムを中心にワルプルギスの夜を包み込むほどの魔力が膨張していく。見滝原を包み込んでいた魔力とは桁外れな濃度を持ち、魔力を生成していく度にソウルジェムは穢れ、押し付けていたグリーフシードが浄化していくのを何度も繰り返していた。

 浄化と膨張、魔力の圧縮を幾度も繰り返し、マミに集約する。明らかに許容量を超えていた魔力の塊は、マミの身体を中心に巨大な心臓のように鼓動する。魔力は肉体を切り裂かんばかりに荒々しく吹き出していたが、ただ冷静に何事もなく、ワルプルギスの夜を卵のように包み込む魔法陣と結界を作り始めた。

 ティロ・フィナーレに使用している魔法陣ではない。それよりも一回り大きな陣が無数に作られ、そこから同じ数の砲身を覗かせていた。

 全ての砲口は魔女に向けている。

 三百六十度全ての方向から砲身を魔女へと狙いを定め、外れようがない正真正銘最後の一撃発射させた。

 

「――ボンバルダメント」

 

 一瞬の静寂。辺り一帯の空気や音が吸い込まれるように集約したその瞬間だ。見滝原市の上空に激しい閃光が満ちた。

 衝撃は結界に包み込まれ、全ての威力が惜しみなくワルプルギスの夜へと降り注いでいる。巴マミが魔法少女としての集大成とも言えるその技は、結界魔法に特化していなければ全ての威力を抑えられる訳もなく、次第に亀裂を生み、灼熱が溢れていた。

 結界に包まれる巨大な熱と光の塊。亀裂から炎が漏れ出す光景は、まるでもう一つの太陽が生まれ落ちたようだった。

 凄まじい勢いで膨張する灼熱はひび割れた結界を砕き、衝撃は風圧とともにあたり一面に広がった。

 ワルプルギスの夜が作り出した魔の曇天はいともたやすく吹き飛ばされ、暴風や雨粒さえ一つ残らず消し去った。

 青々とした雲一つ無い晴天が見滝原市上空に映し出され、街には光を取り戻すことができたのだ。

 荒れ狂う風が吹くこともない。重くのしかかるような暗闇もない。舞い上がった物が打つかり合う衝撃音も、叩きつけられるように降り注ぐ雨粒もない。

 

「(それでも――)」

 

 それでも、彼女に届かなかった。

 

「Aha――haha――ha――haha!! Ahahahahaha!!!」

 

 マミの命を燃やしきる最後の一撃は、魔女の歯車をバラバラに砕き、人形の衣装も焼き焦がし、破壊することが不可能だと思えた魔女に多くの亀裂を作り、満身創痍の姿に変えていた。

 それでもなお、ワルプルギスの夜は笑うことを止めなかった。

 舞い落ちる部品は重力に逆らうように戻り始め、ワルプルギスの夜が不変であると物語る絶望を顕にしていたのだった。

 

「(そう……結局私は、あの頃から何も変わっていないのね)」

 

 マスケット銃一丁作り出す魔力も残さない全ての力を使い切る一撃だった。

 この一撃を作り出すために、魔法少女(ばけもの)として身を堕とし、多くの命を糧にして生きてきた。

 後ろを振り返れば死体の山が積まれているその道は酷く醜く、足元を見れば自分の足首が見えないほどに生ぬるい赤い血に浸かっていた。

 しかし決して、マミが作り出した道が歪んではいなかった。自ら決意した想いに振れはないと語っているのか、真っ直ぐに作られた一本の道が出来上がっていた。

 たとえ足元が見えなくてもひたすら真っすぐに進め。道を逸れれば落ちていく。化け物として、この世を生きる人間を護る魔法少女として間違いはない。強い想いに呼応するかのように因果は巻き付き、力を手に入れた。

 他の追随を許さない力。その全てを、魔法少女巴マミと言う存在が作り上げた正真正銘最後の魔法を放った――しかし、あの魔女の喉元に手が届くことはなかった。

 

「(きっと、暁美さんもこんな気持ちだったのね。悔しいわ、とっても――)」

 

 狂気に満ちた力を持ってしても、あの頃から何も変わりはなかったのだ。力が無いことを理由にたった一体の魔女から逃げ帰り、幼い子供の命を見捨てた無力な少女のままであると――そう確信した瞬間であった。

 

 

 

 

 

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