強く気高く孤高のマミさん【完結】   作:ss書くマン

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最終話 私ができる最後の魔法

 

 

 

 

 巴マミが魔法少女として理想を掲げ、進み続けた一本の道。積み上げられてきた研鑽、その全てが崩壊した。空から堕ちてきた少女に暗く禍々しい雰囲気も、脅威から人々を救い出す想いが込められた光も残されていない。力を使い果たした少女が一人、頭を垂れるように俯いているだけだ。

 表情は悔しそうで、しかし納得している様子を見せながら座り込んでいるその姿は、ほむらが過去に見た仮面が剥がれていくマミそのものであった。

 

「私は何を間違えたの?」

 

 しかし、その姿はほむらにとって受け入れがたいものだろう。マミが作り出した魔法はワルプルギスの夜を消滅させるに相応しい攻撃だった。

 過去に経験した戦いと比べてみても遜色ない――いや、確実に消滅させる威力を持っていた。そんな魔法を真正面から受け止め、肉体は大きく砕かれたにも関わらず、彼女は修復を止めることはなかった。

 

「これ以上ないほど状況は良かった。美樹さんも魔女になる運命を乗り越えた。巴さんも佐倉さんもどんな時よりも強かった。最高の状態で協力する選択を掴めたのよ? ねぇ、一体何が悪かったの? 私は何を失敗してしまったの? 本当に……本当に、これで最後なの?」

 

 紆余曲折があった。それでも過去に類を見ないチャンスを掴み取ったと感じていた。今ならあの魔女を破壊できると確信していた。しかし、ほむらの両手には何も得られてはいない、空っぽの結果のみが残るだけだった。

 目の前に映るのはほむらの宿敵に敗北した魔法少女の姿。心を捨て去り、限界以上に研ぎ澄まされた魔法少女であってもワルプルギスの夜を倒すことができないという真実。そんな絶望を受け入れるために時を重ねたわけではない。そう思っていたとしても、受け入れがたい現状がほむらに襲い続けていた。

 ボロボロに崩れ落ちているはずの魔女が依然として魔力を渦巻いているその光景は、もはや何が正解で何が不正解なのか、何を変えればまどかを救うことができるのか分からない。まるで嘆くように、ほむらは両手で顔を覆い塞ぎ込んでいた。

 

「ほむらちゃん」

 

 受け入れがたい答えに絶望し、覇気が感じられないほむらをまどかは優しく包み込む。温かく柔らかい感触。甘い匂い。蕩けるような声が、今のほむらには猛毒にも思えるほどに甘美だった。

 考えることが億劫なほどに疲弊し、意識が混濁していたほむらは無意識の内にまどかの背中に手を回し、思い思いに口を動かし始めていた。

 

「ごめんね。私は結局、あなたを助けることの出来ない非力な少女のままだったらしいわ……あなたを護れる魔法少女に、最後の最後までなれなかった……」

 

「そんなことない。ほむらちゃんは凄い魔法少女だよ。格好良くて強くて、優しい子。私が保証する」

 

 持ち合わせている全ての手札を使い切り、まさに打つ手がないほむらには涙を流す力すら残されていない。まどかに抱きしめられながら優しく声をかけられても、何も無い彼女の表情に光が戻ることはなかった。

 

「ねぇ、お願いよまどか。こんな私の、愚かな私の最後の希望を聞き入れて。魔法少女になんてならないで。あなただけは、私のようにならないで……」

 

 彼女自身に光が戻らずとも、魔法少女としての願いが刻み込まれた想いが消え失せることはなく、儚い声色を振り絞り最後の願いを伝えていた。

 今にも消えてしまいそうな少女を胸に抱いていたまどかは、この終わりの見えない戦いに終止符を打つべく顔を上げる――力を使い果たした一人の魔法少女に向けて。

 

「マミさん」

 

「そうね……ごめんなさい、私の我儘に付き合ってもらって」

 

 まどかに声をかけられた途端、彼女の何かが切り替わったか、表情や声色が変わり、身体を起き上がらせるのも億劫であるような動作でゆっくりとその場を立ち上がった。

 そして、続け様にこの場にいる魔法少女たちが驚くべきことを口にしたのである。

 

「大丈夫よ、暁美さん。まどかさんが契約をすることはありません。言ったでしょう? ワルプルギスの夜を倒すって」

 

 ワルプルギスの夜に対峙した四人の魔法少女。彼女たちの中でも一線を凌駕した魔法を放ち、魔女へと深い傷跡を与えられていたとしても、消滅させることには遠く及ばなかった。

 グリーフシードの貯蓄も無くなり、魔力も使い果たしている。この場から逃げるだけの僅かな力は残されているだろうが、たったそれだけだ。

 魔力を使い果たし、絞り粕ほどの力しか残されていない魔法少女たちにできることは、この場から尻尾を巻いて逃げ出す以外にない。しかし、その上で淀みなく口にした。あの魔女を――ワルプルギスの夜を倒す、と。

 

「で、でもマミさん、ソウルジェムは真っ黒でグリーフシードもありません。これ以上魔法を使ったらどうなるかなんて、マミさんがよく知ってるはずです」

 

 限界を大きく超え、身体を引き裂かれる魔力を練り上げたソウルジェムは黒く染まっている。光り輝いていた美しさは見る影もないその宝石を更に酷使すればどのような末路を遂げるのか、真実を知る者は理解しているはずだ。

 それは避けられることのない魔女化。彼女たちが恐れるはずの最期を確実に迎えてしまうだろう。

 ワルプルギスの夜と魔女化したマミ。強力な二体の魔女が見滝原市に放たれてしまえば、壊滅の一途を辿ることは免れない。巴マミの全てをかけて護り続けてきた街を自らの手で破壊する。それは彼女が最も恐れている末路のはずだ。

 

「大丈夫よ、さやかさん。限界までソウルジェムが穢れていること。それが、これからの私にとって最も必要なことだから」

 

 しかしさやかの思考とは裏腹に、魔女化寸前であるはずの魔法少女は死の淵に立っている者とは思えない表情を作って見せていた。

 

「あんたはあの魔女を倒す方法があるって言ってたけど、こんな状況であいつを倒せるって言うその方法は一体なんだ?」

 

 深い傷により一時的に機能停止をしている魔女だが、修復が終わるのも時間の問題だろう。その前に何の考えがあってここまで絶望的な状況を覆し、あの魔女を倒すと豪語できるのか、杏子はその訳を促していた。

 

「そうね、誰がどう見ても今の状況は絶望的よ。まどかさんの契約を阻止するためにも挑んだけど、結局私たちはあの魔女を討伐することはできなかった」

 

「残されている手段はまどかが願いを叶える――が、そんなことをしたら本末転倒だ」

 

「まどかが魔女を倒しても世界を滅ぼす魔女になるんじゃ……」

 

「さやか、その通りなんだけどそれ以上に厄介なことになるかもしれないんだ」

 

「え?」

 

 この場にいる魔法少女たちは、半ば強制的に世界の命運をかける戦いに身を投じていた。

 しかし、魔女を討伐する手段がなくなった今、残された方法はキュゥべえとの契約を果たしたまどかがワルプルギスの夜を破壊することだが、その代償は世界を滅ぼす新たな魔女の誕生――それが、事前に共有されていた知識だった。

 見滝原市の壊滅を回避しても、事を先送りにしただけでは不十分だ。被害は世界中に広がり、意味がないだろう。さやかは共有された知識通りに想像していたが、杏子は仮説から、マミはまどか本人からのものであり、全く違う意味で世界の終焉を迎えると語った。

 

「資料通りならさやかさんの言う通りでしょう。でも、まどかさんの願いはこの世界を滅ぼすだけに留まらないわ。そうよね、まどかさん?」

 

 まどかが魔法少女になってしまえば、世界が滅ぶ運命を間違いなく迎える。今更それ以上の何を聞く必要があるのかと怪訝な面持ちのさやかではあったが、まどかに目を向けるとそこには決して間違いを言っている訳ではないと、かすかに頷いて見せる姿があった。

 

「私の願いは、この世界から全ての魔女を生まれる前に消し去ることです。全ての宇宙、過去と未来に存在する魔女を私の願いで」

 

「全ての宇宙、過去と未来に存在する魔女を……?  それってどういう事?」

 

「な、るほどな……つまりは、鹿目まどかが望む素晴らしい宇宙を新しく作りましょう。そういう意味だよな?」

 

「……え?」

 

 杏子は冷静に答えられているようでも内心は強い衝撃を受けていた。仮説のみで動いていたとは言え、まどかの答えは余りにも人としての考え方を逸脱している。途方もない因果が集中しているとは聞いていたが、まさかここまでの願いを形にできる状態に陥っていたなんて――そう思わずにはいられなかった。

 聞き直していたさやかはあまりにも規模が大きすぎて未だに理解が及んでいない。自分の幼馴染は一体何を言っているのか。まどかが願いを叶えた未来がどうなるのか。そんなもの想像がつくはずがなかった。何故ならそんな願いを叶えられる存在は――。

 

「まどか、あなたは神様にでもなると言うの……?」

 

 神話に存在する者だからだ。

 

 ほむらが叶えた願いだけでも、時を逆行し未来を変えると言う世界の理に反した行為だ。しかしまどかが願う内容はほむらとは正に次元を超えた願いであった。

 そんなものが叶えられてしまえば魔法少女と言う範疇に収まる存在ではなくなる。世界を――宇宙の、全ての時空を巻き込む願い。今まで起きた歴史。全ての人間。全ての時間。全ての宇宙を初期化し、まどかの思い通りの宇宙に作り直してしまう願い。そんな願いを形にしてしまえる存在は最早、神そのものと言えてしまう願いであった。

 

「暁美さん」

 

「う、嘘……」

 

 悪い冗談にも聞こえない狂言。巴マミの静かな声に、ほむらもそれが現実に起こり得てしまう願いだと無理やり受け止めるしかなかった。

 鹿目まどかというたった一人の少女を生贄に、人の枠を超えた存在である魔法少女を更に超え、少女は神に等しい何かを作り上げる。世界を救った人間だとしても、到底叶えることのない願いを、鹿目まどかという異質な個体はそれだけの可能性を持ち合わせてしまっていた。

 ほむらの想い――時を巻き戻す魔法の軸に置かれ、何重にも積み重なった因果の糸が綛車のように、数多もの世界の可能性をたった一人に巻き続け、人という枠組みを飛び越えた奇跡。それが、この世界における鹿目まどかという存在だった。

 

「まどかさんの願いをキュゥべえが形にしてしまえば最後、この世界がどうなるのか誰にも分からない。鹿目まどかの存在が認識できる次元にいるのかも……唯一分かるのは、暁美さんとまどかさんが共に歩みを進める世界は、二度と訪れなくなるでしょう」

 

 技術の産物である魔法少女を更に超越した次元である神へと到達する。そんな不確かで、曖昧なものに変化してしまえば最後、魔法少女と同じようにこの世界に縛り付けられるのか定かではないだろう。

 

「そんな世界――まどかがいない世界なんて、私はいらない。私は、まどかの犠牲で成り立つ運命のために歩いてきたんじゃない……っ!」

 

 命をかけて救うと誓った少女と交わることのない世界を迎えてしまう。そうして新たに作り上げられた世界に魔法少女の救済が訪れたとしても、まどかを救うために立ち上がり続けたほむらにとっては何の救済も意味もなさない、狂気に満ちた世界が完成されるとしか思えなかった。

 

「それはあんたもだろう?」

 

「勿論よ。この世界を無かったことにされるなんて私が望んでいる訳ないじゃない」

 

 この世界に救済を求めて戦い続けていた巴マミ。しかし、鹿目まどかという望めば全てが上手くいく可能性が目の前に存在していたとしても、全てを無に還すデウス・エクス・マキナになり得る願いを求めてはいなかった。

 

「まどかさんを人柱にする方法だけが、この絶望的な状況を打開する真実じゃない。複数ある真実の一つに過ぎないって私は思うの。さ、キュゥべえ。あなたの出番よ。さっさと出てきて頂戴」

 

「まどかの契約を勧めに呼んでくれたのかい?」

 

 マミに呼ばれたキュゥべえは身を隠し続けることなく姿を現した。

 自ら呼び出したマミはともかく、この場にいる魔法少女の体に緊張が走り一瞬だが身を硬くしてしまう。まどかとキュゥべえ。ここには宇宙の終焉へと導く材料が全て揃っているのだ。

 そんな彼女たちとは異なり淡々としたキュゥべえの勧誘。契約を勧めるために呼んだ訳もなく、キュゥべえの言葉を聞き流していたマミはそのまま話し続けていた。

 

「魔女には魔法少女と同じようにそれぞれの性質があるわ」

 

「性質……?」

 

「君たちが願いによって得られた固有の性質は、魔女になっても失われることがない。元を辿れば、魔女も君たちも同じ存在だからね」

 

 魔法少女たちが敵対している魔女は、元になった魔法少女の性質に引っ張られた姿形や魔法などを扱う。魔女と魔法少女は同一の存在であり、全く異なる存在へ変化しているわけでもなく、その性質も失われずに残っていた。

 

「あれも、私たちと同じ魔法少女が変化した魔女だから願いによって得られた性質があったとして、それに何の関係が……」

 

「キュゥべえ」

 

 とは言え、魔女の性質がこの状況に一体何の関係があるというのか。それを問われたマミはキュゥべえに向かい、ワルプルギスの夜の性質が何なのか、そのためにお前を呼んだというように促すと開かない口を使って答えた。

 

「彼女は舞台装置の魔女と言われているんだ」

 

 舞台装置の魔女。それが彼女を示す性質であるとは言わないものの、ワルプルギスの夜には二つ名のように舞台装置と名付けられていた。それがどのような経緯を辿って付けられたものかは分からない。しかし彼女には、ある舞台を維持するための装置のように付けられた名が存在していた。

 

「私がそのことを知ったのは、まどかさん以外がワルプルギスの夜を倒すことはできないというキュゥべえの言葉。そして、暁美さんから渡された資料を見た後だった。暁美さん、あなたが一番よく知っているでしょう? 過去にあの魔女を倒してきたのは誰なのかを」

 

 ワルプルギスの夜が舞台装置の魔女と教えられたマミは、資料にも載っているであろう情報をほむらに向けて態とらしく聞き始めた。

 

「あなたたちも知っていると思うけど――まどか、よ。いつも最後には、願いを叶えて魔法少女に変身したまどかが魔女を倒していた……」

 

 それに一体何の関係があるのか分からない。だが、話さなければ続きを聞くことが出来ないことを察していたほむらは、聞かれた内容にそのまま答えていくと、想像していたどおりの答えにマミは頷いていた。

 

「それじゃあ舞台装置と言われている魔女の舞台は一体何を指すのか? もし仮に、魔女の結界が舞台だとしましょう。だけどワルプルギスの夜は結界を持たない。自分だけの結界が無いのなら、その代わりになる舞台が彼女にはあるはずよ」

 

「もしかして、何度も戦場の中心になっている見滝原ですか?」

 

 過去に戻る能力を持ってしても幾度となくワルプルギスの夜が現れた見滝原市。この場所こそが結界を持たない彼女にとっての唯一の舞台であると指摘したさやか。望んでいた答えが返ってきたというように、彼女はさやかの答え通りに話を進め始めた。

 

「私はさやかさんの言う通り、この見滝原の地が彼女の舞台になったと思うの。けど、それだけの理由であの魔女が驚異的な力を手にするとは思えないわ」

 

「あの魔女が伝承以上の力を得た原因がある。そうだろ」

 

 ワルプルギスの夜。それは、魔法少女三人程度で撃退できる強さだと伝えられていた。マミたちが魔法少女になる以前にあの魔女と対峙した者たちがいる可能性があり、それだけの人数で対応することができていたと捉えられるだろう。

 伝承の全てを鵜呑みにするつもりはない。しかし軽々と街を吹き飛ばす力を持った、それこそまどかのような異物ではないと倒せないほどの魔女を、たった数人の魔法少女で対応できると言い伝えられるとも思えなかった。

 ワルプルギスの夜が現れたら最後、その土地は焦土と化し魔法少女は逃げるのみである。そう言い伝えられても仕方がない強さを持つ魔女の伝承が、まるで撃退も視野に入る可能性を持ち合わせているとは考えられないだろう。

 

「暁美さんがまだ魔法少女になっていない世界で、舞台装置が標的にした見滝原市には魔法少女が存在していた。その少女は鹿目まどかであり、一人だけの力ではないにしてもまどかさんの手によって魔女を討ち果たした。それが相打ちだろうとね」

 

「その後、まどかを助けるために私は魔法少女になった。結局私だけで魔女を倒すことが出来なくて、その度に願いを叶えるまどかを眺め続けて……」

 

 その時の記憶が蘇っているのか、ほむらの表情は自然と険しくなっていた。

 まどかの服を掴んでいた手にも力が入ってしまい大きな皺が作られていくのだが、まどかは何も言わずにほむらの手を包み込んでいた。

 

「違う世界の私とまどかさんはワルプルギスの夜を倒すことが出来ていた。この世界の私や佐倉さんを相手にしても全く歯が立たない魔女を相手にね――そんなことがあり得るの?」

 

 「二人の命を使えば討ち果たせてしまう」という事実は、今の状況を見るとあまりにも矛盾している出来事だ。過去のほむらが見ていたマミとまどかは、この時間軸のマミに比べれば遠く及ばない力の持ち主だろう。そんな魔法少女たちがワルプルギスの夜を倒すことなど不可能に近い――が、事実として存在してしまっているのも確かであった。

 現状とほむらから渡された資料と照らし合わせてみれば、誰が見ても大きな矛盾を抱えていることが分かる。その矛盾は前線で戦い続けていたほむら自身も確実に感じていたはずだ。

 数多ものループを重ねてきたほむらに加えて、生半可ではない、確固たる意志を確立したさやか。ワルプルギスの夜に引けを取らない力を持った杏子とマミ。この四人が揃っていれば魔女を倒すことができる。それは自惚れでも何でもなく、確かな実力を持ち合わせている、と。

 ならば何故、ここまでワルプルギスの夜に苦戦を強いられてしまうのか。キュゥべえの言葉と、過去のまどかがワルプルギスの夜を倒し続けていた記録。そして、ほむらの未来を遡る魔法による因果の集中現象が、マミにとある仮説を生み出した。

 

「もしかしたら、初めてワルプルギスの夜と対峙した世界では、()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。ただ偶然、その場に居合わせたまどかさんが彼女を倒した。何も難しいことはなく、それだけで彼女の作り出した舞台は幕を下ろしていた」

 

 魔女という性質に身を任せて、機械仕掛けのタイプライターをただひたすらに打ち続けることしかできない脚本家のなり損ない。もはや脚本家にもなれない舞台装置。何でも願いを一つだけ叶えられる権利を与えられた魔法少女は、望んだはずの姿に遠く及ばない姿へと変化してしまった。

 それこそが、魔法少女の成れの果てであるワルプルギスの夜のあり方であり、魔法少女に討ち果たされた彼女の舞台の幕は、完全に閉じる――はずだった。

 

「けれど彼女の舞台は終わらなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

「おい、それって――」

 

 巻き戻した少女。そう言われ、彼女たちは一人の少女に目線を向けた。

 

「きっと、全ての始まりはまどかさんじゃない――暁美ほむらさん、あなたの魔法によって、この状況(ぶたい)が生まれたんじゃないかしら」

 

「は……?」

 

 文字通り、未来から過去へと時を巻き戻した暁美ほむらにそう告げた。

 

「あなたの魔法は鹿目まどかを変化させてしまうと同時に、ワルプルギスの夜にも影響を促す原因となってしまった。もちろんあなたの思惑とは別にね」

 

「ふざけたことを言わないで頂戴……」

 

「でも、その変化があなたの望む未来を手に入れることが出来ない原因だったと知らずに」

 

「私の魔法は! 私の願いは全て! まどかを助けたい想いで産まれた魔法なのよ!?」

 

「その結果、あなたがまどかさんを救うことはできなくなった」

 

「っ!」

 

「想いを積み上げても、未来を知っていても、多くの魔女を倒せる力を身に着けていても、見えない因果に強く引かれるように、あなたは時を巻き戻し続けた」

 

 まどかを救うことは出来なかった。その言葉は鋭くほむらに貫いた。

 分かっていた。しかし胸の中に閉じ込めていたはずの部屋に土足で踏み入られ言葉が詰まり、自らの不甲斐なさに絶望し口を開いたときとは違う不快感が脳裏を駆け巡る。疲れ切った身体には重く、深くのしかかり、ほむらの息を止めてしまう。しかしそれでも、彼女は声を荒げるしかできなかった。

 

「分かってるのよ……そんなことをあなたに言われなくたって分かってるわよ! 私はまどかを救えなかった! まどかのために祈りを捧げたこの私がっ!! でも、だったらどうして!? あなたが言うのならこの舞台を作り出したのは私でしょう!? だったら私に! まどかを、救わせなさいよっ!」

 

「ほむらちゃん……」

 

 どうしてあの魔女を倒すことが出来ないのか。どうしてまどかを救うことが出来ないのか。

 繰り返されていく思考の中で、永遠とも言える時をさまよい続けて何故、求めていた答えが見つからないのか。

 舞台を作り出したのが自分であるならば、そんな答えはとうの昔に見つかっているはずだと、喉が擦り切れる程の叫び声が彼女の強い想いを代弁していた。

 

「……確実に魔女を倒す方法は存在しているわ。ただ、私達には彼女を倒せる役がいなかった。それは舞台を巻き戻したあなたも含めてね。だから私達ではあの子に勝つことが出来ない。そう考えているの」

 

「マミさんや杏子。過去のほむらが倒せない理由がその、倒せない役ってやつなんですか?」

 

 傷を与えられても倒すことが出来ない。

 表面上では消耗しているように見えても、魔女の魔力を感じ取れば魔力が消費される様子が全くない。

 どれだけ強力な魔女でも魔法を使えば魔力は消費される。法則を無視している構造には何かしらの理由があると。

 

「暁美さんが繰り返してきたこの一ヶ月。彼女が作り出した舞台の上での物語だとすれば、私たちにはきっと舞台における役が割り振られているはずよ」

 

 ほむらもとい、舞台装置が作り出した舞台の上で少女たちが踊っているのであれば、ここにいる少女一人一人には舞台上での配役が決められていると彼女は言った。

 

「たとえば、この街を襲う魔女なら悪役。私達ならその悪役を倒し、市民を護る味方役になるでしょう。でもその中にあの魔女を――悪の親玉を倒す事ができる役はいなかった。それは何故?」

 

「――主人公、か」

 

 杏子が小さく答える。マミの問に対して正解である答えなのか不安そうに答えたから小さな声を出した訳ではない。マミが言いたいことを、これから彼女が述べるであろう結論を理解してしまったからこそ、彼女は小さく言葉を漏らしたのだ。

 絶望的な現状を打開する方法こそが、犯してはならない絶望を手に取る方法であることを。

 

「物語を締めくくる華はいつ何時も主人公が務めるものでしょう。そして、ワルプルギスの夜が作り出した舞台を終わらせていた主人公は、一体誰なのかしら?」

 

 舞台装置の役割を果たしているワルプルギスの夜。魔女が作り出した舞台の上で踊り狂い続ける魔法少女たちにはそれぞれの役割があり、しかし主人公は存在しなかった。

 ならばその主人公とは。ワルプルギスの夜に引導を渡し続けた主人公――魔法少女は一体誰なのか、そう問われた魔法少女たちには一人の人間が頭によぎっていた。

 

「だから、どうしてっ……なんで……まどかなのよ……」

 

 この舞台の主人公を務めているのは、()()()()()()()()()鹿()()()()()である、と。

 

「私はまどかを救うために繰り返した……あんな魔女のために、こんな結末を迎えるために、まどかを魔法少女に仕立て上げるために……私は願ったんじゃないのに……」

 

 巴マミが導き出した答えは魔法少女に羽化したほむらの存在を否定しているとも同義だ。

 まどかを救うために願いを叶えたはずなのに、願いを叶えた張本人が、まどかが救われる世界を訪れなくしている最悪の矛盾を生んでいた。

 大切な友人を救いたい。始まりはたったそれだけのことだ。しかし暁美ほむらの魔法は世界にとってあまりにも影響力を与えすぎてしまった。一人の少女が世界を――更に広く捉えるのであれば宇宙全体を巻き戻す魔法は、まどかだけではない。まどかを救い出す切っ掛けとなった魔女も例外ではなかったのだ。

 

「さあ、君たちはこれからどうするんだい? 残された選択の中には鹿目まどかを僕たちに引き渡し、魔法少女に契約させることも含まれているだろう」

 

「私は、まどかの足かせだったと言うの……?」

 

 鹿目まどかを魔法少女にさせないために幾度となく繰り返してきた一ヶ月。だが、魔法少女にならなければこの時の流れを抜け出すことは不可能であり、同時にまどかを諦めなければならなくなる。それはほむらの願いが叶うことは不可能であることを意味していた。

 あの夜。まどかはほむらに対して大きな足かせを付けてしまったのではないかと言った。しかし現状を見ればほむらがまどかに対して外すことのできない足かせを付けてしまったように思えていた。

 取り返しのつかない過去から積み重ねてきた全ての罪を、救いたいはずの少女に擦り付けた。そう思わずにはいられなかった。

 

「違うだろ、ほむら」

 

 ほむらが絶望に身を飲まれ、自分自身を失いかけていたそのとき、杏子は勢いよく彼女の肩を叩いた。

 

「ええ、あなたが繰り返してきた時間は決して無駄じゃない。あなたは過去に戻る魔法だと言うけれど、今まで見てきた時間軸の全てが同じだと言えたかしら? 少しずつ、何かがズレている世界が広がっていたはずよ」

 

 ほむらが繰り返してきた時間軸の全てが全て同じ行動を取っている人間がいたわけではない。

 未来を知っていたにもかかわらず、その通りに動く事柄もあれば未来通りに動かない事柄もあった。

 ほむらが意図的に変えたこともあるだろう。石を投げ入れられた水面が波を起こすように、一つの変化は辺りへ伝わり同じく変化を起こしてしまう――だが、未来を知るほむらが石を投げなくても変化してしまうイレギュラーは存在していた。目の前にいるマミたちのように。

 

「狂気とも言える時間の末にあなたは辿り着いた。繰り返していく度に変化していた時間軸の中で、まどかさんではない誰かが、ワルプルギスの夜を倒せる未来をね」

 

 そんなイレギュラーな世界線に迷い込んだほむらには、鹿目まどかだけが倒せるはずだった魔女を、他の誰かが打ち倒すことができる異分子を探し出すことができた。

 舞台の主人公であるまどか以外がワルプルギスの夜を打ち倒す。そんな未来を手に入れられる世界ヘと。

 

「マミ、あんたは言ったな。キュゥべえが言う方法は複数ある真実の一つを言っているに過ぎないって」

 

 魔法少女としての力を存分に振るった杏子とマミでも、ワルプルギスの夜を消滅することは叶わなかった。

 それは生半可な方法では倒すことが不可能だと自ら証明したと言えるだろう。グリーフシードもなければソウルジェムにも穢れが溜まり、先程の戦いのように魔法少女の力を振るうのは難しい。

 ここにいる魔法少女たちは既に満身創痍だ。

 魔女に抵抗する力も残されていない状態でどのように倒すことができると言うのか、当然の疑問だろう。

 

「配役は決められてしまった今の状態で私たちが闇雲に戦い続けても、決して倒すことは出来ないでしょう」

 

「ああそうだ。あんたが語る仮説が正しいのなら、根底から覆す方法がない限りこのループは終わらない。それこそ舞台を一から作り直すぐらいじゃないと――」

 

「あら、凄いわ佐倉さん」

 

「……お前、こんな滅茶苦茶な方法が合ってるっていうのかよ?」

 

 舞台を作り直す。偶然とは言え、ワルプルギスの夜によって作られた運命の軌跡をなぞる舞台の上に立っているというのなら、その根底を、まどか以外の魔法少女が主人公に仕立て上げられた舞台を作り直すことしか方法はないのでは。そう、杏子は吐き捨てるように言っただけなのにも関わらず、それが正解であるかのような反応を取られてしまい思わず呆気にとられてしまう。

 そんな方法がどこにあると言うのか。舞台を作り変えると言うのなら、ほむらのような時を超える魔法を獲得し、過去に戻るしかないのではと疑問が尽きないでいた。

 

「重要なのは、今はまだ舞台の途中に過ぎないこと」

 

「だからこそ、あの魔女以外が舞台装置の役割を担えば、このループを抜け出せる可能性が生まれるはずだって言ってんだろ。でもその方法が無いんだよ」

 

「いいえ、魔法少女であれば誰もがその方法を持ってるわ」

 

「はぁ?」

 

「あなたはあの魔女と同じ力を持とうと言っているの? そんなことが――」

 

 魔法少女ならあの魔女と同等の能力を得ることができる。そんなことを言い出されてもほむらにはできる訳がないと、そう言い切りたかった。しかしそう言い切りたくない思いもあった。

 今のほむらに何かを変える余力は残されていない。そんな中、態々まどかを捨てる選択肢を取ることはしたくなかった。ループから抜け出せる方法があるのなら、藁にもすがる思いで飛びつきたい思いでいたからだ。

 

「理論上は魔法少女であれば誰にでも可能だと思うの。ただ、成功率が一番高いのは私ってだけ。正直、こんな形でやりたくはなかったけど仕方ないわね」

 

「誰にでもって、魔法少女になったばかりのあたしでもそんな事ができるんですか?」

 

「切っ掛けは、ね。その後、私たちが望む形に向かえるのかどうかは話が別ってだけよ」

 

 ワルプルギスの夜と立場を入れ替えるなど、魔法少女としての練度が低いさやかでもできる可能性があると言うが、それでも成功率が低いことには変わりないと言う。ここで大事なのは、その方法を手に取った後だ。

 

「私たち魔法少女が魔女に生まれ変われば、魔女の結界がその場に作られる。その子が生きてきた情報を元で作られた自分だけの世界を、既存している世界に対して無理やりね。私たちの成れの果てはそんなものを平然と作り出せる力を持っているの」

 

 まだまだ大人と言うには長い時を過ごしていない中学生の少女だが、それでも彼女たちは十年以上の年月をこの世界で生きていた。

 それぞれ過ごしてきた土地も違うことがあれば親も違う。頭に入る情報もそれぞれ違い、目に入る景色も違うだろう。好みや感性も千差万別であり、特殊な環境に身を置いてなければ同じ人間は一人としていないはずだ。

 そんな彼女たちが魔法少女になり、魔女へと変化した際、この世界にもう一つの世界を作り出すことができる。それが魔女の結界といわれるものであると。

 魔女が作り出した結界の景色は彼女たちが生前の思い出を形にする生きた情報であり、彼女たちが生み出した物語の一つである――つまり、魔女の結界は彼女たちが生み出した舞台だ。

 

「ワルプルギスの夜は力そのものが強すぎるあまりか自分だけの世界を持っていない――いえ、舞台装置の魔女という性質だから持つことが許されなかったのかもしれないわね。そんな魔女を相手にしているからこそ、私が考えている方法が使えると思うの」

 

「ソウルジェムが濁ってないと駄目だって言ったのは、そのためか……」

 

「ええ。私の世界――巴マミが魔女化して産み出した結界(ぶたい)に、ワルプルギスの夜を取り込む。きっと、それしか方法は残されてないわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! マミさんの言いたいことも、やりたいことも私にだって分かります! けど、マミさんが魔女になったら――そうです! 見滝原はどうするんですか!」

 

 彼女が語った舞台を作り変えるという方法。ワルプルギスの夜の舞台で踊り続ける少女たちであるのならば、ワルプルギスの夜自体を他者が作り出した舞台に取り込み、舞台装置をただの役者へと堕としてしまう。舞台装置という役割は失い、鹿目まどかが主人公であるという条件も失うだろうと語った。

 しかし、それを聞いたさやかは困惑して声を荒らげた。ソウルジェムが穢れていたら都合が良いとする意味を理解したが、それは彼女が護り続けていた見滝原市を放棄することも意味していたからだ。

 

「あたしが魔女になります! あたしが魔女になって皆を護ります! この戦いで役立たずなのは私でした! だからマミさんが魔女になることは――」

 

「さやか!」

 

 さやかが言い切る前に杏子が大声を上げ遮った。その声に反応したさやかは思わず口を紡いでしまう。マミの顔を恐る恐る見れば、そこには静かに首を振る姿があった。

 

「気持ちは嬉しいわ。けど、今の状況であの子を止められるのは私しかいないの。言ったでしょう? 成功率が高いのは私って」

 

 ただ魔女化すれば良い話ではない。悪意の濁流に揉まれながらも意識を保ち、ワルプルギスの夜を結界内に引きずり込み、その上で魔女を破壊する意思を向けなければならない。さやかが魔女化してしまえば最後、意識は悪意に飲み込まれ自我を失ってしまうだろう。しかしマミは違った。

 魔女は魔法少女であり、魔法少女は魔女だ。隣り合わせに存在している二つの関係は強い繋がりを持っている。姿形は違えど、魔女も魔法少女も同じ存在から変化した存在だからだ。

 

 魔女化した際のエネルギーは魔法少女よりも飛躍的に増加することを知っていたマミは、ソウルジェムの中に眠っているはずであろうその力を引き出そうと、同じく魔法少女である自分自身の身体を実験台とし、幾度となく試みていた。

 正に命を削る作業だ。一歩間違えれば魔女に変貌してしまう行い。死に直結するリスクはあれど、莫大な力の塊が目の前にあることを無視することは出来ず、インキュベーターに抽出される感情エネルギーを自身に還元する方法を模索していた。

 方法が確立してしまえばこの世に存在する人ならざる化け物を全て抹殺することも夢では無くなる。想像していた長い時間を費やすこと無く成し遂げられると考えていたが、今の今まで成功した事例は一つも無かった――しかし、全てが無駄になった訳ではない。

 失敗を重ねた研究の果に、ソウルジェムの中に眠る魔女の感覚を手繰り寄せることが出来ていたのだ。

 

 幾度となく魔女化の瀬戸際までソウルジェムを酷使した副作用なのか、魔女化した自分自身の感情を理解する結果をもたらしていた。

 たとえ姿形が異形のモノに変わろうと、魔女の本質はその者に変わらない。別の生物に生まれ変わる訳ではなく、人間が魔法少女に変化するのと同じように、狂気に飲まれ、純粋な悪意に染まろうとしても、そこに巴マミという自我を失うか否かだ。

 魔法少女の状態で魔女の力。感情エネルギーを扱うことは出来なかった。しかし一度魔女になってしまえば、ほんの数分だけでもに意識を保ち、そのエネルギーを自由自在に扱える確信がマミにはあったのだ。

 

「主人公なんていない打ち切り寸前の私の舞台に彼女を取り込むことができれば、ワルプルギスの夜という巨悪を討ち果たすことができるでしょう」

 

「だが、そんなことをすればあんたは……」

 

「ええ、魔女から魔法少女に戻る方法が分からない今、私が魔女に変化してしまえば元の姿に戻ることは不可能よ。けどね――」

 

 後戻りの出来ない方法かもしれない。夢も希望も理想も全てを諦め、たった一体の魔女を倒すためだけの捨て身の特攻かもしれない。しかし全てを諦めても巴マミには揺らぐことのない決意があった。

 

「私は見滝原を、人々を護る魔法少女。多くの魔法少女を糧にして、魔女を倒して、先にある私が信じた未来を救おうとした。積み重ねてきた全てを使ったわ。結局、街は瓦礫に変えられて、あの魔女も倒すことは出来なかった。そんな無力な私が最後にできる唯一の魔法なの」

 

 まるでこうなることが元々分かっていた声色だった。決して諦めたわけではなく、彼女はそれを吐き出していた。

 

「思えば、私たちは本当に手に入れたいものを掴むことが出来なかったわね。何でも願いを一つだけ叶えられるくせに、本当に欲しいものは手にいられないなんて……なんて酷い矛盾を抱えた存在なのかしら」

 

 巴マミと佐倉杏子は家族を。

 美樹さやかは最愛の異性を。

 暁美ほむらは親友の未来を。

 キュゥべえから好きな願いを一つだけ叶えても良い権利を与えられたはずなのに、この場にいる魔法少女たちが幸せになるはずの道は存在していなかった。

 

「でも、それも今日で終わりよ。確かに魔法少女として私は無力だった。けれど私にはまだ、違う化け物に生まれ変わって人々を救うことができるもの」

 

 これまでの行いに懺悔しているわけではない。どうしようもない現実に直面して自暴自棄になり、考える事を放棄している訳でもない。自分自身の命を使う。それが、この世界を護る為に一番の手段だと考えていた。

 これからの世界にどれだけ魔法少女が増え、どれだけ魔女が生まれて、どれだけの人間が犠牲になるのか、巴マミには理解することはできないだろう。それでも、今あるこの世界を、たった一人の命を代償にして失われずに済むのなら、容易く投げ捨てることが出来た。

 それがこの世界にとって――人々の未来を護る行いであると信じていたからだ。

 

「ふぅ……もう、お喋りできる時間も少ないわね」

 

 一時的に機能停止させた魔女が完全復活を遂げるまで時間はもう残されてはいない。消耗を見せることなく溢れ出る魔力が彼女の存在は不変であると証明していたが――それも終わりを告げる。

 

「さやかさん」

 

「は、はい」

 

 声をかけられたさやかに緊張が走る。慣れた声色。魔法少女になりたてで、修行を付けてもらっていたときも、一時的にマミの家で過ごさせてもらっていたときも聞いていた声。しかし今の姿はあまりにも消耗していて、血や汗で汚れていた。

 美しい身なりは見る影もなく、先程までの光も失われ――まるで全てを託すような表情と雰囲気は、さやかの鼓動を早くさせた。

 

「あなたを魔法少女にさせてごめんなさい。謝っても許されることではないのは分かってる。でも、そんな私が言うのも何だけど、あなたは立派に育ってくれたわ。そんなあなたに、私が護ってきた見滝原を託したいの。お願いできるかしら?」

 

「あ、あたしに、ですか?」

 

「そうよ」

 

「佐倉杏子でもない。暁美ほむらでもない……美樹さやかに、ですか?」

 

「美樹さやかさん。他ならないあなたにお願いしているわ」

 

 さやかの息が詰まる。マミに頼られれば笑顔を見せて二つ返事を見せていたのだが、今のさやかはいつもの快活そうな雰囲気は鳴りを潜めていた。

 

「あ、あはは、マミさんに頼られるだなんて光栄です。昔のあたしなら飛び跳ねて喜んだと思います。でも――」

 

 無理だ――口にはしていない。しかしはっきりとした否定的な言葉が脳内を埋め尽くした。さやかには彼女の言葉を飲み込めるほど、そんな大役を任せられられるほど強くなれたと思い込める自惚れは無かった。

 魔法少女になる前の、お調子者のさやかはいない。見て呉れだけは再現できる。しかし、親友から人が変わったと言われるほどには精神が成熟してしまった。もう二度と楽観視なんて出来ない。眼の前に迫りくる死を受け入れ進むにはそうならざるを得なかった。

 

「あたしがマミさんたちに遠く及ばない実力しか持ち合わせていないことなんて分かってます。眼の前で戦う姿を見て、何度も、何度も、そう思いました……そんな私が、見滝原を護れる魔法少女に――巴マミのようになるだなんて、そんなの……」

 

 次第に声が小さくなり、萎縮してしまう。さやか自身も、まだまだ魔法少女として日が浅いことを十分に理解していた。そのためにも、一日でも早く魔法少女としての力を付け、皆を助けられるように努力していた。

 それでも彼女たち――マミや杏子、ほむらたちの戦いは、あまりにも鮮烈で、魔法少女として一線を凌駕していた。それに比べれば自分自身の実力なんてものはたかが知れていると、感覚だけではなく直接見て理解した。そんな自分が、マミの後釜を任されるように見滝原を護ることができるのか。そう考えたとき、やはり出来ないという言葉しか並べられなかった。

 

「そうね……さやかさんが不安を抱えてしまうのも、仕方がないかもしれないわ」

 

「だ、だったら――」

 

 見滝原を任せる。その言葉に戸惑いを隠せず、身の丈にあっていない願いに不安を抱いている心情を理解しているとマミは答えていた。ならば何故自分に任せるのか。そう言い出そうとしていたが、不意に頭を撫でられてしまい言葉を詰まらせてしまう。

 

「でもね、私はさやかさんに任せるから意味があると思うの。失敗した私たちなんかより、魔法少女として――いえ、人として純粋無垢なあなただからこそ」

 

「それって……」

 

「あなたの手のひらは汚れてないから」

 

 巴マミに手を取られ、固く握られている拳に指を優しく添わせ、一本ずつ丁寧に解されて手のひらを顕にする。汗と泥。そして傷だらけの手には細かく小さな血の痕。そんな手を見ても汚れていないと言った。さやかにも分かっている。何を見て汚れていないと伝えているのか。それを示す本当の意味も。

 

「あなたは私のようにならなくて良いの。私は私が掲げていた正義を貫いただけ。そして、さやかさんにはさやかさんが示す正義があるはずよ。佐倉さんが自分の意志で私の下から離れたようにね」

 

「で、でも……」

 

 杏子は強かった。マミの下から離れられるほどの強さを持っていたからこそ、そのような決断ができたのだ。しかし、さやかには杏子と同じような強さを持っているとは到底思えなかった。あの二人のように自分自身の正義を持つことができているのかさえ分からなかった。

 魔法少女としての経験も浅く、知識もない。力も遠く及ばない。やはりそんな自分が、自分自身の正義を見つけて、巴マミの後継者として見滝原市を護ることなど――そう、考えていたときだった。

 

「あなたは私とは違って一人じゃないわ」

 

 一人ではない。そう言われて思い浮かんだのは同じく魔法少女である杏子とほむら。それだけではない。魔法少女の界隈に深く入り込んでしまった親友であるまどかの顔も頭に過ぎらせていた。

 

「私は一人で強くなるしかなかった――いえ、この言い方は少しずるいわね」

 

 困ったような笑顔を浮かべ、ほんの少しだけため息をつきながら彼女は言った。

 

「私は誰かと共に強くなることを諦めただけ。そんな私と同じように強くなる必要なんて、さやかさんにはないわよ。あなたの隣には支えてくれる人がいる。だから、一人で全てを護ろうとした私を見習うのは止めなさい。だってその結果が、今の光景なんだから」

 

 一人で強くなる必要はない。それが、一人で強くなる道を進み、失敗してしまった先輩の――巴マミの道を進む必要はないと、さやかにはそう聞こえていた。

 

「あなたは私とは違う。失敗して間違えたら沢山助けてもらいなさい。その度に色んなことを教えてもらいなさい。今のさやかさんにはできるはずよ」

 

 憧れの少女に体を引き寄せられる。胸に顔をうずめながら頭を撫でられ、甘やかされるのは珍しいことではなかった。だが、今だけは違う。彼女の姿を見るのも、感じるのも、声を聞くのもこれで最後であるという雰囲気は、決して消えることはなかった。そう思うとさやかは嗚咽を漏らし、彼女の胸元に強く目元を押し付けてしまう。

 

「出来ないことは任せて、泥臭くても、情けなくても生きなさい。さやかさんが決めたことを貫いてみなさい。そうすればきっと、あなたが護りたいと願った未来を手に入れられるわ」

 

 涙で濡らしている目元を強引に拭い、赤く腫れてしまった顔を無理矢理正してマミに伝えた。

 

「でも、でもっ……マミさんの、期待に添えられるか分かりません……っ! それでもっ、精一杯頑張りますっ! 見滝原を護ってみせます! だから――!!」

 

 だから死なないで。そんな言葉を投げかけたい気持ちを無理やり閉ざした。

 何を言っても目の前にいる彼女を止めることはできない。さやかも分かっている。この世界を護るためには誰かが犠牲にならなければならないことを。まどかに代わる他の誰かがやらなければならないことを。それが目の前にいる少女であることも。

 

「本当に優しい子。ありがとうさやかさん」

 

 不格好でも期待に答えると言い切ったさやかを強く抱きしめる。すると、さやかもそれに反応して両腕を背中に回し、強く抱き締め返していた。

 この温かさもきっと最後なのだろう。さやかはそう思うと、拭いだ目元から更に涙が零れ落ちた。

 そんな彼女を落ち着かせるようにひとしきり抱擁をしていたのだが、泣くのはもうおしまいだと言うようにさやかの頭を優しく撫で、身体を離してしまった。

 

「佐倉さん」

 

「あぁ」

 

 さやかから離れ杏子に向き直るマミは、先程までの穏やかな口調ではないものの優しげな表情は崩していなかった。

 

「佐倉さん。あなたはモモちゃんと一緒に私の家に住みなさい。不十分だけどある程度の書類は用意してあるわ。それでも難しいだろうけど、お金だけでも受け取って、二人が帰る場所を用意しなさい」

 

「あんた、いつの間にそんな事」

 

「資料を渡されて――ううん、実はもっと前からかな。なんとなくこうなるんじゃないかって思ってたの。それに、あの家には普通の人が見てはいけないものが沢山あるから」

 

 普通の人が見てはいけないものと言えば魔法少女関連のものぐらいしかないだろう。それを処理することができるのもまた、同じく魔法少女しかいない。

 人の手に余る物が多く存在してしまっている彼女の部屋は、魔力に耐性が無い人間に危害を加える可能性が高い。本来の居住人である巴マミが行方不明であると知られ、危険物を誰かが見つけてしまう前に、同じ魔法少女。特にお互いの事情を知っている者に任せたいと考えていた。

 

「後はモモちゃんと一緒に学校に通いなさい。その代わりと言っては何だけど、さやかさんや暁美さん、まどかさんを助けてあげて頂戴ね」

 

「お金もそうだが、そんな勝手なことあんただけで決めて良いのかよ?」

 

「両親がいなくなっても私一人であの家に住んでいた時点で、身勝手に独り立ちした子供だって分かるでしょう? 両親から受け取ったお金も家も全て私のものよ。譲るのだって私の勝手」

 

「……」

 

 そんな話が通ってしまうかと思ったが、杏子が修行時代に巴マミの家にお世話になっていたのは両手で数え切れる回数ではない。そのはずなのに巴マミ以外の人の影が一切見当たらず、気配すら感じなかった。

 両親を失ってから三年間、あの家で一人過ごし続けていたのだろうと考えられてしまうほどに。

 

 杏子の呆れた表情と、その中に納得した雰囲気が含まれているのを感じ取ったマミは「後はよろしくね」と伝え、ほむらの方へ向きを変えていた。

 

「暁美さん。私が最後に伝えることは分かるでしょう?」

 

「命に替えてもまどかを契約させない……よね」

 

 態々言わなくても分かるだろうと言う彼女に対して、ほむらはまどかの胸からゆっくりと離れ、マミへと向き合い直した。

 まどかを契約させないことが彼女が望む答えである。考えるまでもなくそれ以外にないだろうと口に出したが、その答えを受け取った少女は少しだけ首を振り否定した。

 

「もう、あなたは最後までまどかさんを護り通すのよ。命を落としたら元も子もないわ」

 

「それは――そう、だけど……」

 

 ほむらが自身に下している評価。それは、魔法が使えなければ最弱の魔法少女だ。

 今のほむらには時を止める魔法は使えない。残された魔法は小さな盾とその盾に備え付けられている収納魔法。そして自己強化する魔力のみでこれからの時代を戦い続けなければならないのだ。

 大きな傷を負った見滝原には徐々に悪意が満ち溢れ、魔女や使い魔。そして大量の魔法少女が雪崩込むだろう。そんな街で戦い続けられるのかと言われたら、ほむらには曖昧な答えしか出すことができなかった。

 

「刺々しい雰囲気に満ち溢れていたあなたは一体どこ行っちゃったの?」

 

 誰がどう見ても普段のほむらとはかけ離れた弱々しい雰囲気。鋭い目つきは涙で赤く腫れ、不安げな印象に変わり、眉も少し下がり気味になってしまい、たった一人で戦い続ける意思のもとで形成されたもう一人のほむらの姿は影も形も無かった。

 きっと、これが本来の暁美ほむらさんなのね――そんな風に思いながら、今も不安げな表情でこちらを見ている少女の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。

 

「あなたが不安がるのも分かるわ。この時代を境目に、あなたは更に危険を伴う戦いに身を置かれるでしょう。けど大丈夫。あなたの不安は佐倉さんがなんとかしてくれるわ」

 

「あたし?」

 

 話を聞いていた杏子は急な矢印を飛ばされ思わず聞き返してしまうが、マミは特に何も返すことはなかった。

 冗談を言える状況ではない。きっとほむらの師匠の後釜でも任されたのだろうと解釈し、杏子もそのまま何も言うことはなかった。

 

「まどかさんが魔法少女になれば誰にも止められない。だからこそ、もう二度と同じ未来を繰り返さないようにするの。そのためにはまどかさんの側に寄り添ってあげなさい。今までできなかった分多めにね?」

 

 ほむらの頭に置いていた手を背中に滑らせ、引き寄せる。なされるがままになっていたほむらは、そのままマミの腕の中に収まり、そのまま優しく語りかけた。

 

「暁美さん。今日で終わるんじゃないの――始まりよ。抜け出せない時の狭間(ループ)を抜け出して、まどかさんと同じ未来を歩ける事を、あなたは始められる」

 

「巴、さん」

 

「今まで良く頑張ったわね」

 

 ほむらから抱き締め返されることは無かった。だが、刺々しい印象しか向けられなかった今までとは違い、魔法少女ではない暁美ほむらと言う少女の雰囲気を感じられただけでも十分だと感じ、そっと離れた。

 

「まどかさん」

 

「はい」

 

 ほむらに向けて話していた内容は、まどかも聞いていたであろう。これから投げかけられる言葉も既に分かっていたのか、笑顔で迎え入れる雰囲気はしていなかった。

 

「貴女は絶対魔法少女になってはいけない」

 

 杭を刺す。

 

「この世界で唯一ただの人間であるべき存在」

 

 鎖を巻き付ける。

 

「あなたの因果の糸は数多もの宇宙を取り巻き、膨大な量が絡みついているわ。人間であるはずのあなた自身に影響を出してしまうほどにね」

 

 これは、魔法少女としての巴マミがこの世界に残せる最後のあがき。

 

「それでもまどかさんの周りにはこんなにも素敵な友達や幼馴染。親友がいてくれる。それはまどかさんが魔法少女にならなくても変わらないこと」

 

 絶対に魔法少女になるべきではない。願いを叶えるべきではない。人間としてあるべき存在である。その言葉は、彼女の消えそうな命から作り出された楔だ。

 力強く、そして深く入り込んだ楔は、まどかの心の奥底に根付いたはずだろう。そう思わされるようにまどかは頷いてみせた。

 

「何もない私でも、誰かの助けになれるなら――そう思い続けていました。でも、私は私のままで良かったんです。だって、みんながいてくれます。魔法少女にならなくたって、誰かを助けることは出来ます。そうですよね?」

 

「ふふっ、そう言ってくれたら私も少しは安心できるかな」

 

 まるで呪いのようにも思われる彼女の願い。深く根付いたとしても、何時まで持つのかマミにも分からないだろう。しかし、まどかの様子からもうしばらくはこの世界も無事だということが分かるだけで、ほんの少しばかりの安堵に包まれていた。

 

「さてと……それじゃ行くわよ、キュゥべえ」

 

 もう、話せることは全て話しただろう。そう思ったマミは、彼女たちに背中を向けてワルプルギスの夜へと歩き出し始めた。

 呼び出されていたキュゥべえは何も言うこと無く肩へ飛び乗り、そのままと魔女へと飛び出そうとした――が、力を込めていたはずの足を止めてしまうと、そのまま振り返り杏子へと口を開いた。

 

「ねぇ、佐倉さん。最後にもう一つだけお願いしたいことがあるの」

 

「ん?」

 

「ちょっとだけ、助けてくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 魔女の荒れ狂う魔力により砕かれた瓦礫が不自然に空中を漂っている。そんな中、二人の少女はその瓦礫を足場にしながら魔力の発生源へと飛んでいた。

 

「考えてるのか考えてないのか……」

 

「ごめんなさい。少し張り切りすぎちゃったみたいで」

 

 マミが作り上げた魔法は全ての魔力を捻出したと言っても過言ではない。魔女化する寸前のギリギリまで、魔女を打ち砕かんとする意思のまま、避難場所に作られた結界の魔力、全てを利用して魔弾を放ったのだ。

 しかし、その結果、魔女の元へ向かう魔力は多少なりあれど、空中に漂う瓦礫や膨大な魔力の渦に耐えうる魔力まで失われる始末であった。

 

「ワルプルギスの夜、私たちは倒せなかったわね。完敗だわ」

 

「……」

 

 肩を竦ませるような仕草をしながら呟いていた独り言を、杏子は何も言うまでもなくただ静かに耳を傾けていた。

 ワルプルギスの夜を討伐する目標は果たせず、漂う瓦礫はどことなく見知った部分が伺える。少しばかり視線を下に向ければ、綺麗だった街並みは見る影もなく壊されていた。

 護りたかったものを護れず、助けたかった人を助けられず、倒したかった存在を倒しきれずに今を迎えた身体は傷だらけになり、服はボロボロで魔女化を拒む体は微かに震えている。完敗だと言い切る彼女に慰めの言葉をかけはしない。杏子も同じ思いを抱えていたからだ。

 

「ねぇ、佐倉さん」

 

「ん」

 

 ごうごうと風の音が鳴り響く中、肩を貸している少女から独り言のようなものではなく、確かに杏子に向けて呼ぶ声が聞こえる。

 

「魔女に変化した後に残される私の亡骸。佐倉さんが許してくれるなら――あなたの手で、燃やしてくれないかしら?」

 

 魔女に変貌を遂げたとしても変化するのはソウルジェムだ。魔法少女に変化した少女たちの本体はソウルジェムであり、今ある肉体はあくまでも備え付けの部品に過ぎない。肉体が変化することはなく放り出され、亡骸は地上に残されてしまうだろう。その死体の処理を、杏子の手で行って欲しいという申し出であった。

 

「……両親の墓に入れなくても良いのかよ?」

 

 その言葉を聞いた杏子は素直に受け入れることなく、大切な両親が眠っている場所に入れた方が良いのではないかと疑問を返していた。

 亡くなった両親を想い続けていたこと。願いを叶えた時に助けられなかったことを後悔していたのは杏子も良く知っている。マミ自身も二人のそばで眠りたいと思っているはずだろう、と。

 しかし杏子が抱いた疑問は迷いのない否定で終わってしまった。

 

「私が今まで何をしてきたのか良く知っているでしょう? そんな私にお父さんとお母さんの一緒に眠る資格なんて無いわ」

 

 今まで葬ってきた魔法少女たちにも帰りを待っていた親がいただろう。生きて帰れずとも、死体だけでも両親の下に帰りたいと願った子もいただろう。死体だけでも帰ってくれば、行方不明と伝えられ、苦悩を抱えたまま安否も分からない子供の帰りを待ち続ける両親もいないはずだ。

 だが、それでもマミは殺し続けた。

 殺さなければならなかった。

 もし魔法少女たちが不意に魔女化してしまえば、場合によっては彼女たちの両親も巻き込み、彼女たちの手で関係ない人々までも殺してしまう地獄絵図を作り出さないために。

 決して善意で行っている訳ではない。全ては自分自身の理想の為に利用し、糧にしただけだ。

 その真実を知れば非難されることも分かっている。我が子を殺された親の前に骸を晒される覚悟も出来ていた。

 風見野に住んでいた杏子の立場を考えれば、恨みを持っている魔法少女との繋がりもあるだろう。恐怖を植え付けられた魔法少女たちに遺体を明渡し、今後の活動のために役立てられる材料にするのも可能性の一つだ。

 死んだ後のマミに何かを言える立場ではないのだから。

 

「それでも、こんな私がほんの少しでも贅沢を言って良いのなら、私は佐倉さんの手で燃やして欲しい。そう思うの……やっぱり、駄目かしら?」

 

 疑問を返すマミの表情はほんの少しだけ不安そうにしていた。それもそのはずで、お願いをされた杏子の表情は芳しくない。まるでありえないものを見る目をしていると言っても過言ではないほど、あまり良い表情をしてはいなかった。何故ならば――

 

「誰にマミさんを燃やせって言ってるのか、本当に……本当に分かって言ってるの?」

 

 ただの埋葬であれば何も思わなかったかもしれない。しかし、よりにもよって火葬を選び、更には杏子に頼むなど、そう返さずにはいられなかった。

 

 杏子にとっての巴マミは血の繋がらない姉のような存在だった。妹のモモがいた家では自ら姉を演じて小さな手を引っ張り、大切で愛おしい家族を守っていた。両親もそんな杏子の姿を望んでいた。言いつけられていた訳ではない。しかし、駄々をこねる子供のように甘えることなく、必死にお姉さんを演じていた。そんな中、唯一隙を見せても良い存在がマミだった。

 自身よりも一年先に生まれただけに過ぎない。しかしながら、周りの大人のように落ち着いた雰囲気を持っていた頼れるお姉さん。そんなマミが本当のお姉さんだったら――と、杏子は何度も想像し、言わば家族のような存在に当てはめていたのは少なくない記憶だった。

 

「身勝手な行いでお父さんを追い詰めて、家も、両親も燃やしたあたしに、今度はマミさんを燃やせって言うの?」

 

「佐倉さんには酷いお願いよね。勿論分かってるわ。その上で佐倉さんにお願いしているの」

 

 火葬のみを望むというのなら、真実を知っていても慕い続けてくれているさやかに頼めば確実だろう。杏子の境遇を詳しく知っているのであれば尚更そう思うはずだ。しかし迷いなく彼女は言った。佐倉杏子の手で燃やして欲しいと。そう言われた杏子は驚いたように少しだけ目を見開いていた。

 

「どうしてあたしに拘るんだ」

 

「ふふっ、そうね……」

 

 自分の道を突き進んできた少女から思いもよらない要望。それだけではなく、妙な拘りに驚いて見せていると、その様子に当の本人からくすくすと笑いが漏れ出ていた。

 

「信頼しているのよ」

 

「信頼? あんたがあたしを?」

 

 信頼している。杏子が知っている魔法少女が発したとは思えない言葉に態とらしく顔を歪ませてしまう。巴マミが魔法少女を信頼しているなど誰が聞いても嘘だと答えるだろう。そう思うほどには程遠い感情のはずだと。

 

「そうよ。していなかったらきっと、あなた一人で魔女と戦わせる方法を言い出せなかったわ」

 

「そう言われると、まぁ……言葉通り命をかけて、たった一人で護ってきた街を他人に任せるなんて、相当信頼が無ければしないだろうけど……」

 

「言ったじゃない。きっと佐倉さんだけが、この世界で唯一私のことを理解してくれた魔法少女だから」

 

 マミの表情はとても柔らかく、さやかに向けられるような優しげな雰囲気に杏子は思わず視線を逸らしてしまう。彼女の言葉に嘘偽りはないのだろう。そう思わせるには十分過ぎるほどの雰囲気を杏子は当てられ、照れ隠しにふと疑問を返していた。

 

「本当はその、火葬を伝えたくて着いてきて欲しいとか言い出したんじゃないの?」

 

「そんなことないわ。困っていたのは本当よ」

 

「……まぁ、正直今のあたしには答えを出せない。あんたも、あたしも、罪を償うなんて言葉じゃ誤魔化し切れないほど汚れたんだ――けど、あんたの話を聞いた上で、好きにさせてもらうよ」

 

「うん、ありがとう佐倉さん」

 

 杏子から明確な答えが返されることは無かった。しかし話しそびれていたことを話し終えたからか、答えを返してもらえてはなくともマミは満足そうに笑っていた。

 

 そうして小さな瓦礫を足場に飛び続けていた二人であったが、巴マミは二人が立っていても安定していそうな大きな瓦礫に向けて人差し指を向ける。その場所が彼女たちの終着地点だ。

 

「ここまで来たら後は大丈夫。これ以上近づいたら佐倉さんにまで危険が及んじゃうわ」

 

「そっか」

 

「こんな所までありがとう、佐倉さん」

 

 杏子の肩に預けていた腕を外し向かい合うと、そのまま大人しく立ち尽くしている少女を胸元に抱きしめる。これが最後であると言うように少なくない時間を使い、長い抱擁を交わしていた。

 杏子からしてみれば抱かれ心地は良いと言えないだろう。今のマミは血液や汗、泥が染み込んだ服を身に着け、所々ボロボロに破れてもいる。そんなものを身に着けている状態で強く抱きしめてしまえば嫌がる素振りを見せられても仕方がない。しかし杏子は何も言わずマミの抱擁を甘受していた。

 

 そうして長く、しかし束の間の抱擁を受けていた杏子の身体からマミは離れてしまうのだが、額にかかっている赤色の前髪を片手で優しく撫で上げると、その額に唇を落とした。

 

「魔女の口づけ――なんてね。因みに額へのキスは祝福を意味するらしいわよ?」

 

「ははっ、魔女の口づけで祝福かよ」

 

「魔法少女らしくて良いじゃない。でも、祝福をしているのは本当。こんな世界で……このキスと同じぐらい矛盾だらけで、いつ崩壊してもおかしくない世界で生き抜いているあなた達に、私が贈れる精一杯の祝福よ」

 

「……ありがとう、マミさん」

 

 杏子は恥ずかしそうにキスをされた額に手を添えながらも、離れたマミに近寄り、お返しにというように頬へと唇を向けた。

 親愛なる者へ与えるキス。それを受けたマミは、もう二度と誰にも向けるはずのない表情を浮かべてしまう。

 

「(あなたが私にお姉さんを求めていたように、私もあなたに――いえ、これ以上考えるのは止しましょう)」

 

 今更何を想い、何を考えても全ては蛇足だ。これ以上の言葉を交わさないように、マミは何も言うことはなく、逃げるようにその場から立ち去ってしまう。背後から向けられる視線を振り切るように。

 

 

 

 

 

 

 

 魔女の傷が修復される度に暴力的な魔力が辺りに放出され続けている。動きを見せない僅かな時間、巨大な化け物が浮いているとは思えない程恐ろしく静かで、瓦礫だらけの空間は寂しい光景が広がっていた。

 そんな中、上空の瓦礫を足場に飛び続ける少女の足音は異様に大きく聞こえていた。

 魔女の目の前にたどり着く時間ももうわずかだ。静寂が続く一人と一匹だったが、その一匹に向けてマミの口が開かれた。

 

「キュゥべえ。最後に聞きたいことがあるの」

 

「なんだい?」

 

「あなた達にとって私は、地球上に存在する有象無象の一つの個体に過ぎないかもしれない。それでもあなた達――インキュベーターの脅威に、巴マミという個体はなりえたのかしら?」

 

 人間が持つ独自の感情などを考慮していないインキュベーターにとって、人間の価値は等しく同一だ。今までに出会ってきた魔法少女の名前など見分けのつきやすいラベルと何ら変わりはしない。今までも、そしてこれからも、その考え方を変えられることはできないだろう。それが、人知を超えた高度な技術を持ってしても感情を生み出すことができなかったインキュベーターという生物だ。

 そんなインキュベーターに特別な個体と認識される方法は、鹿目まどかのような特異な存在でなければ不可能だろう。ましてや生まれも育ちも特別ではないマミが、鹿目まどかと同等になるなど同じく不可能だ。

 それでも巴マミは問う。インキュベーターに――感情が映し出されていない瞳の奥に鎮座するであろう者たちに。巴マミという魔法少女がお前たちの脅威になりえたのかを。

 そして彼らは答えた。その動かない口から淡々と、何かを思うわけでもなく事実を述べる作業を、この地球と言う星に生きる一つの個体ではなく、巴マミに向けて発した。

 

「……君は、積極的にかつ計画的に僕たちの行動を阻害していたね。一つの個体を必要以上に大切にする種族が、あれだけの同種を殺す行為。それも、精神的に不安定な時期の少女が明確に行う様子を見たのは稀だ。特に鹿目まどかという極めて特異な個体の契約を阻止されてしまった事実は、僕たちインキュベーター、ひいては宇宙にとって大きな損失だ。抑制されたことも考えればこれから先、鹿目まどかへの勧誘は困難を極めると言えるだろう。それらを考慮すると君は――僕たちにとって脅威になり得る存在であった。そう、答えられるだろうね」

 

「――っ!!」

 

 嘘を吐くことができないインキュベーターから脅威となり得たと伝えられ、巴マミは目を大きく見開き、信じられないと言った表情でキュゥべえを見つめていた。彼らがそう言うのであれば実際にそうなのだろう。しかし頭では理解していても簡単に受け入れられる事象ではなかったのだ。

 ただの魔法少女が。人間の成れの果て、ましてや人としても魔法少女としても歴史の浅い自分が、遥か遠く昔からこの星と密接に存在している生命体を相手に脅威になり得る可能性を持ち合わせていたと言われても信じられる訳がなかった。

 大きく運命を分けたのは彼らの言う通り鹿目まどかの存在以外にありえないだろう。彼女一人で宇宙の延命を全て賄える可能性を持ち、その証拠にインキュベーターたちは鹿目まどかの存在を無視できなかった。

 その個体の契約を阻止し抑制した。それは巴マミが持ち合わせている信念にとって当たり前の行動だったとしても、インキュベーターたちに大きな損失を与えたえられたのは間違いではなかった。

 

 巴マミはインキュベーターにとって不利益な存在であった。それが彼らが導き出した答えに変わりはない。飲み込めなくとも受け止めるしかないマミは、震えた声色でキュゥべえにある言葉を返した。

 

「あなた達に向ける最後の言葉は、これが相応しいかもしれないわ――()()()、キュゥべえ」

 

「またね……? それは君たちにとって再会を意味する言葉なんじゃ――」

 

 肩に乗っていたキュゥべえは最後まで言い切ることなくマミに頭を掴まれ、そのまま空中に投げ捨てられてしまう。白い物体は荒れ狂う魔力に抵抗できず、そのまま何処かに吹き飛ばされ地上へと流れていった。

 そんなキュゥべえを投げ捨てた本人は眺めることもせず、残り少ない魔力を使いワルプルギスの夜へと接近する。魔力に身を削られながらも、ほんの少しの距離でも近づくために。

 

「さぁ、もうひと踏ん張りよ」

 

 既にどす黒く染まっているソウルジェムを酷使する。無い魔力を無理やり捻出させ、最後の一滴でも搾り取るように魔法を発動させた。

 その瞬間、何らかの意思を持つように鼓動を帯びる赤黒いリボンが現れ、傷だらけの身体に突き刺し侵食を始めてしまう。刺された箇所から血が流れ出るがそれだけでは留まらない。傷口を中心に毒に蝕まれたように充血し、血管は黒く染め上がり、魔女の口づけを受けた者が浮かび上がる模様が全身に浮き出ていた。

 その姿は人の肉体とは程遠く、今にも崩れ落ちる寸前まで朽ち果てている。肉体を維持するだけで恐ろしい激痛に苛まれているはずだろう。しかしマミは笑ってみせていた。

 

「(最後の命を振り絞ってこの世界を護ることができるもの。だから、ここで死んでしまっても仕方がないこと)」

 

 魔法少女の魂とも言えるソウルジェムに亀裂が入る。自身の命を形作る宝石が砕け散る寸前だとしても、彼女の瞳は光を失うことはない。どれだけ身体を失おうと、心を蝕まれようと、魂が汚れようと、悪意に飲み込まれようと、彼女は――巴マミは、ワルプルギスの夜を倒す意思を失われてはいなかった。

 

「(だから、だから、後悔がないって言えたら良いのに、どうして――)」

 

 命が崩れる寸前、走馬灯のようにマミの脳内に埋め尽くされる過去の記憶。魔法少女としての濃縮された時間を飛び越えた遠い過去。それは魔法少女でも何でもない、ただの少女だった巴マミの記憶だった。

 テレビの前に座っている巴マミ。その後ろにあるソファーで寛いでいる父の姿。キッチンには母が料理をしているその空間を、まるで他人事のように魔法少女の姿をした今の自分が眺めていた。

 これだけで良かったのだ。魔法も、備え付けの肉体も、願いも欲しくなかった。父と母が生きている。優しさを、愛情を与えてくれる両親がいるだけで幸せだった。

 目の前に映るテレビを楽しそうに眺めている巴マミは、確かに魔法少女に憧れていた。子供ながらの感性のまま、不思議な力が欲しいと願ってもいた――でも違った。

 

「(私は魔法少女をやりたかった訳じゃない。みんなを助ける正義の味方になりたかった。街や人、魔法少女も魔女も救う、テレビに映る彼女たちのように……)」

 

 笑顔を人々に振りまき、綺羅びやかな衣装に身を包み、見る者を魅了する少女たち。誰にでも救いの手を差し伸べる彼女たちは正に魔法のような力を持っていた。

 そんな彼女たちに憧れていた。そんな彼女たちが原点だ。同じ魔法少女にもかかわらず、今の自分とは遠くかけ離れた彼女たちの姿が本当に望んでいた姿だった。

 

 本当に今更な記憶だ。この世から消え失せる寸前に思い出したところで、崩れ行くソウルジェムを止めることはできない。後戻りなどできやしない。自分自身の記憶力を恨みながらマミはそう思っていた。

 

「ねぇ、まどかさん。あなたは神様になろうとしたけど、本当にいるのかしらね」

 

 魂が崩れかける少女は願う。

 

「こんな私にも救いの手を差し伸べてくれると言うのなら、私が憧れた、魔法少女に……」

 

 眠るように意識を失った彼女の手から投げ出されるソウルジェム。呪われているとも言われかけない強烈な意思が宿されたその魂は、ワルプルギスの夜へと吸い込まれるように流れ、静かに砕け散り砂粒と化した。

 あの魔女を相手に大立ち回りを魅せていた命が失われた。一つの街を護り、多くの少女の命を奪ってきた者とは思えないほどに儚い散りざまかのように見えた――その瞬間だ。激しい音を鳴り響かせながら黒い稲妻が突如発生し、空中に漂う瓦礫を粉々に砕く衝撃波が辺りを埋め尽くした。

 消えたはずのソウルジェムは新たな可能性として顕現する。さまざまな色を混ぜ合わせたような濁った色ではなく、透き通るという表現が相応しいとも捉えられる、見る者全てを飲み込もうとする純粋な黒色のソウルジェム――魔女の卵(グリーフシード)の誕生を。

 辺りを弾き飛ばすように生み出されていたはずの黒い稲妻と衝撃波、その中心に鎮座するグリーフシードは小さな世界を作り出す。

 限界まで圧縮された空間は黒く変色し、歪み、その言葉通りに全てを飲み込もうとする混沌が作り出され、空中に浮かんでいたはずのワルプルギスの夜の巨体は混ざり合うようにその闇の中へと静かに消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 光は産まれず、未だに暗闇のみが広がっている新しい世界。しかし巨大な歯車を模した魔女――ワルプルギスの夜の輪郭は切り取られた絵画のように映し出されていた。

 浮遊しているのか地面に着いているのかさえ分からない。一体の魔女が一人寂しく存在していたその矢先、もう一つの物体が暗闇から溶け出るように姿を表した。

 

「初めまして。お嬢様」

 

 初めましてと挨拶をする人形の物体。ファンシーな衣装を身にまとい、丁寧に整えられた美しい黄色い髪の毛を2つに分け、カールさせている少女――それは、魔女化したはずの巴マミの姿そのものであった。

 ソウルジェムはグリーフシードへと変化し、魔女へと変貌を果たしたはずの彼女は人の形を保ったままワルプルギスの夜の前へと姿を表した。

 死んだはずの肉体は外界へ弾き飛ばされ、傷ひとつ無い姿を見せる。それだけでも不気味だが、まるで何者かに操られているかのように彼女から精気を全く感じられないことも、その不気味さをより一層拍車をかけていた。

 

「フフ、もしかして驚いているの? それとも話を聞いてくれているの?」

 

 突如作り出された闇に無理やり吸い込まれ、自身が作り出した舞台から引きずり降ろされた彼女は何かをするわけでもなく、ただ静かに巴マミの形をしたものを傍観する。それは突如現れた同等の存在に相対した混乱からか、マミの言葉を理解しているからこその態度なのか――はたまた、目の前に映るもの以外の存在を見通しているのか。

 

「あら、やっぱり分かるのかしら? それもそうよね。あなたも私と同じ魔女なんですもの」

 

 魔女の視線に気付いたような素振りを見せると、一向に精気を感じられない巴マミの形をしたものがゆったりと動き出す。まるで内部から刺激を受けるように小刻みに震えると、肉が裂けるような水気を帯びる音が空間に反響したその瞬間だ、まるでサナギから蝶へと羽化するように、彼女の背中が突き破られもう一つの存在が現れたのだ。

 

「魔法少女でさえ備え付けの肉体になってしまうなんて、私の身体を弄んだ末路なのかしら」

 

 人間の姿ではなく、魔法少女の姿を備え付けの肉体と言い切るその存在。それは、巴マミが魔女化した姿を顕にした瞬間だった。

 

 魔女と言われる存在は人間よりも一回り大きい形態を成していた。この空間に存在しているワルプルギスの夜と言われている魔女のような巨体を持つ魔女も多く存在している。しかし巴マミの姿を模した肉の塊。その傍らに存在する魔女。巴マミが魔女化したものは遥かに小さいものだった。

 

「これでも最強の魔法少女の一角だと自負していたのだけど、ここまで小さな姿に落ち着くなんてね」

 

 水色のワンピースの上に小さな黄色いリボンがあしらわれたブランケットを羽織り、そこから生前のツインテールを思わせる黄色いリボンが腕のように伸びている。つばの広い黄色い帽子もまるで彼女の頭髪のような印象を与えさせ、ティーカップにすらすっぽりと収まってしまうほどの小さな姿をしていた。

 姿形は確かに小さい。それこそ、ただの人間が踏み潰してしまえるほどの矮小な身なりをしているだろう。しかしその姿に内包するエネルギーは果てしなく、まさに彼女が望んでいた力を塊にした姿であった。

 

 魔法少女は魔女化した際に強大な力を手にする。だが、全ての魔女が思うがままに操れるわけではない。狂気とも言える悪意の渦に飲み込まれることなく自我を保ち、インキュベーターから抽出されるはずの感情エネルギーを自分自身の意志で保持し、取り込むこと。

 しかし魔法少女たちは悪意に飲まれ自我を失い、希望から絶望へと転換し、インキュベーターの思惑通りに解き放たれた感情エネルギーが彼らに抽出されてしまう――が、転換した際に放出された感情エネルギーの全てを抽出される訳ではなく、ごくごく少量の取りこぼしたエネルギーを保持したまま魔女へと変貌を成し、結果的に強大な力を手にすることができていた。

 

 地球上に住む人間の英知をかき集めても完全に解明しきれない広大な空間である宇宙の延命を担う感情エネルギー。たった少量だとしても、魔法少女を人の道を外れた化け物へと飛躍的に変化をさせてしまう可能性を有していた。

 だが、巴マミが変化した魔女はどうだろう。狂気に身を染め、悪意の渦から自我を失うことなく魔女へと変化した彼女の手には、解き放たれてしまうはずの感情エネルギーの全てを完全に支配下に置いてみせた。

 宇宙の延命などと荒唐無稽な話に使われる莫大なエネルギーを、一滴残らず手中に収めたのだ。

 

 目の前に鎮座するワルプルギスの夜と比べれば、魔女に変化した姿形は矮小だ。

 しかしその姿に宿す魔力は混沌を極めていた。

 ワルプルギスの夜と同等――それ以上とも言える力を。

 

「それにしても、この力を手に入れて、魔女としての私を通して、少しだけあなたのことが分かった気がするの。あなたと私は似ている所があって、気が合うのかもって。あなた自身もそう思っているから、私の話に耳を傾けてくれているのかしらね」

 

 魔法少女と魔女。元が同じだとしても、相容れない関係へと変化し衝突を繰り広げていたが、巴マミという魔法少女は意思を持つ魔女へと変化したことに加えて、ワルプルギスの夜と同等以上の力を手に入れたからか、彼女の本質を覗いてしまう。

  それは、たった一体の魔女を受け皿に多くの魔女を取り込み続けて力を得た姿。魔女の集合体であった彼女は奇しくも、多くの魔法少女を取り込み続け力を得ていた巴マミと同じ存在であった。

 

「方や魔女を、方や魔法少女を取り込み続けて生まれた災悪。誰かに討伐される化け物とは違い、今の私たちには天敵なんていないもの。ただ無尽蔵に悪意を振りまくだけ。誰かがいなくなるまで、いなくなった後も永遠に……」

 

 まるで誰かに止めてもらいたいとでも言うような悲しげな声色で彼女は呟いた。その言葉通りに災いを振りまき続けていたワルプルギスの夜を代弁しているかのように。

 

「でも、もう大丈夫よ。私があなたと同じように、あなたも私と同じであるように、本当はとっても寂しがり屋なんだから」

 

 巴マミの形をした肉塊から離れた小さな魔女は、内包する力の片鱗を静かに解き放つ。毛糸から飛び出ていた細い糸を抜き取るような静かな所作。たったそれだけのこと。たったそれだけの魔力を動かしたに過ぎないにも関わらず、彼女の周りにはその魔力で作り出された魔法少女の形をした使い魔が大量に産み出されていた。

 ワルプルギスの夜が作り出した使い魔のように、一体一体に魔女と同等。それ以上の魔力を有している強力な使い魔たちは、まるで本当に存在していたかのように明確な輪郭を持ち合わせていた。

 そう、彼女たちの姿は巴マミが取り込み続けていた魔法少女の姿形を象り産み出された使い魔だ。

 

「私もあなたと同じように沢山の魔法少女たちがそばにいてくれる。フフ、素敵なドレスに着飾られた少女たちがいるのなら、きっと楽しいお茶会になりそうじゃないかしら? ウフ、ウフフhuhuhu……」

 

 突如作り出された使い魔たちに呼応するように、静観を貫いていたワルプルギスの夜は動き出す。巴マミと同じく取り込み続けていた魔女の元であったであろう魔法少女の姿形を象り、作り出された魔法少女の使い魔を、お茶会という言葉に相応しいように産み出していた。

 

「さぁ、お待たせいたしましたお嬢様。私は見滝原の魔女。名はおめかしの魔女。私が生涯をかけて作り上げたお茶会に、寂しがりやなお嬢様をご招待いたしましょう。どうぞ、こちらの舞台へいらっしゃって?――私たちとご一緒に最高の地獄(おちゃかい)を楽しみましょう!!」

 

「Ahaha……Ahahahahahahahahaha!!」

 

 巴マミ――おめかしの魔女が大手を振るうと同時に、暗闇に包まれていた結界内に光が埋め尽くす。そこに現れた光景は、先程まで恐ろしく淀んでいた空気を忘れさせてしまう清々しいそよ風がたなびく草原だった。

  それだけではない。綺羅びやかなドレスに身を包む魔法少女たちに見劣りしない美しく飾られたインテリア。色むらも傷ひとつも無い純白のテーブル。その上には厳選された茶葉から淹れられたであろう香り豊かな紅茶。その紅茶に負けない魅力をたっぷりと込められ作られたスイーツが色とりどりに並べられていた。

 おめかしの魔女の名に恥じない、まるでおとぎ話に出てくるような夢の光景が作り出されている。最高の地獄と称しているにはかけ離れた光景を。

 

「Uhuhu、楽しみたいわよね――でもこれでおしまい。だって私たちに必要なのは、私たちという舞台の幕引きのみ。そうでしょう?」

 

 そう確かめるように呟いた彼女は、美しく整えられたテーブルに向かうことなく、魔女としての力を。感情エネルギーを。支配下に置いていた全てのエネルギーを、とある命令のみを与えて神々しい光と共に開放させる。その内容は――おめかしの魔女が作り出した結界内に存在している全ての物質を跡形もなく消滅させる。その一点のみに力を行使した。

  地球という星を破壊し尽してしまう途方もないエネルギーの燃焼は、おめかしの魔女が作り出した世界にのみ埋め尽くされた。

 清々しいそよ風がたなびく草原も、綺羅びやかなドレスに身を包む魔法少女も、美しく飾られたインテリアも、香り豊かな紅茶も、色とりどりのスイーツも、全てが無に消えていく――それはワルプルギスの夜。そして、それを作り出したおめかしの魔女も例外ではない。

 

「Ahahaha――haha――ha――――――」

 

「Uhuhuhuhu――huhu―――」

 

 二体の笑い声が響く間もなく消える。衝撃は結界の外に伝わることもなく、神々しい光は今ここに存在する物質を平等にゼロへと戻し、そして残されたものは消失した二つの魔力という事実だった。

 

 見滝原市に残された傷跡は決して小さいものではない。一部分は更地に変わり、全体を見ても大きな打撃を受け、技術の進歩の恩恵を受けているこの市においても復興は多くの時間がかかるだろう。しかし各所で予測されていたはずの大被害――見滝原市そのものの原型が無くなりかねない崩壊を免れ、軽傷を負った住民は複数人存在しているが、後遺症や長期入院をせざるを得ないほどの重症を負う人間は一人も見られなかった。

  まさに奇跡と言っても過言ではないその事象は、見滝原市住む人々に受け継がれていく歴史になっただろう――永遠に行方不明となった少女一人を除いて。

 

 

 

 

 

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