「おはようまどか!」
「うん、おはようさやかちゃん」
翌日、まどかとさやかは何時も通り集合場所に集まり、学校へ登校していた。顔を合わせると普段のように自然な笑顔が作れていないような気もしたが、時が経てば元通りになるだろうと思いながらも苦笑いを浮かべてしまう。
さやかはキュゥべえが去ってから少しばかり時間が経った後目が覚め、マミから魔法少女や魔女に関しての説明を受けた。世界中で起きている事故が魔女によって引き起こされているものもあると聞くと、表情が青ざめたり、怒りに打ち震えていたりしていた。そして、魔法少女がどのような存在であり、魔女が魔法少女との関係がどう関わっているのか。インキュベーターという不思議な生き物がどのような存在か説明を受けると、さやかはまどかとは対照的に悲しみよりも怒りの方が強く出ていたのが、普段の明るい性格や正義感を表しているような気がした。
マミは魔法少女をこれ以上増やしたくない、契約を進んでして欲しくないということを伝えると、さやかは力強い表情で勢いのまま返事をするが、その途中で視線をマミから逸らし、まどかの方を向き少し笑いながら頭をかいていた。まどかはさやかが何故自分の方を向いたのか、何を伝えたいのかはすぐ察することができた。それだけのアイコンタクトでさやかの気持ちを受け取ることができるのはさやかの親友だからかは二人が決めることではあるが、とにかく、注意力の高いマミからしてみれば、さやかの仕草は話についていけずにしたものではなく、思う所があって自分に対し何かを隠しているように思えた。
その後、マミはまどかとさやかを送り、その日は解散となった。まどかとさやかが帰る途中、マミが見えなくなったタイミングでさやかは願いを叶える話題に触れ、喋りだす。
『もしかしたら…あたしは願いを叶えるかも知れない。本当に叶えるかまだ分からないけど、叶えたい願いなら思い浮かんじゃったから…』
願いを叶えたい。その思いがさやかの中には芽生えてしまっていた。それはまだ小さな蕾だろうとしても、いつかは花を開きキュゥべえに摘み取ってもらうかもしれない。まどかはさやかが何を願いたいのかを察してしまっている。魔法少女の未来は何になるか分かっている上でその考えを出してしまった。それならば、まどかがさやかをそんな道に歩ませたくはなくても、止めたいと思っても、さやかの性格を考えると、非力な自分では止めることができないだろう。
自分は魔法少女の素質があろうと特別な環境で育っている人間でもなく、ただの平凡な少女だ。平凡ならまだいいのかもしれない。自分はそれ以上に無力で小さい人間だった。命をかけようとしている親友を止めることすらできない。そんな人間だったようだ。
「……」
「……」
二人の間には、これから学校に向かうとは思えないほど複雑な雰囲気をまとってしまっていた。抱えている問題の大きさが大きさであるがゆえに、少女たちはそれぞれの思いを飲み込むことが出来ずにいた。
世間話すら許されない沈黙が続く。その足取りは重く、表情もどことなく不自然で、上手く笑えれない。いつもなら学校が面倒くさい、朝ごはんはなんだったか、今日の授業についてなど、当たり前で下らないことで笑い合いながら話しているはずだった。いつものようにしていることが、今は出来ずにいた。はっきりと言えるのは、この沈黙や状況が気まずく、重苦しい雰囲気の切り口になるような何かが起きて欲しいと、願いながら歩くだけだった。
そして、その切り口を作ってくれる人物は現れたのであった。
「おはようございますさやかさん、まどかさん…どうかいたしました?」
「あ…ひ、仁美」
「仁美ちゃん…」
まどかとさやかがいる場所から少し離れた所から声をかけてくる、ウェーブがかった緑色の髪の毛の少女がいた。仁美と呼ばれた少女はまどかたちと同じ制服を着ており、これから向かう場所。つまり、まどかたちと同じ中学校の生徒だということが伺える。
マミと同じようなタレ目やおっとりした物腰を持っており、その言葉遣いからもどこかのお嬢様だろうと分かる。足を揃え背筋を伸ばし、両手でカバンを持っており、どこにでもあるような中学校の制服姿なはずなのに、その雰囲気はまるでどこかの国のドレスかのように着こなしていた。
まどかたちの雰囲気がどこかおかしいとひと目でわかったようで、朝の挨拶を交わし終える前にまどかたちに心配の声をかけていた。その本人であるまどかたちはこの空気を変えてくれる切り口を探していたので、嬉しそうな表情になりながら少し早歩きで仁美に駆け寄る。
「あはは、ちょっとおかしな事件をまどかと見ちゃってね。それを喋っていたらこんな空気になって…いやー、仁美がいてくれて助かったよー」
「本当だねさやかちゃん。さ、学校に急ごう!」
「そ、そうですの? あ、ああ、そんなに急がなくても遅刻はしませんわ」
仁美は釈然としない表情になりながらも、まどかとさやかに両腕を絡まれ引っ張られる。まどかたちの変わりように困惑するが、仁美からしたら大切な友人の二人に腕を絡まれたなのか、困惑していた表情は直ぐに嬉しそうな表情に変わる。
まどかたちが何故か学校に急ごうとしているわけなのだが、先程も言った通り遅刻には遠い時間帯なので、興奮気味の二人を抑えながらお喋りを再開した。仁美が来てくれたおかげなのか、仁美自身の周りを見る目や空気を読む気配りがあるのかはともかく、遠目から分かるほどまどかたちが纏っていた暗い雰囲気はそこにはなく、それぞれの可愛らしい笑顔で溢れていた。
学校に近づくにつれて同じ制服を着ている生徒たちが徐々に通学路に溢れ出していた。欠伸をしているものやまどかたちと同じように友人と喋っている人たちなど、人の数だけ様々な行動をとっている。
もし仮に、先ほどまでの雰囲気を纏っていたならば、一気に注目が集まり今のような騒がしさはなく静まり返っていただろうか。それとも、騒がしさに飲まれ喋れなかった雰囲気も消してくれただろうか。
「(なんてね…って、あれ?)」
まどかは変なことを思いつつ周りを見回してみると、徴的な髪型をした少女が目に入る。美しく手入れされたその金色の髪の毛をロールしており、学校で指定されている靴ではなく、汚れひとつない白いパンプスを履き歩いているその後ろ姿は、まどかにとっても記憶に新しい。魔法少女であり、この見滝原市を守る巴マミであった。
マミの家はまどかたちの家とはある程度離れているので通学中に暫く会うことはなかったが、先ほども言った通り学校に近づいているのか、まどかの通り道とマミの通り道が合流したのだろう。
「まどか、あの後ろ姿って…」
「あ、さやかちゃん」
まどかが見つけた頃にはさやかもマミの存在に気づいたようで、隣からまどかの耳元に顔を近づけ声を潜めながら話しかける。普通に話しかけても聞こえない距離ではあるし、更に言えば周りにはまどかたち以外にも人が多くいるので、雑音に遮られ届くことはないだろう。ただ、分かってはいても気持ちから来る問題なのか、マミに聞かれたくない話をするわけではないのだが、さやかはマミに話してはいない秘密があるので、まどかに耳打ちをするような形になってしまっている。
しかし、まどかたちはマミに話してはいないことがあるとはいえ、マミのことを嫌っているわけではない。折角なので話しかけようと思ったのだが、どうやらマミのほうが都合が悪そうだった。
マミの隣には友人らしき人物が二人いた。元々まどかたちは上級生との交流は少なく、交流が少なければ知り合いもいない。部活動などに汗を流してもいないし、生徒会などにも参加はしていないので、関わる行事があまりにも少ないのだ。となると、今ここでマミに話しかければ、マミの友人らしき上級生の二人に迷惑がかかるだろう。
後ろからマミを眺めていると口元に手を当てながら笑っているマミの表情が見えた。やはりその姿は様になっており、その表情をぼんやりと眺めていると、二人の様子がおかしいと気づいた仁美が心配そうにこちらをうかがう。
「先ほどから大丈夫ですの…? 心ここにあらずといった様子ですけど、あちらの上級生の方に何かご用事が?」
「あ…いや、ちょっとした知り合いになってさ、たまたま見かけたからついぼーっとしちゃったんだ。ごめんごめん」
「そうですか…何もなければいいのですけど。朝から普段と比べて様子がおかしいので、何かあったのかと…」
「だ、大丈夫だよ仁美ちゃん!ごめんね心配かけて」
「…分かりましたわ。もし何か力になれることがございましたら、また話してください」
察しがいいのか、仁美はこれ以上2人から聞いても何も得られるものはない。寧ろ、2人を困らせてしまう状況を作ってしまうと分かったのか、こちらからは聞くのをやめて、何かあれば話を聞くと言う受け身の状態を作ることにした。
仁美たちは決して仲が悪いわけではない。今までも三人で相談しあい解決をしてきたことは少なくない。ただ、今回の件に関しては、仁美に相談しても解決の手助けができない可能性がある。何かあったのか聞いても誤魔化すことが慣れてない、分かりやすい2人の様子からそう思ってしまった。
『おはよう鹿目さん、美樹さん』
「うわっ」
「ひゃっ」
「え?」
突然頭の中に直接話しかけられたような感覚が襲ってくる。驚きのあまり声を上げてしまい、仁美からも不思議な表情を浮かべながらこちらを見ていた。ただ、この声には聞いた覚えがあり、ありえないはずなのだが先程見つめていた人物、マミのものだった。
まどかとさやかはお互いの視線を交わし合い、マミの方へ注意深く視線を送る。すると、こちらに気づくのは難しいはずなのに、マミはまどかとさやかに横目で捉えて、微笑みながらウインクを送っていた。
『ふふ、驚かせてごめんなさい。あなたたちがいるのが分かったからいたずらさせてもらったわ。魔法少女の素質を持つものはテレパシーで会話ができるの。テレパシーで会話をしたい人に向けて頭の中で喋ってみて? すると、あなたたちも会話ができると思うわ』
『……こんな感じですか?』
『わっ、凄いよさやかちゃん! さやかちゃんの口動いてないのに声が聞こえるよ!』
『まどかの声も聞こえる!マミさんこれ凄いですね!』
『お気に召して嬉しいところだけど…お友達、鹿目さんたちのこと不思議そうな目で見ているわよ』
「お、お二人は見つめ合うだけで意識の疎通が出来るほどの絆を…そんな、いけませんわ…その扉は禁断の…」
「え? あ、いや、違うんだよ仁美ちゃん!さっき言っていた先輩がこっちに気づいたから嬉しくてね」
「禁断のって…一体何考えてるのさ」
喋らずとも会話ができる。自分たちが魔法というものの一環に触れている事に感動してしまい、テレパシーに気を取られ、まどかとさやかはお互いの顔を見つめ合いながら表情を何度も変化させていた。その様子を見ていた仁美はあらぬ方向に考えを進めてしまい、頬には若干の熱がこもっているのかほんのりと赤く染め上げ、瞳は濡れて潤いを帯び、まどかたちを見つめていた。頬に手を添えながらため息をついているその姿は、頭にはまどかたちにとって良からぬことを考えているのだろうと、ブツブツと小さな声でつぶやくその内容が耳に入り、片方は慌て、片方は頭を抱えていた。
朝からは少し刺激の強い体験や会話をしてしまったが、そのおかげで時間を忘れて早めに学校に着いたようだった。テレパシーで会話をするときは、なるべく周りが静かな時や会話をしていないときにする方がいいだろうということは、仁美の様子を見て身に染みた2人であった。
マミは普段通り会話をしながらでもテレパシーでまどか達とも会話をしていたが、冷静に考えれば右を向きながら左を向くようなことをしていたのではないのだろうか。とはいえ、テレパシーに慣れていればもしかしたらまどかたちにも出来ることなのかもしれないけれど、そこまで必要な技術なわけでもないので、授業中にわからない所があったらさやかと聞き合うぐらいにしか使うことはないだろう。折角の魔法をこんなことにしか使わないのもどうかと思うが、ほかに考えるとしても電話代が浮くぐらいだろうか。
机の中に鞄から取り出した教科書類を入れていくと、教室の入り口のほうから扉が開く音がする。クラスメイトが入ってきたというのは頭の中で分かっていても、音がする方に目を向けてしまう。
「あ…」
「んえっ」
まどかとさやかはその扉を開けた人物を見て、それぞれの席から詰まったような声を出してしまう。忘れていたが、先日このクラスには新しく転校生がやってきた。腰あたりまで伸ばした艶やかな黒い髪の毛が揺れている。すらっとしたその体つきに人形のように整った顔立ち。ローファーと教室のタイルがぶつかり合い、カツカツとこ気味良い音を立たせながら歩くその少女、暁美ほむらも魔法少女であることを、まどかたちは自分たちのことだけで手が回っておらず忘れていた。
まどかはほむらに話しかけようとするのだが、話しかける勇気が持てずに上手く席から立ち上がれない。そもそもまどかとほむらは昨日知り合ったばかりに加え、第一印象もはっきりといえばそこまで良いものではなかった。
転校初日。まどかがほむらを保健室に連れて行った時に、唐突に警告のようなものを言い渡された。そのときはほむらが何を言っているのか全く分からず、変な女の子としか思えないような関わり合いしかしていなかった。かと思えば、放課後街中を歩いていると、突然まどかを呼びかける声が頭の中で響いてくる。その声を頼りに歩いていけば、黒を基調としたファンシーな衣装を着飾ったほむらが、見たこともない動物を傷つけていた。その手には、どこから持ってきたのか分からない、テレビでしか見たことない拳銃を持って。
まどかに促した警告や見たこともない生き物。つまりは、キュゥべえに対する攻撃。不思議な空間に足を踏み入れ、そのままマミに助けられもせず、代わりにほむらが助けてくれたとしても、印象は余り良いものではない状態だったのかもしれない。だが、今は違う。マミに説明されたことを含め、ほむらの今までとった行動を考えるのであれば、ほむらにどんな真意があるのかはわからないけれども、魔法少女の素質を持つ何も知らない少女たちをほむらは守ってくれてたのだろう。
しかし、ほむらとの会話を思い返すと疑問は多く残る。何故あそこまで分かりにくい警告を促したのか。確かに、正直に魔法少女にはならないでくれとまどかに伝えても、頭が残念な子としか思われないだろう。しかし、それでもあの警告の仕方もどうかと思う。初対面同士でお互いのことをよく知らないはずなのに、あれだけで察しろなんてのは無理がありすぎる。そして、他にも聞きたいことがある。魔法少女の素質を持つまどかはほむらの警告を確かに聞いた。しかし…。
「(何でさやかちゃんにも言わなかったんだろう…)」
ほむらに聞きたいことは色々あるはずなのに、先程も言ったとおり体が思うように動いてくれない。力が入りすぎているのか、体が強ばっている。体が動かないなら大声でほむらのことを呼べばいいのだが、そうすれば悪目立ちをして話したいことを上手く話せなくなってしまう。そして思い出す、まどかが今日の朝何があったのか。口を、体を動かさずとも意思の疎通を測れる方法を。
「(そうだ、テレパシー!)」
『ほむらちゃん…ほむらちゃん、聞こえる? お願い、返事をして…』
話しかけたい相手を思い頭の中で喋るように意識をする。席に座っているほむらを見つめながら頭の中で何度も呼びかけ続けると、その効果があったのか、ほむらは何かに気づいたようにこちらの方へ視線を移す。まどかはそのまま何度もほむらに向けてテレパシーを送り続けると、ほむらはため息をつきながらこちらに返事を返してきた。
『何のようかしら…そう何度も頭の中に喋り続けられると、いい加減鬱陶しいわ』
『ご、ごめんね。ただ、ほむらちゃんと話したくて…』
『それなら直接話せばいいと思うのだけれど。それとも、直接話せないような話をするのかしら?』
『そう、だと思う。ほむらちゃんも分かってると思うけど、魔法少女についてお話したいの』
『そう…なら、お昼休みに屋上でいいかしら?』
『うん、ありがとうほむらちゃん』
『……』
魔法少女について聞きたいとまどかの願いを聞いたとたんに、先程まで無表情でいたはずなのに、少しだけその表情が曇ったように見えた。気のせいかもしれないが、もし気のせいではないのならばマミと同じように、ほむらは魔法少女のに関して思う所があるのだろうか。警告を促すぐらいなのだから、そう思っても間違いではないと思う。
とにかく、ほむらと話の場を設けることに成功したまどかは、さやかにそのことをテレパシーで伝えながらも、何を聞こうか考えながらお昼休みを待ちどうしそうにほむらの背中を眺めているのであった。