「どうしてあなたは影の英雄と共に?」
『君も知っての通り、彼は他の英雄達と違ってその素性は歴史の影に潜められている。
他の者に悟られずに行動したい私にとってうってつけの人物だったのだよ。
だが、いざ頼んでみても彼はマルス様の元から離れるわけにはいかないとの一点張りでなかなか了承してくれなかった』
「よく引き受けてもらえましたね」
『苦労したさ。そして私は英雄王マルスを除いたこの世界の者、全てから彼の記憶を消して異界を渡る旅に出た』
男の衝撃的な発言にマルスは目を白黒させる。
「記憶を…消す? そんなことが可能なのですか?」
『大地の蘇生を行えるのだ。それくらいわけない』
「…………」
『今回の件もこれまでと同じように共に異変を解決しようとしたんだが、彼は私を置いて一人で【戦渦】へ飛び込んでいってしまったんだ』
「……そこへ僕と第7小隊の英雄達が駆けつけてきた。ということか」
『そういうことだ』
「きっと元のいた世界で起こった異変だから何とかして解決しようと必死だったんですね」
『ああ、この【戦渦】はここの世界と同じ紋章の世界を中心に作り出されているからな。ただしマルス、君の知る史実とは異なったものだがね』
「どういうことです?」
『当然のことだが君は英雄王マルスの伝説、紋章のサーガは知っているな?』
「はい。かつてアカネイアで起きた“暗黒戦争”と“英雄戦争”の二つの戦争を終結させて“新アカネイア連合王国”を建国。
そして第5代アリティア国王に即位するとともに連合王国の盟主となり、荒廃した大陸の国々の復興に力を尽くしたと伝承されています」
『そうだ、しかしこの戦渦に存在する伝承はこうだ』
暗黒皇帝ハーディンを打ち倒し、第5代アカネイア皇帝となる。
荒廃してした国々の復興に力を尽くすが
その後再び起きた暗黒竜との戦争に 立ち向かうことになる…
そして激闘の末に力尽き、落命する。
「僕の知っている歴史と違う…! 一体どうして……」
『君も知るようにこの世には無数の異界がある。
たとえ姿、名前が同じであろうとも、その者が与えられる運命はそうとは限らない。
その世界にいた英雄王マルスも例外ではないのだろう。勿論君も私もな……』
「……あなたは一体、何者なのですか?」
『…………』
「いくつもの異界を渡り歩き、時間軸の違う世界に干渉し、更に世界中の人々から特定の記憶を消すなんて…とても普通の人間に出来ることではない……」
マルスの問いに男は静かに答えた。
『我は忘れ去られし神…裏切られし王…埋もれし竜…、太古に人間と共に生きた神竜。ハイドラだ』
☆
「カタリナ怪我はなかったか?」
ずっと探し求めていた人との突然の再会で私は上手く声を出せずに座り込んでしまっていました。
そんな私を見て、クリスは優しく微笑み手を差し伸ばしてくる。
「あ、あ……」
その手をつかんだ瞬間、私は確信した。
この感覚は幻ではない。クリスは…目の前に確かにいて、私を助けにきてくれたことを。
「クリス!!!」
目元から溢れる涙を必死に抑えながら、クリスの胸の中へ飛び込む。
「ずっと…ずっと…あなたを探してました……。
でも、何処にも…誰も…クリスを知ってる人がいなくて…怖くて…怖くて……」
長い間、心の奥底にしまっていた想いが溢れ出る。
もっと話したいこと、伝えたいことがたくさんあるはずなのに上手く言葉に出来ない。
「カタリナ…ごめん……」
そんな私を見たクリスは両腕でギュッと私を包み込んだ。
あたたかい。長い間感じていなかった大切な人の温もりが私の傷を癒してくれている。
これまで私の心を覆っていた寂しさの気持ちが喜びに塗り替えられていく……
(クリス…やっぱり私、あなたのことが好きです)
腕を伸ばしてクリスの背中に手を添える。
そして気づかれないようにきゅっと腕に力をこめた。この二人だけの時間が永遠に続きますように…と祈りながら。
それからどれだけの時が経ったのか、落ち着きを取り戻した私は今現在、自分がやっていることの重大性に気づく。
顔全体が一気に熱くなり、心臓の鼓動が早鐘を打つようにうるさく鳴り始めた。
「あ、あのクリス! も、もう落ち着いたので大丈夫です!!」
「ん? ああそうか。すまない」
そう言って腕の力を緩めた瞬間、私の体熱と鼓動音が悟られないように光の速さでクリスから離れた。
自分のやっていた行為を彼に謝ろうと考えていると、少し離れた場所から呻き声が聞こえてきた。
『ウ…アァ……』
それは先程クリスが倒したもう一人のクリス?があげた声でした。
仕留め切れていなかったことに気づいたクリスはすぐさま剣を抜いて私の前に立つ。
「カタリナ、下がってろ」
「クリス…あの人は一体?」
「恐らくアイツは……俺だ」
「え?」
「"あの人"が言うには、マルス様がメディウスを倒せずに落命してしまった世界のクリスのようだ」
「マルス様が!?」
「あぁ、きっと他にも多くの大切なものを失ってきたんだろう。俺自身でも考えられないような絶望に染まりきった目をしている」
クリスの推測を聞いて、私は斬りかかられそうになった時の彼の言葉を思い出した。
『……スマナイ。マタ、オレハオマエヲ__』
"また"。異界のクリスが"カタリナ"に向けたその言葉の意味は……
私は倒れている異界のクリスの元へとゆっくりと向かう。
クリスは慌てて止めようとしましたが、私は「大丈夫です」と笑って彼の横を通り過ぎました。
そして目の前まで行った後、彼と目線を近づける為にしゃがみ込んで私は話し出した。
「あなたと出会うまで私は人形でした。意思を持たず命令のままに人を殺す生きる価値のない人形。
でもあのお城で近衛騎士になるためにあなたと共に過ごしたお蔭でもう一人の私を見つけられたんです。
それからあなた達を裏切ってマルス様の暗殺者になった後、ずっと迷っていました。
命令通りに目的を殺す無機質な人形と幸せな夢を見る人間」
『カタリ…ナ…』
「私はあの時、あなたに殺されても構わないと思ってました」
『!!!』
「だってそうすればクリス達を裏切った罪を償えて、夢を見ていた私の願いが叶えられるから…」
『ア…アッ……』
「私はあなたの知っているカタリナではないですが、きっと異界の私も同じことを思っていたはずです。
思い出してください。異界の私が死ぬ前にあなたに何て言っていましたか?」
『アア……ああああ…!』
『あり…がとう…。……これで私…もうクリスを傷つけなくて…すみます…』
「ごめんなさい。私のせいであなたを苦しめて…でもあなたは間違いなく私を救ってくれました。共にマルス様の元で近衛騎士を目指したカタリナという仲間を……」
『カタリナ……すまない。俺は、お前と…お前の夢を……』
異界のクリスの目から大粒の涙が流れる。
彼はずっと苦しんでいたんだ。何も為せなかった自分を怨みながら。
私に彼の苦しみを取り除くことは出来ない。でもせめて少しでも和らげてあげたかった。
私が異界のクリスに語り掛けていると、後ろにいたクリスが近づいてきて彼に向かってこう言った。
「お前が成し遂げられなかったことは俺がやってやる。だからもうこれ以上、自分を責めるな」
『…………』
突然異界のクリスの体が光に包まれた。
そしてその姿が微細な光の破片を散らしながら少しずつ消えていく。
「「!!」」
私達がその状況に驚いていると、異界のクリスは私達に目を向けて小さく笑った。
それから私達二人を交互に見つめて、そっと呟いた『ありがとう』と。
嘆きの英雄は己の消滅を受け入れるように目を閉じて深く息を吐いた。
消滅の波は加速し、姿を捉えることも難しくなっていく。
だけども私達は決して彼から目を離さず、最期を見届け続けた。
そして彼を形作っていた最後の光の破片が空に舞い、風と共に去っていった。
※クリス(男)10凸目指すぞー!! もし想あつと内容が被らなければプチ後日談とか書きたいな(笑)