『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
「リューさん。忘れ物ないですね?」
「はい。準備万端です。」
早朝。今日はついに来てしまったリューさんが旅立つ日。
オラリオの城門の近くだが、早朝のためか人通りは少なく、静かだ。
…リューさんは市場での一件で有名になってしまったため、人が少ない早朝に出ざるを得なかったというのが裏事情。
見送りは僕一人。と言っても昨日の夜は見送りのパーティを開いてもらっているから、ファミリアのみんなはもう別れを済ませているんだけど。
「早朝からわざわざお見送りに来てくださってありがとうございます。」
「リューさんの旅立ちです。何があろうと見送るって決めてましたから。」
アストレア様とシルさんは僕とリューさんに気を使ってか先にオラリオを出る手続きをしてくれている。
「リューさん。念のため聞いておきたいんですけど、いつ頃帰ってくる予定ですか?」
そう聞くとリューさんはクスリと笑った。
「ベルは旅に出る前から帰ってきたときの心配ですか?」
「…リューさんいないと寂しいですから。もちろんリューさんを応援したいですけど…寂しくなるなぁ…と思って。」
僕は一瞬誤魔化そうと思ったが、こんな時に誤魔化すのもおかしいと思い、素直の気持ちを吐露することにした。
「そう気を落とさないでください。アストレア様と話をさせていただいたところ、
「
「はい。【アストレア・ファミリア】が活動を再開したと報告しなければなりませんから。」
「…報告するまでもなくオラリオ中に知れ渡ってるようなものですがね。」
そう僕が言うとリューさんは顔を背けた。…うん。分かりますよ。リューさん。やり過ぎちゃっただけですもんね。
「…なので一ヶ月後の
リューさんがゴニョゴニョと呟く。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、市場のど真ん中で叫ぶのはアウトですよ?叫んじゃダメですよ?リューさん?
「分かりました。じゃあ一ヶ月間このブレスレットをつけてずっと待ってますから。」
そう言って僕が掲げたのは昨日作ってもらった赤と緑の鉱石で作られたブレスレット。
あれ以来肌身離さず身に付けるようにしている。だって…
「私達の愛の象徴を、ですね。」
リューさんは中々この表現を気に入っている様子でこのブレスレットを話題に出すたびに同じことを言う。そういう表現は恥ずかしいんだけどな…
「リューさんそんなこと言って恥ずかしくないんですか?」
「もちろん恥ずかしいです。ですが私にとっては言葉通りの物です。だから大切に身につけていたいと思っています。」
リューさんはそう言いながらリューさんの手首にはめられた僕と同じデザインのブレスレットを優しく撫でる。撫でているリューさんの表情はとても柔らかだった。
「ベル。どんなに離れていても私の心はベルのそばにある…らしいです。」
え?
何でそこで『らしい』なの?その言葉は聞けて嬉しいんですけど、最後の一言で台無しになっている気が…
「あの…らしいって…」
「…確かな情報源によると仲睦まじい男女の場合、そういった状況になる…らしいです。遠く離れる前にはそう伝えると良いと聞きました。」
言っているリューさん自身よくわかってない様な感じなんですけど…さてはシルさんの入れ知恵だな…?
「…とっ…とにかく!私はどんなに距離が離れてもベルのことを愛しているということです!そして…旅に出る前に…」
リューさんは顔を赤らめながら…
って叫ばないで!近所の人にまた聞かれる!と思って慌てて止めようかと思ったが、リューさんの声はいきなり尻窄みになる。
「どうしました?リューさん?」
リューさんは言葉を詰まらせたままモジモジしていて、続きを話してくれない。なのでしばらく待つとリューさんは意を決したかのように話し始めてくれた。
「ベル!キッ…キッ…」
「キッ…?」
何かを言おうと頑張ってるのは分かるんだけど…何を言おうとしてるんだ?
リューさんはフゥと息を吐く。
「気をつけて…ダンジョンに行って来てください…」
「…へ?」
あれだけ頑張って言ったのがこれ…なわけなさそう…
そもそも『旅に出る前に』という前置きにいまいち繋がりがない。
…絶対に何か別のことを言おうとしてやめたんだ。間違いない。
「…リューさん。何か別のこと言おうとしたんじゃないですか?」
「え!?」
僕の言葉にリューさんの肩はビクッと飛び上がる。
「いや…あの…その…」
リューさんはアタフタしているのを僕は微笑ましく眺める。こういう風に自分の言った言葉で自爆するリューさん可愛い。
これは間違えなく図星かな。
「リューさん。何か僕にできることがあるなら何でも言ってください。できる範囲のことなら何でもしますから。」
そう僕は言うもののリューさんは口をハフハフしながら、あと言うとちょっとだけ頬を赤く染めたまま言葉をひねり出せない様子。
「何でも…でもまだ恋人でもないのですし…」
リューさんは僕に聞こえるか聞こえないくらいの小声でつぶやいている。
まぁそんな小声でも聞こえてるんだけど。Lv.5の聴力は伊達じゃないってね。これよし悪しなんだよな…ってそれはおいておこう。
するとリューさんは目をつぶり小さく息を吸った。
さてリューさんは『キ』の続きを言ってくれるのか!?
きっとあれだよね!?
『キ』から始まる別れの前に恋人同士でよくするって言われているあれだよね!?
「ベル…」
僕はこれから発せられるであろうリューさんの言葉に期待で胸を目いっぱいに膨らませなら待った。
「抱きしめて…いただけませんか?」
静止すること約コンマ一秒。
…あれ?
予想と違うな…
僕の予想してたのはもっとこう…熱くて…僕にとって未知数な体験になるはずだったんだけどな…
「ダメで…しょうか…?」
リューさんが僕の静止した表情に不安になってか確認してくる。
…リューさん?
その上目遣いって無意識なの?
普通に他の人にもやってるの?
それができるならお店の人に出禁食らわなかったんじゃないの?
もしくはリューさんが上目遣いをするのは僕だけとか?
…リューさんが上目遣いするのは僕だけ?もしそうならすっごく僕うれしいんだけど…そうだったらいいなぁ…
「ベル?…何をニヤケているのですか?あと…その…返事を…」
はっ!?僕しか見れないリューさんの上目遣いという夢を想像してて、僕無意識にニヤケてたの!?確かにそうだったらすっごくうれしいけどさ!
ってリューさんに返事してなかった!?
本当は『キ』から始まるのをしたかったけど…うん。リューさんが帰ってきてからのお楽しみにしよう!それがいい!
それに僕的にもリューさんのことギューッと抱きしめて、リューさんのぬくもりを感じたいし。…だってこれから一か月もリューさんを抱きしめられないんだから。
「もちろんいいですよ。僕もリューさんを抱きしめたかったですから。」
僕はそう告げて、両手を大きく広げてリューさんを受け入れる姿勢をとった。
「ベル!」
リューさんは僕の名前を呼ぶと、ちょっとだけ勢いよく僕の胸板に飛び込んできた。
僕の肩に頭をのせたままリューさんは僕の背中に手をまわしてから何も言うことはなかった。
僕もリューさんの背中に手をまわしてギューッと抱きしめた。
お互いを忘れないように強く。
けれどリュ-さんが痛くないように。
ただ静かに小さな幸せな時間は過ぎていった。
「ベル。行ってまいります。」
リューさんはしばらくしてから耳元で小さな声で言った。
「いってらっしゃい。リューさん。頑張ってきてください。」
僕もリューさんの耳元で小さな声で言った。
僕の言葉を聞いたリューさんはゆっくりと僕の背中にまわしていた腕を解いた。
小さな幸せな時間を終わらせたくなかった。
けれど僕はリューさんを困らせるわけにはいかない。
僕も腕を解いたことで僕とリューさんは少しだけ距離が開いた。
リューさんがとても綺麗な笑顔を浮かべる。
それに僕はできるかぎりの最高の笑顔で返した。
そんな僕を見たリューさんはぐっと表情が引き締まったかと思うと背中を翻して歩き始めた。
きっと今のリューさんの表情はきっと冒険者『疾風のリオン』としての表情。
リューさんの新しい冒険が今から始まる。
オラリオの外でリューさんは何を見るのだろうか。
リューさんはいろんな人とどんな出会いをするのだろうか。…でも男の人とは出会わなくていいよ。シルさんみたいな素晴らしい女性と出会えるといいです。
そしてリューさんは夢への手がかりを果たして見つけられるのだろうか。
リューさん。
頑張ってきてください。
そして必ず生きて帰ってきてください。
そんな願いを抱きながら僕はリューさんの背中を見えなくなるまで見送った。
これで『遠恋前のファミリア・ミィス』は完結です。
次は『遠恋のファミリア・ミィス』です。
しばらくベル君退場です。といっても名前は定期的に出てきますが。
次回からは正義のリューさんと新生『アストレア・ファミリア』結成に向けた話です。
ついにかっこいいリューさんに出番が!?