『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
「冒険者様!こちらです!」
長老が私たちに向かって手招きする。
周囲の村人達からは期待の眼差しを向けられるのを肌で感じる。
…期待通りの行いをするつもりがない私としては心が痛んだ。
だがこれがこの村にとって最善の選択のはず。
私はその思いを固くし、アリゼルさんと長老の家に入った。
入るとアストレア様とシルが待っていてくれていた。
「その様子は同胞の方と話ができたようですね。」
アストレア様は私とアリゼルさんの雰囲気からすぐに察したようだ。
「はい。彼女との話は事態が落ち着いてからさせていただきます。まずは今の事態に対処しなければ。」
「その通りです。リュー。先ほど言った通り私はリューに一任します。よろしいですね?」
アストレア様は私をじっと見つめながら問う。
…恐らく私の覚悟のほどを確かめようとしているのだろう。
そう思ったため私は力強く私の意志を込めて返答した。
「はい。どうかここは私にお任せください。」
アストレア様は何も言わずにただ私を見つめる。
しばしの沈黙の後アストレア様はコクリと頷いた。
「いい目です。今のリューならあなた自身の正義のために戦うことができる。頼みます。」
「はっ!お任せを!」
私は威勢良く返事をしてからシルの隣に座ると今度はシルが私を見つめてきた。
「ふふ。今のリューはいい表情だよ。うまい方法思いついちゃった?」
「はい。私の今思い浮かぶ最善の方法です。」
「うん。分かった。リューに私も任せるよ。…でも無理はダメ。分かってる?」
「…はい。」
…見透かされている…のでしょうね。…私の捻り出した最悪の状況の場合に採る策を。
こうして長老を含めた五人で円を作るような形になり、会合は始められた。
「長老。詳しい状況を改めて教えてください。」
まず最初に声をあげたのは私。どうやらアストレア様もシルも沈黙を通すつもりのようだった。
「分かりました。ラキアが送ってきた兵は100人を超える部隊だそうです。到着は早くて一日ほどです。撃退することは可能でしょうか?」
長老が狼狽したまま私に尋ねてくる。
ここで私ははっきりと意見を告げた。
「可能です。ですが私は戦うつもりは毛頭ありません。その点はアリゼルさんとも承諾済みです。」
そう言うと予想通り長老は怒りをありありと表情に浮かべた。
「どういうことですか!戦えるのに戦わないとはどういうことですか!私達にラキアに税を差し出して死ねと言っておられるのですか!冒険者様はラキアの兵に怖気付いて依頼を破るおつもりか!」
長老が激情に駆られて叫ぶ。だが私は淡々と話した。
「違います。今すぐ最低限の荷をまとめて、この村から避難してください。そうすればあなた方の命は守られる。依頼は十分に履行しています。これがあなた方の命を守るための最善の策です。」
「何を言っておられるか!冒険者様は何も分かっておられない!ラキアがどれだけ…」
「ラキアの怖さ。私は確かに知らないです。ですが私の知ることの中にそんなこと以上にあなた方が知るべきことがある。ただその前にここで一つ少人数で効率的にラキアの大部隊を撃退する方法をお教えしましょう。」
私は長老の言葉を遮った。私があまりに淡々と言うためか長老は一瞬言葉を詰まらせる。
「…なんです?そんな方法があるならそうなさればよろしいではないですか…?」
「簡単です。村の中までおびき寄せて油断したところで奇襲をすればいいのです。普通の雇われた一介のファミリアであればこのくらいの策は用いるでしょう。」
「なっ!?それでは村が…」
「それが戦うということです。手段を選んでいる余裕など存在しません。死なないためには闇討ちであろうと何であろうとしなくてはならない。さらに言うと戦いが起きるということはその場所は戦場になる、つまりこの村が戦場になるということです。あなた方はその点を全く理解していない。」
「ぐっ…」
長老が歯軋りさせる。
「そもそも仮に今回一度撃退できたとして今後はどうするのです?ラキアの全軍を相手に私達は戦うことになるのですか?それはオラリオの全ファミリアが連合を組んでも厳しい戦いになると思われますよ?」
「…」
ついに長老は黙り込んだ。これで論破はできた。あとは仕上げか。
「アリゼルさんがなぜ村から離れた場所で戦っていたか分かりますか?村に戦火を広げないためです。その今までの努力をあなた方は無駄にしたいのですか?アリゼルさんは出来るだけ村に被害が及ばないように尽力してきたのですよ?」
「ちょっ…リオンさん!」
アリゼルさんが私の言葉を止めようとする。
確かに事実と違うことを言っている。アリゼルさんはそんな理由でそういった行動をしたわけではないからだ。だがアリゼルさんへの信頼の厚さを説得の材料にしない手はない。
だから私はアリゼルさんを制して話を続けた。
「どうなのです?長老?これまでこの村のために尽くしたアリゼルさんの思いを踏みにじる。そう言うのですか?」
私は長老に一気に畳み掛けて、答えを求めた。
「…分かりました。皆を説得します。」
「よかった。とりあえず村の方々の説得に向かってください。今後の詳細は後でお伝えします。」
「…はい。では失礼します…」
長老は諦めたような表情でそのまま退室した。
…村を捨てることになる彼らには申し訳ないが、交渉に成功すれば当然ここに戻ってこれるし、私には頼る当てに心当たりがあるためなんとかできるだろう。
「さてリュー。戦いの被害を防ぐためとはいえ、村人達に村を捨てることを強いる…その重大さは理解しているのでしょうか?さらにラキアが侵攻してくることへの対処には何らなっていません。避難させても追撃を受けて連れ戻されるだけになります。」
アストレア様の視線は厳しい。当然と言えば当然だろう。
「当然です。なので不肖ながら私に策があります。」
「聞きましょう。」
三人の視線が一気に集まる。アストレア様の視線は厳しく、シルの視線はどこか心配げで、アリゼルさんの視線は期待を含んでいるように見えた。
「まずアリゼルさん。あなたにお頼みしたいことが。」
「はい!何でもどうぞ!」
アリゼルさんはやる気に満ちた声で返してくれる。
「アリゼルさんには村人達をオラリオまで先導、護衛してください。そして『豊穣の女主人』という店にいるルノア・ファウストと言う方を訪ねてください。彼女は【デメテル・ファミリア】という農業系ファミリアに所属していて、そこの主神の神デメテルは神格者として有名な方です。必ずや村人達を助けてくれるでしょう。」
「えっ…でも護衛なら私なんかよりリオンさんの方が…」
私の言葉にさっきまでのやる気は何処へやらという雰囲気にアリゼルさんはなってしまう。…きっと補助等を指示されると思ってたのにいきなり重大な役割を与えられて戸惑っているのだろう。
「村人達と一番絆が深いのはアリゼルさんです。避難に消極的な人々にもあなたの言葉ならきっと届くはずです。だからお願いします。アリゼルさんの力をお借りしたいのです。」
「…分かりました。リオンさんがそう仰るなら死力を尽くして村のみんなを守ります。」
「念を押しますが、今まで通り威嚇だけで構いません。盗賊風情なら魔法を誇示すれば逃げ出すでしょう。ラキアの追撃は私がなんとかします。村人達にもそこまで説明しておいてください」
「はい!では長老が今説得に困っていると思うのでリオンさんの考えを伝えて説得の手伝いをしてきます!」
「お願いします。」
アリゼルさんは勢いよく飛び出していった。そして残るのはアストレア様とシルと私だけ。
「…リュー。二人に村人達を説得すると言う役割を与えて、二人を外に出してまでして、私達に話したいこととはなんですか?」
アストレア様が私の考えを見透かして尋ねてきた。
…そう。
私の策には彼らに聞かれたくない部分があった。
「…アストレア様とシルにはアリゼルさん達がオラリオに向かうための支援をお願いしたいです。…ラキアとの交渉は私一人で。」
「ちょっと待って、リュー!交渉で解決しようって思ってるのは薄々分かってたけど、何でアストレア様と私が一緒にいちゃダメなの!?私達がいなきゃ絶対にリューは無茶するつもりでしょ!」
「シル。止めないで欲しい。仮に私が交渉が上手な人間だったとしても相手が悪すぎるのです。…もしもの時は命を懸けざるを得なくなる。」
そう言うとアストレア様が顔をしかめる。
「…戦争狂のアレスは交渉の相手としては…厳しいでしょう…」
「なら交渉じゃなくてやっぱり戦って…」
シルが私の身を案じて言っているのは分かる。一度限りの戦いならば難なく越えられるだけの自信は私にだってある。だから普通に戦った方が安全とも言える。
だが…
「それはダメなのです。私の夢に近づくために…その選択はできない。戦いを手段と捉えていてはいつまでも真の平和は訪れません。」
「でも…!」
シルはそれでも引いてくれない。
「やめなさい。シル。リューの覚悟を踏みにじるつもりですか?」
するとアストレア様が低い声で言った。
「アストレア様…いいんですか!リューは…」
シルが涙ぐみながらアストレア様に訴える。
「死まで覚悟している。なぜかは分かりません。そこまでは神でも読み取れません。教えてください。リューは何をすることを考えているのです?」
二人とも私の心を見抜き、気づいている。
だから私の最悪の状況における策を話すことにした。
「…私としてはオラリオへの侵攻自体を阻止したいのが本音です。そうすればオラリオに被害が及ぶことなく、ラキアの村々を重税から解放することができます。これが最上の結果です。…ですがそれは不可能に近い。ならどうすれば良いか。それを考えました。」
アストレア様もシルもただ黙って私の話を聞いた。
「どうせラキアの侵攻を防げるオラリオのことを考えると戦争を阻止するのは二の次です。それよりも重税を課された村々を救うのが重要だと私判断しました。なら要は資金を工面さえできれば、重税はなくなる。…そこで私は…」
一度私は息を吐いた。
私自身言うのに少々の覚悟が必要だった。
これがなぜ死を覚悟しているかの答えだったから。
「私の首を差し出すことで私に懸けられた8000万ヴァリスの懸賞金を手に入れ、それで資金を工面します。」
アストレア様はゆっくり目を閉じ、シルは絶句した。
「なっ…何言ってるの?リュー?リューは…もうお尋ね者じゃないんだから懸賞金なんか懸けられてないでしょ?リューが命を捨てても…資金は手に入らないよ?」
シルが声を震わせながら尋ねてくる。だがシルの期待通りの現状ではないことは私が一番知っている。
「私は確かにシャクティのおかげでブラックリストからは除かれました。ですが
「そっ…そんな…ダメ。ダメだよ…リュー。死んじゃダメ…そんなことしちゃ絶対ダメなんだから!」
シルが泣きじゃくりながら私の身体に縋り付いてくる。…きっと私に普通に交渉を説得する自信があまりないことにまで気づかれているんだと思う。
私は縋り付いてくるシルを私の身体から引き剥がして、じっとシルの瞳を見つめた。
「私は簡単に命を差し出すつもりはありません。私には死ねない理由があります。なので最期の最期まで足掻くつもりです。そして私は知りたいのです。アリーゼが描いた夢が本当に実現できるのか。私の抱いた正義が本当に世界において通用するのか。だからシル。どうか許してください。」
シルに偽りを言っても無駄だ。だから私の思いをそのまま伝えた。
「…」
シルは何も言ってくれなかった。
ただ私から離れて、膝に顔を埋めてしまった。
そんな私とシルの会話の終わりを見届けたアストレア様はゆっくりと目を開き、私を見た。
「…リュー。あなたの覚悟に免じて今回は許します。ですが今後はそのような無謀な策は許しません。そこは忘れないように。そして今一度言います。絶対に死ぬことは許しません。…ですがあなたの正義を高らかに示してきてください。」
アストレア様は期待と心配が混ざったような眼差しで私を見つめる。
「はい。お許しいただきありがとうございます。」
そう言って私は頭を下げた。
「…ただしシルをきちんと説得できなければ、話はなしです。リュー。シルとしっかり話をしなさい。」
アストレア様はそれだけ言い残し立ち去ってしまう。
そして訪れたのは重苦しい沈黙。
シルは何も言わない。
私にもかけるべき言葉が思い浮かばない。
しばらく沈黙が続いた。
考えに考えた末に私は会話のきっかけを思いついた。
「シル。私はシルに頼みたいことがあるのです。」
「…アストレア様のそばにいてとかだったら私聞かないんだから…私はリューから絶対に離れない…」
頑なに顔を上げてくれないシルに私は困り果てる。
…それだけ私は心配されている…と言うことですね。
私は出来るだけ安心させられそうな声で話を続けた。
「違います。シルにはこれを預かっていて欲しいのです。」
これという言葉に反応してようやく顔を上げてくれたシル。
そのシルに私は腰から外した双葉を手渡し、その手に握ってもらった。
「これは私の仲間の遺品で双葉という小太刀です。これは私にとって宝物で肌身離さず常に持ってきたものです。」
「…何でリューは私にこれを?」
「今回は戦うことがないので…それと生きて帰ってくるという保証にです。私が双葉を他人に預けたまま死ねば、私は仲間に叱り飛ばされてしまいます。だから私は双葉を再び手に取るために必ず帰って…」
「リュー!」
私が最後まで言い切る前にシルは双葉を持ったまま私に勢いよく抱きついてくる。あまりに突然で私は反応に遅れ、ただ言葉を止めて硬直することしかできなかった。
「分かってるの…リューの覚悟を邪魔しちゃダメだって。リューの覚悟が変わることはないって。」
「…申し訳ありません…」
「謝らないで。リュー。…でもさ。私リューに言いたいことがあるの。全部言っていい?」
「…はい。」
とても嫌な予感がしますが…アストレア様も言われたようにしっかりと話をする必要があるのは私にも分かります。
少しだけ構えながら私はシルの言葉を待った。
「…私にはお見通しなんだから…私に渡した双葉に込めた意味はそれだけじゃない。…もしもの時はベルさんへの形見に、とか思ってるんでしょ?」
「…否定はしません。」
輝夜から私が受け取ったように私からベルへ…だなんてこのを考えていたことは否定しない。
「渡さない…絶対にベルさんになんか渡さないんだから!リューのことあっさり見送ったベルさんになんか渡さない!」
…なぜここでベルが批判されているんですか?
「いえ…ベルは名残惜しそうに…」
「ベルさんも一緒に来るっていう方法もあったでしょ!そんなベルさんになんか渡さない!」
「シッ…シル?」
「もしリューが死んじゃっても、来世でもリューを絶対にベルさんに会わせてなんてあげない!フレイヤお母さんにやり方を聞いて、リューの魂をずっと私のものにしちゃうんだからね!」
「えっ…それは…困ります…ベルに二度と会えないのは…」
シルの言葉に大きな恐怖を抱く。…現世だけなら覚悟はできても…来世でも二度とベルと会えないだなんて…耐えきれない…
「もぅ…何でそんなにベルさんのこと好きなの?色ボケ…ポンコツ…リュー…」
「…今の流れだと私の名前も罵倒用語になったように聞こえるのですが…」
「とにかく…生きて帰ってきて。お願い…私リューがいない生活なんて嫌…」
シルの消えてしまいそうな声が心に刺さる。
…やはり私は死ぬわけにはいかない。
私の命を糧とせずに私の正義を果たさなければ。
ベルと再び会うために。
シルに苦しい思いをさせないために。
「約束します。必ず双葉を受け取りに生きて帰ると。」
「うん。約束だよ。…頑張ってきて。リュー。」
そう言うとシルは私からゆっくりと離れる。
シルの頰にはまだ涙が流れていたけれど、それでも表情は柔らかかった。
「こういう時私が男の人だったらキスするんだけど、それができないのが残念だなー。ねぇ。リュー?キスしちゃっていい?」
「キッ…キスですか!?ダッ…ダメです!最初はベルにと決めてい…ってシル!?何を言わせているのですか!?」
シルが涙を拭いながら、そんなことを言うものだから重い空気は何処へやら、私はキスという言葉にテンパる羽目になる。
「ふふ。冗談だよ。慌てすぎなんだから。じゃあ私アストレア様のところ行ってくるね?今から頑張るリューに余計な心配をかけずに済むようにみんな完璧に済ませるんだから!リューはここで休んでて!」
「ちょっ…!シル!」
私の制止も聞かずに出て行ってしまったシル。
…キスの件は本当に冗談だったのでしょうか…結構本気そうな表情だったような…
これもシルなりの私の緊張を和らげるための配慮でしょうか…
ふぅ…
ラキアの兵が到来するまでの時間をどう過ごせばいいのやら…
私はたった一人、来たる苦難の時に思いを巡らせた。
双葉を誰かに預けるって言う展開は元々考えにあって当初はベル君が預けられる相手になるはずだったんですけど、ブレスレットのネタを入れた結果外れて、シルさんの元に辿り着いた…という感じです。