『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
「クチュン…」
「リュー!大丈夫?やっぱり仕事は休んだ方が…」
クシャミをすると親友は過度に私を心配してくる。戻って以来ずっとこんな感じだ。でも全く不快ではない。
「大丈夫です。シル。私の体調はもう万全だ。」
「リューは少し前まで寝たきりで体力落ちてるんだから風邪引きやすいんだよ!?」
「私には
「もう!無理は絶対ダメだからね!約束だよ!」
「分かりました。気をつけます。」
何度目か分からない約束をシルと交わす。シルの過保護には困ったものだ。まるで私が子供のようではないか、と思いながらも昔から周りからは何となくそんな扱いばかり受けてきた気がする。私の性格が所以かそれとも私の未熟さが所以か。冒険者としては上位だとはいえ私はまだまだ未熟だと自嘲する。
「風邪じゃないなら、誰かがリューの噂をしていたのかもよ。」
シルがクスクス笑いながら言う。
「だって今のリューは『正義の眷族』なんだもん。」
「『正義』…」
かつて仲間と共に掲げ、一度は失ったつもりでいて、今はもう取り戻した私の根幹を成す精神。
「ふふ。私はまだそう呼ばれる資格はないです。もっと…もっと励まなくては。」
誰にでも手を差し伸べてくれる、まるで神のような優しさを持ったあの少年には追いつけていない。
あの少年こそ私にとっての『正義』を具現しているような気がした。
あの少年のような人々の『希望』になるにはまだ遠い。なれるかは分からない。けれど私はそんな私を目指してみたいとも思っていた。
「リューさ。」
気づくと親友は私の顔を覗き込んでいる。
「表情が変わったね。前も同じように資格がないって言ったけど、前と違ってすっごく優しい表情になってる。」
「…そうでしょうか?」
鏡がないから私には分からないが、シルが言うならきっとそうなのだろう。シルは恐ろしいほどに人の機微に敏感だ。
「うん!前はすっごく悲しそうで消えちゃいそうで心配だったけど、今のリューは希望に満ち溢れてるって感じ!」
そうか。
もしそうならきっとあの少年のおかげだ。
ベル・クラネル
どうやら私は彼に返しきれないほどの恩ができてしまったようだ。
「リュー。これはお話を聞かないといけないね。」
「えっ!?ちょっとシル!?」
食材を無理矢理近くにあったテーブルに置かされた私はシルに流されるがままシルと手を繋いだ。
潔癖のはずのエルフである私の拒まない数少ないの人物であるシルの手はとても暖かい。だから繋いでもいい。そう思ってしまう。
私は昔から人のぬくもりに触れるより人の冷たさに触れることの方が多かったから。善意より悪意に触れることが多かったから。
だから私にとってこのぬくもりをくれるシルはとても大切なヒューマンだ。
シルの前にはアリーゼが。
そしてシルの後にはあの少年が。
私にとってこの三人はかけがえのない存在だ。
私の大切な大切な人達。
私は彼女達や彼に恩を返せるだろうか?
ぼんやりとそんなことを考えているとシルが連れてきたのは店の裏口。よくここの店員達がサボっている場所だ。
シルはここでようやく立ち止まると私の手を離し向き合いような位置に立った。
「リューさ。最近元気だよね。」
シルがポツリと呟く。
「体力が落ちていると言ったのはシルではありませんか。…私自身実際はそれを自覚している。私の身体はこの一ヶ月で明らかに鈍っている。」
私がそう言うとシルは小さくため息をつく。
「そうじゃなくてさ。身体の話じゃなくて心の話っていうのかな?今のリューはすっごい元気なの。」
「…自覚がないと言えば嘘になります。私は仲間を失って以来今ほど充実した日々を送った記憶はないような気がする。」
私は素直に吐露した。私は明らかに今までの私ではなくなっている。そんな自覚がある。
「ベルさんの…お陰だよね?」
シルがじっと見つめてくる。まるで嘘をついちゃダメだよ?と言っているかのように一瞬たりとも私から目を逸らさない。
「リューはベルさんのことどう思ってる?」
どう伝える?
私の恩人?
私が今まで感じたことのない感情を向けるヒューマン?
初めての感情に戸惑いを隠せないのも事実。
アリーゼやシルに向けている感情とは少しだけ違う胸が熱くなったりする感情。
ありのままに伝えてもいいのだろうか?
いや。いいわけがない。
あの少年はシルの想い人でシルの未来の伴侶だ。
今まで私が彼に助力したのはシルのためだ。
シルの頼みで。
私の恩人の頼みだったから助力したのだ。
私に下心はなかった。決して。決して。
あったら私は最低最悪の恥知らずのエルフということになる。
私はこのよく分からない感情に気づかないふりをした。
「ベルは…私の恩人です。」
「嘘。」
シルはバッサリと言い切る。
「嘘ではない…私は【深層】で彼に…」
「リュー。私に前に恩を返したいって言ったよね。なら私も恩人?」
「もちろんです。シルは私の恩人で…」
「なら私にも胸がドキドキしたりする?」
「!?」
「私の顔を見れなくなったり、私のことずっと考えてたりする?」
…ない。そこまでのことはない。
胸がドキドキはしないし、きちんとシルの顔は見れている。でも…
「シルのことは…よく考えますよ。」
「えっ!?」
「えっ?」
突然赤面してぽしょぽしょと何かを言うシルに私は首を傾げる。
「リューは…私のこと好き?」
「…好きですよ。シル。」
「…」
「…」
シルは顔を真っ赤なまま顔を背けて黙り込む。
しばらくの沈黙。
なぜこうなったのでしょうか…
「…ってちがーう!?!?」
「何がでしょうか…」
突然叫び出すシルに私は呆れ半分で返す。
「今はベルさんの話をしてたんでしょ!?」
「私はこれで終わりでも…」
「ダ!メ!ていうかリューさベルさんのお見舞い行った!?」
「いえ。私は仕事があるので…」
「どうして!?心配じゃないの!?」
「もちろん。心配です。」
「ならなんで!?」
「顔を…合わせにくいからでしょうか…」
「それだー!?」
ぜぇぜぇ言いながら私に畳み掛けてくるシルに私はテンションを追いつかせることができない。なぜこんなにシルは積極的なのでしょうか…
「そういう気持ちをね!?恋って言うんだよ!?」
「それは…違います。」
違う。というよりそれが正解であってはならない。
「私はそういったものと昔から縁がありません。そういったものはシルこそ…」
「縁なんて作ればいくらでもできるよ。リュー。そういう縁はみんなに平等にあるものだよ。」
「だとしても…」
私とベルと…はない。
ベルはシルの伴侶になる方で…
「リオン。」
「!?」
気づけばシルは私の耳元にまで近づいてきていた。
そこは重要じゃない。
シルは私をリオンとは呼ばない。
リオンと私を呼んだのは…
「逃げちゃ駄目。」
シルじゃないこの声は…
「逃しちゃダメよ。リオン。」
「あっ…」
アリーゼ。
アリーゼの声だ。
聞き違えるはずがない。
私がずっと聞きたかった声。
私の記憶に刻み込まれていた大切な人の声。
「アリーゼ…」
「ふふふ。」
大切な人の声を聞いて呆然としているとシルはスッと離れて悪戯っ子のような笑みを浮かべながら私をもう一度見つめた。
「改めて聞くね?リューはベルさんのことどう思ってる?」
すぐに言葉が出てこない。
さっきの出来事による動揺を抑えられない。
シルは柄になく口をパクパクさせて動揺し続ける私を言葉が出てくるのを待つように優しく見守ってくれた。
「きっとね。リューのファミリアの人もね。きっとリューが素直になってくれることを望んでるんじゃないかな?」
「…私は怖い。」
そう。
怖いのだ。
ベルへ向ける想いはきっとシルと同じ。気づいてないなんてやっぱり言えない。
恋という名前のものを患っているかもしれないと気付いていた。
「私の抱いた…この感情が怖い。恋しているということが…怖い。」
でも私にはこう思えるのだ。
この感情は
奴と同じように私の大切なものを全て奪う厄災。
ベルにもシルにも見捨てられれば…再び私には何もなくなる。
2人に拒絶されて私はこれまで通りでいられるだろうか?
きっと無理だ。
私の中で掛け替えのない2人を失いたくない。
ベルとシルが結ばれて私はそれを祝福する。
それが最良のハッピーエンドだ。
そこに私が割り込む必要は寸分もない。
だから私のこの厄災を葬ってしまえばそれで…
「私ね。ベルさんのこと好きだよ?」
「…知っています。」
知ってる。ベルはシルの想い人。知っている。それなのにこの感情は…
「でもリューの感情とは違ってね。遠くから成長を見守りたい。子供…みたいな存在なの。」
「…え?」
「私はベルさんだけじゃなくてここ…『豊穣の女主人』に来る冒険者様みんなにそんな感情を持ってる。彼ら彼女らがどんな物語を育んでどんな輝きを見せてくれるんだろうって。」
シルの表情が一瞬以前見たことのあるアストレア様と同じ…慈しみを持った表情に見えたのは気のせいだろうか。
「だからリューは私のことは気にせず、素直になって?」
「シル…」
「私はリューに幸せになって欲しいな。リューとベルが育む物語をそばで見てみたい。
もう一度聞くね。
リューはベルさんのことどう思ってる?」
あぁ…シルはズルい。見事に外堀を埋められてしまったような感じだ。
本当は実際怖いのはそれだけじゃないのだ。
シルの存在は大きな理由であると同時に隠れ蓑でもある。本当はもっと怖いことがある。
ベルに拒絶されそうで怖いのだ。
ベルの周りにはシルだけでなく魅力的な女性が多くいる。
ベルが憧れる【剣姫】もいる。
私は一度その【剣姫】に敗れている。
女性的魅力でも冒険者としての力でも私は敗れている。
私に勝ち目はないのかもしれない。
だが。
それでも。
アリーゼが逃げてはいけないと言うなら。
私は決して逃げない。
シルが背中を押してくれるなら。
私は勇気を出せる。
「私は…」
勇気を出して、『冒険』しよう。
「私はベルのことが好きです。ベルの隣に立ちたい。ベルを支えたい。」
私もベルも『冒険者』だ。
大敵にも立ち向かえる『冒険者』だ。
人生初めての『冒険』に乗り出すのも悪くない。
この想いを
「私はこの想いを捨てるのは難しい。負け戦だとしても挑みたい。」
シルは満足げな表情で頷いてくれる。
「シル。もしよろしければ…応援していただけますか…?」
図々しいかもしれない。
それでも親友の応援が欲しかった。
「もちろん。最初から応援するつもりだよ!リュー!これから頑張ろ!」
シルが満面の笑みで言ってくれる。
シル。
やはり私はあなたに感謝してもしきれない。
「ニャー!リューの面白い話が聞けたニャー!」
「ふむふむ。リューが少年を…リュー。近いうちに少年の尻貸してくれニャー!」
「ったくせっかくの雰囲気台無しにして…ごめんね?バカ猫二人を止められなくて。」
いつの間にかアーニャ、クロエ、ルノアが私達の後ろに立ってニヤニヤしていた。
全てを聞かれたと悟り、言葉が出ずにハムハムするが、一方のシルは至って平然としている。
「てへっ!これでリューはベルさんに告白しないとダメになったね?もうみんなが証人だよ?」
「はっ…図りましたね!!!シル…!!」
完全にシルの思う壺だ。
ベルへの想いを全て吐露して、それをみんなに聞かれた。もう私はなかったことにはできない。
くっ…やはりアーニャ達の言う通りシルは魔女なのでしょうか…
もう覚悟を決めて『冒険』しましょうか。
ベル。
待っていなさい。
あなたの隣は私が手中に…
…それにしてもあのアリーゼの声…何だったのでしょうか…幻聴…?
今作ではシルさん実は神様なんじゃない?っていう説を採用しています。
人の心を見透せている時点でシルさん超人ですよね…
そしてアリーゼの声を出したのもシルさんです。
原作8巻でヘスティアが別人の声を出せてるシーンがあったのでシルさんもできるんじゃない…と。