『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
風琴とはパイプオルガンのことです。結婚式入場の時ってオルガンの演奏の中…っていうイメージありません?
ということで今回は結婚式入場ちょっと前です。
…落ち着かない。
シルさんに着付けてもらって意気揚々と入場前の待機場所に来たけど、どうにも落ち着かない…
僕のタキシードをリューさんに気に入ってもらえるかな?とかリューさんまだ来ないのかな?とか…
要はリューさんがまだ来てくれていないのが落ち着かない主な原因だったりする。とは言っても僕が早く来すぎただけなのだけれど。
落ち着くために僕は一回深呼吸をした後、改めて辺りを見渡してみる。
僕の前にそびえ立つのは大聖堂。オラリオの中でも随一の規模を誇り、神様達が来る前に建てられたものだったらしいが、当時の遺産としてずっと修繕が繰り返されてきたもの…だそうだ。ここになった第一の理由が参列者の多さに耐えられる建物が他になかったということは言うまでもない。
…僕達のために最近また修繕が行われたと聞いてるけど…本当にその指示を飛ばしたというシルさんはどのような権力を行使しているのだろうか?…リューさんを守るという一点でシルさんと一致団結している身としてはこの謎の強大な権力はこれほど心強いことはないのだけれど。
それはともかくリューさんと事前に見学したところ、大聖堂はただ規模が大きいというだけでない。
差し込んだ光を反射して空間を美しく彩る色彩豊かなステンドグラス。その下には歴史を感じる見た目のパイプオルガンと祭壇が置かれている。
教会全体は大理石で作られており、お陰で建物全体が純白になっているためステンドグラスがアクセントとなってより映えると言ったところ。
そして聖堂の中は様々な種類の花々で飾られている。…これは赤い薔薇だけで聖堂を一杯にしようと思ったけど、赤い薔薇みたいに顔を真っ赤にしたリューさんに断固拒否されました。それでリューさんの妥協の結果要点で赤い薔薇を使うことに…リューさんへの愛をとことん示す一つの方法だったのに…残念。
あとは参列者の方々が座る長椅子が何列も配置されていて、中央には祭壇と聖堂の入り口を結ぶカーペットが敷かれている。
そのカーペットは僕の足元まで伸びていて入場の時はこの上を歩いていくという形だ。そのカーペットは赤色で、シルさん曰くその場合ヴァ…ヴァージンロードと言うらしい。
ヴァージン…と…なると…しょ…処女で…それはもちろん僕はリューさんにそういったいかがわしいことをしていないから当然リューさんは処女で…でも今日結婚したらリューさんとそういうこともすることになるのかなって思うけど…でもリューさんそういう破廉恥なことするのいやがるのかな…?…嫌がるならやめなきゃいけないし、でも僕はリューさんを愛してるってことをあらゆる方法で示したいわけで…
「ベル…何をしているのですか…?」
聞くのを待ち望んでいた声…リューさんの声が聞こえてきて僕は瞬時に振り向いた。
「リューさん!」
「ベル?頰が緩みすぎてますよ?もうダラけすぎてあまりカッコよくないと言いますか…」
「え…」
リューさんの指摘に強烈なショックを受ける。…そんなに僕にやけてたの?…ということは僕がリューさんが処女だとか考えてたのがバレてる!?
まずい…リューさんに結婚式直前なのに失望される…
そう絶望しかけているとリューさんは僕の様子に気づいてか少し慌てた。
「あっ…あの…それがいけないというわけではなく、確かに私はカッコいいベルを当然あっ…愛しているわけですが…私との結婚をそこまで喜んでくださるのは…とても嬉しく…幸せです。」
最後の方は頬を赤く染めてボソボソっと言うリューさんに先ほどの不安などすぐ忘れて僕はクスリと笑ってしまった。
「喜ぶに決まってるじゃないですか。何なら今すぐにでもここで僕の溢れんばかりのリューさんと結婚できることへの喜びとリューさんへの愛を叫びたいくらいです!」
「それはやめてください…確かに今周囲には誰もいませんが、大聖堂の中には多くの参列者の方々がいます。結婚式とは儀礼でもあるのです。そういった何というか…無思慮な行動は控えなければ…」
僕のリューさんへの想いの強さを伝えたらリューさんがあまりに真面目にお説教してくるので僕はちょっとだけ拗ねて言い返す。リューさんも今日くらいそんな堅苦しく考えなくてもいいのに…
「無思慮って…リューさんはいつも公共の場で放心状態になったりデレデレしてる癖に…」
「なっ…なっ…!そっ…それはベルが私が嬉しくなるようなことを恥ずかしげもなく言うからで…」
僕の反撃にリューさんは顔を真っ赤にして怒る。
そしてリューさんはハッとしたかと思うと大きく深呼吸をした。
「…やめましょう。今日という素晴らしい日にベルと口論するのは不毛です。…申し訳ありません。」
「…いっ…いえ!僕も…ごめんなさい。」
お互いに謝りあったせいで崩しにくい沈黙が訪れてしまう。
…あぁ!何やってんだ僕!?こんな雰囲気最悪じゃないか!早くこの雰囲気を打破しないと…
そんな焦りもあり僕は沈黙に陥って間もなく僕は口を開いた。
「…リューさんのドレス似合ってます。とっても。リューさんには緑色も似合うといつも思ってましたけど、白色もまたすごく似合います。」
「…それは…ベルが選んだドレスですから…ありがとうございます。ベルにお気に召していただけてよかった。」
リューさんはにっこりと笑って答えてくれる。そんなリューさんの様子にひとまず僕は安堵した。
ちなみにリューさんが纏っているのは露出の少ない純白のドレス。シルさんの助言などに基づくと背中を出してたり胸元を強調していたりという感じのドレスもありだと聞いていたが、やはりエルフであるリューさんにはこういった肌を見せない方がふさわしいと思って選んだ。
本当に白一色で飾り気がない気がしなくもないけど、リューさんの真っ白で汚れが寸分もない精神を表している…と考えるとリューさんに一番似合うドレスなのではと思っている。
「…ベルのタキシードもお似合いです。私に合わせてくれたのですか?ふふ…私とベルはペアルックですね。」
「あっ…!気づいてくれましたか!」
リューさんの気づきに僕は小躍りしそうなくらい嬉しくなった。
リューさんの言う通り僕はリューさんの純白のドレスに合わせるために選んだのは同じく純白のタキシード。さらに僕の髪は白色なので全身ほぼ真っ白なわけで…これはこれでいいのかなって思ってたけど…
「はい。神聖さを漂わせる雰囲気で…とてもいいと思います。かっこいいですよ。ベル。」
リューさんはそう笑顔で告げてくれる。リューさんにカッコイイって言われた!?あの時このタキシードを選んだ僕よくやった!
…と同時にその神聖な雰囲気に僕のニヤケが似合わなかったからリューさんはあえてさっき指摘した…ということかな?
…反省します。僕はいつでもどこでもリューさんにカッコいいと思ってもらえるベル・クラネルでいよう。そう心で決める。
「それでペアルックで私とベルの愛の深さを示す…のが狙いということなのですよね?」
「はい!目に見えるようにするのが一番いいと思いますから!何なら結婚式だけでなく普段もペアルックでいてもいいと思いませんか!?」
「え…それはベルの服装に合わせるのか私の服装に合わせるのか…」
「もちろんリューさんの服装です!僕もリューさんと同じロングコートを纏ってみたいです!」
「…こっ…これからゆっくり考えましょう…ベルといつでも同じ服装…わっ…悪くないかもしれませんね…」
ボソボソっと照れながら僕の提案に惹かれているリューさん。
よし。もうこれからどんどんリューさんと僕の色んなものを一緒にしていって僕とリューさんの愛に誰も入り込めないようにしないと。まずは服装をペアルックにして寝室を一緒にして一日の予定を全て共有して…
「…そういえば私達の結婚の誓いを聞く方を選ばなかったんですよね。神フレイヤの提案を断って…という形にはなりましたが。」
これからの妄想に浸りかけていた僕はリューさんのつぶやきに意識を引き戻された。
「そうでしたね。確かにフレイヤ様は愛を司る神様なのでお引き受けいただいても問題なかったと思いますが…」
シルさんとアストレア様の反対もあり話は流れた…以前のことが余程いけなかったらしい。
僕的には愛を司る神様に僕とリューさんの愛を認めてもらえるならそれほどいいことはないのでは?ぐらいに単純に考えていたのだが。
ちなみにリューさんは関係維持のために提案を受けてもいいという立場ではあった。…リューさんは一応は命の危険も感じる場面があったというのに…やはり優しすぎるのかもしれない。
「私はこの形でも当然問題ないと思っています。確かに慣例的な結婚式では愛を司る神の前で誓いを立てることが多いですが、今回の参列者には何人かの愛を司る神がいるため誰かを選ぶことで不平が生まれます。ならば参列者全員に誓いを立てるのが一番いいでしょう。ベルと私は一生愛し合い添い遂げる、そんな誓いを。」
『ベルと私は愛し合い添い遂げる』
そう改めてリューさんの口から聞けると無性に嬉しくなってきて、感謝を込めてリューさんを両手を広げてギューっと抱きしめたくなる。けど…
「ベル…いっ…今はハグはダメです…幸福で私も離れなくなってしまう…それで結婚式の行程に支障が出たら本末転倒です…」
そう照れながら止めてくるリューさんに僕は何とかリューさんをギューっとしたいという衝動を何とか抑える。…僕に抱きしめられることが幸福だって言ってくれたリューさんの言葉で満足するんだ。僕。
僕はそう自分に言い聞かせると行動で感謝を示す代わりに言葉で示そうと思った。
「…分かりました。じゃあ後で一杯ギューっと抱きしめますから覚悟していてくださいね。僕がリューさんを幸せで一杯にしてみせますから。」
「はい。…楽しみにしてます。」
「あと…みんなに誓いの証人になってもらうってのもありだと思いますけど、リューさんと僕のお互いに誓うっていうのが一番大事な気がします。そのために一杯幸せになって二人の一生の思い出にする…みたいな。」
そう言うとリューさんもコクリと頷いてくれた。
「ベルの言う通りです。言うまでもなく私はベルのことを妻としてパートナーとして一生愛し続け…」
照れながら少し早口に誓いをこの場で言い始めてしまうリューさん。リューさんも平静かと思いきやここでテンパるほど緊張はしていたようだった。ただここで誓いをしてしまうのはなんか変な感じがしたので慌てて止める。
「リュ…リューさん!今ここで誓いを言っちゃ…」
「れっ…練習です!それくらいなら問題ないはずです!」
練習…そうか…ならいい…のかな?
微妙に腑に落ちないがリューさんがとっても言いたそうなのとリューさんの愛の誓いを聞くのは何度あってもいいと思い、リューさんの想いに従うことにした。
僕とリューさんは改めて向き合いお互いの顔を見つめあった。
リューさんの顔はもうさっきからずっと真っ赤だし、僕の顔もきっと赤くなっているのだと思う。
それは今から予行として聞くことになる愛の誓いがより赤く染める要因になっているに違いなかった。
「…私リュー・クラネルはベル・クラネルのことを妻としてパートナーとして一生愛し続け、苦しみも喜びも共に背負うと誓います。」
「…僕ベル・クラネルはリュー・クラネルのことを夫としてパートナーとして一生愛し続け、幸せな日々を共に過ごしていくと誓います。」
それぞれの愛の誓いが心に染み渡る。
僕もリューさんも僅かな間に色んな誓いをしてきた。
夢のこと。これからのこと。
でもこの誓いが一番僕とリューさんにとって大切なものになるのは間違いない。
これはだって僕とリューさんを一生結び、離れないようにできる大切な誓いなのだから。
だからだろうか。
僕とリューさんの距離は自然と縮まっていった。
お互いにさっきまで言っていたことなどもう完全に頭から消えていた。
だんだん近づいてくるリューさんの凛々しい顔。
リューさんがゆっくりと目を閉じる。
目の前には綺麗な桃色の唇がある。
食べてしまいたい、だなんて思いながら僕もまたゆっくり近づいていく。
もう少しで…触れ合える。リューさんの温もりを感じられる。
そう思った時。
不意に僕とリューさんの間に光が差し込んできて、思わず目をつぶってしまう。
何事か。そう思って、光の差してきた方向を見ると…
大聖堂の門がすでに開かれていた。
今更耳に届くのは厳正なパイプオルガンの音色。
状況を察したのは僕だけでなくリューさんもだったようで厳正な音色に背を押され大慌てで前を向き直る。
よく見ると司会を務めているらしいシルさんとリリがすごく冷たい視線でこちらを見ている。僅かに幸運だったのは司会の二人以外こちらを見ていなかったことくらいか。
…あまりに幸せで色々忘れてしまっていたみたい…そうちょっとだけ反省する。
一方のリューさんはと言うと自分の世界に入り込んだ挙句ごく普通に式の行程を破壊しかけたことに動揺していた。
その様子にふと思う。
今があの夜のリベンジの時では?
僕は冒険者でも指折りの動きの速さで瞬時に動いた。
そして相手に反撃の隙も与えないように一撃離脱をした。
僕はリューさんのほっぺに軽く僕の唇を触れさせたのだ。
「なっ…!なっ…!なっ…!」
僕の一撃離脱にリューさんは口をパクパクさせて思うように言葉も発せない様子。
これでほっぺのファーストキスは僕が頂いた!と自己満足する。
そんな僕をよそにリューさんはさらに動揺に動揺して深呼吸を無我夢中に繰り返す。その様子を僕は面白半分で見ていたが…
リリの視線がかなり痛い…シルさんはもう諦めた様子で温かい目を僕達に向けているが、リリはそうはいかなかったようで…なんか…ごめんなさい。
「さっ…!さぁ!にゅ…入場しましょう。皆さんが待っています。」
何とか落ち着けたらしいリューさんはそう言って僕に腕を差し出す。それはいいんだけど…
「僕がエスコートされるんですか…?普通逆な気が…」
「うっ…はっ…早くしなさい。もう手遅れです。」
…リューさん。テンパって間違えちゃったんだね。本来なら僕が腕を差し出して腕を組んで入場するはずだったのに…と思いながらも僕はリューさんの腕にそっと手をまわした。
「…行きましょう。」
「ええ。行きましょうか。」
そう互いに確認をし合って僕とリューさんは歩幅を揃えてオルガンの音色を背にゆっくりと前に歩き始めた。
よく考えたらリューさんと腕を組んで歩くのは初めてかもしれない。腕を組むと手を繋いだ時以上に距離が縮まるからよりお互いの温もりを感じやすくなる。ただ歩幅を合わせないと歩きにくくなるのは言うまでもない。
だからお互いを理解し合い想い合わないといけない。
お互いが転ばないように。
お互いが離れないように。
きっと腕を組んで歩くことと結婚生活というのは同じようなものなんだと思う。
そう思いながら僕はリューさんと式場に足を踏み入れた。