『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
エピローグに入ります。
結婚式から早20年…クラネル夫妻はどう生き抜いているか…
白兎の歩む道
聞こえてくるノックの音。どうやらそろそろ時間らしい。
そう思った私は羽ペンを机に置いた。
「どうぞ。」
そう許可を告げると一人の女性が部屋に入ってくる。
「団長。そろそろお時間です。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「はっ…はい!でっ…では失礼いたします!」
私が微笑みながら礼を言うと何故か彼女は頰を赤く染めてそそくさと出て行ってしまった。
…また私は妙な真似をしたのだろうか…?
そう思うも心当たりはなくは…ない。
もしかしたら私の雰囲気の問題かもしれない。
かつては無愛想とまで言われた私も20年もの時を経た。
私は長寿で名を馳せるエルフの出身。だから見た目において歳を取ったようには見えないだろう。そして表情の変化が少ないのも相変わらず。
見た目と同じく厳格すぎる性格も無愛想さも何も変わっていない。
ただ少しだけ変わったことがある。
それはある人が関わるだけで途端に表情が緩んでしまうこと。それも表情の緩みすぎのおかげでポンコツエルフの渾名を再び拝領してしまうほどの。
きっと今の私も普段からは考えられないほど表情が緩んでいるに違いない。だから彼女はそそくさと逃げていってしまったのだろう。
今後は気をつけなければ。
そう何度目か分からず自分でも薄々無駄だと気づき始めてしまっている戒めを心でする。
だがあの人に会える。そう思うだけでついニヤけてしまうのだ。
…何も知らない人から見たら君が悪いと言われそうだ。
けれど私は抑えられないのだ。
あの人に会える喜びを。
あの人と共に夢へと邁進する誇らしさを。
あの人と共に生きられる幸せを。
私は抑えきれない感情を胸にしまって、書斎から立ち上がった。
⭐︎
「あっ…リュー様だぞ!」
「きゃー!!リュー様!私の方を向いてくださいな!」
私が外に姿を現しただけで巻き起こる歓声。
正直今でもこう言った所謂人気者というものになったのには慣れないもの。ただこう言った役割もまた私にとって大切だと認識している。だから笑みを浮かべて手を振り返すくらいのことはする。
「ぎゃは…リュー様がお手を…」
…たまに私の微動作だけでも謎の気絶者を出すのは本当に考えものではあるが。私に一体どんな力があるというのだろうか…
そう思いながらも歩みを進める。
歩む先はバベル。そう。ダンジョンの入り口である。
しばらく歩いて到着するとそこには数えきれないほどの人が集まっていた。
ある人は戦利品や物資を整理していた。
ある人は家族との再会を幸せそうに喜んでいた。
ある人は仲間達と笑い合い話に花を咲かせていた。
そんな数多くの人の姿に微笑ましく思いながら私は目当のあの人を探す。
すると一際人だかりのある場所を見つけた。
「あっそのドロップアイテムはギルドで換金してきてください。」
「了解です!」
「負傷した方はすぐに【ディアンケヒト・ファミリア】に依頼して治療を。費用は僕達が受け持ちます。」
「あっ…ありがとうございます!」
「…あと亡くなった英雄達の葬儀の準備もお願いします。」
「…承知いたしました。」
ある人が指示を出す度にその場から人が走り出していく。
するとあの人はふとこちらを見ると羊皮紙を片手に微笑む。そんなあの人に私は声を上げた。
「ベル!」
「リューさん!」
私の声に応えてくれた
ベルもまた同じように距離を縮めてくれる。
そうして抱きしめ合うと共にお帰りのキスを交わした。
周囲の反応はもう今更なので気にすることはなかった。
軽いキスを終えると私達はお互いの背に手を回したまま顔を見合わせる。
「お帰りなさい。ベル。」
「うん。ただいま。リューさん。」
いつも通りのおかえりとただいまの挨拶。だが私はこんな挨拶をいつも通り交わせる。そんな小さな幸せを忘れたことはなかった。
「どうでしたか?今回の遠征は?」
「…過酷だったよ。犠牲者も出た…だけどまた一歩前進できた。また一歩答えに近づけた…そう思うよ。」
「…そうでしたか。ご苦労でしたね。」
「僕は大丈夫だよ。それよりリューさんの方は…」
「オミャーらは出会い頭に何イチャイチャしてるのニャ!特に白髪頭はまだ仕事が終わってないのニャ!」
「「…アーニャ…」」
せっかく二人の世界で言葉を交わしていたのにアーニャの声で台無しになる。少々不快に思いながらもベルから視線を外すと私たちの周りには多くの顔見知り達が詰めていた。
「ごめん…アーニャさん…つい…」
「ついじゃないニャ!オミャーの指示をみんな待ってるニャ!ミャーにはそんなの魚みたいには捌けないのニャ!」
そう曰うアーニャに私はその立場にしてそれでいいのかと不安に思う。
なぜならアーニャは今や【フレイヤ・ファミリア】の団長なのだから。
もう20年がたった今かつての第一線に立っていた冒険者達は引退して新たな人生を歩み始めている。前【フレイヤ・ファミリア】団長だった【
そんなアーニャが録に指示も出せずに本当に大丈夫なのだろうか…きっとダンジョンでは直感で活躍しているのだろうが…と思いながら辺りを見回す。
「ベルさん!アイズさんがまたダンジョンに行こうとしてるっす!止めてください!」
そう悲鳴を上げるのは【ロキ・ファミリア】団長【
「すみません…今僕少々取り込み中なので…ラウルさん。とにかく止めてきてください。僕の護衛があるとかとにかく何か言って。」
「そっ…そんなぁ…自分には荷が重いっすよ…」
そう泣き言を言いながらラウルさんはその場を離れる。…それにしてもアイズさんも相変わらずというかなんというか…
「ベル殿。遠征帰還祝いの宴会はどうなさいますか?」
次に声をかけてきたのは命さんだった。今は【タケミカヅチ・ファミリア】に戻っているが、かつてと同じようにベルを支えてくださっている。
「あっ。それはちょっと時を置くことにします。僕近いうちにやることありますし、すぐ宴会っていうのはちょっと…」
暗に亡くなった人がいる中宴会をすぐにはしにくいと匂わすベルに命さんはハッと気づく。
「…申し訳ありません。了解しました。皆にそう伝達いたします。」
そう言って命さんは立ち去る。私は命さんが他の方の要望を代弁してベルに聞いたのではと思い至る。
「ベルっち!悪いんだけど、新しい仲間の部屋を準備したいから先に抜けてもいいか?」
そう言ったのはリドさんだった。
あの結婚式の日のベルと私の提言は受け入れられた。それで
「大丈夫だよ。お疲れ様。すぐには慣れにくいだろうけど、できることは何でもするとその人に伝えておいて。」
「了解だぜ。」
リドさんはそう言うと
それにしても質問に次々と答え指示を飛ばしていくベルはかつての以上の頼もしさを感じさせてくれた。
今やベルも30代という一番力が満ち溢れた年頃。その頼もしさは当然であるかもしれない。かつてのような可愛らしさも少々は残しているもののその表情はより精悍になりカッコ良さや威厳を普段から醸し出すようになってきていた。
当然そんなベルを私は愛しているが、可愛らしいベルが少々懐かしい…なんて思う時もある。
同時にベルがここまで成長できたのはベル自身の努力のおかげではあるがそれだけではない。
アーニャ、ラウルさん、アイズさん、命さん…数多くの方々がベルを支えてくださっている。そのため数々のファミリアが派閥連合として遠征に共に出向いた仲間としてこの場にいる。
今ではベルは数々のファミリアの派閥連合を束ねる長。
今やベルの率いる派閥連合はファミリアという垣根を越えて一つになっていた。それは未だかつて神々でさえも成し遂げたことのないこと。
ベルは英雄になっていた。
そしてベルが英雄になれたのは仲間たちの支えと信頼のおかげ。
その支えと信頼に私は改めて心からの感謝の念を抱いた。そしてそんな人々の支えと信頼を引き出す徳を持ったベルに強い誇りを抱いた。
…ただなぜだろうか?なぜこうも女性ばかりベルの周りにいるのだろうか?確かにアイズさんを始め私がベルを支えてくださるように依頼を出したのは確か。けれど…
「ベール様!もうここはリリ達がやっておくのでもう【竃火の館】に帰ってくださって結構ですよ。」
考え事をしていると羊皮紙を片手にアーデさんがベルと同じように指示を出しながらそう言う。ベルは首を傾げる。
「え?どうして?リリ?まだやることは終わってないよね?」
そうベルが疑問を述べるとアーデさんは大きく溜息をついた。
「はぁ…ベル様?確かにやることは終わっていません。ですがもうベル様は別のことに関心が向きかけてるのではないのですか?」
「別のこと?一体どう言う…」
「ベル様。もしお気づきでないならば、リリがお教えしましょう。今ベル様はどういう状況ですか?」
「それはみんなに指示を出しながら…」
ベルのアーデさんの質問への回答はそこで途切れた。
私も同時に気づかされる。
その回答の続きは…
私を抱きしめ続けている、だったのだから。
自然と抱きしめ合っていたため互いに違和感を感じていなかったため、特にベルはアーデさんの指摘に硬直する。
「…全く。息をするように愛し合うのは結構ですよ?現に冒険者の名声より幸せな結婚生活の方が欲しいって方が特に女性に増えてきて、リュー様の平和への願いが広がっているのは事実なんですから。ですけど今この状況では少々お邪魔なんです。特に独身のリリ達には!」
「そうニャ!イチャつくなら部屋で二人だけでするニャ!」
「まぁ…自分も見てられないな…とは思うっす。」
アーデさんにアーニャ、さらにラウルさんまで愚痴を零す。それに私もベルも身を縮ませるしかない。
「…みんなそんなにベルとリューさんを責めちゃダメだよ…」
ここで私達を擁護してくれたのはアイズさんだった。どうやらダンジョン行きは諦めてくれたらしい。
「絶対に…ダメ。ベルとリューさんを引き離したら大変なことに…なる。」
そのアイズさんの言葉にベルと私を含めた周囲は凍りついた。
それは誰もがある十数年前の出来事を思い出したからだった。
「…そうですね。やっぱりお二人にはイチャイチャしていてもらいましょう。その方が精神的にまだ落ち着くかもしれません。」
「…そうニャ。もうあんなこと御免にゃ…」
「…そうっすよ…ほんと思い出すだけで背筋が震えるっす…」
先程には愚痴をこぼした三人までアイズさんの言葉に同意する。
それほどの出来事とは何か。
それはベルと私の夫婦喧嘩である。
発端はベルにも私にも…あえて言うと私に多くはあったと言える。
結婚以来
その結果はベルと私の関係の疎遠。倦怠期とは言えなかったとは思うが、それでも結婚前ほどの緊密さは失われていた。
そこに平和が訪れて娯楽に飢えた神々がつけ込んできたのだ。
最初のうちはベルとシルが私に内密にファミリアを動かして処理していたらしい。だがそれを悪知恵を働かせた神が私にその事実が伝わるように手を回した。
それに私はベルとシルの行為が平和を乱す行為だと確信してしまい詰問した結果ベルと私の関係は不幸にも最悪のところまで冷え込んでしまうだけでなく、その行為の正しさを信じるベルとの夫婦喧嘩にまで発展してしまう。
それもベルも私も背負う物があまりにも多くなりすぎていた。ただの夫婦喧嘩では終わらなかったのだ。
ベルの行為に協力してきたアイズさんを筆頭とした第一級冒険者がベルの擁護に動く。
それに対してオラリオとの平和的関係の維持を望む周辺諸国は私の支援に動く。
そうなればもはや夫婦喧嘩ではない。世界中を巻き込んだ戦争である。
まさに娯楽を望んだ神々の思う通りに事は運んでしまったのだ。
だがその最悪の状況にベルも私も当然危機感を抱き、これ以上の意見の衝突と関係の悪化は平和を完全に破壊する愚行だと悟った。それですぐさま別居状態に陥り録に会うこともなかった中互いに対話を申し込んだ。
その対話でベルも私もじっくり話し合うことと相手への理解をもって妥協へと持ち込む。
私はベルのやり方を一程度容認しなければ平和は維持し得ない、ベルの影での働きがあったからこその私の汚れなき平和が生まれたと認めた。
ベルは私に内密に動いたことが神につけ込まれる原因になったと認め、情報の共有をきちんとすると宣言した。
そして二人の同じ過ちを繰り返さないための取り決めを二つ成した。
一つは二人の時間を結婚前並みに戻すこと。互いに背負う物が多い以上割ける時間が少ないにせよできるだけ共にいようと誓い合った。
もう一つは誓いの証として行う『夫婦の共同作業』。それは速かに実施された。
ベルは仲間達を集めると戦争へと誘導した神々のファミリアに急襲をしかける。第一級冒険者を数多く仲間に持つベル達にそんな神々のファミリアなど足元にも及ばず一網打尽にされる。
そしてベルと私は『共同作業』と称して二人で共に一人ずつ謀略に携わった神々の首を跳ねて天界に強制送還した。
神の命を奪うことは禁忌なのは当然知っていた。復讐に飲まれていた時期でさえしなかったこと。そしてそもそも私は武器を二度と取らないと誓ってもいた。
だがあえて私はその全てを黙殺した。
それは痛みを自分の心に刻みつけて、過ちを繰り返さないため。私の無思慮が治安を乱し平和から遠ざけ、何よりベルと関係を悪化させると言う最悪の展開を引き起こしてしまったのだから。
私は神々の血を浴びながら誓いを新たにした。
そうしてベルと私の世界を巻き込んだ夫婦喧嘩は幕を閉じた。
今はもう平和が戻っている。だが平和の脆さを私は気づかされてしまった。
さらに今皆を見て分かる通り、あの時私達は多くの人の心に傷を残してしまった。そんなことも気づいてた。
「…すみません。私達はあの時多大なご迷惑を…」
私は俯いて自己満足としか言えないかもしれない謝罪を口にする。
「…別にリューさんだけが悪いわけじゃないから。私だって…リューさんの気持ちも考えずに動いてた。」
「…【剣姫】の言う事は間違ってないニャ…ミャーなんて最初は二人の喧嘩を面白半分に見てたニャ…リューだけが悪くないニャ…」
私の謝罪にアイズさんもアーニャも複雑そうな表情でそう答える。ただアイズさんはその言葉に付け加えた。
「私は…同じ間違いを繰り返したくないって思ってる。だから私は二人に言うよ。私達のことは気にせずイチャイチャしてて。二人がイチャイチャすれば、問題は一切起こらない。」
「そうです!リリ達のことはお気になさらずイチャイチャしていてください!リリ達はリュー様とベル様がいなきゃ何もできないというわけではないのですから!だからリリ達に任せておいてください!」
…今本来すごく嬉しく頼もしいことを言われているはずなのだが、イチャイチャが連呼されているせいもあり、それらをとても感じにくい。…というか微妙に居心地まで悪くなる。それはベルも同じようで複雑そうな表情を浮かべる。
「…じゃあみんなに任せればいい…のかな?」
そうベルが戸惑いがちに尋ねるとみんな揃って一斉に頷く。
「うん…それでいいよ。私がずっと見張っといてあげるから…だからベルの望み通り私はダンジョンに行くのをやめる。」
「大丈夫ですよ。後始末の指揮はリリにお任せください!慣れているので問題ないです!」
「そうニャ。リュー達はミャー達の言うこと聞いて大人しくイチャイチャしてればいいのニャ。できればミャーの視界に入らない場所でがいいニャ。」
…口々にみんながそう言うのでベルは除け者ににされた雰囲気で複雑だが、みんながそう望むなら、そしてそうした方が同じ過ちに繋がらないのなら、とベルと私は顔を見合わせた後先に帰らせていただくことにした。
「じゃあ…みんなよろしくね?」
「ではお先に失礼します。」
私達はそう告げて立ち去ることにした。…その時になって私達がようやく抱きしめ合うのをやめたので小さなため気が聞こえたような…気もした。
そうしてその場を立ち去ろうとすると何故か走ってくるシルの姿が目に入った。
「ちょっとリュー!どうして勝手に【星屑の庭】からいなくなってるのー!」
シルが走りながらそう叫ぶのを聞いて、私はびくりと肩を跳ね上げた。そんな私にベルが不思議そうな顔を浮かべる。
「…まさかシルさん達に伝えてなかったんですか?」
…図星だった。
「…だってシルにベルとイチャイチャする姿を見せたくなかったので…」
そうボソリと告げるとベルは意地悪い笑みを浮かべる。…私はすごく嫌な予感がした。
「別にいいじゃないですか!一ヶ月遠征で会ってなくても僕達が仲睦まじい夫婦のままだと証明してみんなを安心させるために!」
そうニヤつきながらベルは私の手を恋人繋ぎで握ってピッタリと肩が当たるくらいまで近づいてきた。もちろん抱きしめ合うよりは密着していないのだが、先程は顔見知りに囲まれた状況だったのに今は気づけば色々な人の視線が集まっている。
「ベッ…ベル!?はっ…恥ずかしいです!」
「何を今更!何ならもっとみんなに見せつけましょう!」
ベルはもはや半分自棄半分調子に乗っていた。
この後シルに散々からかわれたのは言うまでもない。
そしてそんな私達の姿に平和の継続を安堵する人も少なからずいた…そんなことを付け加えておきたい。
これが大体のベルの今です。世代交代後の現役の中の指揮官的立ち位置にいます。レベルとかは御想像にお任せします。
そしてほんとは書く予定だった夫婦喧嘩編のダイジェスト。…長期化するのを懸念して外しました。まずやり始めたら終わらない上にドロドロの昼ドラにしないと面白くないとなると書ける気もしなかったの…
次回はリューさんの今です。もう二話後日談を続けるつもりです!
あと近日ちょっと気が早いですが、次回作予告を上げます。アンケートも設けるので是非ご投票ください!