『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
「それでは定例の会議を始めましょう。」
シルさんの司会で会議が始まった。
会議とはリューさんの主催するオラリオのダンジョン探索以外を司る商会やファミリアなど諸々の長が集まってオラリオの問題を協議する場である。参加者は五十人近くに達している。
執り行われている場所は【星屑の庭】。僕はダンジョン探索の情報も必要だと定期的に呼ばれているのだ。…ただリューさんとのあの夫婦喧嘩以来僕が遠征に行かずリューさんがオラリオにいる時にしか会議が行われていないような気も…する。
そんな抱いた疑問はともかく定例の会議なので順番に報告を行なっていく。
「はい。では神会担当の私シル・フローヴァから報告をさせていただきます。現在近年の傾向通り地上に来られる神々は減少傾向にあります。さらに天界にお帰りになる神々が今月は5名出ました。娯楽好きの神はこれからも減っていくでしょう。これこそリューの平和を証明しているかと思います。」
シルさんはフレイヤ様の血を引いているということもあり、神々の言動を調査・監視する役割を負っていた。そこからの情報を基に僕が率いる仲間と内密の粛清を行なっていた結果リューさんとの大喧嘩に発展したという訳だった。
僕のしたことには後悔はないし、リューさんを守ることにつながったのは間違えない。ただリューさんに伝えた上ですべきだったとは今では思っている。だから今はきちんとリューさんと話し合った上で行うようにしている。だがあくまで手を下すのは僕達であり、あの時の『夫婦の共同作業』は例外だ。僕としてはリューさんの手を汚す事はあってはならないのだから。
「次にエルフ界担当、アリゼル・リヨス・アールブが申し上げます。ラキア王マリウス殿のご尽力もあり、エルフ社会とラキアは少しずつですが、友好関係を築きつつあります。ただオラリオが調停等に定期的に入らねば脆く崩れかねない危うさは担当官として今も尚感じるところではあります。」
アリゼルさんはハイエルフという出身を生かして、孤立主義的傾向を持つエルフ界との外交を担当している。アリゼルさんはあまり自身がハイエルフであることをよく思っていなかった節があるようだったが、リューさんの役に立つ機会だと奮起して自ら名乗りを上げてくれたのだった。
結果エルフ社会は少しずつ開放的になってきている。…リューさんが担当していたらこうも上手くいっていなかったかもとリューさん本人が言っていた事はアリゼルさんには内緒ということになっている。…アリゼルさんの尊敬するリューさんは暴力的で苛烈な暴走妖精ではなく高潔な色ボケ暴走妖精ということになっているのでイメージを崩したくないのだろう。僕の予想では。
それからは二人に続いて各オラリオ外の方面の担当している人が報告していく。その人達はみんな【アストレア・ファミリア】に結婚以降に加入した方々である。もちろん僕とシルさんの選抜のお陰で女性しかいない。ということでリューさんの周りには僕以外の男性はほとんどいないのだ。…これが僕自身の油断に繋がったのは否定できないけど、安心という意味ではすごく良かった。
この状況から分かる通り【アストレア・ファミリア】はオラリオの外交、紛争の調停などを数えきれない人々の支えで一手に引き受けている。つまりかつてギルドの権限を【アストレア・ファミリア】が握っているということだった。その移譲には対立が生じたけど、ギルドで昇進を続けていたエイナさんのお陰でギルドは冒険者のサポートのみに徹するということで決着をした。今ではエイナさんはギルド長としてこの会議に共に参加している。
ぼんやりと僕は報告を聞いているとオラリオの内政に携わる人たちの番が回ってきた。ギルドの権限が縮小した結果それらも【アストレア・ファミリア】の管轄になっていたのだ。
「農業担当【デメテル・ファミリア】団長ルノア・ファウストから報告させてもらうよ。今年はちょっと豊作になりそうだね。盗賊も出ないし今のところは順調と言ったところだよ。」
「次は漁業担当【ニョロズ・ファミリア】団長クロエ・ロロが報告するニャ。メレンに出現してた海中のモンスターはベル達の協力のお陰で減ってきて、安全に魚を釣れるようになってきたニャ。まだ漁獲量を増やすとかそういう段階にはニャイけどミャー達漁師の収入は少しずつ安定していきそうニャ。」
ここで報告を行ったのはルノアさんとクロエさんだった。僕たちの結婚前後に『豊穣の女主人』から恩恵を頂いていたファミリアに移って活動を重ねた結果今では二人とも団長になっていた。
神界担当のシルさんに農業担当のルノアさん、漁業担当のクロエさん、さらに僕と共にダンジョンで戦ってくれているアーニャさん。
オラリオの運営を支える重鎮とも言える人達はみんなリューさんの『豊穣の女主人』の同僚の皆さんで固められていた。その上【アストレア・ファミリア】の新団員の一部も縁故もあって『豊穣の女主人』の元従業員が加入していた。確かにリューさんと親しい人達が中心になるのは普通なのかもしれない。
…ただ妙に巧妙に役割分担が成功している状況にある疑惑が生じていた。
リューさんを含めてみんな『豊穣の女主人』の元従業員、つまりミアさんの下で働いてきた人達。
そしてそのミアさんは【フレイヤ・ファミリア】の元団長。
…実はミアさんこそオラリオの平和の基盤を築いたのではないか…と。
僕も正直間違っていない気がする上に当のリューさんが否定しようとしなかった。よってその疑惑を真実と受け止める人も多い。
ということで今のオラリオで主導権を握っているのはミアさんの教え子達、通称『ミア・チルドレン』である、と。そして『ミア・チルドレン』とその師匠たるミアさんを敵に回してはならない、と。
そんな噂まで流れるものだから『豊穣の女主人』はご機嫌伺いやらで以前以上に大繁盛して今やオラリオ一の酒場になっている。
そしてミアさんの圧倒的破壊力も今も健在。…夫婦喧嘩後に痴話喧嘩で世界を混乱に陥れた僕とリューさんが仲良く半殺しにされたのは今でも忘れない。…その痛みが僕とリューさんが同じ過ちを忘れないようにするのに役立っていると考えれば感謝すべきだとは思うが。
そんなことを思い返しているとどうやらほぼ全員の報告が終わろうとしているようだった。
「最後に治安担当【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマから報告させてもらう。まず犯罪件数は減少傾向にあるのは変わらずだ。リューの呼びかけのお陰だと考えられる。…ただ相変わらず相反する苦情が届くのを我々では如何様にも処理できないのだが…」
そうシャクティさんが口籠ると会議の空気が一気に弛緩してため息を吐く人まで出る始末。
…正直これがいつもの会議の光景。治安という最重要事項を最後に回しているのは要はいつもこの問題に難儀して会議が停止してしまうからだった。もう詰まるのが分かっているので差し迫った案件がない時にしか触れられることもなくなっていた。ただこの問題への注目度は常に高いため、余裕があると触れることが多かった。
ここで今まで報告を聞いてメモを取り、たまに質問を挟むだけだったリューさんが口を開いた。
「…シャクティ。今月の苦情数とは?」
「…苦情数は500件以上。好意的なものと批判的なものが半分ずつくらいだ。」
「…いつも通りですね…それで内容は?」
「…それを聞くのか?いつものだぞ…」
「…やはりベルと私に向けられたものですので…苦情を述べられる側として聞かなければ…」
…そう。僕達に向けた苦情なのである。その苦情は言うなれば結婚前には少々現れていて、夫婦喧嘩後は特に激増した苦情だった。シャクティさんはわざとらしく大きく溜息を吐く。
「…分かった。つい先日まで遠征に出向いていた結果への評価だ。まず好意的なものから。『イチャイチャを見ずに済んでストレスが溜まらずに助かりました。』『独身の身でお二人は目に毒なので遠征中は気分が沈まずに済みました。』『今月イチャイチャを見ずに済んだお陰でなんとか人生に絶望せずに済みました。ありがとうございます。しかし結婚したいです。』」
「「「「………」」」」
誰もが口を閉ざす他なかった。
その問題とは僕とリューさんが外でイチャイチャしてもいいかという問題である。もはや僕達がいるだけで社会問題が発生するという僕達の影響力の大きさに驚愕すると同時にすごく気分が複雑になる状況…
そんなに苦情が来るならやめればいいとなるわけだが実際はそうも言えないのだ。
「そしてここからが批判的なものだ。『今月は遠征でお二人のイチャイチャを拝見する機会がありませんでした。残念です。』『遠征で距離が離れた結果お二人の関係が疎遠になる…みたいなことはありませんよね?とても心配です。』『今月はかつての世界危機を思い起こされました。お二人の仲睦まじい姿を見なければ不安で不安で仕方ありません。』」
「「「「………」」」」
…要はこのせいである。
僕達がイチャイチャすると不満を抱く人が多くいる一方僕達がイチャイチャすることを望む人もいる…途方もなく本来不可思議なジレンマである。
これが上に立つということなのか…上に立つということはそれほど色々なものを背負わないといけないのか…と改めて気付かされた僕達であった。
そしてこのジレンマはどうしても解消できないのだ。
まず不満を抱く人というのは恐らく僕達が外でイチャイチャしていることに驕りのようなものを感じているのだと思う。その驕りへの不満が権力の集中への不満、僕達が築き上げた秩序への不満に繋がっているのだろう。その結果僕とリューさんの関係を悪化させるために暗躍した神々に協力するなどして平和を乱す存在になり得た。そうした彼らの行動はかつての
だが一方僕達がイチャイチャしていることを望む人の記憶にあるのは以前のあの僕達の夫婦喧嘩。当時の僕とリューさんは別居状態に陥るほど関係が冷え切っていた。その結果僕とリューさんの夫婦喧嘩はお互いを支持する人達の抗争一歩手前まで発展した。それもリューさんを支持したのがリューさんに平和に導いてもらった国々まで含まれるからオラリオを越えて世界規模の抗争である。
僕達の対話のおかげで未然に防がれたが、もはや世界危機と言っても過言じゃなかった。ただでさえ対話前にも小さな抗争が各地で起きて少なくない犠牲者が出ていたのに、もしそんなことが起きれば悲惨な結末しか待っていなかっただろう。それは僕とリューさんを含めて多くの人の心に刻み込まれていると思う。
そんなことが再び起こる恐怖を解消するには僕達の仲が親密に保たれていることを示し続けて、安心してもらうしかない。できなければ、恐怖から治安が乱れることも懸念される。だからイチャイチャが必要になるのである。
ということでどちらかを怠っても積極的に行っても平和が乱されるという頭を抱えるしかない状況に僕達は置かれてしまっているのである。
「…それで私とベルはどうすればいいのでしょうか?」
そう複雑そうな表情を浮かべながらリューさんは呟く。だが誰も答えられない。するとリューさんは誰も答えないのを見ると続けて言った。
「やはりありきたりですが、ベルとの親密な関係を誇示することと押し隠すことのバランスを取るしかない…ということでしょうか?」
そうリューさんが言うのに僕は賛成する。
「やっぱりそう思うよ。バランス大事だからね。」
「そうベルは言いますが、ベルは親密な関係の方に傾斜しがちじゃないですか?…私の意志を無視して外でキスしたり…」
リューさんが不機嫌そうに呟くので僕は少し不快に思って言い返す。
「そう言うリューさんは全然僕の相手をしてくれない時だってあるじゃないですか。僕リューさんともっとそばにいたいのに…リューさんこそ押し隠すことに偏りすぎです。」
そう言い返すとリューさんは不快感を露わにする。だが僕の言い分に間違いはないと思っているので負けじと見返す。
「ちょ…!ストップ!リュー!ベルさん!喧嘩はダメ!!!」
そんな時シルさんが悲鳴を上げるように睨み合う僕達を制止する。
「シル…私は…!」
「シルさん…僕は…!」
言い分が負けていると認めたくない僕達は同時にシルさんに抗議しようとするが、慌てた様子のシルさんんは叫ぶ。
「二人とも!一回落ち着いて周りを見て!」
そう言われて僕もリューさんも辺りを見渡すと見えてきたのは不安そうな表情を浮かべるみんなだった。
その時になってようやく僕もリューさんも過ちに気付く。
…前もこうやって僕とリューさんはすれ違いを起こしたのだった…と。
お互いに気まずそうな顔を見合わせたらもう出てくる言葉は決まっていた。
「ごめんなさい…リューさん…ちょっと冷静さを欠きました…」
「私も…すみません。ベル。私も冷静ではなかった…」
僕達が謝罪を口にするとシルさんはホッとしたように息を吐く。
「…もぅ。二人とも後できちんと話をつけておいてよ。ベルさんもリューもバランスが大事だと言うけど、それが一番難しいのは誰にとっても一緒。武力と交渉の使い分けだって同じなんだから…二人ともそれはあの時重々理解したでしょ?」
「「はい…」」
僕は重々しく頷きながら視線を落としてしまう。…あの時の夫婦喧嘩だって要は武力を過度に用いた僕と交渉を過度に重視するリューさんが意見を衝突させたから起きたんだ。今もまた同じように意見を衝突させてしまった。…残念なことに僕もリューさんも学習能力が微妙ということか…
「そう凹まないで。二人とも。ベルさんとリューなら大丈夫。だってね。二人は夫婦なんだもの。」
そんなシルさんの言葉に僕は思わず顔を上げるとシルさんは笑みを浮かべていた。
「二人は夫婦。そうは言っても夫婦でも完全に分り合うのは難しいよ。というか完全なんて無理。だけど二人は夫婦なら支え合うことができる。補い合うことができる。ならあの時みたいに二人が話し合った上で役割分担をすればいいんじゃないかな?」
「役割分担…ですか?」
リューさんがシルさんの言葉に疑問を述べる。それにシルさんが答える。
「そうだよ。例えばベルさんが積極的に迫る担当。そしてリューはそれを押し留める担当。それで二人で駆け引きをするの。駆け引きをするってことはお互いの気持ちをできるだけ考えないといけない。考えないと思い通りにはことは進まないからね。そうして駆け引きをしながら問題のないことと嫌なことをお互いに理解していくの。」
シルさんの提案からすると僕とリューさんの立ち位置は変わらない。ただ要はお互いのことをもっと考えて行動しろ…ということなのだろう。…僕もリューさんにいつもいつも不意打ちでキスしたり抱き締めるのはリューさんが嫌がるからやめた方がいいかもしれない。
「なるほど…要は私はベルが私に愛情を示したいと思うタイミングをきちんと予測、理解して…」
「僕はリューさんが嫌だと思うタイミングを分かるようにすればいいんですね?」
そう二人でシルさんに尋ねるとシルさんはコクリと頷く。
「要はそういうことなの。全くリューもベルさんももういい歳なんだから私が教えなくてもいいようにしてよね!」
「「うっ…」」
シルさんの指摘に僕もリューさんも言葉をつまらせる。すると小さく笑い声が漏れた。…どうやら僕達が硬化させてしまった雰囲気がシルさんのお陰で少しだけ和らいだようだ。…いつまでも僕もリューさんもシルさんにお世話になりっぱなしな気がする…
「それに明日にはグランド・デイなの二人とも忘れてない?二人がギスギスした感じだと出席してる人達に不安が広がっちゃうからそれだけは絶対にダメだよ?」
「…それも…そうですね。というか…グランド・デイは私達の結婚記念日でもありますし…」
「うん。暗い雰囲気のまま迎えるわけにはいかないよね。大切な結婚記念日なんだし。」
そう。明日はグランド・デイ。つまり僕とリューさんの結婚記念日。この日に間に合うように僕は遠征の日程を立てていたのだ。だから今年もリューさんと一緒に結婚記念日を過ごせるというわけだった。
「ということで明日は式典が終わったらお二人でゆっくりしていいように取り計らっておくから心配しないでね?あと言い忘れてたけど、私達みんなのこともきちんと頼ること。リューもベルさんも一人で色々抱え込みすぎなんだよ!私達が二人の背中を支えてるってことを忘れちゃダメなんだから!」
シルさんの言葉に他の人も頷いて見せてくれる。言うまでもなく僕達は多くの人に支えられて今この立場にいる。それを改めて実感させてもらった気がした。僕はそんな皆さんに感謝が絶えない。
「ありがとうございます。皆さん。これからもお願いします。」
「私からも感謝を。非力な私達をここまで支えて頂きありがとうございます。」
そう礼を言うと頭を深く下げる。
「さてリュー。グランド・デイに向けて何か一言お願いします。それで今日の会議はお開きにしませんか?」
そうシルさんが提案するとリューさんは周囲の反応を確かめるとお開きでもいいという雰囲気を感じ取ったようで小さく息を吸うと話始めた。
「明日はグランド・デイです。それは私達の今のオラリオを象徴するとても大切な式典であります。滞りなく厳粛に式典を挙行できることがオラリオの平和を何よりも誇示できることになりましょう。その場において私達は決意を新たにし、平和へ向けてさらに邁進していくのです。まだまだ平和への道半ば。これからも手を携えて平和を勝ち取りましょう。」
リューさんの決意の込もった宣言をもって会議はお開きとなった。
明日はグランド・デイ。
生まれ変わった式典を挙行するようになってもう20年。
そして僕とリューさんの結婚記念日としてはもう20回目。
何度挙行しようとその式典が一年のうちで僕とリューさんの夢にしても僕とリューさんの関係にしても大切なのは変わりない。
どうか何の問題もなく1日を過ごせますように。
僕は心でそう願った。
アンケートご協力ありがとうございます!
今色々検討中ですのでもうしばらくしたら活動報告に今作連載完結後に関して上げようと思います。
あと一話です!最後まで是非ご覧くださいね!
あと感想も頂けたら嬉しいです!