ムース1/2   作:残月

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憑依した日

 

 

こうして久し振りに日記を読み返すと如何に自分が異常な状態に置かれていたか……否、置かれているかが分かる。

俺は死んだらしい。そして漫画の世界に来たらしい。

何故それを知っているかと問われれば目の前の人物を知っているからだ。

 

 

「勝負だ!」

「やれやれ、何度目だろうな……お前と戦うのは!」

 

 

目の前の少年、早乙女乱馬と戦うべく俺は構えた。そう、この光景が日常となる切っ掛けは今から10年以上も昔に遡らなければならないのだ。ただの男子高校生だった俺が数奇な運命に巻き込まれた日の事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

バキィと左頬を殴られた感覚に俺は目を覚ます。何事かと目を開けたのだが視界がボヤけて良く見えない。

 

 

「やっぱ男は弱いネ」

「ド近眼の奴だしね」

 

 

左頬が痛いと同時に、周囲から恐らく俺をバカにしているであろう声も聞こえてくる。

 

 

「やっぱり弱いネ、お前。これで終わりヨ!」

 

 

視界がボヤけたままで見えないが前方に居るであろう人物が迫ってくるのが分かる。何も分からんまま殴られるのは癪だから、取り敢えず動きを止めねば。目の前の人物は声からして女の子である事が判明した。

 

ギリギリまで引き付けて、拳が見える範囲に入ったら避ける。見えない以上こうやって避け続けるしかない。相手が疲れて動きが止まったら話を聞かせてもらうとしよう。

 

 

「な、なんだアイツ、急にシャンプー様の拳を避け始めたぞ」

「さっきまであんなに食らってたのに!?」

 

 

周囲がざわついている様だが俺はそれどころじゃない。つか、シャンプー様って?

 

 

「いい加減に……沈むネ!」

「うおっ……とっ!」

 

 

あ、ヤベ……目の前の娘があまりの剣幕と共に俺の袖を掴んで殴ろうとしていたので、咄嗟に避けて更にがら空きだった首筋に肘を叩き込んでしまった。

悲鳴と共にドサリと地面に叩きつけられる音が聞こえた。ヤベーよ咄嗟の事だったから、かなり綺麗にカウンターが入っちまった。

 

 

「だ、大丈夫か!?」

「私は……まだ負けてないネ!」

 

 

あまりに綺麗に入ったカウンターに心配して女の子に駆け寄ろうとしたら、逆にカウンターを入れられた。先程とは逆に右頬に拳が叩き込まれる。

 

 

「へ……ぶ……」

「え……きゃん!?」

 

 

意識が遠退くと同時に、可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫か!?」

「あー……痛ててっ」

 

 

誰かに呼ばれて目を覚ますと知らない天井……と言うか天井もボヤけて見えなかった。俺、眼鏡してるけど、こんなに視力落ちてない筈なんだけどな……手探りで眼鏡を探していると「ほら、しっかりしろ」と眼鏡を手渡された。ありがとうございます。

だが、手渡された眼鏡に違和感を感じる。俺の眼鏡って丸眼鏡じゃなかったんだが。仕方ないと丸眼鏡を掛けてみると、まったく知らない部屋だった。

呆然としていると先程の男性から声を掛けられる。

 

 

「しっかしムースも強くなったんだな。まさかシャンプー様に勝ってしまうとは」

「アナタ、まだ勝ったと決まった訳じゃ……」

 

 

やたら美形の顔つきの男性と瓶底眼鏡を掛けた地味目の女性が俺を見ながら会話しているが、俺の頭には入ってこない。いや、ちょっと待って……さっきからシャンプーとかムースって……

 

 

「どうした、ムース?」

「まだ傷が痛むのかい?」

「ああ……まだちょっと痛いかな」

 

 

男性と女性は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。俺はまだ少し傷が痛むと言いながら辺りを見回して……絶句した。窓ガラスに反射して見た姿に。

そこには男性と女性の他には後一人しか映っていない。

 

写し出された姿は俺の好きな漫画の登場人物の幼い頃の姿に違いなかった。

 

 

俺、ムース(三歳)になってました。


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