元々の俺は高校二年生の只の学生だ。
少し目が悪く眼鏡を掛けていたが運動神経が悪い訳ではなく、寧ろ空手を学んでいた。
趣味は読書。ジャンル問わず漫画や小説が好きで特に『らんま1/2』はお気に入りだった。アニメのDVDも買い集めた程だ。
そんな俺は今現在……
「ムース、修行に行くぞ!」
「わかったよ……親父」
中国、女傑族の村でムースとして生きています。ガチな戦闘民族なのだと日々実感してます。
ムースとして覚醒した日から数日が経過した。
何ゆえにムースになったか定かではない。原因を調べようにも調べようがない。
『俺、元は日本人で漫画のキャラに転生したから此処に居るんだ』と迂闊に言おうものなら精神科の病院に送り込まれるだろう。この村に精神科の病院があるかは別として。
目覚めた当初、何かの間違いか夢だと考えていたがそんな事もなく寧ろ此処が『らんま1/2』の世界だと確信を得てしまった。
まずアニメで見たシャンプーの幼い頃と姿が一致。女傑族の名も聞き、俺自身がムースと呼ばれて姿も同じだったからだ。極めつけはシャンプーの曾祖母であるコロンの存在だ。まんまだよ……アニメや漫画で見たまんまの姿と喋り方だった。原作のムースが『猿の干物』と揶揄していたのが非常に納得できた。
目覚めて最初に会った男性と女性はやはりムースの両親だったらしく、父親の方は原作のムースの眼鏡無しがダンディになった様な容姿で、逆に母親はムースの特徴でもある瓶底眼鏡をしていた。ムースの近眼は母親譲りだったと判明した。
疑問に思ったのだが女傑族の名前は色々と変だ。
原作のムースやシャンプーは言わずもがな……ムースの親父の名はワックスで母親がトリートメント。シャンプーの一族に至っては曾祖母コロン、祖母コンディショナー、母親コスメ、父親フレグランスと整髪剤とか香水関係の名前ばかり。正直ナメてんのかと言いたくなるラインナップだ。しかも当て字の中国語でナチュラルに読める様になってるし。
ドラゴンボールの食材関係の名前と同じに見えてきたわ。
そんな事を思いながら親父との日々鍛練に勤しむ。ムースは暗器の使い手でそれは父親から学んでいたのか父親も暗器と言うか武器使いだった。特にトンファーが得意だったみたいで暗器の中にもトンファーを仕込めと薦められた。トンファーって暗器の部類なんだろうか?でも原作のムースもオマルを武器として使ってたし何でも有りなんだろう。
修行を終えて一休みしてると背中をバシンと叩かれる。振り返れば不満顔のシャンプーが睨んでいた。
「もう修行サボってるか。軟弱ネ」
「一区切りついたから休んでるんだよ。サボってる訳じゃないって」
なんて会話をしてるとシャンプーは俺の隣に座る。
「いいか、私と引き分けた奴が軟弱だと私が困るネ」
「アレはまだ勝ち負けが決まってないと思うんだけどなー……親父たちも連日話し合いをしてるみたいだし」
そう、俺が憑依してしまった日の戦い。あの日、実は女傑族の小さな子供達の武道大会の日だったのだ。そして決勝戦で戦っていたシャンプーとムース。戦況はシャンプーが圧倒的に有利だったが俺が憑依してしまった為にムースの逆転劇が起こってしまった。
そしてシャンプーがカウンターで俺の頬に拳を叩き込んだと同時にムースの袖に仕込んでいた暗器が溢れ落ちてシャンプーの頭に直撃。二人揃って気絶した為にダブルノックダウンとなってしまったのだ。
此処で話がややこしくなったのだ。
『シャンプーが優勢だったからシャンプーの勝ちだ』と主張する者がいれば『ムースの逆転劇は素晴らしい』と言う人がいる。他にも『先に気絶したのはシャンプーだ』『ムースの暗器が偶々当たっただけだ』と当人達そっちのけで大人が盛り上がってしまっているのだ。
余談だがムースが勝ったと主張している筆頭は親父で逆にシャンプーが勝ったと主張している筆頭は女傑族の族長コスメ。つまりはシャンプーの母親なのだ。
因にシャンプーは自分の勝ちを主張していたが、気絶させられたのも事実なので俺に勝ちを譲る気はないので『引き分け』としたい様だった。それからと言うものシャンプーは事ある毎に俺に突っ掛かってくる様になった。原作みたいに冷たくあしらわれるよりかはマシと思いたい。
だが、それとは裏腹に俺は少々焦っていた。『シャンプーと引き分けた』これがネックなのだ。
何故ならば原作だと『ムースは三つの頃にシャンプーに負けている』からだ。女傑族の掟で『女に負けた男はその女を嫁に出来ない』と言う掟が存在する。原作のムースは『三つの頃にシャンプーに負けてしまった』から婿としての資格を失い、シャンプーに長年冷たくあしらわれる事になってしまうのだが今の俺は『シャンプーと引き分けた』つまり、この段階で原作と話がズレてしまっている。
それ即ち『乱馬との勝負に負けたシャンプーが掟に従って乱馬に求婚する』と言う話が変わってきてしまうかもしれない。そうなってくると今後の話にも影響が出てきてしまうのでは?と思ってしまう。
そもそも俺はシャンプーに負けた訳じゃないからシャンプーを嫁にする資格を持っている事になる。
「何、私を見つめてるか」
「ん、ちょっと考え事」
そんな事を考えながらシャンプーをジッと見つめていたら睨まれた。
「ふん、そうやってボーッとしてるがいいネ。次は私が勝つのだから」
「うん、気を付けるよ」
鼻を鳴らしたシャンプーは立ち上がって行ってしまう。そんな仕草が背伸びをして無理をしてる子供みたいで思わず微笑んでしまう。
まあ、実際に今のシャンプーはまだ三歳だし子供みたいって言うか子供なのだが。俺も今は三歳だが元は高校生なので幼い妹を見てる気分だ。
そんな俺の笑みが気に食わなかったのかシャンプーはそのまま行ってしまう。
怒らせちゃったかな?