本日は夏祭り。シャンプーと一緒に屋台を楽しもうかと思っていたのだが、婆さんとシャンプーは近隣のラーメン屋組合でお化け屋敷をする為に不在だった。俺もそっちの手伝いをしようかと思っていたのだが、俺はリンスを連れて屋台を回ることになった。
「ムース兄様、凄いです!」
「ほら、口の回りにソースが付いてるぞ」
リンスは初めての日本の屋台にはしゃいでいた。本当ならリンスも学校の友達と来るべきなのだろうが現在は夏休み。即ち、学校も休みなので、リンスが学校の友達を作るのは当分先となるだろう。そんな訳で俺はリンスと一緒に屋台を回っていた。
「あら、ムースにリンスちゃん?」
「あかねさん!」
「あかね、それに乱馬も……おや、デートだったか?」
リンスと屋台を回っていると声を掛けられる。振り向くと、浴衣を着たあかねと屋台を楽しみまくってる乱馬の姿が。
「デ、デートって違うわよ。乱馬が落ち込んでるから気晴らしにと思って……」
「とても落ち込んでる人間には見えないけどな」
「私よりも、はしゃいでますね」
俺の言葉に頬を赤くしたあかね。乱馬が未だに火中天津甘栗拳を会得出来ていないから気晴らしにと夏祭りに来たらしいのだが、リンスの言葉通り屋台を楽しんでいる様子の乱馬に火中天津甘栗拳を会得出来なくてツラいといった雰囲気は微塵もなく、寧ろ全力で祭りを楽しんでいた。
「楽しそうで何よりだ」
「男に戻るの忘れてんじゃないかしら?あれ、ムースはシャンプーと一緒じゃないの?」
「シャンプー姉様はお婆様と組合の出し物に出てるんです。お化け屋敷にいる筈ですよ」
あかねはシャンプーが一緒じゃない事に疑問を持った様だ。リンスが説明すると納得したようで、俺とリンスも乱馬達と一緒に祭りを楽しむ事となった。しかし、乱馬よ……女物の浴衣が似合ってんな、おい。
そんな事を思っていると、あかねが金魚すくいに挑戦するが何度やってもポイが破れて失敗してしまう。全部取れば無料と書かれており、何度もチャレンジするが、やはりダメ。
「馬鹿だな、あかね。不器用な上に力が入りすぎてんだよ」
「何よ、もう」
ここでチャレンジャーがあかねから乱馬に変わる。すると乱馬は一枚のポイで次々に金魚をすくっていく。その動きは実に滑らかで力を入れずにポイを壊さないように綺麗な動きだった。
「す、凄いです乱馬さん!」
「きゃー、全部捕ったらタダよタダ!」
「おう、任せろよ!」
リンスとあかねは乱馬の手際の良さに驚き、乱馬は喋りながらもペースを落とさずに金魚を全部、すくい上げた。しかし、ここで待ったを掛けたのは金魚すくいの屋台をしていたオッチャンだ。『全部取れたらタダ』と看板は出していても、本当に全部取られたら破産である。それを防ぐ為に次なる挑戦を叩き付けに来た。その名も『ピラニア掴み取り』。
しかもそれを素手で行えというのだ。出来なければ金魚は全て返却と中々に横暴である。周囲からブーイングが巻き起こるが、乱馬はピラニアの水槽をジッと見詰めていた。
「ピラニアが俺の手を噛む前に掴んで引き上げりゃいい……これって要は火中天津甘栗拳と同様のスピードが求められるって事だ!」
「そっか!火の中で熱さを感じる前に栗を拾うのとピラニアに噛まれる前に捕まえるのは同じだわ!」
乱馬とあかねは衝撃を得たかの様な顔をしているが、少し違うと思う。が、水は差さないでおこう。
「で、でも危ないですよ……乱馬さん」
「リンス、大丈夫だ。ピラニアって実は結構大人しいんだ。噛んでくるのは興奮した状態の奴だから水槽を揺らしたり、血でも水の中に落とさない限りは大人しいままの筈だ」
映画とかの影響で人食い魚としてのイメージが多いピラニアだが、実は観賞用のピラニアも居る。人に襲いかかるのは興奮した状態の奴とか血の臭いに反応した奴だ。変に刺激しなけりゃ大丈夫な筈。
「じゃ、スタートな」
「おい、待てやオッチャン」
そう言うや否や金魚すくいのオッチャンはナイフで自身の指先を斬ると血を一滴、水槽に落とす。血の臭いに反応したピラニアはバシャッバシャッと水槽の中で暴れ始めた。なんか、原作よりもハードルが上がった!?
「ハッハッハッ、出来なきゃ金魚は返してもらうぜ!」
「上等だ……やってやるぜ!」
高笑いする金魚すくいのオッチャンに乱馬の闘争心に火が付いたのか、乱馬はピラニアの水槽に手を突っ込んでピラニアの掴み取りを始めた。周囲から悲鳴が上がるが、乱馬は一匹のピラニアを掴むと素早く水槽から手を離しバケツに放り投げる。するとバケツの中には乱馬が素手で捕まえたピラニアがピチピチと跳ねていた。
「おお、凄い!」
「あの女の子、ピラニアを掴んでるぞ!」
ギャラリーも大いに沸いている。滅多に見れる光景じゃないからなぁ。
しかし、先程よりも乱馬の動きが鈍くなっていた。ピラニアに噛まれる恐怖心から動きが固くなっている様だ。
「乱馬、さっきの金魚の時の方が素早かったぞ」
「この状況で言うかよ!熱くない分栗よりもやり易いけど、噛まれるかと思うと怖いんだよ!」
俺が話し掛けると更にペースが落ちた。もう少し、助言してやるか。
「乱馬、さっきあかねに『力が入りすぎてる』って言ってたよな。それはお前にも言える事だ。人間、力を入れようとすれば動きは重く鈍くなる。素早く動きたいなら力を適度に抜いて、しなやかに動かさないとな。火の中の栗を拾う、ピラニアの水槽に手を突っ込む。どちらも恐怖だが、緊張や恐怖は人の実力を半減させるぞ」
「ムース……お前……」
俺は乱馬に助言を残して、リンスの手を引きながらシャンプーと婆さんが居るお化け屋敷に移動する事にした。
後は頑張れよ乱馬。
◆◇sideあかね◆◇
乱馬が火中天津甘栗拳を会得できずに落ち込んでるから気晴らしに夏祭りに誘ったら、スゴい喜んでくれた。
女のままだけど、はしゃいでる乱馬は元気が出たみたいで私も誘った甲斐があった。
乱馬と夏祭りを回っているとムースとリンスちゃんに会った。リンスちゃんは小さな浴衣を着て凄く似合っていた。シャンプーが羨ましいな。私も妹が欲しかったかも。リンスちゃんの保護者代わりとして来ていたムースも浴衣姿で、最近シャンプーに眼鏡を買って貰ったらしく、瓶底眼鏡じゃなくてお洒落な眼鏡をしていた。シャンプーに聞いたんだけど、ムースの視力を矯正するレンズって高かったみたい。それでもそんな眼鏡をプレゼントするなんて、ムースってシャンプーに愛されてるわよね。
「あかねさん!」
「あかね、それに乱馬も……おや、デートだったか?」
私が声を掛けると二人は振り返り、笑顔を見せてくれた。その後のムースの発言に私は慌てて否定する。
「デ、デートって違うわよ。乱馬が落ち込んでるから気晴らしにと思って……」
「とても落ち込んでる人間には見えないけどな」
「私よりも、はしゃいでますね」
ムースやリンスちゃんの発言通り、乱馬は凄いはしゃいでる。ああ、もう恥ずかしいんだから。
シャンプーが居ないことを疑問に思ったんだけど、シャンプーやお婆さんは組合の方の出し物に行っているらしく、少しムースに元気が無い様に見えた。
この後、どうせなら一緒に回ろうという事になって、私は金魚すくいをしたんだけど、上手くいかなかった。乱馬が代わりにやってくれると、乱馬ったら目にも止まらないスピードで金魚すくいをしていく。火中天津甘栗拳の特訓のおかげで乱馬のスピードやキレは以前よりも格段に上がっていたみたい。
その証拠に金魚すくいのオジさんがピラニアの掴み取りを挑んできても、乱馬は火中天津甘栗拳の特訓になるとピラニアを次々に取っていく。時折、噛まれている様だけど凄いわ乱馬。でも、そんな乱馬にムースが口出しを始めた。
「乱馬、さっきの金魚の時の方が素早かったぞ」
「この状況で言うかよ!熱くない分栗よりもやり易いけど、噛まれるかと思うと怖いんだよ!」
ムースが話し掛けて、乱馬がピラニアに噛まれてる理由が分かる。いくらなんでも恐怖心から逃れるなんて無理だわ。私なら怖がって、やる事も出来ないから。
「乱馬、さっきあかねに『力が入りすぎてる』って言ってたよな。それはお前にも言える事だ。人間、力を入れようとすれば動きは重く鈍くなる。素早く動きたいなら力を適度に抜いて、しなやかに動かさないとな。火の中の栗を拾う、ピラニアの水槽に手を突っ込む。どちらも恐怖だが、緊張や恐怖は人の実力を半減させるぞ」
「ムース……お前……」
ムースはそう言うと、袖から暗器……じゃなくてポーチに入った救急キットを私に渡す。
「ピラニアの掴み取りは上手くいくだろうけど、噛まれた所の手当てはしてやんな」
そう言い残して、リンスちゃんと手を繋ぎながらシャンプーやお婆さんと合流しにいったムースは、同年代ではなく年上の人に見えた。
乱馬はムースが言っていた通り、ピラニアを全部素手で掴み取ってしまった。これで火中天津甘栗拳の体得になったのね!
乱馬はそのままの勢いでお婆さんとお化け屋敷で対決し、無事に不死鳥丸を手に入れて総身猫舌のツボを治した。
こっちは後で聞いたんだけど、ムースったら『乱馬は既に火中天津甘栗拳を会得したから元の姿に戻してやってくれ。流石に同じ体質の奴があのままだと不憫だ』と、お婆さんに言ったらしいの。
お婆さんは万が一の為に不死鳥丸を別の物にすり替えようとしていたらしく、ムースが言ってくれなきゃ乱馬はまだ総身猫舌のままだったわね。
後日、乱馬に内緒でお礼を言いに行ったら、「乱馬の実力なんだから気にすんな」って言って頭を撫でられた。
シャンプーが長年、妹扱いに不満を感じていたって言ってたけど、少し気持ちがわかった気がする。
ムースって何処か年上の人に……東風先生みたいな、優しいお兄さんみたいな雰囲気なのよね。