△月○日
道場破りをした次の日に乱馬が猫飯店に来た。事情を聞くと天道道場の看板は守れたが勝負には負けてしまった事。玄馬さんや早雲さんの期待を裏切ってしまったと愚痴を溢していた。いや、その期待を潰す切っ掛けを作ったのが、その二人だと言いたくなるが我慢した。
これから負けない為に修行を更に積む決心をした事と、時折修行相手になって欲しいと頼まれた。猫飯店の仕事が無いときならと了承したが「良牙には頼まないのか?」と聞いたら「決闘なら兎も角、いつ帰ってくるか分からない奴に修行は頼めないし、良牙はライバルだから」と言っていた。良牙がライバルなら俺は?と聞きたくなった。
夕食時に聞いたのだが、シャンプーの所にはあかねが相談を持ち掛けに来ていたらしい。あかねも乱馬同様に凹んでいたらしく、今度から一緒に修行をするそうだ。本当に仲良くなったなシャンプーとあかね。
△月×日
なんか乱馬とあかねがロミオとジュリエットの演劇をするらしい。なんでも風林館高校の演劇部から、あかねにジュリエットを演じて欲しいと依頼が来たらしく、あかねは喜んで引き受けた。ジュリエット役は憧れだったらしい。しかし、そこで風林館の青い雷、九能帯刀、クラスメイトの五寸釘、更に八宝斎が、あかねとラブシーンを演じる為にロミオ役を狙って演劇部に入部。乱馬は演劇コンクールには興味が無かったが優勝高校には中国旅行ご招待と聞き、ロミオ役をやると気合いを入れていた。中国旅行へ行き、そのまま呪泉郷に行こうと目論んでいるんだろうけど……この話のオチを知っている身としてはなんとも言えない心境だ。
△月△日
乱馬から『ロミオとジュリエット』の話はどんな物なのかと持ち掛けられた。演劇コンクールの前日に聞きに来るか普通?シャンプーはあかねから演劇コンクールの話を聞いていたので観に行くと約束していたらしいが、「マトモな劇になりそうにないネ」と既に諦めている。
店のテーブルでリンスが乱馬にロミオとジュリエットのストーリーを説明しているが、本当に乱馬が理解しているかは微妙である。
△月◇日
演劇コンクール当日。俺はシャンプーとリンスを連れて乱馬達が演じるロミオとジュリエットを見に来たのだが……案の定ドタバタ劇となっていた。乱馬、九能、五寸釘、八宝斎が演じるロミオのバトル・ロイヤル。既にロミオとジュリエットのストーリーから、かけ離れた内容となっていた。リンスは俺の隣で「乱馬さんにちゃんとストーリー教えたのに……」と呟いている。うん、気持ちはわかる。シャンプーは、あかねに同情しているのか哀れみの視線を送っていた。
結局、ロミオとジュリエットの話から白雪姫のストーリーにアドリブ変更され、乱馬とあかねのキスシーンで風林館高校の優勝が決定した。リンスはキスシーンに顔を赤くしていたが、あのキスシーンはあかねが乱馬の口にガムテープを貼っていたので直接のキスではないのだが……ま、いっか。
その後、中国旅行ご招待は演劇コンクールの主催者が『中国人の旅行さん』と言う方をお招きしての宴会であった事が発覚。乱馬はショックで寝込んでしまった。
しかし、キスシーンの辺りを良牙に告げたらどうなるか考えている俺は悪い子なのだろう。
寝込んでしまった乱馬を尻目にシャンプーとあかねは例のキスシーンの話で盛り上がっていた。
しかし、キスか……せっかくシャンプーと両思いになったのに日本に来てからバタバタしてて、そんな雰囲気にならなかったな……今日の乱馬とあかねを見てたらそんな気分になってしまった。
『――ここから数行が慌てて消した跡がある――』
日記に何を書いてんだ俺は。テンション上がりすぎて日記に書いてしまったが恥ずかし過ぎるわ。
◆◇sideシャンプー◆◇
あかねから演劇コンクールの話を聞いた。演目はロミオとジュリエット。女なら一度は憧れるストーリーで、聞けばあかねは昔、ジュリエット役をやりたかったがクラスメイトの推薦でロミオ役をやったらしく、今回の件は長年の夢が叶う機会だったらしいのだが……乱馬や他の共演者はロミオとジュリエットのストーリーを理解してなかったネ。特に乱馬はリンスからストーリーを聞いていた筈なのに何をしてるアルか。
ドタバタ劇は結局、白雪姫にストーリーが変更され乱馬とあかねのキスシーンで幕を閉じた。それで良かったのか、あかね?
演劇コンクールを終えた後にムースから天道道場に行こうと提案されて、リンスを連れて一緒に行く事にした。乱馬とあかねは演劇の後片付けで遅れると言っていたので私達が先に行く事に。
天道道場に着いたら驚いた。そこには『中国人、旅行氏、御招待』と書かれた看板が掲げられ、大人達は酒を飲んで既に宴会をしていたのだから。
「ムース、これって……」
「言葉の行き違い……だろうな」
私の言葉を言い切る前にムースは呆れた様子で告げる。これは乱馬の骨折り損のくたびれ儲けが確定した瞬間だった。その後、言葉の行き違いが発覚し、中国旅行に行けない事がわかった乱馬は涙を流しショックのあまり寝込んでしまった。凹む乱馬をムースが同情している最中、私はあかねとキスシーンの話をしていた。
「あいや、ガムテープ越しだったアルか」
「流石にね……咄嗟だったし」
あかねは乱馬が人前でキスできないと照れていたのを察してガムテープで口を塞ぎ、その上でキスをさせていた。それでも……私はあかねが少し羨ましかった。日本に来てからバタバタしていてムースと落ち着いた時間を過ごせていなかった。両思いとなったのにムースは私に手を出さない。曾バアちゃんやリンスが居る手前、イチャイチャ出来ないのは分かるけどもどかしいね。
でも、そんな思いは帰り道で四散した。天道道場ではしゃぎすぎて眠ってしまったリンスを背負っていたムースは私にキスをした。軽く触れる程度の口付けだったが突然の事態に私の顔は一気に熱を持ち、赤くなったのを感じる。
「な、な……突然、何をしてるアルか!?」
帰り道で、突然、それも夜。更にリンスを背負ったままのムースの行動に私は夜だと言うのに叫んだ。
「その……今日の乱馬とあかねを見たら、つい。日本に来てからトラブル続きで店に帰ったら婆さんが居るから今しかないかなって……悪い、ムードも無かったな」
そう言って先に歩き始めたムースの言葉に私は理解する。私がもどかしいと思っていた事はムースも同じだったという事。私はムースが同じ気持ちを持っていてくれた事が嬉しくて前を歩くムースの前に回り込んで、背を伸ばした。
ムースは私よりも、ずっと背が高いので私はつま先立ちになってムースに口付けをした。先程ムースにして貰ったよりも少しだけ長く……繋がった唇を離すとムースの顔は真っ赤。多分、私も同様に真っ赤になっている。
「これで、おあいこネ。今度からもっと一緒の時間を過ごすアル」
「お、おいシャンプー」
私を呼び止めるムースの声を無視して私は先に歩きだす。あかねはあかねのペースで乱馬と歩いている。私もムースと一緒に歩こう。時間はあるんだから焦らず。
そんな事を思ったら私の足取りはさっきよりも軽く感じた。
『ちゃんと捕まえてないと逃げちゃうアルよ、私のロミオ様』
リンスを背負って私を追い掛けるムースに、声には出さずその言葉を送った。