海の一件からシャンプーとは妙な距離感だが平和な日々が続いてる。
「ムース兄様……後ろから………」
「ああ……放っておいてやれ」
店のテーブルを布巾で拭いていた俺。リンスの言葉に背後の視線に意識を向けるが、先に話した通りの妙な距離感の原因である。
俺の後ろ……つまり厨房からコソコソとシャンプーが俺を見ているのだ。普段ならこんな事はないのだが海の一件で俺をぶっ飛ばした挙げ句、拗ねて俺を無視していた事を頭が冷えてから自分の行動を恥じていた。そして、その事を謝ろうとしているのか……普段から『謝る』という行動をした事が少ないシャンプーは俺に対してどう謝るか。それを悩みつつ距離を測りかねていた。
原作のシャンプーなら冷たい態度で一蹴していた可能性が高いが、こっちのシャンプーはそんな事はないからな……良い傾向だとは思うが、少し寂しかったり。
「あ、お電話です」
そんな事を思っていたら店の電話が鳴る。近くにいたリンスが即座に電話に出た。
「はい、猫飯店。あれ、あかねさん?出前ですか?違う?え、ちょっと落ち着いてください、あかねさん」
電話に出たリンスだが様子がおかしい。電話の相手はあかねの様だが何処か慌てている様だ。
「リンス、俺が変わる。あかねか?何かあったのか?」
『あ、ムース!?お願い、お婆さんと一緒に天道道場まで来て!乱馬が大変なの!ガチャン!』
リンスから電話を受け取ると、あかねは早口に囃している。とてつもなく慌てた様子で何があったかも話さずに電話は切られてしまう。俺は要領を得ないまま受話器から『ツー、ツー』と音を聞いていた。
「あ、あの……何があったんでしょうか?」
「要点は教えてもらえなかったが乱馬が大変らしい。俺はこれから婆さんと天道道場に行ってくる」
「……ムース」
俺は布巾を片付けて天道道場へ行こうとしたのだが、シャンプーが俺の袖をクイッと引いた。
「私も……一緒に行くネ」
「え、あ……うん」
しょんぼりとした表情のシャンプー。上目遣いで俺の袖を引く仕草にドキッとした。
「ああ、じゃあシャンプーは婆さんを呼んできてくれ。俺は店を片付けて臨時休業にしてくるから」
「わかったアル」
俺の言葉を聞いて、シャンプーはパタパタと居間の方に婆さんを呼びに行った。時折、シャンプーってこっちの意表を突くと言うか……
「シャンプー姉様……可愛いです」
「ああ、可愛いな。ほら、リンスも準備してきな」
姉の可愛さに撃たれていたリンスだが俺がポンと背中を叩くとハッとなり自分の部屋へと走っていった。そして俺、シャンプー、リンス、婆さんで天道道場へ。
「何があったんでしょうか?」
「あかねは相当慌ててたな。余程の事があったんだろう」
「あかねを心配させる……許せないネ」
「ホッホッホッ、またいつものトラブルじゃろうて」
それぞれが天道道場で起きた事を予想しながら歩く。まあ、いつものトラブルだろうと結構軽い考え方をしていた。だが、そこが一筋縄で行かないのが、この世界の常であると天道道場の門を潜ってから思い知らされた。
「うふふっ」
「ら、乱馬……?」
俺達が見たのは天道家の庭で花に水をやりながら鼻唄を歌う女になった乱馬。しかも乱馬は女物のワンピースを着て上機嫌だった。なんと言うか……良いところのお嬢様って感じだった。そんな事を思っていたらシャンプーに頬をつねられた。
「シャ、シャンプー?」
「痛いアルか?なら夢じゃないネ」
俺が頬の痛みを感じているとシャンプーが信じられない表情をしていた。うん、つねるなら自分の頬をつねりなさい。
「な、何があったんでしょうか?」
「取り敢えず異常事態である事は間違いなさそうじゃの」
隣ではリンスと婆さんも目の前の光景が信じられていない様子だった。うん、気持ちはわかる。
此処に来て漸く思い出した。この話は『私って綺麗?乱馬、女宣言』だ。
この話は乱馬があかねの手料理を台無しにしてしまい、あかねに怒られた乱馬が頭を打って気絶してしまう。打ちどころが悪かったのか、目を覚ましてからも様子がおかしい。仕草も言葉づかいもすっかり「女」になってしまった。って話だった。アニメのオリジナルエピソードだったから忘れてた。個人的には結構好きな話だった。
しかし、まあ……実際に目にすると言葉を失うな……花も恥じらう乱馬って。