呆然としていた俺達だが、天道家の居間に通されて事情を聴くと更に唖然とした。
乱馬があかねの手料理を台無しにしてしまい、あかねに怒られた乱馬が頭を打って気絶してしまう。打ちどころが悪かったのか、目を覚ましてからも様子がおかしい。仕草も言葉づかいもすっかり「女」になってしまった。此処まではアニメと同じ展開だったが此処から先が違う。アニメでは頭を打った翌日に八宝斎の爺さんが乱馬に女の下着を着ける様に強要するのだが気弱く、女らしくなった乱馬は「それでお爺様が納得するなら……」と女物の下着を着けようとする。その事をあかねは許さなかった。女らしくなった乱馬は乱馬じゃないと再び怒り出し、乱馬を襲うあかね。その最中、再び頭を打った乱馬は元の人格に戻った。……ってのが本来のストーリーなのだが話を聞くとなんと女らしくなってから既に3日目だったのだ。
初日は頭を打った事もあり、様子見。
二日目は東風先生に見てもらったが異常無しと診断された(外傷はないので自然に治るのを待つべきと言われたらしい)
そして本日が三日目となるのだが、婆さんなら中国三千年の力でどうにか出来るのではと考えたらしい。それで電話口で焦った様子だったのか。そんな風に思いながら庭でリンスと戯れる乱馬を見る……うん、凄い違和感。
「最早、別人ネ」
「最初は同じ衝撃を与えれば治るかと思ったんだけど……」
「あの状態の乱馬君を殴れってのは無理があるわよね」
シャンプーの発言にあかねは考えていた事を話すが、なびきの言葉に押し黙る。確かにあの乱馬を殴って元に戻すってのは罪悪感が半端ない。
「で、どうなんでしょうか!?」
「乱馬君は元に戻れるんですよね!?」
悩んでいると玄馬さんと早雲さんが婆さんに詰め寄っていた。自分の息子の事と跡取り問題があるから必死になる二人に婆さんは困った表情を浮かべていた。
「ううむ……今回の様な事態はワシにも覚えがないのぅ。単純な記憶喪失ならまだしも認識が変わるとなると厄介じゃな」
婆さんの発言に撃沈の玄馬さんと早雲さん。あかねも目に見えて沈んでいた。俺は婆さんの発言と以前聞いた話を思い出していた。『呪泉郷に落ちた者は落ちた泉の影響を受ける』
「なあ、婆さん。前に『呪泉郷に落ちた者は落ちた泉の影響を受ける』って言ってたよな?今の乱馬はその影響を受けてるんじゃないか?」
「うむ、ワシも同じ考えじゃ。じゃが、それだけじゃよ。湯で乱馬を男に戻したとしても人格が元に戻る訳じゃないからの」
しかし、なんで元に戻らないんだ?アニメだと次の日には治ってたのに……あれ、待てよ?
「なあ、爺さんはどうしたんだ?姿が見えないが……」
「ああ、お爺ちゃんなら今の乱馬君を見て飛び掛かろうとしたんだけど、それを阻止しようとあかねがお爺ちゃんをぶっ飛ばしたのよ。だから今は行方不明よ」
俺の疑問になびきが答えるが……一つの事が狂うと他も狂っていくな。そして納得していた。本来、乱馬が元に戻る切っ掛けとなったのは八宝斎の爺さんのセクハラだ。それをあかねが防いだ為に元に戻る切っ掛けが失われ今に至る……っと。あの爺さん……居たらトラブルの元だが居ないと違った意味でトラブルになるな……。
「さて……どーすっかね」
「ううむ……自然に治るのを待つのが一番なんじゃが……」
「あかねはどう思ってるアルか?」
「私も最初はあの乱馬の様子に苛ついてたんだけど……今の素直なあの子を見てるとそう思えなくなってきて……だから、今日は藁にもすがる思いで、お婆さん呼んだんだけど……」
「そうそう、女の乱馬君、あかねに懐いてるもんねー」
それぞれが意見を出し合う中、女乱馬は悲しそうな表情で俺達を見ていた。
「やっぱり……今の私って変なんですね。あかねさんにも私は『男』だって言われました。やっぱり……私はいらない子なんです……」
「え、ちょっと待って!」
俺達の会話を聞いていたのか女乱馬はポロポロと涙を流して、その場を後にしようとする。あかねが引き止めようとするが効果は無く、今の女乱馬をあかねが殴れなかったのがわかった気がする。今の状態の乱馬殴るとか無理だわ。そう思いながら俺は居間から庭に飛び出した。女乱馬の前に立ちふさがるように跳躍し、行く手を阻む。
「乱馬……別に俺達は今の乱馬を嫌ってる訳じゃないんだ。確かに今の乱馬は以前の乱馬とは違う……だけど頭を打ち、怪我をした以上、心配するのは当然だろう?」
「……ムースさん」
女乱馬を泣かせないように言葉使いを気をつけながら会話をする。ここで泣かせたら絶対に面倒な事になる。
「今の乱馬には自分の事はわからないのかも知れない。でも、ここにいる皆が乱馬の心配をしている……それだけはわかってほしいんだ」
「は、はい……あかねさんにも怒られたので……不安だったんです……」
俺の言葉にウルウルと瞳に涙を溜める乱馬。俺があかねの方に視線を移すと、あかねは目が泳いでいた。話を聞くと乱馬を元に戻そうと道場で組手をしようとしたあかねだが、乱馬は今までの格闘センスが何処に行ったのやらまったく戦おうとしなかった。更に『今のアンタは乱馬じゃない』とまで言ってしまったらしい。
電話口で一方的に囃してていた事と乱暴に電話を切った理由も少しわかったかも。あかねは非常に焦っていたのだ。乱馬に乱暴なツッコミを入れて変にしたのも自分。暴言を吐いて乱馬を傷付けたのも自分。そして自分には治す手立てがない。それでも変わらずに懐いてくる女乱馬にあかねは俺達に泣き付いた……そして女乱馬は自分が変な状態である事を告げられていたし、本日俺達が来たことでそれに拍車を掛けてしまったみたいだ。
「大丈夫だよ。今はただ馴れてないだけだ」
「ほ、本当ですか?」
兎に角、今の女乱馬を刺激するのはマズい。穏便に話を進めて……
「ムースさん……優しいです」
「え……乱馬?」
すると女乱馬は俺の胸の位置にコツンと頭を乗せてきた。今の乱馬は女らしい服装をしている上に声音も優しい。仕草も完璧に女な訳で……正直、ドキッとした。
「何やってるアルかー!!」
「どわっ!?」
「きゃあっ!?」
その瞬間だった。声からしてシャンプーが俺の背中にドロップキックを放ったのだ。その勢いにぶっ飛ばされた俺は女乱馬を押し倒してそのまま庭の池の方に倒れ混む。
「ひぎゃん!?」
「お、おい乱馬!?」
水を被った俺は女になってしまったが、今はそれどころじゃない。池に落ちた際に女乱馬を下敷きにしてしまい、女乱馬は池の岩に頭を強打してしまい、悲鳴を上げていた。水から引き上げると女乱馬は完全に気絶していた。
「乱馬、おい乱馬?」
「ムースよ、そのまま乱馬を此方に。かすみよ、悪いが布団を此処に。今の衝撃で直ったかも知れんが念のためじゃ」
「は、はい!」
俺が女乱馬の頬を軽く叩くが返答は無く、ぐったりとしていた。婆さんの指示で急遽、居間に布団を敷いて女乱馬の様子を見る。女乱馬は看病の為にワンピースを脱がせて、タンクトップとトランクス状態にしてある。勿論、着替えは女性陣に任せたが。
「ムース……さっきの乱馬に鼻の下伸ばしてたネ」
「だから、さっきのは今の乱馬を刺激するのはマズいと思ってだな……」
先程からシャンプーの機嫌は急降下していた。いくら女らしくなったとは言っても元男に鼻の下を伸ばすとは何事かと怒っていたが……うん、まあ嫉妬してくれたのだと思うと少し嬉しかったり。
「痛てて……あれ、何してんだ、皆?」
「乱馬!」
そんな事を思っていると乱馬が目を覚まし、あかねが乱馬の名を呼ぶ。乱馬は何が起こったかわからない様子だった。
「乱馬、私の事がわかる?」
「何言ってんだよ、あかね……なんだよ、親父……へぶっ!?」
口調が先程のお嬢さんからいつもの口調に戻ってる辺り、元に戻ったのか?そう思っていたら玄馬さんが乱馬の胸ぐらを掴んでビンタをした。
「何すんでい、クソオヤジ!」
「おお、これこそ本来の乱馬じゃ!」
殴られた仕返しに玄馬さんを殴り返す乱馬。その事に殴られた頬を赤くしながら玄馬さんは喜んでいた。確認方法はどうであれ、乱馬は元に戻ったらしい。
「な、なんだよ、元に戻ったって……」
「乱馬、覚えていない様だが、お前はここ数日頭を打って記憶喪失だったんだ。大人しくなって別人みたいで皆が心配をしてたんだぞ」
恐る恐る聞いてくる乱馬に俺は咄嗟に嘘をついた。今回の事を乱馬が思い出したら最大級の黒歴史となるだろうから。
「そ、そっか……心配させちまったんだな……」
悩む仕草を見せる乱馬に天道家の人達は安心しきっていた。その仕草や口調は元の乱馬そのものだったから。
「乱馬も元に戻ったし、ワシ等は帰るか。店も臨時休業にしてしまったからの」
「早く帰って開店準備しなきゃだな」
婆さんが喜ぶ、天道家の皆さんを尻目に立ち上がり猫飯店の開店準備をする為に帰ろうとする。バタバタとしてたけど、思ってた以上に早く解決したからね……俺の背中は痛いけど。
◆◇◆◇
天道家の帰り道。俺とシャンプーは並んで歩いていた。婆さんとリンスが気を効かせて買い物をしてから帰るようにと言ってくれた。まあ、空気はメチャクチャ重いけど。なんせ先日の事と今日の事でシャンプーの機嫌はMAXに悪い。どう謝ったものかな……と思っていたら俺の腕にシャンプーが抱き付いてきた。
「え、シャン……」
「……对不起」
腕に抱き付いてきたのも驚いたけどシャンプーが謝ったのも驚いた。俺から顔を反らしての発言だったがそれでも十分驚くに値する。俺は何も言わずにシャンプーを抱き寄せて頭を撫でるとシャンプーは素直に甘えてきた。その柔らかさに魅了されつつも俺は先程の乱馬の事が頭の片隅に残っていた。
『呪泉郷に落ちた者は落ちた泉の影響を受ける』
この言葉通り、娘溺泉に落ちた乱馬は頭を打った際に女になってしまった。もしかしたら俺もその内、そうなってしまうのだろうか。俺はシャンプーと並んで猫飯店に向かいながら、そんな事を考えていた。