ヤンデレCD Re:birth 野々原 渚 prologue ~渚が見る夢~   作:オオシマP

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こんにちは、『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCD』シリーズの企画原案を担当してたオオシマPと申します。
『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCD』はニコ動などで最も有名なヤンデレ妹「野々原渚」が登場した初代CDをはじめ、計4枚がリリースされました。

発売していた会社が倒産したため、CD自体はもう手に入らないかもしれません。公式サイトではプレストーリーやアフターストーリーなどを公開していたのですが、それらはサイトの消滅に伴い、閲覧することが不可能です。
このストーリー「野々原 渚 prologue ~渚の見る夢~」は4枚目にしてシリーズ最後のCD「ヤンデレCD Re:birth」の販促用プレストーリーとしてボクが書いたものです、これだけは個人ブログに残していたのですが、そのブログもいつまであるかわからないので、ここに遺しておきたいと思います。

お持ちの方は、初代CDを聴いているとより楽しめるかもしれません。
それではヤンデレファンの皆様、良きヤンデレライフを!


前編

「……どうして? どうしてそんなこと言うの? お兄ちゃんはそんなこと言わない! あたしを傷つけるようなこと、絶対に言わないもん! そんなのお兄ちゃんじゃない!」

 

 

やめて……

 

 

「だから食べて? ね、食べてよ。食べなさいよ! あたしが食べてって言ってるのよ? どうして食べないの?」

 

 

違う、わたしは……、そんなことしたくなんかない……

 

 

「あたしの自信作……八宝菜! お兄ちゃん好きだったもんね、綾瀬の作った八宝菜!」

 

 

違う! 違うの! やめてよ……! わたし、本当は……

 

 

「もういい……、最初からこうすればよかったんだ……、こうすれば、もう誰にも邪魔されないんだ……」

 

 

やめて! もうやめて! お願いだから、()()お兄ちゃんを殺さ……!

 

 

「ずっとずっと一緒にいようね、お兄ちゃん……!」

 

 

 

やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!

 

 

 

絶叫と共に渚は跳ね起きた。両手は布団の端を固く握り締め、爪が手のひらに食い込みわずかに血が滲み出している。心臓は狂ったように早鐘を打ち続け、その鼓動は渚の頭の中で耐えがたい反響を繰り返していた。

 

「また……あの夢……、しばらく見なかったのに……」

 

布団を掴んだ手には感覚がほとんどなかったが、時間をかけて布団から指を引きはがす。鼓動は徐々に治まりつつあったが、意識が鮮明になっていくにつれて、渚は体全体に寒気を感じはじめた。

無理もなかった、枕も、ベッドシーツも、パジャマも、下着も、渚の周り、そして身に着けているもの全てが、花瓶の水でもぶちまけたようにぐっしょりと濡れている。髪の先からは雫が垂れていて、相当な量の汗をかいた証拠だった。

 

「ずいぶん大きな声で叫んだ気がするけどお兄ちゃんが様子を見に来ないってことは……、また夢の中で叫んだだけか……、は、あはは、いつも通り……だね……最低……」

 

乾ききった笑いと共に、渚はゆっくりとベッドから立ち上がり、クローゼットから新しいパジャマと下着を取り出す。

 

「シャワー浴びて着替えないと……、風邪なんか引いたら、お兄ちゃんに美味しい朝ごはん作れなくなっちゃう……」

 

隣室で寝ている兄を起こさないよう注意しつつ、渚はそっと自分の部屋を出てバスルームに向かった。

 

 

 

熱いシャワーを浴びながら、いつからあの恐ろしい悪夢を見るようになったのか、渚は考える。

 

そう、初めてその悪夢に襲われたのは、確か幼稚園の時。あまりにも怖くて怖くて、怖いということだけが記憶にこびりついて、あの時は夜中に飛び起きてから泣きじゃくった。あの夢の吐き気を催すおぞましさに、わたしの心は最初、その悪夢を記憶することを拒否してたっけ……。

 

そもそも年端のいかない子供が記憶し続けるには、その内容は凄惨極まりなかった。

だが、その悪夢はそれから10年に渡り渚の眠りと、心の安定を引き裂き続けることになる。

 

悪夢を見るのは平均で月に一回、多い場合は月に三度見ることもあれば、半年ほど悪夢の襲来が止み、これで解放されたと安心しきったところを再び容赦のない襲撃を受けたこともある。夢を見る周期に差はあれど、そこから逃れられたことはないのだ。現に、今夜もしっかりとその悪夢に襲われている。およそ一月半ぶりの悪夢だった。

 

夢のパターンはいくつかあるのだが、前提条件は全て同じだ。

その夢の中では血の繋がった兄が登場し、そして渚は兄のことを愛している。兄妹なのに、なんて世俗的な倫理は自分たちに関係ない、自分と兄の間には誰も入り込めないし、入り込む泥棒猫は容赦しない――。

ただ、不思議なことに夢の中の兄の顔ははっきりしない、いつも霞がかかったようにぼんやりしているのだ。だが、夢の中ではそれに対して疑問を抱くこともない。

そして、渚自身も普段の自分、つまり起きているときの現実の自分とは違っている。着ている制服がデザインも色も少し違うし、喋り方もちょっと違和感を感じる。

わたしはわたしのことを「あたし」と呼んだことは、一度だって、ない。

渚の宝物であるマフラーは一度も夢に現れたことはなく、それだけは多少の救いにはなった。

渚は思う、あの大切なマフラーが血で汚されることなんて、絶対に許されない。

 

夢の中で渚は、甲斐甲斐しく兄の世話を焼く。朝ごはんを作り、お弁当を作り、晩ごはんを作り、その後は兄妹の語らい――。

最初は幸せな気分に浸れる、その時点で意識が覚醒し、夢の世界に別れを告げられれば、幸せな夢で終われる――のだが、そんな僥倖はこの10年一度としてなかった。

 

その後、自分と兄の仲を脅かす邪魔者……、一人か二人の邪魔な女が、必ず現れる。

ここまでが、ゲームに例えれば共通ルートだ。

 

その先は夢によって展開が若干異なるのだが、7~8回に1度の割合、つまり出現頻度が少ない夢の中では、渚はその女たちによって殺されることになった。

刺し殺されることもあれば、スコップのようなもので殴り殺される時もある。金槌で太い釘を頭に叩き込まれたこともあれば、生きたまま花壇のようなものに埋められて殺されたこともあった。どんな手段であろうと、殺されて死ぬことに違いはない。

 

この10年で一体わたしは何度死んだのかな……。

頭からシャワーを浴びたまま、虚ろな瞳で渚は考える。

死への生物的、本能的な恐怖、自分の命をその手に握った相手への終わりない憎悪、そして……もう二度と兄と会えない、言葉も交わせない、兄の温もりをもう感じることが出来ないという事実に対する、漆黒の奈落に突き落とされたような底の見えない絶望感……。

死に対する恐怖に否応なく直面せざるを得ない恐るべき夢を定期的に見続けながらもなお、精神に異常を来たしていないこと自体、その精神力は驚愕に値した。

渚自身もそう思う、というより、どうせ悪夢を見続けなければならない、逃れられない運命なのだとしたら、むしろ自分が殺される夢を見ることを望んでいた。

 

なぜなら……。

 

自分が殺されるよりも、圧倒的に出現頻度の多い最悪のルート。

それは……「自分が兄を殺す」という、想像しただけで体が竦む展開だったからだ。

 

その夢の中の渚は、兄を手にかける前の段階として、邪魔者の女たちを殺害済みだ。

泥棒猫を抹殺するのは爽快だ。これで自分たちの邪魔をする者はこの世から消え去った、隅々まで掃除の行き届いた塵ひとつないリビングルームのテーブルに真っ白なテーブルクロスを敷いた時のような、清々しい気分になれる。

何度も同じ悪夢を見ているはずなのに、この先に訪れる恐ろしい展開を数えるのも馬鹿らしいほど経験しているはずなのに、夢の中の渚はそのことに気付かず、意気揚々と兄の元へ向かう。

そして……愛しているはずの兄を、その手で殺めてしまうのだ。

なぜ兄を殺してしまうのか、一体どのような種類の悪意が自分をそのような凶行に走らせるのか、何度悪夢を見てもそれだけは全く理解できなかった。

兄を殺す段階に近づくと、まず夢の中に登場する渚の身体から、夢を見ている側の渚の視点が離れる。幽体離脱と言えば近いのだろうか、それまでは「夢の中で行動する渚」と「夢を見ている渚」は同じ肉体の中に在り同じ視点を持っているのだが、夢を見ている渚だけがそこから夢を客観的に観劇する視点、映画を見るような視点に移動する。

そして始まるのは、まさしく喜劇と悲劇と惨劇、すべてが詰まった、万華鏡の如き愛憎の物語。

縛り付けた兄に様々な料理を振る舞い、感情的かつ支離滅裂な言葉をぶつける渚。その行為はどんどんエスカレートし、最終的には兄を死に至らしめる。

料理のレパートリーは多種多様で夢によって提供される料理は異なるのだが、どういうわけか最後に、渚の記憶にない「綾瀬」という女の名前を告げると同時に、八宝菜だけは必ず登場した。

八宝菜が食卓に上れば、もう兄の死は目前だ。

夢を観劇する立場の渚は、兄を助けたいがために絶叫するが、兄にも、夢の中で今にも兄に手をかけようとする渚にも、その声は届かない。渚がどれだけ叫んでも、渚がその世界の空気を震わせることは出来ない。

この夢のおかげで、渚は八宝菜をこの世の何よりも嫌悪するようになった。絶対に食べないし作らない。臭いも我慢できないし、そばにすら近寄らない。

 

自分が殺されることはまだ耐えられた。

どこの誰かもわからない頭のおかしな女たちに惨たらしく殺されるのは、文字通り死ぬほど悔しいことだ、悔しくて悔しくてたまらない。

しかし、自分が兄を殺すことに比べればまだ我慢出来る。

この手で兄を殺すくらいならば、自分が死んだほうが遥かにましだ。

 

渚は思う。

 

だって……

 

だってわたしは、この世界で、誰よりも、何よりも、

お兄ちゃんを、お兄ちゃんだけを、愛しているのだから……。

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