IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
薄暗い室内にディスプレイのブルーライトと、それに照らされた抑揚のない表情を浮かべる篠ノ之束が佇んでいた。
その瞳からは光が消え失せ、ただただ事象をファクターとして見る、そんな無機質な瞳へと化していた。
無表情を貫いているが、それに反してその両手は霞んで見えるほどのスピードで、同時に四つの投影キーボードをせわしなく叩いていた。
「攻勢ウイルスの無力化プログラムシャットアウトカウンタートラップ起動敵性トラップの攻略敵ダミーの看破対ウイルスソフト起動プログラム解析スタート並列演算開始敵性プログラムの断定完了即時対策ソフト起動アンチウイルスを構成開始……」
まるで呪詛のように口から吐き出されるその言葉は息継ぎをしているのか不思議なほどの流暢さだった。
そして、ひと段落したのか、せわしなく動いていた手がぴたりと止まる。
「箒ちゃん……」
無機質な瞳に光が戻る。が、その色は悲しみの色であった。
今回の箒の犯した過ちについて、束は複雑な感情を抱いていた。
姉として心配する傍らIS生みの親として、愚かな行動に対する憤りが束の心を支配していた。
もちろん、姉としても今回の行動は許容できない。だが、やはりそれでも箒の無事に対する安堵の方が勝っていたのだ。
それと同時に思う。今回の箒の行動をどうフォローしようかと。
真っ先にフォローを考えてしまうのは実の姉の性なのか。仕方ないと言えば仕方ないと言えるのだろう。
おそらく束がフォローに回れば、今回の箒の行動については束の顔を立てて、咎めも無くすことは可能である
そこで、ふと考える。
本当にそれでいいのか、と。
確かに姉心としては箒の味方をし、助けてあげたいだろう。だが、それが本当に箒のためになるのかといえば、束は首を縦に振ることはできなかった。
今までの、世界を拒絶し続けた束だったならば、何の迷いもなくそれを実行しただろう。だが、IS学園に来て、最高の友人である千冬と身近に話すようになり、束自身が熱を上げて追いかけている紅牙や忌々しい泥棒猫と触れ合ううちに少しずつ、そう、ほんの少しずつ束は変わっていった。
たった少しの時間だが束自身も他人との距離の取り方を少し変えてきているのだ。
例えば、IS教師である山田真耶。最初は今までと変わらず辛辣な態度を取っていたが、今では表面上、不機嫌さを醸し出しているが、一応話程度は聞くレベルになっているのだ。
この変化は以前の束を知る者ならば皆が口をそろえて、馬鹿な、と言うだろう。
その経緯もあって、少しは人の気持ちや想いといったものに向き合えるようになった束は今回のことについては少し頭を悩ませた。
自分はどの立場に立てばいいのだろう。妹に対してどのような顔で接すればいいのだろう。
珍しく渋顔になりながら考え込む束。自分はどうすればいいのか、と。
ここで下手に手を出せば、箒のためにもならないし、より今の関係が悪くなる可能性も否定できない。
結局、今の箒がどう思っているのか、今回のことに対してどの程度考えているのかを本人から聞きださないと、決めようがない。
一応の方針は決定したがやはり、束の顔色が優れることはなかった。
クラス対抗戦の乱入事件は無人機と思われるIS三機の撃墜にて収束した。
決め手となったのは、更識楯無の参入と同時に突入を開始したIS学園の防衛班とアリーナ外を防衛していた黒咲紅牙が突入してきたことによる総攻撃だった。
アリーナ外に潜伏していた謎の人物はその後、どこにも姿を現さず、結局何を行っていたのかは不明のままであった。
その後は恐らくアメリカ第二世代IS〝アラクネ〟と共に離脱したと考えるのが妥当というところか。
こちらの外的損傷は第三アリーナの東側のピットの隔壁が全損。IS三機が侵入してきたにしては比較的軽微で済んだと言えるだろう。
人的被害も生徒会長である更識楯無の両腕火傷のみと、こちらも事件の規模から考えれば奇跡と言えるだろう。
そして、撃破したISのコアは篠ノ之束による解析の結果、IS本来の機能――自己成長や自我形成などのシステムをカットした、いわばパソコンのCPUのような中央処理装置の役割に集中した、起動用コアだということがわかった。
もちろん現存するどんなナンバーにも一致しないことから、このコアは独自に製作されたものだということがわかる。
しかし、篠ノ之束によれば、ISの成長プログラムさえ組み込まなければ百年後くらいには疑似的なISコアが作成されていたという。あくまで百年の時間を要するわけだが。
その他にも潜入に使ったステルスやハッキング、紅牙の受けた瞬間的なISジャミングを鑑みて、改めて敵――亡国企業の技術力を再認識した紅牙達。
アラクネと一緒に逃走したであろう謎の人物については紅牙が何か気付いていたようであったが、学園側にはそのことを報告しなかった。
後にこの選択がどんな方向に影響を及ぼすかはまだ誰も知らない。
そして、IS戦闘に首を突っ込んだ篠ノ之箒は自身の行いを非常に悔いており、自ら懲罰を求める声を上げたため、二週間の停学。及びその間懲罰部屋での生活を義務付けられた。
これについて、篠ノ之束は何も言わず、決定に従うようであったため、学園側は胸を撫で下ろした。篠ノ之箒に何か罰を与えれば、何かしらの反論がくると学園側は覚悟していたため心から安堵した者も多かった。
なお、篠ノ之箒のせいで最愛の人が火傷を負った、と聞いた黒咲紅牙はというと――。
「……」
「……」
篠ノ之箒の仮住居となった懲罰部屋で箒と向かい合って座っていた。
表面上は笑顔の紅牙。しかし、箒は冷や汗が吹き出していた。どう見ても目が笑っていないからである。その体から滲み出る負のオーラに箒の冷や汗は止まることを知らなかった。
「――箒」
「は、はいっ!?」
無言の沈黙を先に破ったのは紅牙であった。その抑揚のない声に、箒は思わず上擦った声を上げてしまった。
だが、実際は紅牙もそこまで怖がらせる気はなかった。というのも、ここに来る前に保健室の刀奈の見舞いに行った際、「箒ちゃんの所に行くの?……止めはしないけど、やりすぎてはだめよ?」と釘を刺されてしまったので、比較的に穏便に済ませようと考えていた。
「なんで俺がこうして箒と向き合っているのかわかっているか?」
「……はい」
普段の箒ならば紅牙相手に敬語を使わないのだが、紅牙の威圧にやられ、つい丁寧な言葉で話していた。もちろん、今、この瞬間も絶賛冷や汗量産中である。
「俺の言いたいこと、わかるか?」
「……はい」
「じゃあ、箒がこれからどうすればいいのかも、わかっているか?」
「……はい」
「じゃあ、言ってみろ。君がこれからすべきことを」
紅牙は目を細め、睨みつけるように箒の瞳を覗き込む。一つの嘘も見逃さないかのように。
「……それは、反省……ですか」
箒が出した答えは紅牙にとって、半分正解で半分足りなかった。
反省だけなら誰でもできるし、言いたくはないが反省したふりをされたら、どうしようもない。確かに反省も必要だが、人はそれだけでは成長しない。反省し、そこから改善に至るまでの努力があってこそ、人は覚える、成長できる。よく〝間違えて人は成長する〟というが、この過程がなければ意味がない。
「――五十点」
「え?」
故に紅牙は半分の点数を付けた。
「五十点……ですか?」
「ああ、五十点だ。――そうだな、二週間後。二週間後にもう一度答えを聞かせてくれ。停学が解かれた後、箒がどんなことをしていくのかを」
そう言い、紅牙は席を立つ。本当はここで百点への道筋を説いてもよかったのだが、部屋の外から感じる気配に気づき、後はその人物に任せようと思い。停学が解かれる二週間後にもう一度聞くことにした。
そのまま、扉を開き、外に出る。そして、廊下に佇んでいたその人物に、あとは任せましたよ、と残し、そのまま懲罰部屋を後にした。
部屋に残された篠ノ之箒はその場に座り、先程紅牙に言われたことを考えていた。
――二週間後にもう一度答えを聞かせてくれ。停学が解かれた後、箒がどんなことをしていくのかを――
「……どうすれば、いいんだ」
箒はひたすら考える。自分がすべきことは何だろう、と。纏まらない思考の渦が心に映り、精神衛生の悪化を加速させていた。
――コンコン。
思考の波にその身を預けていた箒であったが、来訪者を告げるノックにより、現実に引き戻される。
誰だろうか。紅牙が先ほど出ていったばかりだが、もしかして忘れ物か?などと考えながら、今開けます、と言い、その扉を開ける。
「やあ、箒ちゃん」
そこには、箒にとって今、非常に会いたくない人物――姉である篠ノ之束が立っていた。
「……」
「箒ちゃん?」
箒が動かないことに疑問を感じたのか、束は首を傾げながら箒の名を呼ぶ。
それでようやく我に返った箒は気まずいながらも、部屋に入るように促す。
「……どうぞ、中へ」
「うん、お邪魔しまーす」
束はいつも通り間延びした声で、それでいて普段の彼女からかけ離れた真面目な表情で懲罰部屋に入る。
箒はそのことに違和感を覚えながらも、座るように束に言い、自身も座る。
「……」
「……」
箒にとっては二回目の沈黙が漂う。が、今回は比較的早くこの状況が破られた。それを行ったのは意外にも箒自身であった。
「――それで、何か用ですか。姉さん」
「あー、うん。コウが後を任してくれたからね。少しは姉らしいことをしようかなーと思って」
姉らしい。その言葉に箒の表情は険しくなる。今まで散々迷惑を掛けてきたのに、今度は勝手に姉面をするのか、と。
しかし、ここで怒鳴り散らしても意味がないことは箒にもわかっているし、少しは姉と向き合ってみようという、向上心が働き、そのことについてどうこう言うことはなかった。
「姉らしい……こと?」
「まあ、自分で言っておきながら、そんな大したことじゃないんだけどね」
束はてへへ、と苦笑いを浮かべていた。
その言動、そして表情に箒は強烈な違和感を覚えた。
この部屋に来た時から、感じていた違和感だが、ここにきてそれが大きくなった。
はたして、姉はこんなにペースを合わせる人だったか、と。
いつもの束なら、自分の言いたいことだけ言い、颯爽とその場から消える。箒にとってそんな印象だった束が苦笑いをしながら、大したことじゃないと言う。
その事実に内心驚きを隠せないが、これも一つ私の知らない姉さんが知れた、と解釈し、その先を促がす。
「それで、姉らしいこと、とは?」
「うん――箒ちゃんはいっくんが好き?」
箒は束の発言に瞬間湯沸かし器のように顔面の温度が上昇。まるで、湯気が出ているのではないかと錯覚するほど、赤面した。
「な、なんですか、いきなり!」
「いいから答えて」
羞恥からくる箒の怒声をぴしゃりと切り捨て、箒の答えを要求する束。その顔は真剣以外に何もなかった。
それを察した箒は、もじもじと指を弄りながら、ボソッと呟く。
「……す、好き、です」
「――そっかそっか、でもね?」
束は一瞬、箒の言葉に満足そうな笑みを浮かべるが、また真剣な表情に戻る。
「――今のままじゃ、そのうち箒ちゃん自身がいっくんを殺しちゃうことになる」
「……え?」
箒は束が言ったことの意味が分からず、間抜けな返事をしてしまう。そして、聞き間違いであると信じて、もう一度束に問う。
「……今、なんと?」
「だからね?このままじゃ箒ちゃん自身がいっくんを殺しちゃうことになるの」
束の言葉を理解した瞬間、箒は怒りのあまり立ち上がった。
「何を言っているんですか!?私が一夏を殺すわけがないでしょう!?」
箒は憤怒の表情で束を睨む。が、次の一言で全身の体温が低下したと錯覚するほど熱が冷めた。
「本当にそうかな?現に今回、あの猫――更識楯無を怪我させているんだよ。下手したら死んでいたかもしれない」
「――あ」
記憶が脳裏に奔る。蘇るのは、あの緋色に近い閃光が迫りくる光景。
もし、もしあれが――箒を守ろうと身を挺して前に躍り出たのが楯無でなく、一夏だったら?
ぶるり、と体が震えた。もしあれが一夏で、怪我を負ったのも一夏だったならばと想像すると、震えが止まらなくなる。
「理解した?今回の箒ちゃんの行動はそれだけ周りを危険に晒すことだったんだよ」
束の言葉が真っ直ぐと箒を貫く。あの時、味わった恐怖が今、別の形となって箒を襲った。
「あ、……あ」
体の震えと、あまりの恐怖に言葉が出せない箒。その箒を見て、束は苦笑しながら問う。
「それで、さっきのコウの話に戻るんだけど、箒ちゃんはこれからどうすればいいのかな?本当に反省だけでいいのかな」
「……っ」
束の言葉に箒をビクッと肩を震わす。そして、瞳に熱い雫を浮かべながら吐き出すように言葉を紡いだ。
「じゃあ、どうすればいいんですかっ!?結局私のやっていたことはすべて自己満足だった!!今回のことも私の傲慢が呼んだ結果。それは分かっています!でも、治すのなんて無理なんですよ!!私だって、その傲慢を治そうとずっと剣道をやってきました。己を律するように。だけど、だけど……!!」
涙を流しながら慟哭の雄叫びを上げる箒に束は、仕方ないなあ、と言いながら箒の体を抱きしめる。
「傲慢を抑える。それはとても難しいことだよ、箒ちゃん。傲慢というのは欲望と同義。自身の欲望を完全に抑え込むことなんか、まだ十五年しか生きていない箒ちゃんには無理だよ」
よしよし、と子供をあやすように背中を撫で、話を続ける。
「だから、努力するんでしょ?人はできないものをできるようになるまで努力することができる生き物なんだから。……天才の私が言うのも嫌味なんだけどね」
確かに、今の言葉を一般人が聞いたら百人中百人が、お前が言うな、と語るだろう。
しかし、束も生まれた時から天才だったわけではない。頭の造りが他の人と違っても、結局努力しなければ身につかないのだ。
束自身、幼いころは色々な本を見て勉強した。それどころか、あらゆるものを使って知識を詰め込んだ。そんな努力があったからこそ、今の束がいるのだ。
「私だってね、傲慢の塊なんだよ?頑張って世界と向き合おうと努力はしているけど、まだまだでね。いつもちーちゃんやコウには迷惑を掛けっぱなし。でもね、そこで諦めたらお終いなの。少しずつでもいい。ほんのちょっとずつでもいい。前に進むことが大事なんじゃないかな」
「……」
束はまるで聖母のような温かみに満ちた表情で、箒の頭を撫で続ける。
「――コウへの答え、見つけられそうかな?」
「まだ、わかりません。でも、自分の中で出かかっているような気がします」
箒は涙を流したためか、目を赤くしながら答える。そして、抱きしめられているこの温もりを離さぬよう、嫌いだったはずの姉の背に手を回す。
「も、もう少しこのまま……」
「あはは、仕方ないなあ、箒ちゃんは」
束は箒の甘えた言動に苦笑しながらも、妹が最後に甘えてきたのはいつだったか、と懐かしい感覚に囚われていた。
二人の凍てついた氷が完全に溶けるのは、時間の問題であった。
「二人とも任務ご苦労様。大変だったようね」
とあるホテルの一室。金髪のウェーブをなびかせている女性――スコールは任務がえりである、オータムとエムに声をかける。
「ああ、大したことはなかったよ、このガキが余計なことをした以外は」
「問題ない。この年増がちんたらやっていた以外は」
「んだとてめえ」
「ふん」
オータムの挑発を受け流し、逆に挑発しかえすエム。さすがに年増という三文字の挑発にオータムは耐えられず、エムに突っかかる。
エムはそれさえも軽く無視し、早く連絡を済ませろ、とばかりにスコールを睨みつける。
スコールもエムの心情を察したのか、苦笑いしながら、連絡事項を伝える。
「オータム、落ち着きなさい。それで作戦結果なのだけれど、大方成功。疑似ISの戦闘データも十分取れたみたいで、あの子も喜んでいたわ」
無言で先を促がすエム。
「だけれど、やはり天才篠ノ之束。あの子の力をもってしても、アリーナの完全な掌握には至らなかったようよ。それに、疑似ISの性能もそこまで高くなく、要改修と言っていたわ」
「ふん、結局私らはあいつの駒として使われたわけだ、胸糞悪いな」
オータムはその報告に顔を顰め、嫌悪感を隠すことなく出す。
対するエムは無言のまま、目を閉じていた。
「まあ、報告は以上よ。次の作戦までは日が空くから、各々休息を。それでは解散」
スコールの解散という言葉を聞いた途端エムは自室へと向かう。対するオータムはスコールと共に寝室へと消えていった。
「ふふふ、さすが篠ノ之束。私の身に着けたハッキング技術程度じゃあ、完全乗っ取りはできなかったかあ。それにエムちゃんに使わせたISジャミングもあの青白いISにはあまり効かなかったようだし。本当ならもう少しジャミングが効くはずなんだけどね」
真っ暗な室内にディスプレイの光だけが眩しく光る。その光芒は闇を照らす一筋の光と同時に闇に飲まれる儚い光となって部屋を照らしていた。
「今度はいつ会えるかなー。凡人たちに計画を早めてもらおうかな?」
その室内に響くのは間延びした声。思わずある人物を連想させられるが、今ここでは関係ないことだった。
その人物は楽しげにこう言い残し、ディスプレイの光を消した。
「篠ノ之束、あなたは兎。私の先をぐんぐん進む。でも、最後に勝つのは亀の役目であるこの私。あなたはそのままゴール直前で平和ボケして休んでいるといいよ。ふふふ、あはははははっ!!」
第一章 ファーストコンタクト/亡国の影――終了。
あとがき
いつも読んでくれてありがとうございます。raludoです。
今回はプロット上一章にあたる部分が終わったので、これを機に章設定をしてみました。上手くできているかな?
束さんと箒の話がメインとなりました。はてさて箒は答えを出せるのでしょうか。
続く第二章からは原作通り学年別トーナメントに入るのですが、内容は原作通りじゃないと、ここでは言っておきます。気になる方は続きをお楽しみに。
ともあれ、今週は何とか投稿できました。色々忙しいもので投稿できるか不安だったのですが。
次の投稿は一応一月中を予定していますが、もしかしたら二月に入るかも。そうなってしまったらごめんなさい。
では、また次話でお会いしましょう。
御拝読ありがとうございました。