IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
「……」
薄暗い部屋に差し込む一筋の光。部屋に取り付けられた唯一の窓からこれでもか、というほどの日光が部屋を照らしていた。
――眩しい。
暗い場所に目が慣れていたためか、その光が篠ノ之箒には鬱陶しく、目を細める。
時刻は丁度朝方と言ったところだろうか。徐々に色が濃くなる光に、箒は自分の脳内に朝の訪れを呼びかける。
まだ完全に覚醒しきっていない頭をうつら、うつらとさせながらのそのそとベッドから這い出す。
やけに物が少ないと思いながら洗面所に直行。そこで、ああ、懲罰部屋だっけ、と曖昧な記憶を探り出しながら、自分の顔に冷たい水を手でぶつける。
段々と明確になってくる意識に、箒は、はあと溜息をつく。現在、自分が置かれている状況を考えたらこれも自然の反応なのかもしれない。
「今日で一週間か」
一週間。それは箒が罰としてこの味気ない部屋――懲罰部屋に入れられてから過ぎた日数であり、この懲罰部屋から出られるまでの残り日数でもあった。
謹慎としてこの部屋に入れられたが、その謹慎が解かれる日。つまりは一週間後に箒は一つの答えを示さなければならない。それが彼――黒咲紅牙と約束したことだからだ。
その約束とは自分流で解釈するなら「己の目指す道」この一言に尽きる。
先の乱入事件にてあまりにも愚かしい行動をとってしまった箒に紅牙はこう問いかけた。
『――そうだな、二週間後。二週間後にもう一度答えを聞かせてくれ。停学が解かれた後、箒がどんなことをしていくのかを』
それは反省の二文字しか頭になかった箒にとっては、難しい問題だった。確かに箒もなんとなく、反省だけではだめなのではないか。と思っていたが、眼前に来るとやはり難しい問題に代わりなかった
そのあと、姉である束に己の行動の責任を諭され、箒はいろんな意味で胸がいっぱいだった。
自分の行動の愚かしさ。意外な姉の一面。よしよし、とあやすようにして抱きしめてくれたこと。その他にもたくさんの出来事が箒を刺激した。それはもう、容量オーバーを超えるほどに。
そんなこともあってか箒は紅牙に一つの答えを示さなければならないのだが。
「……何かが足りない」
洗面所にて洗顔を終えた箒は自室に戻りながら、再び溜息をついた。
束との一件にて大体の方向性は掴めた箒だが、今一つ己の答えに到達できずにいた。
何かが足りない。そんな感覚を思わせるこの感情は何なのか。例えるのならば、味のしないチャーハンを食べた時のような、こう、虚しい感じというか、とにかくそのような感覚に襲われていた。なぜ例えに味のしないチャーハンを出したのかは不明だが。
うーむ、と部屋で一人唸る箒。謹慎中で授業には出られないため、自主勉強ぐらいしかやることのない箒にとって、他にやることと言えば、ひたすらこの何が足りないのかを考えることだけだった。
一から整理してみよう、と箒は思考を切り替える。紅牙は反省だけでは足りないと言って言いた。ということは反省も間違いではないということになる。うん、ちゃんと反省はした。もう二度とあんな愚かしいことはしない、と胸中で思いながら思考を次の段階に進める。
その次に問われたのが、これから己がどのように振る舞うか、というものだった。おそらくこれは反省して次に活かせ、というやつなのだろう。と箒は一人頷きながら、自分の思い描いている振る舞いを思い浮かべる。
イメージの中に現れるのは刀のような凛とした佇まい。お淑やかで礼節を重んじる女性。
それは大和撫子と呼ぶにふさわしい雰囲気と礼節、意志を伴った、必要以上に美化された自分だった。
周りから見れば誰だ、そいつは、という反応は目に見えているが、箒は割と本気でこのような大和撫子を目指していた。
だが、そこに至るまでのビジョンが全くと言っていいほど見えないのだ。まるでその部分だけ暗闇に飲まれたかのように何も見えないのだ。
恐らくその見えない部分に自分の感じている虚しさの答えがあるのだろう。
だけど、それがわからない。答えがあるはずのその場所は真っ暗で何も見えない。
ぎりっ。
またこの感覚だ。この感覚が箒をじわじわ苦しめる。口惜しいような、歯痒いような、そんな小さな痛み。
それを一週間、一人で受け続けてきた箒であったが、そろそろ我慢の限界だった。元々、箒は我慢強いと言えるほど、忍耐力が高いわけではない。よく言えば激情家。悪く言えば短気と想い人の一夏は語っている。
~~~♪
考え込んでいた箒を現実に引き戻したのは彼女の携帯電話の着信音であった。謹慎中であるが、娯楽目的以外での携帯電話の使用は一応認められている。
誰だろう、と箒は携帯電話を手に取る。――発信者は篠ノ之柳韻。彼女の実の父親だった。
「は、はい!もしもし?」
『ああ、箒かい?久しぶりだね』
聞こえてきたのは心地の良いバリトンの声で、間違いなく箒の知る父親のものだった。
「はい、お久しぶりです、父さん。一体どうしたんですか、こんな朝早くに」
箒の疑問ももっともである。まだ時刻は朝を迎えたばかりであり、一般人から見れば朝早くという認識は間違いではなかった。
『いや、箒ならもう起きているだろうと思ってね。朝早くだけどこうして電話をさせてもらったよ。箒は元気にしていたかい?』
柳韻の言った、元気そうだね、という言葉に箒は少しだけ顔をしかめる。果たして今の自分は元気と言えるのだろうか。解けない謎解きを永遠とやっているような気分で、この一週間を過ごしていた箒は、柳韻の言葉に元気な声で、はい!……とは言えなかった。
「まあ、それなりに元気です」
そのためこんな不安の残る返事しか返すことができなかった。
『ふむ、束が言いたかったのはこのことか』
「え?姉さん?」
箒は目を丸くして驚く。父の口から姉の名前が出るなど想像していなかったからであり、同時に疑問に思う。
『昨日かな。束からいきなり連絡が来てね。箒ちゃんに電話してあげて、の一言だけ残してすぐに切れてしまったけれど、これで合点がいった。……はは、束も随分と姉らしくなったものだ。妹の世話焼きが趣味にでもなったのかな』
「し、知りません」
『さて、本題に入ろう。――箒、君は何を悩んでいるのだね?せっかくの機会だ。私に話してみる気はないか?』
柳韻のその言葉に箒は戸惑いながらもポツリ、ポツリと事の顛末を、己の愚かしさを吐露し始めた。
それを柳韻は笑うことも怒ることもせず、じっと箒の話に耳を傾けていた。
やがて、箒が全てを話し終えた時には、通話を始めて十分ほど経過していた。
「……父さん。私は何が足りないのでしょうか。一体何がこんなに私を歯痒くさせるんでしょうか」
箒は思い切って自身が抱いていた謎を柳韻に問いかけた。本来は自分で解決するべきものだが、聞かずにはいられなかった。
しかし、返ってきた言葉は意外なものであった。
『……箒は〝活人剣〟というものを知っているかな?』
「活人剣……ですか」
『活人剣は諸説あるが、篠ノ之流剣術にもその思想を慮った奥義があってね。――その奥義とは〝一殺多生の乱舞〟という』
「……〝一殺多生の乱舞〟」
『そう。一人の悪を斬ることで、多くの命を救う、活人剣の真髄だ。まだこの奥義は箒に教えていないけどね』
一殺多生の乱舞。篠ノ之流剣術の奥義の一つであり、その気高き思想からなったこの奥義は篠ノ之流の中でも秘奥義と呼ばれるほど崇高な奥義である。その真髄は柳韻が述べたとおり、一人の悪を斬り、多くの命を救うという活人剣そのものであった。
『まあ、これが箒の求める答えかはわからないけれど、君の歩む道はこうであってほしいという、親ばかな父親の抱く、愚かな願いだよ』
どこが愚かなのだろうか。と箒は薄く笑う。子供の栄達を願う親が愚かであるものか。自分は本当に良い父親、いや、良い師を持ったと実感した。
「ありがとうございます。おかげで少しすっきりしました」
『そうか。それならよかったよ。何を選ぶにしても君の人生だ。篠ノ之という名に囚われず、自由に生きてみるといい。すると、少しは見えてくるのではないか?箒自身の道が』
「はい。必ず見つけて見せます」
箒はこの日、父親から数ある答えの一つを教わった。
それが正解かどうかはわからない。けれど、彼女の心に響くものがあったのは間違いない。そして彼女は胸中でこう叫ぶ。
――我の刃は活人剣なり、と。
「さてさて、あいつはどんな答えを持ってくるのやら」
日は浮き沈みを繰り返し、一週間の時が経った。
随分と清々しい日だな、と快晴の青空に囁きかけるのは、篠ノ之箒に答えを求めた本人、黒咲紅牙であった。
彼は丁度二週間が経ち、停学を解かれた箒の答えを聞きに彼女がいるであろう懲罰部屋を目指していた。
空はこの日を祝福しているかのごとく快晴で、どこまでも吸い込まれていきそうな深い蒼穹に紅牙は歩む。
やがて、目的の懲罰部屋にたどり着いたとき、そこには先客が待っていた。
「やあ、コウ。いい天気だね」
「そうですね、束さん。これは何かいいことがある前触れですかね」
篠ノ之箒の姉である篠ノ之束が扉を背に体を預けていた。
そして、唐突に紅牙の懐に潜り込み、その腕を背に回した。
「……一言だけ言いたいことがあってね。――箒ちゃんの答えがどうあれ、それを真っ向から否定しないであげて。箒ちゃんはこの二週間、本当に悩んでいたんだよ。だから、ね?」
少しだけ不安に揺れる瞳で、下から紅牙を覗き込む束。その仕草に紅牙は苦笑を漏らしながらも安心させるように言葉を紡ぐ。
「はは、大丈夫ですよ。箒を信じていますから。不器用で自分の心に疎い、あいつをね」
「ん、それ聞いてちょっと安心した。……じゃあ、私はこれで行くね」
「……箒の答えを聞いていかないんですか?」
「ふふ、誰に言ってるのさ。私は稀代の大天災で、世界一の――シスコンだよ!」
そう残し、軽快なステップでその場を後にする束。その姿にクスリと笑みを漏らした紅牙は扉をノックする。
「はい」
さほど間をおかず返事が返ってきた。その声は落ち着いていて、丁寧さを感じる声だった。
「紅牙だけど、いいかな」
「ああ、待っていたぞ。入ってくれ」
箒の言葉と共に扉を開ける。そこには以前の箒とはどこか雰囲気が違う彼女が椅子に座っていた。
「なんか、変わったな」
「そうか?そんなことはないと思うが」
ふふ、と笑う素振りを見せる箒につられ、紅牙も微笑みを浮かべる。いかん、まるでこれは別人のようだ、と心中では驚きの声を上げていたが。
「じゃあ、さっそく聞かせてもらおうか。――箒。君はどんな答えを見つけた?これからどんなことを、いや、どんな道を歩もうとするのかを」
紅牙は真剣な眼差しを箒に向ける。が、当の箒はそんな大層なものではないがな、と苦笑を浮かべていた。
「……簡単なことだ。私はこれからもISを乗り続ける。姉が生み出したこの刃を」
箒は言葉を続けていく。
「どこか、私は盲目的なところがあったようだ。今だからこそわかる。少し前の私は一夏しか目に映らなかったのだな。それがあんな愚行をもたらしてしまった。まるで宗教にでも入っていたかのようにひたすら一夏、一夏と追い求めていた。けれど、ふと周りを見てみれば、――あるじゃないか。他にも大切なものが。そんな些細なことに気付かしてくれたのが、姉さんと――父さんだった」
姉さんと父さん。この二つの単語を言う時だけ、箒は穏やかな笑みを増していた。とても心地よく、安らぐような微笑みに紅牙は内心、冷や汗をかいていた。
(……これ変わりすぎじゃないか?一体何があったって言うんだよ)
「父さんの言葉で、私は篠ノ之流剣術の奥義の一つを教わったんだ。その奥義の真髄が馬鹿みたいに勧善懲悪で、だからこそ目指してみたくなった」
紅牙の焦りもどこ知る風と言わんばかりに言葉を続ける箒。その顔はやはり穏やかな微笑みを浮かべたままであった。
「――我の刃は活人剣なり、とな」
この言葉に紅牙は内心の焦りを払われた。彼女の道は経ったこの瞬間まで始まっていなかった。そう、今ここから彼女の道が始まると、直感が感じ取った。
「これが私の答えだ」
屈託のない笑顔で満足そうに答える箒に、紅牙も笑顔を返した。
「そっか。見つかったか。良かったな、箒」
学園にいるもう一人の男子生徒は懲罰部屋の前で先の篠ノ之束がしていたように背を扉に向け、体を預けながら、中の会話を聞いていた。
と言っても、最初からではなく、たった今来たばかりで、中に入るのも憚られたため、こうして聞き耳を立てる結果となった。
決して異常性癖じゃないぞ、と心の中でしっかりと釘を刺していたところ、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。それはさておき、この男子生徒が聞き耳を立てたのは丁度箒の話が後半に移る時。箒が父親から篠ノ之流剣術の奥義を教えてもらったというくだりからであった。
そこまでに至る部分が気になる一夏だが、とりあえずは箒が心を入れ替えたようで一安心。といった具合で静かにその場を去る。
――果たして、最初から聞き耳を立てていた場合、彼はどんな反応をしたのだろうか。
それを知る者は誰もいない。
あとがき
どうも!raludoです。
今回は箒の改心回……のはずだが、お前誰だよ!ってな具合になってしまった。まあ、予定通りですけど。
そして、やっぱり心理描写が難しいですね。おかげでかなりの難産でした。
自分はこういう心理描写を書くときは、音楽の歌詞とかをよくイメージしたりしますが、皆さんはどうでしょうか。
さて、もうそろそろ銀髪さんの登場が近くなってきました。本格的な登場はまだ先ですが、少しずつ物語は動き出します。まあ、次の次くらいからw
ではでは、次回でまた会いましょう。
御拝読ありがとうございました。