IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
五月最終日。気温も徐々に上がり、衣替えの季節になりつつある今日の朝も、食堂は賑わっていた。
休みも明け、翌日から六月という梅雨の季節に入るにもかかわらず、ここIS学園の生徒は元気ハツラツであった。
そして、その群衆の中に学園の数少ない男子生徒の一人、織斑一夏は久しぶりにいつものメンバー全員で朝食をありついていた。
久しぶりというのも、つい先日までいつものメンバーの一人である篠ノ之箒が停学処分を受けていたため、朝食でこうして集まることができなかったのだ。
だが、それも昨日まで。先も言った通り、今日は久しぶりに全員揃っての朝食。周りと同じく賑やかに過ごすのだろう、と思いきや、異様な雰囲気が漂っていた。
「……えーと、箒って呼ばせてもらうわね。そして言いたいことが一つ。あんた何があったの?」
疑問を呈したのは、この空気にも物怖じしない、一夏のセカンド幼馴染である鈴。彼女のこういう性格が今回は頼もしいと一夏は素直に実感した。
「なら、こちらも鈴と呼ばせてもらおう。……何があったと言われてもな。少し心を入れ替えただけだが?――ああ、そう言えばちゃんとは言ってなかったな。あの時は私の行動のせいで迷惑を掛けた。この通り謝罪しよう。すまなかった」
そして、頭をぺこりと下げる箒。このあまりにも素直すぎる箒の態度に一夏、鈴、そしてセシリアが面食らう。それもそうだろう。つい二週間前の彼女はこんなに素直ではなく、よく一夏に照れ隠しや嫉妬の暴力をふるい、周りからは〝素直じゃない奴筆頭〟と陰で言われていたほどの、ある意味面倒くさい女だった。
それが今はどうだろう。そんなカケラは微塵も残っていないではないか。別人と言っても過言ではないのかもしれない。
「わかった。わかったから、もう頭下げなくていいわよ。それよりもちゃんと生徒会長には謝ったの?なんだかんだ言って、あんたを守ってくれたのはあの人なんだから」
「うむ、その辺は抜かりない。しっかりと昨日のうちに謝罪してきた。……まあ、本人には笑って、はいはい、と流されたがな」
箒の言う通り、今回一番迷惑を掛けたであろう刀奈には先日のうちにちゃんと謝罪に行った。
しかし、本人はそれを笑って流し、『そんなに劇的に変わってくれたなら、私も腕を代償にした甲斐があったわ。まあ、代償と言ってもなくなってはいないけどね』と笑顔と共に返されてしまったのである。やはり、子供っぽいところがあると思っていても、年上なのだなと実感した箒であった。
「心を入れ替えただけでそんなにすぐ変わるものなのでしょうか……?」
未だに箒の変化に付いて行けないセシリアが困惑をはらんだ声で呟く。
「意外と変わるものだぞ。それも一瞬で」
セシリアの疑問に答える箒。しかし、それで納得できれば苦労は無い。セシリアは難しい顔を解くことはなかった。
そして、一番面食らっているのが、ここまで一言も言葉を発していない、いや、発せていない一夏である。
先日、懲罰部屋で箒の目指す道を盗み聞きはしていたのだが、いざこうして対面してみると、その変化に驚愕していた。
そして、逆に嬉しいことだと一夏は思う。なんであれ友人がこうして少しずつ良い方向に向かうのは嬉しいと。
だが、喜んでばかりもいられない。ただ友人の成長に喜んでいるだけでは、いつか自分が取り残されてしまう。そんなのは御免だ。自分だけ何もできないなんて言うのは辛いし、苦しすぎる。
――。
気が付けば、周囲の音が消えていた。そんな馬鹿なと思い、周りを見回してみれば、みんな口を動かし楽しそうに話をしながら朝食を食べている。だが、その話は聞こえることなく、こちらから声をかけても聞こえていないのか、こちらを無視して他の人と話をしている。
こちらのことが見えていないのか、何をしても、周りは自分のことなどいないかのように振る舞う。
まるで、そこに自分だけが取り残されているような、ものすごい疎外感が一夏を襲う。周りからお前はずっとそこにいるんだと言われているような感覚に囚われる。
(なんだ?一体何だってんだよ!!)
叫びを上げるも、自分の声が届くことはない。その事実がさらに一夏の心を侵食する。
――こんなのは嫌だよね?――
声が聞こえた。まだ少女だろうか。些か幼さの残る声音は真っ直ぐ一夏の心に響いた。
――だったら、立ち止まってなんかいられないよね――
視界が徐々に暗転していく。いや、周りの光が暗くなっていく。
――私は、いつでも大丈夫だから。早く……ここまで来てね――
暗くなる視界に一瞬だけ見えた。それはおぼろげながらも、雪片のように見えたのは間違いだろうか。何分一瞬であったため、良く見えなかった。
そして――。
「一夏?」
「え?」
ふと気が付けば、周りの話し声がしっかりと聞こえるようになっていた。きょろきょろと周りを見回してみても、先程のことが嘘のように元通りになっていた。
「どうしたのだ?そんなに周りを見回したりして」
一夏の挙動不審に疑問を持ったのか、対面席で一夏の目の前に座っている箒が声をかける。
「……いや、何でもない」
先程ことを正直に話したとしても、信じてくれるとは到底思えない。結局、無難な返事をするしかない一夏。だが、先程のことは忘れぬよう、しっかりと心の中にしまっておく。
(それにしても、誰だったんだ。俺に話しかけてきた少女は)
一夏が疑問に首を捻っている間、制服の袖の中で白式の待機形態であるガントレットが鈍く光を放っていたことに、この時は気付くはずもなかった。
「荷電粒子砲はともかく、やはり問題は、マルチロックオン・システムだな。これについては全くと言っていいほど形ができていない。プログラム段階でもうお手上げだよ」
「うーん、やっぱりそうだよね。マルチロックオン・システムのプログラムなんてどうやって組めばいいんだろう」
重機油の匂いが少し漂う機械に囲まれた部屋、第二整備室でIS製作を行っているのは学園の男子の片割れ、黒咲紅牙とその妹分である更識簪であった。二人とも授業が終わって、放課後から夕方近くまで作業をしていたが、とうとう、大きな壁にぶち当たった。
二人が制作している第三世代IS〝打鉄弐式〟には第三世代特有の武装が積まれていた。
その名も四十八連独立可動型誘導ミサイル〝山嵐〟。名前から分かる通り、独立可動なので、それぞれが独自に獲物を追尾する、末恐ろしい武装である。だが、これを可能にするには高度なマルチロックオン・システムで随時ロックオンが必要なため、このシステムが必要不可欠なのだが、その製作が思ったよりも難航してしまっているのだ。
無理もない話だ、と紅牙は思う。そもそもマルチロックオンの技術概念自体、学生の範疇に収まるものではないし、現役の技術者でさえ、プログラムを組むのは難航するだろう。もちろん、簪の技量を舐めているわけではないが、少し身に余るものではないか、と思ってしまうのは仕方のないことだった。
「どうしよう。とりあえず、急場しのぎとして、単一のロックオン・システムで代用するしかないのかな」
「おーい、かんちゃーん」
打開策を考え込んでいる簪に部屋の外から声が掛かった。そちらの方を見れば、丁度自動ドアを開いて整備室に入ってくる人物が一人。
「あ、本音」
「てへへ、頑張ってるかーい」
身の丈に合っていないだぼだぼな制服をその身に纏い、よちよちとペンギンのようにしてこちらに歩いてくる彼女は布仏本音。同じ一年一組の生徒であり、今の簪の守り刀である。
紅牙も刀奈の守り刀をやっている時に面識はあるが、一度や二度顔を合わせた程度なので、紅牙本人はすっかり忘れていたが、この学園になじみ始めてきたころに声を掛けられ、思い出した次第である。
それからはお互いちょくちょく話す程度には打ち解けていた。
「おー、コーガもいたんだねー。通りで今日はかんちゃんの機嫌がいいわけだね」
「ほ、本音!」
顔を赤くし、本音の頭をポカポカ叩くその姿はなんと微笑ましいことか。簪はかわいいなあ、とまるで子供を見守る親のような心境でやり取りを見ていた。
「いた、痛いよ~。ちょっとした冗談だよ、かんちゃん」
「ふ、ふん。それで、何の用?」
ぷいっ、と音が出そうな勢いで顔をそむけた簪。その姿に本音は、かんちゃんはかわいいなあ、と言いながら、自分の左手首を指さす。
「もう、こんな時間だよ~。私はお腹がすいたのだ~」
「え?あ、本当。もうこんな時間。そろそろ整備室を閉めなきゃ、担当の先生に怒られちゃう」
そう。この整備室は利用時間がきっちりと決められており、もしそれを破ろうものなら、一定期間、整備室の利用を禁止されてしまうのだ。そんなことになったら打鉄弐式の開発が大幅に遅れてしまうので、時間だけは気を付けるようにしているのだ。
「それじゃあ、とっとと片づけるわよ」
「え?」
突如、ここにいないはずの声が聞こえたため、紅牙以外の二人は慌てて再度扉の方を見る。
そこには、生徒会の仕事終わりだろうか、本音の姉である虚を連れた刀奈がいた。
「お姉ちゃんに虚さん?どうして」
「おねーちゃん、どうしたの~?」
「どうもしないわ、丁度仕事が終わったから久しぶりに一緒にご飯でも食べようと思って」
「そういうこと。ほら、さっさと片付けるわよ」
虚、刀奈の順に整備室に入り、機材の片付けを始める二人。それにならって、本音と簪も片付け始める。
さて、と紅牙は用事を思い出したというようなそぶりで整備室を後にしようとする。
だが、当然刀奈がそれを見逃すはずもなく。
「あら、紅牙。どこに行くの?」
「いや、ちょっとした仕事を思い出してね。遅くなるかもしれないからご飯はみんなで楽しく食べてくれ」
「そう?じゃあ、私も一緒に……」
「お嬢様、そう無暗にプライベートに干渉するものではありませんよ。はい、さっさと片付けをしますよ」
「ああん、虚ちゃんのいじわるー」
こちらについてくる気だった刀奈の襟をがっちりと掴み、片付けに戻る虚。紅牙は内心助かった、と安堵した。何故ならこれから行くところは、刀奈がいると絶対に話が進まないと分かり切っているためである。
そうして、整備室を後にし、向かった先は本校舎の外、とある天才が住んでいる研究所であった。
簪のマルチロックオン・システムの件は紅牙も頭を悩ませていたが、現状の所、打開策がなく。一か八か、篠ノ之束の力を借りようとしていた。
だが、これには二つほど問題がある。一つはすでに周知のとおり、束は他人に関心がない。いくら、この学園に馴染んできたと言っても、一生徒のために力を貸すかと言われれば、たぶん否と言うだろう。
そして二つ目が、簪が刀奈の妹であること。これが一番の問題かもしれない。刀奈と束は犬猿の仲と言っても過言ではないほどに仲が悪い。
個人的にはもう少し仲良くしてほしいと思っている紅牙だが、それは見当はずれな願いだった。何故ならば、本当に嫌いなら、お互いああまでして毎回喧嘩はしないであろうことは容易にわかるからである。
喧嘩するほど仲がいい。この言葉は存外あの二人にこそ当てはまるのではなかろうか。
それはともかく、この二つの問題で構成された重大なミッションを、紅牙は成功させなければならない。胃が痛くなってきたのはここだけの話。
足取りも自然と重くなっていく最中、研究所の前まで到達した紅牙。一度深呼吸し、己の頭をクールダウンさせる。
そしていざ、この難関ミッションを成功させるべく、その扉に手を掛けた。
「やだ」
予想通りの返答を貰った。
研究所に足を踏み入れ、事情を説明すること五分。即答された。
「なんで私があの猫の妹のために面倒くさいプログラムを組んでやんなきゃいけないのかな」
やっぱりか、と肩をがっくりと落とす紅牙。わかってはいたが、こうもあっさりと拒否されてしまうと、一抹の望みをかけていた自分が馬鹿みたいではないか。
すると、その姿に見かねたのか、
「……条件次第ではやらなくもないよ」
束は紅牙に妥協案として条件を出すことにした。やはり、束も好きな男の役に立ちたいという、恋心をしっかりと持っていた。
「条件……ですか?」
「そう、条件。前払いで取り消し無しの」
「……それでかまいません!お願いします」
ここで紅牙は一つの失敗をした。普通ならば契約時条件は先に提示され、それを承認してから契約成立となるのだが、紅牙は一度断られて、しょんぼりと気を落としていたところに、条件があるけどいいよ、と言われたため、そこら辺の所をすっぱりと忘れてしまっていた。
「じゃあ、……ん」
「んむ!?」
紅牙がお願いします、と言った瞬間に束は紅牙に近づき、その唇を紅牙の唇にくっ付ける。いわゆるキスである。
「はい、代金はいただきましたー。二時間後にはプログラムデータを紅牙に送ってあげるから。じゃあねー」
と顔を真っ赤にしながら自室に駆け込む束。一方、唐突に唇を奪われた紅牙はというと。
「……」
完全にフリーズしていた。と思いきや、いきなり再起動し、そのまま研究所を後にする。
そして、沈みゆく夕日を見て、
「――今日も夕日は綺麗だな。うん、いいことだ」
と現実逃避をした。
(――とりあえず、確かなことは、このことを刀奈に知られたらやばいということだ。……なんで浮気した旦那みたいなことになっているんだ?)
改めて自身が作り出した爆弾の大きさに、紅牙はぶるり、と体を震わすほど戦慄した。
折角、束からキスをされたというのに、まったく喜べない紅牙の姿が、ポツンと夕闇の中消えていった。
あとがき
raludoです。今回は十九話をお届けしました。
今回で打鉄弐式を完成させようと思ったんですが、無理でした。なので、完成は次回で。
そして、たぶん初登場ののほほんさん。更識関係者なのに今の今まで登場しなかった彼女。決して、忘れていたわけじゃないんですからね?
次回はそろそろ裏の話に行きます。やっと第二章の本題が動き出すといったところでしょうか。
それではまた次回でお会いしましょう。感想や評価、よろしくお願いします。
御拝読ありがとうございました。