IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
IS学園一年一組の教室。そこは朝の少女たちの活発な囀りで賑わっていた。この後にはHRを控えている彼女たち。一度HRが始まってしまえば、沈黙を厳守とせざるを得ない状況になるので、今のうちに話したいことは話しておこう。そういった一面があるのかもしれない。
その少女特有の姦しい声が飛び交う教室内で、紅牙は誰とも話すことなく、自分の座席にて腕を組みながら座っており、静かに目を閉じていた。瞑想、または単に眠っているだけなのか。そのどちらともいえない状態の紅牙に一人、声を掛ける女性がいた。
「兄様。何をお考えですか」
その少女は紅牙の隣に座る生徒、彼の義妹でもある黒咲氷華であった。紺の髪が特徴で、結った髪を左肩から前に垂らしている姿が可愛らしく、一部の女性からはとても人気があるのだという。
無論、氷華に百合の趣味は無いので、そういったものの過剰な反応に対して、丁寧に断っているのだが。
それはさておき、氷華が隣の紅牙に声を掛けたのは、何も雑談を行うためではない。
(妙に力が入りすぎている……?)
なんとなく、今の紅牙からは他人を寄せ付けない、硬いイメージを感じる。今日転入してくる生徒のことはもちろん氷華も知っており、千冬からその件についての面倒事を押し付けられたのも了承済みである。
(渋々ですけどね。織斑先生は私達を、その辺りの便利屋か何かと勘違いしているのではないか思ってしまいたくなります)
しかも、それが護衛の仕事に関わるというのだから始末に負えない、と氷華は内心で溜息をつく。
(兄様のそういう優しいところが私は好きなのですが、それが危うく見える時があるのも事実です。……兄様、無理に優しく振る舞ってはいませんか?内心では苦しく思っていませんか?)
しかし、その問いに紅牙は答えられないことを氷華は知っているので、これも胸の内にしまっておく。兄様の妹は心労が多いです。と苦笑を浮かべる。
そして氷華の最初の問いに紅牙は静かに目を開け、氷華だけに聞こえるよう声を絞って返答する。
「……先日、夜更かしをしてしまってね。そのせいで眠気が取れないんだ」
ぽかんと口を開けて固まってしまう氷華。だってそうだろう。なにか心配事でもあるのか、妙に強張っている紅牙を気に掛けて声をかけたのに、返ってきた返事はまさかの寝不足。氷華にとっては肩透かしを食らった気分だろう。
「まさか、先日に何かあったのですか?睡眠時間を削らなければならないような重大なことが」
氷華は別の可能性の存在に気付き、紅牙に問う。私の知らないところで大変なことに巻き込まれているのではないか。そういった類の意図を込めた質問であった。
「いや、別に何か重大なことが起きたわけでもないんだ。強いて言うなら、野暮用かな?」
紅牙の返答に、今度こそ氷華はがっくりと肩を下す。やはり期待しているほどの事情があるわけではないようだ。
「……兄様、BREAKERSのリーダーとして言わせてもらいますが、こういう大事な日の前日にそのような寝不足の状態で臨むのは愚策と言えます」
「う……。そうだな、すまない。ちょっと気合を入れなおすよ」
氷華はジロリとジト目で紅牙は睨む。その視線に紅牙はいたたまれなくなり、謝罪を述べる。氷華の言う通り、任務に支障が出るのはまずいので、素直に氷華の諫言を受け入れる。
「まったく……せっかく心配して声を掛けたのに、その心配が無駄になりました」
ぷんぷん、とわかりやすく腕を組みながら怒りを露にする氷華。もちろん本気で怒っていないことは誰の目からも明白で、逆にその仕草がある種の可愛さを醸し出していた。
――その時、教室の前側の自動扉が開いた。その瞬間に話し声は止み、席を離れていた生徒もすぐさま自分の席に着く。その中に一夏やセシリアの姿もあったのだが、二人の姿もやがて自席に移っていく。
その理由も簡単。一年一組、我らが担任、織斑千冬がこの教室に入室してきたからである。
「諸君、おはよう」
「「おはようございます!」」
千冬の挨拶に元気よくそれに応える生徒。もちろん、氷華や紅牙もきちんと挨拶を返す。
「うむ。……今日も確認したところ、欠席はいないな。さて、突然で悪いがこのクラスに転入生が来る。お前ら、騒ぎすぎるなよ?――山田先生」
千冬の声と共に副担任である山田麻耶が教室に入ってくる。後ろに見知らぬ女学生を連れて。
その女学生は女性としては小柄であり、身長も百五十センチあるかどうかといった具合であり、華奢な印象を受けるのは否めない。そして、最も目を引くのが、足首まであろうかというほどの銀の長髪だった。その銀髪は教室の電光を反射しているのか、眩しいくらいに輝いていた。
麻耶はそのまま檀上までその転入生を連れて行くと、転入生に自己紹介を行うよう促す。
「それではラウラさん。自己紹介をお願いします」
「わかりました。……ドイツの代表候補性、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。日本という異国の地で何かと苦労を掛けるかもしれないが、よろしく頼む」
自らの名をラウラと話す少女は自己紹介の終わりに胸に手を置き一礼する。一組の生徒はその一礼が終わると同時に、喝采とは言えないがそれなりの拍手を持って出迎える。
その中で氷華と紅牙は不審な点がないか、注意深く彼女を観察する。
「はい、ありがとうございますラウラさん。それでは、ラウラさんの席は窓側のあそこの席になります」
「了解しました」
麻耶の言葉に素直に従い、すたすたと指定された席に向かうラウラ。途中、一夏の目の前を通ったが、彼女は一夏を一瞥しただけで視線をすぐ戻し、指定された座席に座る。
しかし、紅牙はラウラが一夏を一瞥したその瞳を見逃さなかった。
(……やはり、織斑先生が言うように、何かしらの感情がラウラにはあるようだな)
ラウラが一夏を一瞥したその瞳。そこには確かに何らかの感情を宿した瞳だったと紅牙はしっかりと確認する。
それと同時に、一つの疑問も浮上する。それはラウラの瞳に宿る感情が負のものではなかったことである。
(あいつの目からは嫌な感じはしなかった。ラウラは一夏に対してそこまでの執着は持っていないのか?――いや、断定は早い。もう少し様子を見ないと)
とりあえずの疑問を様子見に徹することにした紅牙は氷華をちらりと見る。
すると、こちらの視線に気が付いたのか、氷華が静かに頷く。どうやら氷華も紅牙と同じ疑問を抱いているようだった。
「いいか諸君。ラウラは教育施設自体初めての奴だ。何か困っていたら、お前らでフォローしろ。いいな?」
「「はい!」」
ラウラを除く一組の生徒は千冬の言葉に大きな返事をする。
「本来はもう一人転入してくる奴がいたんだが、そいつは向こうの事情で数週間程遅れるらしい。まあ、もう一人遅れてここにやってくる人物がいるとだけ認識しておけ」
千冬のその言葉で教室内が騒然となりかけるが、その前に千冬が軽く出席簿で教卓をパンパンと叩く。一年一組ならばその行動の意味をこう捉えなければならない。
――これ以上騒いだら、
それを正確に理解した教室内の生徒は途端に静まる。いかに千冬の影響力が強いかは言うまでもないだろう。
一瞬、千冬が紅牙を見るが、紅牙は頷くことで、それに応える。こちらは任せておけと、そういった意味を込めて。
「よし、一段落したところで今日の連絡事項を話す。聞き漏らすなよ。今日は――」
千冬は紅牙の頷きを確認したと同時にHRを進める。連絡事項などを伝えた後はいつも通り、授業に入っていった。
これから起こるであろう出来事を想像すると胃が痛くなる紅牙だが、唯一の救いだったのが、このHRで完全に眠気が覚めてくれたことだろうか。その点には感謝しよう、と紅牙は誰に対してなのかはわからない謝辞を述べた。
「あなたが黒咲紅牙殿か」
一時間目のIS基礎理論の授業が終わると同時に、ラウラは紅牙に声を掛ける。
ラウラが紅牙に声を掛けた理由は主に二つあった。
一つ目は自分が軍属であったからである。一応日本の軍事組織に所属している紅牙にコンタクトを取り、自分が敵性人物ではないことの証明を行うこと。BREAKERSはあの有名な束博士の護衛をしているため、この行為は必要なことだと考えたのだ。それに加え、先程は随分と警戒心に満ちた眼差しを向けられた。その辺の誤解もしっかりと解いておこうと思ったのである。
二つ目は単純に興味があったからである。この学園の生徒に興味はないが、それでもその中の数人は決して無視できない実力を持った人物がいることも確かだった。
紅牙はあの束博士を救出することに成功している。この功績がどれほどのものかは言わなくてもわかるだろう。ラウラにしても興味どころか尊敬さえできる人物である。純粋に話してみたいという思いがあった。
(上手くいけば、強さの秘訣等の話も聞き出せるかもしれない)
強さに固執しているラウラはぜひともその秘密を聞いてみたかった。自分に課せられている任務とは全く関係ないことではあるが、それでも聞いてみたいと思う気持ちのほうが強かった。
「ん?ああ。ラウラだったよな?俺に何か用か?」
話しかけた第一印象は〝普通の男〟だった。少なくとも強そうには見えない。ラウラは内心で少し気を落とす。
(いや、まだ早い。人は見かけによらぬとも言う。もう少し話をしてみなければ)
ラウラはそう思い直し、会話を続ける。その声には期待を裏切らないでくれ、といった願望が込められていた。
「ああ、少し話をしたい。いいか?」
すると、紅牙は少し考え込む素振りを見せ、親指を上に突き立てる。
「ここじゃなんだし、そういうことなら屋上に行かないか?」
「ああ、了解した」
ラウラは先導する紅牙の後ろを付いていく。教室を出るとき、ふと、織斑一夏の姿が目に入る。何を話しているのかはわからないが、楽しそうに女子達と話している。
(織斑一夏……。任務の前に必ずお前を倒す。中将から課せられた任務は〝公式戦〟で織斑一夏に敗北せよ、というもののはずだ。貴様に恨みがないわけではないが、まあいい。そのうち私との模擬戦に付き合ってもらおう)
ラウラが一夏に持つ〝恨み〟。それは今に至っては僅かなものだが、確かにラウラの中に渦巻いているもの。
かつて、現役の織斑千冬が引退する結果になった原因、〝第二回モンドグロッソ〟での織斑一夏誘拐事件。名前の通り、IS世界大会である〝モンドグロッソ〟。その第二回大会にて当時二年連続優勝候補だった織斑千冬は、決勝戦を不戦敗になるという結果になってしまった。それというのも、裏で弟である織斑一夏が誘拐されたからである。犯人グループは一夏を人質に織斑千冬の決勝戦不戦敗を要求し、千冬はこれを承諾。そしてドイツ軍からの情報リークもあり、監禁現場に向かい一夏を助け出した。
なお、この出来事は公にされておらず、千冬はドイツ軍に借りを返すために一年教官を務めることになった。そして、そこでラウラは千冬と出会った。
強さの憧れを千冬に抱いていたラウラは、千冬の現役としての活躍を奪った間接的な原因となった一夏を恨んでいた。が、やはりそこは軍人。時間を置くとともに理性がそれを否定し始める。織斑一夏が悪いわけではない、悪いのはあの犯行グループだ、と自分に言い聞かせる。
それでもやはり感性的な部分では複雑な気持ちを抱いていた。それが今でも僅かな恨みとなってラウラの胸の内をぐるぐると巡る。――まるで、終わりのない、〝ウロボロスの蛇〟のように。
屋上に出たラウラと紅牙はお互い、配置されているベンチに腰を下ろした。六月に入り、湿った空気が流れる季節だが、この日はそこまで湿度は高くなく、比較的過ごしやすい天気であった。そよぐ風が二人の髪を撫で、吹き抜ける。風もこの天気に喜んでいるのだろうか。そう錯覚させるほど、この季節でのこの天気は珍しかった。
「それで?話っていうのはなんだ」
ベンチに座り、一息ついた後に紅牙は話を促す。その表情は鋭さを帯びており、ラウラはこの瞬間、少しだけ歓喜する。少なくともただのぼんくらではなさそうだ、と。
「うむ、まずは――私はお前の敵ではない。その辺をしっかりと理解してもらいたい」
「悪いが、その言葉をそのまま鵜呑みにはできない。仮にそれが事実であっても、それが〝織斑一夏〟に危害を加えないことにはならないだろう」
紅牙は毅然とした態度で言い放つ。こういうところはラウラとしても好ましいが、話が進まないのはどうしようもない。
「わかった。なら、先程のように私を監視するといいさ。そちらが納得のいくまで、な」
「もちろん、そのつもりだ。言われるまでもない」
とりあえず、一つ目の要件を済ませたラウラは、二つ目の要件に入る。
「それで、もう一つ聞きたいことがあるのだが」
「なんだ?」
ラウラは一度深呼吸をしてから、はっきりと一語一語丁寧にその言葉を言った。
「お前にとって、強さとはなんだ?」
ラウラの質問に少し目を見開く紅牙。内心で少なからずの驚きがあったのだが、それ以上にその質問に納得した風にも見えた。
紅牙は千冬から多少の事情は聞いているため、ラウラの質問にも多少の驚きがあったが、予想の範囲内であったのだ。
そして、あらかじめ用意しておいた答えを口に出す。
「――人の強さを聞いても、それが自分の強さになりえるとは限らないぞ」
「え?」
予想外の言葉に目を丸くするラウラ。そんなラウラを尻目に紅牙はベンチから立ち上がり、校舎内へと続く階段に歩を進める。
「ま、待て!話はまだ!!」
「もうすぐ予鈴が鳴る。話はこれでおしまいだ」
もう話すことはないとばかりに、手をひらひらと振りながら階段を下りる紅牙。その後ろ姿をラウラは呆然と見つめるだけしかできなかった。
あとがき
どうも、raludoです。何とか書き上げました。
色々と回り道をしてしまいましたが、ようやくラウラの登場です。原作のラウラとは離れすぎているかもしれませんが、その点につきましてはご了承ください。
というか、軍人でしかも隊長格である少佐の身分なら、これぐらいは普通だと思うのは自分だけなのか。まあ、それは置いといて。
それと、IS九巻が発売されていますが、九巻で明かされた設定はこの小説では反映させません。すでにプロットを作ってしまっているので、もし反映させるとなると、大規模な改正を行うことになってしまうので。具体的には楯無さんとそのISの設定ですね。こればっかりは仕方ないと割り切っていただけますと恐縮です。
次の更新は一応五月中を予定していますが、正直わかりません。六月になってしまうかも。とりあえずは五月中に更新できるよう頑張ります。
感想等ございましたら、気楽にどうぞ。誤字脱字に関しても、もしやらかしてしまっているなら報告してくださると助かります。
それでは、次話にてまたお会いしましょう。
ご拝読、ありがとうございました。