IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒがこの学園に来てから数日が経過した。
元々、職業軍人だったため、最初は周りとのコミュニケーションが上手くいかなかったのだが、その間を取り持ったのが、意外にも篠ノ之箒だった。
本人曰く「少し前の自分を見ているみたいでむず痒かったから」らしい。本当のところはわからないが、この事実が周りの生徒に与える影響は大きかった。逆を言えば、それだけ篠ノ之箒はクラスの中で信用されているといえる。彼女が前を向いて進む姿は周りの生徒に決して悪い目で見られなかった。その事実に姉である篠ノ之束はほっと胸を撫でおろしたのだという。
その一件以来、少しずつラウラと周りとの齟齬がなくなり、何とか孤立という事態は避けた。織斑一夏に対しても、今のところなんら怪しいことはしておらず、それどころか、普通に挨拶し、多少の会話をするぐらいの中になっていた。だが、やはりその瞳を見れば、他の生徒を見る目とは違い、何らかの感情を宿しているように見える。その感情がなんなのかは、今は誰にもわからない。そう、ラウラでさえ例外なく。
とりあえずこの数日間は一夏に対し、目立った行動をとっておらず、比較的穏便だった。
――今のところは、だが。
「お兄ちゃん……このプログラム……どうしたの?」
機械特有の油の匂いが充満するここ、整備室。そこにはもはや、皆勤賞をとれるのではないかと思ってしまいそうになるほど、毎日この整備室を利用している人物がいる。
その名を更識簪。学園の生徒会長の妹であり、日本の代表候補生でもある彼女は専用機が仕上がっておらず、毎日ここで作業をしていたというわけである。
そこで先の発言に返るわけだが――。
「マルチ・ロックオンシステムの基礎プラグラム……こんなものどこから……?」
そう。簪にとっての兄貴分である黒咲紅牙は一つのプログラムデータを簪に渡していた。それが〝マルチ・ロックオンシステム〟の基礎プログラムデータである。このデータが足りなかったために、簪の専用機である〝打鉄弐式〟は製作ストップしてしまっていたのだ。それもそのはず。〝マルチ・ロックオンシステム〟は学生が手軽に組めてしまうプログラムと違って、プロの兵装プログラマーでも組める人数は限られてしまうほどの超高度なプログラムである。この時点で学生の範疇を超えているのは明らかである。そして、疑問はそのプログラムをいとも簡単に持ってきた紅牙に向く。
「い、いや、ちょっとした伝手があってな。何とか基礎プログラムだけでも提供してもらったんだよ」
紅牙の横に、作業現場を見学に来た生徒会長である楯無――ここでは刀奈と言ったほうが良いだろう。その刀奈が先ほどからジロリと紅牙をジト目で睨んでいる。紅牙はその視線を受けながらも、努めて平静を装うように答える。……最初の部分でどもってしまった時点で理由ありなのはバレバレだが。
それもそう。そのデータは必死の交渉(?)により紅牙があの篠ノ之束から手に入れたデータなのだ。その交渉の段階に起きた出来事で隣にいる刀奈と一悶着起こした紅牙だが、もちろんそんなことは絶対に口外しない。何があっても、である。
しかも、束はこちらの事情を汲み取ってくれたのか、完璧なプログラムデータではなく、所々穴がある基礎プログラムを紅牙に渡したのである。交渉時に簪のやらんとしていることを大まかに話した紅牙であったが、それがこんな形で反映されているとは思わなかった。だが、これならば最終的に〝マルチ・ロックオンシステム〟を組み上げるのは簪になる。すべて与えられたデータではなく、自分が完成させることに意味があると束は見出したのだろう。そういう、少しでも他人を意識した行動を束がとったのが純粋に嬉しかった。
後日、このことを職員室にいる織斑千冬に話したところ、目を見開きながら椅子から転げ落ちたという。もちろんその後、それを見ていた他の教師たちに今の失態を固く口止めさせていたが。
「ふーん。それじゃ、そういうことにしておくね」
刀奈がジト目で紅牙を見ていることに気が付いたのか、それとも何となく事情を察したのか、簪も自然とジト目で紅牙に返事をする。
その事実が深く紅牙にダメージを与える。そう、精神的に。
やがて、ジト目の集中砲火に耐え切れなくなったのか、今日は簪のIS製作を手伝わず、そのまま一夏たちがISの練習をしているのであろうアリーナに向かうことにした。刀奈も一夏たちの練習に興味があるのか、ジト目をやめて紅牙の後につく。
「見学はいいのか?」
「今日ぐらい大丈夫よ。毎日見てるんだし」
「そうか、毎日――毎日、見学してるのか!?」
さらっと爆弾をはらんだ言葉を口にする刀奈に、一瞬流されかけた紅牙だったが、その言葉の異常性をしっかりと認識する。
「そうよ?だって、一生懸命頑張っている簪ちゃんって、ほんっっっっとに可愛いんだから!!もう眺めているだけでご飯三杯は余裕よ?」
「いや、そんなとこで余裕になってもらっても……。その前に生徒会の仕事はしっかりやっているんだよな。そんな毎日整備室を覗きに行ってたら、仕事なんて手に付かないんじゃないか?」
「その点は大丈夫。私には優秀な部下がいるから」
「おいっ!?」
またもや、ぽろっと爆弾を放り投げる刀奈に呆れよりも驚きのほうが先に出てしまう紅牙。しかし、考えてみてほしい。部下というのは間違いなく布仏虚のことだろう。今の発言は仕事を全て押し付けている見ていいだろう。それで当の本人は妹の姿を見に行っている。大事なことなので二度言うが、布仏虚にすべて押し付けて。押し付けられている虚はどう思うだろうか。
(……そのうち、ストライキでも起こされるんじゃないのか?)
本気でその可能性があることを刀奈に伝えようとしたところで、刀奈がクスッと小さく笑みを浮かべる。
「ふふ、嘘よ。ちゃんとやっているから心配しないで?そりゃあ、少し虚ちゃんに手伝ってもらうこともあるけれど、全部押し付けるような真似はしていないわよ」
「それならいいが。でも、毎回見学に行っていると、簪が気になって集中できないんじゃないか?」
紅牙は少し複雑な表情で刀奈に問いかける。確かに見に行く分はいいかもしれないが、実の姉に、それも今まで緊張状態にあった刀奈が毎回整備室にいたら、余計な気を使って集中できないのではないか。紅牙はそう考えたのである。
しかし、刀奈は紅牙の問いを自信満々にふふん、と得意げな顔でまたもや爆弾を落とす。
「それこそ問題ないわ。私の隠密技術は伊達じゃないのよ?」
「おいっ!!??」
刀奈の発言にまたもや大声で突っ込む紅牙。だが、それも仕方ないだろう。何せ今の言葉を正確に読み取ると、簡単に言えばストーカーまがいのことをしているのだ。実の妹相手に何をしているんだ、と紅牙は今度こそ呆れ果てる。
その後もたびたび爆弾発言はあったが、どれもこれもインパクトがありすぎて、アリーナに到着するころには紅牙の感覚はすっかり麻痺してしまっていた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。織斑一夏の中で彼女は、単にドイツから来た転入生という認識でしかなかった。その認識が間違いだったと気付かされたのは彼女が学園に来た日の夜だった。
紅牙が一夏に忠告したのだ。彼女はお前に何かしらの因縁があると。一応気を付けるんだ、とも。
よくよく調べてみたら、彼女はドイツの軍人であるのが分かった。まあ、同室の紅牙に情報を提供してもらっただけなのだが。まあ、何はともあれ、一夏には一つ思い当たる節があった。
(ドイツといえば、あれだろうなあ)
一夏の思い当たる節。それは第二回モンドグロッソでの己自身の失態だった。そもそもなぜ自身が誘拐される羽目になったのか。それは一夏が土地勘のない場所でうろうろしていたことに起因する。つまりは迂闊だったのだ。自分自身がどれだけ裏組織にとって価値があるのかを理解していなかったのだ。まあ、まだ幼かったのだから仕方ないのかもしれないが。
まあ、そんなこともあり、一夏は自分が千冬に迷惑と――経歴に傷をつけたことに深く後悔していた。それは今も胸中に残り、黒いもやもやとした感情を生成している。
(おそらくラウラもそのことについて俺に因縁がある、ということなんだろう。それに関して俺は否定しない。俺自身、今でも自分を悔やんでいるんだから)
何か自分に対して罵倒を浴びせてきたら、甘んじて受け入れよう。何か自分に対して怒りをぶつけてきたら、逃げずに向かい合おう。そういう風に、一夏はあの事件から決心していた。それが千冬姉対しての償いだから、と自分に言い聞かせて。
「――か。……一夏ッ!!」
不意に自分を呼ぶ声に、一夏は思考の渦から抜け出す。
「あ……、お、おう。悪い箒」
すっかりと考え込んでしまっていた一夏は、今がISの訓練中だというのをすっかり失念していた。やばい、訓練中に何考えてんだ俺、と一夏は自分自身に毒づく。
「体調でも悪いのか?なら、無理はしないほうが良い。少し休憩をとるか?」
訓練用の〝打鉄〟をその身に纏った箒は気遣わしげな表情で一夏に休憩を促す。こういうところは本当に変わったなあ、と一夏はしみじみと思う。前の箒なら怒号のあと、斬撃の一つや二つを打ち込んでくるところだろう。それを考えると、やはりいろんな意味で丸くなったなあ、と一夏は微笑ましい気分になる。
「大丈夫だぜ、箒。ちょっと考え事があっただけだ。さあ、続きをやろうぜ」
「むっ。ならいいが、ちゃんと集中するんだぞ」
了解!と威勢よく声を上げ、自身の得物である〝雪片弐型〟を構える。それにならい、箒も刀型の近接ブレードを構える。
『待った』
互いの集中力が高まり、いざ打ち合おうという時に、待ったをかける声――オープンチャネルが響いた。
待ったをかけたのはラウラだった。専用機だろうか、黒を基調とした重量機体で、右肩には巨大なレールカノンが装備されており、すさまじい威圧感を放っている。
「ラウラか?どうしたんだよ」
一夏は構えを解き、ラウラに問いかけるが、実際何の用があってここに来たのかは察していた。
そして、返ってきた言葉は一夏が察していた言葉だった。
「いきなりすまないな。もしよければ私と模擬戦をしないか?」
「模擬戦だと?」
模擬戦という言葉に反応したのは箒だった。眉をひそめ、真意を推し量っている。
「ああ、いいぞ」
一夏は特に考えるそぶりを見せずに返答する。最初から覚悟できていたことだ。何の問題もない。一夏はそう思っていた。
「お、おい一夏!?」
迷いもせず模擬戦の申し込みを受けた俺に驚いたのか、箒は声を上げる。だが、そこに別の声が掛かる。
「いいんじゃないの?」
その言葉はここから離れたところでセシリアと軽く模擬戦をしていた鈴だった。赤と黒のツートンと肩のスパイクアーマーが特徴のIS〝甲龍〟をその身に纏い。
「代表候補性と戦うのは色々と勉強になるわよ?それが見知らぬ代表候補性ならなおのことよ」
でしょ?と鈴は隣にいたセシリアに続きを促す。
「ええ。私や鈴さんだと、もう癖や戦い方が知られてしまっていますから、行動も読まれてしまいます。その点ラウラさんなら、良い経験ができるのではないでしょうか」
セシリアの発言ももっともだ、と一夏は頷いた。心情的にも、打算的にも、この模擬戦を断る理由はない。
「まあ、確かにそうだが。……本当にいいのか一夏?」
それでも心配なのか、箒は一夏に最終確認とばかりに問いかける。そういう気遣いできるようになったのは本当に良いことだと思う。一夏は改めてそう実感した。
「ああ、問題ない。大丈夫だよ。――さて、それじゃラウラ。向こうで始めようぜ」
「うむ、模擬戦を受けてくれたこと、感謝するぞ」
その後、いくつかのやり取りをした後に一夏とラウラはアリーナの中央で配置につく。箒や鈴、セシリアはピット内へと移動しており、内蔵されているモニターで両者の様子を伺っていた。
「やれやれ、また面倒くさいことになっているな」
そこへ来訪者がいた。一学年の中でもトップクラスの実力を持つであろう人物、黒咲紅牙とその妹の氷華、そして生徒会長であり、学園最強の異名を持つ更識楯無だった。
「あら、あんたたち、それに先輩も来たの?」
真っ先に反応したのは鈴だった。三人の来訪に特に驚いた様子もなく、普通に出向かる。
「ああ、氷華とはそこで会ってね」
「私は最初から紅牙と一緒にいたけどね」
氷華と偶然会った。それは半分嘘である。一夏から目を離すなと千冬から言われてしまっているため、二人で交互に一夏の護衛をしている。そのため、氷華は先ほどからずっと姿を隠して一夏のそばにいたのだ。そこから、紅牙達と合流したため、三人でピットに姿を現したというところである。
「まあ、興味深い一戦だし、いいんじゃない?もし何かあれば、ここからならすぐに飛んで行けるし」
鈴は刀奈の発言をさらっとスルーし、紅牙に心配はいらないと言う。なんだかんだと言って、鈴達もラウラという突然の転入生を警戒していたようだ。まあ、それが問題なしと認められたのかはわからないが、こうして心配ないと言うほどには、ラウラを信用できるということだろうか。
「まあ、いいか。――さて、始まるな」
鈴の言うことももっともだなと紅牙は自身の懸念を捨て去り、模擬戦の観戦に集中する。紅牙の言葉に皆無言になり、じっとモニターを見つめていた。
そして、モニター内で対峙していた両者が試合開始の合図で、同時にスラスターを吹かし、急接近する――。
あとがき
raludoです。二十三話をお届けしました。何とか五月中に更新できましたよ。やったね!
今回はこの章のターニングポイントの前半と言ったところでしょうか。それにしても、原作キャラがだいぶ丸くなっていますね。まあ、意図してそうしているんですが。そんな中でもぶれない楯無さん。ある意味、彼女は書きやすいです、はい。
次回は模擬戦の内容へと移ります。うまく戦闘描写が書ければいいのですが……頑張ります。
それでは次話にてまたお会いしましょう。感想等もお気軽に!
ご拝読ありがとうございました。