IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(旧作) 作:raludo
太陽が西に沈みかけ、世界のすべてを紅蓮に包むかのように、濃密な朱色で学園を染める。一日の終わりを告げる夕方は、まるで炎が散り際に激しく逆巻く様によく似ていた。二つとも終わりの間際に激しく輝く。夕日は一日の終わりに。炎は散り際に。案外世の摂理というものはどこにあっても通ずるところがあるのかもしれない。
そんな世界を飲み込む紅の光の中、学生寮の入り口に集うのは先程ラウラと模擬戦を行った織斑一夏をはじめ、ピットにて観戦していたメンバーも含んだ一団だった。
「いいか?行くのは俺と一夏だけだ。他は付いてくるなよ、っていうか付いてきたら束さん、絶対話してくれないからな」
釘を刺すように、いいな?と、声を若干ひそめながら注意を促すのは、黒咲紅牙だった。丁度先の模擬戦で起こった白式の変化について、ISの生みの親である篠ノ之束に話を伺いに行くことになったのだ。なぜ二人だけなのか。答えは単純。束の性格上、見知らぬ専用機持ち達を連れて行っても、逆効果になるからだ。それを紅牙は正確に理解していたため、このような話になったのだ。しかし、厳密には二人ではない。さすがに生徒二人だけでISの極秘情報が含まれるかもしれない話を聞くのは気が引けたため、すでに織斑千冬を束の研究所に向かってもらっていた。二人だけで行くのは、そういった機密面も考慮してのことだった。
「まあ、確かに気になるけど、そう言われちゃしょうがないわね。その代り、後で話せるところは話しなさいよ?」
「そうですわよ、一夏さん。そのあたりはしっかりとお願いしますわ」
鈴、セシリアの順に妙にやにやとした笑顔を浮かべる。他の面子も、自分にも後で教えろ的な、したり顔を浮かべていた。だが、二人だけ例外がいた。
「離して、箒ちゃん!ダメ、ダメよ!紅牙をあの兎に合わせるわけにはいかないわ!!私も行くんだからっ!!ちょ、箒ちゃん、離しなさい!!」
「ダメですよ!楯無さんっ!!ちょっと、落ち着いてください!!あなたが付いて行ってしまったら、絶対に姉さんと喧嘩になってしまいますから!?」
必死の形相でこちらに歩み寄ろうとしている刀奈と、これまた必死の形相で刀奈を羽交い絞めして動きを止めている箒だった。
「紅牙!ダメよ、行ってはいけないわ。行ったら最後、帰って来れなくなるかもしれないのよ!?」
「何の話だよ!?」
刀奈には魔王の城に挑む勇者にでも見えるのだろうか、俺は。と紅牙は内心溜息を吐きながら刀奈を宥める。
「大丈夫だよ。ちょっと話を聞きに行くだけだし、今回は織斑先生もいる。束さんも変な真似はしないさ」
「いいえ!その言葉は信用ならないわ!!あの兎のことだわ。また何を仕出かすか分かったものじゃないわ。やっぱり何が何でも付いて――」
「付いてきたらたぶん織斑先生に締め出されると思うぞ。あの人がいる状態で束さんと言い合って見ろ。二人仲良く出席簿の餌食だぞ?」
紅牙の言動でぴたりとその動きを止める刀奈。その隙を逃さず、箒はずるずると刀奈を学生寮の中に羽交い絞めの状態で引きずっていく。
「ちょ、箒ちゃん。わかった。わかったからそんなに引きずらないでー!!」
刀奈の絶叫に聞く耳持たないのか、はい、行きますよー。邪魔しちゃダメですからねーと、何度も繰り返しながら箒は刀奈を引きずる。
「ねえ!ちょっと!!話が噛み合ってないんですけど!?」
「へえ、そうなんですか。今度私にも詳しく聞かせてください」
「ねえってば!内容が掠りともしてないわよ!?」
そのまま、わーわーと叫びながら連れて行かれる刀奈。彼女の身体能力ならば、羽交い絞めから抜け出すことも可能であるが、やはり場をわきまえているのか、口ではああ言うものの、行動には移さない。いや、半分移してはいるのだが。
「――それじゃ行ってくる。遅くなるかもしれないから、詳細は明日な」
これ以上ここにいても埒が明かない。そう判断した紅牙は一夏を連れ立って早々にその場を後にする。研究所まではさして距離もなく時間もかからずに行けるので、その間、紅牙と一夏の間に会話というものは発生せず、お互い無言のまま奇妙な雰囲気に包まれていた。
「――なあ、一夏」
その雰囲気をぶち破って、唐突に一夏に声をかける紅牙。その声音は妙に落ち着いており、真剣さが窺い知れた。一夏は返事をせず、代わりに顔を紅牙の方へ向ける。
「一応、今回の模擬試合がお前の初勝利になると思うけど、――どんな気分だ?」
紅牙は歩きながらも一夏の目をしっかりと見る。紅牙が懸念しているのは、一夏が天狗になっていることだった。今回で初勝利を飾ることができた一夏だが、それで満足してしまってはいないか。特に今回は相手が軍人だ。勝利したこと自体は褒められるものである。だが、そこで必要以上に自分に自信を持ってもらっては困るのだ。もちろん自信を持つことは構わないが、度が過ぎればそれは過信になる。紅牙。の懸念はそこにあった。
だが、一夏の答えは違う意味で紅牙の予想を上回った。
「どんな気分だって言われても、確かに嬉しいけど、納得していないよ、俺は」
微かに目を細めながら、一夏は少し深いため息をつく。その後、だってと言葉を続ける。
「あいつ、下手くそだよ。いや、IS操縦技術じゃなくて、こうなんと言うかな。人として?いや、やめよう。こんなこと言えるほど、俺は偉くない」
言葉の前半は少し情が入った声音だったが、後半にいくにつれて、それが自嘲へと変わる。これには紅牙も苦笑いだった。
「……大丈夫そうだな」
「ん?何がだ?」
「なんでもない。忘れてくれ」
一夏が疑問符を頭に浮かべるのも構わず、紅牙は苦笑いを崩すことはなかった。だってそうだろう。まがりなりにも軍人に勝利したというのに、当の本人は納得していないときた。素直に喜べばいいものを、変に難しく考えてしまっているのだ。先の戦いがどうであれ、勝った事実を謙虚に誇ればいいのに、と紅牙は内心でぼやく。その戦いの結果、相手がどうなろうと、一夏には関係ないことなのにな、とも。恐らくこの考えを一夏は気に入らないだろうと理解もしながら。
そして、数分もかからず研究所に到着した二人は、紅牙の先導で研究所へと足を踏み入れる。
「やあやあ、二人ともよく来たね」
足を踏み入れた瞬間にパタパタとこちらに駆け寄ってくる、篠ノ之束、その本人だった。いつものメルヘンチックな服装の上に白衣を羽織ったその姿は、そこらの女性とは段違いの可愛らしさと美しさを醸し出した。体格によるイメージが大きいだけなのかもしれないが。
「来たか、二人共」
その後ろには怜悧な表情を崩さない我らが担任、織斑千冬であり、黒のスーツをビシッと着こなしている様は、クールな女性の象徴と言えた。
「すみません、少し遅くなりましたか?」
「いや、そんなことはない。おおむね時間通りだ」
怜悧な表情をふっと崩し、微かに笑う千冬。おそらくこの場でそんな彼女の表情の変化に気づいたのは実の弟である一夏と長年の友である束ぐらいだろう。
「束さん、お久しぶりです」
「うん、おひさだね、いっくん。またちょっと身長が伸びたかな?というか久しぶりっていうほど会わなかったわけじゃないよね?」
「いや、まあ、雰囲気的になんとなく」
「そっかー、雰囲気的かー。いっくん、少し会わなかっただけで感傷的になっちゃった?ふふふ、束さん照れちゃうなー。でも、ダメだよ?いっくん。私にはもう大事な人がいるから、君はそこに踏み込んできちゃダメだよー?そうでないと、いっくんが悲しむことになっちゃうからね。代わりと言ってはなんだけど、ちーちゃんはどうかな?いっくん昔からお姉ちゃんっ子だったもんね。大丈夫。世界は近親相姦を認めていないけれど、私的には全然もーまんたーい!!――へぶっ!?」
「黙れ、この駄兎。そして一夏。お前はそんな目で私や束を見ていたのか。驚いたぞ」
「ち、違うよ!俺は別にそういう意味で言ったわけじゃ……いいから本題に入ろうぜ」
一夏は千冬の言葉に顔を真っ赤にしながら、顔を背ける。だが、紅牙は千冬や束の瞳に映る鋭い光を見逃すことはなかった。つまり、これは――。
「逃げたな」
「うるさいぞ!紅牙!!」
「これは失礼」
――グルになれと、そういうわけですね、お二方。不肖黒咲紅牙。全力でその提案お受けします。
「あれれー?いっくん、否定しないんだね?これはマジでマジかも?」
「一夏……ダメだぞ。私たちは姉弟だ。そんな禁断な恋は諦めろ」
自分からグルになっておいて勝手かもしれないが、この二人にからかわれるなんて、それなんて地獄?と、紅牙は少しだけ身震いした。――まあ、所詮は他人事であるが。
「だー、もう!!違うから!いいからさっさと話してくださいよ、束さん」
「あははー、了解、了解。それじゃ、この話はまた今度、みんながいる前でね?」
「やめてください。社会的に俺を殺す気ですかあなたは」
一夏のメンタルポイント、略してMPはこの時点でゼロだった。
「さてと、色々と脱線しちゃったけど、本題に入ろうか」
場所を移動して、束の研究室兼私室。研究所の入り口であの後も一夏からかい合戦は続き、たった今ようやく本題に入るところだった。束は自分の椅子に。千冬他二名は用意された椅子にそれぞれ座る。一夏が深く椅子に座りこみ、口から白い煙を出していることには誰も触れず、話が進んでいく。
「まずは〝白式〟の発光現象だね。あれはなんてことはないよ。ちょっと映像から色々と分析してみたけど、間違いない。あの光は〝零落白夜〟だよ」
「零落白夜ぁ!?」
憔悴しきっていた一夏がガバッと立ち上がる。その一夏の驚きも今は当然の反応と言うべきか。なにせ、束以外のこの場にいる人物は皆驚いているのだから。
「そう、零落白夜だよ。だから、AICも打ち消せたし、ワイヤーブレードも弾いた。道理だよね。AICは空間にエネルギーを作用させる。簡単に言えばエネルギーの枷を作り出しているんだ。でもそれがエネルギーである限り、零落白夜はこれを打ち消す。たったそれだけだよ」
「待ってくれ!束さん。どうしてあんな全身に零落白夜を纏っていたんですか?」
「それは私も気になるところだ。束、零落白夜は雪片を介さずとも発動できるのか?」
「結論から言うとできるよ。いや、できていると言った方が正しいかな。でもこれには私も驚いているんだよ。当初は私もこの事実に驚いたからね」
「ということは、今回の一夏によってその説が立証された……と」
「そう。原理は私もわからない。というか、解析しようがない。解析できてしまったら、それはもうワンオフアビリティーではなくなってしまうからね。――いっくん。何か心当たりはない?こんな現象について」
束の問いに一夏は難しそうな表情を浮かべるが、意を決したのかその口を開く。
「声が聞こえました。少女の声です。その声が聞こえた途端に白式が発行して……」
「――へえ……なるほど」
一夏の返答に、束は口角を吊り上げ、満面の笑みを浮かべる。その反応に三人は戸惑う。束はよく笑う方だが、ここまでの笑みは早々見ない。一夏にとっては完全に初見となるだろう。
「あの、何がなるほどなんですか?」
恐る恐るというよりは戸惑いながら一夏は束に問う。
「いや、もう〝声〟が聞こえるんなら、二次移行も近いかもね。ちなみにいっくんはその声の正体知ってる?」
「えっと、たぶん白式〝自身〟ですよね」
「ぴんぽーん!だいせーかい!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、一夏の手を掴みぶんぶん振る。よほど楽しいのか、かなりの勢いで振っている。だが、これには千冬と紅牙も驚いた。もちろん一夏が声の正体を知っていることに対してだ。
「どういうことだ、束」
千冬が真剣な表情になり束に先の説明を求める。だが、紅牙は何となく察していた。そういえば、自分の機体にも喋るやつがいたなあと、どこか遠い目をしていた。
「どうもこうもないよ。いっくんが聞いたのはISの声だよ。ちーちゃんも知っていると思うけど、ISには自己進化プログラムが搭載されている。これは私の傑作でね。そんじょそこらのAI知能構築プログラムとはわけが違う。本物の〝人格〟を生み出すことも可能な、いわば〝第二の生物〟と言っても過言ではない代物。あ、いっくん、この話はオフレコでね。それで話を戻すと、二次移行というのはいわばISの進化。つまり、自己進化プログラムに一定量の情報が蓄積され、それがISの人格形成のいわば経験値。これが蓄積を重ねレベルアップすると、これが二次移行。人間に例えると、赤ちゃんから少年少女に成長すると言ったところかな」
束は勢いよく千冬の問いに答えていく。一夏は話の途中から訳がわからなくなったのか、目を瞬かせながら、漠然と話を聞いていた。否、そう聞くしかなかった。それに反し、さすがIS教師であり、恐らく束の次にISについての理解が深いであろう千冬は真剣な表情を変えずに束の話を聞いていた。
「いっくんが白式の声を聞いた。これは間違いなく自己進化プログラムがIS自体を進化させていることに他ならないよ。恐らくもう少しで二次移行するんじゃないかな。大体ISの声が聞こえるレベルが二次移行の鍵だからね。たぶん今年中、いや、半年の間には二次移行すると思う」
束のこの発言に千冬は静かに目を閉じる。内心では複雑な思いを抱いているだろうと紅牙は察した。もし、一夏が二次移行を達成すれば、今の倍以上の注目が集まることだろう。それは今の一夏にとっては邪魔者以外の何でもなかった。
「なぜ、こんな短期間で白式が二次移行に移るほどの情報量を得たのだ?」
千冬はほんの微かに震えた声で束に問いかける。その心情は最後の希望に縋り付くような、はたまた諦めが混じったものなのかは紅牙にはわからなかった。
「それは……ちーちゃんも知っているでしょ。まあ、自己進化プログラムに必要な情報は何も外的な状況の情報だけじゃない。ISの成長には操縦者の強い意志や感情といった内的な情報も必要とだけ言っておくよ」
束の言葉にそのまま押し黙ってしまう千冬。そんな中、紅牙は白式の正体にあたりを付けた。普通ならば気付きはしないのだが、幸か不幸か、紅牙は白式によく似た、――いや、瓜二つの機体を知っている。その機体のことをよく知っていれば、自ずと答えは導ける。だが、紅牙はここでその答えを言うことはなかった。
「つまり、白式は何の異常もない、それどころか、どんどん進化しているってことですか?」
終始聞くことにかかりきりだった一夏が要点だけを聞き返す。確かに合っているが、少々以上にざっくりしすぎではないだろうかと思ったのは、恐らく紅牙だけではないだろう。
そのまま、妙な雰囲気になり、その場は解散となった。だが、紅牙だけが束に呼び止められ、話があるからと言ってその場に残らされた。去り際に紅牙は千冬から耳元でぼそっと「不純異性交遊はほどほどに」と言われ、盛大に吹き出したのは余談である。
――結果として、束とはそんな流れにならなかった。それどころか、紅牙を驚愕させる事実が待っていたわけだが――
あとがき
raludoです。すいません、ラウラの話も突っ込もうと思っていましたが、ここで一度切らせてもらいます。ラウラのその後は次話に載せます。
白式最強説が浮上してくるお話でした。白式の二次移行は原作とは違う予定なので、お楽しみに。ていうか、白式の二次移行の設定はもう決まっていますけど、原作以上に強くなりそうだなあ、これは。まあ、一夏なんで完全に使いこなせるかは別の話なんですが。
今回も投稿のボタンが怖かった。二次移行の設定なんて完全に独自設定だし。賛否両論分かれそうだ。おお、怖い怖い。
それと今回の話はもしかしたら後から修正が入るかもしれません。もしくは改訂かな。たぶん大丈夫だと思いますが、一応ここに明記しておきます。
それでは次話にてまたお会いしましょう。
ご拝読ありがとうございました。