拳を握れ   作:ヒットマン

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蹂躙劇

世界の話をしよう。

 

まず数年前にとある事件が起きた。それは歴史の中で度々現れる人類のターニングポイントだ。

それは後に〈白騎士事件〉と言われるようになるものだ。公表されたものは大分都合のいいように脚色されているがね。

その内容は端的に言うとインフィニット(I)ストラトス(S)という篠ノ之博士が発明したパワードスーツが日本本土に降り注ぐ無数のミサイルを破壊して、更に捕獲に向かった兵器の数々を撃破したんだ。圧倒的な力でね。

 

それは本来宇宙探索などを目的としていたんだが、実戦配備している兵器を破壊するという能力は当然軍事利用される。

現にアラスカ条約というISの軍事運用は禁ずるというものも結ばれたが、スポーツとしてIS同士を競わせるだとか国防の為だとかで武器を載せて使用している。

秘密裏に紛争地帯に投入したという話もある。まあ甘く見積もってたみたいで成果は芳しくなかったよ。

 

何故かって?世界大戦中に研究し、極秘に配備されたものには強化人間や人造人間という戦闘に特化した化け物たちがあったんだ。そいつらの生き残りは傭兵をしてたり、紛争地帯に住む戦士たちは裏で出回っている薬や遺伝子治療による遺伝子移植で優位を取ろうとする戦場となっているんだ。君も僕も同じ部類だよ。あれ僕の事は言ってなかったかな?

 

まあ今の紛争地帯では代理戦争が行われているという事。そして世界中のトップの人達はISよりもそっちの方に未だに金を回して技術発展を促しているのさ。

ISを投入した奴らは知らないのさ本当の裏社会をね。そしてその戦場で僕たちは飯と寝床にありつけている。謂わば戦争経済が世界の裏側を造っているんだ。

 

何?自分は生み出されたが僕はどうなんだって?

そうだな、僕は君と違い後天的なもので更に無茶なことまでしてるから今は最強だとか呼ばれてるけど、将来的には君の方が強くなる。

僕がこんな無茶をしたのは彼女の為さ、ほら君が夢中の娘だよ。

軍属の汚れ仕事が担当だった僕はもともと人体強化をされていたのだがね、独りで戦うために無理矢理強くなって、結果的に傭兵の頂点さ。

 

さてそろそろお休みだ。

 


 

第一回モンドグロッソが行われた。

モンドグロッソ、それはISの世界大会であり、織斑一夏の姉である織斑千冬が日本の代表選手として出場する。

その為に一夏は応援にイタリアに行った。もちろん他国の妨害行為も考えられるので日本政府は護衛をつけていた。

 

しかし、織斑一夏誘拐事件は起こってしまった。ホテルから会場に移動中の織斑一夏を狙ったのだ。

 

 

 

快適に走っていた車の中で急ブレーキにより前に引っ張られる。運転手に話しかけると運転手の人も戸惑いを隠せていない。

 

「どうしたんですか?」

「それが…前を走るトラックが事故を起こしてしまい通り抜けられません」

 

そう言われて後部座席から前方を見ると交差点の中央でトラックが横になっており周りの車も巻き込まれて大惨事になっている。護衛の男は口元の小型マイクから指示を飛ばす。

 

「迂回しましょう。各自周囲に気を張れ」

 

迂回しようとバックミラーを見て操縦している運転手の眉間に皺が寄っている。なんだろうと思い振り返ると護衛の車以外に一般の車が無く不自然に道が空いている。更に後方から猛スピードで走り寄ってくる高機動車二台に聡明な一夏は明らかに何かしらの陰謀に巻き込まれたと感じる。

 

大きな発砲音の後、最後方の車が急発進するがすぐにとめられる。直後車内に取り付けられているスピーカーから護衛の人達の声が飛び交う。

 

『隊長!後方から襲撃です!!』

『くそっ!一人やられたぞ!』

『すぐさま本部に連絡を!』

『応援を呼びます』

「落ち着け!迎撃準備だ。護衛対象を中心に半円を作れ。武器の使用を許可する」

 

皆が慌てている中で隊長と呼ばれているであろう隣の男も怒鳴るように指示を出している。そしてまわりの車が半円の陣形を作ると外に引っ張り出される。

そこで隊長の男に肩に手を置かれて早口で捲し立てられる。

 

「現在襲撃を受けております。こちらは相手の総数が分かっておりません。更に武装もあちらの方が上。非常に不味い状況です。ですからこちらを」

 

そう言って一丁の拳銃が渡される。コルトM1911ガバメントと言われてもそんなものと無縁の一夏に分かる筈がない。

 

「俺のガバメントです。いざという時は撃ちなさい。難しいかも知れませんが腹・腹・頭で確実に仕留めれるでしょう。予備の弾倉はベルトに括り付けて」

 

そういって銃の説明と手渡された銃の重みを感じながら唖然とする。銃声は止まず、爆発音と断末魔の声が徐々に迫っている。伏せていろといわれ車体の陰に身を隠して様子を窺う。相変わらず銃を握る手は震えている。

 

高機動車に備え付けられている機関銃が火を噴き、車に身を隠す男たちを車ごと穴だらけにしている。高機動車を横に停めることで盾にして、映画で見るようなハイテク装備に身を包んだ兵士たちが降りてくる。護衛の人達も必死に拳銃や荷台から引っ張り出した突撃銃などで応戦しているがその前進を留めることは出来ず、徐々に追いつめられている。

どんどん死体が増えていき、状況は良くなるどころか悪くなる一方なのだろう。

 

「ダメだ、抑えられない!」

「これ以上は無理です!」

 

コロコロと転がる音がして、隊長が頭を押さえつける。

グレネード!という叫ぶ声の後に爆音が響き、辺りに破片が飛び散り車体を強く打っているのを音で理解した。

一度止んだ銃声が再開されて、一夏はそっと爆発した方を覗き見るとそれをすぐさま後悔した。

 

抉れたアスファルトに、脳髄をぶちまけて此方を見ているのか頭の中身が見える。

その隣にも一人の男が倒れており助けを求めたのかこちらに伸ばされた手を見てそう感じる一夏。助けないとと彼の優しい正義感の溢れる心は反応するが、腰を上げて少し視界が高くなってからもう一度その男を見ると下半身が無く、道路の上に腸が出ているのが見えた。

 

その光景に耐えられずに嘔吐する。昼ご飯に食べたミートソースのパスタともう一度会うなんて思いもよらなかった。その胃液で溶かされてソースと絡まったパスタは先程の腸を思わせるようなテカテカとしたピンクで、またも先の惨劇がフラッシュバックして吐き気が収まらない。

 

喉が痛くて、悪寒は治らないが吐きつくしたことで冷静になって辺りを見渡すと十五名ほど居た護衛は半分に数を減らし、今もまた一人減っていく。

 

「右舷壊滅!戦線が崩壊します!」

「隊長指示を!」

「三人が殿となれ、残りの半分は撤退の援護だ!」

 

皆が死んでいくことに抵抗を持たず、拒否する声も聞こえてこない。全員が了解と言って振り返らないその心は何を思っているのだろうか。家族の事を思うのか、死の恐怖におびえているのか分からないが、一夏にはそれが己を守る為だというのが何よりも堪える。

 

思っていたこととは真逆に、流れは変わってしまった。

背後から銃声がなる。

ガハッと声を出し、胸を赤く染めて絶命した隊員。

 

「後方から敵増援が接近」

「挟まれた!?」

 

もう二人の隊員も応援するが身を隠すものが無く蜂の巣にされる。

何もできず見ることしかできない俺を抱えて隊長は走るがほどなくして足を打ち抜かれる。

姿勢を保てずに前のめりになって倒れそうになるが自分の体を下にして守ってくれる。

 

敵はその間にも近づいてきて追い詰められてしまう。

 

「強く生きろ。決して悪意に屈するな」

 

そう遺言の様に隊長は言い残し、どうやって立ち上がったのかも分からないが、一番近くにいた敵にナイフを持って飛び掛かり頸動脈を切り裂く。その鬼気迫る姿に敵は怯みながらも引き金を引いて殺されてしまう。

もう自分を守る人は居なくなり、これからどうなるのか見当もつかずに恐怖で歯をカチカチ鳴らす。

 

ただ最後まで自分を守り通そうとしてくれた人を考える。それは仕事だからだろうと知ってはいるが命を懸けてでもやり通そうという姿に憧れてしまう自分がいることに気付く。

そうそして言い渡された言葉もあった。今の自分は何の抵抗もせずに悪意に負けようとしている。

こんなガキがどうこう出来る筈がないが抗う術は手の中にある。

 

 

誘拐の依頼をされた傭兵の部隊員の一人がターゲットの織斑一夏の手を掴み引っ張り上げる。

瞬間腹に痛みが奔り、更にもう一回、次に意識が無くなった。

その男はもう目を開くことはない。頭から血しぶきをあげて倒れたのだから。

 

一夏は理解した。銃をうまく扱えずとも近くなら当てられる。ただのガキだと見くびっていた男たちはプロであろうと戸惑っていると。

 

紛争地帯なら少年兵が身の丈に合っていない銃を持って走っていようと珍しいことは無いのだが、事前に資料で確認した少年の情報にはそんな経歴もなく、暴力沙汰を起こしたようなことすらも書かれていない。

 

素早く躊躇ない動きで二人目を仕留めるが、リーダーの男に腕を抑えられて頭から地面に叩き付けられる。

 

 

一夏は混濁する意識の中で自分の敗北を理解したが屈することはなかったと満足する。

それは常人ならまず感じない異常な感性だろう。

 

「被害は?」

 

傭兵のリーダーは疲れた様子で部下に問いかける。それに対してばつが悪そうに答える部下の男。

 

「負傷者三名に死亡者五名です」

「うち三人は重症の男とガキにやられたなんて笑い話にもならん」

 

苦々しくそう呟く男。周りは仲間の死体を車に乗せて退却の用意を進めている。

 

「さあ引き上げるぞ。急げ監視カメラがもうじき復活する」

 

高機動車が走り去り、数分後に警察や救急車が到着するが、情報が少なすぎて誘拐事件だと掴むころには時間が経ち過ぎていた。

 

 

織斑一夏が行方不明になった。

誘拐犯たちは全員完全武装をしており、用意周到だったので明らかな組織単位の計画だった。

詳細は街中でトラックを横転させ、足止めすると日本政府の護衛たちと銃撃を始め、制圧・誘拐という恐るべき手際の良さで混乱が収まるころには姿を眩ませた。

 

それは日本にも打撃が大きかったが、イタリアには事件の対応が遅れたことなどでバッシングを受け、決してこの問題は小さくも無視できるようなものではなかった。

 

 

そして皮肉なことに織斑千冬は見事大会を優勝し、世界初のブリュンヒルデ*1となった。

 

その後、自分の弟の誘拐事件を知らされて捜索隊に加わるが何一つ状況は好転しなかった。

監視カメラの映像は途切れており、目撃者もいない。その足取りがつかめぬまま事件は一週間かけた捜索で打ち止めとなった。

*1
モンドグロッソの各部門の優勝者は〈ヴァルキリー〉と呼ばれ、総合優勝者には最強の称号〈ブリュンヒルデ〉が与えられる。




ご試食どうぞ。
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