拳を握れ   作:ヒットマン

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第3話

「よお!知ってると思うが俺は織斑千秋だ。アンタがこの学園に来てくれて嬉しいよ。ここには女性しかいないから肩身が狭くってな」

 

ぼけーっとしていたウーノは視線を声の主に合わせる。

織斑千秋だ。わざわざ話しかけるためにあの女性の集団を掻き分けてきたのだろう。彼が移動したら当然その集団も付いてくるわけでウーノにとってはいい迷惑だ。だがそんな内心を噯にも出さずに挨拶を返す。

 

「……そうか。正直に言って声をかけてもらえてありがたい。俺は軍学校に入学するつもりだったし、もともと人付き合いが良くない方でな。まあ迷惑をかけるかも知れんがよろしく頼むよ」

「ああ、同じ男同士持ちつ持たれつでいこうぜ。……少し話したいことがあるんだ。あまり人前では話せない内容でな、屋上でどうだ?」

 

ウーノは少し考える。おそらくは織斑一夏に関係する話なのだろうと。彼も姉と同じく織斑一夏の失踪を気にしているに違いない。

気は乗らないが今後もそれに突っかかれたら面倒だと思いとりあえずついて行くことにした。

 

「構わない。ただ次の授業もあるんだ、あまり長々と話をしないでくれ」

「分かったよ。ついて来てくれ」

 

織斑が少し手間取りながら女子生徒たちの間を歩いていくので、その後ろから悠々とついていかせてもらおう。

織斑の後に続いて廊下を歩いていると尾行している影を確認する。背後には忍んでいるつもりであろうポニテの少女が付いて来ている。だが特に聞かれても問題は無いだろうと気にもかけなかった。

 

 

屋上の扉を開けると織斑は金網に手をついて風を肌身に受けながら話を振ってくる。それにならい穏やかな風だなとウーノも柵にもたれかかって答える。

 

「単刀直入に言うが、……アンタは俺の兄さんか?」

「ふん。それはお前の姉にも聞かれたよ。いいか、俺は織斑一夏じゃ無い。俺はイタリア人の母と日本人の父の間に生まれたハーフだ。育ちもイタリア。残念だがお前たちとは今まで何の接点もないんだ。あるとしたら俺の父がお前ららの血縁者かと勘繰る程度だ」

「でも、その顔は紛れもなく兄さんなんだ!思い出してくれよ、俺は兄さんの弟なんだ」

「しつこいぞ。俺はお前の兄さんなんかじゃない。俺はウーノだ。織斑一夏ではない」

「いや……でも、そんな筈は……」

 

ウーノがきっぱりと告げると、織斑は疲れ果てたように柵にもたれる。それほどまでにショックだったのだろう。

ウーノに織斑一夏を幻視した彼とその姉の絶望は計り知れない。彼らはウーノという唯一の希望に縋った。縋ってしまったのだからその希望が偽物だった時の失望感は半端なものじゃない。

 

「そうだ!思い出したぞ!僕と兄さんだけが証明できるものがあったじゃないか。胸元を見せてくれ!兄さんには傷跡があるんだ!」

 

そう言って織斑はウーノの胸ぐらを掴んでボタンを無理矢理に外そうとした。このままではボタンが外れてしまいそうだったので、仕方がないとウーノは心の中でため息をつく。

 

「ふっ」

 

一息。ウーノが織斑の右腕を掴むと外側に捻り、力が緩まったところで引き寄せ足を払う。織斑は意識外からの攻撃に受け身もできずに地面に叩きつけられた。

 

「がはっ。げほっげほっ」

「落ち着け。見せてやるとも、ほら」

 

ウーノは上着のボタンをはずし、シャツをまくる。そこには無数の切り傷と手術跡があった。あまりにも痛々しくて直視できないほどにだ。

尻餅をついていた織斑は咄嗟に口に手を当てて後ずさる。

ウーノは織斑の怯える様子に悪びれもせず、制服の上着のボタンを留めながら小馬鹿にしたように冷笑する。

 

「どうだ?お前の兄さんにあるという傷跡はあったか?」

「アンタ、なんで……その沢山の傷はなんなんだ!」

「なんてことはない。両親が死に、親族をたらい回しにされた俺がぶち込まれた孤児院が最悪な場所だっただけさ」

 

織斑はウーノの羨望とも受け取れる慈愛に満ちた眼差しから逃れるように顔をそらす。ウーノと自分は似たような境遇であると思うと、いかに自分が恵まれていていたのかと居た堪れないのだ。

 

「話は終わりか?俺は教室に戻るぞ」

「あ、ああ。すまなかったな」

「別に。それと、そこの扉の裏にいる女はお前と話したそうにしてるぞ」

「なんだって?」

 

ウーノに指をさされた屋上の入り口からはポニーテールの女子生徒が現れる。様子を伺っていたのだろうが、自分の存在に気がつかれているとわかるなり姿を見せたのだ。

 

「その……久しぶりだな。千秋……と一夏。行方不明と聞いていたからな。心配したぞ」

「あーいや、俺は織斑一夏じゃないんだ。俺はウーノ・エスターテ。ちょうど織斑とはその話をしていたところだ。ところでお前の名は?」

「わ、私は篠ノ之箒だ。えっと、本当に一夏じゃないのか?その……あまりにも似ていすぎるというか……」

 

はあっとため息をつく。この学園に来てから同じことで何度ため息を吐いたのか数えるのも億劫だ。

ウーノはまた説明するのも面倒だったので違うと短く否定すると無言で箒の隣を通り過ぎていった。

 

ウーノの背後から篠ノ之が織斑に問い詰めている声が聞こえてくる。ウーノはギリっと歯をくいしばる。

織斑一夏は死んだのだ。決して蘇ることはなく、永遠の眠りについたのだ。何もかもを奪われて。

 

「そうだ。奪ったんだ。そして殺した。俺は一夏から全てを略奪し、アイツを亡き者にしたんだ」

 

誰もいない階段にガンと鈍い金属音が響いた。

 

 

 

 

 

教室に戻って席に着いたウーノは授業が始まるまで虚空を見つめてはため息をつき、誰の目にも明らかに悩んでいる様子だったので騒がしい女子生徒たちも空気を読んでか絡んでは来なかった。

 

そうこうしているうちに予鈴がなった。お喋りに夢中になっていた生徒たちはドタバタと慌てて席に着いた。

結局、織斑と篠ノ之が教室に帰ってきたのは授業のチャイムが鳴り響いた後で、当然担任の千冬から大目玉を食らった。

 

 

授業では基礎的な内容の解説よりも踏み込んだ内容となっており、分厚い参考書を読み解いておかなければついていくのは難しい内容であった。

だが、教卓の前にいる織斑は授業の内容を理解できていないのかオロオロとしている。きっと参考書で予習をしてこなかったのだろう。

ウーノは軍人くずれの里親に引き取られ教育されたので、軍人や研究者の知り合いが多い。その伝手でISの稼働実験にも参加したことがあったので知識は豊富だ。さらに学園に来る前には専門の講師が指導してくれたので特に問題はないと思うと気が楽だ。

 

「織斑、参考書はどうした?」

「あーえっと、間違えて捨ててしまいました」

「なんだと?馬鹿者め。無くしたのなら学園に連絡すればいいものを」

 

呆れ返った様子で千冬は愚痴る。流石にこうも弟が問題行動を起こしているので困っているらしい。

とうの織斑も姉に叱られてばかりでへこんでいる。それを見て姉に迷惑をかけたくなかったんだろうなあとは思うが、姉の負担よりも自分の勉学を優先しろよと思う。

 

「まあ失くしてしまったものは仕方がない。放課後、職員室まで取りに来い。授業は参考書を理解した前提で進む。一週間で覚えろ」

「えっ!あの分厚さを一週間で!?」

「覚えなければどうにもならんのだ。馬鹿者め……すまないが、誰かこの馬鹿に参考書を貸してやってくれ」

 

千冬がクラスのみんなに頼むが誰も貸してくれそうになかった。当然といえば当然だ。予習してるとはいえ、その内容を完璧に覚えているかと言われれば、そうではない生徒がほとんどだろう。

それとも男に貸すのが嫌なのか。まあISに関わりの強いものは女尊男卑の思考に感化されやすいのでその可能性もなきにしもあらずだ。

今後のためにも恩を売っといてもいいかもしれないなと思い、ウーノは席を立つ。

 

「じゃあ、織斑先生。俺のやつを渡しておきますよ」

「いいのかエスターテ?正直に言ってお前と織斑が一番遅れていると思うのだが……」

 

千冬の指摘はもっともだが、ここにいるほとんどの生徒と違い、ウーノには教えてくれる者がいたのだ。それを知らないのだからその心配は当然のものである。

 

「大丈夫です」

「そうか。すまないな。」

「お気になさらず」

 

ウーノは織斑の席に移動すると彼の前にドンと分厚い参考書を置いた。ウーノから参考書を受け取った彼は感極まってありがとうと何度も繰り返すのでウーノは苦笑する。

 

「きにするな。持ちつ持たれつだろ?」

 

ウーノが席に戻ると千冬が山田先生に授業の続きを促す。

千冬がふいにウーノに目線を向け会釈した。それに小さく右手をひらひらと振って応える。

 

 

 

授業が終わり一息つく。少ししてから織斑がこちらに駆け寄ってきた。どうやら山田先生を引き止めて多少の解説をしてもらっていたようだ。

 

「いやー本当に助かったよ、ウーノ。あ、今更なんだがウーノでいいか?俺は千秋って呼んでくれればいい」

「構わないぞ、千秋。それと、その参考書は後日返してくれればいい」

「マジでか!助かる!」

 

大げさに手を合わせる織斑に笑っているとカッカッとわざとか靴を鳴らしてこちらに歩いてくる金髪の女子生徒が視界に入る。怪訝に思いその顔を見ると目を細める。

 

()()()()()()……」

「どうしたんだよ、ウーノ」

 

やがてたどり着いた女子生徒は腰に手を当て見下した目をしてこちらをじろじろと観察してくる。その視線に耐えかねて織斑が声をかける。

 

「えっと君は……?俺たちに何か用があるのか?」

 

織斑の発言に女子生徒は驚きと不機嫌な様子で言い返す。先にひどい中傷を受けたのでどう接したらよいかわからないのだろう。

 

「まあ、わたくしをご存知ないと?このイギリス代表候補生のセシリア・オルコットを?」

「あ、ああ。知らないけど」

 

困惑した様子の織斑が小声で「代表候補生って何?」っと聞いてきたので今度はウーノが困惑した。

お前の姉は日本代表の元ブリュンヒルデだろ!とは間違っても口に出さない。

 

「次代のISの国家代表選手となる候補だ。中学生ぐらいから選抜試験を受けるからいわゆるエリートに分類されるかな」

「そう!エリート。わたくしは特別ですの。そのわたくしは今とても不愉快な思いをしているのです。お分かり?」

「さあな。まったく見当もつかない。俺たちが君に何をしたのか興味が湧くね」

 

横で織斑が「おいっ!」と小突いてくる。彼的には穏便にすませたかったのだろう。

 

「仕方がないですわ。愚鈍な貴方に説明してあげますわ。いいですか?わたくしはね、苦労もせずに裏口入学のような方法で入学した貴方達の存在が不愉快なんですの」

 

とわたくし、不機嫌です!といった態度で散々なことを言ってきた。

その発言を聞いたまわりの女子生徒達も相当数が嫌な顔をウーノたちに向ける。そりゃあそうだろう。自分たちが大変な努力をして入ってきたIS学園に、男で適性があるからといった理由で試験も受けずに入学となれば自分たちの努力が踏みにじられたように感じるだろう。

だが、それに織斑が言い返す。あくまで鎮めるためにだが。

 

「な、なあ。オルコットさん落ち着いてくれよ。俺たちもここには入りたくて来たわけじゃないんだ。いや悪くいってるんじゃない。ただ政府の人が勝手に入学させたんだよ。正直まだ戸惑ってる。なんたって俺は受験合格の取り消しまでされたんだぜ?あんまりじゃないか」

 

殺気立った雰囲気から打って変わって教室には哀愁が漂う。織斑の悲痛な話を聞いて大体の生徒は怒りを鎮める。どうやら織斑は同情を得られたらしい。彼の話でオルコットも納得してくれるかと期待するがどうやら無駄なようだ。

 

「それがどうしたというのです?貴方が望む望まないに関わらずIS学園(ここ)にいる。それが不快と言っているのです」

 

織斑は言葉を詰まらせる。ここまで強気に嫌悪を露わにされるのは初めてなのかもしれない。

織斑の代わりにウーノが会話を引き継いだ。

 

「それで?」

「……なんですって?」

「それがどうしたと言っている」

 

なっとオルコットは絶句する。織斑も唖然としている。教室の空気が凍りついた。誰も口を開かずにこの会話の行く末を案じている。

ウーノの不遜な態度にオルコットはワナワナと怒りで肩を揺らす。

 

「救いようの無いお馬鹿さんのようですね。わたくしの言っていることを理解もできないとは……」

「何を言うんだ。ちゃんと理解してる。それじゃあ聞こうか、君が俺たちのせいで不愉快と言ったが結局何を言いたいんだ」

 

ですからと怒りを通り越して呆れたように言葉を繰り返そうとしたオルコットの言葉を遮るようにウーノは話す。

 

「それを言われたからと俺たちが学園を去ると思っているのか?国の決定なのに?お前はそんなことも分からないほど愚かか?」

「なんですって?」

 

憤怒の形相を浮かべたオルコットに織斑は気圧されたようにまずいぞと忠告してくる。ウーノが考えずにオルコットを煽っているように感じたのだろう。

 

「わたくしを侮辱するのですか?そんなことは、決して許しませ……」

「違うな。お前は聡明だ。そんなことがわからないはずもない。ならなぜか?お前はプライドが高い。そうそれだけだ。お前は……」

 

 

()()気に入らないだけだ」

 

「もうこの話はよそう。俺たちは()()にいる。それだけだろ?」

 

ウーノの皮肉げに笑いながらも核心をついた物言いにオルコットは黙りこくる。

 

 

 

 

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