儚い。という言葉の意味を教えてもらったことがあった。
「人の夢と書いて儚い。まるで皮肉だ」
と笑っていた。
その顔は、今でも印象に残っていた。
「――」
声が聞こえる。
どこかできたことのあるような声が……
重いまぶたを開けると、先程の女の子が見えた。
ボロボロと溢れる涙が顔いっぱいに零れ落ちて、口の中はしょっぱかった。
「――」
何かを言ってるのはわかった。だけど、それがなんなのかをを理解できなかった。
声が、音が、聞こえなくなっている?
やけに五月蝿く騒ぐ心臓にかき消されたかのように、集まる民衆の声も、彼女の声も聞こえなかった
あの子の声って、どんなだろうな……
「――ぃ……――ろ」
声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある声が……
「いつまでも寝ぼけてないで起きなさい。デクの棒!!」
という言葉と共に腹部への圧迫を感じた。
「ぐえ!!」
っという、まるでカエルを潰したかのような悲鳴を出すと、クスクスと笑い声が聞こえた。
「ほんと、あんたは変わらないわね。……久しぶり、ハルト」
「いてて……って、乃々華じゃねぇか!!って……ことは――ここは地獄か!!」
「あら、自分の身の程がわかっているじゃない。感心するわ」
「そんなわけ無いだろ。お前がいるってことは地獄以外ありえないからな。ここがもし天国なら仏を恨むぞ」
「あら?そんなに熱心な仏教徒だったっけ?ハルの所……」
「その呼び方はやめろー!!」
”ハル”という呼び方は母親も、近所のおばちゃんですらしない。
そう、コイツだけだ。それも、「可愛い子供を呼ぶ」様に言ってくるから更に腹が立つ。
「流石に高校生になってその呼び方はやめろよな。恥ずかしいだろ。誰かが聞いてたらどうするんだよ……」
「そうね、そこの男以外は誰もいないから安心していいと思うわ。それに、たまにはいいじゃない。この所、全然話せなかったし……」
「話すこともないからな……って、ちょっと待て!!」
危うくスルースかけた言葉
「そこの男」って、誰だよ!!
「……」
ガタイのよく外国人のような顔をした男は、少し離れた場所から乃々華を見ていた。
いや、多分俺の動きを見ている?
警戒してる?
まさか……
「もしかして、彼氏とか?」
と、乃々華と男に聞こえるように言うと、後ろの男は口を開いた。
「やはり、低俗な人間だな」
とだけ返した。
「……低俗なんて今日日聞かないぞ?」
「今日日ってのも聞かないけどね」
指差しで突っ込むが、乃々華にすばやくダメ出しをされてしまった。
その辺りは昔と変わらない。
だが、変わったところもある。
見た目。と直球的に言ってしまえばそれもなのだが、世間的に言えば可愛くなった。きれいになった。というべきだろう。
おかげで、校内で声をかければ悪い意味で噂が広がる。
元々目付きが悪く、普通に見ているだけでも「睨まれてる」とか「ガン付け」だとか言われ、結果的に暴力沙汰に巻き込まれる事が多い。
喧嘩は強くなったが、友達は減った……気がする。
「まさか、この男を連れて行くと?ふざけないでください!!」
「まだ何も行ってないけど?ガヴェイン」
ガヴェイン。と呼ばれた男は俺を一眄すると、また乃々華に目を戻して続けた。
「あなたはここがどんなところか知っているはずだ。荷物を連れて生きていける場所ではないということも……」
「えぇ、知っているわ。でもね、ガヴェイン……あなたならできるんでしょ?”望みをすべて叶える”と言ったあなたなら……」
「ッ!!」
そうそう、このパターンだ。
乃々華はいつも”相手の言葉を手玉に取る”のが上手い。
そして、それで泣かされた男女は何人も見てきた(中学生まで)
そして、このガヴェインも、完全に乃々華の言葉に逆らえない人間なんだろう。
「一ついいか?ここは一体どこなんだ?二人の会話からしても地獄ではないんだろう?それなら――」
「そうね……説明はいるのかもしれないけど……簡単にしたほうがいいか。」
「そうですね。ですが、生憎と低俗に伝わる言葉を知りませんので……」
「ガヴェイン……それって私も低俗だっていう皮肉かしら?」
「とんでもありません!!博識だ。という意味です」
―――というわけで、若干(皮肉とかを踏まえつつ)この世界のことを教えてもらったが、情報量の多さに全て覚えたわけではない。
ただ、重要なポイントは抑えた(メモ付き)
・一つ、この世界にいる人種は”ナイト”と”クイーン”
クイーンというのは女王。ナイトを操る存在だ。
ナイトというのはクイーンを守る存在だ。
・二つ、ナイトは不死身だということ。
クイーンと契約した場合だが、ナイトは死ぬことがない。
と言っても、消し飛んだり、殺されることはある。しかし、時間経過で復活することができる。
・三つ、クイーンはクラウンを所有しており、それを集めると願いが叶うらしい。
クイーンの願いをかなえるためにナイトは戦う。もちろん、ナイトは最後まで生き残れば生を与えられるらしい。
と言った内容だった。
簡単に言えばバトルロワイアルと言ったところだ。
タチが悪いのが”自分が戦わず、小間使いに戦わせる”という内容だ。
「なぁ、乃々華……こういうのってさ……あれだろ?」
「あれって?」
「異世界転生ってやつ?オレTUEEEとかできんのかな……」
「さぁ、身体能力は生前と大きくは変わらないらしいわよ?ただ、魔力?っていうものが自信からではなく主、つまりクラウンから供給されるらしいわよ。」
「魔力って……ゲームみたいだな」
「そうかしら……ゲームとかやらないし……」
「そういえばそうだったな……」
「マスター……」
会話を遮るかのようにガヴェインが間に入る。
「あら、やっとお出ましかしら……遅かったわね」
「お出ましって?」
「決まっているでしょう」
乃々華はいつものように笑ってこう続けた。
「ウサギがやってきたのよ」
悪寒が走るような笑顔。
きっと俺が知ってる”ウサギ”は来ないし。
これから始まることは、メルヘンチックなうさぎとの追いかけっこでもなければ、不思議国のアリスのような不可思議な物語にはなるハズもない。
「さぁ、狩りに行きましょう。ハルくん」
差し伸べられた手。
この手を見たのは何年ぶりだろうか……